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アナタが作る物語コミュの【ホラー・コメディ】吸血鬼ですが、何か?第1部復活編第17話

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車を数分走らせたところに比較的大きな靴屋がある。
本当は銀座か渋谷辺りまで出て良い作りで長持ちする靴を選びたいが、靴がきついと言っていた四郎を早く楽にしてやりたいと思い、近場の靴屋で済ませる事にした。

「え〜、ここ〜?」

真鈴が少し物足りなさそうな顔をした。

「ここでもそこそこ上等な靴を置いているし運動靴なんかも揃えるならここで全部済むじゃないか。」
「まぁ、その通りね。
 全部上等な物を揃えたら大変な金額になるもんね。」

真鈴が納得してくれて俺はほっとした。

「さっ、行きましょう。」

広大な店内に四郎はまたまた圧倒されていた。
また、眼鏡屋と違い、店内はそこそこの人出で混んでいた。
疲れているのかあまりびっくりしてあれはどうだこうだと言わなくなったので楽なのだが、俺は少しだけ心配になった。

「四郎君、大丈夫?」
「ああ、久し振りに人間の中に出て、しかも沢山の人間がいるからその気配に圧倒されているんだ。
 何と言うかその人間の想い等が頭に入って来てな。」

真鈴がぎょっとした顔になった。

「え?それじゃ四郎さん他人の心の中を判るとか?
 テレパシー?」
「いやいや、テレパシーが何かは判らないが、その人間の考えている事は漠然としか判らん、気配と言うか、そこに誰かがいる、大体の歳や人数くらいは、どのくらいの距離にいるかくらいは判るぞ。」
「なるほど、それは便利だけど…大人数の中にいると疲れるかも知れないな。」
「まぁ、まだ慣れていないだけだと思うぞ。
 ここはちょっとした祭りくらいに人がいるからな。
 さあ、靴を選ぼう。」
「まかせて!だけど四郎さんの足のサイズを知らないとね。」

そこで俺達は店員を捕まえて適当な靴で大まかな四郎の足のサイズを調べた。
俺の足のサイズは26・5センチ。
四郎の足のサイズは27から27・5センチが合っているという事が判った。
足幅は平均的な日本人と同じなので特に3Eなどでなくとも大丈夫そうだ。
これで靴の選択肢が増えた事に俺はほっとした。
過去に足のサイズが28センチ以上の友人の靴の買い物に付き合ったことがあるが、ほしい靴のサイズが27センチまでの事が多くなかなか難儀したのを覚えている。

「さて、足のサイズは判ったわね。
 ええと、フォーマル用の靴が2足、あとカジュアル用に2足か…」
「真鈴さん、そろそろ足がきつくなってきたから履きやすいものを最初に買ってもらって履き替えたいのだが…」
「ああ、そうね。
 じゃ、履きやすいカジュアルの物から選びましょうか、付いて来て。」

やれやれ、後は真鈴に任せれば良いと言う事で俺は前々から欲しかったトレッキングシューズを探しに行く事にしたが、真鈴に呼び止められた。

「彩斗君何やってんのよ。
 彩斗君のカードがいるんだから最初の靴を買うまで一緒にいなさい。」
「はぁい…その代わり早く選んでね。」

真鈴がぎろっと俺を睨んだ。

「あ、いやいや、四郎君の足が大変そうだからさ…」
「あ、そういう事ね。」

真鈴の表情が和らいで俺はほっとしたが、真鈴の次の言葉で俺の顔はこわばった。

「でも、良い物を選ぶのに妥協はしないわよ。時間をかけて選んでおいて良かったと後で絶対に思うのよ。
 靴なんて特にそうなんだから。」

真鈴の後ろで四郎がげんなりした顔をしたのを俺は見た。
やはり、さっきのサングラスの時にかなり消耗したのだろう。
しかし、真鈴が振り向くと四郎は瞬時に笑顔を浮かべた。

「さあ、ここにあるうちで最良の物を選ぶわよ!」

結局、ランニングシューズのアシックスのゲルトラブーコ10GTXかサッカニーのエンドルフィンプロ 3にするかで迷った末に真鈴はサッカニーのエンドルフィンプロ 3に決めた。

「おお!これは履きやすいな!」

四郎は靴を履き替えて歩いたり屈伸したりしてご機嫌になった。
その後カジュアル用にホーキンス防水 防滑仕様の物を、フォーマル用にホーキンスエアライトアイステック8プレーン3を買い、さらに四郎が目をつけてどうしても欲しいと言ったレッドウィング6インチ クラシックモックのブーツを買った。

支払いを済ませて俺と四郎はかなり消耗したが力を入れて買い物をした真鈴はますます精気に満ち溢れた顔になった。

「さあ、靴は決まったからあとはこの靴達に合わせたコーディネートをした服を買いに行くわよ!ほほほ!買い物って楽しいわね〜!」

また真鈴ははしゃいだ声を上げ、店員に苦笑いをされ、何人かがこちらを見た。

「真鈴さん、目立っちゃ駄目でしょ。」

俺は小声で真鈴をたしなめた。
真鈴は舌を出して俺と四郎に小声でごめんといい、ぺこりと頭を下げた。

「ほら、まだこっち見てる人がいるよ。」

会計カウンターの外れにいるブルーのポロシャツを着た、俺と同年代くらいの男が怪訝そうにこちらを見ている。
四郎が肘で俺を小突いて小声で言った。

「彩斗君、真鈴さん、あの男を見るな、目を合わせるな。
 急いでここを離れるぞ。」

四郎の真剣な表情に俺と真鈴は四郎の跡をついてそそくさと店を出た。

「四郎さん、ちょっと…あれって…」

真鈴の問いかけに四郎は前を見たまま答えた。

「奴はわれの同族だ。人間の血の香りがしたぞ。
 恐らく今朝方人間を一人、どうやら死ぬまで血を吸ったようだな。
 かなり狂った部類に入る奴だ。」
「え、それって…」
「今は満腹だしそう飢えていないが、楽しんで人を殺すタイプだな。
 同族のわれを見ても大して驚かなかったようだが、われらにかなり興味を持っているな。
 用心の為にすぐに車に乗るのは止そう。
 車を特定されては面倒になる気がする。
 このまま駐車場を出てどこか、軽く食事をできるようなところに行こう。」

俺達はランドクルーザーの横を通り過ぎて靴屋の敷地をいったん出た。
四郎の髪の毛が軽く逆立って見えたのは風が吹いてるからだろうか?



続く



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第18話

俺達は靴の箱を抱えて少し歩き、靴屋の並びにあるファミリーレストランに入った。
四郎が一番通りを見通せる席を選んでそこに座った。
午前11時近くと言う事もあって早めの昼食をとることにした。

四郎はステーキ、真鈴と俺はハンバーグのランチを注文した。
ウェイトレスが去ると真鈴が小声で四郎に尋ねた。

「やっぱり吸血鬼なの?」
「そうらしいな。」
「でも吸血鬼と言ったら…」

四郎が俺の訊きたい事は判ると言うように頷いた。

「人間にも殺人が好きな奴もいるだろう?
 吸血鬼でもわれやポール様のように理性を持つ者もいれば理性より本能と言う感じのおつむが粗末な奴もいる。
 でも、今のこの世界で生きているという事はずる賢さ注意深さは持っているようだな。」
「奴は今どうしているの?
 私達の事追って来てる?」

真鈴が不安そうに通りを見ながら言った。

「いや、靴屋の敷地から出ていないようだな。
 われは駐車場を出る頃に徐々に気配を消したから追おうとしても今どこにいるか判らないだろうと思う。」
「なんで靴屋にいたんだろう?」

俺が尋ねると四郎は苦笑いを浮かべた。

「奴も靴を買いに来たか…或いは次の獲物を物色しているのかも知れないな。」
「そんな…同じ市内に吸血鬼がいて獲物を物色してると言うの?」
「本来人間の生き血を吸わなくとも人間が食べる普通の食事を摂れば餓死する事など無い。
 レジャーかスポーツ感覚で狩りを楽しんでいるんだろうな。
 アルコールと同じだ。
 人間でもアルコール中毒になって酒を飲むのを止められないのがいるのと同じだ。
 あまり頻繁に人を襲うと騒ぎになるからある程度自制していると思うがな。
 奴の身なりは普通だったろう?
 あるいはきちんと働いていて人間社会に溶け込んでいるし、近所に人間の知り合いや友人もいるかも知れないな。
 時間の制約は有るかも知れんが周りから怪しまれにくいしその方が狩りをしやすい。」

俺は四郎の言葉を聞いてぞっとした。
確かに普通に働いているなら何か事件があっても証拠を隠してしまえばばれにくい。
人間だって連続殺人鬼でごく普通に仕事を持っていて何年もばれずに人殺しを続けた事例なんて吐いて捨てるほどあるんだから。
真鈴は、少し顔を紅潮させて黙り込んでいる。

料理が運ばれてきて俺達は黙々と食事をした。
食後のコーヒーを飲んでいる時、真鈴がぼそりと言った。

「奴を殺せないの?」
「…」

四郎は答えずに黙ってコーヒーを飲んでいる。

「奴を放って置けばこの先、罪のない人が犠牲になるじゃない。」

四郎がコーヒーを飲み終えて俺と真鈴の顔を見た。
そして静かに話し始めた

「殺せない事は無い。
 昨晩言ったように心臓に杭を打ち込む。
 要するに傷を受けて再生する時に邪魔になる異物をそのままにしていれば、杭を抜こうとするのを無理やり止めて刺さったままにしておけばやがて力尽きる。
 これは刃が大きな槍や剣でも刺したままにしておけば有効だ。
 また、首を撥ねる。
 これも切った首をまた傷口に着ければそこから再生して首がつながるが、切断した首を手の届かない所に持ってゆけば力尽きるだろうな。
 まぁ、切った首単体でも噛みついてきたりするから注意が必要だが。
 あとは、大口径の銃弾を続けざまに頭か心臓に撃ち込んで原形を保てないほど破壊するか…われが棺に納めた銃も特注の大口径の物だ、あとは連続した炎で焼き続けるか、硫酸を入れた水槽に落として全身が溶けるまで出てこれないようにするとか…まぁ、殺す事が不可能と言う訳でも無いぞ。
 ただ、戦闘体制に入った悪鬼は人間以上の反射神経持久力耐久力があるから人間を殺すよりもかなり難しいがな。」
「…」
「…」
「何百年も生きている奴であれば息絶えた時に一気に時間の流れが襲ってくるから灰になる。
 しかし、吸血鬼になってあまり時間が経っていない者はさほど崩れないから、われ達が怪しまれないように死体の処理が必要だろう。」
「…」
「…」
「しかし、よほどの不意打ちで無いと相手も殺されたくないから反撃して来て大立ち回りをする羽目になるな。
 見たところこの辺りもそうだが、われが生きていた時代よりも家が密集しすぎている。
 騒ぎになれば人間達もぞろぞろ集まってくるだろうし官憲も呼ぶだろうから、われらの素性もばれる危険が高い。」
「…」
「…」
「われとポール様も悪鬼退治はしたが、それは要するに近辺で事件が起きてわれ達に疑いが及ばないようにするためにだ。
 周りが平和であればわれらも安全と言う事で悪鬼退治をした事は覚えてほしい。」
「…」
「…」

俺は四郎が意外とドライな心である事に少しショックを受けた。
確かに彼は吸血鬼で、人間の道徳観と同じものを持っているなんて勝手に俺が思い込んでいるだけだったのだ。
四郎を復活させてその人生の話を聞き、この世界で生きてゆけるように力を貸している事で俺が四郎と友人になったと勝手に思い込んでいるだけなのだ。
真鈴にしてもそうだと思う。
四郎と俺達は違う種族なのだ。

食事を済ませて会計をして俺達は靴屋のほうに歩き始めた。
四郎によるとどうやら吸血鬼は靴屋から出て四郎が感知できないほど遠くに行ったらしい。
四郎はポールと悪鬼退治の経験を積んだので普通の悪鬼より同族を探し出せる範囲が広い事と己の気配を消して悪鬼に気付かれずに近寄る事が出きるようになったと言う事だ。
ランドクルーザーに乗り、服を買いに行こうと走り出した。
真鈴は後部座席で静かに座っていた。

「真鈴さん、どうしたの?疲れちゃった?」

俺が尋ねると真鈴は顔を上げた。

「四郎さん、もしも、私や彩斗君が悪鬼に襲われそうになったら…助けてくれる?戦ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。」

四郎は即座に答えた。

「本当に?」
「ああ、四郎君と真鈴さんはわれがあのまま朽ち果ててしまうかも知れない所を復活させてもらったからな。
 君達を襲う悪鬼が来たらわれが始末するよ。
 われと君達は、マブダチだからな。」

俺は四郎の言葉を聞いて少しほっとした。

「もしそうなったらお願いしますよ四郎さん。」

俺が言うと四郎は大きく頷いた。

「われに任せろ。
 ところで真鈴さん、服の見立てをお願いするよ。」
「ええ、任せて。」

真鈴の表情が少し和らいだ感じがした。






続く
第19話

スーツは俺が知っている銀座の洋品店でオーダーメイドの物を作ることに決めている。
普段着るものは新宿のデパートで一挙に揃えるのが良いと言う事で車を新宿に向けて走らせた。

靴屋の人出どころでないくらいに沢山の人が充満している新宿の街並みに四郎はかなり圧倒されている様子だった。

「彩斗君、今の日本はこんなに人がいるのか…もっともわれが覚えている日本は下総の田舎の漁村だったからな。
 それにしても凄い人出だな…」
「具合はどう?
 気分が悪くなったら教えてね。」
「わかった。」

俺達は新宿通り沿いのデパートに入り、初めて見るエスカレーターにちょっと戸惑いながら乗った四郎とともに紳士服売り場に行った。
真鈴は店員に頼み、四郎のウエストと着丈を図ってもらった。
ウエストは76センチ、サイズはLが妥当だろうと言う事で真鈴はまずメンズのパンツを数本持ってきてカウンターに置いて靴との相性を考えた末にワンタックスラックスやデニム、カーゴパンツなどを選んだ。
そしてシャツを半袖長袖のポロシャツ、ダンガリーシャツ、リネンシャツ等選んだパンツとコーディネイトして選び、そしてそれらに遭うソックスを何点か選んだ。その間俺は下着を選んで数点づつ買い込んだ。

史郎は真鈴が選んだパンツとシャツを着せ替え着せ替えされてそのたびに真鈴はじっと四郎の姿を見据えて、四郎が倒れそうになる頃、やっと買い物を済ませた。
ほっとした四郎と俺に、真鈴は「ジャケット選ぶよ」と絶望的な宣言をした。
そして真鈴の宣言後40分。
やっと夏向けと春秋用のジャケットを数枚決めて買い物は完了した。
会計を済ませて大きな買い物袋を手にした俺達が店を出ようとした時に真鈴は財布!お財布いるでしょう!と叫んで小物コーナーに小走りに走っていった。
俺と四郎は大きなため息をついて真鈴の後ろ姿を見た。

真鈴は金運が上がるからと渋い黄色の長財布を選んだ。
財布を買い、デパートを出た時にはさすがに俺と四郎、そして真鈴もが肩で息をしていた。

「…もう…帰りたいのだが…」
 
 昨日徹夜をしていた四郎が弱音を吐いた。
 俺も今日一日で買い物と言うものがこんなにきつい事だとしみじみ思い知らされた。

「あとスーツでしょ…」

真鈴は顔をげっそりとさせながらも呟いた。

「そうだね、スーツを揃えれば買い物は完了だな…四郎君、あと少しの我慢だよ…」

四郎はじっと俺と真鈴の顔を見てから、頷いた。

俺達は銀座5丁目にある老舗のテーラーに向かった。
ここは俺が宝くじを当てた時にスーツを数着作った店で腕の確かな職人がいて、接客も丁寧な事で定評がある店だ。

落ち着いた店内に入り、俺達が四郎の為にスーツを頼む事を告げると、古いイギリス風のインテリアで居心地が良いサロンに案内されコーヒーのもてなしを受けた。
これには3人共ほっと一息をついた。

「ここなら、一息付けるな。
 それにわれがポール様のお供で行った仕立て屋の雰囲気がする。
 職人の香りがして心が和むぞ。」
「それを聞いて安心したよ。」

四郎が頷いてコーヒーを一口飲んだ。

「それにコーヒーが良いな。
 すまないが四郎君のところのコーヒーとは段違いにおいしいぞ。」

四郎の言葉に真鈴も頷いた。

「そうね、四郎君のコーヒー、ちゃんとドリップしているようだけど…豆の選択が少しね〜。」


二人の言葉に俺は凹んでしまった。
確かに俺は数か月前まではコーヒーと言えば缶コーヒー。
食事もコンビニ弁当やファミリーレストランか牛丼屋で済ましていた。
味覚が洗練されているなんてお世辞にも言えない。
真鈴はともかく、四郎の食生活は南部アメリカ上流階級の物を多少は食していただろう。
味に関する感受性などいきなり金持ちの端くれ、しかもかなり金持ちの間でも底辺の部類に数か月前に参加した俺なんかは絶対にかなわない。
真鈴にしてもひょっとしたらお金持ちの育ちが良い女性でそれなりに洗練された生活を送っていたかも知れない。
落ち込む俺を見て四郎が慌てて言った。

「でも、四郎が茹でたパスタはなかなか良い茹で加減だったぞ。」
「そうそう、ちょっと塩味強かったけど、まぁまぁおいしかったわよ。」

四郎と真鈴が口々に褒めた。

チーフと呼ばれる初老の男がやって来て、スーツの様式、スタイル、生地の好みなどを聞き取り一旦下がると生地の見本を抱えて戻ってくるとサロンに置いてある大きなテーブルに広げた。
シャツはどうするのか聞かれて、シャツはこの店で選んだ生地に合わせてコーディネートしたい旨告げるとチーフは四郎の体を簡単に採寸してカラーの様式をどうするか尋ねて来た。
さすがに真鈴はこういうタイプの買い物をしたことが無い様でまたもや元気を取り戻し、高揚した顔でチーフとあれこれ話し始めた。
チーフはにこやかに真鈴に対応して結局ワイシャツはレギュラーカラー、ワイドカラー、ボタンダウン、クレリック、ホリゾンタルカラー、四郎が最もなじみ深いウィングカラーの物を数枚ずつホワイト以外にもライトブルーやブラウンの物を持ってきて、そのうち気に入った物を十数枚購入することにした。
とりあえずシャツはこのレディーメードの物にすることにして、そしてそれらに合わせたネクタイも決め、数本購入した。

チーフは改めて四郎の体を念入りに採寸し、スーツは基本的にシングルのスリーピース、ノッチドラベル、バックはセンターベントとし、スタイルはかなりブリティッシュスタイル寄りのアメリカスタイルに決めた。
パンツのすそは四郎のこだわりなのかダブルにして、色は濃いネイビーとスモークが少しだけ入ったブラウンのシャークスキンと無地の物を夏用の薄地の物を1点づつ、スリーシーズン着れる少し厚手の物を1点づつ頼むことにした。
真鈴がカフスとタイピンがいるよと言いだして、さすがに俺達は真鈴の選択に任せると言って椅子から動かなかった。
真鈴はさほど気にせずに小物コーナーに行って、すっかり打ち解けたチーフとあれこれと選んでいた。
スーツは仮縫いの物のフィッティングにもう一度来店の必要があるが、急ぎで1週間で仕上げてくれると言う事でほっとした。
オーダーメイドスーツが出来るまでの間にスーツを着る機会があった時の為に、オーダーメイドスーツと同じスタイルのレディーメイドのスーツを2着買い、裾を直した。
やっと買い物が、長い一日が終わったのだ。
買い物袋がランドクルーザーの荷室に山積みとなった。

「ふ〜、やっと終わったか。
 四郎君も真鈴さんもお疲れ様〜。」
「しかし、あれから別の悪鬼に会わなくて良かったね〜」

真鈴が言うと四郎は苦笑いを浮かべた。

「いや、何人かいたよ。吸血鬼だけじゃなく何種類かの悪鬼が、何人かどころじゃなくてかなりいたな。」
「え…」
「はぁ…」
「奴らはわれに気が付いたものもいれば遠くにいたのでわれを特定できなかった者もいた。
 中には遠くからわれを威嚇する者もいたが、大抵は大してわれに興味を示さなかったが…」
「…」
「…」
「まぁ、あからさまに獲物を横取りしようとしたりこちらが積極的に何かを仕掛けたりしない限りいざこざは起きないと思うがな…それに町の中にあれだけの人間がいたから獲物には困らない。
 君達が悪鬼に出くわす可能性、ましてや悪鬼に襲われる可能性はかなり低いだろう。」
「…」
「…」
「君達もあまり人ごみに出ないように夜の闇は気を付けるように怪しいと思った人間には近づかないように用心すれば、たぶん大丈夫だと思うぞ。」
「…」
「…」



車内は静まり返った。
夕方近くの道路をランドクルーザーは俺のマンションに向かって走っていた。

「…駄目だよ…駄目だよこれじゃ!」

真鈴が突然叫んだ。

「悪鬼を皆殺しは無理として、質の悪い悪鬼で人殺しをするような奴は野放しにしたら駄目だよ!
 彩斗君!まだお金余裕あるでしょ!
 ここに寄ってよ!」

真鈴がスマホを見ながら俺にある店の住所を告げた。

「見殺しって言葉判る?
 こういう事を知った私達が何もしないのは、人を見殺しにすることと同じなのよ!」

真鈴が断固として言い放った。
俺は車を脇に寄せて止めた。
午後も4時30分を回り、そろそろ下校時の学生やサラリーマンOL、子供連れの主婦や老人、作業員、配達員などの様々な人が車の横の歩道を通り過ぎて行く。

俺はその人達を眺めていた。
この人達の命…ごく普通にそれなりに楽しみそれなりに苦しみ生活をしている。
そして何らかの病気や事故や事件災害で命を落とすか大事な人を失うか、また、悪鬼の餌食になる…俺達が、四郎を加えた俺達が動けば少なくとも悪鬼に命を奪われる人は少なくなるだろうか…

「四郎さんがポールさんと質の悪い悪鬼退治をしたのは確かに自分達にあらぬ疑いがかかるのを食い止めるためだったと言う事だけど…あくまで自分の身を守るためだったと言うけれど…だけど何故?
何故ポールさんは最後に自分の農園や農園の人たちを守るためにただ一人戦いを挑んだの?
 なぜポールさんは絶対勝ち目がない戦いにたった一人で…ポールさんには、守るべき大事な人達がいたと言う事よ。
 ポールさんは大勢の人を愛していたのよ!
 きっとあまり良く知らない人でも愛していたのよ!
 自分の命を捨てても守りたいと思ったのよ!
 そしてきっと、きっと知らない人でも理不尽に命を奪われる事を憎んでいたはずよ!」

そこまで言うと真鈴は俯いた。

「四郎さんは私と彩斗君を悪鬼から守ってくれると言った。
 だけど…だけど私達は四郎さんに守られて他の人たちが犠牲になるのを黙って見ていろと…そんな人生を送ったら…自分だけの平安で満足して他の人の災難を眺めているだけの人生を送ったら…」
「…」
「…」
「…魂が地獄に落ちるわよ…」
「…じゃあ…じゃあどうしろと…」
「私達も四郎さんと協力して身の回りだけじゃなくて、少なくとも手が届く範囲の質の悪い悪鬼を始末するのよ!」
「…」
「…」
「そのために私達もある程度の装備を揃えて、悪鬼の知識も蓄えて、悪鬼退治の訓練もして、罪の無い人達の犠牲を減らすのよ。」

俺は真鈴の話を聞きながら歩道を行き交う人達を見ていた。
そして四郎の横顔を見た。
四郎も黙って道行く人達を見ていた。

「…確かに真鈴さんの言う通りかもしれない…けれど、そのためには四郎君の…四郎君も危ない橋を渡る事になるけど…」

四郎がため息をついた。

「やれやれ、勇敢なお嬢さんだな、勇敢すぎるぞ。
 彩斗君もやるつもりになっているようだがな…君達は質の悪い悪鬼の恐ろしさを知らんのだ。」
「…」
「…」
「われがその気になった顔の恐ろしさなどでは済まないくらい恐ろしい物なんだぞ。」
「…」
「…」
「われでさえ、悪鬼退治で死に損ねた事が何度もあるのだ…お二人がどんな準備、装備でやるのか判らんが、返り討ちになって悪鬼の餌食になるのが関の山だ。」
「…」
「…」
「いざその場でやっぱり怖いからと逃げようとしても、その時は完全に手遅れだぞ。
 泣き叫び命の懇願をしながら笑う悪鬼に生きたまま引き裂かれて…死ぬよりも酷い目に遭うだろうな。
 その場を何とか逃げ延びても、一度命を狙われた悪鬼はどこまでも追ってくるぞ。
 そいつを退治しない限り、そいつの息の根を絶たない限り決して安心できないのだ。」
「…」
「…」
「この世には死ぬよりも酷い目に遭う事があるのだ。」
「…」
「…」

押し黙った俺の顔を四郎はじっと見た。
そして後部席に座る真鈴の顔も、四郎はじっと見つめた。
四郎が歩道を歩く人達に顔を向けた。

「われはそんな悪鬼どもを100体近く始末した。
 だから、われが二人についていないと危険この上ないな。」

真鈴が顔を上げ、四郎を見た。

「じゃ…じゃあ四郎さん。」
「われは真鈴さんと彩斗君を守ると約束したぞ。
 どんな時でもだ。」

真鈴の顔がほころび、一筋の涙が流れた。

話は決まった。

「真鈴さん、さっきの住所をもう一度教えてよ。」

俺はカーナビに真鈴の言う住所を入力し、おそらく日本で一番、防犯警護用品が揃っているセキュリティショップに向けて車を走らせた。




第1部終了
第2部開戦編はこちらから↓
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