難民との違いは人々の側では国境を越えられたかどうかである。
従来、国際社会からは見放された存在であったが、1980年代後半から国際会議などの場で議題に上るようになり、1990年代に入ってからはNGOによる活発なアドボカシー活動もあり、国際的な関心が高まった。
とりわけ、1991年のイラク北部においてクルド人避難民が大量に流出した事件は、この課題が安全保障とも結びついていることを印象付けた。
1992年には国連の人権委員会によって「国内避難民に関する国連事務総長代表」のポストが創設され、スーダンの フランシス・デン大使が就任した(2004年には「国内避難民の人権に関する国連事務総長代表」として ケーリン・ベルン大学教授が就任した)。
また、国連のIASCを中心に組織的な対応が協議され、2006年にはクラスター制で対応するとの方針が決まっている。
また、法的な点では、国内避難民に特化した条約は現在も存在しないが、1998年に当時のデン代表によって国連人権委員会に提出された「国内強制移動に関する指導原則」(Guiding Principles on Internal Displacement)が存在し、この指導原則が国内避難民を抱える国において国内法や政策を策定する際の指針を提供している。
「国内強制移動に関する指導原則」では
internally displaced persons are persons or groups of persons who have been forced or obliged to flee or to leave their homes or places of habitual residence, in particular as a result of or in order to avoid the effects of armed conflict, situations of generalized violence, violations of human rights or natural or human-made disasters, and who have not crossed an internationally recognized State border.
「これらの原則の適用上、国内避難民とは、特に武力紛争、一般化した暴力の状況、人権侵害もしくは自然もしくは人為的災害の影響の結果として、またはこれらの影響を避けるため、自らの住居もしくは常居所地から逃れもしくは離れることを強いられまたは余儀なくされた者またはこれらの者の集団であって、国際的に承認された国境を越えていないものをいう。」
としている。
世界のIDPの総数はノルウェー難民評議会による2007年末時点の推計では 2,600万人。
旧ユーゴスラビア紛争では、国境線が紛争の度に変わるので、旧来の難民の定義では生命救済できないので、国内避難民で救済する事項が増えた。
(UNHCRは人道支援要請として各国空軍による食品・医療品の空輸支援をした。)
福島第一原子力発電所事故では、多くの人々が国内で避難生活している。