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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か?第2部開戦編

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店の近くの駐車場に車を置いて俺達はセキュリティショップに入った。
スマホの画面宣伝画面通りに様々な防犯用品、警護用品、警察の機動隊員や軍の特殊部隊が着るような服、頑丈そうなブーツ等が広い店内に並んでいる。
俺も真鈴も物々しい雰囲気に押されて入り口で立ち止まってしまった。

「ほほう、面白そうなところだな。」

四郎が俺達の横を通り抜けて店内に入って行く。

「何をしている?
 必要そうな物を選ぶんだろう?」

振り向いた四郎の声で我に返った俺達も店内に入った。

「…え〜と…何がいるんだろう?」

真鈴が消え入りそうな声で呟いた。

「何が?武器だろう?君らが扱えるような。」

四郎があきれた声を出した。

「サーベル、ナイフ、ピストル、槍、弓矢、色々いるだろう?
 おお、ここは日本だから日本刀の良い物があるかも知れぬ、君達、あれほど覚悟を決めたのじゃないのか?情けない、われが店員に聞いてみるか…」

カウンターに歩いて行こうとする四郎を俺は慌てて止めた。

「ちょちょちょ!四郎さん、ちょっとやばいよ!」

俺は四郎の袖を掴んで店の隅に連れて行き、小声で言った。

「あのね、四郎さん。
 今四郎さんが言った物は、まぁ、ナイフはともかく、ナイフでもあまり大きな物は持っているだけで犯罪になるんだよ。」
「…なんと…」
「あくまでも合法的な物しかここでは売っていないのよ。」

唖然とする四郎に真鈴が追い打ちをかけた。

「…それではどうしろと…」
「ともかく、四郎さんは何か質問する時は俺か真鈴に小声で訊くようにして。
 あとは俺達が買い物するから…ほら、店員が怪しげに見てるじゃない。」

カウンターの店員がじっとこちらを見つめ、俺達と目が合うと小さく会釈した。
俺と真鈴も笑顔を浮かべて軽く頭を下げた。

「とにかくここで揃えられそうな物を買いましょう。
 四郎さん、武器以外に準備するものと言ったら?」

四郎は暫く複雑な表情を浮かべて俺達を見ていた、が、やがて苦笑いを浮かべた。

「まぁ、服装だな。
 闇に紛れて動けるものが良いな、と言っても夜目が利く悪鬼もいるが、人目に付きにくい闇に紛れる事が出来る物で頑丈な生地で動きやすい物かな?」
「それなら、あっちかしら?」

真鈴が特殊部隊用の服が並んでいる棚を指さした。
俺達は棚に移動した。
四郎がアメリカ警察のスワット用のスーツを手に取った。

「ふむ、こういう物が良いな…だが、こういう上下が繋がっている物は駄目だぞ。」
「え、つなぎタイプですか?何故ですか?」
「火が付いたり悪鬼の中には強力な酸や毒を吐く者もいるからいざと言うときに素早く脱げる物でないとな…あと、闇に紛れるなら真っ黒な物は駄目だ。」
「どうして?」
「真っ黒だと却って動きを悟られやすいのだ、君達本当に真っ暗な物体があると意外に判る物だ、こういう、濃い紺色が一番闇に溶け込んで良いぞ。」
「なるほど…」
「あと、こういういろいろな色が混ざっている、カモフラージュの柄は止めておいた方が良いな。森や林や草原の中でも少し周りの植物と違和感を感じるような物だと意外と判ってしまう物だ。」

四郎が俺が手に取っていたデジタル迷彩のジャケットを見た。

「おお、こういう物だと遠目には濃い紺に見えて闇に紛れやすそうだが…やはり濃い紺色が色々な場所に使えて良いかもな。」

と言う訳で俺達は上下セパレーツになっている難燃性素材で頑丈な布地、そして肘や膝を守るために二重の布になっている物を購入した。

「あとは…靴だな。
 頑丈で軽い物が良いと思うが両立するのは難しいな。
 足首を守れるくらいの丈が必要だ。
 悪鬼でも人間でも戦い慣れている者は足首を狙ってくるからな、出来れば酸や毒を浴びてもある程度耐える事が出来る物はあると良いのだが…」

救急隊員用の薬品にも強く頑丈なブーツを見つけ真鈴が試しに履いてみた。

「まぁ、軽いと言う訳じゃないけどそんなに重くないわよ。」
「ふむ、つま先と踵に補強もされているな、丈が高いから足首も守れるだろう。
 これが良いと思うぞ。」

俺達はそれぞれブーツを履いて試して購入することにした。

「あとは…」

その後、やはり濃い紺色のバラクラバ(目出し帽)を買う事にして、肘と膝を守るパッドを買った。
防刃グローブと言う代物が有って、店員がグローブをつけた手で鋭利なナイフの刃を掴んで思い切り引いてみても全く切れない事に四郎が感銘の声を上げた。

「これは良いな!これも買うぞ。」

四郎が嬉しそうに言った。

カウンターに積み上げられた品物を前に店員もホクホク顔になっている。
その他、軍用ハーネスとハーネスやベルトに付ける小物入れなど、四郎の助言を訊きながら買い進めて行った。

奥から出てきた店長が俺達が購入した物を見て、感心した声を上げている。
四郎が選んだ物が実用的で理に叶っていると俺に言い、小声で訊いてきた。

「あの人はどこかで、戦場とかにいたのですか?
 やけに理に叶って実用的な物を選びますね。」

真鈴がにこりとして答えた。

「あの人は経験豊富な歴戦のベテランなのよ。」

四郎は店員に勧められた防刃チョッキとヘルメットを試着してあれこれ尋ねていた。
二人はすっかり打ち解けているようだ。





続く

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四郎が目を細めた。

「…それはかなり危険だな…悪鬼より欲深いでは無いか、われが先制攻撃をかけて税務署を始末するか?」

四郎の物騒な発言に俺は慌ててかぶりを振った。

「いやいやいや、そんなことしたら俺達と日本国の戦争になってしまうよ!
 それは無理無理!」
「ではどうするのだ。」
「目立たないように金貨を売って儲けた事がばれないように少しづつ金貨を売って、表向きは適正な税金を払いつつ物件も徐々に増やしてゆかないと…とにかく怪しまれないようにね…それと、四郎の持っている物騒な物や非常に高価な物もばれないような所に運んで隠して置かないといけないんだよね。」
「やれやれ、それは厄介な物だな…」

四郎が天井を見上げてシガーの煙を吐いた。

「まぁ、その辺りの事は四郎の身分も含めて相談できる人がいるから話してみるよ。
 だから、四郎は暫く俺と真鈴以外にはあまり接触しないで周りから怪しまれないようにして欲しいんだよ。
 身分を手に入れて共同経営者としての手続きが済むまでね。」
「わかった、それは仕方ないな。
 何せ怪しまれてはならんからな。」
「ありがとう、なるべく急いで手続きを進めるよ。」
「ところで彩斗、お前はどうなんだ?」
「何が?」
「金や財産の事だ。
 理不尽に税金を持ってゆかれるのは腹立たしいかも知れん。
 だが結局金貨銀貨は我の物だ。
 お前は我の財産も含めて心配してくれているとは思うが…われは税金で半分の金を持って行かれても構わんぞ。
 この金貨自体も結局ポール様から頂いた物だし、その価値がたとえ半分になったとしても生活してゆく分には全く困らなそうだしな。
 彩斗はどうなんだ?
 もっともっと金が欲しいのか?
 何かとてつもなく高い物が欲しくてもっと金が欲しいのか?」
「…」
「われは今のこの生活がまるで夢のように便利で良いと思っている。
 160年前の生活からしたら本当に夢のように便利で快適な暮らしを送れると思うのだ。
 この上もっと豪華な生活を送りたいと思ってもきりが無いぞ。
 われは吸血鬼となってポール様と質の悪い悪鬼や人間を退治して近辺を平和にすると言う仕事をしていた時、何と言うか、人を助けるとか、人の役に立つとか…何と言えば良いのだろうか…」
「…生きがいかな?」
「そう、そうだな、われは何のために生きているのか?
 その答えをもらった気がしたのだよ。」
「…」
「彩斗、お前は生きがいと言う物を見つけ、手に入れたか?」
「…」
「われが悪鬼を退治した時に、これで何人かの人間が助かったと思うと喜びがわいた、と思うのだ。
 たとえ助けた人間から感謝されなくとも助けた人間が自分が助かったとも思わなくとも…なに、そんな事はわれが知っていれば充分なのだよ。」
「…」
「そう考えればこの先暮らしてゆくのに充分な財産が有れば、あくせく考えなくとも良いのではないだろうか?
 われの金貨銀貨を使ってわれらが十分生活できるだけの基盤を作れば、それ以上の財産を追い求めるのは…」
「…」
「それに、そう言う、いわば悪事を相談する人間の宛てなぞ、欲の皮が突っ張った信用ならない奴なのではないか?」
「…」


俺は金貨の処分の税金逃れを相談しようとしたコンサルタントを名乗る怪しい男の顔を思い浮かべた。
確かに欲深そうで狡猾な感じがした。
今回の事が無ければあまり近づきたくない男ではある。

「上手く言えんが、四郎、そういう者と交わっているともっと厄介な事になるかも知れんぞ。」

四郎の言う事は俺の心に沁みた、と思う。

宝くじが当たるまでは生活それも大した贅沢も出来ない生活を支えるために色々と苦痛を感じながら働いてきた。
宝くじが当たってからはこの先の生活の基盤を作り上げるために動いた。
だが、それが達成した時、俺はこのまま悠々自適な生活を送り続けてどうなってしまうのか不安がよぎったのも事実だ。
そこで俺はなにか、お金で測れるものではない物を探し求めたのではないか?
そして、四郎の棺を手に入れた。
この2日間で様々な事が起きたが、俺は正直わくわくしたんだ。
何か、上手く言えないが何か自分を誇りに思えることを成し遂げられるかも知れないと。
たとえ四郎の棺に金貨銀貨が入っていなくとも俺はきっと四郎とともに真鈴が提案した悪鬼退治に手を貸したと思う。
それは確かに四郎が思った生きがいを手に入れる事なのかも知れない。
そう考えると楽になった。
税金が半分持って行かれようが構わないじゃないか。
たとえ命の危険があっても構わないじゃないか。
たとえ人助けをしてもそれが知られずに人から感謝されなくとも構わないじゃないか。
そんな事は四郎と真鈴が判ってくれれば充分だ。

「四郎、ありがとう。
 なんか吹っ切れたよ。
 金貨の件も税金の事あまり心配せずにヤバい橋を渡らずに済ませられそうだ。
 なにせ半分持っていかれても充分残るからね。」
「それは良かった。」

四郎がにこりとして俺の肩をポンポンと叩いた。
話が終わり、俺がトイレに行くと、隣のバスルームから真鈴の鼻歌が聞こえて来た。
やれやれ、呑気だな。
俺達が風呂に入れるのはもっと夜遅くになりそうだ。




続く
第7話

結局真鈴が風呂を出て俺と四郎が風呂を済ませたのは深夜1時を回ってしまった。
真鈴は風呂上り早々にゲストルームに引き上げ、俺も四郎も寝る事にした。
四郎はさすがに疲れたらしく、パソコンをダイニングのテーブルに置いて寝室に引き上げた。
今日、俺は久しぶりに目覚ましを7時に合わせて眠りについた。

翌朝、俺がこのマンションを購入入居してから初めてのしっちゃかめっちゃかに慌ただしい朝を迎える事になった。

騒ぎの原因は真鈴だった。
7時に起きた俺はゲストルームに行き何度もノックして真鈴を起こしても中々ゲストルームから出て来なかった。
やれやれと思いながらキッチンに行き、珈琲を淹れ、トーストを焼き、昨日の残りのサラダを冷蔵庫から出してオレンジジュースを出していると四郎がやって来た。

「おはよう彩斗、おお、朝食の準備をしてくれているのか。
 ありがとう。」
「おはよう四郎、真鈴を起こしてきてくれない?
 午前中に講義があると言ってたけど、なかなか起きないんだよ。」
「わかった。」

四郎がゲストルームに行き、ノックの音と真鈴を起こす声が聞こえた、が、やがて四郎が戻って来て肩をすくめた。

「やれやれ、全然起きないぞ、あの、プッ、処女の乙女は。」

四郎はコーヒーを飲み、いただきますと言ってトーストを齧り、朝食を始めた。
四郎は真鈴を処女の乙女と言う度に少し吹き出す事に気が付いたが、俺はあまり気にせずに朝食を始めた。

テレビをつけて朝のニュースを見た。
コロナ、某国の侵略戦争など様々なニュースを見ながら朝食を進めているとゲストルームから真鈴の悲鳴とガタゴトと物が倒れる音がした。
俺と四郎が目を合わせて何事か?と思った時、激しくドアを開ける音とどたどたと廊下を走る音と共に、俺のスェットの上を着て下はパパパパンティ姿の真鈴がやって来た。

「ちょっとちょっと!なんで起こさないのよ!」
「…起こしたよ何度も、俺と四郎で起こしたけど全然起きないじゃん。」
「若い娘が男子の前でその姿はいかんと思うぞ。」

真鈴はぼさぼさの髪を振り乱してきぃいいいい!と叫んだ。

「今日の講義の教授は大学で一番遅刻にうるさいのよ!
 5分遅れるだけで欠席扱いするんだからぁ!」



真鈴はうぁあああ!と叫びながらトーストを一枚掴んでゲストルームに走って行き、それからガサゴソと音がしてバスルームに走って行きシャワーの音が聞こえて来た。何事かと俺はバスルームに行くと、扉が開け放たれたバスルームの湯船に真鈴がシャワーの下に頭を突っ込み、折りたたまれた湯船の蓋の上に服とトーストを置いて片方の手で慌ただしく髪を洗いながらもう片方の手でトーストを齧ったり蓋の上の服を着ようとしていた。
何ともアクロバティックな姿で色々な事を同時にこなそうとしている真鈴の姿に唖然とした。

「いやはや、凄い光景だな…これ、YouTubeだったかな?
 あれに出したら凄い反響が来ると思うぞ。」

いつのまにか俺の隣に立っていた四郎が片手にトーストを持ち片手にコーヒーカップを持って言った。

「四郎、駄目だよ、規約に引っかかると思うよ。」

俺は片手で髪を洗いながらトーストを口にくわえてもう片方の手で必死にブラジャーを着けようとしてはみ出た胸をブラジャーに押し込んでいる真鈴を見て答えた。

「お前ら〜!見るなぁああああ!」

洗い髪で顔の半分が隠れた真鈴がトーストを食いちぎりながら俺達を鬼の形相で睨み、叫んだ。

俺と四郎はひっ!と小声で叫び、ダイニングに逃げた。
暫くすると、まだ髪が濡れているが何とか服を着た真鈴が首にタオルをかけ、ドライヤーを片手に持ってダイニングにやって来た。
俺達は真鈴と目を合わせないように目を伏せて朝食を食べている。
真鈴はダイニングのコンセントにドライヤーの電源コードを差して豪快な音を立てて髪の毛を乾かしながら空いた片手でコーヒーを飲みトーストを齧り、サラダをむしゃむしゃと嚙み千切っていた。

「…き、今日の講義はそんなに大事なんだ…」

俺が言うと真鈴が食べ物を口の中に入れて慌ただしく咀嚼しながら答えた。

「凄く厳しい教授で少し遅刻する欠席扱いになるの。
 私、何度か遅刻してて、もう後が無いのよ。」
「それで今朝はあの騒ぎか…処女の乙女は大変だな。」

四郎がコーヒーを飲みながら呟くと真鈴が持っていたコーヒーカップが粉々に砕け散った。
握り潰してしまったのだ。
俺と四郎は見開いた眼で砕け散ったコーヒーカップをみて唇をわなわな震わせた。

「いつ誰が私を処女なんて言った?ああ?」

俺と四郎は慌ててかぶりを振って俯いた。
真鈴は壁の時計を見た。
そして、あああああああ〜!と声を上げた。

「急がなきゃ間に合わない!
 彩斗!車出してよ!
 車なら電車の路線部分をショートカット出来るから大学の最寄り駅まで送ってくれればあとはタクシーで何とか間に合うかも!」
「それなら大学まで送ってあげるけど…」
「きぃいいい!
 あんな派手な車で大学まで送られたら噂が立つじゃないの!バカ!」
「はいはいはいはいごめんなさい。じゃ、最寄り駅まで送ります。」
「判ればよろしい。」

ほっとした真鈴はあらかた髪が乾いたのでドライヤーのスイッチを切ってテーブルに置き、朝食を食べる速度を落とした。

「メイクは車の中ですれば良いかな、やっぱり私が作ったサラダ一晩置いても美味しいわ。」

真鈴がにこりと笑った、が、先ほどの恐ろしい光景を見た俺達は何とか真鈴に合わせて弱々しく微笑むしかなかった。

その後、化粧以外で登校準備を終えた真鈴を大学の最寄り駅まで送るため俺は車を出すことになった。
真鈴を送り届けた後すぐに四郎の戸籍や住民票を手配で人に会ったり、銀行に行って昨日買い物に使った現金を引き落としよりも先に支払いを済ませる手続きをしたりしなければならないのでマンションに戻るのは午後一番くらいになってしまう。
四郎はその間マンションでお留守番と言う事になる。

「パソコンで色々見るから暇つぶしは問題無いぞ。」

ラップトップパソコンをわきに抱えて四郎は玄関まで見送りに来た。

「四郎、あんまり変なもの見ないでね。」

俺はそう言ってから、早く早くと急かす真鈴と共に地下駐車場に行き、車に乗った。





続く
第8話


朝の渋滞が始まっていて車はのろのろと走っている。
俺の隣で真鈴は助手席バイザーについているバニティミラーとコンパクトを両方使い自分の顔を様々な角度で見ながら器用に化粧をしていた。
ノーメイクに見えるくらいのナチュラルメイクなのに色々と複雑な手順で化粧をするのを時々横目で見ながら俺は感嘆していた。

真鈴は化粧の出来に納得したのかメイク道具をバッグに片付けながら腕時計を見て息をついた。

「ふ〜、化粧も終わったし…渋滞してるけど何とか間に合うかな?」
「それは良かった…」
「私、講義が終わったらアパートに戻って着替えとか準備するから、彩斗の用事が終わったらここに来て。」

真鈴が住所を書いたメモをバイザーに挟んだ。

「メールで送るのが手っ取り早いけど、今更ながらあまりネットに個人情報出したくないのよね。
 用心しないと。」
「なるほどそうだな。
 判った、用事を終わらせて四郎を車に乗せて真鈴のところに向かうよ。
 そのまま訓練の候補にしている所に向かおう。」
「オーケー。
 お昼ご飯は……」
「俺と四郎は昨日の残りのチキンガンボで済ませるよ。
 真鈴もどこかで食事しておいて。」

真鈴は親指を噛んでチッと小さく舌打ちした。

「ああ〜あのチキンガンボ一晩置いたら絶対にもっと美味しくなってるよね〜残念!」
「四郎は執事になる前にコックもしていたからまだまだ美味しいレシピを持っていると思うよ。」

俺は食い意地が張っている真鈴を見て微笑ましい気分になった。
確かに昨日、四郎が作ったチキンガンボはとてもとても旨かった。
真鈴が作ったサラダも今までに食べた事が無い味で旨かった。
俺は社畜を卒業してから旨い料理を作れる男になりたいと、色々レシピを見たり自分なりに料理を作ったが、まだまだ二人の足元にも及ばない。
今、俺は料理研究に力を入れて旨い料理が作れるようになろうと決意した。


やがて車は大学の最寄り駅に着き、真鈴が指示した通りロータリから少し離れた路地に止めた。

「なんとか間に合いそうね、助かったわ。」
「今度から寝坊しないように気を付けてね。」
「私のアパートに置いてある目覚ましを持ってくるからもう大丈夫よ。」

真鈴はそう言うと車の周りを注意深く観察し、知ってる人間がいないかチェックした後、ドアを開け車を降りた。
真鈴の後ろ姿を見送りながら俺はため息をついてハンドルに突っ伏した。

さて、ため息をついている暇はない。
俺は銀行に向かって車を走らせた。
銀行の駐車場でクレジットカード会社に電話をして引き落とし前の支払い手続きの問い合わせをした。
指定銀行口座が判ったので銀行に入り、預金から振込手続きをした。
振り込みを済ませてもまだ500万円以上預金が残っているのを確認し、とりあえず80万円を引き出して財布に詰め込むと、不動産購入時に色々と調査してもらった探偵事務所に電話をかけ、アポイントメントを取った。
暇らしくて、すぐでも良いよと言われて俺は車に乗って探偵事務所に向かった。
西部線沿線の古びたビルの2階の探偵事務所。
事務所は所長の50代に差し掛かった時田と言う探偵とこれまた初老のおばちゃんの事務員だけの事務所だ。
宝くじを当て、俺のマンションや収益不動産を購入する時にいろいろと調べてもらった事があって、何回かプライベートで酒を飲むような付き合いだ。
その時の正直者だが頭の切れが良く、何よりも人を騙したり泣かせる事が大嫌いな正義感を持った今ではちょっと珍しい部類に入る人間だ。
尊敬する大学の先輩に紹介されて知り合ったのだが信頼がおける人物だと思う。

階段を上がって事務所に入るとおばちゃん事務員は編み物をしている目を上げて笑顔でいらっしゃいと言った。
俺は挨拶をして案内されて奥の部屋に入った。
小汚い部屋であまり儲かっている感じではない。
壁には幼稚園くらいの子供が描いた探偵?の絵が描いてあり拙い文字で「探偵さんありがとう」と書かれた絵が額に収まって掛かっていた。
この探偵はDV被害に遭っている母と子供とかまぁ、あまりお金持ちではない客の依頼をよく引き受けて暴力夫から母子を逃がして新しい身分や住まいを手配したりなど、役所がなかなか手を付けない仕事を引き受けたりしている。
浮気調査とかの方が儲かるけど修羅場を見るのが嫌なんだよな、悪事に加担した気分がするんだよな、あまり儲からないけど人を助けてお礼を言われる仕事が好きなんだ、と時田が言っていたのを思い出す。
俺はこの事務所ではそこそこ上客の部類に入るだろう。
机には初老の探偵、時田が座り、パソコンから目を上げて俺を見ると笑顔で立ち上がり椅子を勧めた。



「やあ、吉岡君、久し振りだね〜
 また物件の調査かな?
 貧乏探偵事務所は大歓迎だよ〜」

事務員のおばちゃんがお茶を出して事務室に引き下がると、早速時田に用件を聞かれ、俺はある人間が事情があって無戸籍である事とその男に戸籍と住民票、保険証その他生活に必要な書類を用意してほしい旨伝えた。
じっと話を聞いていた吉岡は眼鏡を指で押し上げながら俺に尋ねた。

「訳ありかぁ…犯罪者とかじゃないよね?
 犯罪までいかなくても誰かを泣かして逃げているとか、悪い奴だと私は引き受けないよ。」
「それは俺が保証します。
 絶対に悪人じゃないどころか、人助けも沢山している人なんです。」
「ほぉ、まぁあまり詳しくは聞かないけど、誰かを助けてやくざとかに追われているとかかな?
 そう言う、骨のある人なのかな…いかんいかんな、やはり最低限なところ、悪人か善人かは聞いておかないとね。
 普通に役所に届けて戸籍を作成する手続きとかも有るんだけど…訳ありなんだな?」

そこまで言って時田は俺の顔をじっと見つめた。
ここは勝負かな?と俺は思って時田の顔を正面から見返して深く頷いた。
確かに正確に説明できないが四郎は勇気がある善人だ…吸血鬼だけど。

「ふぅん、で、その人は男?女?何歳?日本人?」
「歳は35歳、男、日本人です。」

時田はメモを取り出して性別年齢国籍を書き留めた。

「それで、戸籍や住民票を作ってその男の人をどうしたいの?」
「俺の会社の共同経営者にします。」
「なんと…」

時田は少しあきれた表情を浮かべ、そしてくすくすと笑いだした。

「そうかぁ、まぁ、どうして共同経営者にするか理由は聞かないよ。
 個人的な性的志向とか俺は興味ないからね。」

最初、時田の言っている意味が判らなかったが、どうやら同性愛関係であると思っているらしい。

「え?あ、いやいや、俺やその人はノン気ですよ〜!」
「あはは、まぁ良いよ良いよ、共同経営者にすると言う事は君が完全に保証人になる覚悟があると言う事だからね。
 引き受けるよ…本当に悪人じゃないよね?」
「それは絶対に大丈夫です。」
「頼むよ。
 その人が何か犯罪でも起こされるとこの事務所も危なくなるからね〜、ただし…」
「ただし?」
「結構お金かかるよ。報酬は世間相場並みにするけど必要経費がかなり掛かるね。」

偽造の身分証明を作るとかでも世間の相場とかあるんだなぁと思いながら、俺は料金を尋ねた。

「いくらくらい必要ですか?」
「そうだね〜」

滝田は眼鏡をずり上げてじっと考え込んだ。

「存在する別の人間の身分を買い取るようなことをするから出来上がった書類は偽造じゃなくて完璧に公式なものになる。
 だから心配は一切いらないよ。
 ただ…う〜ん…年齢だけど35歳ピッタリとか言われても条件が合う人が絞られるから30歳から、まぁ40歳くらいの年齢って事になるな〜あと、まぁ、戸籍のまぁ、ドナーみたいな人がもしも凄い借金をしていて追われてるとかだとそれを帳消しにしないといけないからその分のお金もかかるよ。
 と言う事で…360万円プラスドナーが借金を抱えていたら別に実費でその借金分て所だね。」
「…」
「あと、運転免許とかは欲しければその人が運転免許試験場とか自動車学校とかに行って自力で取る必要があるよ。」
「わかりました、お願いします。」
「よっぽど訳ありなんだねぇ。
 判った、引き受けるよ。
 今日全額とは言わないけど、着手金とかもらえるかな?」
「とりあえず現金で80万円持って来ました…あ…」
「ん?何?」
「時田さん、絶対に秘密守ってね。」
「失礼なうちは貧乏事務所だけど顧客の秘密は絶対だよ。
 で、何?」

俺は四郎に渡された金貨のうち、ニュルンベルク6ダカット金貨を机に置いた。

「これで…支払いできます?」

時田はじっと金貨を見つめてから慎重な手つきで手に取り、ため息をついた。

「俺は趣味でコイン集めとかしてるけど…これ、本物だよね…」

俺は深く頷いた。

「これをお金にして支払いに充ててもらえると助かるんですけど。」

時田は慎重に静かにコインを机に置いた。

「すげぇ…訳ありなんだねぇ〜」








続く
第9話


俺が財布から80万円を出そうとすると、時田はかぶりを振った。

「いや、現金はいらないよ。
 もしもこれが本物でこれ位の保存状態なら恐らく私の方で現金に換えても充分どころか充分過ぎる金額になるよ。
 私の方でおつりを出す必要があるかもね。
 今日はこれをとりあえず預かることにして、現金化出来たらまた連絡すると言う事で良いかな?」
「ええ、構いませんよ。
 俺もそっちの方が助かります。」
「いやぁ、眼福だなぁ。」

時田は改めて金貨を手に取ってじっと見つめた。

「…どこからこれを手に入れたの?
 あ、失敬失敬!これは依頼者の秘密にしておかないとな。」

時田はアハハと笑い、机のペンケースを手に取って中身を全部出し、ティッシュを敷き詰めて慎重な手付きで金貨を手に取ってペンケースに収めた。

「うう〜、これは一生のうちに拝めるか拝めないかと言う代物だと思うよ。
 マニアにはたまらないよ。」

そう言って時田は実際に手を合わせて金貨を拝んだ。

その後、俺と時田は正式に依頼手続きをして事務所を出た。

事務所を出た俺は四郎の為のスマホを一つ購入してマンションに戻った頃にはもう、午後1時をかなり回っていた。

新しいスマホを四郎に渡すと子供のように喜んで、昼食の準備をする俺にあれこれと使い方の質問をして来た。
悪鬼は新しい物が好きだと改めて思った。
昨日のチキンガンボを温めなおし、付け合わせのピクルスを新しく切って添え、二人でチキンガンボライスにして食べた。
四郎がスマホをいじりながら食べるのを時々注意しなければならなかった。
嬉しいのは判るが現代人と変わらない、いやいやまるで今どきの高校生か中学生のような振舞いで思わず苦笑してしまった。

「そう言えば真鈴がチキンガンボの残りを食べられないと悔しがっていたよ。」

俺がそう言うと四郎はスマホから顔を上げて満面の笑みを浮かべた。

「そうかそうか、南部料理ならばまだまだ自慢の料理があるぞ。
 時折作るとしよう。」

食事を済ませて皿を洗うと俺達は訓練候補地に向かうために動きやすい服装に着替えた。
そこは山の中に入った辺鄙な所で少々豪華に作られた永住型別荘が一軒だけぽつりと建っている場所である。
周囲の広い敷地、山も別荘を建てた個人の持ち物で人があまり寄り付かない所である。
収益物件を探している時に知り合った、やはり不動産賃貸経営している人間に教えてもらい、持ち主が死亡して遺族が相続したが処分に困っているとの事で、俺に誰か飼い主の当てが無いか聞かれている物件だった。
豪華で頑丈に作られた豪邸で周囲の広大な敷地も込みで格安の値段だったが、何せ辺鄙な所にあるので誰も買おうと思う者がいなかった。
俺は電話をかけて物件を買いたいと思ってる人間がいると伝え見学に行きたいと言うと、敷地に入る扉のダイアル錠の暗証番号を告げ、建物のカギは玄関のシーサーの石像!を横にずらして下にあるパネルを開けると中に入っているとの事だ。
ブレーカーを入れると電気が通るようにしてあり、上下水道も通っていてプロパンガスも残っているとの事だった。
管理費がかかるのでもし購入するなら値段も頑張って交渉できると言っていた。
今日現地に向かう事を話すと、何日いても良いから頑張って購入を決めてくれと言われた。

人気が無い辺鄙な所。
人知れず訓練するにはもってこいの場所だ。


電話を切ると着替えた四郎が目の前に立っていた。
やはり真鈴のセンスはかなり良いなぁ、と思わせる爽やかで裕福そうだが、嫌味を感じさせないコーディネイトだった。
だが、四郎の恰好を見て何か物足りなさを感じた。
それは何だろう?と思いながら四郎を見ていて気が付いた。

「四郎、腕時計はつけた方が良いなぁ。」
「腕…時計?」
「ほら、こういう奴。」

俺は左手首にはめたオメガスピードマスターを見せた。

「おお、かっこ良いな!
 時計が必要か…われも棺に懐中時計ならあるが…」

四郎はそう言うと寝室に行き、金の鎖が付いている懐中時計を持ってきた。

「ポール様がニューヨークに行った時にお土産で頂いた物だ。」

四郎が手に持っている重厚な作りの懐中時計を手に取って見た。
裏蓋にWALTHAMと刻印が入っている。

「ウ…ウオル…」
「ウォルサムと読むのだ、かなり高級品だぞ。」

四郎が自慢げに言った。
確かにすごく価値が高そうな時計だったが、現代では使いにくい。
しかし、四郎の棺の中身全部をなんでも鑑定団に出せばどんな金額になるだろうか?と考えた俺は笑いがこみ上げそうになった。

「これはかなり良い物だと思うけど…腕時計の方が使い勝手が良いね。
 ちょっと待ってて。」

俺は自分の寝室に行き、ウォークインクローゼットに入り奥の方の木箱を出した。
この中には宝くじを当てて有頂天の俺が腕時計をいくつか買い込んだ後でほったらかしにしていた時計が幾つか入っていた。
蓋を開け、色々なメーカーのロゴが付いた時計の小箱を眺めてSinnと書かれた小箱を取り出した。
蓋を開けるとクロノグラフ103と言う時計が収まっていた。
これを四郎にあげようと思いウォークインクローゼットを出るときに隅に積んであるキャンプ用具が目についた。
これも有頂天の俺がキャンプを始めようと金に物を言わせて高級なキャンプ用具、テントやタープ、ランタン、焚火台、ナイフ、斧などを揃えた後で置きっぱなしにしていた物だ。
一瞬このキャンプ道具も持ってゆくかと考えたが今日は下見するだけだからやめた。

「四郎、これあげるよ時間合わせて着けて行こう。」

四郎は箱を受け取って蓋を開けると目を輝かせた。

「おお!これはスマートだな!
 もらって良いのか?
 頂くぞ!
 彩斗ありがとう。」

こういう時の子供のように喜ぶ四郎は周りの人も幸せにさせるオーラが出る。

「どうぞどうぞ使ってよ、」

俺と四郎はテーブルについて、四郎に腕時計の簡単な使い方、時間や日付の合わせ方を教えた。

時間は午後2時を少し過ぎていた。

そろそろ出かけて真鈴を拾って別荘に向かわないといけない時間だ。
玄関で靴を履いている四郎に、念のために昨日、四郎が欲しがって購入したブーツも持ってゆくように言って、俺達はランドクルーザーに乗り込んだ。
車の中では四郎がスマホや腕時計をあれこれいじりながらあれこれと操作しながら、ほう!とか、これは良い機能だ!とか声を上げていた。



メモにある真鈴の住所のアパートに到着し、アパートの前の道路に車を止めて真鈴にメールを送った。
暫くすると大きなバッグを二つも抱えた真鈴が出てきて、俺にランドクルーザーの後ろのドアを開けるように言った。
どさりどさりとバッグを置いた真鈴が後ろの席に乗って来た。

「お待たせ、あ、四郎やっぱり似合ってるね!」

真鈴が四郎に親指を立てて笑顔を浮かべた。

「真鈴はセンスが良いからな。」

四郎が嬉しそうに言うと真鈴が目ざとく四郎の腕時計を見た。

「その時計センス良いじゃん!
 見せて見せて!」

四郎が腕時計を外して真鈴に渡すと真鈴はため息をつきながら時計を見つめた。

「これ凄いね。
 クロノグラフでオートマチックかぁ〜渋いわぁ。」
「彩斗にもらったのだ。」
「彩斗、太っ腹ぁ!」

そう言う真鈴の腕にもタイメックスのアウトドアウォッチを巻いてあった。
服装も昨日とは違い、ジーンズにフィールドジャケットとアウトドアの服装だ。
やはりこの女は只物じゃない気がする…

「ところで真鈴今日行くところはちょっと山の中だから靴も…」
「これなら問題無いと思うわよ〜。」

真鈴がニヤリとして自分の足を指さした。

「キーンのトレッキングテラドラIIで足を固めて来たわよ〜!ほほほ!」
「さすが…」
「さぁ、出発しましょ!」

俺達は訓練候補地の別荘に向かった。
道々これから行くところの説明を四郎と真鈴に話しながら、ランドクルーザーは山道に入っていった。

「結構田舎ねぇ〜」
「そうじゃないと、誰かに見られて怪しまれてもいけないからね。」
「ふぅん確かに…しかし旅行みたいで楽しいわね!」

真鈴は無邪気にはしゃぎ、スマホに飽きた四郎が山の緑に目を奪われていた。
俺達は山道から横に少し入った小道にランドクルーザーを止めた。
目の前に頑丈なゲートがあり、監視カメラが二つゲートの柱の上端についていた。

「あの監視カメラ…」

真鈴がカメラを指さした。

「今は動いていないけど、電源入れたら別荘から遠隔で見れるよ。」
「なんか凄いわねぇ…買うと高そう…」
「いやいや、なかなか買い手がつかなくて大幅値下げ中なんだよ。」
「何それ事故物件?」

真鈴が顔をしかめた。

「いや、ここで誰かが死んだり殺されたりはしていないよ。
 ただ、田舎過ぎるだけだ。」
「そうよね、コンビニだってここまで登って来た時、20分くらい前に見ただけだもんね。」

俺はダイアル錠の暗証番号を揃えて解錠してゲートを開き、ランドクルーザーを敷地内に入れてまたゲートを閉めた。
そして小道をしばらく走らせた。

「凄い広いね。」
「あの後ろの方の山とか全部敷地だってさ。」
「凄い…」

やがて小道の先に南部アメリカ様式に作られた白い屋敷が見えて来た。

「おお!なぜか懐かしい感じがするな!」

四郎が屋敷を見てはしゃいだ声を出した。
午後4時30分を周り、まだまだ明るいが日が落ち始めて勢いを減じた日光を浴びて白い屋敷が木々に囲まれてひっそりと建っていた。

俺達は玄関前にランドクルーザーを止めて車を降りた。
玄関先にシーサー像!があって俺はそれをずらして下のパネルからカギを取り出した。
両開きの玄関を開けると広間があり、その先にいくつかのドアがあり、奥の突き当りにカーブした階段があった。

「凄い豪邸ね…部屋数も多そう…」
「14部屋あるってさ。
 管理費もかかるから持ち主は手放したいんだって。」
「へぇ〜」

四郎が階段の上の方に笑顔で手を振った。

「何?四郎?」

四郎は階段の上に軽くお辞儀をして俺達に振り返った。

「なに、出迎えが顔を出しただけだ。」
「え…」
「え…」




続く
第10話


「なんだ君達?怖い顔しているぞ。」

俺は四郎が手を振った階段の上を見たが、人らしきものは見えなかった。
真鈴も同じだったらしく、唇をわなわなさせて四郎に尋ねた。

「ねぇ、四郎。
 …出迎えって…誰?私何も見えなかったよ。」
「ああ、死霊だな、ここに住み着いているようだ。
 軽く挨拶しておいたぞ。」

四郎が事も無げに答えた途端、真鈴は一気に走り出して玄関の扉を全開にして玄関ポーチで立ち止まって振り向いた。

「ちょっと彩斗!事故物件じゃないって言ったじゃないのよ!」
「事故や自殺殺人とかで人が死んだことは無いと言っていたよ!」
「ともかくこっち来て!
 外じゃないと落ち着いて話せないよ!」

やれやれ、オカルト研究をしていると言っていた真鈴だが、心霊とか苦手のようだ。
と言う俺も、背後に視線を感じて気持ちが悪いので四郎を促して玄関先の真鈴の元に行った。

「死霊がいる所なんて縁起でもないわよ!帰りましょう!」
「まあまあ落ち着け真鈴。」

四郎が笑顔で答えるとポケットから俺のエコーシガーを取り出して火を点けた。
俺も四郎に倣ってエコーシガーを取り出して一服した。

「死霊なんてどこにでもいるぞ。
 今まで気が付かなかったのか?
 彩斗のマンションの駐車場だって暗そうな青年が隅でしゃがんでいたし、昨日行ったテーラーでも頑固そうな初老の女性がチーフの採寸の様子をじっと見ていたし、真鈴のアパートなんぞは屋根の上で下着姿の老人が気持ち悪い笑みを浮かべておかしな体操を…」
「ひぃいいい!聞きたくない聞きたくない!
 エロイムエッサイムエロイムエッサイムエロ…」

真鈴が目を固くつぶり両手で耳を押さえて激しく地団駄を踏んだ。

「落ち着け真鈴。
 まあ、一服しろ。」

四郎がのんびりした声で言うと真鈴は震える手で加熱式たばこを取り出して一服した。

「君らには見えないようだが、死霊なんて普通にどこにでもいるぞ。
 大抵の死霊は生きている人間よりもエナジーが低いから心配する事は無い。
 よほど失礼な事をして死霊を激怒させるか…まぁ普通は生きている人間よりも感情の起伏は高くないから滅多に怒らないがな。」
「とり憑いて自殺させたり…しない?」

四郎はアハハと笑いシガーの煙が逆流してむせて咳き込んだ。

「ゴホッゴホッ!大抵の人間よりも大人しくて礼儀正しいくらいだ。
 さっきいた死霊もわれに丁寧にお辞儀を返したぞ。」
「あの家の中にいる死霊は…危害を加えない?」

俺が尋ねると四郎は吸い終わったエコーシガーをポケットから取り出した携帯灰皿に押し込んだ。

「大丈夫だな。問題は無いぞ。
 大抵の死霊にはそんな力は無いぞ。
 もっとも死霊がくしゃみや咳をしたり、階段を上り下りしたり転んだりしたらかすかにその音が聞こえるかも知れんが…」
「ひぃいいい!」
「真鈴、死霊なんぞ悪鬼に比べたら可愛い者じゃないか。
 先ほどわれに挨拶した死霊なぞ可愛らしい小さな女の子だったぞ。」

そこまで言ってから四郎は開いた玄関ドアの向こうを覗き込んだ。

「ほら、真鈴が騒がしいからあの子も怖がってるぞ。」
「ひぃ!まだいるの?」
「うむ、不安そうに階段を降りたところにある棚の陰からこちらを見ている。」
「…」
「騙されたと思って笑顔で手を振ってやれ。」
「無理無理無理エロイムエッサイムエロイムエッサイム…」
「われを信じて手を振ってやれ!
 今までわれが嘘をついたことがあるか!」

四郎が一喝した。
真鈴がしばらく家の中を見ていたが、やがて引きつりながらも笑顔を浮かべ、軽く頭を下げて手を振った。
四郎が俺を見たので仕方なく俺も軽く頭を下げて笑顔で手を振った。
そして四郎も笑顔で手を振り、俺たち3人が開いた扉から無人のホールに笑顔で手を振っていると言う、端から見たらかなりシュールな光景になった。

「よし、もう良いぞ。
 あの子も安心したんだろう、われ達にお辞儀して手を振って階段を昇って行ったぞ。」
「こっこれからどうするの?」
「決まっておろう。
 中を見て使えるかどうか調べるのだ。
 死霊が何人かいてもこれだけ広い屋敷だから上手く住み分ける事が出来るだろう。」

四郎が中に入っていった。
真鈴が俺を見た。
俺は肩をすくめて四郎の後をついて行った。
しばらく俺達を見た真鈴は一回深呼吸してから「お邪魔します〜」と言い、恐る恐る入って来た。




続く

第11話


四郎が屋敷に入って行き広間の中央に立つと周りを見渡した。
空き家によくある残置物などはあまり無く、がらんとだだっ広い空間が広がっている。
四郎が床を何回か強く踏みしめた。

「うん、床が傷んでいたりはしていないな…彩斗、電気は付くのかな?
 家の中を廻って見るには君達には少し暗いな。」

四郎はサングラスを外して胸のポケットに入れながら言った。
時間は午後5時、5月の空はまだまだ明るいが屋敷の中はかなり暗くなっていた。

「キッチンにブレーカーがあってそれを入れれば電灯を点けられるよ。」

俺はそう言ってフロア向かって左側のドアに向かって歩いて行き、ダイニングとキッチンに通じるドアを開けた。
俺の後に四郎、そしてびくびくして周りを見回しながら真鈴が付いてきた。

「真鈴、彩斗にも言っておくが何かを感じてもさっきみたいに大騒ぎするのはやめておけよ。
 死霊を驚かせて、反感を買うかも知れないからな。」
「さっきは死霊は大人しくて感情の起伏が少ないと言っていたじゃない。」

真鈴の返答に四郎が苦々しげな顔を向けた。

「全ての死霊がとは言っていないぞ。
 大抵の死霊は、と言ったのだ。
 それに大人しい人間でも勝手に他人が家に入って来て大騒ぎしたら怒るだろう?」
「それもそうだな…」

俺は12畳ほどの広さのダイニングを抜け、キッチンのドアを開けた。

「何かを感じたり、まぁ君らにはまだ見えないだろうが、音や声を聞いたり気配を感じたり、もしや何かを見てもぎゃあぎゃあ騒がずにお邪魔していますと挨拶をして静かに礼儀正しくしていろ。
 今日の午前中彩斗の家でYouTubeで心霊スポットというのか?に行って死霊がいるかどうかとかを調べる動画を見たが、あれは非常に酷かったな。
 度胸が据わっていない輩がこわごわと死霊がいるところに勝手に入り込みあちこちを無遠慮に弄り回して挙句の果てに少し物音が聞こえたり気配を感じただけで無様にぎゃあぎゃあ大騒ぎ、死霊と会話しようとして変な機械をいじって死霊が返事をしたのにそれにも答えずと…まぁ、呆れる位に無礼な事をしていたが、あれではどんなに大人しく温厚な死霊でも激怒するし、もしも力が強かったり生前の強い恨みを抱えている死霊ならば命を狙われてもしょうがない愚行をしていたぞ。
 われがその場にいたら奴らを正座させて何度もぶん殴って延々と説教をしそうだったな。
 もしも、何かが姿を現してそれを見てしまったら最低でも挨拶はしておけ。
 それが最低の礼儀だぞ。
 それと、ここはまだまだ死霊の屋敷だ、他人の家にお邪魔していると言う事だ。
 ドアを開けっぱなし引き出しを開けっぱなし何かを動かして元に戻さない等、躾がなっていない事はするなよ。」
「うん、判った。」
「はぁい、気を付けるわ。」
「判ればよろしい。」




俺はキッチンのブレーカーを入れた。
電灯のスイッチを入れると広々としたキッチンが照らされた。

「凄いわねぇ、これ、10人分以上の料理でも簡単に作れるわよ。」

真鈴が感心して声を上げた。

「持ち主が生きていた頃は親族が集まってパーティーを開いたりバーベキューをしたり屋敷から少し離れた所でキャンプをしたりしていたそうだな。
 持ち主が亡くなってからは月に2回ほど管理人が来て屋敷の窓を開けて空気の入れ替えをしたり掃除をしたりして現状を保っているそうだ。
 最も残された親族たちは相続で争いになって誰もここには立ち寄らなくなったそうだけど、その時に親族の一部が金になりそうな物からストックしていた日常品まで持ち去ってかなり空っぽになってしまったと言う事だよ。」
「それにしてはまだいろいろ残っているわよ。
 この冷蔵庫なんて大きくて立派ねぇ。」

真鈴が3ドアの大型冷蔵庫の扉を開けて呟いた。

「まぁ、そんなに大きな冷蔵庫やダイニングの大きなテーブルだって普通の家には入らないし、ここから持ち出すだけで一苦労だからね。」
「なるほど…」
「だから大型家具類などはきれいに残っているようだね。
 さ、他を廻ろうか。」

俺達はダイニングを出ようとして四郎が入り口と別のドアを開けた。

「ここはどこに繋がっているのだろうな?」
「ああ、それは広間の反対側にあるリビングに繋がっているんだよ。
 料理を作ってワゴンに乗せてもまさか広間を横切る訳に行かないんじゃないか?
だから、ここで料理を作ってリビングで食べる時は使用人がワゴンを押してこの通路を通ると言う訳さ。」
「なるほど、南部の金持ちの屋敷みたいな作りだな。」

四郎が感心してため息をついた。
俺達は通路を通ってリビングに出た。
40畳ほどの広さのリビングがあり、ここもがらんとした雰囲気だった。
四郎が暖炉を見つけ、嬉しそうに近寄り、暖炉の中を覗き込んだ。

「おお!薪をくべる、われの頃の暖炉だな。
 お邪魔しているぞ。」

四郎が暖炉の中から煙突の方に向けて小さく手を振った。

「四郎、まさか煙突の中に…」

四郎は暖炉から離れてリビングに隣接する応接間の引き戸を開けながら答えた。

「あんな所のどこが良いのか判らんが老人の死霊が気持ち良さそうに煙突の中に張り付いていたな。
 まぁ、暖炉を焚いても煙が体を通過するので逆流したり詰まったりはしないと思う、大丈夫だ。」

四郎の言葉に俺と真鈴はびくっと体を震わせて暖炉を見た。

「ああ、奴に挨拶はしないでもよろしいよ。
 あそこから出たくないみたいだからわれらの邪魔はしないだろう。
 おお!ここも良い広さだな!
 眺めも良いぞ!」

 応接室はリビングと同じような天井まで届く大きな窓があり四郎がカーテンを開けると窓一杯に敷地の山林が広がっていた。
 ここに座り心地が良い椅子を置いて自然の四季の移り変わりを楽しむのも良いな、と俺は死霊の事を忘れかけてしまった。

「確かに良い景色ねぇ〜!
 春や秋、紅葉とか、雪景色も楽しめそうね。
 私も死んだらここに住もうかな〜」

先ほどあれだけ大騒ぎをしておいて、真鈴は能天気な事を言っている。

「その通りだな。
 確かにここで死んだ者はいないと思う。
 ただこの屋敷は居心地が良いのであちらこちらから漂ってきた死霊が住み着いているのだろう。
 ここは、何と言うか高級な保養地のような落ち着きがあるから死霊も自然に礼儀正しく大人しい者が多いのだと思うぞ。」

四郎の言葉を聞いて俺は少し安心した。
真鈴も同様のようで顔から緊張が解けてあちらこちらを笑顔で見ている。
隣接する書斎の扉を開けた四郎は壁一面に作り付けてある本棚を見て満足げに頷いた。

「こちらは、書斎だな。
 ふむ、ここも悪くない。」

1階はその他にビリヤード台やダーツが出来小さなカウンターがある遊戯室、トイレ、ジャグジー付きの大きなバスルーム、家事室、洗濯室、住み込みの使用人が使うらしい小部屋があった。

「1階はこんなものか、さて2階に行こうか。」

俺達は四郎を先頭に階段を上がっていった。
階段の踊り場を通る時、四郎は片側に体を少し避けて踊り場の隅に軽く頭を下げ、通らせてもらうよ、と小声で言った。
自然と俺と真鈴も小さく頭を下げて、通るね、と言った。
俺は階段を登り切った時、四郎に小声で囁いた。

「ねぇ、四郎、挨拶したのって…」
「ああ、先ほどの小さな可愛い女の子だ。
 踊り場の隅にしゃがんで物珍しそうにわれらを見ていたぞ。」
「可愛らしい女の子なんでしょ?」

真鈴の問いに四郎が答えた。

「非常に可愛らしい女の子で来ている服も上等だな。
 だが…」
「…だが?」
「だが、あの子はこの屋敷で一番年が古りた、一番力が強い死霊だと思うぞ。
 ここを使うならあの子に嫌われないようにしないとな。」




続く
第12話


2階に上がると広い中廊下が通っていて左右に部屋のドアが並んでいる。
廊下の突き当りは大きな窓があり、左側に下に降りる小さめな階段、右側に屋根裏に上がる階段があった。

「主寝室は…ここかな?」

俺は奥側の他の部屋より大きめのドアを開けた。
やはり主寝室だった。
入ってすぐ右側に大きめなユニットバスがあり、左側に大きなウォークインクローゼットがある。
奥に進むと16畳ほどの広さの寝室で2脚の椅子とテーブルがある反対側にキングサイズのベッドがあった。

「さすがに良い部屋ね〜ここだけで私のアパートの部屋より広いわ。」

更に俺達はほかの部屋を順に回っていった。
四郎は誰かに挨拶をするわけでもなく部屋の中を眺めたりクローゼットの扉を開けたり床を踏みしめたり天井を眺めたりしていた。

「ふむ、作りが良いな。
 雨漏りの後もないし、上々のコンディションだな。」
「四郎、死霊は2階にいない?」

真鈴が周りを見渡して小声で尋ねた。

「ああ、姿を見ないな。」

真鈴がため息をついて肩の力を抜いた。

「良かった、もしもここで泊まるとしたらこの階の部屋のどこかで寝ないといけないものね〜。」
「まだ2階のバスルームは見ていないぞ。
 風呂に入っている時に死霊に出くわしたくないだろう?」
「そうねそうね、早く見に行きましょう。」

バスルームの入り口を開けると西洋風の足が付いた大きな湯舟が置いてあった。

「なんかオシャレね〜、四郎、いる?」
「いないいない、心配するな。」
「良かった〜。」
「どうやら2階は階段の踊り場にいたあの女の子の縄張りらしいな。
 あの子以外の死霊が入ってこようとするとあの子が追い出してくれるかもな。」
「ん〜それは…複雑な気分ね。
 でも、可愛らしい女の子なら、まぁ、許せるかな?」

真鈴は首をかしげて呟いた。





「うむ、ここを使って泊まるような事を考えたら踊り場の可愛い少女に何かプレゼントでもすればわれらの味方になってくれるかも知れんな。
 少なくともわれらにいたずらはしないと思うぞ。
 あとは…屋根裏か?」
「うん、あと、地下室も有るよ。」
「どっちも霊が出る定番じゃないのよ。」
「まあまあ。」

俺達はバスルームを出て廊下家屋の屋根裏に上る階段を上がった。
階段を上り切ると大きな扉があった。

「大きな扉ね。」
「不要になった家具、予備の家具などを運び込む為に扉を大きく作ったのかも知れんな。」

俺が扉を開けて四郎を先頭に入って行く。
屋根裏部屋はこの屋敷で一番大きく50畳ほどの広さがある長方形の部屋で天井も高く明かりとりの窓も窓が幾つかあってそれほどおどろおどろしい雰囲気が無かったので、俺も真鈴もほっとした。
扉横の照明のスイッチを入れるとナイターのテニスコート並みの明るさになった。

「ここなら屋内でも充分に君達に稽古をつけられるな…お。」

四郎が部屋の隅に固まっておいてあるソファやべッド、タンスや棚の方を見て声を上げて見つめた。

「え、いる?」

真鈴が小声で尋ねた。
四郎が軽く頭を下げてから、尚も家具の集団の方向を見つめている。

「何人か…あのタンスの陰からこちらを見ているな、顔が幾つか覗いているぞ。
 一応会釈はしておけ。」

四郎の言われたとおりに俺達が頭を下げると、四郎は家具の集団のほうに歩いて行った。
その後を俺達がびくびくしながらついてゆく。
タンスを回り込むとその裏はやはりソファやベッドが埃避けのシーツをかぶって何台か置いてあった。
四郎はあたりを見渡してもう一度お辞儀をした。
俺と真鈴もつられてその空間にお辞儀をした。

「こんにちは。
 われらは怪しい者ではないぞ。
 この屋敷を気に入って使う事があっても君達の邪魔はしない。
 安心してほしい。」

君…達…君達…

四郎はくるりと踵を返して屋根裏の部屋を歩きだした。

「彩斗、真鈴、天井に沁みが無いか見ておけ雨漏りが有ったら困るからな…まぁ、かなり堅牢な作りの建物だからあまり心配はしていないが念の為にな。」
「四郎、さっき君達って言ったね。」
「そうだが。」
「いったいどれくらいいるのよ、その…死霊が…」
「さっき言っただろう。
 ここは死霊の保養場所みたいになっている、皆穏やかで礼儀正しい者達ばかりだ。
 今見た所ではな。」
「…だから何人いるのよ!」
「大声を出すな真鈴、見たところこの屋根裏に…7…おや、10人位かな?」
「ひっ…そんなに。」
「ディズニーランドのホーンテッドマンションには999人の幽霊が住んでいるからそれに比べればここは全然少な…」
「彩斗!ここで変なトリビアをひけらかさないの!
 で、四郎、本当に皆大人しくて礼儀正しいんでしょうね!?」
「うむ、今のところはな、ん?」

四郎が振り返り何事かに耳を傾けている。

「うむ、お安い御用だ。
 彩斗、手を貸せ。」

そう言って四郎は家具の集団のほうに歩いて行った。

「四郎、何?」

俺の問いに答えず四郎はソファの端に手を掛けた。

「彩斗、そっちを持ってくれ。」

言われた通りに俺がソファの反対側を持つと四郎は俺に指示を出してソファの置き場所を変えて明かりとりの窓の方に向けた。
その後、四郎はうんうんと頷きながら置いてある家具の場所を若干変えた。

「ふぅ、これで良いかな?
 うん、良し。
 さて、彩斗、真鈴、地下室を見に行くか。」

扉に歩いて行く四郎の後を追いながら真鈴と俺はやはり尋ねずにいられなかった。

「四郎、今のって…」
「やっぱり死霊たちが…」
「うむ、あの中の上品そうな老婆がやって来て置いてある家具の位置を少し変えてほしいと言われたのだ。
死霊達が頑張って動かそうとしたらしいがどうも重すぎたらしい。
何せ実体が無いからな重い物を動かすのは無理だろう。」
「でも、よくポルターガイスト現象とかでは物体を…」
「あはは、真鈴はそういう方面の研究をしているようだが、動いた物は子供でも簡単に動かせるような軽い物ばかりじゃないのかな?
 死霊は力が弱いのだ。
 彼ら彼女らが寄ってたかっても動かせなかった家具をわれと彩斗で動かしてやったらすごく感謝していたぞ。」

俺は四郎が言う上品な老婆とか死霊が寄ってたかって家具にとりついて動かそうとしたが、重すぎて挫折している光景を思い浮かべて笑い出しそうになった。

「死霊も大変なのね〜」

真鈴はそう呟いて家具の方を振り返り、ぺこりと頭を下げた。




続く

第13話


俺達が階段を下りて地下室に向かう途中、真鈴が四郎に尋ねた。

「ねぇ、四郎、屋根裏部屋で練習するって言ってたけど、あの死霊達はうるさいとか言って怒ったりしないの?」
「うん、まぁ、夜遅くだとか死霊が活発になる時や昼間でもあまり大騒ぎしない限りは大丈夫だろう。
 うまくやって行けると思うぞ。」
「四郎がそう言うならまぁ、安心できるかな?
 ところでさっき四郎は俺達に今はまだ見えないだろうって言っていたけど…もしかしたらその内に俺達にも死霊が見えるようになるって…事?」
「ああ、その可能性は高いな。
 見えるどころか会話して意思の疎通が出来るようになるかも知れないな。
 人間でも何と言うか、死霊などを意識して、身近に死霊がいる生活を送ると、その人間の素質にもよるが出来る可能性は高いぞ。」
「ひぃ!なんかヤバいんじゃないのそれ。」
「真鈴、そういう研究をするのであれば便利では無いか。
 げんにポール様とわれが悪鬼退治をしている時に道に迷った時や悪鬼を見失った時死霊が助けてくれた事が何回かあったぞ。」
「うううう…」
「基本的に死霊は悪鬼を恐れるのだ、人間だけでなく死霊にも害を及ぼす悪鬼も存在するからな、だからこれから質の悪い悪鬼を討伐するわれ達には味方となってくれる存在なんだ。
 変に怖がるよりも死霊と仲良くなって味方に付けることも大事な事だぞ。」
「うう、判った。
 今度2階の女の子にお人形でも買ってきてあげようかな?」
「うん、それは良い考えだ。」

俺達は地下室に通じる頑丈な鉄の扉の前に立った。

「なんだ?かなり頑丈に作られているな。」

四郎がコンコンと拳で扉を叩いた。

「うん、俺も前に来た時に違和感を感じたよ。
 その時は中に入らなかったけど、この中はボイラーなどの機械室だったようだね。
 もっとも、持ち主が亡くなる数年前にこの屋敷を大幅に改装してガスや電気の設備を入れ替えたからボイラーとか使わなくなったそうだけど。」
「そうなのか。
 ん?ちょっと生臭くないか?」

四郎が鼻にしわを寄せて周りの空気の匂いを嗅いだ。

「そうかな?
 真鈴何か臭う?」
「私は…特に…」
「そうか…まぁ、地下だから動物が入り込んで死んでいる事も有りそうだからな。」
「それ、死霊よりも嫌だわ。」
「まぁ、真鈴、死体があっても片付ければ済む事だよ。」

俺が真鈴に言って地下室の重い頑丈な扉を開けて扉横の電灯のスイッチをつけた。
地下室は両側に棚があって様々な箱や麻袋が乗っていた。
中央の通路の先に大きなボイラーが鎮座していた。

「思ったよりも黴臭くなんか無いわね…」
「死体があって腐ってたりとか…そんな気配は無いよ。」
「だが、なんか獣臭いぞ。」

四郎はゆっくりと歩いてボイラーの前に歩いて行った。
俺達も四郎に続いて歩いて行きボイラーの前に着いた。
ボイラーの前は4畳ほどの広さの空間で壁はレンガ積みで上の方にある明かりとりの窓のガラスが割れていた。

「ほら、あそこ、あそこから何か動物が入り込んだのかも。」

俺が窓を指さした。

「じゃあ、やっぱり何かが入り込んで死んでいるのかもね。」

真鈴は周りを見回して不快げに言った。
四郎が俺たちが入って来た扉の方を向いた。

「いや、死んではいない、生きている。
 彩斗、真鈴、われの後ろに来い!」



「え?何…」

真鈴が訊き返した瞬間、扉近くの箱が派手に通路に落ち、棚から人間とオオカミか熊が合体したような生き物が飛び出してきた。
俺と真鈴は悲鳴を上げて四郎の背中に隠れた。
その生き物は身長2メートルはあるだろうか、通路一杯をその筋肉質で毛むくじゃらの体で塞いで凶悪な牙を剥きだし、よだれを垂らしながらゆっくり探るようにこちらに近づいてきた。

「くそ、退路をふさがれたな、死霊の気配に気が紛れて奴に気が付かなかった。
 奴も気配を消していたのだろうが。」

四郎は後悔の言葉を言い、掌を生き物に突き出した。

「よせ!危害を加えるつもりはない!
 また、われ達を食おうとするなら後悔するぞ!」

生き物は一瞬歩みを止めた、四郎が悪鬼なのを感じたのだろうか、が、しかし、悪鬼はものすごい咆哮を上げ更に牙を剥きだして近づいてきた。

「彩斗、真鈴、あの窓から出られるか?」

四郎が悪鬼を見たまま叫んだ。

「駄目よ無理無理!」
「とても出られないよ!」

俺たちが口々に叫ぶと四郎が見る見ると変化したようだ、後ろから見ても四郎の髪が逆立ち、体の筋肉が心持膨らんだ気がした。
そして、四郎は両手を腰の後ろに突っ込んで再び手を出した時、その手には刃が湾曲した大振りなナイフが握られて、それを器用にくるくると回転させた。
凶悪な悪鬼の形相に変化した四郎が俺達に振り向いた。

「われが奴を食い止めるからその間に外に逃げろ!」

そう言うと四郎も悪鬼に負けじと咆哮して突進した。
俺と真鈴はガタガタと震える互いの体を抱きしめて四郎と悪鬼の戦いの行方を見守った。
四郎の戦闘態勢になった体は筋肉が膨張しているが体格では悪鬼よりも数段見劣りがする。
四郎は両手にナイフを持っているが、悪鬼の方も牙と共に両手から太く頑丈そうな爪をはやしている。


四郎が人間離れした速さでジャンプして棚に足をかけて悪鬼めがけて飛んでナイフを振るい、その肩口を切り裂いた。
派手に血しぶきが上がり悪鬼が咆哮したが致命傷にはならず却って逆上したように見えた。
そして、出血は瞬く間に収まり切り開かれた傷口が見る見る塞がって行く。
悪鬼が繰り出す爪を避けて四郎は悪鬼の体を切り裂いてゆく。
どうやらスピードに関しては四郎の方が上のようだが悪鬼のタフさは厄介そうだった。
悪鬼が振るった拳は頑丈な鉄製の棚の柱をぐにゃりとひん曲げた。
力も悪鬼は四郎以上かも知れない。

四郎が繰り出した両手からのナイフ攻撃を悪鬼は両掌で受け止めた。
悪鬼の掌に突き刺さったナイフをそのまま押し込みながら四郎は通路の片側の棚に悪鬼を押し付けた。

「この間に通路を抜けろ!
 そして走れ!」

四郎が俺達に叫んだが俺達は震える顔を左右に振ってそれは不可能だと四郎に示した。

「もぅ〜!バカバカ!」

四郎がおねえっぽい言葉で叫び、そして悪鬼がナイフで刺された掌で四郎の両こぶしを掴んでそのまま俺達の方に投げ飛ばした。

「くそ!」

派手に転がって来た四郎は即座に起き上がるとボイラー脇に立てかけてある頑丈で先が尖った数本の火掻き棒の1本を掴んで立ち上がった。

「奴はわれよりも野生に近いから武器無しでは勝てるかどうか判らん!
 何とか血路を開くから通路を通って逃げろ!」

悪鬼は苦痛の叫びをあげながら掌に刺さったナイフを一本づつ抜いていた。
その隙に四郎は火掻き棒を構えて悪鬼に突進し、気合と共に悪鬼の腹部に火掻き棒を深く突き刺した。
苦痛の咆哮を上げる悪鬼が四郎の両腕を掴んで肩に噛みつき深く牙を突き立てた。

「うぉおおお〜!いてぇええええ〜!」

じたばた暴れる四郎がまだ掴んでいる火掻き棒をさらに深く悪鬼の腹に差し込んで上下に動かした。
悪鬼は苦痛で四郎を掴んでいた手の力が抜けて、四郎が床に落ちた。
四郎も悪鬼なので肩の出血と傷が塞がり始めたが、その戦いは、その戦いの凄まじさは俺の想像の遥か上を行くものすごい物だった。
悪鬼は腹に深く刺さった火掻き棒を引き抜こうと、火掻き棒を両手で握り身を捩っているがなかなか抜けないらしく苦痛の声を上げていた。
火掻き棒が刺さった所からは激しい出血が続いている。
四郎はその隙に通路に転がっている2本のナイフを両手に握りしめ、火掻き棒を抜こうとする悪鬼の両手を何度も切りつけた。
腕を切り落とそうとしているらしい。
俺は四郎が言った悪鬼退治の方法を思い出した。
再生しようとする傷に異物が入ったままだと再生できない。
頭や腕を切断するとまた傷口に付けないと繋がって再生できない。
なるほど、四郎が悪鬼退治のプロだと今更ながら感じながらも、俺は恐怖で動けずにいた。
真鈴もガタガタ震えながらも四郎と悪鬼との戦いから目を逸らせず、涙が流れ落ちる瞳でじっと戦いの成り行きを見ている。

「うっうっうっ!無理!こんなの無理だよ!怖いよ!あたし怖いよ!」

真鈴が嗚咽と共に叫ぶ。
俺も同じ気持ちだ、だが、今ここで俺達が何かを四郎を手助けする何かをやらないと四郎も俺達もあの凶悪な悪鬼の餌食になる。
四郎が懸命に悪鬼の腕を切りつけて悪鬼の左手首がぶらぶらと垂れ下がり、役に立たなくなっているようだ。
しかし、悪鬼が四郎の首筋に噛みついて左右に激しく揺さぶった。
四郎の口から夥しく血が溢れ出て力が抜け、ついに四郎が膝をついた。
悪鬼は勝ち誇った咆哮を上げながら、ブラブラの左手首を右手で傷口に当てて再生を図っている。
徐々につながり始める左手首、悪鬼の足元に膝をつき何とか立ち上がろうとする四郎。

その時の俺の行動は…後から考えても無謀だったのかも知れない、が体が勝手に動いたんだ。
俺はボイラー横の火掻き棒を掴んで大声を上げて突進して悪鬼の腹に突き刺した。
左手首の再生で両手が塞がっていた悪鬼は俺の突き出した火掻き棒を腹に受け、咆哮を上げた。
2本の火掻き棒を腹に突き刺し、そのうち四郎が刺した火掻き棒は悪鬼の腹を貫通して背中側に突き出ていた。
後から考えたらぞっとする。
悪鬼が手首の再生の為に両腕が塞がっていなければ俺は悪鬼に掴まれてずたずたに引き裂かれていただろう。
俺は四郎の服を掴んでボイラーの方に引きずって行く。

「彩斗、今のうちに真鈴を連れて…」

四郎は何とか言葉を出そうとしたがまた口から血がごぼごぼと溢れて言葉にならなかった。
悪鬼は火掻き棒を突き刺された腹をそのままに俺達を追ってきた。
俺は思わず目をつぶってしまった。

その時、バチバチバチ!とどこかで聞いたような音と悪鬼の苦痛の叫びが聞こえて来た。

「くらえ〜!この野郎〜!」

真鈴の泣き声交じりの声が聞こえた。
目を開けると真鈴がスタンガンを両手に握りしめて前に突き出しどうやら悪鬼の顔に電極が当たったらしい。
悪鬼が苦痛?に顔を歪めて手で顔を掻き毟っている。

動けるまで回復した四郎がその隙を逃がさずに起き上がり、悪鬼に強烈な蹴りをお見舞いして、仰向けに倒れた悪鬼の体に馬乗りになって両手のナイフを悪鬼の喉元に深く突き刺すと怒号を上げて捻り捩じり、またナイフを突き刺し捻り捩じった。
遂に悪鬼の頭は体から切断されたが、悪鬼の頭はまだ凶悪な表情を浮かべて牙を剥きだしている。
四郎がその頭を掴んでボイラーに走り、蓋を開けると頭を放り込んだ。
そしてボイラーの蓋の前に立ちふさがり、悪鬼の胴体に向けて両手のナイフを突き出して戦う構えを取った。
うろたえた感じで両手を突き出した悪鬼の胴体は頭の在りかを感じたのか、両手で探りながらボイラーの方に向かってゆく、が途中で力尽いたのか両膝をついて蹲った。
四郎は油断無くナイフを構えたままで悪鬼の胴体を見つめた。

「見ろ、かなり歳が古りた悪鬼なのだろう。
 年月が追いつくぞ。」

悪鬼の体が動かなくなるとやがて体が崩れ始め、そして灰の山になった。
支える力を失った火掻き棒がカランと音を立てて通路を転がった。

「彩斗、真鈴、お手柄だな。
 われ一人だったらもう少してこずる所であった。」

人間の顔に戻った四郎が口から溢れた血の跡を袖で拭って笑顔を向けた。




続く
第14話


「四郎、痛くない?」

棚に背中を当てて座り込んでいる真鈴が尋ねた。

「ああ、痛いけど、もう治りかけてるぞ。」

同じく座り込んでいる俺も四郎に声をかけた。

「悪鬼って…あんなに凄いんだ…」

四郎はボイラーに持たれかけた体を起こして立ち上がった。

「なに、奴は狂暴で力が強かっただけだ。
 まぁ、多少苦戦したが対処は簡単だ。
 われももうぴんぴんしているぞ。」

そういう四郎だが、その体はあちこちに返り血を浴び、ジャケットの所々が破れ、パンツの膝も派手に擦り切れていて誰かが四郎を見たら見たらすぐ救急車を呼ぶ位に大変な怪我をしているように見えた。

「さっき思ったのだが、スタンガンよりも催涙スプレーだったかな?
 その方が奴を混乱させるのに有効かもしれんな。」

真鈴がため息をついて顔の涙をぬぐった。

「何が多少苦戦したが、よ。
 結構四郎はヤバかったじゃないの。
 あんな凄い悪鬼と戦うなんて…」

そこまで言って真鈴は俯いた。
強い感じがするけどやはり女の子だなぁ、と俺は思って俯く真鈴を見つめた。
四郎もじっと真鈴を見ている。
やはりあんな壮絶なシーンを見せられたら女の子じゃ、いやいや、男の子の俺だってビビって当たり前だ。

「…悪鬼と戦うなんて…ドキドキワクワクじゃない〜!」

俺と四郎は派手にずっこけた。
笑顔で顔を上げた真鈴に俺はまるで深海から釣り上げられてのたうち回るスターゲイザーフィッシュのような恐ろしさを感じた。
この女、処女の乙女のくせに…タフだ、タフすぎる…

「真鈴…怖くなかったの?」
「真鈴…怖かったら辞めても良いのだぞ、後はわれと彩斗で…」
「とんでもない!
 怖かったわ!凄い怖かった!死ぬほど怖かったわ!
 でも、悪鬼を倒した時、それに私も力を貸したんだと思った時、なんて言うか、凄いやりがいを感じたのよ!命がけのやりがい!四郎!私にどんどん戦い方を教えて!」
「…あ、ああ、真鈴が望むなら悪鬼退治のやり方を叩き込んでやるぞ。」

笑って頷く真鈴を見て、俺はこの3人の中で一番怖がりで弱いのかも知れないと思ってまたもや少し凹んでしまった。

「でも、彩斗があの時、奴に火掻き棒を刺さなかったらもう少し苦戦していたかも知れんな。」

四郎が言うと真鈴が激しく頷いた。

「そうよそうよ!
 彩斗もなかなかやるじゃない!」
「いや〜、そんな〜」

俺は二人から褒められて思わず赤面してしまった。
そして、言い知れぬ高揚感が俺の体の奥からふつふつと込み上げてきた。
俺も悪鬼退治に協力できたのだ。
真鈴が言う『やりがい』を感じたのかも知れない。

「さて、この部屋を散らかしてしまったから掃除をしよう。」

四郎が部屋の隅の箒とちり取りを手に取り、すたすたと歩いて行き悪鬼のなれの果てである灰の山を掃除し始めた。
その切り替えの早さに驚きながらも俺は立ち上がり、掃除を手伝った。
だが、真鈴はなかなか立とうとしない。

「真鈴どうしたの?
 怪我でもしたか?」

四郎が尋ねると真鈴は顔を赤くした。

「ちょっと手を貸してよ…腰が抜けたみたい…」

俺と四郎は笑いをこらえきれなかった。
真鈴と言う女は良く判らない。
俺が手を貸して真鈴を立たせ、3人で掃除をした。
かき集めた灰は何回か往復してボイラーに放り込み、散らかった箱や袋を棚に戻す。
四郎は先ほどの死闘の疲れがあるのか強がりを言ってはいるが息が上がっている。

「ふぅ、もう少しで終わる…おっ。」

四郎が戸口を見て声を上げた。

「四郎、どうしたの?」
「いや、例の女の子、それと屋根裏にいた死霊達がこちらを覗き込んでいる。」
「どうしたのかな?」

四郎はじっと、俺達には見えない戸口にいる死霊達を見つめ、やがて笑顔を浮かべお辞儀をした。

「四郎?」
「ん、われらを心配して見に来たそうだ。
 あの死霊達もここの悪鬼が苦手だったそうだ。
 お礼を言われたぞ。」
「へぇ…私も死霊が見えるようになれば良いかな?って少し思っちゃった。」
「俺も…ただ夜中に急に出てきたりは嫌だな…」

四郎がふっと笑った。

「真鈴の場合はアパートの屋根で下着姿でにやけながら変な体操をしている老人が見えてしまうからな。」
「う〜、それはパス。
 しかし、この悪鬼はどうしてここにいたんだろう?」
「こいつは狼人の類だな。
 ずいぶん長く、200年くらいは生きていた奴だと思うぞ。
 でなければ命が尽きた後、ああいう灰の山にはならない。
 恐らくここ何年は、いや、何十年以上は人に手を掛けてはいないだろうと思うな。
 主に山の中の生き物を捕まえて食べていたと思う。
 たぶん人の言葉などほとんど忘れていたかも知れん。
 話し合いにもならなかった。」
「…もう、野生動物と化していたのかもね。」
「恐らくそうだろうな。
 大して知恵も無さそうだったから人間を騙して社会に馴染む事など出来なかったのだろうな。
 だから、人間から逃れて或いは正体がばれて人間に追われて山に入り、山の生き物を捕まえて生きて来たのであろう。
 われらに襲い掛かったのも大人数が、と言ってもたった3人だがいきなりねぐら、と言うか奴の巣に入ってこられて恐怖を感じて襲い掛かって来たのかも知れないな。」
「考えたら可哀想ね。」
「四郎の言う通りなら人里離れてこの地下室で静かに暮らしていたと言う事か…」
「だが、今回は殺らねば殺られていたからな…奴も話が通じれば殺さなくとも済んだかも知れないが。」
「…」
「…」


俺達は黙って片付けを終えた。
時間は6時を過ぎかなり暗くなっている。

「今日はこれで引き揚げようか。
 時間があればまた来て屋敷以外山の方とか敷地を一通り見ようよ。」
「賛成だな。
 …ところでわれは物凄く腹が減った。
 立ってられないほどなのだが、帰りに食事をしたいのだそれも早くな。」
「判った。
 やっぱりあの顔になって戦ったり怪我をすると栄養分を使い切ると言う事かな?」
「恐らくそうだろうな…悪鬼退治をした後われもポール様もひどく腹が減ったのだ。」

じっと聞いていた真鈴が恐る恐る尋ねた。

「四郎、それってやっぱり人間の血を吸うと…吸いたくなるの?」
「ん?あっはっはっ!
 真鈴、考えてみろ、血液と肉ではどちらが栄養があると思うのだ。
 われは今、こってりした食べ物が食べたいのだ。
 血は酒やたばこみたいな物だと言ったぞ。
 もっともさっき戦いの最中に奴の血を少し頂いたがな…
 今は人間が食べる旨い物を沢山食べたいな。」

真鈴は少し顔をしかめた。

「うぇ、やっぱり吸血鬼なのね〜それじゃ急いでこの屋敷を出ましょう。
 山道に入るすぐ手前で美味しそうなラーメン屋さんがあったわよ!」
「おお!YouTubeで見たぞ!
 確か家系とか…」
「家系かどうかわからないけど…ごく普通の田舎のラーメン屋さんだったわ。」

俺達は地下室を元通りにして割れている窓を地下室にあったベニヤで塞ぎ、屋敷の電灯を消し、ブレーカーを落として戸締りをしてカギをシーサー像!の下に隠すとランドクルーザーに乗り込んだ。

「おお!見ろ!と言っても君らには見えないか…」

屋敷のキッチンで顔を洗って返り血を落とした四郎が車の窓を開けて屋敷を見上げて手を振った。

「何?四郎どうしたの?」
「うん、死霊達がこちらに手を振っているぞ。
 地下の悪鬼を退治したのを本当に感謝しているようだな。」

四郎の声に俺と真鈴も見えないながら屋敷の死霊達に手をふって、車を出した。
今回は人助けをしなかったけれど、死霊助けをしたと言うところだろうか。
だけど俺は人間を恐れて地下室に潜んでいた、あの恐ろしい狼人にも一抹の哀れさを覚えて少しだけ複雑な思いだった。

「彩斗、真鈴、われは少し寝る。
 腹も減ったがとても眠いラーメン屋に着いたら起こしてくれ。」
「ああ、良いよ。」
「四郎は疲れたようだね。」
「1つ言って置きたい事が有るが…どうもわれが闘うための姿でいる時間が…闘える時間が昔ほど長く無くなったようだ。」
「…え?」
「先程、狼人と闘っていた時、後数分決着が着かなかったら…あの姿を保てなくなり人間の姿に戻ってしまったと思う。
 正直に言うと奴の頭をボイラーに放り込んだ後、奴の胴体が激しく攻撃してきたら、われは人間の姿に戻って倒れてしまったかも知れなかったのだ…」
「…」
「…」
「もちろん、力も早さも、身体の強さも人間並みになってしまうだろう。
 少し身体を休めないと闘えなくなる。」 


そこまで言うと四郎はシートに深く身体を埋めて目を瞑った。






続く
第15話


俺と真鈴は、四郎から今後悪鬼退治をする上でかなり重大な事を告げられて黙り込んでしまった。
ヘッドライトを点灯して暗くなった山道をランドクルーザーを走らせながら。
これからの事に不安を感じ始めた。

「…彩斗…さっき四郎が戦っていた時間ってどのくらいだったかしら?」
「うん…3〜4分くらいかな…正確に測ったりしていないけど…まぁ、長くても5分位だと思うよ。」
「そうかぁ…それなら私達も四郎が戦える時間を考えに入れて行動しなきゃいけないって事よね。」
「…」
「四郎の負担を減らして悪鬼を退治する方法を考えないと…」
「…真鈴…怖くないの?」
「怖いわよ。怖いから悪鬼にやられないように対策を立てないと…」
「いや、そうじゃないよ。
 俺達、勢いに任せて何かとんでもない事に首を突っ込んだんじゃないかと…思ってさ…」

真鈴が黙った。
車内は重苦しい沈黙が漂う中、四郎の寝息が微かに聞こえてくる。

「彩斗…あんた今、最低の事を言おうとしてるよ。」
「…」
「もともと四郎を復活させようとしたのはあんたでしょ?
 そして、今でも腹が立つけど私をその生贄にしようとした。
 それで、何よ。
 四郎に服を買ってご飯食べさせて住むところを提供して…確かにそれはそれで親切で凄い事かも知れないけど、でも、結局あんたが宝くじを当てたお金じゃないのよ、
 四郎の身元をどうにかするって言ってたけど自分のお金が足りなくなると四郎の金貨に手を付けたでしょ?
 要するにあんたは色々やってる気持ちでいるかも知れないけれどそれは全部、他から転がり込んできたお金に頼ってるだけの事じゃないのよ!」
「…」
「悪鬼退治に、人助けに共感して四郎や私達と悪鬼退治に参加した事はあんたの優しさだろうけど、いざ、苦しい事や怖い事や多少の困難が判ると逃げ出すなんて最低のおこちゃまじゃん!
 いい?自分が何をするかって自分が決める事よ!
 そして、一度これ!って決めたらちょっとはそっとで逃げ出さない事ね!
 多少の困難で逃げ出す奴なんて結局何一つ成し遂げられないで自分に言い訳しながら惨めな人生を送るだけよ!
 判ってるの!この、最低野郎!
 一度自分自身が持っている物できっちり勝負してみなさいよ!」

そこまで言って真鈴は席に深く座りなおして加熱式たばこを取り出した。

「だけど今はあんた一人じゃないのよ!
 あんたを頼りにしてる人がいるのよ!
 あんたがビビって逃げ出すとその仲間や、将来悪鬼の餌食になる人も、今現在も悪鬼に苦しめられている人も全部見捨てるっていう事よ!」
「…」
「もういい。
 少し走ったら車を止めてよ。
 私と四郎は降りる。
 私が何とか働いて、四郎も何とか働かせて2人でも悪鬼退治を続けるわよ。」

真鈴が一息ついて窓の外を見た。
痛いところを、とてつもなく痛いところを突かれて俺は今までの人生を振り返った。
確かに俺は安全パイを選びながら生きて来たかも知れない。
困難な物は、初めは楽勝だと思ってもそれが中々上手く行かない事だと知ると、周りの誰かやその時の状況や、挙句の果てに自分の中のもう一人の自分のせいにして逃げてきた人生だったのだ。
情けない言い訳で自分を慰めてきた人生だった。
四郎にも俺の生きがいは?と聞かれたことを思い出した。
生きがい…俺は今日、悪鬼の腹に火掻き棒を突き刺した事を褒められて生きがいを感じた気分になったけれど、生きがいなんてそんな簡単に転がり込んでくる物じゃない。
生きがい、それを手にして自分の物にするには、日々次から次にやってくる困難に立ち向かって育てる物なんだ。
変わらないと、これからも毎日毎日変わって行かないと生きがいは俺の手から去って行くんだ。
生き甲斐は自分の手にしっかり掴んで自分で育てて行くものなんだ。
それが出来て初めて自分の人生を自分が誇れる、生き甲斐とはそう言うものなんだ。

「真鈴…俺は…変われるかな…」
「…」
「俺は今までの情けない人生を変える事が出来るのかな?」

真鈴がじっと俺を見てため息をついた。

「本当に情けないわね!
 そんな事も他人が決めないといけないの!
 答えはもうあんたの中で出てるんでしょ!
 誰かに後押しされて強く言われないと答えが出ないの?
 いざと言う時にその誰かのせいに出来るもんね!」
「…うん、確かに真鈴が言う通りだ。
 弱音を吐きそうだった逃げ出しそうだった。
 …俺は変わるよ。うん、俺は変わる!もう、何があっても絶対に逃げない!
 またもしも弱音を吐いたら思い切りぶん殴って説教してくれ。」
「ふん、その時はあんたの惨めな人生を終わらせるよ。
 恥じ入りなさい。」
「うん、恥じ入るよ。」
「深く恥じ入りなさい。」
「うん、深く恥じ入る。
 弱音を吐いてごめん。
 もう、絶対に逃げない。
 誓うよ。」
「それなら宜しい。」
「うん、俺は今、処女の乙女に誓った、この誓いは絶対だ。」
「だから処女じゃねえっつってんだよ!
 このぼけぇ!」

真鈴が思い切りドライバー席の背もたれを蹴飛ばした。







続く
 
第16話


真鈴が本当に処女かそうでないかはともかく、開けた道に出て直ぐにラーメン屋の看板が見えて来た。
個人営業の典型的な田舎の食堂と言った感じだ。

「ここだな、家系…では無いけど、いいか。」
「そうね、私もお腹空いたからここにしようよ。」

ランドクルーザーを店前の広い駐車場に入れて四郎を起こした。

「ん?ラーメン屋に着いたか?」
「うん、ところで四郎、その格好何とかしようよ。」

四郎がジャケットを脱いだ時、腰の後ろに交差してナイフを納めていた皮のホルダーとその中に納まっている2本のナイフの柄が見えた。

「もう、危ない物を持ち歩かないって言ってたのに…でもそのおかげで命が助かったんだから文句言えないわね。」

真鈴がため息をついた。

「そうだな、初めはブーツにハンティングナイフを入れておこうと思ったが、やはりある程度切れ味がある物でないとな、これはポール様から頂いたダマスカス鋼のナイフで、われが持っている中でも日本刀と並ぶほど良く切れる逸品だ。
 あの狼人と戦った時、他のナイフではあの剛毛に遮られて奴を倒すほどの切れ味は無いから、われらはもっと危ない目に遭っていたかも知れないな。」
「でも、四郎って吸血鬼なんでしょ?
 武器が無いとああいう奴らと戦うのはきついの?」

四郎は苦笑いを浮かべてジャケットの袖を腰に回して結び、ナイフの柄が外から見えないかチェックした。

「例えば真鈴が熊と、いやいや、かなり大きい犬と素手で戦えと言われたらどうする?」
「そんなの無理に決まってるじゃない。
 絶対に殺されるわよ。」
「そうだろうな、人間の体なんて自然界に生きる動物の中ではとてもひ弱い部類に入るのだ。
 相手が人間に近い形態の悪鬼ならともかく、今日のように野生の熊か狼並みの奴であればそれも悪鬼だからな、たとえわれが悪鬼でも当然正面から戦うならわれに優れた武器が必要なのだ。」

成る程、と納得する俺達を尻目に四郎は人前に出ても騒ぎにならない見た目になったかチェックした。
幸いにも下に来ていたシャツが濃い目のワインレッドだったので血の跡はそんなに目立たなかった。
肩にジャケットを突き抜けた牙の後が4つ空いているのとシャツの右側の襟が半分ほど引き裂かれているが、まぁこれは仕方ないだろう。

「さぁ、これなら大丈夫だろう。
 腹が減ったぞ。」

俺達は店内に入った。
4人掛けのテーブルが6卓程並んだ横に奥にカウンターが5席程、その奥にキッチンがあった。
夕食時なのでトラック運転手や職人らしい男達が食事をしていて半分ほどの席が埋まっていた。
いらっしゃい!と店員が言い、俺達は手前側の席に着いた。

「四郎、家系じゃないと思うけど構わない?」

四郎が典型的な個人料理店と言った感じの内装を物珍し気に見回した。

「うん、われは全然構わないぞ。
 それに旨そうな匂いがするじゃないか。」

俺達は店員を呼んで注文をした。
俺は塩ラーメンと餃子、真鈴はエビチャーハン、四郎は味噌チャーシューとエビチャーハンの大盛りと餃子を頼んだ。

「四郎、食べるね〜」
「160年ぶりに戦ったからか、すごく腹が空いているんだ。
 もしかしたら追加で注文するかも知れないが構わないか?」
「全然構わないよ。」
「ありがとう。」



テレビが付いていて夜のニュースを流していた。
注文の料理が来るまで四郎と俺達は水を飲みながらテレビを見ていた。
時々四郎がテレビを見て顔をしかめた。

「彩斗、真鈴、あの男は何者だ?」
「ああ、あれは…」

最近他国を侵略した国の大統領がテレビに映っていた。
それを説明すると四郎は苦虫を噛み潰したような表情で目を逸らした。

「あれはそんなに偉いのか…よく周りの人間達が気が付かない物だな。
 悪鬼にそそのかされているのだろうが元々が質が悪い悪鬼と大差ない考え方の持ち主だな。
 ほぼ悪鬼と同化しているぞ。」
「そんなに酷いの?」
「あいつがわれの目の前にいたら問答無用で首を撥ねるぞ。
 戦争を起こしているようだがあいつの部下たちの戦い方も卑劣卑怯な事ばかりしていそうだな。」
「なるほど…」
「今の世界はわれがいた頃よりも随分と悪鬼が蔓延っているようだな。」

その後も四郎が日本のある政府の要人の顔を見て顔をしかめているのを目の前にして、俺と真鈴はぞっとした。
そして、四郎を国会議事堂なんかに連れて行ったら血の雨が降るのでは無いかと思った。
しばらく経つと食べ物が運ばれて来た。
テレビを見ながら食べると食欲が失せると言った四郎の為に俺は四郎と席を替わった。
四郎の食べっぷりは物凄かった。
ラーメンやチャーハン、餃子をワシワシと腹に詰め込みながら時々旨そうに眼を閉じて味わい、またワシワシと腹に詰め込んだ。
殆ど四郎の皿が空になりそうな時、四郎がメニューを取り出して覗き込んだ。

「彩斗、エビチリと言うものがあるな、それと…春巻きと言うのか、これを注文しても良いか?ワンタンメンと言う物も食べてみたいのだが。」

四郎が顔を上げて言った時に俺は勢いに押されてうんうんと頷いた。
その後、追加で頼んだ料理を平らげる四郎を俺達はちょっと呆れて見ていた。

食事が終わり、俺達は再び車に乗って夜道をマンションに向けて走った。

「ところで彩斗、あの屋敷は買うつもり?」
「うん、敷地を全部廻って問題無ければ買うつもりだけど、安くすると言われたけどそれでも金額がまぁまぁ高いんだよね。
 ひょっとしたらまた四郎の金貨を使わせてもらうかも知れないけど。」
「ああ、それは構わんぞ。
 しかし、あの屋敷の持ち主は何者だったのだろうか…」
「え?何か気になる?」

四郎は窓の外の夜景を見ながら言った。

「どうも、あの死霊、特に2階に居ついている少女あの少女は生前の持ち主の庇護下にあったのかも知れん、それに地下室の頑丈極まりない扉、あれなぞは初めからあの狼人が地下室から他の場所に行かないように、つまり、狼人があそこに居つく事を計算して作ったのではないだろうか?とも思えるのだ。
 屋敷の屋根裏も普通の屋根裏と違い、かなり快適な環境であったな、人間にも死霊にも。」
「持ち主が死ぬ数年前に改装してから人が地下室に入る用事が無くなっているしね。」
「何かを知っていたとでも?死霊や悪鬼について…」
「まぁ、今は想像するしかないな。」

四郎はエコーシガーを取り出して火を点けた。
細く開けた窓から煙が夜の世界に吸い出されていった。




続く

第17話


マンションに着いた時は午後9時を過ぎていた。
地下駐車場に車を止めて、真鈴の大荷物を俺と四郎で持ち、エレベーターに向かう。
真鈴はこわごわと駐車場の中を見回した。

「四郎、この駐車場って隅に暗い感じの男がいるって言ってたけどさ…」
「ああ、奴は心配無いと思うぞ。
 周りには全くの無関心のようだ。」
「…それなら良いけどね。」

部屋に戻り、真鈴の荷物をゲストルームに入れて俺達はダイニングでコーヒーを飲んだ。
四郎は今日使ったダマスカス鋼のナイフの手入れをしている。
日本刀とは違う複雑な文様が入っている刃。
柄は滑り止めの皮が何重にも巻かれていて今日の血糊と共に古いシミが幾つも染み込んでいて何とも言えない風格を帯びていた。

俺と真鈴はダマスカス鋼ナイフにじっと見入っていた。

「これをあまり見つめると危ないぞ。
 魂を吸われてしまう。」
「ええ!」
「嘘!」

俺と真鈴が口々に叫んで目を逸らせると四郎は笑いながら手入れが終わったナイフを鞘に納めた。

「あはは、冗談だ。
 われも昔ポール様に同じことを言われてからかわれたことがあるぞ。」
「なんだ〜。」
「脅かさないでよ〜。
 でも、まるで芸術品みたい。
 奇麗でいて凛々しい…」

真鈴がうっとりした口調で言った。

「これは抜きやすく狭いところでも取り回しやすく切れ味が鋭いし、生き物を切ってもその血液があまり浸透しないので錆びにくいのだ。
 もっとも日本刀ほどの斬撃の威力は無いがな。」
「え?鉄に血が染み込むの?」
「そうだぞ。
 サーベルでも日本刀でも、このダマスカス鋼でもどんな刃物でもどうしても細かい、非常に細かい凹凸は存在する。
 その細かい凹凸に入り込んだ血液などの有機物はどんなにふき取っても油をひいても多少は残るのだ。
 時が経てばそれが酸化して錆の原因になる。
 だから定期的に石などで研いで表面にこびりついた血液などを削り落とさないとならないのだ。
 われがポール様から最初に教わったのはそういう、刃を研いだり刀身を止めているカシメを締めなおしたりと道具の手入れだったな。」
「なるほど、手入れって重要なのね。」
「そうだな、命を預ける物だからな。
 ところでスタンガンを使う時もそうだが、やはりナイフでの近接戦闘術が基本に無いとうまく使えない物だ。
 そこで彩斗と真鈴の訓練の第一歩はこのナイフでの戦闘術を叩き込むつもりだ。
 大事に扱えよ。」

そう言って四郎は俺と真鈴の前にダマスカス鋼のナイフを一本づつ置いた。


「え?これ、持っていても良いの?」
「四郎、本当に?」

真鈴が嬉しそうな表情を浮かべながらもこわごわとナイフを手に取り細部を見た後、ナイフを抜いて、見ようによっては非常に美しい刀身に見入った。
俺もナイフを手に取って柄の握りの感触を確かめて抜いてみた。
照明に反射したダマスカス鋼の刃が怪しげに輝いていた。

「大事に扱ってくれ。
 それと、今はまだ普段持ち歩かないように。
 友達に見せてもいかんぞ。
 そして、ナイフ術の基本中の基本は自分及び仲間を切らない事だ。
 乱戦で自分を切ったり味方から切りつけられてもかなわないからな。
 さ、ナイフを鞘にしまえ。」

人間は不思議な生き物で戦う事が決まって武器が与えられると、とても気分が高揚する事だ。
入隊した新兵が初めて銃を手渡された時の高揚感と言うのか、真鈴は、そしておそらく俺も顔が紅潮していたと思う。
紅潮する顔をして鞘に納めたダマスカス鋼のナイフを撫でていた。

「ナイフだけじゃない。
 ナイフは手始めで基本の戦術だ。
 素手の格闘戦も同時に覚えてもらうぞ。
 そのうちサーベル、槍、弓矢、事情が許せばピストルやライフルの使い方も教えるから気を抜くなよ。」
「判った四郎。
 よろしくお願いするよ。」
「私も判った。
 気合を入れて頑張るわ!」

俺達を見て四郎はにやりとしてコーヒーを飲み、エコーシガーに火を点けた。

「待って。
 四郎はこれを私達に渡して、自分はどうするの?」
「棺にはまだまだ武器はある。
 今日思ったのだが熊や狼などの野獣形態の悪鬼と効率良く戦うにはもう少し斬撃の破壊力もしくは打撃力のある武器を持つべきだと思ったのだ。
 日本刀の大太刀ならば理想的なのだが…今日それを持っていれば奴に後れを取らなかったかも知れん。
 だが、日本刀を常に持ち歩く訳にも行かないだろうからな。
 われだから2本同時にそのナイフを扱えたが君らにはまだまだ無理だと思う。
 だから、ナイフ1本の戦い方を学んで頃合いを見計らってその後を考えよう。
 今は最低限自分の身を守る事が出来るようにしてもらいたいのだ。
 われは別に使いやすく破壊力が有るものを選ぶよ。」
「うん、判った…ところで四郎。
 このナイフってさ、何か名前って付いて無いの?その…」

そこまで言ってから真鈴は顔を赤くして下を向きもじもじした。



「名前?」
「…うん、よく武器には名前が付いてるじゃない…エクスカリバーとか…青龍の剣…とか…破邪の魔剣…ロンギヌスの槍とか…」

…うわぁあああ!こいつ、この処女の乙女は中二病だ中二病だ中二病だぁ!眼帯したり包帯巻いたり服もゴスロリとかじゃないけどその中身は正真正銘の中二病だぁああああ!俺の仲間に中二病がいるぅうううう!
俺はこわばった顔で真鈴を見つめた。

「…もしも…名前が無かったら私…なんか名前を…」
「ああ、名前かそれぞれの武器には全部固有の名前は付いているぞ。」

事も無げに四郎が答えた。

…ぇえええええ!こいつも中二病!?吸血鬼でフルネームがマイケル・四郎衛門とかで160年も前に生きていたのに!なのにこいつも中二病なの〜!?
そう言えばこいつ自分の事、われはとか言うけど微妙に中二病っぽいよね〜!

俺はテーブルに着いた肘をずらせてずっこけてしまった。

「彩斗、どうかしたか?」
「い、いや別に…」
「そのナイフの柄の端を見て見ろ。
 小さく名前を彫りつけてあるぞ。
 武器庫からそれぞれの武器を出す時に名前が付いていると便利だと、ポール様が全ての武器に名前を付けておいたのだ。」

「ええ!ポールさんも中二病!?」
「彩斗!失礼な事言ってんじゃないよ!
 確かにずらっと並んだ武器にそれぞれ名前が付いていれば便利じゃない!
 合理的よ!」
「まぁナイフの柄を見てみるがよい。」

言われた通りダマスカス鋼のナイフの柄の先の方を見ると俺の物にはkittenと、真鈴の物にはSmall sparrowと彫ってあった。

「キティン?」
「彩斗、それはキトゥンと読むな。
 子猫と言う意味だ。
 真鈴のはスモールスプゥロー、まぁ、小雀と言う意味だ。」
「私、子猫がいい〜!」

真鈴がふくれっ面をして俺の子猫ナイフを見た。

「はいはい、どうぞ〜。」

俺は何となく子猫と名が付いた方が良いかな?と思ったが、中二病真鈴の視線には叶わなかった。
真鈴は子猫ナイフを受け取りキャ〜と声を出して胸に抱え、俺の前にほらよっと小雀ナイフを置いた。
そのやり取りを四郎はニヤニヤしながら見ていた。

「まぁ、名前が付いていると愛着がわくだろうし、大事に手入れしそうだしな。」

真鈴はじっとキティナイフを見ていたが急に立ち上がりゲストルームに行った。
何事かと真鈴の行方を見た俺と四郎。
真鈴はファブリーズを持って帰ってくるとボトルの注意書きをよく読んだ。

「これ、皮革製品でも大丈夫だってさ。
 悪鬼の血の染みとかついてるんでしょ?
 一応消毒しなきゃね。」

そして子猫ナイフの柄や鞘にスプレーし始めた。
呆気に取られてそれを見ている俺に真鈴が言った。

「彩斗の小雀も消毒しておくわ、はい、出して。
 よく考えたら四郎の武器は一応全部消毒しないとね。」






続く
第18話


「……ま、まぁ悪鬼退治した後は手入れはしたが、この時代の消毒?と言う物は必要なのかもな…真鈴、暇な時にお願いするとしよう。
 さて、われは風呂に入ってこの服も脱ぎたいのだが、先にお風呂を頂くぞ。」

四郎が立ちあがると俺の小雀ナイフを消毒していた真鈴が立ち上がった。

「四郎、待って。」

真鈴がそう言うとゲストルームに入って行きコンビニ袋を持ってきて四郎に渡した。

「四郎ってさ冬眠から覚めてから歯、磨いてる?」
「うむ、棺の中に歯ブラシと塩は入れておいたからな。
 いつの時代でも身だしなみは大事であろう。
 われは寝る前と起きた時に磨いているぞ。」
「かぁああやっぱりね〜洗面台にあった古ぼけた歯ブラシは四郎のだったか、四郎、160年の時を経て歯磨きは進歩しているのよ。
 今日からこれを使いなさい。」

真鈴はコンビニで買ったであろう歯ブラシと歯磨きのチューブを差し出した。
四郎は袋から間磨きチューブを取り出した。

「このブラシは判るが、これはどう使うのだ?」
「私とバスルームに来て、教えるわ。」

四郎と真鈴がバスルームに向かい、俺もついて行った。
真鈴は洗面台の前に立ち歯ブラシを四郎に持たせてその上に歯磨きのチューブを絞った。

「これを口に入れて歯を磨くのよ。」
「こうか?…おおお!」
「きゃっ!」
「うわっ!」

ミントの強い刺激を受けたからなのだろうか歯ブラシを口に入れた瞬間、四郎の顔が凶悪な吸血鬼の顔に変化した。

「凄い香りと、ううう、なんか口の中が辛いと言うかなんと言うか…凄くスースーするぞ。」

凶悪な吸血鬼の形相で四郎は口の中で歯ブラシを動かした。

「四郎ってさ、この前のスタンガンとかもそうだけど今の歯磨きのミントの刺激だと思うけど突発的に変化するわね〜あ〜びっくりした。」
「俺もいきなりだと驚くな。
 他に何の刺激で四郎が吸血鬼顔になるかも知れないから注意しないとな。」
「まぁ…歯が剥き出しになるから磨きやすいんじゃない?」

四郎が横目で俺達を見ながらぶすっとした顔で歯を磨いていた。

「まぁ、口の中がとてもすっきりするがな…」
「刺激に慣れれば変化しなくなるかもね〜」

真鈴が面白そうに言った。

その後四郎は風呂に入り、続いて真鈴、俺の順番に風呂を済ませた。
俺が風呂を上がって髪の毛を拭きながらダイニングに行くと真鈴がテーブルで凶悪な棘が幾つもついている鋼鉄製のメイスを消毒していた。

「おお!これっ迫力あるね!」

俺がメイスを手に取って持ち上げようとしたが、あまりの重さにメイスを持ったままよろめきそうになった。

「彩斗、それは普通の人間には手に負えない代物だぞ。
 だがこれなら今日の悪鬼など簡単に頭を砕けると思うぞ。
 たとえ腕で防御しても腕の骨を粉砕できる。」

四郎が俺からひょいとメイスを取り、軽々と手首だけで回して見せた。
やはり普通の人間の姿の時でも四郎は常人より遥かに腕力が有るのだろう。

「彩斗、明日はどうするの?
 私は朝からびっちり講義が入っているからね。
 でも明後日の土曜日からは月曜日まで講義無いから暇だよ〜」
「俺はあの屋敷を扱う不動産業者と連絡を取って物件の図面とかどこまで値引きできるのかとかいろいろ調べるつもりだよ。
 それと時田さんの連絡待ちだな。」
「時田さんて誰?」
「ああ、四郎の身分を手に入れる手続きをしてくれている探偵だよ。
 大丈夫、信頼できる人だから。」
「われは暇だぞ。」
「あっそう。
 ところであの家族連れの悪鬼はどうするの?
 ほっておいて次の犠牲者が出るの待つ気なの?
 何とか探る方法無いかしら?
 そうそう、明後日もう一度皆であの屋敷に行こうよ。
 敷地を全部見ないとね〜泊まっても良いかもね。」
「われは明日、暇だぞ。」
「あ、うん、判った。
 だけど敷地を一通り周るだけで大変だと思うよ。
 何せ3万坪以上あるらしいからね。
 その他隣接してる山林もその親族が持っていてほったらかしらしいんだよ。
 境界線もはっきりしていない所もあるからな…そうそう!俺キャンプ道具を一式持ってるんだ!
 持って行って良いかな?
 もしかしたら敷地でテントを張ってアウトドアとかしてみない?」
「あら、面白そうね!
 キャンプなんて何年もしていないのよ!」
「われは明日暇だぞ。」
「うんうん判った…いろいろやる事が有るわね。
 でも、安くするって言っても彩斗の貯金で足りるの?
 それに維持費だって掛かりそうだし…やっぱり四郎の金貨を少し売るしかないかな…四郎、それでも良いかしら?」
「別に構わんぞ、例の税金と言う物で半分持って行かれても充分おつりが来るだろうしな。
 ところで明日、われは暇…」
「そうだね〜、あの屋敷を購入する費用、維持費やらいろいろ考えないと…それに俺の物件も増やして家賃収入を増やさないと生活もきついよな…」
「…われは…明日…」
「四郎少し黙ってて、今大事なこと話してるから。
 そうか…収入ももっと必要よね。
 表向きは四郎は彩斗の会社の共同経営者、私はアルバイト、まぁ正社員でも良いけどね。
 今、手取りの収入が月に60万円とか言ってたわよね。
 このままじゃ屋敷を買わなくても収入増やさないといけないものね〜
 それと並行してやっぱりあの家族連れは絶対探りを入れるとか監視が必要よ。
 今ものうのうと暮らしながら、あの娘と奥さんはともかく、あの男は次の犠牲者を探しているに違いないわ。
 なんか忙しいわよ。
 ねぇ、時田さんて探偵なんでしょ?
 あの男の身辺調査とか頼めないの?」
「う〜ん、もしもそれを頼んで時田さんが彼の正体を知ったら殺されかねないし、もしも、上手く彼の悪行を、彼が悪鬼だと知らずに暴いても、じゃあなんで俺達がそれを知っていたか?とか、首尾よく俺達があいつを退治しても今まで身辺調査した人間が殺されたり姿を消したりしたら時田さんは俺達を疑うと思うしな…それは難しいな。
 ただでさえもしかしたら金貨の処理を時田さんに頼むかも知れなくなるし…」
「われは明日…暇なんだぞ!」
「あ〜四郎!だから何よ?
 まだ四郎が一人で外に出てあいつを監視するなんて危なくて出来ないのよ!
 どこかでぼろが出て周りの人間に怪しまれちゃいけないのよ!
 カラスかなんかに変身して空から監視するなんて芸当があんたに…」
「出来るぞ。」
「え?」
「え?」

俺と真鈴は四郎を見つめた。
俺と真鈴の注目を引き寄せた四郎は満足げに腕を組んだ。

「四郎、いくらなんでもそんな非科学的な…」

俺が苦笑いを浮かべて言いかけた時、いきなり風呂上がりの四郎のスウェットが椅子に落ちた。
そして、スウェットの中から見事に黒いカラスが顔を出してテーブルに乗り、俺達を見た。
俺達は固まってじっとカラスを見つめた。
カラスは満足げに目を細めて、カァ!と鳴いて飛びあがりスウェットに中に潜り込んだ。
そしてスウェットが急に盛り上がり四郎が顔を出した。
スゥェットの中で人間の体に戻る時に体がずれたらしく四郎はスウェットを前後逆に着た状態になったが、四郎は自慢げに微笑みを浮かべてコーヒーを一口飲んでエコーシガーに火を点けた。

「どうだ?」
「それ…あのさ質量とか体の中の構成とか…全然科学的じゃないよ!」
「そうよ!なんか物理に非常に違反してるわ!おかしいでしょ!」

俺達が口々に四郎に言葉を浴びせたが。四郎は平気な顔をして受け流した。

「彩斗、真鈴、そもそもわれは吸血鬼だぞ。
 科学とか物理とか、そんなものは知らん、あはは。
 カラスとコウモリに変化する事は出来るぞ。
 非科学的?あははは。」




続く

第19話


笑いを浮かべてコーヒーを飲む四郎を、俺と真鈴は茫然と見つめた。

「確かに吸血鬼はいろいろな動物に変身する事が出来ると言う話は聞いた事が有るけど…」
「われらに関する噂などはわれのいた農園でも色々と耳にした。
 そういう噂はほとんどが根も葉もない迷信だが、中には正しい物も有るのだ。
 恐らく変身する所を見てしまった人間がいたのだろうな。
 また、変身するには何と言うかコツ?のようなものがあるのでな。
 われはコウモリになるのに3か月。カラスに変身できるようになるまで1年ほど修行と言うか、訓練と言うか、1年くらいはかかった。
 ポール様はもっとすごくて立派な灰色狼に変身する事も出来たぞ。
 だが、変身すると弱点も生まれるのだ。」
「弱点?どんな弱点があるの?」
「うん、あまり言いたくないが例えばコウモリに変身した時は何と言うか体の耐久力がコウモリ並みになる。
 われがコウモリになっている時に、雑誌のようなもので叩かれたとすると恐らく気絶してしまうか、最悪の場合体の損傷が酷くて回復するまで時間がかかる。
 なにせ体の大きさが人間と段違いに小さくなるからな。
 その間に息の根を止められてしまう可能性が高いのだ。
 それに変身した時に来ている服まで変化しないから全裸になってしまうのだ。」
「ふ〜ん…でも、来ている服はともかく、やっぱり四郎の体がカラスやコウモリの大きさに縮んでその形も…非科学的…やっぱり俺の頭じゃ理解できないよ。」
「そこだよ、彩斗。
 さっき君達が科学的じゃないとか言うが、科学とはその時代の人間が理解した物の事を言うのだよ。
 YouTubeでも見たし、外出している時も見たが飛行機やヘリコプターなどが空を飛んでいるのだが、あれなどわれらの時代の人間が見たら、たとえわれの時代の科学者と言える人間が見たとしても理解が追いつかずに非科学的だ!とか黒魔術だ!悪魔の仕業だ!とか言い出すのではないかな?」
「…確かにそうかもね…」
「ポール様も言っておったが、真の科学を追求する人間は理解の及ばないものを見た時に頭ごなしに否定するのではなくてそのからくりと言うか、まぁ、原理と言うのかな?を考えて調べることが真の科学的なアプローチでは無いだろうか?
 そうやって人間は、まぁ、科学的に進歩してきたのではないか?
 現時点で解明したことを科学と呼んでそれが完全だと思い込んで未知の物を否定すると、その先人類は進歩しないと思うがな。」
「…」
「…」
「それを考えるとポール様も真の科学者と言えたであろう。
 自分やわれや他の悪鬼や死霊などがどのようにして存在しているのか、時間が空いた時に色々研究しておった。
 ある満月の夜にポール様がわれと散歩していた時に、ポール様は月を見上げて、いつか人類があの月に人間を送り込む位に科学が発達すればわれらの体の秘密が解明されて、いわれのない偏見も無くなり、もしかしたらわれらの体も人間に戻す事が出来るかも知れんと言っていた。」
「…」
「…」
「YouTubeやネットで調べたが、とうの昔に人類は月に到達したらしいな。
 だが、どうやらわれらの事などに関しての研究は全く進んでおらん。
 月には行ったが地球の事は、海の中などの研究探索も全然進んでおらんし、いまだに大地からの資源を食いつぶし、資源の奪い合いで同族同士で殺しあっている。
 こんな状態を何とかしない限り人類は溺れ死ぬのを承知していながら止まる事が出来ずに海に向かって進むレミングの大群と変わりないぞ。
 われには人間の進み方が、進歩の歩みがいびつな方向に進んでいるとしか思えんな。」
「…」
「…」
「こう見ると質の悪い悪鬼は人間が生み出し育てて来たのかも知れんと思ってしまう。
 われとポール様のような悪鬼は少数派だが、それも仕方ないのかも知れん。
 それが証拠に今の世界は狡猾な悪鬼が生きやすい世界になっているでは無いか。
 人間の本質は何か?この世界が答えだとすると…そう考えたくは無いがな。」
「…四郎の言う通りだね。
 どうも四郎を復活させてから色々と凄い物を見てしまったし、そして、色々と考えてしまう事が増えたよ。
 今まで考えもしなかった事がね。」
「私もね。
 四郎と会ってからどうしてこんなにいろいろ経験するんだろう?と思っていたけど考えたら今までの私たちが知らなかった事を四郎が教えてくれるような気がするわ。
 毎日新しい世界が開けるような感じよ。」

俺と真鈴が言うと四郎は顔を赤らめてかぶりを振った。

「いやいや、われの方こそポール様を失い、農園を失い、悲しみのどん底で棺に入ったのだ。
 復活させてくれたこの世界で、われは新しい生きがいと君らのような友を得られて非常にうれしいのだ。」

そこまで言うと四郎はキッチンに入りコーヒー豆を挽き始めた。

「君らももう一杯コーヒーをどうだ?」
「有難く頂くよ。」
「サンキュー四郎。
 今度は落ち着いてお酒でも飲みながら四郎の話を色々聞いてみたいわ。」

真鈴が言い、俺はその言葉に深く同意した。

「わたし、考えたのだけれど、彩斗と四郎と出会ったのはたまたまじゃなくて何かの必然と言うのかしら?
 なにか、大きな意思が動いて引き寄せられたのかも知れないね…これって科学的じゃないね。」

そう言って真鈴がえへへと笑った。
俺も笑顔を返しながら頷いた。
そう考えたら何気なく買った宝くじだって何か非常に大きな意思が働いていたのかも知れない。
吸血鬼を復活させようと四郎が入った棺を購入した事も、生贄に真鈴を選んだ事も、何か大きな意思に導かれているのかも。
そう考えたら俺達がやろうとしている危険な事も誤った方向に進まなければ、俺達が正しい考えを持って行動していれば、大きな意思が守って導いてくれるかも、知れない。
無茶苦茶に非科学的だけど、その方が腑に落ちる、納得できる。



その時の俺達は、その『大きな意思』が何かなんて考えもつかなかった。


結局、明日四郎はカラスに変身してあの家族を持つ男の身辺を観察する事に決まった。
寝室に面したベランダの窓を開けて外に出ると言う事だ。

俺達は四郎が入れてくれたコーヒーを飲み終えて、それぞれの寝室に戻った。
深夜にカフェインを取ったので眠れるか心配だったがぐっすりと眠る事が出来た。



続く


第20話


翌朝に遠くから地鳴りのような音が微かに響いて来て目が覚めた。
枕もとの時計を見ると午前6時45分だ。
俺は体を起こして寝室を出た。
音はこの部屋のどこかから聞こえてくるようだ。
音の方向に歩いて行くと、真鈴が寝ているゲストルームにたどり着いた。
ゲストルームのドアの横の壁に掛けてあるデューラーの複製画が入った額縁がカタカタと震えている。
俺が額縁を見ていると地鳴りが収まり額縁も震えが収まった。
その途端にドアが勢いよく開き、俺の顔面に激突した。
俺は顔を押さえてうずくまった。
タオルと洗顔用具を抱えた真鈴がドア先にうずくまっている俺をまたいだ。

「彩斗、そんなところに寝てちゃ邪魔!」

捨て台詞を残してバスルームに走って行く真鈴と入れ違いに四郎がやって来てうずくまる俺を立たせた。

「彩斗、鼻血が凄い出てるぞ。」

そう言って四郎が俺の鼻の下に口をつけて吸った。

「寝起きの血か。
 彩斗の血はあまり旨くないな。
 心配するな体液を交換していないからお前は人間のままだ。」

唖然とする俺を残して四郎は鼻歌を口ずさんでキッチンに行った。

何て朝だ。

俺は四郎の後を追ってキッチンに入った。
四郎はお湯を沸かし、コーヒー豆を挽いていた。
ティッシュを引き抜いて鼻血を拭いている俺を見て四郎が朗らかに言った。

「彩斗、鼻の穴にその紙を突っ込まない方が良いぞ。
 かえって出血が止まらないからな。」
「うん。」
「椅子に座って俯いて小鼻を指で挟め。
 骨じゃなくて小鼻の柔らかいところをな。
 何か冷やすものがあるか?」
「冷蔵庫に氷はあるけど…。」

四郎は冷凍庫から氷を出してそれを手拭いで包むと俺のおでこに当てた。

「こうして冷やすと早く収まると思うぞ。」
「四郎、ありがとう。」
「お安い御用だ…それにしても真鈴が時間通り起きたようだな。
 あの地鳴りみたいな音が原因か?」
「四郎も聞こえてた?
 たぶん真鈴の目覚まし時計だと思う。
 時間をセットしておくとでかい音で鳴るんだよ。」
「ほう、便利な物だな。」

俺の鼻血が収まった頃に真鈴が朝シャンと化粧を終えてダイニングにやって来た。

「今日は余裕で間に合いそうね。
 彩斗、顔大丈夫だった?ごめんね〜。」

あっさりと俺に謝った真鈴は四郎が焼いたトーストなどの朝食を食べ、午後遅くには帰ってくると言い残して出て行った。

「さて、われもちょっと奴を偵察してくるかな?」

四郎はそう言って俺を連れて寝室に向かった。

「彩斗、ベランダに通じる窓はカギを掛けないでくれよ。
 素っ裸でベランダに閉じ込められてはかなわんからな、昼頃に食事に戻る。」

そう言うと四郎はカラスに変身してベランダの手すりに乗り、俺に向かってカァッと鳴いて飛び立った。
俺は四郎の服を拾ってたたむとベッドの上に置き、窓は閉めたがカギは掛けなかった。

その後俺はあの死霊屋敷の販売を持ちかけた知り合いの不動産業者と連絡を取り、屋敷の敷地の図面金額などの資料をファクシミリで送ってもらった。
電話で話したところでは屋敷の敷地は3万4千坪あり、また、屋敷の状態が比較的良いのでかなりの山奥にも拘らず総額で5千万円と言う事だった。
また、隣接した山林も持ち主の親族が手放したいと言う事でその敷地がおよそ2万坪。
それを加えると6千5百万円だと言う。
値引きの件は交渉次第で可能だと言う事だが、やはり半額などには絶対にならない。よくて1割引き位だとの事だった。
俺はため息をついて電話を切った。
5千万円、隣接の山林を買い取れば6千5百万円。
そのまま買えば不動産取得税や登録料などの経費込みだと6千万円か7千万円は掛かるだろう。
頭金を入れて今俺が持っているマンションと収益物件、幸いこれらは全て宝くじのおかげでローンを使わずに現金で購入できたが、この物件たちを担保にして銀行か国でローンを組むしかない。
俺はまたまたため息をついた。
その時、携帯が鳴った。
時田だった。

「ああ、時田さん、戸籍とかの準備は進んでいます?」
「戸籍のドナー候補は何人か見つかったよ。
 それで、あの金貨の事だけど…吉岡君、あの金貨の事誰かに言った?」
「え…とくには誰にも言ってないですけど…現金化するのは難しいんですか?」

俺はこわごわと時田に尋ねた。

「いや、まったく逆だね。
 君が思うよりずっと高額で現金に出来るし税金の手続きも全く問題なく行けそうなんだけど…他にも金貨とか銀貨持っている?」
「え、ええ…少しはありますよ。」
「そうか!
 あのね、電話で詳しく言えないんだよね。
 今日、午後にうちの事務所に来れる?
 あと、戸籍作る人も一度会っておきたいんだけど、良いかな?」
「ええ、それは構いませんよ…何か不味い事が…」
「いやいやその逆だよ。
 それは私が保証するよ。
 じゃあ今日の午後に待ってるからね。」
「は、はい。」

電話を切った俺はため息をついた。
良い事が起こるのかそれとも…
思いにふけっているといつの間にか午前11時になっていた。
ここで椅子に座っていて悩んでいても始まらない。
俺は昼に帰ってくる四郎と俺の食事の準備を始めた。
たまには思い切り和食が良いと思い、ご飯を炊いて、茄子の味噌汁を作り、冷蔵庫にあった鮭を焼いて、漬物を取り出した。

カァと声が聞こえてきて四郎の窓が開いた音がした。
やがて四郎がダイニングにやって来た。

「帰ったぞ彩斗。
 何やら懐かしい匂いがするぞ。」

四郎は鼻をクンクンさせてテーブルに並んだ和食メニューの朝食を見ると喜びの声を上げた。

「おお!日本食か!懐かしい家庭の味だな!早速頂くぞ!」

俺と四郎は昼食を食べながら、まず、四郎の偵察の結果を聞いた。
あの男の家庭は、あさ2人の娘は学校に行き、妻は10時頃に仕事に出かけた。
男はベランダ越しの部屋にこもりパソコンの前からずっと動かなかったそうだ。
たまにパソコンに向かって話していたと四郎が言っていたので恐らくリモートワークをしているのかも知れない。
俺はあの死霊屋敷を手に入れるのに結構な金額が必要だと言う事と今所有する物件を担保にローンを組まなくてはならない事を現代の経済システムをよく理解していない四郎に苦労して説明した。
四郎は、何のことは無い金貨を全て処分して俺たち3人が充分生活できる収益物件も購入してしまえと軽い口調で言った。

「四郎、そんなに簡単にできる事じゃないんだよ。
 大金の収入が有ったり、物件を一度に買い漁ったりすると後ろ暗い事が無くても税務署はやってくるからね…」
「税務署は悪鬼並みに恐ろしいな。」
「あ…金貨と言えば、時田さんて昨日言っていた四郎の戸籍の手続きを頼んでいる探偵から連絡があってね、一度四郎と会ってみたいと言う事と…金貨を他に持っていないかと訊かれたんだよね。」
「ほう、まぁ、われの身分を作ってくれると言うのなら向こうもどこの馬の骨か知りたいだろうからな、会うのは構わんが…彩斗は金貨の事を他の誰かに言ったのか?」
「いやいや、金貨の事は俺と真鈴と四郎しか知らないはずさ。
 時田さんは悪い事じゃなくて良い事になると言ってたけどね。」

四郎が椅子の背もたれに体を預けてしばらく天井を見た後、俺を見つめて言った。

「よかろう、彩斗と共にわれも行こう。
 金貨も一袋位持ってゆこう。
 上手く行けばあの屋敷の事も今後のわれ達の収入の事も解決するかも知れんぞ。」
「うん…でも、もしもやくざとか変な奴らが絡んでいたら…まぁ、時田さんに限ってそういう事は無いだろうけどね…」
「もしも、危ない奴らが待ち構えていたらわれが血の雨を降らせてやるさ。」

四郎が凄味がある笑みを浮かべた。

「ちょちょちょ!四郎、喧嘩しに行くんじゃないよ!」
「判っているさ。
 武装は最小限にしておこう。
 それでは出かけるか?」

四郎と俺はスーツに着替え、金貨の袋を一つ持ち(まだ棺には5袋残っている)そして四郎はスーツの上着と腰の後ろに小振りなダガーナイフを忍ばせて時田の事務所に向かった。


続く
第21話


車に乗り込むと四郎が皮でできた薄い棍棒のような物を俺に手渡した。

「彩斗、用心にこれを持っていろ。
 棍棒の要領で相手を叩くか、握りしめて相手を殴れば素手で殴るより2〜3倍の威力はあるぞ。
 革製の袋の中に砂が詰めているだけだから普通の人間はその危険さに気が付かないだろう。
 これを持っていて捕まる事は無いはずだ。」

俺は四郎に渡された革製の棍棒をしばらく手に取って眺めてからパンツのポケットに入れた。

時田の事務所に到着し、俺の半歩後ろを四郎が付いてきた。
事務所のドアを開けるとおばちゃんの事務員が二ッコリと出迎えてくれた。

「あら、吉岡さんいらっしゃい、まぁ、お連れの方ハンサムね。
 さぁ、どうぞ。」

俺達が奥の部屋のドアを開けると時田と立派なスーツを着た背が高い白人男性と中肉中背の日本人がいた。
彼らは一斉に立ち上がり笑顔で俺達を出迎えた。

「初めまして、時田さんの紹介にあずかりました。
 私、カナダでジョスホールと言う会社の社員のベクターと言います。」
「同じく日本支社の坂本と言います。」

流暢な日本語であいさつしたベクターと名乗る白人と日本人の男は俺と四郎に名刺を差し出した。
俺は不動産会社の名刺を出し交換した。
四郎も名刺の知識はあるようだが、自分の名刺は無いので彼らの名刺を受け取り笑顔でお辞儀をした。
我々は席に着き、おばちゃん事務員がお茶を出してくれた。
おばちゃん事務員が引っ込むとベクターが少し身を乗り出した。

「今回、時田さんがお持ちになったダカット金貨を拝見しました。
 あの金貨は特別な印が付いた、我々には貴重な物なのです。
 我々はカナダでジョスホールと言う総合商社を営んでおりまして、時田さんに絶対に秘密厳守と言う事であなた達を紹介して頂きました。」
「吉岡君、あ、横の方が…」
「四郎、と言います。」

四郎の代わりに俺が答え、四郎が笑顔で時田にお辞儀をした。

「ああ、四郎さんね、初めまして。
 依頼者の秘密は厳守と言う事で私も迷ったんだけど、まぁ、訳ありそうな吉岡君には良い話だと思って紹介する事にしたんだよ。」

時田がすまなそうな雰囲気で言ったが、俺達に良い事だと確信しているらしい。

ベクターの横の坂本が、数枚の書類を手に俺達に話し始めた。

「私は日本支社で鑑定責任者をしています。
 吉岡さんがお持ちしたニュルンベルク6ダカット金貨に我々は買取金額で1980万円、買取手数料税金などの諸手続きはわが社で行います。
 吉岡さんの手元には税金を支払い済みで1200万円、時田さんへの依頼代金を差し引いて750万円、と言う事で宜しいでしょうか?」

願っても無い事だと俺は即断で了承しようと思ったが、横の四郎の顔色を窺った。
四郎は穏やかな笑みを浮かべている。
そして俺の顔を見て小さく頷いた。
俺は快く了承する事にした。

「ええ、まったく問題無いです。」
「それは良かった!
 明日中に吉岡様の口座にお振込みいたします。
 譲渡の納税も済ませている旨の書類も送らせていただきます。
 …ところで他にまだ金貨などをお持ちと伺いましたが…」

四郎が手元に置いた金貨の袋を躊躇無くテーブルに置いた。

「これも鑑定して値段を決めてもらうとしようか。」

四郎の思い切りの良さに俺はびっくりして四郎を見たが、四郎は俺を横目で見てほほ笑んだままだった。
袋の口を縛った革紐を解いて中身を少し出しただけで時田と坂本は嬌声を上げた。

「ここここれは凄い!」

時田が目を見開き、坂本はポケットから手袋を出して嵌め、ルーペを手に金貨にかがみこんだ。

「早速鑑定を…正式な鑑定は後日出しますが大体の概算を今日出しますけれど、お時間を少し頂いて宜しいですか?」
「ああ、どうぞ頼むとしよう。」

四郎が鷹揚に頷いた。
ベクターはそのやり取りを笑顔を浮かべて見ていた。

「不躾ですが多額の金額が動くので税務署などの動向を心配なさるかと思いますが、我々にはそこそこのコネクションがあるのでご心配なさらずに。」

ベクターが笑顔で俺達に言った。
俺は心配事が一気に消え去って力が抜けた体をソファの背もたれに預け、子供のようにはしゃぐ時田と息を荒くして鑑定する坂本を眺めていた。

俺の視界の隅でベクターが四郎に顔を近づけて何事か…おそらく英語で囁いていた。
四郎は暫くベクターの顔を見つめていたが、やがてベクターが差し出した手を握り、握手を交わした。

鑑定の間、俺は四郎の手続きの事を時田に尋ねた。

「良いドナーが見つかって手続きは順調だよ。
 数日中に完了します。
 あ、マイナンバーカードとかの申し込みはそちらでやってね。」

俺はほっとしてますます体の力が抜けた。
1時間近くかかって坂本はメモを色々と書き込み、また金貨をルーペで覗いては電卓を叩いてと大忙しだった。
四郎はその間無言で微笑んでいた。

やがて概算が出た。
坂本が最低限の金額でこれ以上は絶対金額が上がる事はあっても下がらないと太鼓判を押した買取金額が出た。

俺は坂本が差し出した紙を見た。
買取をして諸経費譲渡税などの税金を差し引いて…1億7千万円…
俺の頭から物件を担保だとかローンだとか、家賃収入を上げるために他の収益物件を購入する金額の心配だとか、税務署の心配だとか一切吹き飛んだ。
変な贅沢をしなければ十分やって行ける。
そう、その時の俺は四郎と真鈴の二人と悪鬼退治をする為の生活を保障できれば良いなっとだけ考えていた。
身の丈を過ぎる贅沢をする気は失せていた。

坂本は金貨の数を数えて預かり証を発行して俺に渡し、後ほど正式な鑑定書を郵送するので納得したら同封する売買契約書にサインをして送り返してほしいと頼んだ。
送り返して3営業日以内に代金を、もちろん諸経費譲渡税などを差し引いた金額を振り込むと言う事だ。


俺と四郎は丁寧にあいさつを交わして時田の事務所を後にした。
あまりの事に俺は少し放心状態になったが、四郎が言った言葉で我に返り、そして少し緊張した。

「あのベクターと言う男。
 悪鬼だぞ。
 かなり歳が古りた悪鬼だな。」
「え?…ええええ?
 四郎、それって!」
「安心しろ彩斗、どうやらポール様やわれと同じ、少数派の悪鬼だろう。
 質が悪い悪鬼とは別物だ。」
「…」
「ベクターはわれにこう言ったのだ。」
「なんて…なんて言ったの?」
「君達の『質の悪い悪鬼に対する開戦準備』を支援する、とな。」

そこまで言って四郎が苦笑いを浮かべた。

「偶然とは言え既にこの時代の1体の悪鬼を倒している。
 われらはとっくに開戦しているのだが…まぁあちらの様子を窺いながらお言葉に甘えるとしようか。」

今日は2022年5月13日。
そして金曜日だ。

「13日の金曜日か…」

俺は無意識に呟いた。









第2部終了


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