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アナタが作る物語コミュの【異世界ファンタジー】隙間の旅人 第三話『港町の宿屋』

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 逞しい鳥人の男だ。黒い翼に黒い瞳はカラスだ。今は人型…と、言っても手は翼のように見えるし、頭毛にも羽根が混じっているし、体のあちこちに羽根が生えているし、足も鋭い爪を有していて、鳥の特徴を残している。胸板や肩は筋肉で盛り上がっているが、足や腰周りはかなり細い。
「俺の世界では鳥人や獣人は珍しくないからな」
 そう言いながら笑い、酒を口にした。
 宿屋の女主人は言う。
「シルバさん、この街が気に入りましたか?」
「ああ、気に入ったよ。時間がゆったり流れている気がする」
 黒ダイヤみたいにキラキラ光る瞳も、逞しい男の安堵した表情も、ユラユラ揺れるロッキングチェアも、木製のカップに注がれた咽せ返りそうな匂いを放つ酒も、全てが一枚の絵画のようだった。
「いいえ、それは夜だからです。朝や昼は活気に溢れていて、とてもゆっくりではありませんのよ」
 女主人はクスクス笑いながら返す。
 こちらも絵画に描かれている人物のようだった。木造りの部屋に木造りの家具に囲まれた女主人、濡れたような黒い髪と瞳、やや尖った鼻と厚ぼったい唇は美人とは言えないし、痩せぎすな体に簡素な白いワンピース姿だが、木造りの部屋には妙に似合っている。彼女のような女中が料理を作っている油絵を、幼い頃に美術館で見た記憶がある。
 私とシルバ以外にこの食堂にいるのは、荻原と名乗った若い男だけだ。
「でも、良い所です。東にある港から昇る朝日がとても綺麗なの。赤々と、キラキラと海を光らせて全てを明るく照らすの。
 あなた方は隙間の旅人だから気付いたと思うけど、私も隙間の旅人なのです。色んな世界を旅して回って、この世界のこの町を気に入って、住み着いて、宿屋を開いたの。隙間の旅人が疲れた心と体を癒やせるようにって」
 そう言いながら青白い顔に笑みを浮かべる。満月のような柔らかな笑み。三日月の夜でも、彼女は満月のように笑うのだ。きっと新月の夜でも、雲に月が隠れた夜でも。
「それでこの宿には隙間の旅人が多い訳だ」
「そう、引き寄せられるのね、きっと」
 満月のような笑みのまま、女主人は荻原に返す。荻原も酒を飲んでいる。
「私みたいに住み着く旅人もいるのですよ、この町に」
「おれはまだまだ旅を続けたいかな。放浪生活の方が性に合ってるし、もっと良い所があるんじゃないかって思っちまうんでね」
 荻原が言う事には一理ある、と、言うかそう言って旅を続ける隙間の旅人はかなり多い。
「俺は元の世界に帰るぜ。姫が待ってるんでな」
 シルバはそう言うと、羽根の中から一枚の写真とお守りを取り出す。なるほど、自分のお姫様を自慢したいのか。
「鳥人じゃないの、お姫様は?」
 荻原がシルバとツーショットで写っている女性を見て言う。確かに人間のように見える。いや、人間に擬態しているだけで鳥人なのかも知れないとも思ったが、言わないでおいた。
「ああ、人間だ。エリーナ姫、ただの護衛に過ぎない俺を特別な一人にしてくれた女性だ」
 予想が外れた。それにしても嬉しそうに頬を赤らめて言う男だ。口元もニヤリと形を崩す。
「このお守りもエリーナさんが?」
 女主人はお守りを手に取り、少し眉を動かして聞いた。
「ああ、俺の旅の無事を祈って持たせてくれた」
「そう、良い事…素敵な女性ね。さぁ、明日は朝が早いんでしょう。もうお眠りなさい」
「ああ、そうするよ。あんたが言っていた綺麗な朝陽を眺めながら飛ぶよ」
 そう言うと、シルバはギシッと音を立ててロッキングチェアから立ち上がる。そして、カップの中の酒を飲み干した。
 私はソファの上でもう少しカモミールティーのほろ苦い香りとミルクが混じり合うのを楽しみたいから、そのまま彼を見送った。
 シルバがいなくなると、女主人が重々しく口を開く。
「さて、シルバさんはどうするのかしら…」
 先程のお守りから何かを感じ取ったようだ。

 私はこの宿を訪れるのは二回目、荻原は三回目だと言う(彼とは今回が初対面だが)。
 以前、女主人に教えられた。彼女には残留思念を読み取る能力がある。普段は自分からはあまり使わないが。
 隙間の世界の入り口を開き、隙間の森を通って様々な世界に出入り出来る、その能力の時点で特殊な魔法なのだ。隙間の旅人は魔法や超能力を使えたり、他の人間より簡単な修業で修得できたりする傾向にある。
 彼女は元々残留思念を読み取る力があったし、私もいくつかの簡単な魔法を修得している。荻原はいくつもの魔法道具を持ち歩いていて、本人は使いこなせると言っている。

「何を感じたんですか?」
 私は訊いてみた。
「まぁ、知るべき事ではなかった、とだけ言っておきます。そうですね、もう少し言うと、彼の世界では鳥人や獣人は迫害…とまでは言わなくとも、それなりに社会的に弱い立場にある」
 女主人は切なそうな表情を浮かべながら応えてくれた。
「なるほどな、立場の弱い奴に姫が結婚をちらつかせて、宝を手に入れさせるって訳か」
 荻原が言う。どこか面白そうなにやけた顔は不謹慎だが、それが傍観者としての正しい、少なくとも多数派の顔をしているように思えた。
 ちなみにある宝を探してこの世界にやって来た事は先程シルバが話していた。
「よし、ちょっと見てみようぜ、シルバの世界を」
 そう言うと、シルバの抜け落ちたらしい黒い羽を一枚手に取る。女主人は呆れたような表情で冷めかけたラベンダーティーをすすった。
「さて、君も来るか?」
 そう言いながら荻原は魔法道具の方位磁石に羽を乗せる。その物がどの世界から、その世界のどの辺りから来たかを示してくれる物だ。
「直接行かずに隙間の森から覗いて見てはどうでしょう?」
 私は一応は配慮して言う。荻原に突然出て来られてもシルバの関係者達も困るだろう。
「ま、そうだな」

 ___

 エレーナ姫は人間の男と並んで月を観ていた。
「綺麗ね」
 彼女の月の光りを吸い込んだような白い肌は桜色に染まる。ストロベリーブロンズが闇夜に星のように煌めく。
「本当にあのカラスは君と結婚するつもりなの?」
 男が笑いながら訊く。わずかに侮蔑を含めた微笑みだ。エレーナ姫は少しばかり俯き、首を横に振った。
「まさか。カラスと結婚なんておぞましい。私にはあなたと言う王子様がいる。あんなの単なる口約束よ。宝を持ち帰ったら私の護衛隊の隊長に昇格させてあげるだけで充分な褒美でしょ?」
 エレーナ姫の口元にも侮蔑の笑みが浮かぶ。瞳は冷たく光るだけで笑ってはいない。
 そうして、エレーナ姫は王子にもたれかかり、二人の間には幸せそうな笑い声が溢れ出した。

 ___

 鳥型のシルバは普通のカラスよりかはかなり大きかった。まるでイヌワシだ。
 私は海の上を渡って港の向こうにある宝島に向かうシルバの後ろ姿を二階の窓から眺めていた。
 朝陽が海と空の境界線を赤く染めて行く。海も空も少しずつ明るくなり、黒い影だった町並みに色が足されて行く。
 シルバさん、あなたは宝を手に入れたらきっと、すぐに隙間の世界を通って元の世界に戻るだろう。その時、何を見て、何を感じるのだろう。
 私はそんな事を考えながら、腹が減っている事に気付いた。
 客室を出て、一階の食堂に行けば、女主人が何か朝食を用意してくれているだろう。

 ___

「フラれたみたい…だな」
 落胆した表情のシルバに会ったのは昼食を食べた直後だった。荻原の無神経な声が右耳から入って、左耳から抜けて行く。
「バカみたいだ、俺。エレーナ姫が鳥人なんて相手にする訳ないのに、護衛の一人に隙間の旅人がいたから頼んだだけなのに。あんな宝、この世界では珍しくもなんにもないのに」
 しかしあの鉱石は、触れるだけであなたの世界の医療では救えない病を治す事が出来る。今、あちらの世界ではやっている、エレーナ姫の王子様がかかっている病気を治せる。

 ──愛する人を救うためなら、彼女はシルバさんに甘え、媚び、その気にさせる事に罪悪感なんて覚えなかった。何人もの人も同時に救えて、その名誉だって手に入るけれど、それさえもシルバさんをその気にさせるための材料にしか思えなかった。
 朝食時、女主人は粥を椀に注ぎながら言っていた。

「病気を治せる鉱石を手に入れたエレーナ姫はすぐに王子の元に駆け寄ったよ。鉱石を握らせて、病気が治った彼と何度も抱擁とキスを交わし、喜びの涙を流していた」
 女主人は昼食のスープを温め直し、パンを切り分けながらシルバの話しを聞いていた。
「もうあの世界に戻りたくない。例え誓いが嘘だと分かってしまっても、俺はエレーナ姫を愛してしまった。だから彼女に報復なんて出来ないし、彼女の愛する人を排除もできない。悲しませなくない。だから俺は胸が張り裂けそうに苦しいんだ」
「なら、この町で暮らしますか?」
 女主人は慈しむように微笑みながら、少し焦げ目をつけたパンとスープを差し出す。
「いや、ここは良い所だけど、しばらくは色々な世界や町を渡ってみるつもりだよ」
 シルバは女主人に微笑み返す。ようやく見られた笑顔だ。
「そう、じゃあ、お気を付けて。この宿にはいつまで泊まられるご予定で?」
 私はやりとりをぼんやり眺めている荻原を残し、席を立った。
 夕方まで、町並みを眺めて回ろう。朝、赤く照らされた町が、どんな風に息づいているか知りたいのだ。

 第一話
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 第二話
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