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アナタが作る物語コミュの【青春活劇】中二病疾患 第二十六話後編『春風が吹いた時(リメイク版)』

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 リュウが商店街に戻ってから半月が過ぎた。
『やっほー、元気ぃ?』
 携帯が鳴ったので出て見ると、相手はコガラシだった。
「元気元気。つーか、電話はかけられるの?」
『まあね。そっちからは繋がらないけど、こっちからなら繋がるの』
 何だ、その一方的な関係は。
 ちなみにコガラシは異世界の雪女と魔女っ娘のハイブリッドで、美人でツンデレで何気に巨乳で、時々計算っぽい可愛らしさを披露する。
「砂の件、分かった?」
『うん、あれはやっぱりやり直しの砂時計の物だよ。健の目の前に現れたって事は、やり直される前の時間では健はその事に関わっていたって事かもね』
「誰が? 何のために?」
『さあ? あんたが関わっているからって、それがあんたの周りの人の仕業かどうかなんて分からない。基本的に、やり直しの砂時計は時間を完全に巻き戻して、巻き戻された分の時間は消失しちゃうから。とは言え、時間にも修復力があるからやり直された一部を除いては同じ道を辿る事になるし、どう足掻いても何も変わらない時だってある』
「何だそれ? 訳分かんねー」
 脳が沸騰しそうだ。
『あたしもよく分からないよ。ただ、そんな道具だって事。でもさ、あんたの前に砂が現れたって事は、あんたが元の時間の記憶を思い出そうとしてるって事みたい。おばあちゃんが言うには。何か思い出せそう?』
「そう言えば最近、たまに姉ちゃんから暴力を振るわれた事そのものが他人事っつーか、自分の身に起きた事じゃないみたいな時がある。ずっと仲が良いままみたいな感覚でさ。でも現実に、未だにトラウマなんだよね」
『他には?』
「時々、リュウがいる事が不思議な気がするんだ。いや、いてくれて嬉しいと言うか。昨日も酒屋のじいちゃんの手伝いで重いビールケース持ち上げてたのに。もし誰かがやり直したんだとしたら、俺がそれまでいた時間ではリュウはいなくなってたんだ、きっと」
『そっか。いい線いってるかもね。ま、やり直しが行われる前の事なんて気にしても仕方ないかもね。もうその時間は消失しちゃったんだから』
 割りと呆気ない事を言う。
「じゃ、俺はこれから学校だから」
 急いで電話を切る。時間的にはギリギリ、委員長が部屋まで迎えに来る頃だ。俺は慌ててブレザーを羽織ると、部屋を飛び出した。

「おはよう」
 俺はアキに声をかけた。
「おう」
 アキは相変わらず野太い声で返して来る。
「おはよう」
 マサが和やかに言う。今朝もサッカーの練習をしていたのか、溌剌としている。良い顔だ。ぶっきらぼうな受け答えしか出来なかったあのマサが…。
「おはよう」
 ヒロは…いつも通り、ブレザー越しでもはっきりと分かる新川さんのデカい胸を見ながら声をかけて来る。そして、胸に目が行き過ぎていたせいで足元がおぼつかなくなり、転んだ。こんなエロくてダメな奴だっただなんて…。
 本当に、人はどう変わるか分からない。
「タケちゃん、なーににやけてるの?」
 委員長のからかうような声。
「別にぃ」
 俺は口角が自然に上がるのを感じながら返した。
「どうせ新川さんの黒レース下着の姿を想像…」
 ヒロが最低な事を言ってしまい、赤面した新川さんが睨みながら、いつから持っていたのか分からない煉瓦を片手で握り潰した。
「ひっ…」
 ヒロは少し肩を震わせた。
「それはお前だ」
 マサがヒロの頬を軽くつねりながら言う。俺もそう思う。
「いや、何かさ、今、俺が生きてる世界って素晴らしいなって思って…ん?」
 委員長が引きつった笑いを浮かべ、アキもマサもヒロも心配そうに俺を見ている。
「もうすぐ三年生なのに、ここで中二病が悪化したか…」
 アキが残念そうに言う。
「中二病ちゃうわ!」
 俺はそう言ったが、周囲は意外と生暖かい反応しかしない。こう、いっそまとわりつく蒸し暑さの方がまだマシな感じの…。
「熱、あるんじゃん?」
 ヒロが言う。エロで最近ずっとヒートアップしているヒロに言われるとは…。
「保健委員を呼んで保健室に連れてってもらおう」
 と、マサ。って、保健委員は俺だ!
「もう良い」
 やっぱ似合わないセリフは言うべきではない。俺はわずかにうなだれた。

 ___

 私は思い出していました。砂時計の精霊に見せられた恥ずかしい過ぎるやり直し前の私の姿を…。
 世界一のモテ子って…。穴があったら入りたいくらいです。雨の町を悲しみにくれながら徘徊するとか、最悪です。
 しかも、リュウちゃんと恋愛関係にあったとか、嘔吐下痢になって内臓が丸ごと口と肛門から出てしまいそうなくらい気分が悪いです。更にアホな男子三人に惚れられるとか…そんなの気色悪過ぎます!
「どうしたよ、花。便秘?」
「いや、快便だった。見事なバナナ状で…」
「それ、あたしのネター!」
 憂鬱な精神状態で帰るなり、春休みが近いから学校が早く終わるとかで、家でグダグダしている妹の咲に言われました。つーか、あんた持ちネタあったんかい…。そもそもあんた、尻を拭くのが下手でたまにパンツ穿かないじゃん…。
「どうしたの? 悩み?」
「いや、別に。何かムシャクシャするからさ」
 なので、取り敢えず咲をボコって窓から放り出しました。

「こんにちは」
 私は喫茶店の前ではじめちゃんのご両親と直人くんにすれ違いました。
 やり直し前の時間では離婚して喫茶店にはじめちゃんを預けたものの、はじめちゃんを第一に考えて毎月仲良く面会していたご両親です。直人くんは、お父さんとはじめちゃんのお母さんが再婚しなかったせいで少し寂しい思いをしていたみたいで、はじめちゃんには冷たかった様子です。
 この時間とは思い切り逆です。
 自分勝手に不倫して離婚、はじめちゃんを喫茶店に預けてさっさと自分達は再婚すると、義務で定期的に会うものの、今の家庭優先ではじめちゃんは疎外感バンバン、しかも再婚相手に逃げられたので肉体的な寂しさを産めるために元サヤ、凄いご夫婦です。逆に寂しい思いをしたはじめちゃんが直人くんを拒絶していましたし。
 でも、今では少しははじめちゃんも軟化したのか、ツンデレ程度で済んでます(本人は事実を否定していますが)。
「直人くんはもう春休み?」
「うん、今日なら。だから遊びに来ちゃった」
 背が高く、よく見るとちょっと良い男なのに、頼りなさげな雰囲気とヘラヘラした表情のせいでそうは見えない直人くんが、言いました。
「はじめはまだ学校?」
 おばさんが訊きました。
「はい、学年末の清掃の事で色々話し合いとか準備とか」
 はじめちゃんは清掃委員です。ギャルギャルしい見た目とは裏腹に業務に対してはストイックな立野さんと、真面目な好少年風の見た目とは裏腹に業務をサボりがちなはじめちゃんです。今頃は立野さんに怒られながら、でも男子が近付くと緊張のせいで回ってしまう立野さんを軽くあしらいながら、殺伐とした雰囲気を作っている事でしょう。
 あー、もう…誰が後で謝ると…。
「そっか。じゃ水沢さん、またね。三月いっぱいはよろしく」
 直人くんはちゃっかりと言いいながらニコニコ笑いました。私に何をよろしくしろと…? まさか面倒見てくれとでも?

「あれ? 和也はまだ?」
 声に振り向くと、書店のおばあさんとカズちゃんの姉、トモ姉がいました。トモ姉は制服のままなので、帰宅したばかりなのでしょう。
「部活だと思います。次は三年生だし」
 私は無難に返しました。
「そう。あいつも中々辞めないし、割りと根性はあるんだねぇ」
 トモ姉はしみじみと言いながら、最近は伸ばしている髪をクルクルと指に巻き付けました。
「ま、サッカーだけじゃなくて、勉強も頑張ってくれなきゃ困るけどね」
 おばあさんが言います。私もトモ姉と一緒に頷きます。
「で、噂の桃井ちゃんとはどうな訳? 三年に上がったら二人で図書委員になれるように仕向けておいてよ」
 と、おばあさん。
 ちなみに桃井さんとカズちゃんの恋愛事情をおばあさんに話したのはトモ姉です。桃井さんとカズちゃんは好き同士ですが、お互いにもう少し大人になるまで正式に付き合う事はしないように、そう約束してしまったので進展は中々ありません。意外と真面目です。
 トモ姉はその事を知りつつも、桃井さんに逃げられる前に進展させたいようです。自分の事ではありませんが、余計なお世話です。
 そのトモ姉も、幼少期にカズちゃんのサッカーの相手をしている内に自分もサッカー好きになり、いつしかサッカーはカズちゃんより上手くなり、中学はサッカー部がある私立の女子校を目指していました。でも、カズちゃんのお父さんがリストラされて経済的な理由から受験できなくなり、中学は私達も通っている藻茶北二中に進みました。そこで男子しかいないサッカー部のジャーマネをしながら女子サッカー部の設立を目指しましたが、現実は中々厳しく、実現はしませんでした。今は市内の公立の中でも偏差値が高い高校に通いながら、主婦や学生を集めてフットサルチームを組織しています。素晴らしい行動力です。
 ただ、中学生の頃には、受験できなかったショックで少し荒れていて、カズちゃんにキツく当たっていた時期もありました。
 ちなみにやり直し前の時間では、無事、中学受験で合格し、サッカー部で活躍していました。そちらではカズちゃんとの仲はずっと良好です。
「ま、どの委員会を選ぶとか、やるやらないは個人の自由ですから」
 私は曖昧な作り笑いを浮かべて答えました。

「よう、花ちゃん。うちのリュウはまだ帰らないの?」
 リュウちゃんのおじいさんまで…。男子四人(『アホども』とふりがなを振って下さい)はそうだと思っているかも知れませんが、私はあの子達のマネージャー兼ボディーガードではありません。
「部活に参加するとかほざ…言ってましたよ」
 確かリュウちゃんはバトミントン部…だったはずです。一年の一学期まではまともに出ていましたが、グレてからほとんど出ていないはずです。雑務や走り込みから真面目にやると言っていましたが、どうなる事やら…。
「学校の事ならしゃあないか。じゃ、このビールのケースは強志に運ばせよう」
 強志さんとは商店街のご用聞きのお兄さんです。ちなみに私のクラスの田村くんの異母兄で、タケちゃんのお姉さんのアヤ姉とは婚約関係にあります。
 それにしても、リュウちゃんはやり直しの前の時間では、グレる事もなく、少々ガサツですが頼れるリーダーでした。でも、リュウちゃんのお母さんの恋人に殺されてしまったのです。
 脇坂さんの話しによるとこうでした。
 恋人さんは小中学生時代にいじめに遭った経験から、学校に題して良く思っておらず、学校に通いたがるリュウちゃんを気に入りませんでした。なので、度々リュウちゃんに暴力を振るっていました。ここまではこっちの時間と同じです。
 それでもグレなかったリュウちゃんは、学校に行くなと主張する恋人さんと口論になり、取っ組み合いになり、組み敷きましたが、隠し持っていたナイフで刺されて死んでしまいました。
 そして、いくつもの犠牲を払って、今、そのやり直しは完了したのです。
 リュウちゃんを連れ戻しに遠久市にタケちゃん達が行ったあの日の午前十一時四十二分、やり直し前の時間ではリュウちゃんが刺された時間でした。見事にそれは回避されました。
 なので、リュウちゃんは今、生きています。

 ___

 三者面談の日は雨が降った。雨の日は嫌いじゃないけど、水たまりに右足を突っ込んでしまったため気持ち悪い。靴下を脱いで濡れたスニーカーを履いているのだから、きっと危険な臭いもするだろう。どうして俺はこう抜けてるんだろう…。
 灰田先生には、好きな事を一生懸命やるのは良い事だが、周囲にもちゃんと注意をするように念を押された。もうすぐ義務教育最後の一年なのだから、とまで。
 取り敢えず面談を終え、お母さんには行きたい所があるからとだけ言って、学校で別れた。
「タケちゃん、どこ行くの?」
 その声に振り向くと、毎度お馴染みの委員長がそこにいた。
「病院」
 ニカッと葉山スマイルで答えてやる。
「今日、病院の日じゃないでしょ」
「俺のは来週。お見舞い」
 俺は一応ADHDとか言う発達障害があるから、定期的に通っている。
「誰の?」
「女性だ。とても素敵な年上の人」
 委員長は溜め息を吐いて、クスリと笑った。呆れている…のか?
「私も一緒に行って良い?」
 断る理由はなかった。
「良いよ」

 ___

「タケちゃん、気付いてるでしょ」
「うん、この世界は一度やり直された世界だ。時間を巻き戻して、修正を加えられている」
 私の質問にタケちゃんは素直に返してくれました。
「昨日の夜さ、夢に見たんだ。そこではリュウが死んでいる世界で…まぁ、色々と恥ずかしくて言えない事があった」
 タケちゃんはガックリとうな垂れて言いました。恥ずかしい事については私も…。
「何でよりによって委員長に…」
 そりゃあ悪うございました。私もあんな汚点まみれの時間は嫌です。
「知ってるんだろ、本当は」
 タケちゃんに訊かれたので、まあね、と返しておきます。
「脇坂さんから聞いた。色々と見せてももらった。タケちゃん、これから言う事、信じられる?」
「やり直しの砂時計の事? コガラシから聞いてるから少しは知ってる。つーか、ビーリアルクレヨンまで使った奴に信じられるかどうか訊く?」
 そうでした。タケちゃんもそこまで頭の悪い子でもありませんでした。
「使ったのはリュウのばあちゃ…脇坂さんだろ?」
「そう。どこまで知ってる?」
「リュウが死んじゃってるとこまで。後、俺やはじめやカズの家庭の事情もそんなには酷くなってない」
 そう言いながらタケちゃんは、すっかり晴れて水色になった空を見上げます。最近のタケちゃんは掴みどころがなく、どこまで何を知っているか分かりません。コミタの件もありますし。
 かく言う私も、砂時計の精霊に見せられたダイジェスト版のやり直し前の世界しか知りませんが。
「脇坂さんに会ってどうするつもり?」
 私は訊いてみました。
「どうもしないよ。単に会いたくなっただけ。今の時間の中なら、俺は孫の命を救った恩人だろ? デカいツラして会いに行けるんだな」
 ま、間違ってはいない気もしますが。
「そうこう言っている間に着いたよ、病院。委員長はどうする?」
 私は…。
「行くに決まってるじゃん。でも、どんな真実が待っていても知らないからね」
 タケちゃんは私の心配をよそに、ニカッと笑うと親指を立てて見せました。余計に心配になる気がしましすが、突っ込むのが非常に面倒臭いです。

「あれ? 花にタケ?」
 そらっとぼけた声を上げて出迎えてくれたのはリュウちゃんでした。そして、その向こうで穏やかな笑みを浮かべている脇坂さん。
 リュウちゃんは泥汚れが着いた体操着と言う、衛生面でお見舞いには相応しくない装いで、更にボサボサ頭やカットバンだらけの脚や腕は白で統一された病室には死ぬほど似合いません。
「あんた、何でいるの?」
 と、つい口をついて出たくらいです。
「いや、孫だから。お前らこそ何で…」
「単なるお見舞いだよ」
 そう言いながらタケちゃんは勝手にお見舞いのカステラをはぐはぐと食べ始めました。
 ああ、この子も病室には似合いません。片足は裸足に濡れたままのスニーカーだし。
「で、単刀直入に訊くんですけど、やり直しの砂時計って何ですか?」
 いきなり過ぎるタケちゃんの質問に、私の頭にはタライが落ちてぐわーんと音を立て、リュウちゃんはキョトンとして首をかしげ、脇坂さんは吹き出しそうになるのを堪えていました。
「なんだよ、そのやり直しの古時計って…」
 私の頭の中で、松崎ナオと平井堅がデュエットで『大きな古時計』を歌い出しました。
「砂時計、やり残しの砂時計ね」
 私は一応訂正しておきましたが、リュウちゃんは話しが掴めないのか、未だに首を傾げたり、頭の上に?マークを浮かべたりしていました。当然でしょう。
「分かった。健くんにも話すよ」
 脇坂さんはクスクス笑いながら答えました。タケちゃんはカステラの食べカスを拭きながら、満足そうに頷きます。
「龍太郎は…」
 脇坂さんは少し迷っているようです。
 迷う必要なんてないのに。
 リュウちゃんが生きるために何人もの人達が犠牲になっただなんて、残酷です。
「そう…ね。龍太郎にも聞いて欲しい」
「いや、リュウは聞くべきではありません。俺が知りたいだけの事ですから」
 タケちゃんはきっぱりと突っぱねました。
「でも…」
「そうだな」
 まだ迷っている顔をしている脇坂さんに、リュウちゃんは言いました。
「おれもさっさと帰って酒屋を手伝わんといけないんだ。じゃあな、ばあちゃん」
 リュウちゃんはそう言うと、軽く手を上げて病室から出ました。
「あ、そうそう」
 病室の扉を開けて、廊下へと一歩踏み出したリュウちゃんが振り向きます。
「おれ、もう大丈夫だから」
 そう言いながら脇坂さんに笑いかけました。

 ___

【鈴木イセ子】

 私の名前は鈴木イセ子、またの名をカギボウ。
 なぜカギボウかって? そりゃあ手芸が得意で、中でも編み物は右に出る者がいないくらいだからだよ。あくまでも学生時代の仲間内での話しだけどね。
 商店街のオバーチャンズの構成メンバーだ。

 私の息子の昌也が失業したのはもう五年も前の事だった。十二歳と九歳の子どもを抱えて、勤め先の工場を放り出された。経営破綻だった。
 なぜ工場を経営していた会社が潰れたのかと言うと、理由は怒りを通り越して失笑してしまうようなものだった。
 社長の娘で何とか取締役だった女が、会社の金をホスト通いに注ぎ込んだからだ。社長は娘を溺愛しており、また、娘もかなり本気でホストと結婚するつもりだったので、それらの使い込みは黙認され、ついに会社は経営難から潰れる事がめでたく決まった。
 それでも社長と経営陣(娘を除く)、従業員達は必死に立て直しを計り、皆過労状態に陥っていた。
 つまり、昌也はボロボロになって使い捨てられたのだった。
 若子さん(昌也の妻の名だ)も働いてはいたものの、やはり同じ生活水準を保つ事は難しかった。孫の仁萌は中学受験を諦め、息子一家は私と夫が営む書店に一緒に住む事になった。

 孫の仁萌は明朗快活な女の子だったが、中学受験を諦めなければならなくなったショックから荒れていた。
 当然だろう。大好きだったサッカーを部活で続けるために、戸成市にある私立の女子大附属の受験を目指していたのだから。その将来サッカーを続けるために、少しの間、自分だって所属していたクラブチームを辞めたのだから。藻茶市内で中学生以上の女子サッカーのクラブチームができたのは去年の事で、当時はなかった。
 そんなこんなで、せめて弟の和也にだけはサッカーを続けさせてやろうと、昌也も若子さんも考えてた。
 それがいけなかった。サッカーを諦めてしまった仁萌の神経を逆なでした。両親は出来の悪い弟ばかり可愛がり、勉強もスポーツも上位の私はいつも放置、と上の子にありがちな不満を抱くようになった。
 そこからは家庭内地獄の始まりさ。
 まず、私も主人も若子さんに対しては何の悪い印象もなく、若子さんも私達には良くしてくれていた。ただ、若子さんは良い嫁でいようと頑張り過ぎたり、失業した昌也を気遣ったり、受験を諦めた仁萌を思いやったり、何かと大変だった。だから、若子さんは精神的に追い詰められた。
 昌也は過労の上にリストラと言うぼろ雑巾状態になり、更に再就職も思うように行かず、こちらも精神的に追い込まれていた。
 こうして息子夫婦は和也には目が届かなくなっていた。
 だから、仁萌が和也に八つ当たりするようになって、和也が日に日に元気をなくしていっても気に留める余裕はなかった。サッカーは続けてるし、大丈夫だろうと。
 で、そんな和也を、和菓子屋の花ちゃんと酒屋のリュウちゃんが助けてくれるんだけど、それは第十七話でも読んでくれれば分かると思う。

 ………

「ただいま」
 和也が帰って来た。一応制服には着替えているが、服の下は泥だらけになってそうだ。
「部活だった?」
 仁萌が訊く。
「うん、俺も三年生になるし、色々と大変なんだ」
 と、えへへ♡と笑いながら答える。
「ま、私からは偉そうな事は言えないけど、やるんだったら最大限の努力はしなさいよ」
 仁萌に言われ、和也は笑っていた口元を引き締めて頷く。
「ま、部活だけが学生生活じゃない。こっから先はガチで私が言える事じゃないけど、気になる女の子がいるんならさっさと付き合っちゃいな。お互いにもう少し大人になるまでなんてほざいてたら、いつ逃げられるか…」
 和也の顔が見る見る赤くなって行く。
「ちょっと待って、お姉ちゃん! 何をどこまで知って…」
「あんたが桃井ちゃんって、小柄で地味だけど男ウケの良さそうな子に告って、フラれたけどフラグは立てて、実は両想いな雰囲気を醸し出してた辺りから…」
「わぁ! 何で見てたんだよ! って、人の事より、自分もさっさと彼氏作れよ!」
「私も男が欲しいわ! でもボロが出て、付き合う前に離れて行くか、兄貴分か俺達の仲間みたいになるんだよ! あんたが妹分か男子として認識されない奴にならないように心配してるの!」
「余計なお世話じゃ、ボケェーッ!」
 店の中で姉弟ゲンカを始められては困るので、取り敢えず紐を引いて二人にタライを落としておこう。
 私は孫達の頭にぐわーんと音を立てて落ちるタライを見ながら、これもこれでアリかな、と思った。

【森直人】

「げ…お前、来てたのかよ」
 はじめくんが帰って来るなり、俺に吐き捨てた言葉だ。
 俺が来る事くらい知ってたはずだけど…。
 パパもママも呆れ顔だ。
 同い年だが誕生日の都合上、俺より年上で兄に当たるはじめくん。でも体は俺の方が大きいし、顔立ちははじめくんの方が幼く見えるし、誰もが兄弟だといえば、俺が兄ではじめくんが弟だと思うだろう。
 ちなみにはじめくんのパパとママは何年か前に離婚している。俺の父親とはじめくんのママが再婚して、父親はよそに女性を作ってバックレた。同じ頃、再婚相手が男と逃げたので独り身になったパパとママは再々婚を果たした。
 こうして俺は血の繋がりはない他人と親子、兄弟になった。
 我ながら非常識な家族だと思う。でも、その非常識な優しさに救われた、とも思う。
 パパもママも俺には優しくしてくれたし。
 でも変なところで常識的なパパとママだ。俺が疎外感を感じないように、はじめくんには少しの突き放したような態度を取る。だからだろうか、はじめくんはパパとママにも、俺にも拒絶的な態度を取っていた。
 気持ちは分かる。俺だって同じ立場になったら、きっと同じように拒絶してしまうだろう。
 ま、それでも俺ははじめくんを拒絶するような真似はしたくなかった。だってそうだろ? 自分だって何かこう、歯車が違ったらとか、ボタンをかけ違えたらとか、そう言った何か小さなタイミングとか出来事で、はじめくんみたいになっていた可能性はあったのだから。

 ………

 自分に正直な恋をしなくちゃ。

 ずっと頭にこびり付いて離れない言葉だ。
 父親の日記に書いてあった。
 この言葉は古びたノートから見付けた。

 十一月から寮生活を始めた俺は、冬休み前日の時点では、まだ引っ越しの段ボールもまだ片付いていなかった。
 どうせ読まなくなった漫画やもう使わない参考書だ。急ぐ必要もない。でも、いつまでも放って置くのもだらしないかな。
 俺は捨てる物と残す物を整理すべく、段ボール箱を開いた。
 ほとんどは捨てる物として扱った。保存状態が悪いからブックオフに売ってもロクな小遣いにもならない。
 そんな事を思っていると、一際古い、見覚えのないノートが目に入った。
 日付けらしき文字が書いてあって、俺が小三の二月から小四の五月までである事が分かった。
 パラパラとめくって見ると、走り書きしたような父親の字で綴られた日記だった。
 こんな物を付けていたのか。
 俺はちょうどはじめくんの両親が離婚した頃だな、と思い、読み始めた。

コメント(6)

 内容としては、いかにママが自分に惚れているかと言う内容で、正直ヘドが出た。
 俺の中では少し厳しかったけど、女を作って逃げた以外は良心的な父親だった。それがこんな勘違いモテ男だっただなんて。ママが惚れていたのは知っていたが、だからこそ、ママもママだと思った。
 離婚が正式に受理された時、ママはパパに言った。その日記に書かれていた文章をそのまま書く事とする。
『央惠の離婚が正式に決定した。喜ばしい。
 央惠は自分の恋心に正直に生きたのだと言っていた。だから、前夫より僕を選んだのだ。
 数年前、仕事で訪れた戸成市の駅前で、女性の声で聞こえたのだと言う。
 自分に正直な恋をしなくちゃ、と。
 その言葉は、その当時、ひっそりと交際を始めたばかりの僕らの関係を問い質すように央惠の胸に突き刺さったと言う。
 その時から央惠は前夫との離婚を考え、僕との結婚に向かっていたのだと言う。
 どう言う脈絡かは分からないが、そう言ってくれた女性に感謝したい』
 何て親だと思った。
 その時、俺の頭にははじめくんの寂しそうな瞳と強がった表情が浮かんだ。
 そうか、はじめくんは少なくともママ、最悪パパとの二人のワガママに振り回されてしまったんだ。
 そりゃ、あんなにひねくれた態度も取る訳だよ。
 そして、いや、だから、俺は決意した。出来る限り、俺ははじめくんの味方でいてあげようと。

 ………

 とは言え、正直甘やかすには面倒臭いはじめくんだ。うん、正直、ガチで兄弟だったら、一緒に暮らしていたら、鬱になってしまうような子だ。
 今だって。
「ごちそう様」
 喫茶店のクリームパスタをガツガツと食べ終えると、僕には不満そうな顔を向け、パパとママの方は見ようともせずに、さっさと自室に引きこもり出した。見た目とは裏腹に相当可愛くない。
 それでも俺はツンデレだと信じて疑わない『ちょっと鈍くて純情な奴』を演じている。
「ナオくん、一緒に部屋に行ってあげて」
 最近になってはじめくんの態度に問題があると思い出したママが、そっと耳打ちする。
「ま、兄弟なんだし、仲良くしてやってくれ」
 完全に俺に投げ出しているパパまでそんな事を言う。
 とは言え、森家の本当のお坊ちゃんははじめくんなのだ。それに、知らなかったとは言え、はじめくんの幼少期の寂しい思いには、俺だって関わっていた負い目がある。
 最近は少しだけど軟化しただろ、なんて自分に言い聞かせて二階へと上がる。最悪、お隣りの理髪店の葉山くんに部屋を経由させてもらう。
「待ってよ、はじめくん」
 階段に足をかけると、登り終えた所で振り向くはじめくんがいた。きっと不機嫌そうな顔を作っているだろう。
 まあ良い。面倒臭い子に付き合うのも、最近はそんなに嫌いじゃないんだ。

【向井千春】

 ようやくお昼休憩になった。
 つ…疲れる。
 ただでさえ普段の業務に追われて大変なのに、三者面談までしなくてはならない。本当に疲れる。
 夏休みからグレ始めた三人、特に渡部新太郎があれだけ問題児だったとは思わなかった。
 それに、一年前にこの学校に配属されてから、本当に気苦労が絶えなかった。
 ここ、藻茶北二中では五年前に自分の娘がいじめの主犯になった事があるのだ。
 その時の担任と同じ職場だわ、いじめのターゲットの子の弟がいるわで、居心地が悪くなった。そのせいか、シワが増えたような気がするし、化粧乗りは明らかに悪くなったし、抜け毛も増えた。
 昨日はその元担任の桜井先生と弟の葉山くんによる、とても言えないような内容のギャグのせいで酷い目に遭った。そこに渡部くんがひょっこりやって来て、更に絶望的な不幸が襲って来た。
 私はそんな事を思い出しながら、おにぎりを頰張る。それをペットボトルの麦茶で無理矢理流し込む。
 次の面談の番が来るまで、出来るだけ楽しい事だけ思い出そう。昨日、娘と食事した事とか。

 ………

 同じ教員同士、元夫とはお見合い結婚だった。
 元夫は受け持っていた生徒の母親と不倫したため、私達は離婚した。私から離婚を切り出した。娘の彩乃が生まれて二ヶ月経った頃の事だった。
 それから私は養育費と慰謝料を最大限にふんだくり、怒りと悲しみをぶつけるように死に物狂いで、彩乃を育てた。
 だが、私はどこかで何かを間違っていたようだ。
 どこで、何を、それはたった一つではないような気がする。しかし、私は間違いを犯し、いつからか彩乃は誤った方向へと歩き出した事は確かだった。
 しかし、彩乃は昨日、外食した時にはこう語っている。
「知らないおばさんが呟いた一言に影響されたんだよ。自分に正直な恋をしなくちゃねって言葉に」
 どこか自嘲的で懐かしむような言い方だった。
 自分に正直な恋…。
「あたしが定金くんを意識し始めたのは小五に上がってすぐ。落とした消しゴムを拾ってくれたからなんて単純過ぎる理由で。でも定金くんは全く意識なかったみたいだけど、リコを好きだったからね。本人も気付かない淡い淡い想いだったけど。でも、あたしが身を引くには充分な理由だったな。だって定金くんが必要なのはリコだった訳でしょ?」
 私達親子と理子ちゃんは同じマンションの違う階に住んでいながら、同じクラスになったのは小五に上がってからが初めてだった。アヤノとアヤコではややこしいと言う理由から、二人はノノ、リコ、と呼び合っているし、小学生時代から仲の良い友達からもそう呼ばれている。
「でも小五のゴールデンウィーク、お母さんと一緒に戸成市に買い物に行った時、そのおばさんの声が聞こえて、あたしも自分に正直な恋をしたくなっちゃった。とは言え、拒絶されるのが怖くてずっと言えなかったけどね」
 彩乃は溜め息交じりにフォークで皿の上に残ったソースを弄びながら言った。
 中一の一学期の終わり頃、ようやく自分の中の恋心に気付いた定金くんは理子ちゃんに告白するも、手のかかる幼馴染みでしかないとの理由でフラれてしまう。しかし、自分が身を引いたと言う思いの強かった彩乃は、自分の恋心に正直に、フラれた定金くんが可哀想だと思い、腹いせに理子ちゃんをいじめるようになった。
 彩乃は元々私の若い頃に似た愛らしい容姿に付け加え、オシャレ好きでセンスの良い娘だった(自画自賛だ)。なので、女の子の友達がたくさんいた。カリスマとまでは言わないが、オシャレ番長程度には収まっていたし、スクールカーストとか言う儀式の中では上位にいた。
 だから、女子グループを扇動し、理子ちゃんをいじめ出した。陰湿ないじめで、理子ちゃんも彩乃を気遣ったため、表には出なかった。
 同じ頃、桜井先生は離婚直後のショックで精神的に参っており、いじめを見抜けなかった。
 その結果、定金くんの面倒を見るために理子ちゃんと定金くんを同じクラスに、そのサポート役として彩乃も同じクラスになるように学級編成を組んだ。理子ちゃんは小学生の頃から頭脳明晰な委員長で、面倒見は誰よりも良かった。
 二年生から三年生に上がる時にはクラス替えがない藻茶北二中でそうなった。理子ちゃんはいじめからは逃げられないと思い、絶望し、二年生からは登校拒否するようになる。
「リコがあんな事件起こす一ヶ月くらい前かな、弟の健くんに会ったの、マンションの下で。ちょうど朝でさ、学校に行こうとしてるとこだったよ。呼び止めたんだよね。
『お姉ちゃんは元気にしてる?』
 って訊いてみたの。
 内心、ビクビクだったよ。リコからあたしのいじめの事を聞いていたら、きっと怖がられるだろうって。それだけじゃない。何か誤解されてあたしが何かしたって思われたら、リコにどんな仕返しされるかって怖かったの。リコはそんな事する奴じゃないけど、もっと残虐な報復を考えるだけの頭はあるでしょ。可愛い弟に何かしたって思われたら、どうなるだろう…って。
 でもそれは間違いだった。あたしが接触した事で、それが健くんに向いてたんだよね」
 彩乃はうな垂れながら言った。
「ほら、もうこんな暗い話しはなし! リコ達ももうその事は関係ないって言ってたし、また過ちを犯さないように糧にすれば良いんだよね」
 と、作り笑いをしていた。
 それ以降は楽しい食事となった。もうすぐ彩乃は大学生になる。戸成市の名門女子大に通うのだ。卒業後は就職しても、出来るだけ若い内に結婚して退職したいと言っていたのが心配だが…。

 ………

 結局、沈み込むような事しか思い出せなかった。朝から降っていた雨はもうやんでいたが、気分は晴れなかった。
 それにしても…。
「自分に正直な恋をしなくちゃ…か」
 そう言えば私は、大学を卒業してから恋愛をしていないような気がする。
 一番渇いているのは肌ではなく心か…。
 深い溜め息を吐いている自分に気付いた。

 ___

 地味なOLみたいなおばさんが現れた。人間臭さを感じさせない人だ。そこにはいるのにいないような、立体映像でも見ているような気分だ。
「これが砂時計の聖霊。実体のない存在よ」
 脇坂さんが言う。
 これ? 実体がない?
 実体がないのならコミタもそうだが、コミタと違い無味無臭と言うか、感情や意志を感じさせない。
 と、言っても空気読めない病の俺が言うと説得力を持たないが。
 脇坂さんの手に小さな砂時計があるのを確認した。砂の色が光りの加減で変わるのか、煌めきながら水色やオレンジになっている。俺が手にしたあの砂と同じだと直感した。
「ええ、私は砂時計の持ち主になった人間のやり直しをサポートするプログラムのような存在です」
 しゃべった。プログラム?
「では健くんにも花ちゃんに見せたのと同じものを見せてあげて」
「かしこまりました」
 脇坂さんが言うとプログラムは頷き、目を閉じて白い光りに包まれた。

 なるほど。内容は俺が昨日の夢で見たのと同じ。俺やはじめやカズの家庭の事情はそんなに悪くなく、リュウが死んでしまっているんだ。
「つまり、タケちゃん達が傷付いたらリュウちゃんは必ず助ける。そして、不良になって逃亡する原因も作る。そうすれば、逃亡して離れている間は母親の恋人さんに手を出されずに済む。あなたはそう考えたんですね」
 俺は委員長に寝たフリをしてもらい、更に制服のリボンを借りて蝶ネクタイ型変声機に見立て、メガネまで借りて言った。委員長のモノマネは精一杯だ。
「あー…タケちゃん、全然私に似てないし、これ、今やる必要ある?」
「ちょ…もうちょっと寝たフリしててよ。つーか、この緊迫した情況を軟化させるには…」
「余計にややこしくなってるけど…」
 脇坂さんの笑い方は微妙だし、プログラムに至っては無表情だ。
「そう。
 はじめくんのお母さんが恋愛に走って離婚して、はじめくんを見放すように仕向ける。
 和也くんのお父さんの会社を潰れさせて家庭内不和を起こす。
 健くんのお姉さんが向井彩乃にいじめられるようにする。そうすれば健くんへの暴力と定金くんの不良化が実現するからね」
 悲しそうに脇坂さんが言う。どうやら俺達のボケはなかった事にしたいらしい。
「定金さんが不良にならなかったら俺達に絡む事もなく、リュウが不良になるきっかけにもならなかったからな。そこまでやってのける向井の姉ちゃんが怖えよ、マジで」
 俺は少しばかり震えながらだが、何とか強がって言ってみせた。委員長が耳元で、足が震えてる、と囁いたのは聞こえないフリをした。
「そうね。小野山…和也くんのお父さんの勤め先の社長の娘ね。彼女と森央惠、向井彩乃がすれ違うタイミングを狙っていたの。そこへあの言葉を言う」
「自分に正直な恋をしなくちゃね」
 委員長がプログラム並みに無機質な声を出す。その声は木霊せずに壁に吸い込まれて行った。
「そう。そのセリフは彼女達の頭に深く突き刺さった。
 小野山はホストにハマり初めていたけど、心の中で線引きはしていたから、父親の会社を潰す程の度胸はなかった。
 森央惠もはじめくんを無視してまで愛人に走るつもりもなかった。
 向井彩乃も葉山理子をいじめるだけの根性なんて元から持ち合わせていないわ。
 それが恋の魔法なんて幻想じみた臭い物に取り憑かれると、そこまでやってのけるなんてね」
 ここまで言って、脇坂さんは溜め息。
「本当はこの砂時計、三回はシミュレートできるの。でも、三回とも失敗に終わった」
 やり直しても後悔しないよう、そう言うシステムがあるらしい。
「一回目は龍太郎が恋人さんから離れるように阿久酒店に引き取らせた。でもそこまで梅子さんが恋人さんを連れ込んでしまい、龍太郎は殺されてしまった。
 二回目は梅子さんと出会う前に恋人さんを殺害した。結果的に私は刑務所に入ってしまったけどね。でも全ては無駄だった。恋人さんの母親が私への復讐のために龍太郎を車で轢き逃げしてしまった。
 三回目は私の息子が死にすらしない世界にしようと思った。そうすれば龍太郎を守ってくれると思ったから。息子が小学生の時に戻って、漢方や格闘技など、色々と試した。でも、結果的に息子は無理強いしたせいで大人になる前に死んでしまい、今度は龍太郎が存在すらしない世界になってしまった」
「それで思ってしまったんですね。事実をねじ曲げるためには、なり振りなんて構っていられない。無関係な人間を何人傷付けたって、それでリュウちゃんが助かるならそれで良いって」
 脇坂さんが一呼吸置くと、委員長が口を挟んだ。
「ごめんなさい。
 始めは私だって思っていたのよ、誰かが傷付くなんてごめんだって。でも、結果的にそうしないと龍太郎の命は救えなかった。
 とは言え、あなた達には悪い事をしたわ。どんなに謝っても許しなんか…」
「怒ってません」
 俺の口から、そんな言葉がひょいと出た。自分自身で驚いていた。脇坂さんの告白には怒りを感じなかった事は事実だが、結果的に俺や周りの人間が不幸になっている事も事実で、なのでそう易々と和解しようとは思わなかった。
 でも、心とは裏腹に言葉が先に出て来た。こんな経験は初めてだった。
「リュウが生きていて嬉しいから、別に怒りません。リュウには凄く落ち込んでいた時に助けてもらったから」
 ここまで言葉が出て、唇をキツく結んだ。
 これが、俺の言いたい事…なのか? よく分からないが、何も考えずに出た言葉なのだから、そう思わずにはいられなかった。
「でも、私が時間をねじ曲げなければ、あなたが凄く落ち込む事もなかったのよ」
 脇坂さんのその言葉には、首を横に振るだけしか出来なかった。もう言葉は出て来ない。

 ___

 その日の話しは、タケちゃんと私と脇坂さんの間の秘密とする事になりました。はじめちゃんとカズちゃんに言っても、傷付けるか、混乱させるか、恥ずかし過ぎて泣かれるかなので、わざわざ言う必要もないだろうと言う事になりました。
 その翌日でした。
 リュウちゃんがお昼過ぎ、お母さんと恋人さんの三人で脇坂さんのお見舞いをしました。そこでお母さんと恋人さんが結婚する事、お母さんのお腹には赤ちゃんがいる事を報告しました。脇坂さんは笑って、少しだけ涙を流して、喜んでいたそうです。
 その日の夕方、眠るように脇坂さんは亡くなりました。

「いやぁ…タケ、すまん。せっかくの誕生日なのに線香の臭いなんかしてて」
 リュウちゃんは葬儀の帰りにそう言いました。
「あ…俺、誕生日だった…」
 タケちゃんは多分、本気で忘れていたんだと思います。はぁ…十四歳にもなって小さな頃から変わらないキョトンとした表情を浮かべているだなんて…。
「お前、抜け過ぎだぞ! 全くタケはしょうがねぇな。やっぱりおれが守ってやらねーと心配だよ」
 リュウちゃん、タケちゃんのお守り役は私が主なんですけど。そうやって美味しい所をかっさらわれるのは、正直ムカつくんですけど。
「大丈夫、自分が忘れてても歳は勝手に取って行くから。それに俺はリュウにも委員長にも守ってもらわなくても、そんなに弱くない」
 そう言い切ったタケちゃんですが、口の中で何やらモゴモゴ言っていました。きっと、『多分、そのつもり』だとか何とかでしょう。
「不謹慎かも知れねーけど、おれ、じいちゃんとこで手伝って小遣いもらって、ケーキとか買ったんだぞ」
 と、リュウちゃんが言うと、タケちゃんはニカッと笑いました。ああ、これですよ、これ。この本人曰く世界を救う葉山スマイルにやられて、貢がされてる感じ。リュウちゃん、それで良いんですか?
「マジ? いやぁ、本当は超絶祝って欲しかったんだよね。背もいつの間にか委員長より高くなってるし」
 そうでしたね。二年生に上がったばかりの頃までは同じくらいの身長でしたよね。何かムカつくんですが、ま、許しましょう。
「花んとこのどら焼きケーキだ。味は保証する」
 リュウちゃんが胸を張ります。そこは和菓子屋の孫である私が胸を張るべきだと思うのですが。
「よし、じゃ、タケの誕生日を祝うか!」
「タケの十四歳の日々が素晴らしいものでありますように!」
 はじめちゃんとカズちゃんが、いつの間にかフォークを手に話しに割り込んで来ます。
 ああ、もう…どこから突っ込めば良いのやら…。
「とにかく、サンキュー!」
 タケちゃんは再びニカッと葉山スマイルをリュウちゃんに返しました。
 春風が私達の間を柔らかく吹き抜けます。

【了】
【オマケ】

葉山「はい、前編の恥ずかし過ぎるアレは忘れて…」
水沢「そうなんだよ! 調子乗り過ぎだったよ、私達。そもそも、リア充があんなに恥ずかしくて痛々しいとは思わんかったわ!」
葉山「うん、本当にやるべきじゃなかった。脇坂さん、時間を修正してくれてありがとう!」
水沢「ビーチフラッグで取り合われて勘違いしてたなんて、黒歴史だよ」
葉山「でもさぁ、リア充女子の恋心って怖いよな。会社のお金をホストに貢いだり、息子を捨てて愛人に走ったり」
水沢「あのアヤ姉を集団イジメで追い詰めたり」
葉山「俺なら姉ちゃんにそんな事、怖くて出来ん。あの人がどれだけ外面良いか…本性がどんだけ…」
水沢「歯がカチカチ言ってるし、変な汗かいてるよ」
葉山「ああ、かくよ、汗くらい。マジでノノさんの命知らずな行動にヒいた」
水沢「私も咲や実に何て言われてるか…」
葉山「よく言うよ、週に一度はボコって窓から放り投げてる奴が…」
水沢「あいつらはそんくらいじゃ死なないから」
葉山「ま、委員長の妹だしな…。人間相手には同じ事出来ないよね」
水沢「人間相手には出来ないって…まあそうだけどさ」
葉山「人間扱いしていない事を認めた…」
水沢「でもさぁ、凄い道具があるもんだよね。私だったら…」
葉山「結局何も変わらず、苦労人なままだと思う。苦労を取ったら委員長は何も残らないよ」
水沢「…!?」
葉山「って言うかさぁ、あのプログラム、ただのおばちゃんOLだったね。うちの母親と大して変わらん(葉山の母親は経理のおばちゃんです)」
水沢「いや、もう少し若かったと思うよ?」
葉山「そう? 俺にはよく分からんわ」
水沢「でもホント、不思議な存在だったね」
葉山「実体のないおしゃべりオウムとか、雪女と魔女のハイブリッドとか、描いた物を実体か出来るクレヨンとか、そう言うのの後だとねぇ…何を今更だよ」
水沢「麻痺してる!? でも、世界を思い切り変えられるとか凄過ぎるよ!」
葉山「規模は確かにデカいね」
水沢「そうでしょ? まさか私達のいた時間がやり直されたものだったとか、元の時間があんな恥ずかしいものだったとか…」
葉山「言わないで! 混ぜ返さないで! ほら、もう次回予告行くよ」
水沢「ついに最終回! もう八月だけど、物語の世界はいまだに三月」
葉山「つっても、中三の三月まで一気に飛ぶけどな」
水沢、葉山「では、次回もお楽しみに!」
一話 空色デイズ 四月終わりから五月始め頃(作中での時間軸)
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第二十三話 兄弟ゲンカ多発注意報 二月前半
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第二十四話 旅立ち直前と周囲の人達 二月後半
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第二十五話 空と水に溶けろ! 三月前半
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第二十六話前編 春風が吹いた時(オリジナル版)
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その他の現在連載中の作品はこちらから↓
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