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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か?第1部復活編第1話

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  吸血鬼ですが、何か?


                とみき ウィズ




とうとうこの時がやってきた。
とうとうこの時がやってきたのだ。

俺の名前は吉岡彩斗(よしおか さいと)
俺はさえない32歳の社畜だったが、5か月前にロト6で大当たり2億円を当ててめでたく社畜を卒業した。
東京都23区外のほど良く田舎なそこそこ駅近な場所に中古だが5LDKのそこそこ広いマンションを買い、そこそこの家賃収入を望める物件をいくつか購入して安定収入(経費税金を差し引いて手取り60万円ほど)を手に入れた。

安定収入を手にしたオカルトマニアの俺は、残った数千万円の金をつぎ込んで色々偽物を掴まされた後、遂に本物の吸血鬼が入っている棺を手に入れたのだ。
ここまでたどり着くのに胡散臭い偽物を何度も使ませれて酷い目にあってきたが、ついについにアルゼンチンの片田舎の教会に密かに隠されていた吸血鬼入りの棺(海外通販4,780,000円)を手に入れた。
しかも、吸血鬼を復活させてしもべとさせるるマニュアルもおまけに付いているという信じられないほどのレアな一品なのだ。

それがはるばる船便で運ばれて俺のマンションに運び込まれたのが数日前。
それから数日の間ネット翻訳で苦労しながらマニュアルの解読に成功して吸血鬼を復活させ俺のしもべとさせる方法を手に入れた。
儀式に必要な道具や吸血鬼が暴走した場合に速やかに退治できる道具もネット通販を駆使して手に入れた。

素晴らしい世界だ。
金と時間に不自由が無ければネットで何でも揃う。

厄介だったのは吸血鬼に捧げる生贄とするうら若き処女だったが、マッチングアプリを駆使してオカルト好きな女性を何とか手に入れた。
アプリのやり取りで今まで手に入れたまがい物の呪物や書籍の写真を見せ、彼女の気を引き、ついに俺の部屋に招き入れることに成功して様々な呪物(まがい物)を披露して気を許した彼女に睡眠薬入りのハーブティーを飲ませて眠らせることに成功した。
本当に処女かどうか確かめるのが大変だったがネットで調べた「処女かどうか見抜くための14の質問」を事前に彼女に試して易々とクリアしているので間違い無い。

只の生贄用にしか考えていないので、彼女が名乗った名前は忘れてしまった。
確か、マリンとかマロンとか…まあ良い、処女の乙女なのだ。
処女の乙女は睡眠薬の入りハーブティーのおかげで、部屋の中央に置かれた棺の横に置いたベッドでぐっすり眠っている。
生贄用に定められた昔風のドレス「東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)」を着せて(ドレスのサイズが彼女の体より大きかったがホッチキスを駆使して何とか寸を詰め、ドレスの胴回りも詰めた)その頭にはユーチューブを見ながら苦心して作った名もなき花の頭飾りも付けた。
生贄用の処女の乙女も、切れ長の目を閉じて長い黒髪を広げベッドに横たわっている。
見ようによって気品を感じる顔立ちに豊かな黒髪。
吸血鬼の生贄には最適だ。

そしてマニュアルには載っていなかったが雰囲気は大事だよねと言う事でフード付きの昔風の黒いローブを着た俺は期待に打ち震えながら午前零時を待った。
落ち着け落ち着けと自分に言い聞かせながら俺は時間が来るのを待った。
吸血鬼の気付用に手に入れた黒いめんどり(アマゾン31000円)が籠(アマゾン4300円)の中で時折けたたましく鳴くのがイラついたが、完全防音に改装した12畳の寝室の中なので一切問題はなかった。

いよいよその時間が近づいてきた。
俺は最終確認で必要なものが全部そろっているか何回も確認した。
後数分で儀式を始める。
俺は蘇った吸血鬼が暴走するときに備えて羊皮紙で覆いが付いたごつい十字架「吸血鬼撃退用強力十字架(アマゾン39000円)」を首に下げた。
左右のポケットには大振りのニンニクひと玉づつ、ベルトの腰の後ろには「吸血鬼退治用トネリコの杭木槌セット(アマゾン52800円)」も挟んである。
更に最終手段として強力な紫外線ランプを部屋の四隅の天井に仕掛けてあり、手元のリモコンで付けることができるようにしてある。
伝承によると吸血鬼は日光などの紫外線でその身が亡びると記してある。
これで万全だ。
万が一吸血鬼が暴走してもこれで対処できる。

俺は防音寝室に入ると雰囲気つくりに設置したLEDライトにスイッチを入れ、CDプレーヤーでパイプオルガンで奏でるおどろおどろしい音楽をかけた。

雰囲気大事だからね。

そして部屋の隅のパソコンから吸血鬼復活の呪文を録音した音声を流した。
はじめは自分の口頭で唱える予定だったが難しいギリシャ語の呪文をうまく覚えられず、何度も噛んでしまう事に嫌気がさして、半日かけて音声を吹き込みパソコンでうまく言えたところをつなぎ合わせた。

俺は棺に近づき「隠者のバール(メルカリ47000円)」と呼ばれる錆が浮いたバールで慎重に蓋をこじ開けた。
棺の蓋がずれてゆくと、中からかび臭い、そしてかすかに生臭い臭気が上がって少しむせた。

呪文をパソコンで流しておいて良かったと俺は思った。
むせて呪文が中断してしまうと手順を一からやり直さなければならないからだ。

棺の中には半ばミイラ化した30代半ば位に見える吸血鬼が横たわっていた。
東洋人っぽい顔立ちに少し不安を覚えたが服装は100年ほど前の洋装紳士の物だったので大丈夫!と自分に言い聞かせ、俺は胸のポケットに入れた翻訳機の電源を入れた。
蘇った時に言葉が通じないと大変な事になりそうだからな。

俺は籠から出しためんどりの足を掴んで吸血鬼の顔の上にかざすとベルトに挟んでいた「悪魔召喚収監儀式用サタンナイフ(メルカリ74890円)」を抜いた。
実はこれが俺にとっては非常にハードルが高い作業だった。
俺は基本的に動物が好きだし生き物を殺すのは苦手なのだ。
もしも首を切る対象が黒猫だったりしたらこの計画はとん挫していただろう。

『このめんどりは後で俺が美味しくいただきます』と心の中で唱えてナイフを振ってめんどりの喉をかき切った。

めんどりの首から汽笛のような音を立てて吸血鬼の顔に鮮血が降りかかった。
まだバタバタと暴れるめんどりの足を歯を食いしばって握っていた俺の目に、吸血鬼のミイラがめんどりの血を、まるで砂に水がしみ込むように吸い込んで行くのが見えた。

おお!

俺は期待と恐怖が入り混じった声を上げた。

ミイラ化した吸血鬼の顔はみるみるめんどりの血を吸収して、生ける人間のような肌を取り戻しつつあった。
復元しつつある吸血鬼がますます東洋人そのもののように思えるのだが、ここまでの流れを見るとどうやら本物の吸血鬼だ、間違いない!

吸血鬼がせき込み始めた。

「う〜!ゴホッゴホッ!あ〜気持ち悪い〜!うぇ〜!気持ち悪いよ〜!」

…日本語?
…え?日本語?空耳アワー?

困惑する俺の前で吸血鬼は棺に手をかけて起きようとして棺の横に転がり落ちて、苦し気に身を捩らせた。

だらりと下がった俺の手で首無しめんどりがまだもがいていた。


…なんなん?不良品?返品効く?



続く

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第1部復活編第2話

俺は床に落ちて髪や衣服から埃をフローリングの床に振りまきながら身を捩り苦しんでいる吸血鬼を見つめていた。
気を利かせたルンバが床を滑ってきてせっせせっせと埃を掃除している。

「ぐぅあああああ〜胸が焼ける〜!なんだこの丸い奴は!あっちいけ!」

吸血鬼はうざそうにルンバを押しやりながらなんとか身を起こした。
吸血鬼は立ち尽くす俺を見ると声をかけてきた。

「ボッセ、チーノ?ハポン?…ユー。ジャパニーズ?」
翻訳機がポルトガル語、と告げ「お前は中国人か、日本人か?」
と、そして英語、と告げ「お前は日本人か?」
と教えてくれた。

「…アイアムジャパ…日本人です」

俺は翻訳機のスイッチを切って答えた。

「そうか、日本語通じるんだな。
 君がわれを復活させたのだな?
 胸が焼けて気持ちが悪い、何か飲み物か果物かなんか無いか?」

何が何だか判らないが30代半ば位の少し貧相な顔の男が人間以外の何かと言う事は確からしい。
俺は動きを止めためんどりの死体をかざした。

「生き血ならここに…」
「ふざけるなよ!けだものの血を飲めと言うのか?
 胸が焼けて気持ちが悪いと言ってんだろうがぁ!」

吸血鬼が叫んだ瞬間にその形相が変わり、目が赤く光り、鋭い牙がむき出しになり、顔中に異様に筋肉が盛り上がり、まるで映画に出てくる凶悪な吸血鬼のそれになった。
(ああ!吸血鬼だ吸血鬼だ凶悪な吸血鬼だ!間違い無い!不良品じゃない!)
俺は恐怖と歓喜に打ち震えながら答えた。

「失礼しました。それでは処女の乙女がいます。
 お好きに血を吸ってください。」

吸血鬼の顔が元の少し貧相な感じの人間の顔に戻り、悲しそうにかぶりを振った。

「だから…胸が焼けて気持ち悪いんだよ。
 こんな生臭いものじゃなくてさぁ〜
 気が利いた冷たい果物とかないのかよ?」
「はい、果物ですね?今持ってきます!」

俺は微かな違和感を感じながらもめんどりとナイフをテーブルに置いて寝室を出るとキッチンに向かった。
冷蔵庫を開けると、この前スーパーで買った甘くてうまいと評判な梨をいくつか掴んで寝室に戻った。

「あのう…こういうものしか無いんですが…」
「おお!梨か!懐かしいな!そうそう!こういうのが欲しいんだよ!」

吸血鬼は俺の手から梨を受け取り、俺を見つめた。

「このまま食えと?梨は皮を剥かないと駄目だろう?」
「あ…すみません」
「まぁいいそのナイフと隣に置いてある大仰な皿をよこせ。」

俺は吸血鬼が指さした「悪魔への供物用皿中型(海外サイト48100円)」と「悪魔収監用サタンナイフ(メルカリ74890円)」をとって吸血鬼の前に置いた。
吸血鬼は皿に梨を置き、その一つを手に取るとナイフを器用に操り梨を4つに切り、エレガントに皮を剥き始めたが、自分の手の汚れを見て顔をしかめた。

「おい、ナプキンがいるよね…」
「はい!ただいま持ってきます!」

俺は寝室を出てキッチンのハンドタオルをとって引き返した。
吸血鬼は手を拭い、梨の皮剥きを再開した。
全ての梨を処理して皿には皮を剥いた梨がきれいに並べてあり、皮と芯が脇に寄せられた。

吸血鬼はエレガントに梨を摘まむと口に運び、恍惚の表情を浮かべて味わった。

「あのう…お料理上手そうですね…」
「俺はコックも執事もやっていたからな…もともとは奴隷だったのだが苦労して這い上がったんだよ。」
「なるほど…」

吸血鬼はエレガントに口と手を拭くと2つ目の梨を摘まんだ。

「でも…あなた日本人ですよね?」
「そうだ、俺は下総の漁師だったんだ。
 海がしけで荒れて難破して俺だけが助かった。
 そしてメリケンの捕鯨船に拾われてメリケンに連れて行かれた。
 上陸すると奴隷として売られたんだ。」
「なるほど〜!」
「まぁ、話すと色々と長くなるな。」

俺が納得して頷いていると吸血鬼が皿をもって立ち上がり眠らされている処女の乙女の元に行った。

「彼女はどうして寝ているんだ?」
「あのう、あなたへの生贄として睡眠薬を飲ませて眠らせています。」

吸血鬼は俺の顔をじっと見て顔をしかめた。

「生きている人間を生贄にだって?
 お前は鬼か?」


吸血鬼が処女の乙女の顔を優しく叩いた。

「起きなさいお嬢さん。
 おいしい梨でも食べるかい?」

吸血鬼が何回か処女の乙女の頬を叩くと、処女の乙女はゆっくりと目を開けた。
処女の乙女が吸血鬼を見ると目を見開いて悲鳴を上げ頭の横に置いてあった「悪魔儀式用鋼鉄製ろうそくスタンド2個セット(アマゾン123000円)」の一つを掴んで吸血鬼のこめかみに思い切り叩きつけた。

「うぎゃぁああああ!」
吸血鬼はこめかみの皮膚が破れて派手に出血して梨が乗った皿を派手にぶちまけて床に転がった。
骨が見えるほどのひどい傷だったがそれはみるみる出血が止まり傷が塞がっていった。

(なんという再生能力なんだ…本物だ…やっぱり本物の吸血鬼なんだ…しかし…)

ルンバが出動して梨の皮を掃除し始めている横で吸血鬼が頭を振りながら身を起こした。

「なんて野蛮な奴らなんだ!」

俺は茫然と吸血鬼を見つめ、処女の乙女もろうそく立てを握りしめて状況が判らずに、吸血鬼を見つめて固まっていた。

第1部復活編第3話

寝室には立ち尽くす俺,、床で身を起こして不快極まりない表情の吸血鬼、鋼鉄製ろうそく立てを握りしめ息を荒くしながら俺たちを油断なく交互に見る処女の乙女。
とてつもなく気まずいトライアングルが形成された中をルンバがあちらこちら動き回り床を掃除している。
とりあえず何とかこの状況を収めないといけないと俺は感じて深くかぶったフードを外して顔を出した。

「あのう…皆さんいまどういう事が起きているか良く判らないと思うので…とりあえずリビングに行って俺が説明します。
 あ、すみません、靴を脱いでこれに履き替えていただけますか?」

俺は用意していたスリッパを出して吸血鬼の前に並べ、吸血鬼は素直に靴を脱いでスリッパに履き替えてくれた。

処女の乙女は極めて警戒する表情で俺を見つめ鋼鉄製ろうそく立てを握りなおした。

「あんたと床の人が先に行ってよ。
 変な真似したらこれでぶん殴るからね。」

吸血鬼もこの状況がどんなものなのか知りたいらしく、床から立ち上がると服の埃を叩いて落とし衣服の乱れを直した。
ルンバが吸血鬼の周りをぐるぐると這いまわり、せっせっせと埃を掃除している。

「われも賛成だ、君達は何者なのか、ここはいったいどこでどんな時代なのか教えてもらおう。」

そして俺を先頭に、あちこちを物珍し気にきょろきょろと見まわす吸血鬼、鋼鉄製ろうそく立てを握り油断なく俺たちを監視する処女の乙女の順番で寝室を出てリビングに向かった。
ソファに案内しようと思ったけど、吸血鬼の埃で汚れた服を改めて見た俺はリビングに面したダイニングのテーブルに案内した。
俺が椅子に腰かけ、その向かいに吸血鬼が座り、処女の乙女はしばらく考えた後で吸血鬼の横の椅子を引き出すと距離を置いて吸血鬼の隣に座り、テーブルの上に鋼鉄製ろうそく立てを置いてその上に両手を置いた。

「え〜ゴホン、まず、コーヒーでも入れますから…」
「変なもの飲み物に入れないでしょうね!」

睡眠薬入りハーブティーを飲んで意識を失ったトラウマを持つ処女の乙女は俺を睨みつけた。

「ああ入れません入れません大丈夫だから心配しないでください」
「もしも変なもの入れたら意識を失う前にあんたの頭をかち割るからね!」
 
処女の乙女が底光りする鋭い視線を俺に向けた。

……ひゃぁああああ!怖い怖い怖い!
処女は怖い処女は怖い処女はやっぱり怖いんだよいろんな本で読んだけど処女は怒ると情け容赦なくて土下座して謝ってもその頭をサッカーボールみたいに蹴とばして血まみれで動かなくなるまで蹴るんだよ恨みも忘れないんだよ容赦ないんだよこの処女の乙女はこの先誰かに処女をささげない限り俺への恨み怒りが消えないんだよこの女が処女でいる間はいつ残酷極まりない手段で命を奪われるかもしれないよ高校の時に俺の童貞を奪った教育実習生の先生も処女の女の人は取り扱いに注意よとか言ってたよ大学の新人歓迎コンパで俺の体を貪った先輩の女の人も処女は怖いよと言ってたよマジだよマジに処女は怖いよ彼女が処女でいる間は俺は凶悪な追っ手に追われる獣道みたいな人生を歩むんだよ怖いよ怖いよ怖いよ…ジャンヌ・ダルクも処女だったもんね怖い怖い…

そんな思いに囚われながら俺は震える手でお湯を沸かし3人分のコーヒー豆を挽きフィルターをセットしてコーヒーを淹れた。

その間吸血鬼はあちこちを物珍しそうに見回し、処女の乙女はコーヒーを淹れる俺の手を注意深く見つめていた。

俺は額の汗を拭い、3人分のコーヒーと砂糖ミルクをテーブルに並べた。
吸血鬼はカップを手に取り香りを嗅いでからゆっくりと一口飲んで幸せそうにため息をついた。
処女の乙女は疑い深い目で俺を見つめて顎をしゃくり、先に俺にコーヒーを飲むように無言の圧力をかけた。

俺がコーヒーを飲むと処女の乙女はカップを手に取り注意深く香りを嗅いで一口飲んだ。

「さて、いったいどうことか説明してくれるかしら?」

処女の乙女はこの状況の黒幕が俺だと見抜いて、俺に説明を求めた。
寝室のごみをあらかた片付けたルンバがダイニングにやって来て吸血鬼や処女の乙女の足元をぐるぐる回って掃除を始めた。
「ゴホン、ええとまず説明すると、こちらに座っている人は実は吸血鬼で俺は彼を復活させるために…」
「そんな戯言誰が信じるのよぉ!
 あ〜!こいつうざいんだよ!」

俺の説明をぶった切って怒鳴った処女の乙女が足元を動くルンバに鋼鉄製ろうそく立てを叩きつけた。

「ピギャァアアアア〜!」

火花が散り軽く爆発したルンバは悲鳴を上げて壁に突進して激突、ガタガタと震えた後でまた少し破裂音を立てて埃取りのアームで弱弱しく俺にサヨナラしてから完全停止した。

吸血鬼は凶悪な顔面に変化した。

「何をするんだこの小っちゃくて丸い奴が可哀想じゃないかぁああ!」

吸血鬼は常人離れしたスピードで処女の乙女から鋼鉄製ろうそく立てを取り上げると頑丈な鋼鉄製ロウソク立てを両手で握りしめ、ぞうきんを絞るように絞り上げると鋼鉄製ろうそく立てはめきめきと折れ曲がった。

「きゃあ〜!何?じゃああなたは本当に…きききき…吸血鬼…」

処女の乙女が金切り声で叫び、吸血鬼は無残に折れ曲がった鋼鉄製ろうそく立てをテーブルに置くと高らかに言い放った。

「そう!われは吸血鬼!マイケル・四郎衛門だぁ!」

……え?
マイケル?
四郎衛門?
……え?
ちょ…

マイケル・四郎衛門と名乗る吸血鬼はまさに鬼の形相で俺と処女の乙女を交互に睨みつけた。
実物の吸血鬼が本性を見せてカミングアウトした事とその名前があまりにも…と言う極めてシュールな展開に俺は精神が崩壊、発狂してよだれを垂らしおしっことうんこ漏らしてゲラゲラ笑いだしそうになる予感を感じた。

どうしようどうしようどうしよう…このままでは笑いの発作を起こしてこのマイケル・四郎衛門…プッ…がさらに激怒して食い殺されてしまうかも知れない笑っちゃだめ笑っちゃだめ笑っちゃ…

処女の乙女も吸血鬼の本性を見せたマイケル・四郎衛門を見つめて固まっているがこわばった顔の頬から顎にかけての筋肉が著しい緊張を見せ、そして唇を強く嚙み締めて顔が赤くなっている事から、やはり俺と同じで発狂笑いの発作を起こす事を何としても食い止めようとしている事が感じ取れた。

もはや俺達の命はマイケル・四郎衛門というファンシーな名前の吸血鬼の気分次第と言う事だろう。

逆らっちゃだめ怒らせちゃだめ逆らっちゃだめ怒らせちゃだめ…

固まっている俺と処女の乙女を睨みつけていたマイケル・四郎衛門は急に普通の人間の顔に戻りテーブルに突っ伏した。

「うあああ〜疲れる〜この顔すると疲れるんだよな〜」

そしてコーヒーを一口飲んで椅子にもたれかかりため息をついた。

「あのう…俺たちを…殺して血を吸ったりしないんですか?」

マイケル・四郎衛門はきょとんとした顔で俺と処女の乙女を見てから苦笑いを浮かべた。

「なんで?」
「だって…本物の吸血鬼でしょ?」
「そうだよ。」
「それなら…」

マイケル・四郎衛門は遠いまなざしになり、またコーヒーを一口飲むと深いため息をついた。

「そうなんだよな〜。
 人間は吸血鬼だと判ると恐怖のあまり手に手に松明を掲げ、槍や剣や斧や割れた瓶とかを振りかざして襲い掛かってきたとの事だ、まぁ、凶悪な者も中に入るがかなり誤解しているところもあるな…」
「…」
「われは吸血鬼となったが、そもそも吸血鬼とは人の血を吸わないと生きてゆけない訳ではないし、普通の人間の食べ物から生きる栄養を取っている。
 逆に人の生き血だけで生きて行けと言われても、それでは栄養失調になるのだ。
 どういう訳か吸血鬼と違う悪鬼達と混同されてありもしない迷信が色々と流布されていつの間にか吸血鬼は極悪非道な悪の権化とされてしまった」
「じ、じゃあ十字架を当てられるとやけどを負うとか…」
「迷信迷信」

マイケル・四郎衛門は手をひらひらとさせて笑った。
俺は首にかけた「吸血鬼撃退用早打ち十字架(アマゾン39000円)」を外してテーブルの上に置くと覆いを外した。

「これ、触れます?」

マイケル・四郎衛門は躊躇なく十字架の上に手を置いた。
焼ける音もせず煙もたたず、マイケル・四郎衛門は涼しい顔をしている。

「じゃあじゃあ、ニンニクはどうなんですか?
 やっぱり嫌いなんでしょ?」

処女の乙女が口をはさんだ。
俺はポケットからニンニクの大玉を取り出してマイケル・四郎衛門の前に置いた。

「全然平気だよ。」

マイケル・四郎衛門がニンニクを手に取った。

「信じられません平気なら齧ってみてください。」

処女の乙女が疑い深そうに言った。
マイケル・四郎衛門は一瞬うぇっとした顔をしたが、真剣に自分を見つめる処女の乙女の視線に押され嫌そうにニンニクのひと粒を取り分けてうす皮を剥いて半分ほど齧った。

「うぇっ!辛いよ」
マイケル・四郎衛門は嫌な顔をした。

「やっぱりニンニクは弱点なんですね!」

処女の乙女が勝ち誇ったように言ったがマイケル・四郎衛門は齧ったニンニクを飲み込んで口直しにコーヒーを飲んだ。

「おまえ、バカだろうか!
 人間だって生のニンニク齧れば辛いに決まってるじゃないか!
 火を通せば大丈夫だし、われはニンニク入りの料理は好きだぞ!」

確かにマイケル・四郎衛門の言ってることは筋が通ってる。

「じゃあじゃあ、心臓に杭を打ち込んだらやっぱり死にますよね?」

俺はベルトに挟んだ「吸血鬼退治用トネリコの杭木槌セット(アマゾン52800円)」をテーブルに置いた。

「この野蛮人ども!
 心臓に杭を撃ち込んだら人間だって死ぬだろうが!
 心臓に杭を撃ち込んでも死なない人間がいたらここへ連れて来い!」

確かにマイケル・四郎衛門の言ってることは筋が通ってる。
俺と処女の乙女は何と言うかうまく説明できない失望感に襲われて少し俯いてコーヒーを飲んでため息をついた。

頼みにしていた吸血鬼退治の武器はほとんどすべて無力と言う事になる。
そして、吸血鬼に対して俺が抱いていたロマンと言うか、幻想と言うか、そういう物が少し薄れた感じで寂しく感じた。

「あああ!太陽の光!やっぱり日光を浴びれば灰になるんでしょ?
 絶対そうですよね!」

処女の乙女が活路を見出した。

「平気。
 ただし人間と違って日焼けはしないよ。
 君達、そんなにわれを殺したいの?」
「いやいやいやいや、そんな事はありません。」

慌ててかぶりを振る俺と処女の乙女をうんざりした眼付きで見ながらマイケル・四郎衛門はコーヒーを飲んだ。

「あ、え〜と、間違った伝承を正したいなぁ〜と思って…」
「私もマイケルさんの事もっと知りたいな〜と思って…」

愛想笑いを浮かべる俺達をマイケル・四郎衛門は胡散臭げに見た。

「…朝まで待つ?」
「あ、寝室にそれを確かめる物があります、良かったらお願いしたいのですが…」

マイケル・四郎衛門はしばらく俺を見た後でため息をついて立ち上がった。
マイケル・四郎衛門、俺、処女の乙女の順に寝室に向かう。
廊下の途中に大きな姿見の鏡があるのを見た処女の乙女が言った。

「あのう、鏡に映らないと言う事は…」
「ああ、迷信迷信。」

マイケル・四郎衛門は姿見の前に立ち,着ている服がボロボロになっているのを見て顔をしかめた。
その姿はしっかりと鏡に映っていた。

「鏡に映らないと髭を剃ったり服のチェックが出来ないじゃないか…ところで着替えとかあるかな…この格好じゃ…」
「後で用意します。
 ささ、寝室に行きましょう。」

寝室に入り俺はポケットのリモコンを押して部屋の四隅に設置された強力な紫外線ライト点灯させた。

「うわっ!眩しいなおい!」

マイケル・四郎衛門は目の前に手をかざして強力な光を防いだが、その体からは煙も上がらず少しも熱がらず平気だった。

「これで良いかね?」

マイケル・四郎衛門は俺に尋ねた。

「はい、大丈夫です。」

しかしこれは…あの人間離れした再生力と素早さや怪力…無敵じゃないか…
ひょっとして俺は人類最大の敵を復活させてしまったのではないかと、身を震わせた。
マイケル・四郎衛門はごほんと咳払いをしてから少し言いにくそうに言った。

「あの…トイレ借りて良い?」

第1部復活編第5話

「え、トイレですか?」
「当たり前だ吸血鬼だって飲んだり食べたりするんだから出るものは出るよ」

確かにマイケル・四郎衛門のいう事は筋が通っている。
俺はマイケル・四郎衛門をトイレに案内して使い方を教えた。
マイケル・四郎衛門はその説明を聞いて別に大して驚いた様子は無く、

「われはずいぶん長く寝ていたようだ…」

と呟いた。

俺と処女の乙女はキッチンに戻ってマイケル・四郎衛門のトイレが済むのを待った。
まだ俺に対する警戒の念が抜けないのか、処女の乙女は手元にマイケル・四郎衛門がひねりつぶしたろうそく立てを手元に置いていた。
コーヒーのお代わりを作っている俺の手元を注意深く観察しつつ、処女の乙女が口を開いた。

「私が来ているこの服、いったい何なの?」
「ああ、それは東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)だよ。
 生贄用の処女の乙女…」

処女の乙女は眼光鋭く俺を睨んだ。

「あんた、あのハーブティーを飲んで寝てしまった私の服を脱がしてこれを着せたわけね…生贄にするために…」

折れ曲がった鋼鉄製ろうそく立てを掴んだ処女の乙女を押しとどめようとするように俺は虚空に手の平を押し出して必死に早口で弁解をした。
「いやいやいやドレスを着せたとき下着は手を付けてないし、あなたの体には最小限しか触ってないし髪も丁寧に櫛でとかしたし生贄にしようとしたのは俺が間違っていて二度とあなたに危害を加えようとはしないですから…ごめんなさいごめんなさいごめんなさい…」

処女の乙女は、はぁ〜とため息をついて鋼鉄製ろうそく立てから手を放し頭の花飾りを取ってテーブルに置くと髪の毛をがりがりと掻いた。

「はぁ〜、一生のうちで二度と見れない貴重な物を見せてくれるっていうから家までついて来ちゃった私もね〜、かなり用心はしているし友達にもここの住所とあんたの氏名とか教えてあるし何かあった時の為にバッグにもいろいろ仕込んであったんだけど、ハーブティーに薬を仕込んであったとは油断したわ〜」

色々メールを交換したり初めて会って家に呼んだ時のおしとやかで優し気な話し方とはずいぶん変わった処女の乙女(もう名前も忘れてしまったけど)の話し方に俺は改めて処女は怖いと痛感した。

「ところで私の服やバッグはどこに…あら、このドレスはずいぶん丁寧に作られているのね…ヴィンテージかしら?」

処女の乙女はドレスの袖口や襟元ウエスト周りを見て関心した。

「あ、さっきも言ったけどそれは東欧ルーマニア18世紀祭礼用ドレス(海外通販326700円)なんです。
 おそらくヴィンテージで18世紀ころに作られたものかと…」
「これ、お詫びのしるしに私がもらっても文句無いわよね?」
「はいはいはい、どうぞどうぞ」

処女の乙女は初めて俺に微笑んだ、と言うか実際はにやりと凄味がある笑顔を見せた。
なんか、只物じゃない感がある処女の乙女に俺は俯いて下に目をそらせた。

「それに…あのマイケル…」
「マイケル・四郎衛門です」
「そうそう、あの吸血鬼も確かに一生二度と見られない者かもね」

マイケル・四郎衛門がトイレを済ませキッチンに戻ってきて椅子に腰かけるとお代わりのコーヒーを一口飲んだ。

「あのトイレは凄いな、なかなか便利な時代になったもんだ…ところで君たちの名前や素性をまだ訊いていなかったな。」

マイケル・四郎衛門がコーヒーカップを手に俺達に探る視線を送った。

「は、はいじゃあ私から自己紹介いたします。
 私の名前は吉岡彩斗(よしおかさいと)と言います。
 現在32歳、賃貸不動産経営をしています。」
「ちんたい…」
「ああ、大家みたいなものです。
 建物を幾つか持っていてそれを人に貸して家賃を…」
「なるほど。」
「私は昔からオカルト…まぁ、怪奇というか不可思議なものに憧れていたのですが、たまたまあなた、マイケル・四郎衛門が…吸血鬼が収められている棺がアルゼンチンの田舎の修道院に隠されていたと…」
「まて、アルゼンチンとはどこの国だ?」
「はい、ええと…ちょっと待ってください。」

俺は自分の部屋から大きな地球儀を持ってきてテーブルに置いた。

「おお!これは見たことがあるこの星の地理を表したものだな。」
「はい、その通りです。」

マイケル・四郎衛門が興味深げに地球儀を回してのぞき込んだ。

「しかし…われが見た地球儀とは随分違うな…これが日本か…なんか小さくなっておる…縮んだのか?
 これがメリケン…アルゼンチンとはどこだ?」
「アルゼンチンはここです。」

俺がアルゼンチンを指さすとマイケル・四郎衛門がため息をついた。

「いやはや寝ている間にどうしてこんな遠くにやってきたのだ…そしてわれは今どこにいるのだ?」
「ここです日本…日本のここにいます。」
「なに?それでは下総はどこにある?」
「ここです。」

おれが下総、今の千葉県北部を指さすとマイケル・四郎衛門は深くため息をついた。

「そうか、われは生まれ故郷の里近くまで来ているんだな…」

その後地球儀を通して語ったマイケル・四郎衛門の旅のルートと吸血鬼になった経緯を俺達は知った。

マイケル・四郎衛門は下総の名も知れぬ漁村で生まれ、その時はただの四郎衛門だった。
昔の事なので苗字と言うものは無かった。
そこそこ裕福な家だったらしく少し大きい持ち船があり、兄弟、使用人を載せて他の船よりも遠くまで漁に出ていたらしい。
四郎衛門が14歳の時、沖で嵐に遭い船が転覆して四郎衛門以外の者は海に沈み、板切れにつかまって漂流していた四郎衛門がアメリカの捕鯨船に救助されそのままアメリカに連れて行かれた。
今のサンフランシスコにあたる港につき、四郎衛門はある裕福な家で使用人として雇われたのだが、実際は奴隷として売り渡されたそうだ。
四郎衛門は利発だったらしくアメリカに着くまでに捕鯨船の中で英語を覚え、そこそこの日常会話くらいならなんとか話せるようになったとのことで、奴隷としてこき使われながらもその利発で勤勉な態度から徐々に優遇されてゆき、奴隷から料理人、更には24歳になった時はその家の執事にまで登り詰めたようだ。
マイケルと言う名前はその家で四郎衛門に名付けられたものだ。
さて、マイケル・四郎衛門となった彼が30歳になった時、雇っていた家が破産をしてマイケル・四郎衛門も競売に出されてたまたまアメリカ南部から旅に来ていたポールと言うある大富豪に買い取られたそうだ。
大富豪ポールはマイケルを非常に気に入りアメリカ南部ルイジアナに戻るときの旅もかなり重用したそうだ。
ただ、マイケルが不審に思ったのはその大富豪ポールが週のうち1〜2回、お忍びでたった一人で出かけて朝方まで戻らない時があり、帰ってきたときは服に血がついていたことが度々あったことであった。
ルイジアナに着き、大きな農場付きの大邸宅の一室にマイケル・四郎衛門は執事として住む事になった。

ある晩、と言っても明け方近いのだが、寝ているマイケル・四郎衛門の窓を誰かがコンコンと叩いた。
目が覚めたマイケル・四郎衛門が窓を開けると、窓のすぐ下に大富豪ポールが血まみれ傷だらけになって倒れていた。
大富豪ポールは何とか立ち上がり窓に手をかけてマイケル・四郎衛門の部屋に転がり込んだ。
そしてマイケルに誰も人を呼ばず、しばらく休ませろと命じた。
マイケルは大富豪ポールの肩を支えてソファに横たえさせた。
大富豪ポールの服はあちこちが鋭い刃恐らくサーベルのようなもので切り裂かれ、銃弾と思われる物が命中した跡もいくつかり、顔には無残な刀傷が斜めに走っていた。
常人ならば死んでいておかしくない幾つもの傷にマイケルは怯え、すぐに人を呼び治療をしようとしたが、大富豪ポールは、まぁしばらく待てとマイケル・四郎衛門を制した。
そのまま何十分か経つと、大富豪ポールの出血は段々と収まってゆき、蒼白だった顔にも血色が戻ってきたそうだ。
やがて大富豪ポールはむっくりと体を起こした。
顔の傷も塞がり傷の痛みも全く無い様で損傷した服と出血の跡以外は全くの健康体のように見えた。

「マイケル、おかげで助かった…お前が様々な疑問を持った事は判っている。」

顔を引きつらせながらこくりと頷いたマイケルに大富豪ポールは微笑んだ。

「さて、その疑問に答えるとするが、お前は私の秘密を完全に守れるか?
 そして、今回の事で判ったが、私には優秀な助手が必要だ。
 一人だと危険な目に遭うことがあるのだ…お前に私の助手、と言うか相棒、片腕になってもらいたいのだが、どうだ?」

笑顔の大富豪ポールに見つめられて、マイケルはゆっくりと顔を立てに振った。

「はい、ポール様。」

第1部復活編第6話

俺と処女の乙女はマイケル・四郎衛門の身の上話に引き込まれてじっと話を聞いていた。

「コーヒーのお代りをもう一杯頂けるかな?
 それと腹が減っているんだが、われの話が終わったら後で食事をふるまってもらいたい。」

俺はコクコクと顔を頷かせてコーヒーを淹れた。

お代りのコーヒーを飲んでいるマイケル・四郎衛門に処女の乙女が訪ねた。

「その大富豪ポールさんは何故そんなに傷を負ったんですか?
 いったい彼は夜に何をしていたのですか?
 マイケル・四郎衛門を助手にって…」

処女の乙女の言葉に俺も同意してコクコクと頷いた。
マイケル・四郎衛門はコーヒーを飲み干して、遥か遠くを見つめる目つきになった。

大富豪ポールはその日の晩に自分の部屋に来るようにマイケル・四郎衛門に命じるとソファから立ち上がり部屋を出て行った。
昼前に大富豪ポールは朝来ていた血だらけ傷だらけの服が入った袋をマイケル・四郎衛門に渡し、誰にも見られぬように焼却するように命じた。

そして夜、執事としての仕事を終え、他の召使も皆寝てしまうとマイケル・四郎衛門は静かに大富豪ポールの部屋を訪れた。
大富豪ポールは寝室のソファに腰かけて静かに赤ワインを飲んでいた。
テーブルの燭台のろうそくが弱々しく室内を照らしている。

「やぁ、来たな。
 私の横に座りなさい。」

ソファの端に腰かけたマイケル・四郎衛門に大富豪ポールは微笑んだ。

「今日の朝方はさぞ驚いたろうな。
 お前はあの事を誰にも言わずに居た事は判っている。
 まぁ、ワインでも飲め。
 これは私が特別の時にだけ飲むワインだ。」

マイケル・四郎衛門は恐縮しながら注がれたワインを飲んだ。
少し酸味が強いワインだったがマイケル・四郎衛門は飲んだ。
その様子を大富豪ポールはじっと見ていた。

「さて、私は前々からお前の事を見込んでいた。
 お前は利発さと勤勉さ、そして善良でしかも悪、理不尽なことを憎む正義の心を持っている。」

マイケル・四郎衛門は大富豪ポールの言葉にますます恐縮しながらワインを飲んだ。
その様子を見て大富豪ポールは微笑んだ。

「お前の好きな所はそう言う所だ。
 お前は謙虚で少しも威張らず下働きの奴隷にも優しい気配りをする。
 昨日の私の姿を見て私が少々厄介な敵と戦っていることは想像がつくだろう、そう、私一人ではそろそろ限界があるほど強い敵なのだ。」
「その敵と何者ですか?」
 
大富豪ポールはワインを揺らしてしばし沈黙したが、ワイングラスを置いてマイケル・四郎衛門をじっと見た。

「一つは凶悪な心を持った人間だ。
 盗み強盗殺人、悪に手を染める人間だ。
 私の農園とその近くは平安で静かでいないといけないのでな…」
「それで保安官が度々ご主人の所にお出でになるのですね?」
「その通り、私の農園の近辺で怪しい流れ者や悪人が引き起こす事件の情報を知らせてもらっているのだ。」
「それなら保安官に頼んで自警団を作るとか、わざわざ旦那様が一人で危険な目に遭うような…朝方のような目に遭う必要は無いのではないですか?」

大富豪ポールが微笑んだ。

「そう、相手が人間である限りは保安官たちで対処が可能だが…」
「だが…」
「…相手が人間でない時もあるのだ。
 私でないと倒せない、私でさえ倒すのが難しい存在もこの世には存在している…マイケル、悪鬼や悪魔の事は知っているか?」
「ええ、オオカミ人間とか魔女とか吸血鬼とか…でもそれは農民たちの迷信ではないのですか?
 仕事終わりに恐ろしい話を楽しんだり子供たちを怖がらせるような…」
「いや、悪鬼の類は実在するのだ。
 皆が皆人間に悪さをする者では無いがな…中には人間の守護者のようなものもいるのだ…」
「え…悪鬼が実在する?」

大富豪ポールがマイケル・四郎衛門に体を寄せた。

「私のように人間の悪しき者や悪鬼から善良な人間を守護する者もいるのだ、まぁ、それが私自身を守るためなのだが。」

大富豪ポールは牙を剝き恐ろしい悪鬼の形相に変わるとマイケル・四郎衛門の肩と頭を掴んでのどに牙を立てた。
生き血を吸われて声も上げられずに意識が遠のくマイケル・四郎衛門の耳に大富豪ポールは囁いた。

「マイケル、私の助手に、相棒に、無二の友になってくれ。」

第1部復活編第7話

力なく頷いたマイケル・四郎衛門に大富豪ポールは満足げにハンケチで首を拭ってやり身を離した。
どういう訳か判らないがマイケルの喉の傷はすぐに塞がり出血も収まった。
大富豪ポールの顔は常人のそれに戻ってマイケル・四郎衛門にワイングラスを持たせた。

「儀式は終了した。
 さあ、マイケル、ワインを飲みなさい。」

言われるがままにマイケルがワインを口に含んだ。
先ほどの酸味が強い感じだったワインはふくよかで芳醇な最上等なワインの味がした。

「どうだ?ワインの味が変わっただろう?」
「は…はい、すごくおいしいワインになっています。」
「そうだろうな、私の血を少しだけ混ぜておいたのだ。
 これでお前と私の血液の交換が完了したと言う事だ。
 いささか強引で説明不足かも知れないが…これでお前も人々の言う『吸血鬼』となったのだ。」

大富豪ポールの宣告にマイケル・四郎衛門はひどく狼狽をしたが、その後のポールの時間をかけた丁寧な説明にマイケル・四郎衛門は落ち着きを取り戻し、大富豪ポールの助手となることを改めて承諾した。

「では、血を吸われただけでは吸われた人間も吸血鬼になると言う事は…」

俺の問いにマイケル・四郎衛門は手をひらひらと振った。

「無いぞそんな事。
 血を多く吸われたら死ぬが、たいていの吸血鬼はコップ1〜2杯くらいの血で満足する。
 それ以上吸うと胸焼けして苦しくなる。
 大抵は血を吸われた人間はぐったりするが数時間程度で回復するよ。
 また人間を吸血鬼にするには体液を交換しないといけないのだ。」
「でも、人間の血を吸わないと生きて行けなくなるんじゃないんですか?」

処女の乙女の質問にマイケル・四郎衛門は苦笑いを浮かべた。

「そんな事は無い。
 吸血鬼にとって血は、何と言うか、たばこや酒のような嗜好品に近いな。
 血を求めて人間を襲いまくるなんてことは気でも狂った吸血鬼くらいだ。」
「でも、吸血鬼になると言う事はかなりショックを受けたのじゃないの?」

処女の乙女が尋ねるとマイケル・四郎衛門はクスリとした。
「でもまぁ、伝承にあるような吸血鬼とポール様は全然違うからな。
 伝承だと吸血鬼は昼間は棺の中で眠っているとか十字架やニンニクが苦手とか日の光で燃えてしまうとか人間の食事を摂らないとかそういう事が全然無かった。
 日曜の礼拝にだって普通に出ていたんだよ。
 それを見ていたから、われは自分がポール様のようになったからと言ってさほどショックは受けなかった…ただ…」
「ただ…ただ何ですか?」
「不老不死となり年をとらなくなった事とひどく大食いになった事、そして…悪鬼の類がわれの体臭か精神の波長かに引き寄せられて集まりやすくなった事だな。
 そんなに頻繁ではないがな…奴らは最初から上等な餌だと襲い掛かってくる者もいれば同類と思って近づいてくるが、われとポール様が奴らと違う考えを持っていると気が付くと態度を豹変してきたり…今までポール様が体験した事がわれにも降りかかってきて少し忙しくなった事だ。
 またわれとポール様が吸血鬼であることを周りの者に隠すことに神経質になった。
 まぁ、普通に生活をしていればさほどばれる危険は無いのだが、一度でもばれてしまうと人間達が大挙して押し寄せ残虐非道な方法でわれとポール様を滅ぼそうとするのは確実だからな。
 怪異な事件が起きてわれとポール様が疑われないように近辺に現れる質が悪い悪鬼や人間を可能な限り静かに排除して平穏を保つ必要があるんだ。
 結果としてポール様は周りの人間を守護して平安である事が自分の身も守るという考えであったし、われもその考えに賛成だ。」

そしてマイケル・四郎衛門は吸血鬼となった後、大富豪ポールとともに近辺に姿を現す悪鬼、そして質が悪い人間、悪鬼に操られて凶悪になった人間を排除する仕事にとりかかったと言う事だ。

人間の守護をする吸血鬼…今までの吸血鬼の概念が壊されてしまい、混乱しながらも、俺と処女の乙女はマイケル・四郎衛門が語る様々な怪異な戦いの事を時間を忘れるほどに聞き入った。

「凄い人生ですね…ところで何故そんなあなたが棺に封印されてアルゼンチンの修道院に隠されてしまったのですか?」

俺が訪ねるとマイケル・四郎衛門は苦笑いを浮かべた。

「その話まで話すともう少し時間がかかる…われは…お腹が空いてしまった、何か食事をふるまってほしいのだが…」
「今さっと作れるのがペペロンチーノとパンくらいですが…」
「ペペロンチーノ?」
「イタリアのパスタ料理です…ニンニクが入りますけど大丈夫ですか?」
「普通に料理に入っていれば問題ない。
 ぜひ頼みたい。」
「はい、しばらく待ってください。」

俺が食事の準備をしている間、処女の乙女は自分の事をマイケル・四郎衛門に話し始めていた。
俺と処女の乙女はもう、マイケル・四郎衛門に対する恐怖はすっかり薄らいでいた。
少なくともいきなり襲われて生き血を吸われると言う事は無いだろう。

処女の乙女はマイケル・四郎衛門にここに来るまでの経緯を話し始めた。

「私の名前は咲田真鈴(さきたまりん)と言います。
 今は大学の3年生で法律の勉強をしています。
 これと言った彼氏はいません。
 私は魔法とか心霊とか…いわゆるオカルトな事が好きで色々調べたりするんですけど、大人数でワイワイガヤガヤするのが苦手で皆で心霊スポットに行ったりオカルトサークルに入ったりとかが苦手で本やネットで色々調べたりしていました。
 高校時代の友人に誘われてマッチングアプリに入ったらあの人(俺を指さした)がオカルトなことに関して色々資料を持っているとアプリで結構レアな資料の写真とかを見せられてついついお家に(ここの床を指さした)来ちゃって。
 ハーブティーを飲まされたら、睡眠薬か何かが入っていて寝てしまって気が付いたらこんな格好で(自分の服を指さした)あの部屋のベッドに寝かされていたんです。」

マイケル・四郎衛門が処女の乙女の真鈴の服の袖を遠慮がちに摘まんだ。

「ふぅむ、しかしこれはずいぶん仕立てが良いな、東欧当たりの民族衣装だとは思うが腕の良い縫子が祭礼用に特別に作ったものと見える。
 良い品だ、南部の舞踏会に出ても褒められる出来だと思うぞ。」
「でしょう?
 これは唯一このうちに来て手に入れた貴重な物だと思うんですよね!
 今回のお詫びにあの人(俺を指さした)から頂くことにしました!」
「それは良かったじゃないか!」

真鈴とマイケル・四郎衛門はお互いにあははと笑った。
なんか二人は打ち解けているようだと俺は少しほっとした。
マイケル・四郎衛門が吸血鬼となるまでの話を聞いたからなのだろう。
パスタを茹でている間にニンニクとオリーブオイルを絡めて弱火に火をかけ、ニンニクの匂いがキッチンからダイニング流れたが、マイケル・四郎衛門はまったく気にしていないようだ。
やはりニンニクが嫌いと言うのは迷信のようだ。
いやしかし、吸血鬼と言う存在自身が迷信の塊のような物なのだが、現に目の前に吸血鬼としか言いようのない存在がいる…それを考えると俺の頭の中で様々な考えが堂々巡りをして混乱してきた。

その考えを頭から振り払い、俺はパスタをフライパンにあけてペペロンチーノを作り上げ、セロリキュウリレタスにオリーブの実を混ぜたサラダを作り、テーブルに並べた。

「おお、これは旨そうだ。」
「もう深夜で太りそうだけど私もお腹すいちゃった。」

マイケル・四郎衛門と真鈴は料理にとりかかる、がマイケル・四郎衛門が顔を上げて俺を見た。

「彩斗くん、すまないけど何か頭を覆うものが無いかな?
 長年の埃がまだ髪の毛に残っていてね…」

俺は赤と青のバンダナを渡し、マイケル・四郎衛門がそれを頭に巻いた。

「うん、これで大丈夫、あと食事の後でバスを使わせてもらえんかな?
 どうもかなり長い事冬眠していたようでな…」

俺はどうぞ、お構いなしで使ってくださいと答え、マイケル・四郎衛門は嬉しそうに笑い、料理にかぶりついた。
やはりアメリカ南部の上流階級に触れていたようでマイケル・四郎衛門はものすごい勢いでパスタとサラダを平らげながらもそのしぐさは上品で気品を感じた。
当時アメリカ上流階級で執事をするくらいだからその辺りの作法など身に着けていたのだろう。

「しかし、昔はその、悪鬼の類は沢山いたのですね。
 かなり質の悪い悪党以外に悪鬼も退治していたようで…」

俺が尋ねるとマイケル・四郎衛門はふふんと笑った。

「じゃあ、今は悪鬼はいないと?」
「ええ、科学も進んでいますしテレビやラジオ…新聞マスコミの事なんですが悪鬼が出たなんて事も言われないですし…」
「彩斗君、あの壁にかかっているのはカレンダーだろう?」
「そうです。」
「すると…上に大きく書かれている数字がおそらく西暦だな?」
「はい、その通りです。
 今は西暦2022年の5月10日です」

マイケル・四郎衛門はふぅんと声を上げた。

「私があの棺に身を隠して冬眠に入ったのが1862年の頃だ。
 いまから160年前だな…人類の科学や社会がどれだけ進歩したか判らないが、悪鬼は決して絶滅なぞしていないと思うぞ。」
「…」
「普通の人間よりも悪鬼には頭が良くてずる賢い者も沢山いるし悪鬼は基本的に進歩的な新しいものが好きだ。
 昔、われが生きてきた頃でさえ悪鬼は結構巧妙に身を隠していた。
 頭の弱い悪鬼はすぐにその存在を知られて人間に存在を暴かれて退治されたかも知れないが、生き残った悪鬼達はより巧妙にその存在を隠し、己の欲望の為に人殺しや人を堕落させてきていると思うぞ。
 悪鬼は人の集中や混乱、まぁ大都市が出来る事や戦乱が大好きだが…今の時代はどうかね?」
「確かに人間はどんどん増えて大都市をいくつも作っていますね、ここは東京と言うところですが狭いところに1000万人以上が住んでいます。
 世界のあちこちで何百万人も住んでいる大都市は幾つも存在しています。」
「戦乱にしても今も世界中で起きているし、最近ヨーロッパでは大々的な侵略戦争が起きているわね。」
「ふぅん、やはりな。
 大都市になると近所に住む人間や隣を歩く人間の素性などに無関心になる。
 悪鬼としては隠れやすいし欲に駆られて悪事を働く操りやすい人間も多い。
 また戦乱が起きるとどさくさに紛れて悪鬼どもはやりたい放題だ。
 侵略をしたり戦争を仕掛ける権力者の側近には大抵かなり質が悪い悪鬼がいるのだ。
 品性下劣で欲が深い人間と波長が合うのだろうな。
 そう言う輩は大抵顔に出ているぞ。
 いずれその権力者も悪鬼と同化して手が付けられない災厄を引き起こす。
 私の生きている頃より悪鬼どもは増えているしより巧妙で手強いものになっているかもな。」
「今の日本でもですか?
 それはちょっと考え辛いですけど…」
「そうかな?この国では行方が知れなくなる人間がどのくらいいる?」
「それはちょっと判りませんけど…」

俺がそう答えると真鈴がサラダをフォークで取りながら答えた。

「年間8万人が失踪…行方不明になっています、届け出があるだけで。」
「真鈴さん詳しいね。」
「大学で法科ですから。」

マイケル・四郎衛門が頷いた。

「ほらな、判っているだけで8万人、実際は行方知れずになっている人間はもっともっと多いだろう。
 そのうち5パーセントが、実際に届け出がされた行方知れずの少なく見積もって5パーセント、4000人が悪鬼に食われたとしても相当な数字だと思うがな。
 その他不可解な自殺事故犯人が不明な殺人など加えたら…」
「…」
「…」
マイケル・四郎衛門の言葉に俺と真鈴はショックを受けて黙り込んだ。
会話が途切れ、黙々と俺たちは食事をした。
実際に存在する悪鬼の一人からこんな事を、具体的な数字を挙げて筋の通った説明をされたら…

「ふぅ、ごちそうさまだった。
 バスを使わせてもらって良いかな?」

マイケル・四郎衛門そう言い俺たちの顔を見つめた。

「色々聞きたい話があるだろうが、まずはさっぱりさせてくれ。
 160年分の垢を落とさねば。」

時計は午前1時を回っていたが俺達の目はますます冴えてしまった。

第1部復活編第9話

食事を終えたマイケル・四郎衛門が食器をキッチンに持って行き洗おうとするので俺は慌ててそれを止めてバスルームへ案内した。
お湯の張り方やシャワーの使い方、ボディシャンプー、ヘアシャンプー、リンス、体を洗うためのスポンジなどの使い方の説明をした。
マイケル・四郎衛門はいちいち感心して自分が生きている時代から160年後のテクノロジーを褒め称えた。
凄い田舎からやってきたおじいちゃんみたいに無邪気に驚き喜ぶマイケル・四郎衛門に俺は好感を持った。
マイケル・四郎衛門はお湯を張りながらシャワーを浴びることにして、その間俺は自分の部屋に行きマイケル用の新しい服を用意した。
バスルームからマイケル・四郎衛門の鼻歌がかすかに聞こえてきた。
マイケル・四郎衛門が着ていた服は洗濯機に入れてスイッチを押し、俺はダイニングに戻ってきた。

真鈴が食後のコーヒーを飲んでいた。

「あのう、私の服はどこにあるの?
 そろそろ着替えたいんだけど…」
「そうだね、ごめんごめん。」

俺は真鈴の服と所持品を置いてあるゲストルームに案内した。
ベッドの上に彼女の服と所持品をきちんと並べてあるのを見て真鈴は安どの吐息を漏らした。

「どうやら、変な事はしていないようね…着替えるから出てって」

俺はダイニングに戻り今夜起きた様々な事を思い返しながらコーヒーを飲み、久し振りにタバコに火をつけた。
エコーシガーの煙を吐き出して虚空を見つめ、これからどうするのか、マイケル・四郎衛門が言っていたように悪鬼は現代社会でも蔓延っているのか真鈴から今夜の事が周りに知られるようなことがあるだろうか等々、色々な考えが浮かび、これからやらなければならない事が浮かび、どっと疲れた。

やがて真鈴が着替えてダイニングにやってきたが、いきなり俺の頭をげんこつで叩いた。

「いてて!何をするんだ!
 服や下着に変な事をしていないし真鈴のスマホや所持品には触らずにそのままにしていたぞ!」
「あんた!これ!」

真鈴はドレスを入れた大きな紙袋を掲げた。

「何よこれ!マイケルが言っていたようにヴィンテージの貴重なドレスなのによりによってホッチキスで胴の合わせだとかスカートのすそだとか止めてるじゃないの!
生地が傷んでしまったじゃない!」
「あああ、ごめん!ごめんなさい!
 ドレスの寸法が合わなかったから…」
「このバカ!」

真鈴はもう一度俺の頭をげんこつで叩いてからため息をついて椅子に座った。
テーブルに灰皿を見た真鈴はバッグからアイコスを取り出して吸った。

「タバコ、吸うんだね。」
「時々ね、こんな凄い事が起きたんだから吸わなきゃやってられないわよ。」
「その通りだね…」

マイケル・四郎衛門が風呂から上がりさっぱりした顔で髪をタオルで拭きながらダイニングに来た。
埃にまみれてボサボサの髪の毛だった貧相な顔つきだったマイケル・四郎衛門は風呂に入り血色が良くなり、黒髪をオールバックに撫で付けていて、見ようによってはハンサムな男に見えた。 

「いやぁ、良い時代になったな!さっぱりしたよ…おや、真鈴さんは服を着替えたのだな?それがこの時代の服か。
 なかなかエレガントで良いなぁ。」

マイケル・四郎衛門の言葉に真鈴は顔を赤らめてそんなぁと言った。
今までの言動仕草を見るとマイケル・四郎衛門はかなり洗練された紳士のようだ。
160年前頃は紳士はみなああだったのだろうか?
この時代でも洗練された仕草言動のマイケル・四郎衛門は女性にモテるんだろうな、と俺は少し羨ましくなった。

「彩斗君、ところでこの、われが着ている服だが…これは寝間着なのか?女性の前でこれはいささか失礼な感じが…」

マイケル・四郎衛門がユニクロのスウェットの上下を指さした。
俺と同じで身長が180センチくらいのマイケル・四郎衛門の体にサイズは合っているようだ。

「ああ、マイケルさん大丈夫ですよ、普通の部屋着として見られてますから。
 その格好で近所を出歩いても問題無いです。」
「そうか、それなら良いが…お、それはシガーかな?」
「そうですエコーシガーです。」
「私も一本頂いて良いかな?」
「どうぞどうぞ」




マイケル・四郎衛門が煙草を口にくわえ俺は火をつけてやった。

「食後で風呂上がりのシガーは良いなぁ、シガーと言うが私の頃より随分細く短くなったが。
 …あと、爪が伸びているので少し切りたいのだが…」

俺が爪切りを持ってくるとマイケル・四郎衛門すぐに使い方がわかったようでテーブルにティッシュを敷き、エレガントに爪を切り付属のやすりで形を整え始めた。
足の爪を切る仕草さえエレガントに見えた。

バスルームから洗濯を終えた事を告げるアラームが聞こえてきた。

「あっ洗濯が終わったみたいです。
 乾燥させるのでちょっと行ってきます。」

俺が洗い終わった服を乾燥機に入れようと洗濯機の蓋を開けるとマイケル・四郎衛門の服は破れ、千切れ、昔は良い仕立ての上等な服だったようだ今や布の残骸のようになっていた。

「…たたたた大変だ、マイケルさん!ちょっと来てください!」

マイケル・四郎衛門と真鈴がやってきて俺が手に持つマイケルの服の残骸を見て唖然とした。
固まる3人、しばらくしてマイケル・四郎衛門が苦笑いを浮かべた。

「やれやれ。棺の中とはいえ160年も経っているから仕方がないかもな…まぁまたコーヒーでも飲もう。」

俺たちはダイニングに戻りコーヒーを飲んだ。

「彩斗君、新しい服は作れるのかな?この時代に見合ったものが良いな。人前に出ても恥ずかしくない上等な服が良いのだが…あっそうだ。」

マイケル・四郎衛門は寝室に行き、しばらくしてから戻ってきた。

「どうやらしばらくここに厄介になるようだし洋服や食事のお金もかかるだろうから、これを受け取ってもらえるかな?
これなどはシャーロットミントコロネットヘッドの5ドル金貨、これはナポレオン5フラン銀貨、他にはニュルンベルグ6ダカット金貨などいろいろあるが…今も使えるのかは良く判らないのだが…」

そう言いながらマイケル・四郎衛門はテーブルに10枚ほどの金貨を置いた。
当たり前だが160年以上前の古い金貨だ。

「…すごい高そう…」

真鈴が消え入りそうな声で言い、俺はかくかくと顔を縦に振って同意した。

「ちょっと調べてもよいですか?」

俺はラップトップパソコンを開けて金貨を調べ始めた。

「ほう、その薄い板はそんな事も出来るのか、便利だな。」

関心するマイケルをよそに調べるとシャーロットミントコロネットヘッドの5ドル金貨は売値で40万円、ニュルンベルグ6ダカット金貨などはなんと売値だが1980万円もした。
どう考えても買取で半額と言う事は無いだろう。
そうなるとこの二枚を売るだけで1000万円にはなるだろう。

「これを現代のお金に換えれば何を揃えてもしばらく大丈夫かと…」
「足りなければまだまだあるぞ。」

マイケル・四郎衛門はそう言い、またタバコに火をつけてコーヒーを飲んだ。

「マイケルさん、どうしてこんな金貨を…」
「われが棺に入り長くなるかも知れん眠りに入る時の備えに棺に色々必要になりそうな物を入れておいたのだが…」
「ああ!それでか!」

俺は思わず声を上げてしまった。
実はあの棺が考えられないほど重かったのだ。
数百キロに及ぶ重い棺のせいで運送員が手作業で運べずマンションのベランダからピアノ運送業者が使うクレーンを使って搬入したのだ。

「彩斗君や真鈴さんに隠してもしょうがないからな、まぁ、見てみるか?」

マイケル・四郎衛門は立ち上がると寝室に向かい、俺と真鈴が付いて行った。
マイケル四郎衛門が棺の蓋の足元を探ると重そうな革製の袋が幾つかあり、その一つを真鈴が寝かされていたベッドに置くと中身をベッドの上にあけた。
夥しい数の金貨銀貨がジャラジャラとベッドに広がった。
数百枚はあるだろうか。
息をのんだ俺達を見てマイケル・四郎衛門はにやりとした。

「何を驚いている。
 この棺にはまだまだ色々な物が隠してある。」

第1部復活編第10話

マイケルは異様に重かった棺の蓋を事もなく裏返しにして端にある取っ手を動かして蓋の内張をずらした。
そこには数種類の刀剣(素晴らしい拵えの日本刀まで!)や棍棒等近接専用の武器、更には油紙で厳重に梱包してある物を手に取りベッドに開けると中からはパーカッション式の3丁のリボルバーピストルと火薬、弾丸、発火用のパーカッションキャップ、暴発防止用グリスがなどが出てきた。
マイケル・四郎衛門は火薬の匂いを嗅ぎ、パーカッションキャップをひとつつまんで部屋の角のデスクに置いてリボルバーの握りで叩いた。
パンッと軽い音がしてキャップが発火して湿気ていないことを確認したマイケル・四郎衛門は満足げに頷いた。

そして棺の底板は2重構造になっていて金貨銀貨が入った袋がまた数個、そして夥しい書物、油紙に包まれた2丁のマスケットライフル、何やら得体が知れない液体が入っている瓶や小型の手提げバッグなどが入っていた。

「うわっ!これなんかメンドーザ写本じゃない!これは私の記憶に間違いなければレヒニッツ写本!これはポポル・ブフ!ええ!本物?本物なの?」

真鈴が古い書物を手に取り慎重な手つきでページをめくりながら呟いた。

「真鈴さん、詳しいんだね…」
「オカルト研究していたって言わなかったかしら?でも、この本たちもかなりの価値がいやいや、本物なら値段が付けられないほどの物よ。
 こんな物が、こんな物とマイケルさんが入っている棺が良く税関で止められなかったわね…不思議。」
「俺も不思議に思う…」

しかし、この時はこの事を大して重要な事だとは思わなかった。
それよりも、何故マイケル・四郎衛門がこんな万全な体制で棺に入り冬眠する羽目になったのか非常に気になった。

「そうだな、何故われは棺に入ることになったのか説明しよう。」

俺達はダイニングに戻ってマイケル・四郎衛門の話を聞く事とした。

「さて、私がポール様によって吸血鬼となり、地域の平穏を守るためにポール様と共に質が悪い悪鬼や凶悪な人間を始末し始めたのが1857年の初夏だったところは話したと思うが…」
「はい、結構様々な悪鬼や人間を倒して危険な目にも遭った事は聞きました。」
「まぁ、かいつまんで話したが、あの頃はおおむね平穏だったな。
 農場の良いところは周りの人間に顔見知りが多いと言う事と、流れて来た者の情報が入りやすいと言う事だ。
 だが、アメリカ全体で色々きな臭い状態になり始めた。
 市民戦争と言うものを君達は知っているかね?」
「アメリカ…日本では確か南北戦争と聞いています。
 確かアメリカの北部と南部の戦争だとか…」
「その通り、北部が工業社会になり、貿易の考え方や奴隷制度に関しての考え方の相違から始まって、徐々に険悪な雰囲気が漂って来てな、その辺りから北部から質の悪い悪鬼が流れ込みポール様の農園近辺に蔓延り始めたのだ。
 北部のニューヨークやボストンはかなり都会になっていて随分悪鬼が増えていたのだが、そこからはじき出されたのか、或いは南部へ勢力を伸ばそうと誰かが企んで送り込んできたのか、ポール様とわれはその頃から結構忙しくなってきた。」
「都会は悪鬼が住みやすいと…」

真鈴が呟きマイケル・四郎衛門が頷いた。

「そうなのだ、だが、悪鬼どもも都会に増えて行けば人間のように徒党を組んで互いの勢力争いが始まったようでそれに敗北した悪鬼は南部に逃げ、勝利した悪鬼はますます組織的になり、人間の権力者の間に入り込むようになった。」
「ええ!まさか南北戦争は悪鬼が起こしたと…」

俺が言うとマイケル・四郎衛門は首を傾げた。

「まぁ、そこまでは言わないが、少しは関与していたかも知れないな。
 悪鬼は戦乱が起きると生きやすいし、仮に北部が勝てばより南部も都会化して悪鬼も住みやすくなる…どこまで関与していたが判らんが全く関与していないとは言えないな。
 すべての戦争の陰には悪鬼の存在が多かれ少なかれあるものだ。」

俺は今現在起きている侵略戦争を起こしたある国の大統領の顔を思い浮かべた。
確かにあの面構えで悪鬼に操られているか悪鬼を呼び寄せ共鳴しているかと聞かれれば、そうだよな、と思ってしまう。

「ポール様は人望もあったので南部連合からの誘いが結構来ていた。
 世間もきな臭い空気を感じていて政治家や他の農場主が頻繁にポール様を訪ねるようになった。
 そして南部連合への参加を執拗に勧めてきたのだが、そこでポール様もわれも気が付いた。
 訪れる者達の間に悪鬼が紛れ込んでいる事を。
 特に強硬に北部に対して開戦を叫ぶ者達の従者など関係者に悪鬼がそれとなく紛れ込んでいた。
 ポール様は政治的な事に疎いからと、のらりくらりとかわしているがそれも限界があった。
 ポール様はこの争いに関与したくなかった。
 奴隷制が廃止になっても黒人たちを正当な賃金と待遇で雇えば済むと思っていたのだ。
 現にポール様の農場では黒人達は奴隷と言う言葉が似合わないほど裕福に過ごし、生き生きと働いていたのだ。
 われはポール様に権力者達のそばにいる悪鬼達を始末する事を提案したのだが、ポール様は力なく顔を横に振った。
 悪鬼どもが既に大量にいる事、また、秘密に始末することが非常に難しいと言う事だ。
 現に権力者のそばにいる悪鬼はどこから雇ったのか大人数の、それも悪鬼が人間に混ざっている護衛団を引き連れているのだ。
 ではどうするのですか?とわれが尋ねた時にポール様が考えたのは、このまま開戦になり混乱状態になった時に、ポール様とわれが安全に逃げる、と言う事だった。
 ポール様はあの特製の棺を2つ作り、中にはご存じのように武器や金貨など必要になりそうなものを詰め込んだ。
 ポール様は農園から離れた場所に小さな修道院を作り、そこに棺を隠した。」
「ポールさんは用意周到に準備していたと言う事ね。」
「そうだ、ポール様はいずれ奴隷制と言う物も無くなって行くと考えていたようだ。
 そして信頼できる奴隷をそこの修道院に住まわせて生活の面倒を見るようにしたのだ。
 ほんの数人の奴隷だけがポール様とわれの秘密を知っていた。
 ポール様がどうやって説得したかは判らんが、或いは悪鬼に家族を殺されてポール様が仇を取ったか、悪鬼から助けた人間かも知れん。
 彼らはわれ達の秘密を知ったうえで協力する事になった。
 そして1861年の4月、ついに市民戦争が始まった。
 ポール様は参戦こそしなかったが連合側にかなりの大金を寄付して、表向きは南部連合支持の立場にいたのだ。
 戦争が始まってしばらくの間は南部連合が優勢で農園の周りも普段と変わらず穏やかだった。
 だが、ある日農園の近くで白人数名の家族が悪鬼に襲われて惨たらしい遺体となって発見された。
 ポール様もわれもその事件に違和感を抱いた。
 ふつうは悪鬼どもは己の所業を隠そうとするのだ、あまり大っぴらに悪事を働いて人間達にその存在を暴かれてはかなわんからな。
 しかし、その件では普通の悪鬼の仕業と思えないほど大っぴらに殺戮をしてその遺体をひけらかすようにそのまま現場に残していった。
 誰が見ても普通の人間の仕業とは思えない痕跡を大っぴらにばらまいていたのだ。
 ポール様もわれも、これは何かの罠かも知れないと思ったが、その後次々と犠牲者が出るに及んで放っておけなくなった。
 保安官たちの情報に頼る必要も無く、奴らが潜んでいた場所はすぐに判った。
 ある晩、ポール様とわれはいつも以上の準備を整えて奴らの始末に向かった。
 そして奴らのところに奇襲をかけて苦労の末に奴らをすべて始末したが、ぞっとしたのは悪鬼以外に人間が、多数の人間が悪鬼達と行動を共にしていたことだった。
 普段はわれ達の存在を隠すために奴らの亡骸をなるべく隠すのだが、ポール様が急に農園に戻るぞ!と叫んで離れた所に繋いでいた馬に飛び乗ると農園に駆け出した。
 われも何の事か判らないながら馬にまたがり必死にポール様について行った。
 そして、遥か遠くに農園を見える丘の頂上にたどり着いた時、見てしまったのだ。」
「何を?何を見たんですか?」

真鈴が震える声で尋ねたが、俺も真鈴もなんとなく予想がついて身震いをした。

「…農園が襲撃に遭い所々で火の手が上がり、農園の者達の悲鳴が、そして悪鬼の笑い声怒鳴り声そしてその中には悪鬼と行動を共にする人間達の声も混ざっていた。
 農園を襲った連中は北部合衆国の旗を振っていた。
 北軍に扮して先ほど始末した奴らの数倍もいる集団がポール様の農園で襲い殺し奪い破壊しまくっていた。
 ポール様もわれもしばらく呆然とそれを眺めていた。
 先ほど始末した奴等は囮でポール様とわれが農園を留守にしている間に本隊が農園を襲ったのだ。
 そして、ポール様はわれに静かに言ったのだ。
 棺が隠してある修道院に行けと…そしてポール様は先ほどの戦いであちこち刃こぼれしたサーベルを抜いたのだ。
 われもサーベルを抜いてポール様に続こうとしたが、ポール様は今までわれが見た事も無い凶悪な形相でわれを見た。
 あれは私の農園だ!私が一から作った農園なのだ!勝ち目が無くとも私は行かなければならない。
 あの農園は私の墓なのだ!
 だが…お前はよそ者なのだ!
 お前は生き延びて一からお前の人生を歩め!
 付いて来るとお前の首を撥ねるぞ!
 ポール様は血の涙を流しながらわれに言った。
 そして少しだけ顔が和らいで、われに生き延びよ!と言った。
 そしてわれの言葉を待たずにポール様はサーベルを高く振り上げて農園に吶喊していった。
 われはしばらく動けなかった。
 ポール様の後ろ姿をじっと見つめるだけだった。
 そして…われはサーベルを鞘に納め、修道院に行き用意してあった服に着替えて棺に収まった…」
「…」
「…」
「われが覚えておるのはそこまでだ…しかし、ポール様が農園に一人で吶喊していった姿は決して忘れられん…」

第1部復活編第11話

「うわ、泣きそう。」

真鈴が口を押え涙ぐんだ目で呟いた。
俺も同感だった。
農園を守るために一人サーベルを振り上げて突撃してゆくポール。


それを見送るマイケル・四郎衛門、目がその情景が眼前に浮かび、目がウルウルとしてきた。

「ポール様の為に泣いてくれるか。
 ありがとう。」

「しかし、ポールさんは本当に死んでしまったのかしら?」
「そうですよ、何とか切り抜けてマイケルさんの横の棺に入ったかも…」
「…そうであってくれれば良いが…我も棺に入って目が覚めたのがここだからな…われ自身もどうしてわれが入った棺がアルゼンチンなど遠くの修道院に運ばれたのか皆目判らんのだ。」

マイケル・四郎衛門は遠くを見る目つきで呟いた。

「…さて、彩斗君や真鈴のおかげで目が覚めたようだが…われはこれからどうすれば良いのだろう?」
「あのう…もしもマイケルさんさえ良ければしばらく、いやいや落ち着くところが決まるだけ好きなだけいてもらって構いません。
 それに仕事や戸籍、住民票とか社会的に必要な物も俺が何とかします。」
「戸籍…住民票…」

マイケル・四郎衛門が怪訝な顔をしたので俺は今の日本では生まれた場所や家系などを登録する必要がある事や税金を納めたり社会的なサービスを受けるために必要な物であることを説明した。
説明しながら俺は不動産物件を購入する時の調査に利用した探偵事務所の男の顔が浮かんだ。
彼と飲んだ時、住民票や戸籍など、ある程度のお金があれば比較的簡単に手に入れられる事など聞いたことがある。
裏っぽい仕事も色々とやっていたようで中々頼りになりそうな男だった。

「そうか、そうしてくれれば助かる、その費用はわれのあの金貨などで足りるであろうか。」
「ええ、十分すぎるほど足りますよ。」

そう答えて俺は正直言ってマイケル・四郎衛門が持っている金貨銀貨だけで俺の数倍の資産価値があると思った。
俺の現金の預金額は色々と散在して1千万円足らずになっているが、毎月の家賃収入と合わせれば全く問題無く生活できる。
そして本当にお金に困ればマイケル・四郎衛門が手始めにテーブルに置いた10枚の金貨銀貨を現金に換えれば十分過ごすことが出来る。

「それと、これは一番大事な事だと思うのだが…われの素性は彩斗君と真鈴さんの秘密に、絶対の秘密にして欲しいのだ。
 この時代でもわれの存在が知られる事は死刑宣告に等しい事だと思うのだ。」

「ええ!もちろん!絶対秘密を守ります!」
「私も秘密を守ります!
 マイケルさんの事は絶対秘密です!」
「ありがとう。われは君達を信じて命を預ける事にするよ。」

この瞬間、マイケル・四郎衛門と俺と真鈴は固く結ばれた運命共同体となったと思う。

「われは永い眠りから目が覚めてよき友を二人も持つ事が出来て嬉しい!
 …血を吸っても良い?」

マイケル・四郎衛門の言葉に俺と真鈴は身をこわばらせて後ずさった。

「駄目です!」
「いや!それだけは勘弁して!」

口々に叫ぶ俺達を見てマイケル・四郎衛門が笑った。

「冗談だ、洒落だよ〜」
「洒落がきつすぎる!」
「冗談が過ぎるわよ!」

しかし、俺と真鈴はマイケル・四郎衛門の笑顔につられて笑ってしまった。
この雰囲気が心地良くて俺たち3人はしばらく笑いあった。

盛り沢山の濃い時間をすごした俺がふと壁掛け時計を見ると午前3時近くになっていた。

「マイケルさん、もうかなり遅い時間なので俺はそろそろひと眠りしようと思うのですが…朝になって起きたら取り合えずマイケルさんの身の回りの物を揃えるとしますか…真鈴さんはどうする?タクシー代くらいはお詫びのしるしに俺が出すよ。」

真鈴が小首をかしげてしばらく考え込んだ。

「わたし、明日大学休みだし、用事も無いからマイケルさんの買い物に付き合おうかな?
 服とか選ぶなら私のセンスが役に立つと思うの…と言う訳でここで泊まらせてくれる?
 部屋が余ってるでしょ?」
「ああ、まぁ、ゲストルームが一つあるけど…」
「それなら決まり!
 私コンビニに行って替えの下着を買ってくる!
 お風呂も貸してよ。」

真鈴ははしゃいだ声で言った。
断りづらい雰囲気で俺は承諾した。

「コンビニとは?
 今はこんな夜中に店をやっているのか?」
「ええ、一日中やってる店があって普段使うものだとか食べ物だとか売ってるんですよ。
 このマンションの隣にあります。」

真鈴の返事にマイケル・四郎衛門が今までで一番驚いた表情を浮かべた。

「何とも凄い時代になったものだ…」
「それじゃちょっと行って来ます。
 彩斗君、ほれ。」

真鈴が俺に手を出して指をくいくいさせた。
お金を出せという意味らしい。
今までの事があるからしょうがないなと思って俺は財布から千円札を二枚出して真鈴の手に乗せた。
真鈴があからさまに不機嫌そうな顔になった。
「下着以外にお風呂で使うボディソープシャンプーリンス朝に使う洗顔歯磨きセット新品のタオルお風呂上りに食べるスィーツ、いろいろ買わなきゃダメでしょうが。」

指をくいくいさせて歯を食いしばり唸るような声で真鈴が言った。
俺は1万円札を出して真鈴の手の上に置いて先に出した千円札2枚を取ろうとした瞬間に真鈴はグシャ!と1万2千円を握りしめた。

「ほほほ、まぁ、とりあえずこれで足りるかな?
 それじゃ行って来ます。」

真鈴がダイニングから出て、玄関のドアが開く音がした。

「しっかりした女性だな。」

マイケル・四郎衛門がいい、コーヒーを飲んだ。

「ええ、処女の乙女と言う事でおしとやかな雰囲気を言感じたんですが…」

マイケルがコーヒーに少しむせた。

「え?何ですか?」
「彩斗君は処女の乙女と言ったのか…」
「そうですが…何か?」
「いや、何でもない。
 ところでその便利な薄い板なんだが…」
「ああ、これ、パソコンですが。」
「それの使い方を教えてくれないか?
 教えてくれれば彩斗君は寝て良いぞ。
 この時代の事を色々知らないといけないようなのでな。
 なに、われは全然眠くないので。」

俺はマイケル・四郎衛門に基本的な使い方、主にネット検索の仕方を教えた。
悪鬼は新し物好きとマイケル・四郎衛門が言っていた通りパソコンの使い方の飲み込みが早く、真鈴が買い物から帰り、お風呂に入り髪を乾かしながら俺達の分まで買ってきたスィーツ、バスチー -バスク風チーズケーキ-243kcalを食べる頃には大体の使い方をマスターした。

「ああ、今はこんな旨い物が深夜でも買えるとは…ところでこのパソコンは私の部屋でも使えるのかね?」
「ええ、大丈夫です。
 どうぞ使ってください。」
「ありがとう、それでは部屋に下がらせてもらうよ。」
「おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」

マイケル・四郎衛門が寝室に戻り、真鈴がバスチー -バスク風チーズケーキ-243kcalを食べ終わると立ち上がった。

「さて、私も寝るとするか。
 ゲストルーム借りるね。」

真鈴がゲストルームに向かうとしてふと戻ってきてテーブルの上のめきめきにひん曲がった鋼鉄製ろうそく立てを掴んだ。

「念のための用心に借りるね。
 一応乙女だから。」
「あのう、真鈴さん。」
「何?」
「あのう、しょ…いや、何でもありません。」
「変なの。おやすみなさい。」

真鈴もダイニングから去って俺は一人取り残された。
色々ありすぎて今更ながら混乱している実在する吸血鬼、現代日本にも存在するかもしれない悪鬼、ポールさんの最後について、真鈴は処女の乙女なのかどうかエトセトラエトセトラ…
考えてもしょうがないので俺も寝室に戻り寝ることにした。
明日は凄く忙しそうな予感がする。

第1部復活編第12話

賃貸用物件経営、まぁ大家の事だが、この仕事を始めて良かった事が一つある。
毎朝決まった時間に起きて会社に行く必要が無くなった事だ。
時たま、ほんの時たま管理会社から家賃滞納や賃貸物件の水漏れだの雨漏りだのトラブルの報告がある事と、毎月入ってくる家賃の管理、経費の計算や税金の件で会計士と会う以外は基本的に行動を束縛されない。
まぁ、新しい物件を選びその地域で入居者の需要があるかとか購入して手続きをするとかどのくらいまで手を入れるかとか家賃をどのくらいにするかとか近所の不動産会社を回って物件入居者募集の宣伝を頼むとか、入居者が決まるまで少し忙しくなるけど今のところはまだ新しい物件を購入する予定は無いので毎日が日曜日のようなものだ。
雇われている訳では無いので理不尽な事で頭を下げる事も無いし、精神的にも安定する事が出来た。

と言う訳で目覚まし時計のアラームなど、ここ数か月セットしたことが無い俺は午前9時過ぎに目を覚まして朝のコーヒーとタバコタイムの為にダイニングに行った。

マイケル・四郎衛門も真鈴も部屋から出ていないようだ。
テーブルの上の俺のたばこと灰皿が無くなっている。
ははぁと思い俺はマイケル・四郎衛門がいるはずの寝室に行った。
思った通りマイケル・四郎衛門がテーブルに置いたパソコンに向かい何やら色々と検索をして手元のメモに書き込んでいた。
思った通りテーブルには灰皿があり、たばこの吸い殻が10本ほど乗っかっていた。

「マイケルさん、おはようございます。」
「彩斗君おはよーっす。
 いやぁ、色々と覚える事が盛りだくさんだな〜」

マイケル・四郎衛門は既にブラインドタッチを習得して滑らかに早くキーボードを叩いていた。

「寝てないんですか?
 今日は買い物に行くから忙しくなりますよ。」
「われは160年も寝ていたからね〜。
 早くこの時代に適応せねばならんのだよ、ベイべ。
 あまり浮いちゃうと目立つだろ?
 う〜タバコ吸いすぎたかな〜?
 彩斗君、ヒーコー飲もうぜ。」

…なんか話し方が微妙に違ってきている…

「ん?どしたの?ヒーコーってコーヒーのことだろ?
 イケてる奴らはさかさまに言うと載ってたぞ。」
「あの〜放送業界では少し昔にそう話す人達が沢山いたのですが、今はあまり流行ってません…それに、語尾にベイべってつける人あまりいないですね…」
「え〜!そうなの〜?ショックだね〜!メンゴメンゴ〜!」

かなりの速さで現代に馴染んできているマイケル・四郎衛門だが、どうもパソコンからのネット情報に頼りすぎると逆に危険のような気がしてきた。
なんか方向性が微妙にずれている気がする。
これは実際に街中に出てリアルに他の人間と会話を交わさないといけないだろう。

「マイケルさん、コーヒー飲みましょう。」
「あ、その敬語なんだけど、ちょっと不自然では無いか?
 どうもなぁ、われと彩斗君は大して年は変わらんように思うんだが…それとマイケル・四郎衛門と言うのも今の時代ではちょっと…四郎、四郎君と呼んでも良いぜ。
 われと彩斗君はマブダチだからな。」
「そうですね…そうだね四郎君。」
「そうそう、そんなかんじだね〜!」

微妙な違和感を感じながらも俺と…四郎君はダイニングに向かった。

「真鈴はまだ寝ているかな?
 彩斗君、起こしてあげたら?」
「はい…そうだね。」

俺はゲストルームに行ってドアをノックした。
返答が無い。
再度ノックしたがゲストルームは静かなままだった。

「真鈴さん、開けるよ。」

声をかけてドアを開けようとしたが、ドアが10センチほど開いたところで止まった。
室内側のドアノブがひものような物で縛られていて、それが壁のフックに繋がれていた。
ドアの隙間から覗くと真鈴はベッドで寝がえりをして何かむにゃむにゃ言っている。

「真鈴、真鈴さん起きて〜」

俺の呼びかけに真鈴はゆっくりと身を起こし、目をこすった。

「あ〜彩斗君おはよ〜う。
 今起きるよ〜。」

そう答えてベッドに座った真鈴の右手首にひもが縛られていてそれは昨夜マイケル・四郎衛門が、めきめきにひん曲げた鋼鉄製ろうそく立てに繋がっていた。

…この女は処女の乙女なんかではなく何か危険な工作員とかではなかろうか、と俺は感じた。
接近戦の時、ナイフや棍棒等の武器を手首に縛り付けた紐で繋いでもし取り落とした場合でもすぐ紐を手繰り寄せてまた使えるようにすると特殊部隊やゲリラを扱ったドキュメンタリーで見た事がある。

真鈴はベッドから立ち上がり手首の紐をほどいてドアの紐も外した。

「一応用心しないとね吸血鬼と誘拐犯がいる部屋に泊まったから。」

真鈴はそう言ってケケケと小さく笑って顔を洗いに行った。
真鈴が顔を洗っている間、俺はとりあえずコーヒーを淹れて、トーストとハムエッグ、サラダの簡単な朝食を作った。
その間四郎はコーヒーを飲みながらテーブルに置いたパソコンで調べ物をしていた。

「おはようございます〜!
 ひゃぁあ〜お腹が空いた!」

顔を洗い化粧を済ませた真鈴がダイニングにやってきた。

「真鈴、おはよ〜!」
「四郎さん、おはようございます。
 昨日は寝れました?」

四郎はパソコンから顔を上げて手をひらひらと振った。

「いやいや、完テツだよぉ〜!
 いろいろこの世界に馴染まないといけないじゃんか、だからずっとネットサーフィンしてたんだよね〜!」
「…」
「あっそうそう、マイケル・四郎衛門て名前この時代じゃイケてないらしいからこれからは四郎って呼んでね、ベイべ」

そう言うと四郎はまたパソコンに目を落とした。
真鈴はじっと四郎を見た後でコーヒーカップを口に運び、そして俺を横目で見た。
俺は朝食の皿をテーブルに並べながら、真鈴にうんうん判ってるよ、と言う意味合いの相槌をうった。

第1部復活編第13話

ともかく朝食を食べようと言う事で、俺は四郎からパソコンを取り上げて3人で食事を始めた。

「今日はまず四郎君の洋服を一式買いに行きます。
 どこに出ても恥をかかない物と、普段着を数セットと言うところだね。」
「靴とかも何足か必要ね。」
「あと、四郎君にスマホを一つ用意しよう。
 スマホがあれば万一外ではぐれても連絡取れるし。」
「色々すまないね彩斗君。
 おかげで何とかこの時代でもイケてる奴になれそうだぜ。
 サンキュウ、ベイべ。」

真鈴が食事の手を止めて苦笑いを浮かべた。
「あのう…マイケル…四郎さん、さっきから思ってたんだけど…その話し方が少しなんて言うか浮いているというか変なおじさんみたいな感じになってますよ。」
「え…変なのか?」

四郎がぎょっとした顔をした。

「われの話し方、そんなに変?ヤバい?でらくヤバいの?」
「変と言うか、少し怪しいというか、変な薬やっていると疑われて職務質問されるかも知れないですね。
 やっぱりヤバい。
 それにでらくとか、でらい?それ何十年も前のテレビで危ない感じの人が話す言葉です。
 少し話せばやっぱり職務質問されるかも…」
「…職務質問とは…」
「警察官がこいつは怪しいと思うとあれこれ身分や職業を訊いたり持ち物検査をされたりされることです…だよ四郎君。」
「それってかなりヤバいじゃんか!ベイべ!」
「だからちょっとパソコンは調べものする時だけにしてリアルの…現実の人間と会話して年相応の普通の人間の話し方を覚えた方が良いと思うわ。
 だけど、年相応…四郎さん何歳なんだろう?何年生まれなの?
 見た目は彩斗君より少し若い感じがするわね。
 その四郎さんが受かれた変な人みたいな言葉使いだとすごい変なのよねだから話し方はあまり急に変えないで様子を見ながら徐々に変えていった方が良いと思うわ。     
 それから語尾にベイべ!とつけるの禁止。
 なんか苛つきます。」
「…わかった、止めるよ。
 われが生まれた年は文政9年だ。」
「…」
「…」
「あ、西暦にすると1827年だな。
 ところで幕府はとっくに滅んで鎖国令も廃止されていたとはな…」
「ええ、まぁ大分経ちますからね…すると…え〜と今が2022年だから…195歳…か。」
「ちょっと待て。
 そのうち160年は棺の中だったぞ、だから…実際は35歳と言う所だな。」

真鈴が俺と四郎をじっと見比べた。

「う〜ん、見た目は彩斗君とどっこいどっこい…四郎君の方が少し若く見えるかな?
 彩斗君幾つなの?」
「俺は32歳だよ。」
「その計算で行くとわれは35歳になるのだが、30歳の時にポール様に血を吸われて吸血鬼になったからな、それから老けなくなったからまぁ、30歳で通じるか?」

真鈴は四郎の言葉に頷きながらも、怪訝な表情になった。

「四郎さんはまぁ昔風の言葉を話すというのも有るけど、何と言うか落ち着きと言うか風格と言うか…違うのよねぇ〜彩斗君は四郎さんと比べて全然子供に見えるのよね〜。」
「ちょっと待てよ。
 確かに生きてきた年数はあまり変わらないけど四郎君が体験した人生は俺の何倍も濃いんだぜ。
 物事の体験だって凄い事ばかりだからそりゃあ違ってくるよ、当たり前じゃんか。」

真鈴は頷いた。

「そうねぇ〜誰でも少し話せば四郎さんが見た目よりもずっと落ち着きや経験の深さや広さが判るもんね〜問題はね、これから出会う人に彩斗君と四郎さん、ほら私だって四郎さんには自然にさん付けになるもん。
 要するに2人の関係をどう納得させるかなのよ。」
「…」
「…」
「昨日、戸籍や住民票って話をしたけど、ある程度四郎さんの態度物腰を育んできた、何と言うか、カバーストーリーが必要よ。」
「なるほど、真鈴は頭が…切れる、これで良いか?
 頭が切れるな〜!」

四郎が感心して頷き、俺もその件には深く同意した、が、同時にこの真鈴と言う女は何者なんだろうか?と言う漠然とした疑問と、この3人の中では俺はまぁ、そこそこの資産もあるし日々の暮らしに困らない収入もあるのに一番『おこちゃま』だと言う事を感じて少し凹んでしまった。
そんな俺の気持ちなど知らずに真鈴は話を続けた。

「それに戸籍や住民票なんかよりも他人との関わりで一番必要なのは職業よ。
 初めて人と会うときまず職業を訊くでしょ?
 どんな仕事をしていて休みはどれくらいとか、関西なんかじゃ給料どれくらい?とか初対面で訊いてくる人なんかわんさかいるわよ。
 そういう質問に淀みなく怪しまれずに答える事が出来ないといけないわよ。
 それと服装や腕時計やバッグ、靴とかもその職業、収入に見合った姿をしていないと怪しまれるわね。
 私みたいに鋭い人間だったらおかしいと違和感抱きますよ。」
「なるほど鋭いって自覚あるんだ…」
「はぁ?何か?」

俺が呟くと真鈴が横目でじろりと見て怖かった。

「いや…確かに真鈴さん鋭い人だなって…ところで職業の件だけど幸い俺は不動産賃貸の仕事をしていて、会社設立してるんだ。
 四郎君は共同経営者と言う事にすれば良いと思うんだけど…」
「それ、ナイスアイディアね。
 雇うというと彩斗君と四郎君の会話で色々ボロが出そうだから共同経営者なら友達同士って感じで納得できるもん。
 それに、経営者と言う肩書が付けば四郎さんの落ち着いた態度物腰に納得する人も多いと思うし、仕事にもかえって好影響になると思うわ。」
「えへへ、褒められちゃった。」

俺は少し嬉しかった。
何も真鈴に張り合おうと言う気持ちでなく、マイケル・四郎衛門が生きて行ける力になれると自分が嬉しかった。

「よ〜し!これなら私達、これから上手くやって行けそうね!」

真鈴が嬉しそうに声を上げ、四郎も嬉しそうに声を上げて真鈴とハイタッチした。

……え?…私達?…今この女、私達って…

…私達…

第1部復活編第14話

「さあ、そうと決めたらさっさと食べて出かけましょ!」

真鈴は張り切った声を上げて食事を再開した。
四郎は食事量が足りないらしくトーストを2枚お代りしていた。

食事を終えた四郎が自分が着ているスウェットを見下ろした。

「彩斗君、この格好で出かけても大丈夫なのか?」

それもそうだ。
近所のコンビニに行くのとは訳が違う。
俺は自分の部屋に戻り、カジュアルなシャツとチノパンと薄手のジャケットを持ってきた。

「これに着替えてください。
 都心のデパートで服を揃えましょう。」
「わかった。サンキュウ。」

四郎は服を抱えて寝室に戻った。

「四郎さん、時々すごくネイティブな発音の英語話すわよね、まぁ、しょうがないな。
 買い物から帰ったら私が上等で隙が無いカバーストーリーを考えるわ。
 あ、私は一応アルバイトって形にしてもらって良いからね。
 それじゃ私も出かける用意しようっと。」

やっぱり真鈴は今後も俺達に関わって行くつもりなんだ…俺は吸血鬼を、本物の吸血鬼を見たい一心であまり後先考えずにマイケル・四郎衛門を復活させたが四郎君になって生贄の処女の乙女は押しかけのアルバイトになってしまった。
これはどういう事?
しかし、俺は少しだけ、いやいや、凄くワクワクして来ていた。

皿を洗い、身支度をして出かける準備を澄ましてダイニングに戻ると真鈴も既にいてスマホで紳士用のスーツを検索していた。
四郎がお待たせした!と言いながらダイニングに来た時、俺と真鈴は目をひん剥いて固まった。
着替えを済ました四郎はチノパンのベルトに吊り革を付け、その先にサーベルが付いていた。

「ちょちょちょ!四郎君!それ!サーベル持ってゆく!?」
と俺

「なに、街に行くのだろう?当り前じゃないか?」
と四郎

「はぁ〜今の日本はそんな武装して歩いたら捕まりますよ!」
と真鈴

「え?駄目なのか?」
と四郎

「駄目!部屋に戻して!」
と俺と真鈴

四郎は渋々と部屋に戻りサーベルを置いてきた。

「さぁ、これで文句無いだろう?
 ちょっと心細いがしょうがないな。」

切れ長の目を更に細めて四郎をみていた真鈴がいきなり手を伸ばして四郎のジャケットの中からリボルバーを引き抜いた。

「あ、これは…」

口ごもる四郎の前に真鈴はリボルバーを腰に当てて仁王立ちになった。

「いいですか?四郎さんちょっとした事で警察の世話になって四郎さんの素性がばれたりしたら私達だって立場が危なくなるんですよ!しっかり自覚を持ってください!
 ベルトの後ろにも何か隠しているでしょ!出して!」
「うう、ごめんなさい。」

四郎はベルトの後ろにさしてある小振りのダガーナイフと小型の単発式ピストルを出してテーブルに置いた。

「今の時代は比べ物にならないくらい治安が良いから武器は一切不要です!
 これ全部部屋に返してきて!」

真鈴の剣幕を恐れて四郎は武器を持って寝室に行った。

「まったく…先が思いやられるわぁ。」

しかし、俺は見ていた。
学生時代多少ガンマニアだった俺は、真鈴は四郎から取り上げたリボルバーは重いにも拘らずしっかりと手に握っていたし、引き金に決して指を掛けなかったし、銃口を俺や四郎や自分に向けず暴発しても誰も傷付かない方向に向けていた事に気が付いた。
銃の扱いに慣れている、プロの仕草とか言いようが無い。
いったいこの女の正体は何なんだと思っていると四郎がお待たせ!と言いながら戻って来た。
俺は四郎が手に持っている靴を見て顔が強ばった。
真鈴も靴を見て複雑な表情を浮かべた。
やはり160年も経過した古風な靴はちょっと奇妙だ。
俺は玄関に行き、シューズクロークからまぁまぁ落ち着いた感じの靴を出した。

「四郎君、これ履いてみて。」

四郎は靴を履いてみて何歩か歩いてみた。

「どうかな?」
「…ちょっときついけど歩けない事も無いよ。」
「最初は靴屋さんに行こうね。」
「そうしよう。」
そして俺達は四郎が復活して初めて部屋の外に出て、地下にある駐車場に向かった。

第1部復活編第15話

俺のマンションの玄関は北側廊下に面していて、ドアを開けると5月の爽やかな風が吹き込んで、その先に穏やかな青空の下に住宅地と田園が入り混じったのどかな風景が目の前に広がっている。

四郎はその風景を見てしばし立ち止まった。

「おお、さすがにかなり時代が進んでいると言ってもさほど違和感が無いな。
 実際に見る日本の風景は久しぶりだ…どこか懐かしく感じる…しかし、われは夜目が凄くきくがあまり明るいと少し眩しく感じるな。」
「日光は大丈夫?」

真鈴が心配そうに尋ねると四郎は笑いながら少し歩き、直射日光が当たる壁の前に立った。

「ほらこの通り、日の光は問題無い。
 ただ少し眩しいだけだ。」
「それならサングラスも買わなくちゃね。」
「サングラス?何だか判らんがよろしく頼むよ。」
「それじゃ、出かけようか。
 地下駐車場俺の車があるんだ。」

3人で歩いてゆき、廊下の突き当りのエレベーターの前に立った。
エレベーターの扉が開き、四郎はおっかなびっくりと言う感じでエレベーターに乗った。

「この小部屋が上下に動くのだな?
 階段よりは楽だな。
 しかし便利になったものだ。」
「エレベーター以外にも外に行くとエスカレーターと言う、何と言うか動く階段も有るんだけど、生まれて初めて使うと乗り降りに少し戸惑うかも知れない。」
「そうね、エスカレーターとか信号や交通ルールも覚えないとね〜四郎さん覚える事一杯有るよ。」

何故か真鈴は楽し気に言った。
エレベーターが地下駐車場に着き扉が開いた。

「おお、馬車がいっぱいあるが…馬はどこかな?」

俺と真鈴は吹き出した。
やはりパソコンの一夜漬けで早々現代の事が全て判るはずなんて無いだろう。

「今の時代は馬は必要ないんです。
 車と言ってガソリンや軽油、これは油の事ですが、あと電気や水素…まぁ良いか、とにかくこれだけで動くんですよ。」
「四郎さんは現代の人から聞いたらかなり頓珍漢な事を言いそうだから外に行く時は暫くの間は私や彩斗君が付いてゆかないと駄目みたいね。
ちょっとした事から怪しむ人がいるから気を付けないとね。」
「すまんがよろしく頼むよ。」

俺は自分の車トヨタランドクルーザーの100系と呼ばれる形式の車に近寄りポケットからキーを出して車のロックを解除した。

「おお!鳴いて瞬きしたぞ!」

解除のしるしのピピッと言う電子音とライトの点滅に四郎は驚いた。
俺は苦笑いを浮かべてしまった。

「このくらいでいちいち驚いて声を上げていたら不味いわね〜」

と真鈴が顔をしかめた。
確かに現代では当たり前の事にいちいち声を上げていてはかなり目立つだろう。

「四郎さん、周りに人がいるときは何かに驚いたり疑問に思ったりしても大声を出さないで私や彩斗君に小声で質問してね。
 とりあえず今日はなるべく私と彩斗君以外の人間と話さない事。」
「判った。
 目立って悪鬼が寄って来てもかなわんからな。」

俺は四郎にドアの開け方、閉め方、シートベルトの付け方を教えて助手席に座らせ、真鈴は後部座席に座った。

「しかしこの馬車はごついな。他の馬車よりかなりでかいし…」
「四郎君、今は馬車と言わないで車とか自動車って言うんだよ。」
「なるほど、自動車だな。」

四郎は物珍しげに車内を見回し、あちこちのスイッチを触ろうとした。

「四郎君、あまり触らないでね。運転している時に事故を起こすかも知れないからね…ところでその、悪鬼はそんなにうようよといると思う?」

俺の質問に四郎はにやりとした。

「彩斗君や真鈴さんが思うよりずっといると思うぞ。
 だから、サーベルやピストルが無いと不安なのだ。」
「悪鬼かどうか四郎君には見分けつくの?」

真鈴が尋ねると四郎はおかしそうに笑った。

「真鈴さん、人間と犬、人間と猿の見分けは付くかね?」
「そりゃあ当然。
 人間の間に他の動物がいたらすぐに判るわよ。」
「そうだろうそうだろう、本来生き物は自分と別種の生き物を見たら判る。
 だが、われのいた時代からでも人間はその能力がかなり落ちていた。
 これは文明がその能力を必要としないほど発達したからなのかも知れないな。
 例えばわれのいた時代、かなり質の悪い食人鬼が出没した時、われとポール様以外に食人鬼を見分けられるのはインディアンと一部の黒人奴隷だけだった。
 当然インディアンや一部の黒人奴隷達もわれとポール様がほかの人間と違う事を知ったが、われらは彼らに害意を持っていない事もすぐに判り、騒ぎ立てずに普通に過ごしていた。
 敵意を持たない動物であるかどうかは彼らはすぐに見分けることが出来たのだ。
 しかし、当時の白人や農場で生まれた黒人奴隷達はすぐ横に質の悪い食人鬼がいて襲う機会を狙っているのに全く気が付かずにおしゃべりをしていた。
  食人鬼どもの偽りの笑顔や話し方に騙されてな。」
「それは…食人鬼がうまく変装して…」
「あはは、真鈴さん、彩斗君。
 例えば犬が人間の服を着て人間の言葉を話してもすぐにこいつは犬だと判るだろう?
 それが猿でも人間以外の者と判るはずだ。」
「確かに…」
「もしも外で悪鬼を見たら、私と彩斗君にそっと教えてね。」
「質が悪い奴ならやっつけるか?」
「それは今日はやめましょう。
 もしも危険な悪鬼を見つけても今日はそっと離れましょ。」
「向こうが気が付いて近づいてきたらどうする?」
「…その時は可能な限り逃げるわよ。」
「まぁ、奴らもこの時代では用心深くなっていると思うから、と言うか用心深い奴しか生き残っておらんと思うから大っぴらにいきなり襲ってくる事は無いだろうが…用心は必要だな。
 しかも、われ同様に奴らもわれが同類と言う事は判るはずだからな。」

俺は四郎の言葉にブルっと身震いが走った。

「それじゃ、用心しながら買い物に行こう。」

俺がそう言いエンジンをかけると四郎はまた驚きの声を上げた。

「なんだ?震えて唸っておるぞ。」
「エンジンと言う物が動いてるんだよ。」

俺がアクセルを踏みハンドルを回して走り出すと四郎は不思議な顔をした。

「これは彩斗君が自分で動かさないと駄目なのか…なんか不便だな。」

第1部復活編第16話

俺達が乗ったランドクルーザーは地下駐車場から外に出た。
四郎は俺のマンションを見上げて感嘆の声を上げた。

「しかし四郎君が住んでる…マンション?は凄いな。
 まるで城塞じゃないか。」
「まぁ、購入した時はあちこち調べたからね。
 頑丈にできてるよ。」
「しかし、城門も堀も見張りの衛兵もいないから防御は今一つだがな。」
「ま、まぁそうだけど…戦闘用に作られた建物じゃ無いから…」

真鈴がおかしそうに吹き出した。

「四郎さん、日本ではここ77年は平和なんです。
 安心してください。」
「そうだと良いが…」

その後、あちこち指さして感嘆の声と質問を投げかけてくる四郎の相手をしながら車を走らせ、俺達は駅前の眼鏡屋に着いた。
車を駐車場に入れて俺と真鈴は四郎にあまり声を上げない事判らない事は小声で俺か真鈴に質問する事の念押しをした。
頷く四郎とともに道を出て歩いたが、ここでは歩行者のルール、まぁ歩道と車道の違いとか信号の見方とかを真鈴が説明していた。

店内に入ると品揃えの多さに四郎は圧倒されていた。
逆に真鈴が高揚した顔で店内を歩き回り、四郎を呼んでは選んだサングラスをとっかえひっかえ四郎に掛けさせて真剣に合うかどうか吟味していた。
女性は買い物、それは他人が身に着ける物でも選ぶ事が好きらしい。
俺は買い物を二人に任せて来客用の椅子に座りぼぉっとしていた。

やがて真鈴と四郎がやって来た。

「彩斗君、どうしてもこの二つのうちどちらかと絞り切れないのよ。
 どうする?」

真鈴はモスコット「レムトッシュ サン」のウェリントンとボストンをミックスしたような無難な形の物とポリス「アイドルマンサングラス」のラウンドシェイプのレンズとトレンドのメタルフレームでやや優し気で爽やかな感じの物を持っていた。
どちらも薄めのスモークレンズで、これなら多少暗いところで掛けていても奇妙にみられないだろう。
しかもカジュアルでもフォーマルでも早々違和感を感じない、確かに真鈴のセンスは良いものがあると思った。
真鈴の横でいささかと言うか、かなり疲れた感じの四郎が立っていた。

まぁ、そうだろうな。
真鈴、と言うか女性が買い物にかける情熱は、ましてやファッションに関する買い物情熱は半端が無い。
その情熱に付き合わされる男は消耗して焼き尽くされて酷いケースでは泡を吹いて昏倒痙攣して救急搬送されるケースさえある。
買い物のセレクトを真鈴に任せることが出来て俺は助かるが生ける着せ替え人形とされた四郎は大変だろうなと思った。
そして、四郎が身に着ける買い物はまだ始まったばかりなのだ。

「う〜ん、どっちも良いね四郎さんに合いそうだし…」
「ならば2つとも買う?」
「え?」
「だって着ている服のTPOに合わせてサングラスも変えなきゃいけないじゃん。」
「それもそうだけど…」
「決まり!両方買おう!支払いは?現金?カード?」
「ええと、カードで…」
「じゃ、こっち来て!」
「彩斗君済まんな。お金が足りなくなったらあの金貨を処分してくれ。」
「いえいえ、全然大丈夫だよ、あはは」

カウンターに行くと何故かモスコット「レムトッシュ サン」のほかにポリス「アイドルマンサングラス」が二つあった。
メンズの物とやや小ぶりなレディースの物が一つづつ。

「あ、これは私用。
 一緒に行動する時お揃いで恋人とかに偽装できるでしょ?
 用心は大切だからね。
 彩斗君、さっさと支払いして。」
「…ああ、うん…」
「今日のバイト代これでも良いわよ〜。」

………きいぃいいいいいいいいい!38700円38700円38700円!余計に38700円!

モスコットのサングラスが39600円でポリスのサングラスが38700円かける2で77400円全部合計で117000円!

……きぃいいいいいいいい!

俺は動揺を必死に隠して1回払いで書類にサインした。
言っておくが俺はケチな方では無い。
ケチでは無いが、余計な出費は嫌いなのだ。
まぁ、最悪所持金が無くなっても四郎が持っている金貨を少し売るだけで全然大丈夫だけど。
このサングラスの金額だって四郎が初めに出した数枚のコインのうちたった一枚、それも安い方の一枚で充分おつりが来る。
そう思い、俺は何とか平静を保つ事が出来た。

しかし…四郎はすっかり精気を吸い取られている様子で俺は余計に金を吸い取られているみたいだ。
真鈴だけが朗らかな顔になり、血色も良くなっている。

…本当の吸血鬼はひょっとして…真鈴?

「ささささ!次に行くわよ!次は靴ね!」

高揚した真鈴の声が響き店内の何人かがこちらを見ている。

「真鈴さん…少し落ち着いてね。目立つと、ほら。」

真鈴はハッとわれに返り黙って立てた人差し指を自分の唇に当てて頷いた。

「そうね、ところで靴もスーツ用とカジュアル用に最低2足、スニーカーみたいな物も揃えると4足はいるわよ。」
「そうだね、一式一から揃えるから大体の出費は覚悟しているよ。」
「なら大丈夫。」

真鈴がにっこり微笑み、ポリスのサングラスを掛けた。
四郎もサングラスを掛けている。
なるほど柔らかい爽やかな感じがして、真鈴はセンスがあると思った。
俺達が車に戻り、在庫が豊富な靴屋に向かった。
第1部復活編第17話〜第19話(完結)はこちらから↓
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私の説明不足でトピが分かれてしまったので、私がコメ蘭に移動しました。
その為に私の名前になっていますが作者は全てとみき ウィズさんです。

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