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アナタが作る物語コミュの【異世界ファンタジー】隙間の旅人 第二話『ネオン街のカナリア』

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【旅人】

 崩壊の匂いが微かにする世界だった。
 とは言え、完全な崩壊までまだ何十年もかかるだろう。私の元いた世界は、私が生まれた時にはこの匂いにかなり蝕まれていたから分かる。
 とは言え、あの世界にいた時には気付かなかった。世界を出て初めて、はっきりと認識できる匂いだった。
 こんな風に鼻につくのか。
 多分、この世界でこの匂いに気付いている人間は、ごくわずかだ。

「ああ、神よ! 我らを救えたまえ! ああっ!」
 教会では白いひらひらとしたワンピースを身に纏った女が、長い栗色の髪を振り乱して叫んでいた。いや、祈っていたのだ。女の後ろには両手でようやく数えられるくらいの人数の男達が跪き、手を組んで祈っている。男達は、一人の恰幅の良い老紳士を除くと皆若く、浅黒い肌をして汚れた衣服を着ていた。
 今は夕方と言うにも早い時間だから閑散としているが、ここはネオン街だ。スナックやホストクラブやバーの中で教会だけ妙に浮いている。

 あまり良い気分のする世界ではない。いや、この街だけか…。私はこの世界を早めに立ち去る事と決めた。
 決めた…はずだった。

「隙間の旅人…?」

【ピピネラ】

「隙間の旅人…?」

 祈りを儀式を眺めながら帰宅した時だった。教会の後ろの方で儀式を眺めていた人がそう呟いた。オレの方を見ながら。
 オレはハッとして顔を上げた。
 その人はよく見ると、そう、神経を集中させてよく見て、感じてみると、違和感があった。
 どこか異国の匂いがするような、その人の周りに薄いオレンジ色の空気が漂っているような、不思議な感覚だった。
 その人は、オレを見ながら少し驚いたような表情と、親しみを感じる微笑みを同時に浮かべていた。
 オレは頷く。
「まだ隙間の世界には行った事はないけど、入り口を開く事ならできるよ」
 オレはそう答えると、お遣いの紙袋を抱えてその人から足早に離れた。
 その人はきっと、異世界からやって来た隙間の旅人だ。
 あまり関わらない方が良いかも知れない。

「お帰り。ありがとう、ピピネラ」
 マザーの声が台所からする。
 マザー・ツインク。この教会の責任者にして、身寄りのない子ども達の世話を焼いてくれている人。
 オレが隙間の世界への扉を開く能力を持っている事を知っているただ一人の人物。
「今日もまたジークさんとソフィーはあの儀式をしているのね」
 溜め息交じりにマザーは言う。呆れたような口調だ。
 また、シワが増えたような気がする。それなりに歳は取っているから、オレが小さい頃からシワはあったけど、柔らかなシワではなくて深く刻まれたシワ、まるで何ヶ月も雨が降らずにひび割れた大地を連想させるような刻まれ方だった。ひび割れた大地なんてネットや本でしか見た事はないけれど。
「仕方ないよ、世界を救う使命を背負っているんだもの」
「あんな事じゃ世界は救われない…何で皆、それが分からないのやら」
 マザーはまた溜め息と一緒に吐き出した。
 いや、少数派だと思うけど、分かっている人はいるし、それを言えないだけだ。オレやマザーがそうであるように。
 だって、皆がすがって信じている物が、ジークさんの金儲けのために利用されているだなんて、言える雰囲気じゃないし、ジークさんはやっぱり怖い。
 まだソフィーさんは叫んでいるようで、祈りの声が扉を閉じても聞こえる。

【EJ】

「隙間の旅人様ですね?」
 ジークがその人に話しかけました。その人は頷きます。
「ええ、まぁ、そうです。もしやあなたも?」
 旅人は不審人物でも眺めるようにジークを見つめ、そして一歩、後退るように距離を開きました。本来は心地良く凜としている教会の空気が、ピリピリとしています。
「いえいえ、私は違いますよ。しかし、何となく異世界人が分かるのですよ。いや、失敬。あなた様からすればここが異世界で、我々が異世界人ですよね」
 ジークはにやにやと嫌らしい笑いを浮かべながらも頭を下げます。
「いやはや、お目にかかれて嬉しいのですよ。どうです、一緒に食事でも?」

 教会でのやり取りから一時間後、私達はジークの行き付けの店にやって来ました。
 私のような孤児上がりの工場労働者にはまず来られないような高級なレストランです。私も初めて入店しました。
 本当はまだ開店前だったのですが、ボーイはジークの顔を見るとヘコヘコとしながら店に通し、店長と言う男性がやって来て、またジークにヘコヘコしました。
「旅人様はお酒は飲まれないのですか?」
「ええ、これでも未成年ですので。私の元いた世界の、生まれ育った国での話しですが」
 旅人は酒は注文せず、グラスに入った水に口を付けました。私も同じようにグラスに注がれた水を口にしたのですが、旅人のように自然に口には出来ませんでした。あまりにも自分が場違いな男だと感じたからです。
 薄暗く橙色の照明、柔らかなランプの光り、艶めき過ぎない滑らかなテーブル、しっかりとした弾力の椅子に落ち着かない尻、グランドピアノ…その全てが高級なのだと主張しているようで、いえ、主張せずとも店も、店のインテリアも、働いている者達も、全てが己は高級だと信じて疑っていないような雰囲気を醸し出しています。これがオーラと言う物でしょうか。
 私は何度洗っても汚れが落ちない擦り切れそうな作業着に、履き古した作業靴、ボサボサの髪が気になりました。この場所にはそぐわしくないのに、連れて来られてしまった。
 旅人は白いシャツに茶色いズボンにスニーカー、短く切った髪を軽くセットした実にシンプルな身なりでした。しかも先程のジークとのやり取りを聞く限りではまだ若いようです。私と同じくらいの年頃か、それとも少し年下かも知れないとさえ思いました。
「さ、料理をいただきましょう。ここの名物を作らせましたからね」
 ジークは早速運ばれて来た料理に手を伸ばします。

【旅人】

 さて、どうやって逃げようか。
 いや、逃げる事はとても簡単だ。隙間の入り口を開けば良い。隙間の世界に行ってしまえば、私はその場から煙の如く消えてしまったように見えるようだ。まさにイリュージョンだ。
 問題は、このEJとか言う青年をこの場に残して去るのは、後味が悪い。
 正直、味付けが濃くてあまり美味しくない料理を口にしながら思う。EJはきっと味なんて感じていないだろう。居心地がかなり悪そうだし、薄汚れた仕事着の彼は、ウザったい程の高級アピールの店に気圧されている。
 ジークとか言う恰幅の良い老紳士は、にやつきながら話している。
 この世界が崩壊に向かっていると。安心しろ、あなたが生きている間には崩壊しそうにない(この世界の人間の寿命が、私の元いた世界の人間よりずっと長ければ別だが)。
 自分はそれを止めるために闘っていると。そのために、さっき叫びながら祈っていた女を巫女としていると。安心しろ、そんなやり方じゃ止まらない。
 得意気なジークの話しは続き、あまり美味しくない料理は不味いとすら言える味になって来る。
「おや、お口に合いませんでしたか?」
 ええ、あなたのせいで不味くなった物を食べています。とは言えない。
「いえ、私にはこの店は高級過ぎて。外に出ませんか?」
 そんな嘘を吐いてまで外に出たいのは、EJに助け船を出したいからと言うよりかは、逃げるタイミングを見付けるためだ。
「おや、そうですか。気を遣わせてしまったようで」

 ___

 世界の崩壊を止めるには、鍵が必要だ。その鍵を使えば崩壊の魔物を消し去る事が出来る。
 使い方は、その崩壊の魔物と世界の再構築の仕方によって違う。
 つまり、ケースバイケース。

 私の元いた世界では鍵は見付かったが、誰も使い方なんて知らなかった。だから崩壊した。
 いや、使い方が分かる者の手に渡らなかったと言い直しておく。

 この世界の崩壊を止める鍵は二つあるようで、その二つ共がジークの手にあるようだった。金と権力を使って雇った冒険家に探させたと言う。
 しかしジークもまた、鍵の使い方が分からない。

 ___

「では疲れてますので」
 私はジークに手を振ると立ち去る事にした。
「はぁ、そうですか」
 私は残念そうなジークに作り笑いを向けてから、背を向けた。
 それにしてもネオン街の煌めきは夜だと言うのに、昼間よりも明るい。気持ちが悪くなりそうな程に。
 でもその中を何人もの人々が通り抜けて行く。
 何とも好きになれそうもない光景だ。
「ねぇ、旅人さん。泊まって行く?」
 私が振り返ると、そこにいたのは教会で会った少年だった。

【ピピネラ】

 旅人さんを教会に泊まるように誘ったのは、関わってはいけないと思ったが、少しは興味があったからだ。隙間の森を通って、異世界を旅する事を。
「良いの?」
 旅人さんは柔らかな笑みを浮かべてオレの顔を見る。ピンクや黄色のネオンを背中に受けている。栗色の髪、三日月型に崩れる目、少し薄い唇から白い歯が覗く。
「ああ、マザーには許可を取ってある」
「マザーって?」
「あの教会の責任者。マザー・ツインク」
 教会では、オレみたいな孤児を育てたり、行き場のない老人を世話したりしている事を話した。そして、自己紹介も。いずれもごく簡単にだけど。
「ピピネラは自分が隙間の旅人だって知ってたんだ?」
 黙って、頷く。周りに人がいないようで良かった。

 オレの部屋に旅人さんを通す。
「あら、よくいらっしゃいましたね」
 マザーは愛想良く旅人さんに接した。
「お世話になります」
 旅人さんも愛想良く返していた。こう言うやり取りには慣れているみたいだ。
「嫌な世界でしょう? 崩壊に向かっているみたいだし、それにこんなネオン街…」
 マザーは溜め息交じりに言う。
「大丈夫、崩壊はまだかなり先でしょう。ジークさんが崩壊を止める鍵を持っていますし」
 旅人さんは落ち着き払って言う。
「でもジークさんは鍵の使い方を知らない」
「崩壊するまでには解明するでしょう」
 旅人さんはマザーに諭すように言う。
 でもオレは鍵の使い方を知っている。マザーが知っていたから教えてもらった。オレには絶対に使わないようにと念を押しながら。
 旅人さんは硬いパンとキャベツのスープを美味しそうに食べながら、マザーと話していた。よく煮込んであるからキャベツの甘みがたっぷり出たスープを、旅人さんは美味しそうに飲んでいた。
 そんな時間が流れた。不思議と落ち着く時間だった。まるで、ピースが次々とはまっていくパズルを、紅茶でも飲みながらしている陽だまりの時間のようだった。

 マザーが自室に引き込むと、旅人さんは言った。
「ピピネラはどこかに行きたいとか思う? つまり、異世界を旅したいとか」
 口元は微笑んでいるのに目は笑っていない表情だ。でも、厳しい眼差しではない。
「旅をしてみたい。ここを離れたいって気持ちもある。けど、離れられない」
「そうか」
 旅人さんの声が優しく耳に木霊する。
「旅人さんは元いた世界に戻りたいって思う? ってか、時々は戻ってる?」
 オレは旅人さんの顔色を窺いながら訊いてみた。相変わらず目だけ笑っていない微笑みを浮かべている。なのにとても穏やかだ。
「元いた世界は崩壊したよ。だから戻りたくても戻れない」
 何でそんな事を穏やかなままで言えるのだろうか?
「家族や友達は? 一緒に連れて隙間の世界へ逃げなかったの?」
 オレの両親の顔は分からないから、マザーや教会で一緒に暮らしている孤児や老人達の顔が頭に浮かんだ。
「一緒に逃げようとしたよ。でも、家族も友達も皆、世界の崩壊と共に消える事を選んだ」
 旅人さんは少し寂しそうに目を伏せて一呼吸置く。悲しそうではなく、寂しそうに見えた。
「得体の知れぬ異世界を、頼りない子どもに連れられて彷徨う事よりも、慣れ親しんで愛着のある世界と一緒に終わる事を選んだのさ」
 ああ、これだ。気付いてしまった。オレが嫌なこの世界から旅立たない理由に気付いた。
 オレは嫌ってはいるものの、実は住み慣れたこの世界に愛着があるんだ。

【旅人】

 ピピネラが寝ると私はそっと枕元に腕時計を置いて、物音を立てないように部屋を出た。腕時計は少し前までいた世界で手に入れた魔法道具で、この世界では高い値打ちが付くだろう。値が付かなかったとしても、少年の遊び道具としては充分に役立つだろう。
 ピカピカ、ギラギラと眩しい街に足を踏み出す。酒と貧富の差の匂いが、崩壊の匂いを微かに乗せながら漂っている。
 本当は隙間の世界へ出れば良かったのだが、この崩壊の匂いのする世界の解決策を見付けたかった。
 鍵の使い方が分かれば世界は崩壊しなくとも済む。
 …いや、鍵の使い方を探るのか?
 アホらしい。面倒臭い。よその世界がどうなろうとも、わざわざ関与する必要も義理もない。
 この世界が崩壊してもまた新たな世界が出来上がり、さも始めからそこに存在したように周り続ける。こうして百八つの世界は均衡を保ち続ける。
 そもそもこの世界の崩壊までの猶予はまだかなりあるはずだ。
 私は一瞬でも崩壊を止めようと考えた自分を、嘲った。隙間の世界への入り口を自由に開ける以外はただの人間に過ぎない私ごときが。
 そんな物は、ただの傲慢だ。

「あの…」
 聞き覚えのある若い男の声に振り向く。
 漆黒に星の煌めく夜空を下品な紫色に染めるネオン街を背にEJが立っていた。
「ああ、あんたは…」
「ジークさんの下で働いている…と、言っても、下請けの下請けの町工場でバイトをしているんですけど…」
 さっきの。
「EJさんでしたっけ?」
「はい。隙間の旅人の…」
 名前が出て来ないようなので、私は一応名乗る。
「名前なんて覚える必要もない。すぐにどこかにフラフラと旅立つから」
「はあ…」
 そうだ、深く関わる必要もないし、逆に混乱を招く事にも繋がり兼ねない。
「この世界は崩壊しようとしているんですか?」
「ええ、崩壊の匂いがしますから」
「分かるんですね」
 EJは何が訊きたいのだろう?
「崩壊を防ぐ鍵をジークさんが持っている事、でも使い方を知らない事は聞きましたよね?」
「ええ、そのようで」
 さっきの会食での話しだ。EJもその場にいたのだから知っていて当然だ。
「あなたは使い方をご存知ないんですか?」
「知りません」
 いや、知る手立てならあるかも知れない。
 この世界の人間で、かつ崩壊の匂いを感知出来る者、その者が鍵を手にすれば使い方が分かると訊いた事がある。しかし、隙間の旅人達の間での噂話の域を出ていないから、言うべきではないだろう。
 マザー・ツインクの顔が頭に浮かぶ。
「あの教会での祈りで分かるのでは?」
 私は出来るだけ冷ややかに言った。
「あれは…何の根拠もない事です。ソフィー…巫女の名前ですが、彼女を巫女にして祈りを捧げれば鍵の使い方がいずれ分かるなんて、貢ぎ物や資金を集めるためにジークさんがしているだけで…」
「皆騙されているんですよね。大体見れば分かります」
 私とてその程度の思考はある。
「でもこの世界のほとんどの人はジークさんがやる事ならって、信じてしまうんです。
 分かりますか? この街は三十年前まで、田園地帯でのどかな農村でした」
 話しが長くなりそうだ。
 さて、いつでも隙間の入り口を開いて逃げられるように身構えておこう。
 どうやら歩きながら話すようだ。EJが汚れた靴を引きずりながら紫色の空を見上げ、歩き出す。

【EJ】

 ジークさんもかつては農家の息子で、米や麦を育てる家に生まれました。
 若い頃のジークさんは都会に出て、お金の稼ぎ方を学びました。経営とか資産運用とかです。具体的にそれがどんな物かは私には分かりません。
 そして、三十年前にこの街に戻ると、稼いだお金で土地を買収し、工場と飲み屋街、そこで働く人達のためのアパートなんかを建てまくりました。
 そして、私が生まれる頃には今の街になっていました。
 ジークさんは地味に生きて行くのは嫌いだったようで、この街を発展させ、金を稼ぎ、その金で別の田舎もこの街のように発展させ、次々とネオン街を作り、今や世界有数の金持ちになりました。
 そんな中、十年程前でしょうか、世界の崩壊の匂いが漂って来ました。
 私にはその匂いは分かりません。でも、海外の砂漠のある国を訪れた隙間の旅人が、現地の人達にその事を教えたそうです。その事はインターネットを介して全世界に広まりました。そうしたら、世界中から何人も自分もその匂いが分かる、そう言う人達が現れ始めました。まぁ、そう言う人達はごく少数派なんですけどね。
 その旅人は、世界の崩壊を防ぐためには鍵が必要である事を言い残してから去りました。
 金持ちや各国の政府関係者は金に糸目は付けずに、冒険家を雇って世界中から鍵を探させました。中でめジークさんは冒険家を野党だけではなく、金で雇ったスパイを政府関係者や他の金持ちに仕向け、裏から妨害していました。それ程に熱心だったんです。
 何で私ごときがその事を知っているのかと言うと、ソフィーから聞いたからです。ソフィーは、私の恋人でした。
 ソフィーは私が兵隊に行っている間に、他の男と結婚して子どもを産みましたけどね。
 あるんですよ。この国の男は成人すると、二年兵隊として崩壊の魔物と闘うと言う制度が。四年前に出来上がったばかりですが。
 半年前、私がこの街に帰った時には、赤ん坊が産まれたばかりでした。
 私達は教会で育った孤児でした。
 思春期を迎えた頃からは、アルバイトや学校が休みの日には彼女の作ったランチを食べながら、大人になって結婚したらどんな暮らしをしようか、なんて話しをしていました。
 お祈りの時間や賛美歌の時間には、机の下に隠した手をこっそり繋いでいたりしました。彼女の手はかさついてはいたのですが、柔らかく…

【旅人】

「あの、ソフィーさんとの馴れ初めは良いので…」
 EJを遮る。
 私達はいつの間にか、また教会に戻って来ていた。
「つまりソフィーさんとあなたは恋人だったが、他の男とソフィーさんは結婚して子どもを産んだ、と」
 私は出来るだけEJを傷付けないように、声だけは柔らかさを務めて言った。
「はい。結婚相手は、ジークさんの会社の社員で、私と同じ孤児でした。私より年上だったのでその分、早く兵隊に行きましたけど。実は彼と入れ替わるように私は兵隊に行き、戻った彼とソフィーはすぐに付き合い出したようです」
「それと彼女が巫女をしている事と何の因果関係が?」
 EJは少しだけ寂しそうに、呟くように言うが、正直に言うと段々と面倒になって来た。いつまでこんか愚痴めいた話しに付き合うのだろう、と。
「彼は、とても強い兵隊で、彼を捨てた父親は冒険家でした。彼の父親が鍵の内の一つを見付けたのです。それと重なるように強い兵隊である彼。彼は選ばれた人間として扱われたんです」
「なら、その彼が祈れば良いのでは?」
 EJは伏し目がちになる。私はわざと目を反らすようにする。
「彼は、再び魔物との戦いに駆り出され、深い傷を負いました。そして、ジークさんは言いました。
『彼の分まで魔物と戦い、食い止めるのだ』
『彼の子を産んだ妻が彼の代わりに選ばれし者となる。彼女が祈りを捧げれば鍵の使い方も分かるだろう』
 と」
 何てこじつけだ。と、言うか、どんなサムいジョークだ。苦笑いすら出て来ない。
「こうして男達は安い酒場で盛り上がりながら、勢いに任せてまた戦いに志願し、犠牲者は増える…と」
 私は呆れながら答えを導き出した。正直、導き出したくなんかなかった、こんな答えなら。
「そうです」
 EJは教会の中に入る。静かに、闇に紛れるように。

【ピピネラ】

 マザー・ツインクが寝ている。疲れてるんだ、オレ達孤児や身寄りのない老人の世話に追われて。
 ソフィーさんが産んだヒワが寝ている揺り籠を揺らすEJさん、それを後ろから眺めている旅人さん。
 オレとソフィーさんは、ドアの隙間からそれを眺めていた。
「ピピネラやマザーは炭鉱のカナリアなのよ。毒ガスがいつ発生して充満するか分からない炭鉱では、呼吸器が敏感なカナリアが連れ込まれるの。カナリアがさえずっている間は安全、歌わなくなったり騒ぎ始めたら毒ガスが発生している」
「毒ガスである崩壊の匂いを感じ取れるから、この世界のカナリアなんだね」
 ソフィーさんは話しながら、オレの手に小さな金属を握らせた。
 頭の中に声がするような、文字が浮かび上がるような、不快感を少しだけ伴った感覚が走る。
 それにしても、痩せてかさついた手だ。
「マザーは絶対に教えてくれないけど、ピピネラなら…そう思ったの。ねぇ、危険な方法なの?」
 横に立ったソフィーさんが顔だけオレの方を向いているのを、横目で確認してから頷く。
「そうだな。それと、隙間の旅人の協力が必要だ」
「それってあの人? それともあなた?」
 ソフィーさんが訊く。
「どっちでも良いんだ。でも教えない。オレには出来ないから。したくないから。あの旅人さんもそうじゃないかな?」
「教えなさいよ。じゃなきゃ、あたしが鍵をこっそり持ち出した意味がなくなる。教えてくれなきゃ、あんたが鍵の使い方が分かった事、ジークに言っちゃうから」
 それは困る。だから大人しく白状する。
「そう、分かった。ならあたしとジークで出来そう」

【旅人】

『もしもこの子があなたの子どもだったら、どんなに幸せだろうと思います。
 さようなら、もう会えないけど、あなたが大好きです。きっと、ずっと。
 ソフィー』
 翌日、揺り籠の前で疲れて眠ってしまったEJの手が握り締めていた手紙だ。ソフィーが寝ているEJの手にそっと握らせて立ち去った。

 EJから聞いた話しによると、崩壊の魔物はもっと北西の国の山奥に突如現れ、年々巨大化している、黒い煙をまとった竜のような生き物だと言う。
『臨時ニュースです。崩壊の魔物が未明、突然消えました』
 ふとマザー・ツインクが着けたテレビのニュースがそう告げた。
 黒い煙をまとった竜が、雷鳴と共に消えた。
 上手く行ったみたいだ。

 私は隙間の森に足を踏み入れる。横にはピピネラもいる。
 私達は濃いミルク色の霧の中で踊る光りの群れを見ていた。
「綺麗だけど、不気味だね」
「見馴れれば綺麗にも不気味にも見えなくなる」
「それってあのネオン街みたいに?」
 ピピネラが訊く。
「ピピネラは慣れてるんだね、あのネオン街に」
「旅人さんは綺麗に見えた? 不気味に見えた?」
「遠くから見たら綺麗かも知れないけど、あの中にいるとケバケバしくて不気味に感じるかな」
「ジークさんが居なくなったから、これからはもっと落ち着くかな? EJが言っていたみたいに、昔みたいに豊かな自然を取り戻せるかな?」
「さあ? それは何年も経ってみたいと分からないな。EJもその自然が豊だった頃を見た事がある訳ではないみたいだし」
 ピピネラは少しだけ俯き、目を閉じて、深く息を吸って吐いた。そして目を開いて顔を上げる。
「しかし、簡単にソフィーさんの口車に乗ったね、ジークさん」
「きっと世界を救ったヒーローになれば、もっと地位やお金が手に入ると思ったんだろうね。ソフィーさんと二人でヒーローになったけどね」
 苦笑いがようやく出る。
「百年か…長いね」
「仕方ない、そう言う仕組みなんだから」
「でも、隙間の森は時間とか空間とか捻れてたり壊れてたりするから、感じ方としては千年にも一万年にもなるんでしょ」
 それはさっきピピネラに教えた。だから、隙間の森の霧には取り込まれてはいけない、と。
「そうだよ。その中にジークさんもソフィーさんもいる。
 それはそうと、よく世界を抜け出る気になったね、崩壊の危機は去ったのに」
「知りたくなったんだ、外の世界を。色々な世界を旅して回って、たまに生まれ故郷の世界に戻ってもあの街には戻らない。別の村や国を歩きたい。そこから珍しい土産と手紙でも送るよ」

コメント(2)

 ピピネラはまだ幼さを感じさせる瞳に強い光りを灯しているように見えた。ネオンの光りとは違い、優しくて暖かくて、なのにどこか頼りない。
「そうか。それでは気を付けて」
 私はピピネラに手を振った。彼ははにかむように笑い、手を振り返してくれた。その華奢な手には私があげた腕時計が光っている。

 _____

 さて、何がどうなったのかを説明しよう。

 ソフィーが持ち出した鍵を握らされたピピネラが感じ取った鍵の使い方は以下の通りだ。
 その世界で生まれた者が鍵を持ち、隙間の森の霧の中から伸びる手を握る。そうすれば崩壊の魔物は消滅する。

 もう少し説明すると、隙間の森は隙間の世界の大部分を占める部分で、濃いミルク色の霧が立ち込めている。その霧の中には隙間の森に捕らわれた者達が変化した人魂のような、蛍火のような、色取り取りな光り玉達が踊っている。そして時折、霧からはふっくらと、そしてしっとりとした柔らかそうな青白い手が招くように伸びて来る。その手を掴むと隙間の森に捕らわれて、光りの玉に変えられて百年もの間、苦痛を味わう事になるのだ。その苦痛を少しでも紛らわせるために光りの玉達は踊っている。

 ソフィーはジークを呼び出し、使い方を教えた。
 もちろん、ジークは隙間の森に取り込まれたらどうなるかは知っていた。
「まあ、鍵を使うのだし、取り込まれる事はないでしょう。私とソフィーで行きますよ」
 そう言うと、私に隙間の世界への入り口を開けさせて、鍵を手に中に入って行った。そして、霧から伸びる手を掴み、森に取り込まれて光りの玉になった。
「やはり助かる訳ではないのね」
 ソフィーはそう言うと、私とピピネラに微笑みかけ、鍵を手にして霧から伸びる手を掴んだ。
 第一話
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