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アナタが作る物語コミュの【ファンタジー(寒)】山田と魔神と冷たいのがお好き

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お久しぶりです。
かなり前に日記に書いて、手直ししたらこちらに載せようとしてうっかり忘れていたのをお送りします。




ランプの魔人シリーズの第1話「私とランプと三つの願い」はこちらから↓
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その他のシリーズはこちらから↓
作品一覧
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 梅の花が咲いていた。
 鶯が鳴いていた。

 そんな暖かい日が続き、そうだ明日は土手のツクシを採りにいこうと思っていたのは昨日の事。

 朝目が覚めて、カーテンを開けたらそこは雪国だった。

 無数の雪片がただ只管に降り続けている。
 あれが雨だったらゲリラ豪雨であろう勢いだ。

「寒の戻りというレベルではないな」 

 私が住むこの地域は平野部で雪はたまにしか降らないしめったに積もらない。
 豪雪地帯に住む人には笑われるだろうが、この地では5センチの積雪で交通がマヒする。

 なのに目の前には粉砂糖をふったような、ではなく七分立ての生クリームをこんもりと盛ったような雪景色。
 これは氷河期の襲来と言って等しいだろう。

 食糧に備蓄はあるが、灯油が心もとない。
 ポリタンクを振るとチャポチャポと軽く侘しい音がした。

 いや、うちには存在そのものが暑苦しい同居人がいる。
 そいつである程度の暖はとれるかもしれない。
 サラダ油に浸してターバンに点火するのはどうだろう。

「おい、魔神」
「…………むい」
「……魔神?」
「寒いぃぃぃぃぃぃぃっ!!」

 同居人のランプの魔神は頭から布団をかぶって縮こまって震えていた。
 いつもは態度と図体のでかいコイツの縮まりぶりはすさまじく、気が付くとチワワと同程度大きさとプルプル具合になっていた。

「どうした魔神。お前は火と風で出来ていてるんじゃなかったのか」

 水と土で出来ているらしい人間とは格が違うとかぬかしていたのに。
 というか、雪が降ったら喜んで庭先を駆けずり回るものだと思っていた。

「ワシを犬扱いするでない!」
「犬なら躾ければ言う事を聞くのにな」

 残念だ。
 本当に残念だ。

「山田よ、この寒気はただの異常気象ではない」

 魔神はいつになく真剣だった。
 悪い物でも食べたのだろうか。
 冷蔵庫の隅でガチガチに干乾びたチクワか、緑色になった蟹かまぼこか。

「ワシが思うにこれは……」

“ぴんぽーん”

「おや、来客だ」
「ワシの話を聞かんかーー!」

 ドアスコープを覗くと、丸いものが見えた。

「……笠?」

 チェーンをかけたままドアを少しだけ開けると、痛みに似た冷気が流れ込んだ。

「お控えなすって」

 そこにいたのは、着物を着た10歳程の男の子だった。
 色白で太い眉と澄んだ瞳が凛々しく、もう少し血色が良ければホビー漫画の主人公ができそうだ。
 だけど三度笠に縦縞の合羽を羽織り、細い足には草鞋に脚絆、腰には脇差の股旅姿。

 ミニ四駆にかっ飛べマグナム!!と熱く叫ぶより、花札でデスティニードローかましそうな。
 というかむしろこれは……

「木枯らし紋次郎?」
「いいえ、あっしは北風小僧の寒太郎と申しやす」

 ニアピン賞は貰った。

「その、寒太郎さんが何の用で?」

 寒太郎少年は身を屈めて片手をびしっと突き出した。

「お控えなすって、あっし、生国はシベリア寒気団……」
「寒いんで手短に頼む」
「魔神の親分さんに会わせてくだせぇ」

 寒太郎少年は聞き分けの良い子だった。


 なけなしの灯油の最後の一滴を、ストーブの燃料タンクに注ぐ。
 そして靴下を三枚重ねた。
 手袋は軍手とミトンの二枚。
 服はもちろんババシャツからセーターまで玉ねぎのように重ね着まくり、貼るカイロも仕込んでる。
 首の一枚は他の五枚分という事でマフラーをぐるぐる巻いて、ニット帽を目深に被り、フェイクファーがもふもふした耳宛てをつけ、それでも部屋は寒かった。
 というか、寒太郎少年が玄関の敷居をまたいだ瞬間、寒い部屋がより寒く、有り体に言うと室温が氷点下になった。

「あっしは冬季を司る大精霊、冬将軍の軍団に草鞋を預けておりやす」
「武者修行の風精か、うむ、存分に励むがいい」

 寒太郎少年が何かしゃべる度に、部屋の中を冷たい風が吹き荒れる。
 北風小僧の名は伊達ではないようだ。
 布団に入ったままの魔神は礼儀正しい少年に『親分さん』と呼ばれ、敬われている事にかなり気をよくしているが、北風が吹く度にじわじわと縮んでいた。

「魔神の親分さんも知っての通り、あっしらは二十四の節気に合わせて移動しやす」

 寒太郎少年が言っているのは、太陽の黄道上の動きを15度ずつ24等分して季節の名前をつけた二十四節気の事だろうか。
 夏至とか冬至とか秋分の日とかのあれだ。

「今年も立春には進軍準備を整えて、南半球への移動を始めておりやした。ところが……」

 冬将軍の軍団がこの町の上空を通過しようとした時、先頭にいた冬将軍がピタリと足を停めた。
 そして全軍停止の命令を出すと、冬将軍は町へと降り、そのまま行方がわからなくなったという。

「やはりワシの思った通りであったか!」

 魔神は鼻息荒くふんぞり返った。

「この異様な寒さ、時ならぬ豪雪!すべては町内に留まる冬将軍の仕業であった!」

 魔神の態度がどれほど暑苦しくても、実際に気温があがるわけではないのが残念だった。

「広大無辺の力を誇るハイパーブリリアントなワシの慧眼をもってすれば、全ての事象は自ずから明らグハッ!?」
「黙れリハクアイ」

 菜箸で魔神の目を衝くと、奴は布団から飛び出して転がり回った。

「ぬおおおおっ!すこぶる痛いッ!!」
「それで寒太郎くん、魔神は何をすればいいんだ?」
「人間さん、あの……」

 寒太郎少年は何か言いたげに、転がる魔神と私の間で視線を彷徨わせた。
 何をそんなに怯えているのだろう。

「魔神に用があってきたのだろう」
「そ、そうです。閣下を探すのを手伝ってくだせぇ」 

 冬将軍の軍団は全軍停止の命令を解除されておらず、自由に動く事ができるのは客分の寒太郎少年だけらしい。

「春分までに移動を完了できないと、閣下は任務を放棄したとみなされて厳罰が下されてしまいやす」
「暑さ寒さも彼岸までってそういう事だったんだ……」

 寒太郎少年は沈痛な表情を浮かべたが、私にとって事態はより深刻だった。

 春分の日まで後、六日。
 六日もこんな寒さが続いたら死んでしまう。
 ガチで。


コメント(8)

【ミッション!】

冬将軍が失踪した!
6日以内に探し出せ!!

でも明日まで灯油がもたないから今日中に探し出せ!!



 ――というわけで。

「行けい山田!冬将軍を探し出すのだ!!」
「は?」

 魔神はふんぞり返ってドアを指差した。

「私に行けと」
「そうだ」
「頼まれたのはお前だ」
「山田はワシの願い主だろうが」
「寒いのが嫌なだけだろう。広大無辺の力を持つ魔神サマが寒いのでお外にでられませんと」
「そうだ!ワシは寒いのが嫌いだ!砂漠に似てるのに冷たくて湿っぽい雪景色が大嫌いじゃあああああっ!」

 ……ちっ。
 挑発には乗らなかったか。

 一年中ほぼ半裸な魔神の寒暖の基準と、大きさの変化の関連性は今一つよくわからないが。

「わかった。それなら温めてやろう」

 私は手袋を外して、ねんどろいど程度にまで縮んだ魔神をそっと拾い上げると、電子レンジに放り込んで『温める』ボタンを押した。
 (良い子はマネしないでね!)

「ちょっ…待っ…ぬわーーーーーーーっ!?」

 魔神は横走りでターンテーブルの流れに逆らいながらドアを叩いていたが、やがて転んでそのままぐるぐる回った。 

「に、人間の姐さんっ」
「寒太郎くんも温まる?」
「お控えなすってー!」

“ぴろりんぴろりんぴろりろりー”

 長閑なチャイムが鳴ってレンジが止まると、魔神は『あたたか〜い』になっていた。

「おおお分子の波が、回る、回る……うげろばー」
「魔神の親分さんっ!」

 寒太郎少年が5歳児サイズになってうずくまる魔神の背中をさすった。
 電子レンジは魔神的に酔うものらしい。


「さて、行くか」

 覚悟を決めて外に出る。
 隊列は魔神、私、寒太郎少年の順だ。 

 町は静かだった。
 雪が音を吸収するという話が本当なのか、国道を走る車がまばらで、それも忍び歩きのような徐行をしている為か。

 見上げた空は白く、そこから降る雪が灰色のドットに見えた。

「むぅ。氷精どもがひしめいておるわ」
「三個師団と混成旅団で、ざっと10万ほどでやすよ」

 魔神と寒太郎少年には別のモノ。例えば上空で待機中の軍団などが見えているようだ。
 よくわからないけど、このまま進駐だの屯田だのされたら困る。

「魔神、冬将軍の居場所はわからないのか?」
「わかるぞ……ぬぅぅぅん……こっちだ」

 魔神は丁字路の右を指差した。
 道の先にはコンビニがあり、魔神の視線は『おでん全品70円』の幟に釘漬けになっていた。

「よしわかった。こっちだな」

 私は魔神のターバンを鷲掴みにして左に向かった。

「ちっ違うぞ!そっちじゃない!あっちだあっち!!」
「なるほどこっちか」
 
 魔神が差すのと逆方向、つまり魔神が行きたくない方に冬将軍がいるだろう。
 どうも奴は冬将軍を嫌ってるようだし。

 そう読んだのだが、辿り着いた場所は小学校の校庭だった。

 休日だが遊びに来ていた子供はたくさんいたようで、校庭には無数の足跡とたくさんの雪だるまがあった。

「確かにこれだけ雪があれば、作りたくなるな」

 大きいもの小さいもの。
 洋風に三段重ねにニンジンの鼻をつけたのがあれば、絵文字を思わせる顔だけのころころとしたのもあった。

 ほとんどの雪だるまが石ころの目や葉っぱの眉毛、バケツの帽子に枯れ枝の手といった素朴なものだったが、一つだけえらく手の込んだモノが合った。

 大きさこそ私の膝までしかないが、装備がえらく豪華だ。

 碁石のように黒くまん丸い目に、くるんと巻いたカイゼル髭。
 金糸の刺繍と羽飾りのついた二角帽(ナポレオンが被ってるアレ)を綺麗に丸い頭に乗せ。
 胴体には雪の結晶を刻印した金釦と、たくさんの勲章。
 手は黒い棒に白い手袋をかぶせ、その手が持ってるやたら豪華なバトンは以前ウィキペディアで見た元帥杖という物に似ていた。
 腰(?)にはサーベルが差してあって、なんというか、すごく。

「冬将軍!」
「見つけやしたぜ閣下」

 将軍(欧羅巴)っぽいって、マジか!?
 その将軍だるまの髭がもくもくと動いて、低い声がした。

「なんと!勇猛にして冷徹な吾輩の完璧な偽装が見破られるとはっ!!」
「ふははは!貴様がどれほど緻密な印象迷彩を作り上げようと、ワシの天鷹よりも鋭い慧眼をもってすればたやすく見破れるのじゃああ!」
「おのれランプの魔神めぇぇぇぇぇっ!かくなる上は吾輩の美技で凍てついた炎となるがいい!」

 冬将軍のちまい手からいかにも冷たそうな青白い光線が放たれ、魔神に直撃した。

「ぬおおおっ!すこぶる冷たいッッ!!」

 のたうち回る魔神。
 やっぱり見た目通り冷たいらしい。



「閣下が初手から必殺技を!?」
「必殺なんだ……」
「以前に謀反を起こしたイエティ中隊を0.5秒で凍死で全滅させやした。あの大技を地上で使わせるとは魔神の親分さんも恐ろしい方ですぜ」
「恐ろしいんだ……」

 殴る蹴るして弱らせた相手にスペシウム光線かますウルトラマンもどうかと思うけど。

「ぬああああっ笑止!この程度でワシを倒せるつもりでいるとは実に笑止ッ!!笑止にして万死ッッ!!!」

 ごろごろ転げていた魔神がばね仕掛けのように飛び起きると、カッと開いた口からいかにも熱そうな真っ赤な光線が放たれ、冬将軍に直撃した。

「ぐあああっ!甚だしく熱いッッ!!」

 のたうち回る冬将軍。
 やっぱり見た目通り熱いらしい。

「このまま気化して天に還るがいい!」
「貴様こそ分子レベルで停止して忘却の果てに沈むがいい!」

 赤い光線と青い光線がぶつかり合い、押し合い圧し合いを繰り返す。

「うぬぬぬぬ…」
「ぐぎぎぎぎ…」

 魔神が冬将軍を嫌ってるわけがわかった。
 冬将軍が魔神を嫌ってるわけもわかった。
 同属嫌悪という奴だろう。


「うぬぬぬぬぬぬぬぬ…」
「ぐぎぎぎぎぎぎぎぎ…」

 冬将軍と魔神は久闊を叙すのに忙しそうなので、しばらくそっとしておく事にした。

 近くに自販機があったので、温かい缶おしるこを買った。
 寒太郎少年が校庭の千日戦争について何か言いたげだったので、ココア(つめた〜い)を渡した。

「こいつぁ良く出来た茶筒でやすね」

 ココアの缶をくるくる回して首を傾げる寒太郎少年。
 缶入り飲料の飲み方を知らないようだ。

「ああ、ここに指を引っ掛ければ……そう、ほら開いた」
「これは面妖な……甘もうござんす!!」

 ぱああっと光輝くような笑顔が浮かんだ。
 こうしてみると歳相応の子供に見える。

 寒太郎少年はにこにこしながらココアを飲んでいたが、突然表情を強張らせた。

「あっしだけがこのような歓待を受けるわけにはっ」
「律儀だな君は」

 風の精というのはもっと気まぐれなものだと思っていた。

「まぁいい。あいつらの分も買っておこう」

 校庭に戻ると魔神と冬将軍はまだじゃれ合っていた。

「喰らえ!邪王炎殺黒龍波!!」
「なんの!エターナルフォースブリザード!!」

「閣下ー!魔神の親分さーん!落ち着いてくだせぇぇぇっ!」

 火の玉や氷の塊が飛び交う中、寒太郎君は二匹の間を涙目で往復しているが、二匹は聞く耳を持たないようだ。
 
「おいお前ら、これでも飲んで一息つけ」

 緊張を解すため、二匹にさっき買った飲み物を進めた。
 冬将軍にはブラックコーヒー、魔神にはコンポタを。
 どちらもあたたか〜いだ。
 近づくと危なそうだったので、投げて渡した。

「ぶげらっ!?」
「ゴポォッ!?」

 私の腕でちゃんと届くか心配だったが、冬将軍は顔面で、魔神は鼻の孔で見事キャッチしてくれた。

「閣下ああああああっ!」
「熱づづづづづづづっ!?」

 冬将軍の顔面に埋まった缶コーヒーはたちまち凍りついて、ぽとりと落ちた。

「この人間ふぜいが!」
「気にするな。私のおごりだ」
「よくも吾輩の峻厳たる顔に侮辱をくわえたな!!」
「それはすまなかったな。おかわりをどうぞ」
「ぎゃふっ!?」

 至福の微糖とかプレミアムブラックなどを大きく振りかぶって届けると、冬将軍は物静かになった。

「やめろくださいおねがいします」

 私の誠意は冬将軍に通じたようだ。

「おいこら山田フゴッ!?」

 一方魔神は右の鼻の孔にだけ缶が詰まってるのがバランス悪い気がしたので、左の孔におしるこの空き缶を詰めて置いた。

「とりあえず、それ飲んだら寒太郎くんと一緒に帰れ」
「そうでやす閣下。幕僚の兄さん方も心配してやす。それにこれ以上留まって観測史上を更新したら、上も黙っていやせんぜ」
「寒太郎、世話をかけたのである……だが断るッ!!」
「へぇ、あんたは自分の事を心配してくれる相手にNOと言うのが好きなフレンズなんだ」
「いっ否である!吾輩は冬将軍として見過ごせぬ事があるのだっ!」

 冬将軍には、引くに引けない理由があるらしい。

「だから吾輩の帽子でフリスビーするのをやめろぉぉぉぉっ!」

 冬将軍の帽子は複雑な形の割りによく飛んだ。
 
 

 立春の頃、冬将軍はいつも通り転進の準備を整え、軍団を率いて移動を開始していたという。
 軍団を構成するのは、寒風の精霊や氷雪の妖怪、妖精にランクダウンした忘れられた神々およそ10万。
 そのどれもが強い冷気を身に纏い、進軍ルートにある土地は例外なく激しい寒波に見舞われる。
 そしてこの町の上空を通りかかった時も、大気は凍てつき、大地は凍え、生きとし生けるモノは皆、それぞれの棲みかで息をひそめているはずだった。

「それなのに、ああそれなのに!吾輩の鋭敏な耳は聞き捨てならぬ声を聴いたのである!!」

“あつい”

「この町の何者かが、この吾輩の足元で『あつい』と!!」
「……あんたのどこに耳があるのかは置いておくとして、『厚い』の聞き間違いじゃないのか?」
「否である!あれは『熱い』であり『暑い』であった。これは冬季を司る大精霊たる冬将軍への侮辱であり挑戦であるっ!!」
「それで、声の主を探しに降りたと」
「肯定である。吾輩は『あつい』とぬかした不届き者を探し出し、寒暖はっきりつけるまで戻らないのであるっ!!」

 つけるのは白黒じゃないんだ。



「本当にすいやせん人間の姐さん」
「気にするな」

 なし崩しに、冬将軍の人探しを手伝う事になった。
 膝まで雪が積もった道を歩くのは心底面倒くさかった。
 長靴の中で冷え切ったつま先が、一歩進むごとに痛みを訴える。

 もう帰ってタライいっぱいにお湯を張って足湯したい。
 足湯に浸かりながら、火傷しそうなくらいの熱燗をきゅーっといきたい。
 ツマミは生姜をたっぷり入れて甘辛く煮た鶏レバーで。

 しかし寒太郎少年が『もちろんタダでとは言いやせん』と震える手で丸いドングリ(一番のお気に入りらしい)を差し出してくるので断りきれなかった。

「で、この辺りから聞こえたんだな」
「うむ。か細い声であった。吾輩の鋭敏な耳でなければ聞き取れなかったであろう」
「はいはいゴイスー」

 冬将軍のちまい手が指差したのは一軒の空き家だった。
 庭に面した窓のカーテンは中途半端に開いていて、前の住人の家具やゴミがそのままになっているのが見えた。
 この家の事は大家さんの噂話で聞いた事がある。

 私がこの町に越してくる2年前まで、この家には若い母子が住んでいたらしい。
 托卵がバレて離婚したらしいと大家さんとその茶飲み友達は聞いてもない事を教えてくれた。
 若い母親はオブラートに包んで言うと、とても寂しがり屋で、パチンコ屋で知り合った男と出会って三日で同棲した。
 仲睦まじく暮らしていたのは最初の二ヶ月だけで、後は……騒音が絶えなかったらしい。

 そして二年前の春先、こんな風に冬に逆戻りしたような寒い夜。
 幼い子供は家の中で事故死した。
 女と男は事故だと言い張った。
 その主張が通ったのか通らなかったのか、遠巻きにパトカーを見ていた大家さんにはよくわからなかった。
 ただ、この家に住人が戻る事はなく、新しい住人もいまだ現れていない。

「つまりこの家には誰もいないはずなんだ」
「おるぞ」
「いるのである」
「一人残っておりやす」

 酷い多数決をみた。
 ここだけ常識が3乙してる。
 何がいるのかはあえて聞かない事にした。

「いるのがわかってるなら、さっさと決着をつければいいものを」
「招きを受けぬ家に入れるわけがなかろうが」

 そういえば寒太郎少年も『立ち話もなんだし』で首を傾げ『どうぞ上がって』と言うまで部屋に入ろうとしなかったな。

「山田は何も知らぬのだなぁ」
「人間は愚かゆえ礼儀をわきまえぬのである」

 膝より下から上から目線という器用な事をする二匹。

「そうかわかった。お前らが入れるようにしてやる」

 右手にメラゾ…じゃないランプの魔神、左手にマヒャ…いや冬将軍を掴んで同時に窓ガラスに投げつけた。

「うわなにするやめ」
「遺憾の意ぃぃぃぃ」

“ガシャーン”

 窓ガラスは砕け散った。

「これは…極大消滅呪文!?」
「いやただの物理攻撃」

 ガラスの破片に気をつけながら中に入り、鍵を開けて枠だけになった窓を開けた。
 ちなみに二匹は積もった雪に逆さに埋まっていた。図ったようなスケキヨだった。

「さぁどうぞ。お客様」
「う…うむ」
「よきに、はからえ」
 家の中は『事故』の起こった2年前のままのようだった。
 土足で人家にあがる引け目はすぐに消えた。
 床にはゴミと脱ぎ散らかした服が散らばり、テーブルには酒瓶と食べ残しらしい黒いカスが溜まるカップめんの容器。
 それら全てに降り積もる二年分のハウスダスト。
 雪と泥の混じった私の足跡だけが床に刻まれる。
 
「こっちである!」

 冬将軍が駆け込んだのは物置部屋だった。
 乱雑に押し込まれた掃除機や脚立の下に潰した段ボールが敷いてあった。
 段ボールには腐汁が染み込んで乾いたような黒い染みがあった。
 
 黒い染みは、小さな人の形をしていた。
 
 傍には錆びたアイロンだのヤカンだのオイルライターだのが転がっていた。

 二年前、ここで起こったのは『事故』ではないと確信した。
 反吐がでそうだ。

「貴様があついとぬかした不心得者であるな!」

 冬将軍が黒い染みに元帥杖をビシッと突き付けた。
 そこに何かいるらしい。

「冬将軍の行軍を前に不適当極まりない発言!誠に許し難いのであるっ!」

 寒太郎少年も冬将軍の後ろに控えて、うんうんと頷いている。
 魔神は鼻くそをほじりながら『中途半端で下手くそな焼きじゃあ』と吐き捨てていた。

 見えなくて本当に良かった。

「ええい!まだぬかすか、これでも喰らえ!!」

 何かは何を言ったのか、ぶち切れた冬将軍が元帥杖を振ると足元から氷の蔦のようなものが伸び、物置部屋を覆い尽くした。
 氷の蔦が触れた物は全て真っ白に凍りついて粉々に砕けた。

 掃除機も脚立もアイロンもヤカンもライターも段ボールも、何もかも。

「どうだ、寒かろう!あついとか痛いとか言えるものなら言ってみるがいい!!」

“つめたい、きもちいい”

「え?」

 今、子供の声がしたような。

「吾輩の勝利であるッ!!」

 冬将軍はサーベルを高々と掲げて勝利宣言をした。
 どういう勝負なのかよくわからなかったが。

「さすが閣下」
「ふん、見事だと言うてやろう」  

 お前らひょっとして強敵と書いて友と呼ぶ仲なのか。
 
 外に出ようとしたら、割れた窓から雪が吹き込んでいて、荒れた部屋が白く綺麗になっていた。
 前の住人達は、こんな風に何もかも無かった事にしたいと思ったのだろうか。
 冬将軍は置き去りにされた子の声を遥か上空から聞き取ったと言うのに。



 帰り道、植木に積もった雪が目についた。
 ふと学生の頃読んだ詩を思い出して、どこもかしこも白いそれを手で掬う。
 あれは雪ではなく霙だったけど。

「……あめゆじゅとてちてけんじゃ」
「人間の姐さん、それは何の呪文ですかい?」
「大切な人が辛い目に遭う時に、その心の平穏を願う時に唱える呪文だ」

 何故だか、嘘でも本当でもない事を言ってしまった。
 一口含んだ真っ白な雪は、冷たくパサついて塵埃の匂いがした。

 ぺっと何か吐き出す音がして、そちらを見ると魔神が顔をしかめていた。

「犬の小便の味がする」

 そりゃそうだ。電柱の根本の雪なんか食うから。

「あめゆじゅとてちてけんじゃ」

 寒太郎少年が呟くと、手のひらに雪が小さな山を作った。
 けれどそれはすぐに、瞬きした拍子に見えなくなっていた。




 翌朝、空は晴れ風は暖かく、鶯が鳴いていた。
 積もった雪は一斉に溶けて、地面がドロドロになっていた。

 冬将軍は昨晩のうちに軍団と一緒に出発した。
 空き家にいた何かは冬将軍に負けたので、その軍門に下り従軍するそうだ。

 寒太郎君は別れ際、お礼にと箱詰めされたドングリをくれた。
 いらないとはっきり言ったら、今にも泣きそうな顔されたので有難くいただいた。
 代わりにというのも何だが、ラムネに入ってたビー玉と、アイスココアをもうひと缶餞別に渡した。

「山田の姐さん、この恩はいつか必ずお返ししやす」

 正直なところ、冬将軍の暴走を未然に防いでくれたら何もいらない。
 いや、そういえば一つだけ欲しい物がある。

「しもやけに効く薬持ってない?」

 あの時手袋越しとはいえ、冬将軍を掴んだ左手が赤くぱんぱんに腫れて、少しでも温まろうものなら痛痒くて仕方なかった。



【終】
おまけ


・冬将軍

冬季を司る大精霊の一柱。
北欧の霜の巨人に連なる名門出身のエリート軍人。
狂暴な魔獣やプライドバリ高の落魄した神々を纏めて統率する非常に優れた指揮官。
地上で活動するにあたってかさばらない形態として雪だるまを選んだ。

だが山田視点では性格が魔神とまる被りしてるように見える。

魔神がランプに封印されるまでは不倶戴天の敵として壮絶な死闘を何度も繰り返していた。
タイマンでは魔神の勝率が高いが、軍勢を率いた合戦では冬将軍が圧勝する。

しかし山田視点では可愛いくて頭の悪い雪だるまにしか見えていない。


・セーヴェル・ヴェーチェル

シベリア寒気団の若い風精。
その好意はドングリであらわされる。
気まぐれがデフォルトの風精の中で比較的生真面目な個体。
将来有望株なので冬将軍の下へ修行に出されている。

日本に来た時、同年代の妖怪・雨降り小僧と友達になり日本語を習った。
その時教材代わりに観た時代劇にドはまりし、日本風の名前として『北風小僧の寒太郎』と名乗るようになる。
山田に『木枯し紋次郎』と間違われた時、内心とても誇らしかった。


・墨零

冬将軍の子飼いの部下の雪女。
元人間の亡霊という精霊としては底辺から、次期冬将軍候補まで登り詰めた。
人間の子供だった頃の死因が影響したのか、雪女でありながら炎属性を併せ持つユニーク個体。
狂暴で残虐だが、冬将軍を父、寒太郎を兄のように慕っている。

空き家にいた地縛霊(享年7歳)
自分が死んだ日と同じ日同じ天候に、凄惨な死の瞬間を繰り返していた。
死因が熱傷によるショック死で、『あつい』と口にしたのを冬将軍に聞き咎められ成敗されてその軍門に下る。
その時に新しい姿と名前を与えられたので生前の事はほとんど覚えていない。


おまけおしまい
(((*´∀`)きゃー! 山田と魔神の最新キターexclamation ×2
 しかも何気に良い話しだ! ギャグのテンポと言い、話しの進み具合と言い、面白過ぎです!
 このシリーズ…好き…(ハァハァ目がハート
>>[5]
 目次に追加作業終了しました〜。
 それから、目次の下のほうに埋もれていたのでちょっと上のほうに移動しました。

 あめゆじゅ・・って言葉は好きなんだけど。私も呪文みたいで好きなんだけど。
 あの詩は好きじゃない。

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