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アナタが作る物語コミュの【青春活劇】中二病疾患 第二十六話前編『春風が吹いた時(オリジナル版)』

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 あれから半月が過ぎた。
 空に旅立った友達を想って、俺は今日も布団を畳んだら手を合わせる。
 リュウ…。
 阿久龍太郎は、俺が暮らす商店街の酒屋の孫で、良い奴だった。
 どんな風に良い奴かって?
 説明は難しいなぁ…。他人の抽象的な表現は理解できないくせに、自分は抽象的な表現をしてしまう。流石は空気読めない病(本当はADHD)の葉山健くんだ。
 ま、この話しを読んでくれたら分かってもらえる…かな?
 窓を開けると吹き込んで来る春風が冷たくて、どことなく柔らかく感じた。

 ___

 私が表に出ると、お向かいの幼馴染みのタケちゃんは珍しく外で待っていてくれました。
「おはよう、委員…花」
 最近、私の事を委員長ではなく名前の『花』で呼んでくれています。別に嬉しくはないのですが、ニカッとした笑いの奥の物悲しさを感じ取ったり、小一の時からずっと『委員長』と呼ばれているので違和感があったり、別の誰かの代わりになろうと無理しているのが分かったり、そう思うと、少しだけ胸の奥が温かくなります。
「おはよう、タケちゃん。はじめちゃんやカズちゃんは朝練?」
 タケちゃんは頷きました。はじめちゃんこと森はじめは運動部並みにキツい吹奏楽部、カズちゃんこと鈴木和也は正真正銘運動部のサッカー部なので、朝練がある日もあります。なので、私はタケちゃんと登校する事が多くなります。タケちゃんこと葉山健は美術部、私、水沢花は科学技術部です。
「おはよう、花、タケ」
 低く太い声が私達にかけられます。阿久酒店のおじいさんです。先代から酒屋を継ぐ前は強面の刑事で、ヤクザと間違われた事は数知れずと言われています。悪人面には柔らかなシワを刻んだ笑みが浮かんでいます。
「おはようございます」
「行って来ます」
 私とタケちゃんは朝の挨拶を交わすと、学校へと向かいました。

「何? また来てたよ、マスコミの人」
「俺、インタビュー受けちゃった」
「バカ、挨拶だけしたら何も言わずに離れるようにって言われてるだろ?」
「でもモザイクとかかけられて、音声も変えられるだろ?」
「いや、知ってる人が見たら分かるって。お前、指導室連行ケッテーイ♪ ギャッハッハッハッ!」
 早くも普段の明るさを取り戻した一組の教室の前を通り、二組の教室の前を通る時、アホな男子達のアホな会話を聞きました。さすがは中二男子です。『銀魂』で銀さんも『世界一アホな生き物は中二男子だ』とか言ってましたし。
「でね、あたし、マスコミの人から阿久くんについて聞かれたのね。一年の時に同じクラスだったし」
「マジ暇だよね、何チャラワイドショーとか何チャラ週刊誌の人達。余程ネタがないんだ。もう終わったネタでさ」
「で、私、追いかけられるの嫌で、阿久くんの写真、売ろうとしたのね。そうしたらタダでよこせって、お前らそれは犯罪だから記事にするぞってほざくの」
「バッカじゃないの? そんなの学校の周りで嗅ぎ回ってる自分達の方が立場ヤバくなるくせに…あ」
「マズい、葉山くんと水沢さん」
「今の会話聞かれたかな…」
 女子まで…。三組の教室から私とタケちゃんに、何か腫れ物に触るような視線が浴びせられます。
「ほら、行こう。俺らには関係のない話しじゃん、そんな根も葉もない事」
 タケちゃんが一瞬悲しそうな顔をして、無理に笑いながら言います。メンタル弱い癖に。
 私達は二年四組の教室に入ります。
「おはよう」

 ___

 中一の時はリュウと疎遠になっていた。俺もはじめもカズも、委員ちょ…花も、中学に慣れるのに大変だったんだ。俺と花が同じクラスなの以外は、はじめもカズもリュウも違うクラスだったし。それに、俺達には小学校からの付き合いもあったし、学区外の小学校からやって来たリュウとしては『見えない壁』みたいな物もあったのだろう。
 でも、中二からはリュウが一組になった以外は商店街の中二連中は皆、四組になった。なので、俺も花もはじめもカズも、距離が縮まって、それに引っ張られる形でリュウも一緒にいる事が増えた。
 どうせ小学生の時にはリュウが違う学校なの以外は、皆同じ学校だったんだ。でも仲が良かった。
 そう言うもんだ(どう言うもんだ? 俺も分からん)。

 リュウについて少しばかり説明しよう。
 リュウは商店街の阿久酒店の孫。出会いは小一の時。そんなに美人じゃないけど、オシャレで素敵なお母さんに連れられて商店街にやって来た。
 リュウは五歳の時にお父さんと死別していて、お母さんは死別後半年で出来た恋人と同棲を始め、当時からリュウ、お母さん、恋人の三人で暮らしていた。
 小学生の頃は恋人さんの教育方針だかであまり学校に通わせてもらえなかったリュウだが、中学からは俺達と同じ藻茶北二中の学区内に引っ越し、ほぼ毎日通っていた。
 性格は女子からバカな男子とかガサツとか言われるけど、男っぽくて頼りになる、同い年だけど兄貴分みたいな感じだ。いつも笑っていて、悩んでると背中を押してくれて。

 リュウは、花と恋愛関係にあった。

 ___

 リュウちゃんは中二の三学期で時間を止めてしまいました。一番アホな時期のまま止まってしまいました。きっと私が高校生になって、大人になって、中年を経て老人になっても、リュウちゃんの時間は中二の三学期のまま止まっているのでしょう。
 私はリュウちゃんとおばさんが暮らしていたアパートの前に立ち、そっと手を合わせました。
 星になった、空に旅立った、光りに帰った、などロマンチックな表現はいくらでも出来ます。『時間を止めた』もその一つに過ぎません。
 でも、どんなに言葉で飾り付けしても、『死んでしまった』と言う現実は変えられないのです。
 私はリュウちゃんのお葬式で、いつの間にか泣けなくなっていた自分に気付かされました。今でも悲しいのに涙は出て来ません。
 きっと私はどこか壊れているのでしょう。
 ふと、視線を感じました。後ろから誰かに見られているような気がしたのです。
 振り向いて、辺りを見渡しても誰もいません。
 きっと疲れているのでしょう。だからそんな気がしたのでしょう。そう思う事にしました。
 今日は早く帰って寝るとしましょう。

「ねぇ、あなた」
 年の頃は三十歳になるかならないかでしょうか。グレーのパンツスーツに緩く巻いた髪はお洒落だと思ってやっているのでしょうが、少し化粧が濃いような気もする女性が立っていました。
「はい、何でしょう」
 私は振り向くと、できるだけ淡々としたトーンで答えました。女性はいかにも作り笑いと言った表情を浮かべます。軽い嫌悪感が走ります。
「さっき、アパートの前で手を合わせてたよね? それに商店街に住んでるよね?」
 手を合わせてた事はともかく、何で住んでる場所まで知っているのでしょうか、この人は。
 私は女性を見ます。肩掛けしたトートバッグに手の平サイズのデジカメ、デジカメはこちらを向いています。
 報道記者でしょうか。
「すみません、急いでますので」
 私はそれだけ言うと、足早に女性から離れようとしました。
「ね、待ってよ。あなた、阿久龍太郎くんの事、知ってるんでしょ? ちょっと話しだけでもしない?」
 住宅街を知らない女性に一方的に追いかけられる、とてもではありませんが、異様な光景です。女性は私の後を付いて来ます。
 私は、商店街には戻らない事にしました。どうせ巻いても待ち伏せされるでしょう。ならば、追わせるだけ追わせて、疲れさせて、諦めさせるか。でなければ、警察にでも駆け込んで付きまとわれて困っているとまくしたてるか。どちらにせよ頭が痛いです。
「ねぇねぇ、何で無視するの? 私が訊いてるんだから答えてよ。話しを聞かせてくれるまで離れないから。あなたには話す義務があるのよ。みんなが知りたがってるんだから」
 何やら訳の分からない屁理屈を捏ねていますが、無視するに限ります。
「あんたさぁ、何様? 大人が! こうして! 相手にしてやってるんだよ! 私みたいな立場もある立派な社会人が! あんたただの中学生でしょ? 調子に乗るなや、こらぁ!」
 おばさん、キャラが崩壊して来ました。いえ、見た目通りの本音がようやく出たのでしょう。
 やはり、無視に限ります。
 私は走り出しました。見た目はガリ勉ブスでも体育は上位の私です。無駄に先の尖ったヒールの靴を履いたおばさんでは追い付けないでしょう。
「私をー! 誰だとー! 思ってやがるー! あんたなんか私に比べたら、話しかけられるだけでもありがたいと思えー!」
 ウザったらしさとは時に身体能力を上げてくれるようです。私は走るスピードが、体育の時よりも早くなっているようにすら感じます。
 おばさんの声も徐々に遠ざかります。
 私は歩道橋を一気に駆け上がりました。一瞬振り向くと、おばさんは足をもつれさせながら、言葉にならないわめき声を発しながら、尚もしつこく追いかけてきます。正直気持ち悪いです。さっさと歩道橋を渡り終え、階段も駆け下ります。
 私が道路を走り出すと、背後から悲鳴とも嬌声とも取れる叫び声が突き刺さりました。
 振り向くと、おばさんがモタモタと転がりながら歩道橋の階段を落ちています。随分と器用な物です。一気に転がり落ちれば早いのに。
 私は無視して家まで走って逃げました。
 これで家までイチャモンを付けに追ってきたら、本気で警察に突き出して、素性を調べてネットに流せば良いのです。

 ___

「どうしたよ? 息が上がってるぞ」
 花が走って帰って来たようで、少し驚いた。
「別に。ダイエット的な」
「ふーん、そう」
 こう返すしかない。走って帰る理由なんていくらでもありそうだが、俺には思い付かないし、きっと花も話してはくれないだろう。
 でも、一応は訊いてみる。
「何があったの?」
「最近、運動不足で体重計に乗るのが怖いからダイエットだって」
 そうとしか答えてくれなかった。
 こんな時、リュウなら何て言うだろう? どうするだろう?
 きっと花の側に着いて、ぶっきらぼうだし何も言わないけど、そこにいるだけで安心できるその存在感で花を守ってやれるだろう。俺にはそんなものないけど。

 ………

「ばあちゃんの病気さ、大分悪いらしい」
 亡くなる前日にリュウはそう言っていた。リュウの父方のおばあさんの話しだ。
 具合が悪くなってから、またようやく会えるようになった。もう長くないのだから、せめて孫には会わせてあげようと言う計らいなのだろうか。大人の身勝手さと残酷さを少しだけ感じたが、口には出せなかった。

 ………

 リュウと俺とはじめとカズは、一人の女を奪い合う関係にあった。四人とも花が好きだった。
 花が選んだのはリュウだった。
 当然だろう。一番頼りになって、男らしくて、包容力があるんだから。俺みたいな甘ったれな小坊主は保護の対象であって、恋愛対象にはなりえないだろう。
 あれは夏の日だった。四人で海に行った。
 バスでガタゴト揺られながら、実にくっだらない約束をして。
「ビーチフラッグで勝った奴が花に告白する権利を得る」
 と、言う物だ。その後、花に選ばれるかどうかなんて考えてもいなかった。
 いや、俺が勝ったんだけどさ。一番足が早いはずのカズは砂につまずいて転んだし。
 そして、見事にフラれ、
「やっぱり付き合うならリュウちゃんかな」
 なんて言われ、リュウと花が付き合う事になった。とんだピエロだよな。半泣きになったし。

 はじめとカズについても少し説明しよう。
 はじめの両親は、小四に上がるタイミングで離婚し、お父さんに引き取られる事になったはじめは、その実家である喫茶店で世話になっている。ただ、今はお母さんとも週一で会っていて、離婚前より家族関係は良いらしい。
 カズの家はお父さんの勤め先の経営が傾き、働き過ぎで体調を崩したため、その実家である本屋に身を寄せた。今では何とか経営も立て直され、軌道に乗っているが、商店街での生活が気に入っているので、まだ出て行く気はないらしい。

 俺は小四の夏に、姉ちゃんが交通事故に遭ってケガをして、両親はバタバタしていたので、一時的に面倒を見てもらうためにじいちゃんとばあちゃんの経営する理髪店に預けられた。
 ちょうど周りには同じ歳の子が何人もいたし、保育園生の時から世話を焼いてもらっていた花もいたし、そのまま理髪店に居着いた。フッ、笑えるぜ。

 ………

 面白くねー。
 リュウを手にかけた犯人は未だ逃走中で、おばさんも放心状態で、なのに俺達はお腹が空いて、下らないギャグを言われれば笑って、風呂に入って、夜には眠たくなる。大切な誰かがいなくなっても毎日は着々と、淡々と、時々波風を立てながら、進んで行くんだ。
 リュウの時間は止まってしまったのに、月が変われば俺達は三年生になってしま…う…。
 ふと、何か違和感を感じた。
 一歩、左足を踏み出そうとしたのに、動画の逆再生みたいに後戻りしかけたような、不思議な感覚だ。
 そしてもう一つ、明日より先の世界がなくなってしまうような不安な気持ちだ。
 時々俺は意味不明な精神不安に襲われる事があるが、この感覚は今までにない程の違和感だ。そして、それなのに、俺の頭は有り得ないくらいに落ち着いている。
 夕方の商店街の通りはいつも通り、買い物のお客さんがいて、西日の橙色がアーケードを染めていると言うのに。
 目の前に細かい砂の粒子のような物が舞った。
 光りの加減のせいだろうか。初めは赤や黄色や緑に見えた粒子は、滲んでぼやけて金や銀や紫へと変わった。そして、水色やオレンジに変化して、やがて暖かみのあるピンクに染まった。
 俺はぼんやりとその砂を見ていたが、他の人達にはそれは見えていないみたいだった。アーケードの下にいて、そんな砂が舞うような風が吹くだろうかと言う疑問が浮かんだ。
 俺は砂を手で掴んだ。掴めた。その砂は、手の中で小さな粒が少しだけだったけど、確かにあった。
 ふと、リュウのおばあさんの顔が頭に浮かんだ。リュウの葬式で見た事がある。直接話した事はないけど、優しそうな女性だった。
 会いに行こうと思った。

 ___

 朝はまたやって来ます。
 春の冷たい雨が降っています。
 今日は春休み前の三者面談のため、面談のない人は登校しなくても良いのですが、私は委員会の用事やら先生から頼まれた雑務やらで登校します。
 リュウちゃんがいなくなってから、雨が降っても風が吹いても毎日が同じような気がします。それでも今日は傘を差して、制服の上着の下にはベストを着て、靴下は厚手の物を穿き、更に替えまで鞄に入れているのですが。
 そんなに早く学校に着く必要もないのに、いつもより早く家を出た私は、フラフラと駅前通りにまでやって来ました。
 交差点には傘の花が咲いています。色取り取りな傘の花ではなく、半数以上はビニ傘の味気のない花です。花と言う名前の私もビニ傘を差した地味なメガネで味気など欠片もありません。
 いつまでもリュウちゃんの死を引きずっている私などお構いなしに皆、歩いて行きます。当たり前です。私はドラマやアニメの主人公ではありませんから。
 私が主人公になったら、願わくば愛する人を返し給えとか何とかほざきながら、自分の下らない命を差し出すでしょう。でも私は主人公になれる女ではありませんから、そんな無駄なギャグはしません。
 私はまたブラブラと歩き出しました。
 後ろから追い越す人の傘が私の傘と触れ合って、溜まった雨粒が足元に落ちました。小さく、ごめんなさいと言う声が聞こえて、その人は人波に紛れて行きました。
 雨は泣けなくなった私の代わりに涙を流しているかのように、シトシトと降り続けました。
 私は人波に流されながら駅へと辿り着きました。

「これで良し」
 副委員の江野くんが言いました。一仕事終えた後の充実した顔です。
「じゃ、俺はこの後、面談だから。じゃあな」
 鋭い目付きですが、笑った時の顔には愛嬌があります。
 江野くんは雑務を終えてのんびりと後片付けしている私とは裏腹に、テキパキと片付けると行ってしまいました。
 窓の外を見るとすっかり晴れています。春の強い風が窓をガタッと揺らしました。
 私は帰る前に、図書室で借りていた本を返す事にしました。
 はぁ…気が重い…。
 今日の当番はうちのクラスだからです。図書室ではきっと図書委員の佐藤くんと桃井さんがイチャイチャしながら業務やらストロベリートークやらに精を出しているでしょう。
 佐藤くんは桃井さんの事が好きで、桃井さんはカズちゃんが好きでしたが、カズちゃんは何を血迷ったか私に惚れていました。なのでフラれた桃井さんは佐藤くんと付き合い出し、今ではクラスを代表するリア充として君臨しています。
 ちなみに私もリュウちゃんと付き合っていた以外にも、タケちゃん、はじめちゃん、カズちゃんから恋愛対象として見られていて、世界一のモテ子ですが、恋人の死に立ち会ってからはリア充を見ると虫酸が走るようになってしまい、とても世界一のモテ子気分を味わう気にはなれません。
 傘を差していたから濡れていないはずなのに妙に(特に肩の辺りが)重たい気のするブレザーを羽織って、私は図書室に向かいました。

「タケちゃ…」
 私は声を出しかけてやめました。
 ちょうど三者面談を終えたタケちゃんがお母さんと一緒に昇降口で靴を履き替えている所でした。タケちゃんは片足は靴下は穿いておらず、ズボンの裾をたくし上げ、スニーカーは泥で茶色くなっていました。水溜まりに踏み込んだに違いありません。
 タケちゃんはお母さんと何やら言葉を交わすと、さっさと一人で行ってしまいました。
 私は足を踏み出しました。ぬかるみの気持ち悪さが靴を通しても伝わって来ます。
「こんにちは、おばさん」
 タケちゃんのお母さんが振り返りました。私が小さい頃に比べると少し太ったようにも見えますが、優しそうな人です。
「あ、花ちゃん」
 おばさんは私を見ると少し笑ってくれました。
「タケちゃんと一緒に帰らないんですか?」
「うん、一緒に暮らしてないし」
 そうでした。もう五年近く一緒に住んでません。
「最近、健の様子はどう? リュウちゃんが亡くなってから空元気って言うか、無理してるって言うか、あの子分かりやすいからさ」
「あ、やっぱりそうなんですね」
 おばさんは溜め息を吐くと頷きました。
「で、タケちゃん、急いでたみたいですけど、どっか行くんですか?」
「さあ? リュウちゃんのおばあさんの所じゃない? 昨日も夕方に行ったみたいだけど、もう面会時間終わってたような時間でね。
 何で今更会いに行くのか分からないけど、おばあさんだって孫が亡くなって辛いのに、その友達に会うのも辛いんじゃないかと思うんだよね。同い年の子が普通に学校に行ったりしてるのを見たりするのは…ねぇ」
 確かにそうです。ホント、空気読めないんだから。
「私、追いかけて止めてみようと思います」
「でもあの子、変な所で頑固だから無駄な気もするけどね。ま、頑張って」
 おばさんは微妙な愛想笑いを浮かべました。
 私はおばさんに軽く手を振ると、駆け足でタケちゃんが行った方向に向かいました。

 ___

 担任の灰田先生からは、好きな事を一生懸命やるのは良い事ですが、やるべき事を順序立ててやりましょう、とお馴染みの事を言われた。お母さんは毎回同じ事を言われているからか、呆れ笑いを浮かべていた。
「ちょっと行きたい所あるから」
 そう言って昇降口でお母さんと別れた。
 来る途中で水溜まりに突っ込んだ右足は、靴下を脱いで裸足に泥水を吸ったスニーカーだから、正直気持ち悪いけど気にしないようにしよう。
 少し強い風は冷たいけど、気持ちが良いし。そう思いたい。

 昨日はリュウのおばあさんに会いに行こうと思ったが、面会の時間は終わっているとの事で、帰った。
 だから、今日行く。

「あれ? 今日はもう終わり?」
 素っ頓狂な女の声に振り向くと、同じ顔であるはずなのに雰囲気が全く違うため、世間からは似ていないと認識されているうちの姉ちゃんが立っていた。高校三年生、今月初めに卒業式を迎えたので制服は着る必要はないのに、何故か灰色のブレザーと黒のプリーツスカートで胸には紺色のリボンが付いている。誰もが一目置く国立大附属の制服だ。
「学校に行ってたの?」
 質問に質問で返してしまったが、姉ちゃんは頷いた。
「そう、暇だったから部活を茶化して来た」
 クスリと笑いながら肩下まで伸びた髪を描き上げた。嫌な先輩だなぁ…。
「あんたは? ってか、片足どうした?」
「水溜まりに突っ込んだんだよ。今日は三者面談だから終わったら自由時間」
 俺はわざとぶっきらぼうに答えて見せた。
 小学生じゃあるまいし、いつまでもベタベタと仲の良い姉弟なんて有り得ない。いくら甘ったれでガキっぽい俺でも一応は中学生なんだ。
 ま、仲は悪くないつもりだけど。
「ってか、どこに行くの? 家でも商店街でもないっしょ、そっち」
「どこに行こうと俺の勝手じゃん」
 姉ちゃんは腕を組んで、フーンと言った。
「病院でしょ。龍太郎くんのおばあちゃん」
 昨日、お母さんに口を滑らせた事が災いした。帰り道に仕事帰りのお母さんに会ったのがいけなかった。
「やめといた方が良いよ。孫が亡くなったばかりの人に同い年の子が会いに行くなんて、悲しませるんじゃないかな」
 姉ちゃんの言う事には確かに俺も頷ける。自分の孫は死んでしまったのに、同い年の俺が元気に生きている姿を見せるのは精神的にはキツいだろう。
 でも、気になる事がある。なぜかは分からないが、確かめなければならない事があった。
 あの色が変わる謎の砂についてだ。あの砂には物事を変えてしまう何かがある。それが良い意味であれ、悪い意味であれ、とにかく世界は一変する。その秘密をリュウのおばあさんは知っている。理論もへったくれもないのに、なぜかそれが分かる。
 そんな事を言っても姉ちゃんは俺がおかしくなったとしか思わないだろう。中二病をこじらせた弟が友達の死で本格的に開けてはいけない扉を開けた、と。
「ま、あんたは時々言い出したら聞かないから、忠告程度に留めておくけどね」
「つまり、何か悪い結果になっても自分で何とかする覚悟をしておけ、と」
「そう言う事」
 姉ちゃんはそう言うと、呆れ笑いを浮かべた。
 俺は再び病院に向かう。

「あれ? どっか行くの?」
 聞き覚えのある声に振り返ると、はじめとその両親がいた。ご両親は離婚してから五年くらい経つけど、はじめの事を一番に考えているらしく、まだ再婚もしておらず、こうして見ると夫婦に見える。元夫婦だから間違ってはいないか。
「うん、ま、野暮用。そっちは?」
 適当にはぐらかしておこう。お出かけっぽいし。
「食事。時間が出来たし、僕も学校ないなら食べに出ようって」
 飲食店の孫なのに、なぜ自分の家で食べないのだろう? と、疑問を抱くのはやめておこう。
「それに、明日の三者面談に向けて、将来の希望とかも少しばかり話し合いたいしね。あと二人の希望とかも」
 二人の希望…ね。はじめのお母さんは付き合っている男性がいて、その男性には俺達と同い年の息子がいる。素直だけど抜けてて、勉強は出来るけど性格はおバカで、でも中々良い奴らしい。その子とはじめが高校に入ったら正式にお母さんは籍を入れると言う。お父さんもそれに合わせて付き合っている女性と結婚するつもりらしい。
 はじめは、邪魔にならないように市外の寮のある学校に進んで、別に暮らすつもりらしい。
 何で俺がこんな事を知っているのかと言うと、はじめとは家が隣り同士で、部屋も窓を開けたら直に行き来できるから、何だかんだではじめとは仲が良い。
 ちなみにはじめは主に(中年でガチムチな)男性を好きになるゲイらしいが、それはあくまでも性的な嗜好であり、恋愛として一緒にいて安らぐのは花だとも言っていた。何て欲張りな奴。
「じゃ、ごゆっくり」
 俺は作り笑いをして、一件仲が良さげな一家に見える彼らから離れた。

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「面談どうだった?」
 通りの向こうからやって来たカズとそのお姉ちゃんのトモ姉がやって来た。カズはジャージで汗だくだが、トモ姉は戸成市の女子校の制服姿だ。ただし紙袋からはジャージとタオルが見えている。
「まぁまぁ。サッカーの練習の帰り?」
 俺が訊くと、二人は頷いた。
 俺と姉ちゃんが顔は似てるのに性格が真反対なのに対し、カズとトモ姉は顔は全く似ていないのに妙に息が合っている。事前に打ち合わせでもしていたかのように。
 二人はとにかく仲が良い。甘えただけどお調子者のカズの世話を焼く、しっかり者で男勝りなトモ姉と言う構図だ。家も似たような物と二人には言い返されるけど。
「どっか行くの?」
「うん、ま、ちょっとね」
 この二人も適当にはぐらかしておこう。
「ちょっとは上達した?」
 意地の悪い事も訊いておこう。
「それがこいつ、足は早いんだけど柔軟性も上半身もなってなくて、おまけにすぐボールを見失うしで散々」
 トモ姉が呆れたように言って、カズは少しムッとした表情になった。
「ま、頑張ってくれ」
 俺は出来るだけ残念そうな笑顔を作って言った。
 トモ姉はカズより後にサッカーを始めたのに、妙に上手い。今は女子校のサッカー部で活躍している。
「タケは? どっか行くの?」
「うーん、野暮用。つまんない事だよ」
 うそではないと思う。きっと他人にはつまらない事だろう。
 俺は鈴木姉弟に手を軽く振ると、歩き出した。

 ___

 雨が降っていたなんてうそのように晴れた空は、柔らかな水色に輝いています。でも水たまりだらけのアスファルトやぬかるんだ公園、濡れて光る桜のつぼみが雨が降っていた事を物語っています。
 私はリュウちゃんの事件を思い起こしました。

 ………

 リュウちゃんのお父さんはリュウちゃんが五歳の時に亡くなり、お母さんはその半年後に新しい恋人を作りました。
 その恋人と言うのが最低な人だったので、小学生時代、リュウちゃんは学校にあまり通わせてもらえませんでした。何でも学校で習う事なんて役に立たないし、学校での人間関係なんて下らないから、だそうです。
 その人はバイトを転々としながら、リュウちゃんのお母さんに養ってもらいながら生活していました。
 中学進学と同時に私達の学区内に引っ越し、恋人氏を振り切って毎日学校に通い始めたリュウちゃんでした。勉強はからっきしでしたが、授業は毎日出て、持ち前の面倒見の良さや気さくさから友達もたくさん出来、それなりに楽しい学校生活を始めたリュウちゃんでした。
 そんなリュウちゃんを気に入らないのが恋人氏でした。
 リュウちゃんのお母さんが言うには、半月前のあの日、学校に行くのをやめるように言う恋人氏と拒絶するリュウちゃんは取っ組み合いになり、力も強かったリュウちゃんは恋人氏を組み敷きました。
 でも…

 ………

 ああ、遅かったようです。私が思い出に浸りながらモタモタしている間に、タケちゃんは阿久祖母の病室の扉を開けてしまいました。
 私は慌てて後を追いました。
「いらっしゃい。花ちゃんも来たようね」
 柔らかな声が病室内から聞こえます。
 室内に踏み込むと、先程の声からは考えられないような痛ましい姿のおばあさんがいました。鼻にも腕にもチューブが射し込まれ、痩せて骨が浮き出た青白い顔をしています。目は力なく、でも確かにタケちゃんを捉えています。
「死ぬ前にやらなきゃならない事があるの」
 おばあさんは言いました。
「それでは、時間を巻き戻します」
 女の人の声がどこからともなく聞こえて、私は辺りを見渡しました。気付くと、いつからいたのか、おばあさんの隣りに三十代と思われる地味なスーツ姿の女性がいました。

 ___

 リュウのおばあさんに会いに来たら、花が唐突にやって来て、事務員みたいなおばさんが現れて、何が何だか分からなくなった。
 ちょっと待て! テンパる。俺にどうしろと?
「ここまで来たのなら、話さなくてはならないわね。
 私は『やり直しの砂時計』と言う道具を手に入れた」
 おばあさんは淡々と、弱々しげな声で話し始めた。手元の砂時計がサラサラと砂を落として行く。俺が昨日、商店街で見たのと同じ、色が煌めきながら変化する砂だ。
「この道具は持ち主を過去に戻して、やり直させてくれるの。私はこれを使って龍太郎が死なないようにする」
 そこまで言うと、おばあさんは笑って、少しだけ寂しそうな顔をした。
「あらかじめ謝っておくわ。私はあなた達を含めた何人もの人を傷付けてしまう。本当にごめんなさい。でも龍太郎を救うためにはこれしか思い付かなかったの」
 辺りが白い光りに包まれ、暖かなピンク色の砂が舞い、何もかもがぼやけてねじ曲がって見えた。おばあさんも、事務員っぽいおばさんも、花も。
 俺は何も言えず、何も出来ずただそこに突っ立

 ………

 俺の名前は…いや、僕。お母さんからは『オレ』って言っちゃいけないって言われたんだっけ。もう少し大きくなったら直すつもりだけど。
 僕は葉山健。小学一年生。
 花…学級委員って奴になったから委員長って呼ぶ事にしたんだ。委員長が言っていた。今日から新しい友達が出来るって。
 阿久酒店の怖ーい顔だけどたまにジュースとか飴とかくれるおじさんの孫が来るらしい。どんな奴だろう。

 …って、何を言ってるんだ、俺! 俺は小一になったばかりじゃない、もうすぐ中三になるんだ。
 頭がぼんやりして来た。多分、りゅうのおばあさんの言う通り、過去に戻ってしまったのだろう。
 これは小学校に入って最初の土曜日の記憶だ。
 リュウに、初めて会った日。女子と遊ぶのが嫌だったリュウは、花や咲を無視して俺にしか声をかけなかったっけ。それで、咲がブチギレてケンカになった。
 それにしても…懐かしいし、何だか頭の中が溶けて行くような…記憶が段々薄れて行くような…。
 待ってくれ。俺はもうすぐ中三なんだ。小一になったばかりじゃない。俺…

 僕の前に、同い年らしい男の子が現れた。
「よろしくね、龍太郎よ。あなた達と同じ一年生ね」
 そんなに美人じゃないけどパンツスーツに巻き髪を合わせたカッコイイお母さんに紹介されたのは、目付きの悪いむっつりしたクソガキだ。
「私、花。よろしくね」
 委員長が明るく話しかけたのに、
「おれ、龍太郎。お前、名前は?」
 って、言われたのは僕だ。
「健」
 少し間を置いて答えたのは、僕にしては上出来だろ? 委員長を無視して俺には愛想良くしてるからびっくりしたんだ。答えられずに固まった。その間が少しだったんだ、な? 僕にしては上出来なんだな。
 頭の中で、声がしたような気がした。野太くて、少し掠れた声だ。僕の事を本当は中学生だと言っている。
 何だ? このだんだん小さくなって行く声は…。
 ま、いっか。これからリュウと遊ぶんだし。

 ___

【過去を彷徨う人】

 脇坂静代は、孫の龍太郎が水沢花や葉山健と出会った事を見届けると、商店街のアーケードを後にした。
 やらなければならない事があった。これが成功するかどうかは分からない。だが、やらなければならない。わずかでも可能性があるのならば。
 龍太郎の運命を変える。そのためにこんな大がかりな計画まで立てた。
 まず、駅まで歩いた。
 病床に伏していた八年先の未来から来たばかりの事を思い出した。
 ──そう、この時はまだ自分で歩いて、何でも一人でやっていた。
 膝の痛みはあるものの脇坂の足は、確かにアスファルトを踏み締めてスタスタと歩いていた。歩く度に、ふわふわとしたふくらはぎ丈のスカートが揺れ、栗色に染めた髪がなびいた。
 自分の足で外出出来る事が嬉しかった。しかし、今はそんな感傷に浸っている場合ではない。
 脇坂は足を早めた。

 久し振りに乗った電車。戸成市の駅前。行き交う人々を眺める。皆、春の柔らかで暖かな日射しを浴びて楽しそうに笑っている。
 脇坂は交差点の横断歩道の前に立った。信号は赤だ。立ち止まり、携帯電話を取り出す。
 誰かからかかった訳でも、こちらからかけた訳でもない。電源はオフにしてある。
 独り言だ。猿芝居だ。だが、脇坂は話し出した。時折笑みを浮かべながら、親しい友人と会話するように。意味のない楽しげな言葉を並べる。いつの間にか信号は青になったが、脇坂は気付かない振りをして話し続けた。
 通りの向こう側から、派手な服を来た厚化粧の女がやって来た。脇坂の後ろからスーツ姿の女が小走りにやって来る。痩せぎすな母親に連れられた小学校高学年と思われる、可愛らしい少女もやって来る。厚化粧、スーツ姿、少女の三人が脇坂の目の前ですれ違う。
 脇坂は、あの言葉を口にする。笑いを含ませながら、柔らかな暖かな声で。その裏側にある、人を傷付けても構わないと言う黒い欲望を隠しながら。
「自分に正直な恋をしなくちゃね」
 その瞬間、三人はハッとしたように立ち止まった。
 脇坂はさっさと人混みに紛れると、彼女達の目の前から姿を消した。
 これだけの事で、脇坂の計算が正しければ、龍太郎は助かる。何人もの人間を不幸にしてしまうが構わない。

【了】
一話 空色デイズ 四月終わりから五月始め頃(作中での時間軸)
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第二十三話 兄弟ゲンカ多発注意報 二月前半
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第二十四話 旅立ち直前と周囲の人達 二月後半
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第二十五話 空と水に溶けろ! 三月前半
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第二十六話前編 春風が吹いた時(オリジナル版)
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その他の現在連載中の作品はこちらから↓
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 後半に続く。
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 後編

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