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アナタが作る物語コミュの【青春活劇】中二病疾患 第八話『オトコゴコロと夏の空ー寄り添って眺める朝日』

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 明仁が目を覚ます前に私はそっと表に出て、屋根の上に止まります。夏なので五時を待たずして朝日は昇っています。私は眩しい光りに向かってパチパチと瞬きをし、自身の羽に反射させます。実体を持たない私には食事も排泄も必要ありません。ただ、こうして日の光りを浴びて生命としての力を作り出しています。
 私にも明仁と同じ人間の姿であった頃があり、愛しき人の隣に寄り添い、こうして朝日を眺めていた事を思い出します。その人は当時の私の名を呼び、私とその人は肩と肩を触れあわせます。朝日は海に反射してキラキラと輝き、空は明々と白み、私の目に映る世界の全てを美しく彩ります。潮の香りが鼻をくすぐります。愛しき人は、ただ優しく私に寄り添っていてくれます。
 当時の私の名前を忘れた訳ではありません。ただ、今、私が過ごしている時間の中では不必要ですし、思い出すのも億劫なので、明仁には今の名前しか教えていません。
 私はコミタと申します。普段は明仁の肩に止まり、寄り添い、この世界を共に眺めて過ごしております。白いオウムのような鳥の姿となって。
 私はこの姿になる前、明仁の側に寄り添いたいと強く望んだ時、担当者が言いました。
 人間の姿ではないですが、良いのですか?
 担当者が言うには、どんな生き物なるか分からない、場合によってはモノノケの姿になるかも知れないと言いました。
 私は、ならばティラノサウルスになりたいと申し出ましたが、却下されました。どんな生き物になるかは選べないとの事でした。しかし、私はティラノサウルスになる可能性はゼロではないと信じましたが、結局は今のオウムのような鳥になりました。
 明仁を驚かす事も出来ない、強靱とはかけ離れた姿でしたが、鳥類はティラノと同じ獣脚類と言う恐竜から進化したとは存じておりましたので、こう言う運命だった、ダンゴムシよりはまだマシだったと割り切る事にしました。

 台所では明仁の腹違いの兄、強志が朝ご飯を作っていました。
「そんな事しなくて良いのに」
 明仁は強志の少し痩せた後ろ姿に声をかけました。強志は振り返りながら微笑みました。
「良いって。それより大丈夫?」
 そう言いながら表情を曇らせ、頬に手をやります。明仁も左の頬に手を当てます。腫れたり痣にはなったりはしていません。
「大丈夫だよ、俺は壊れないから」
 明仁はこの兄と暮らし初めてから、何度この台詞を言った事でしょうか。強志は済まなそうな顔をして俯きました。
「ごめん…」
「だから、大丈夫だって」
 私は明仁の肩にそっと止まりました。明仁の頭はもう別の事を考えているようでした。
(きっと味噌汁は味が薄いから日菜が食べる時までには味噌を足さなくちゃ。あと、流しをキチンと掃除して…。皿は裏に泡がついてるからもう一回濯いでおこう。ご飯は昨日の内に俺が水に浸けておいたから水加減を間違える事はない。卵は…多少焦げてるけど大丈夫。キュウリは分厚いけど繋がってないからこれも大丈夫)
《心配事が後を絶たないね》
 私はクスクスと笑いながら言いました。もちろん明仁にしか聞こえません。
(だな。でもこう言う人だから)
 明仁は笑っていました。
「後は俺がやるからゆっくりしてろよ。今日から新しいバイトだろ?」
 強志を居間にやると、明仁は修正すべき点を修正し始めます。

 ___

「ほら、朝飯食ったか?」
 校舎の裏でアキさんがそう言いながらクリームパンとサラダサンドを渡してきやした。小学生の頃から続いていやす。
「水だけ」
 オイラはそう言いながらパンとサンドウィッチを受け取りやした。包みを開いてクリームパンを頬張ると、甘さが控え目のカスタードのバニラの香りが口いっぱいに広がりやす。二口目はパン生地のフワフワした食感を噛み締めなながら食べやす。
「早く行った方が良いじゃねぇか? 佐藤達が寂しがらないかい?」
 パンを口いっぱいに頬張っていたのでフガフガしながらですが、そう返しやした。
「そうだな。じゃ、早く教室に来いよ?」
 オイラは壁にもたれかかって、アキさんの広い背中を見送りながらクリームパンの三口目を囓りやす。
 オイラの名は三宅洸太、十三歳、中学生、色々と訳ありでクラスでは浮いてやす。

「では、皆さん、我らが二年四組は文化祭では模擬店をやる事が決まってます!」
 ホームルームでは祭事委員の川村純がやけに張り切っていやした。文化祭は十月の終わり頃だと言うのに。何故か応援部の学ランを(暑いのに)着てハチマキまでしていやす。多分、誰も止めないのは、割りと頑固でありながらもノリ易い性格を知っているからでしょう。隣にいる今井清美も普通の事として受け流しているようです。
「じゃ、今日は何をしたいか決めます。詳細は二学期になってから詰めていきます」
 清美は和やかに、でも淡々と進めていきやす。
 リンゴ飴、焼きそば、チョコバナナ、輪投げ、射的、たい焼き…様々な意見が出やしたが、クレープに決まりやした。
「あと、明日に迫った藻茶市花火大会に我らが北二中の祭事委員と福祉委員はゴミ拾いボランティアとして参加します。誰か参加したい人は今日の五時までに俺か今井さんか、木下さんか鈴木くんに言って下さい」
 純はそう言うと、歯を見せて笑い、教壇から降りやした。多分、参加する人はあまりいないでしょうに。
 オイラは小四まで高の台小に通っていて、純や清美、あと相田百合や石松哲也とはずっと同じクラスでした(少子化で一クラスしかないのでやんす)。純はその時から変わらない、妙に律儀で真面目なのにお調子者な可愛い奴で、見ているとほっとしやす。小さい頃の事を思う時、まだオイラが爺の所で暮らしていた時の事も思い出せやす。不思議と幸福な気持ちが胸にこみ上げるのでげす。

 ………

 オイラには父親の違う兄と弟がおりやす。兄弟三人と母方の祖父の男所帯、爺はいつもオイラ達を気遣ってくれやした。掃除、洗濯、食事、裁縫、若くして婆(この表現はどうなんでしょう? 若いのに婆…)が亡くなったので男手一つでおっかさんを育てた爺に取って、家事と育児は決して楽ではなくとも苦でもないようでした。オイラと兄弟は爺の愛情に包まれて幸せに育っていやした。
 おっかさんは(自称)恋多き女でした。たまに帰っては男の人を連れて来て、夜になると何とも言えない声を上げて鳴いていやした。当時はその意味がよく判らなかったのですが、爺はおっかさんがその声を上げるようになると、オイラ達に早く眠るように言いやした。
 オイラが十歳の時に亡くなるまで、おっかさんはそれはそれは美しい女でした。オイラの最後の記憶では豊かな髪を栗色に染め、赤い口紅を付けた外見で、抱き締めてくれる時はいつも石鹸の柔らかな香りに包まれるのでやす。その香りは夜にあの声を上げている時とは別で、とても心地良く、もっとこうしていたい、そう思わせるものでした。
 おっかさんは小四の冬、四十三歳で亡くなりやした。あの石鹸の匂いに包まれた日の翌日でした。二月の寒い夜にお酒を飲んで酔っ払い、雪が舞う中、公園で眠ってしまいやした。凍死でした。
 そして、オイラ達兄弟はバラバラにそれぞれの父親に引き取られる事になったのでやんす。
 二つ上の兄のキイチは老舗旅館の放蕩な次男坊の息子になりやした。旅館の長男の所に子はおらず、キイチが旅館を引き継ぐ事になるだろう、そう言われておりやした。
 三つ下のタマオは裕福な家庭の息子になりやした。継ぐような家や稼業はありやせんが、子はおらず、可愛がってもらっているようです。
 オイラが中学に上がった年の春、キイチとタマオに会ったのですが、二人とも幸せそうでした。オイラは四日も着続けているティーシャツの匂いがバレやしないか気になっていやした。キイチは海の見える丘の上にあると言う学校の制服姿で、タマオは仕立ての良いジャケットを羽織っていやした。オイラも中古とは言え、私服よりかは幾分マシな学校の制服で来れば良かったと思いやした。
 兄弟達は決して肥満ではありやせんが、頬は薔薇色でフクフクとしていて、目は水面に反射する木漏れ日のような優しい光りを讃えていて、オイラの顔を見ると嬉しそうに笑いやした。オイラは新学期だと言うのに伸ばしっ放しの乾燥した髪とカサカサの肌を気にして、上手く笑えやせんでした。
 夕方まで、キイチがもらったと言う小遣いでファミレスで居座りやした。オイラはサラダバーのサラダばかり食べていて、二人とも心配していたのですが、野菜不足だからとごまかしやした。
 オイラは爺と暮らしていた時より、少し痩せておりやした。

 ………

 ホームルームは着々と進み、生徒会の恒川恵里が生徒会長選挙に推薦され、副学級委員の戸塚佑太が解任されたので江野健太が新たな副委員に任命されやした。後は担任の灰田先生から夏休み中の注意事項を一学期の終わりに言われた時よりもきつめに言われ、二学期から新たに副担任となる勝地先生の紹介があり、解散となりやした。二学期からはいないと言う桜井先生は教室の後ろでずっとクラス全員を見渡し、別れを惜しんでいるような硬い表情をしていやした。
「あのさ、今日一緒に遊ぼうぜ」
 帰ろうとカバンを持ち上げた時、アキさんが声をかけてくれやした。
「おう、良いぜ」
「じゃ、二時に中央公園な」
 久し振りにアキさんと一緒に遊びやす。何だかワクワクしてきやす。頬が火照るのはエアコンのない教室だから、だけではないでげすよ。

 ___

 私が明仁の肩に寄り添うように止まるようになったのは、明仁が小学六年生の二月からでした(私には年齢と言う概念はありません、または曖昧なので自分の年齢ではなく明仁の年齢で数えています)。
 明仁の父親が亡くなった日に、私は明仁の肩に止まりました。初めからその肩は私のための特等席のようなもので、ピッタリとサイズも形も合う靴のように私にはまりました(今は鳥なので靴を履けませんが人間だった頃は履いていたと思います)。
 冬の小学校のグラウンド。本当はもう少し前にも人間だった頃の姿で会った事もあるのですが、話しがややこしくなるし面倒なので黙っていました。
《こんにちは》
 ふと横を向いたら白いオウムが肩に止まり日本語で話しかける、流石に小六男子です、メルヘンな事として受け入れられはしないでしょう。案の定、顔には驚きが浮かび、細い目を見開いて私を見ていました。直感的に、私の声は自分にしか聞こえないし、姿も自分にしか見えないと感じたのでしょう。明仁は黙って私を見つめるばかりでした。
 ティラノならばもっと良い反応を見られたのですが…おしゃべりオウムなどこんなものです。ある程度しゃべる事は予想できたかも知れません。
(…こんにちは)
 明仁は心の声で返しました。それから、特に人前で私と話す時はこうして心の声で話しかけるようになりました。
《私はコミタ》
(明仁)
《よろしくね、明仁》
 級友達がグラウンドを走り回っていました。冷たい風が明仁の頬を刺すように撫で回しました。私は、ただそこに、そう言う存在として有り続けました。
 その三十分後でした、学校に明仁の父親が亡くなったと知らせが入ったのは。

 ………

「なぁ、今日、ちょっと遊ばねぇ?」
 明仁はいつも仲良くしている佐藤雅希、葉山健、津山浩樹に加え、健の近所の友人である森はじめに切り出しました。
 登校日も無事に終わり、教室を出る所でした。
「うん、良いよ? 何する?」
「何でも。サッカーでもキャッチボールでも、誰かの家でゲームでも。取り敢えず、二時に中央公園な」
 健の質問に明仁が返します。中央公園でしたら、さっき三宅洸太と言う少年も誘っていました。洸太は小学生の時の相撲クラブの仲間でしたが五年生からの転校生で、当時からあまりクラスメイトとも関わりを持とうとせず、明仁くらいしか話し相手がいなかったと聞いています。中学に上がってからは不良グループに加わり、二年生に上がってから明仁と再び同じクラスになりましたが、相変わらず明仁以外を避けているようでした。ただ、梅雨入りの時期から川村純や石松哲也、相田百合、今井清美などの転校前の学校で一緒だった級友達からの歩み寄りはあるようです。
《洸太が来る事は言わないの?》
(言うと来ないかも知れないだろ? 黙ってるのと騙すのは違うし)
《ふーん。難しい言葉を知ってるじゃん》
(俺も中二だからな)
《見た目はおじさんだけどね》
(言われ飽きたわ…って、おい)
 私は級友達の元に飛んで行きました。
 私にはある程度の限界はあるものの、肩に止まった者の思考を読み取る、及び話しかける能力があります。たまにこうして明仁の周囲の人間の思考を読んでいる事もあります。最も明仁はあまりいい顔はしないので、常日頃から誰かの頭を覗き見している訳ではありませんし、話しかける事はあまりありませんが。
(さっき三宅くんとアキが話してたな。連れて来なきゃ良いけど…)
(明仁くん、まさか三宅くんを連れて来たりしないよな。三宅くん、怖いんだよな)
 私は雅希とはじめからこの思考を読み取りました。健と浩樹に関しては洸太と明仁が話していた事を知らないのか、読み取る事が出来ませんでした。
(やめろ、趣味が悪い)
 実体がないので他の者は触れる事の出来ない私ですが、何故か明仁だけは触れる事が出来ます。私は後ろから頭を指で押され、よろけてはじめの肩から降り、床に羽ばたきながら着地しました。
「悪い、糸屑付いてたから払った」
 明仁は訝しがるはじめに言うと、私に呆れた目線を送りました。
《ごめんごめん。でも洸太の事、黙ってて良いの?》
(良いんだ)
 明仁はカバンを掲げました。

 家に帰ると、まだバイト中であるはずの強志がいました。玄関に靴があったので判るのです。驚いたのはその事よりも、部屋に踏み込んだ時、強志の左目の周りが紫色に腫れていた事でした。
「何があった!? 誰にやられた!?」
「大丈夫、転んだだけ」
「嘘吐け、どうやったら転んでそんなケガすんだよ?」
 明仁は強志の返答に語気を強めます。それは私の目から見ても明らかに誰かに暴力を振るわれた形跡でした。
「バイト先でやられたんだろ? 警察に届け出ろ」
「いや、ホントに転んだだけだって」
 強志は泣きそうな顔とヘラヘラ笑う顔が混じった状態で答えました。明仁は床に座り込んだ強志を押し倒すと、着ていたシャツを捲り上げて胸まで露わにしました。痣は体にも出来ていました。
「どう転んでもこんな風にはならないよな? バイト先、ヤバい人でもいるの?」
 強志の上半身を起こすと圧し殺すように言いました。力では本来は明仁には敵わない強志です。
「知らなかったんだ。ヤクザの手先の仕事だった」
 昨日まで強志は新しいバイトは会社内の清掃だと言っていました。
「急に掃除じゃなくて未成年者の世話を頼まれたんだ。アパートの一室に不良の溜まり場にしてる場所があって、そこに食料を運んだり掃除したり。そこにいた男の子が教えてくれたよ、俺の上司、越前さんって言うんだけど、越前さんはヤクザで不良少年達に居場所とヤバい仕事を与えてるって。俺はすぐに越前さんに仕事を辞めさせてくれって頼んだ。そうしたら辞める代わりに殴らせろって言われて、そこにいた体が大きな男の子と二人でボコられちゃった」
 へヘッと強志は力なく笑いました。
「母さんには言ったのか?」
「言えないよ。言ったら心配するもん。明仁だから言うんだ」
 しばらく二人は黙り込みました。
「…ごめん、情けなくて。俺、明仁にもずっとこうしてたんだよな」
「俺なら壊れないから大丈夫」
「ほんとごめん…」
 強志の泣きそうな声だけが部屋に留まり、淀んだ空気を更に淀ませました。


 私は明仁が強志を押し倒した時に、強志の肩に一瞬だけ移り、思考を読み取りました。そして、言っていたアパートの一室とやらに向かいました。
 玄関には靴やサンダルが脱ぎ散らかされています。狭い台所はシンクやコンロの周りは割りと片付いていますが、床には弁当の容器やペットボトルが沢山入ったゴミ袋が置かれています。その奥には六畳程の部屋があり、真ん中にちゃぶ台、窓際にテレビ、そこら中にゲーム機や漫画雑誌、袋が開けられたスナック菓子が散らかっています。部屋の空気はエアコンのおかげでひんやりとしていますが、どことなく濁っているように感じます。
 見知った顔が五人と知らない顔が一人おりました。
 三宅洸太もいました。阿久龍太郎、小林拓也、仙道秀明、彼ら四人は明仁の学校で昨年度、不良グループとなり当時の一年一組を崩壊させた中心人物です。もう一人は南出虎次、彼は六月頃、明仁の学校の校長先生に引ったくりをした主犯で他校生の筈です。知らない顔は成人で、とは言え若い男でした。背が高く肩ががっしりしていて、鋭い目元とパーマのかかった茶髪です。安っぽい太い銀色のネックレスと髑髏のイラストが入ったTシャツを着ています。
 男の肩に止まり、思考を読み取ります。
(田村強志ならあれだけやっとけば放っといても大丈夫だろう。警察に言うだけの度胸もないさ、あんな腰抜け)
 私はこれだけ読み取ると、部屋を後にしました。強志やその家族(つまり明仁と母と妹)に危害を加えるつもりがない事だけ確認出来ればそれで良いのです。これならば伝えて、他人の思考を読み取った事が知れても明仁は許してくれます。

 ___

 昼食はアキさんに貰ったクリームパンと越前の兄さんが買ってくれたスーパーの弁当を食べやす。
「じゃ、約束があるんでこれで」
 オイラは食事だけ済ませると、立ち上がりやした。
「何だ?」
「ちょっとクラスの奴に呼ばれてやして。ヤボ用でやんす」
 兄さんが聞いてきたので一応は返しやした。
「ふーん」
 兄さんは興味なさげに答えやした。
「俺も今日はじいちゃん家に行くんで」
「俺も帰る」
「俺も」
 龍太郎も拓也も虎次も立ち上がりやす。
「俺は…もう少しいるよ」
 秀明が言いやした。秀明は少し小柄で女の子みたいに見える時がある可愛らしい少年です。越前の兄さんもどことなく、秀明に対してはオイラ達とは違う優しさと言うか、可愛がっているような雰囲気がありやす。秀明も越前の兄さんには甘えるような態度を取る事がありやす。
 彼らを背に裸足にくたびれたスニーカーを履きやす。アパートのドアを開けると、夏の眩しい陽射しが白く降り注ぎやす。オイラは手を顔にかざして、目を少し細めやした。汗が滲んできやす。
 アパートの階段をタンタンと磨り減った踵を鳴らしながら降りやす。久し振りにアキさんと遊ぶ、ワクワクしやす。

 何て自分はアホだったんだろう。アキさんがオイラがクラスで馴染めていない事を心配していた事をちゃんと知っていやした。だから、ここに他の人が来る事も予想しておくべきでした。
 オイラが公園の西口の大きな木の下で、約束の三十分も前から汗だくになって待っていると、やって来たのは佐藤雅希と津山浩樹でした。二人は何やらじゃれ合いながら笑っていやした。仲が良さそうです。東口のベンチに座って話し始めやす。木の葉と木漏れ日が作る光と影のマーブル模様が二人を被っていやす。オイラは二人を見付けた時、アキさんの仕業だと思いやした。二人もやがてオイラを見付け、ぎこちなく頭を下げたり、手を上げたりして、その後はオイラを見ないようにしやした。
 慣れてるだろう? 自分に言い聞かせやした。不思議と疎外感は感じやしたが、不快ではありやせん。自分から望んでこうしているのですから、不快になるなど有り得んのです。

 ………

 オイラが台小から大町小に転校したのは、五年生に上がる時でした。
 爺は仕事をしておらず、生活費を稼いでいたのはホステスをしていたおっかさんで、爺には子どもは育てられない、そう行政も親族も判断しやした。それまで数える程しか会った事のないおとうが、爺に生活費を送るのを嫌がったと言うのもありやす。オイラはもう大きいのだから自分の事は自分でするように、とおとうに言われ、おとうと二人で暮らすようになりやした。
 最初にオイラの話し方を笑ったのは七海文太と言う厳つい顔付きにガタイの良い男でした。
「何だよ、『オイラ』とか『でい』って。キャラ作ってるだろ?」
 別にキャラは作ってはいやせんでした。単に幼少期、爺の膝の上に座って夕方の時代劇の再放送を見るのが好きで、その番組に出ていた丁稚の少年のしゃべり方を真似ていたら『オイラ』とか『でい』とか『やすぜ』とか言うようになっただけでやんした。
 台小ではそんな事を言われた事は一度もありやせん。しかし文太は威圧的に振る舞っていても所詮は自分より弱い奴にしかイチャモンを付けられないような奴、無視して立ち去ろうとしやした。一方で自分はやはりしゃべり方がおかしいと言う事にきちんと気付きやした。
「何だよ、無視かよ」
「逃げるなよ」
 文太の子分のノリ(色白眼鏡)とチヨ(七三に蝶ネクタイ)がオイラの前に立ちはだかりやした。
「退いてくれい。歩けない」
「くれい、だって。どうする? ブンちゃん」
 こうやってからかったのはノリとチヨのどちらだったでしょう? 腹は立ちやしたが関わりたくはないので無視するしかありやせん。
「やめろよ、お前ら」
 ふと声のする方を見ると文太と同じくらいガタイの良い老けた印象の男子が子分二人を睨んでいます。それがアキさんでした。
「俺が相手になってやるよ」
 アキさんが近寄ると子分二人は文太の後ろに隠れてしまいやした。
「うるせぇな。行こうぜ」
 文太は子分二人を連れて行ってしまいやした。
 オイラはアキさんの自分より高い位置にある顔を見つめやした。アキさんは、オイラを見て笑っていやした。
 おとうはオイラが五年生でもう何でも一人で出来るだろう、と突き放していやした。小遣いは月に千円、一緒に住まわせてやるから千円で何とか食事は用意しろ、そう言う男でした。無理でげす。業務用スーパーのお握りを一日一個と切り詰めて水道の水をガブガブ飲んで過ごしても、半月でお金は底を尽きやす。どうやっても生きていけやせん。結局、給食がライフラインになりやした。
 万引きで補導されたのは、おとうと暮らし始めて一ヶ月後のゴールデンウィークの事でした。
 小遣いは月初めにもらえるのでお金に余裕はあるのですが、無駄に消耗して後半が苦しくなるのが嫌でした。それに連休のせいで給食すら食べてないし、おとうが買った食料品に手を出すと殴られやす。何か食べるもの…そんな時に目に入ったカツ丼はとても輝いて見えやした。盗みは悪い事です、でもこれからは盗まないと生きてはいけない、そう考えてしまい、Tシャツの下にカツ丼を忍ばせてスーパータケヤマーケットを出やした。その時は上手く行きやした。
 翌日、二回目の万引きで失敗しやした。ハンバーグ弁当で捕まりやした。
「ちょっと僕、その服の下に持ってるもの見せてくれる?」
 淡々としたしゃべり方のおばさんの店員でした。一瞬だけ振り返って走り出しやしたが、すぐに警備員の若い男に押さえられやした。シャツにデミグラスソースの赤黒くて甘いシミができ、オイラは男に押さえられたまま、暴れ続けやした。
 名前を言わなかったのですが、警察に連れて行かれ、爺の名前を出しやした。でも迎えに来たのはおとうでした。おとうから警察でビンタ一発、帰宅してからは気を失うまで蹴られ続けやした。
 ゴールデンウィーク明け、オイラは紫色に腫れた顔で登校しやした。オイラが万引きした事は知れ渡っていやした。皆、よそよそしく接して来やす。
 オイラは白い目を向けられても給食をお代わりしてでも食べやした。とにかく、食べる事、生きる事が最優先だと思ったんでやんす。
 その日の夕方の事でした。鶏小屋の鶏達を眺めては、フライドチキンや水炊き、ツクネ団子の事を考えていやした。そんな時にアキさんに声をかけられやした。
「ちょっと付き合ってくれ」

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 特に用事もありやせん。早く帰るとおとうの彼女が来ている場合、怒られる可能性もあるので七時までは帰れやせん。
 二人で夕方の道を並んで歩きやした。五年生なのに中学生並みに背が高く、横幅もあるので山のように大きな人だと思いやした。もしアキさんのように大きかったら警備員だって跳ね飛ばして逃げられたでしょうか。
 着いたのは公民館でした。
 土俵も作ってありやす。低学年から高学年まで男の子が十人程おりやした。皆、廻しを着けていやした。ジャージ姿のガタイの良い大人もいやした。
「相撲クラブ。会費は町会費で賄ってるから無料だ。土日の練習や試合には昼におにぎりと味噌汁が出る」
 アキさんは廻しを着け、練習を始めました。オイラはそれをただ眺めていやした。
 六時の帰り際にはアキさんがパンをくれました。
「売れ残りか売り物にならないのだけど、持って来れる。妹の飯も作ってるからたまに少しくらいならおかずも持って来れる。だから万引きなんてするな」
 オイラは無言でヒヨコ豆のパンを頬張ってやした。泣きそうになっていやしたが、泣けやせんでした。いつから涙を流さなくなったのでしょう、爺の家にいた一月と少し前なら兄弟喧嘩をして泣く事もあったのに。
 こうして小五の五月から、オイラは相撲を始めやした。

 ………

 バカみたいじゃないかい、オイラは思いやした。アキさんは馴染めないオイラを気遣ってくれたんだろう? なら、雅希や浩樹にも気遣って愛想良く…どうしたら良いか分かりやせん。中二のオイラは小四の頃まで何も考えずに出来ていた『友達と仲良くする』が出来やせん。オイラのしゃべり方が他の子と違う事で何か言うでしょうか。昨日から着回しているシャツ(染み付き)を訝しがるでしょうか。二人ともあまり親しくない者と話すのは苦手そうです。
 公園にはさっきまで遊んでいた小さな子達三人とその母親達もいやせん。もう暑いから帰ったのでしょうか。それとも中学生が増えたから、小さな子を遊ばせるべきではないと判断したのでしょうか。照り付ける太陽がオイラの肌をジワジワと温めやす。
 東口の向こうの通りに目をやるとまた二年四組の男子生徒を見付けやした。いわゆる商店街の男子メンバー三人でやす。森はじめと鈴木和也と葉山健でした。公園の前で和也が手を振って二人から離れやした。どうやら別行動のようで、左足を少し引きずっているようにも見えやすが気のせいでしょう。
 はじめと健が雅希と浩樹に話しかけていやす。
 ああ、彼らも誘われてるんだなぁ、四人とも楽しそうにしてやす。オイラには入り込む隙間はないでげす。
 アキさん、早く来ないでしょうか。

 ___

 明仁の妹で六年生の日菜は、明仁と強志が作ったお昼ごはんを食べていました。
「ツヨ兄、そのケガどうしたの? 何でもう帰ってるの?」
 日菜の探るような目線が強志を捉えます。
「転んで何か高い道具を壊したんだとさ。で、二時間でお断りされたらしい」
 明仁が呆れたように言います。日菜はまだ疑り深い表情を残したまま、ご飯を口に運びます。
 それにしても三人とも全く似ていない兄妹です。
 写真で見た事があるのですが強志は母親似で、背丈こそ明仁よりは高いのですが線が細く、童顔で強志の方が明仁より中学生のように見えます(ちなみに明仁と日菜は、強志と母親が違います)。
 明仁は父親似で体がガッチリとしていて老けた印象を与える顔です。実際に普段から落ち着いていて、学校の制服を着ていないと級友の父親と間違えられる程です。
 日菜は母親似で、平均的な身長体重の可愛らしい印象の女の子です。性格も天真爛漫で、さっぱりとしています。
 因みに彼らを育てている母親、美千代は日菜とよく似た可愛らしい女性で、パン屋を経営しています。時には怒鳴り声をあげる事もありますが、基本的には優しく、明るく前向きで、仕事以外では割と細かい事を気にしないさっぱりとした性格の女性です。普段は店が忙しく、家事は明仁に任せている部分も多いのです。三十代の半ばで、明仁と並ぶと夫婦のように見える事もあります。
「病院、ちゃんと行きなよ?」
 日菜に言われて強志は頷きました。
 美千代と日菜は知りません。強志が時に、明仁に暴力を奮っている事を。明仁の希望で私が二人の記憶をいじっている事もあります。私には記憶に呼びかけて,蓋をして思い出しにくくさせる事も出来るからです。しかし、これはいつまでもつか判りません。彼女達の中で疑惑が大きくなればなる程、記憶の蓋は閉めにくく、外れやすくなります。

 ………

 強志が明仁と暮らすようになったのは明仁が小六の二月の事でした。
 明仁の父親は美千代と結婚する前、別の女性と結婚していました。その子供が強志です。父親は離婚後も強志と面会していました。月に一度、前妻も交えて食事をするのです。強志が成人するまで続けると約束していたようです。
 そして二月のあの日、父親と前妻は亡くなりました。前妻を車で迎えに行き、待ち合わせのレストランに向かう途中、交差点で信号無視した車にぶつかられました。二人とも即死でした。丁度その時、私は明仁の肩に初めて止まったのです。
 強志は中学を卒業後に高校に進んだのですが、いじめに遭い半年で退学し、短期のアルバイトで食いつなぐフリーターとなっていました。その日は午前中だけバイトを入れていて、昼は両親と食べる、と言う事になっていました。
 強志は父親が好きでした。同時に別の家庭を築いていて、その邪魔になってはいけないとも判っていました。父親は一応、年に片手で数えられる程度ですが、明仁や日菜や美千代とも強志を会わせて食事をしたり、遊びに行ったりはしていたのですが。そんな時、強志は明仁や日菜を見て、自分の父親は今はこの子達の父親なのだと思い、一線引いていました。
 強志は自分の母親が嫌いではありませんでしたが、苦手ではありました。強志の母親は離婚してからお酒を飲む量が増え、酔っ払っては小さな強志に愚痴をぶちまけ、頬を叩いたりしていました。そして酔いが醒めると泣いて謝りながら強志を抱き締めていました。仕事先の人間の悪口や世間への不満を酔いに任せないと吐き出せずに暴力を奮い、その後は泣きながら息子を抱き締める弱い一人の人間をどうやって嫌いになれるでしょう。どうやって正面から愛せるでしょう。それを父親に訴えて助けを求める、小さな強志にはそれだけの事すらも出来ませんでした。
 なので、強志は自分の母親が亡くなった時、安心感と虚無感を同時に感じていました。
 美千代は、強志の様子から心がきちんと育っていない事を見抜いていました。同時に、(具体的な詳細までは解りませんが)強志と母親の間に何らかのトラブルがあり、それが長期間続いていた事も見抜きました。
 また、美千代自身、強志の母親から妻子があると知りながら父親を奪ったと言う過去があり、負い目もあります。強志も明仁や日菜と仲が悪い訳ではありません。せめて成人するか定職に就くまでは…。そう思い、強志を引き取ると決めたのでした。
 もちろん、周囲からは反対されましたが、強志が一人ぼっちになるのは自分のせいであり、責任を果たすのは当然であると主張し、やはり強志の方も一人になるのは辛いので、月々決まった額を家に入れると言う約束を自分からして、紆余曲折はありましたが家族の一員になりました。
 なぜ私がこんな他者の感情や過去まで知っているのかと言うと、明仁に内緒でまた思考を読み取ったからです。

 強志は母親から受けた愛情が少しばかり歪だったせいか時々、感情をコントロールできない事がありました。家に帰ると部屋に引きこもり、声を押し殺して泣く事がありました。暴れそうになる感情を枕や自分の頭を拳で殴ってぶつける事もありました。
 明仁は中学に上がって間もない頃、夕食のために強志を部屋に呼びに来ました。ちょうどその時、泣きながら自分の頭を拳で殴っている時でした。
「何やってんだ、兄貴!」
 明仁は止めに入りました。自傷行為を見られた、強志はそう思いましたが、まだ自分の中に渦巻く暴れたい衝動を止められません。目の前には体の大きな中学生の弟が迫って来ます。手を捕まれ、そのまま拳を明仁に向けました。いえ、単に振り解こうとしただけかも知れません。しかし、拳は顔に当たり、明仁の左頰と強志の右手に鈍い痛みが走りました。
 薄暗い部屋で二人は見つめ合いました。お互いに悲しみと恐れを抱いていたのは、わざわざ頭を覗かなくても分かります。先に口を開いたのは、明仁でした。ついで強志も弱々しく言葉を発しました。
「大丈夫、俺は壊れないから」
「…ごめん…」
 これがこの悲しいやり取りの始まりとなったのです。
 余談ですが、強志は小さな頃の自分では抵抗できない母親から暴力を受けていたせいか、力では勝てるはずの美千代や日菜には手を上げませんでした。上げられないのでしょう。それを行えば母親と同じ事を繰り返す事になります。母親は自分の暴力を泣いて謝る程に後悔していました。強志が同じように自分より弱い者に暴力を奮えば、母親がもし生きていたらどんなに苦しむだろう、強志の心の片隅にはいつもそれがありました。
 一発殴れば二発目は必ず止めてくれて、抱き締めてくれて、泣いてしまう自分を受け入れてくれる明仁に甘えている自分は、結局は母親と同じだと自覚をしながらも、強志は自分を止められませんでした。

 ………

「あと私とツヨ兄でやっとくよ。アキ兄、約束あるんでしょ?」
 日菜が気を効かせます。
「食器は水に浸けるだけで良いから。洗うと二人とも割るから」
 明仁は念を押すと、日菜と強志を残して居間を後にしました。
 洸太や健達と約束した二時までは後五分、もう間に合いそうにありません。

 ___

 健が雅希の手を引いてオイラの方に近付いて来やした。ふと時計を見ると、二時になっていやす。
「あのさ、三宅くん」
 健が話しかけやす。いつも友達の前で見せているニカッとした笑いではなく、ぎこちない笑い方です。確か何かの発達障害がある子だと聞いた事がありやすが、話し方を聞く限りではオイラよりはよっぽど真っ当な頭の中の持ち主のようです。
 オイラは顔を向け、頷きやす。学校の外ではいつも被っているらしい野球帽の下にはオイラへの恐れが隠し切れていやせん。オイラの方が余程、今の状況が怖いのですが。アキさん、早く来てくれい。
「アキに呼ばれたの?」
 オイラは頷きやす。オイラは健と目を会わせずに、野球帽を見ていやした。
 中一の夏休みに入ってすぐの事を思い出しやす。

 ………

 中学に入ってからはアキさんと別々のクラスになりやした。オイラは阿久龍太郎、小林拓也、仙道秀明の三人と仲良くなりやした。
 龍太郎は基本的に明るく気遣いも出来る男で、オイラの話し方も気に留めませんでした。正義感が強く、オイラの話し方や給食費を払っていない事をからかう奴がいたら、間に立って止めてくれたり、時には相手に文句を言ってくれたりしやした。
 拓也は北小の相撲クラブ出身でアキさんよりも体が大きく力もあるのですが、相撲の技量はあまりなく、注意すれば勝てる力士でした。性格は無愛想でやすが、人との争いを嫌う奴でした。
 秀明は人懐っこく、明るい性格のお調子者で、体が小さいのでマスコットキャラのような存在でした。顔も女の子のように可愛らしく、笑いかけられた時に胸が高鳴った事もありやす。
 オイラも龍太郎や秀明のお陰で、クラスの中に溶け込み、一学期の間は楽しく過ごせやした。

 中一の夏休みに入って間もない頃、まだ七月でした。オイラはすっかりイツメンとなった龍太郎、拓也、秀明と四人で歩いていやした。何をする訳でもなく、小学生の延長戦のような感覚で虫取りか、図書館でも行くか…。ちょうど中央公園の前を通った時でした。
 オイラ達と同じくらいの年頃の少年が三人と高校生かそれ以上と見える兄さん方が七人ばかり、公園にいやした。兄さん方は茶髪や金髪でアクセジャラジャラな怖そうな感じの男達です。
 小四の頃、川村純が中学生三人に取り囲まれていた時の事を思い出しやした。自分より弱い者を多数で取り囲んで悪さをする。同じ状況だと判断しやした。
 純の時は相手が戦い方を知らない奴らだった事と途中で大人が仲裁に入った事とで、決着は付きやせんでしたが、負けはしやせんでした。一発殴ったら、こいつイカれてやがるとか騒いでビビるような奴らでした。それに、オイラもその時は無鉄砲に動くだけの無知さがありやした。
 ただ、小五の万引きで捕まった時の警備員のように、相手が戦い方(少なくとも取り抑え方)をきちんと知っていれば所詮は子供でげす。簡単にやられてしまいやす。相撲を通して戦い方を知った中一の時となると、それが分かりやす。
 背の高い男の一人が手に野球帽を持って、高く掲げていやした。坊主頭に近い程に短い髪の少年が手を伸ばしたり飛んだりして帽子を取り返そうとしていやした。七人の男達はいやらしい笑い声を上げていやした。
「幼なじみなんだ、あいつら。俺のじいちゃん、商店街の酒屋だろ。同じ商店街に住んでてよく一緒に遊んだ」
 龍太郎が口にして、連中の方に歩き出しやす。
「危ないぜぃ?」
「七対七だ。平等だ」
 オイラが止めても聞きやせん。分かってくれやせん。奴らの中にまともに戦い方を知ってる奴がいたら、きっと負ける。一番力が強そうな拓也は力任せに暴れるだけだし、オイラも体格に恵まれていやせん。
「タクは帽子を取り上げて、その後は逃げてくれ。後は俺がやる。コウは怖かったら隠れててくれたら良い」
 流石にへっぴり腰扱いを受けているようでムッと来やした。
「良いよぅ、オイラも行く」
 売り言葉に買い言葉でやしょう。
「そいつら俺のツレなんだ。返してやってくれよ」
 龍太郎が精一杯の強気な声を出しやす。足が微かに震えたように見えたのは、きっと気のせいではないでしょう。
 男達のニヤニヤ笑いが今度は龍太郎に向かいやす。
「お友達? 何か勘違いしてない? 俺達、この子達の保護者。帽子も俺のだよ」
 帽子を手にした男がシレッと言いやす。
「それ、そいつがいつも寝癖ひどいからって親に買ってもらった奴ですよね? 確かお姉ちゃんが選んでくれた。だよな?」
 短髪の少年が龍太郎の言葉に頷きやす。
「あれ? そんな設定作っちゃった? 悪い子ちゃんだなぁ」
 男はニヤニヤして帽子を高く掲げたままで言いやした。残りの六人が龍太郎を取り囲みやす。それでも龍太郎は男を睨んだままでした。
 背が高い拓也が帽子に手を伸ばし、ひょいと取り上げやした。男は拓也を睨みやしたが、構わず少年の頭に帽子を被せやす。
「あ…ありがとう…」
 少年は少し高い声で礼を言いやした。
「お前ら逃げろ!」
 龍太郎が叫びやした。髪のサラサラした少年が咄嗟に野球帽の少年の手を掴みやす。もう一人も走り出しやす。三人はあっと言う間に公園からいなくなりやした。
「うわぁ、美しい友情だね。あの子達、君達を置いて逃げちゃったけど。君は男だよね、超かっこ良いよ」
 男はニヤニヤ笑いながら龍太郎を見下ろしやした。
「あーあ、たっちゃん帽子あの子に取られちゃったよ、可哀相に」
「僕ちゃん達さ、どう落とし前付けるつもり?」
「土下座? それとも逆立ちで公園五周する?」
 帽子を取り上げていた男はたっちゃんと言うそうです。周りの男達が口々に言いたい事を言いながらオイラ達四人を取り囲みやす。秀明は少し怖がっていやすが、龍太郎は真正面からたっちゃんを睨み付けていやす。拓也は興奮して鼻息が荒くなっていて、オイラも自棄気味に暴れてやろうと思ってやした。どうにでもなってしまえ。
「まぁまぁそんなに怒りなさんなって。ちゃんと謝れば逃がしてあげるからさ。お兄ちゃん達、優しいだろ?」
 たっちゃんは舐めきった態度で龍太郎に話しかけやす。
「ほら、ごめんなさいってちゃんと言えるだろ? もうおっきいもん…」
 ゴツッと言う音がして、龍太郎の頭がたっちゃんの鼻と口の間にめりこみやした。
「何すんだ、この野郎!」
「中坊が調子に乗るなよ!」
 六人の男達がオイラ達に掴みかかりやした。龍太郎と拓也に二人ずつ、オイラと秀明に一人ずつです。オイラはとっさに張り手をかましやした。胸ぐらを掴んでいた男が派手に倒れ、秀明を掴んでいた男にぶつかりやす。秀明は解放され、男二人が地面に倒れやした。
「何しやがる!」
「ぶっ殺すぞ!」
 倒れた男達がわめきやした。その時、胸に爽快感が走りやした。鳩尾から肩甲骨の辺りに突き抜ける風のように、涼やかな電流のような物を感じやした。暴れたい…!!
 その場から少し離れた秀明は別としやしょう。オイラと拓也で三人ずつ倒しやした。龍太郎がたっちゃんと一対一で戦い、倒しやした。
「分かった、勘弁…」
 仰向けになったたっちゃんに馬乗りになった龍太郎は顔が腫れ、唇も切れていて、シャツも敗れてやした。でも、たっちゃんの方がダメージが大きそうでした。
「何してるんだ!?」
 酒屋の前掛けをした厳ついおじさんが怒鳴り声を上げやした。
「…じいちゃん」
 龍太郎のお爺さんのようです。赤だがピンクだかよく分からない色のテカテカ光る着物姿のおばさんとメガネをかけた女の子も一緒です。逃がした少年達が呼んだのだと分かりやした。
 パトカーの音が聞こえて来やした。後から分かったのですが、ケンカを見た人が通報したのでやす。
 オイラは人生で二回目の『警察のお世話になる』でした。
 その後、三人の少年達の証言により、過剰とは言え自己防衛として認められ、オイラ達は全員夕方には解放され、学校からもきつめとは言え口頭注意のみで済まされやした。相手の高校生達が素行不良だった事もオイラ達にとってプラスに働いたようです。ただ、おとうには返ってから顔がパンパンに晴れるまで殴られやした。

 ………

 今、目の前に雅希と一緒にいるのはあの日の野球帽の少年で、向こうで浩樹と一緒にいるのはあの髪がサラサラした少年でした。
「何する?」
「何って…?」
「何して遊ぶ? アキは何でも良いって言ってたけど。小学生みたいに虫取りしても良いし、図書館とかで涼んでも良いし」
 あ、気を遣ってくれてやす。一年前の事とか覚えていてなんでしょうか。
「何でも。そっちで決めてくれい」
 何でオイラはこんな素っ気ない態度しか取れないんでしょう?

 ___

「ごめんごめん。妹と兄貴の飯の用意してたら遅れちまった」
 明仁は公園に着くなり笑いながら健と雅希と洸太に声をかけました。
(仲良くやってる…って訳でもないな)
《そう? 私にはどっちかが歩み寄ったように見えるけど》
「お前らもこっち来いよ」
 明仁は浩樹とはじめにも手招きします。二人もやって来ます。
「アキさん、オイラ、やっぱり帰るよぅ」
 洸太が薄汚れたシャツの裾をモジモジと引っ張りながら言いました。
「良いじゃん、一緒に遊ぼうぜ?」
《そうそう。誘っちゃえ!》
「でもオイラ、ちょっと具合悪くてさ。楽しみにはしてたけど、無理っぽいんだい」
 洸太は言い訳がましく言うと、背中を向けて歩き出しました。
《あーあ、行っちゃった》
(無理させちまったかな)
《さぁ? 私が思考を無闇に読み取るのは嫌なんでしょ?》
 ちょっと意地悪を言います。明仁は唇だけムッと硬く閉めると、私の乗っている肩を少しだけガクンと動かしました。私が洸太の頭の中を覗くのも本当に余計なお世話のような気がするので今回はしませんが。
「何か言いたそうだな、タケ」
 明仁は健に声をかけました。
「実はさ…」

 ………

 あれは去年の夏休み。俺ははじめとカズの三人でこの公園で遊んでたんだ。やる事って言っても小学生みたいに虫取りとか水飲み場の水道を緩めて噴水みたいにしたり…そんなとこ。
 暑いし、図書館でも行って涼もうかなんて言ってたら高校生の不良に絡まれた。その人達は当時有名な不良グループ定金隊だった。歩くたびに安っぽいアクセサリーがガチャガチャなるような人達で、めっちゃ怖かった。
 はじめが気付いて逃げようとしたけど、相手は七人だったから中一三人なんてあっと言う間に囲まれて…。
 で、定金さんが俺の帽子を取り上げて、良いの被ってるじゃん、とか言って返してくれなくなったんだ。取れたら返してあげるよ、とか言って高く掲げたりするんだ。相手は背が高くて、そんな事されたら手も足も出せなくてさ。いくら手を伸ばしてもジャンプしても無駄だった。
 あいつらニヤニヤしながら、ほら頑張れ、とか、あと一息、とか言って来るんだ。泣きたくなったよ。カズは事実半泣きだったけど。
 はじめがもう諦めて逃げようって言った時だった。
 リュウ…阿久龍太郎が小林くんや三宅くんや仙道くんを引き連れてやって来た。
「そいつら俺のツレなんだ。返してやってくれよ」
 って言いながら。そうしたら定金さんが、自分は俺達の保護者だからとか兄貴だからとか言い出して、帽子も自分の物だって主張しちゃったんだ。しかも小バカにしたような笑いを浮かべながら。リュウは言い返したよ。俺が寝癖ひどいからって親が買ってくれたので、姉ちゃんが選んでくれたのだって事とかも。でも中々返してくれなくて、結局背の高い小林くんが取り返してくれたんだ。
 帽子が戻ったら、逃げろって言われて、一応礼だけ言って、一目散。情けないだろ?
 で、俺は急いで阿久酒店に駆け込んでリュウの爺ちゃんに事情を話した。はじめとカズは委員長に助けを求めに行った。
 相手は不良高校生が七人、リュウの爺ちゃんも委員長と一緒にいた委員長の婆ちゃんも慌てて公園に直行。警察にも当然連絡。高校生が中学生に絡んでいますって。後で知ったんだけど、警察からはケンカを見た人が通報したって定金隊にもリュウ達にも説明されてたみたいだ。守秘義務って奴だ。
 その後、リュウや三宅くん達は荒れちゃって色んなとこで不良高校生や大人のゴロツキとケンカに明け暮れる日々を送って、学校ではいじめとか学級崩壊とか引き起こしてたし、一年以上助けてくれた礼とか正式に言えてなくてさ。
 完全に自己満足なんだけど、お礼をちゃんと言いたいんだ。しかも今日はあの現場の中央公園、あの日に被ってた帽子だし、余計に思い出してね。
 ………

「あったね、そんな事」
 はじめが口を開きます。目はどことなく伏せがちです。
(あいつらが暴れ出した原因って言われてる事件にこいつらが絡んでたのか)
《でもさ、何で人助けが元なのにあんな風に暴れ回ったのさ?》
(それは分からん。何か別の事情があるのかも知れないな)
「それはそうと、聞きたいんだけど」
 雅希が口を挟みます。
「タケやはじめは阿久くんが恐くないの? 三宅くんの事は怖がってるみたいだけど」
「あ、リュウは俺達は絶対に傷付けないって知ってるから。三宅くんは暴れ回ってたし、あんまり話した事なくて、ちょっと怖いけど」
「何で阿久くんがお前らを傷付けないって分かるんだよ?」
「小さい頃に約束したんだ。委員長と俺とはじめとカズは絶対に傷付けない、守ってやるって。
 俺達、商店街の男子メンバーって小四の時に家庭の事情で落ち込んでた時期があってさ、ほぼ同時に。小四の夏休みとか最悪だったんだ。その時にずっと側にいてくれたのが委員長とリュウ」
 健は眩しい程に青い空を見上げて言いました。
「僕は親が不倫して不仲になって離婚、カズはお父さんがリストラされて家庭内不和、タケはお姉ちゃんに殺されかけて家庭崩壊、小四男子が引きこもって毎日泣き続けるには充分な理由だろ?」
 はじめが続けます。口調はどこか他人事めいていたのですが、その裏側には哀しみを隠している事が分かります。
「リュウは僕達を連れ出してくれたよ。自分だってお母さんがいい加減で学校にもロクに通わせてもらってないのにね。商店街の広場とかでよく遊んだな」
(どう思う? 阿久や洸太の事。話しを聞く限りだと仲良く出来ると思う)
《無理に仲良くさせる必要もないんじゃない? 誰と仲良くするかはその子の自由なんだからさ》
(そうだけど、俺は洸太が皆から怖がられてて、洸太も淋しそうにしてるのは嫌なんだ)
《じゃ、洸太にそう伝えれば良いんじゃん。こうやって騙し討ちみたいな事するから失敗するんだよ》
「俺、洸太に言ってみる。洸太が教室で淋しそうにしてるの見るのは辛いって」
 明仁は歩き出しました。振り返ると、四人は明仁を見て笑っていました。
「多分、それで良いんだと思う」
 健が呟いた声は明仁には届いたでしょうか。
「あ、そうそう。明日の祭り、洸太も誘ってみるから。一緒に来てくれるよな」
 明仁は振り返って言いました。
「当ったり前じゃん」
 浩樹が笑って答え、一同も頷きました。
 明仁は洸太が行ってしまった道を歩きながら気付きました。
(こっちって、洸太の家の方角じゃないよな)
 明仁は小走りに駆け出しました。
 多分、強志が暴行を受けたアパートに向かったと思うのですが、黙っておきましょう。

 ___

 何でオイラはこんな奴なんでやんしょ? もっと言い方があったと思いやす。皆それなりに仲良くしようと歩み寄ってくれやした。オイラはそれを拒否しやした。
 本音を言うとオイラも一緒に遊びたかったのです。何でも良いから皆の輪の中にいたかったのです。笑い合っている皆を輪の中で眺めているだけで良かったのです。上手く説明出来やせんが、同じ眺めるでも輪の外からと中からでは見え方は全く違いやす。もっとキラキラしていて、胸の奥が柔らかい物に満たされるような感じです。
 もわっと熱くて湿った風が髪を揺らしやす。
 オイラは越前の兄さんが用意してくれたアパートに向かいやした。

 夢を見やした。おっかさんがまだ生きていた頃の夢です。タマオと一緒に石鹸の良い匂いに抱き締められ、キイチは照れて抱っこから逃げて少し離れた場所にいやした。爺がそれを見て目を細めていやす。
 場面は急に移り変わって、寝室です。右隣で寝息を立てるタマオ、左隣でオイラ達に背を向けてズボンの中に手を突っ込んでいるキイチ、オイラ達三人を見て哀しげな目をしている爺。隣の部屋ではおっかさんが男と裸で抱き合って、あの声で鳴いていやした。
 今ならキイチが何をしていたか分かりやす。オイラも自慰をする時にはおっかさんの鳴き声を思い出しながら性器を弄る時がありやす。オイラは妄想の中で何度もおっかさんを汚しやした。
 朦朧とする意識の中、部屋がやけに涼しい事に気付きやした。オイラがアパートに来た時は蒸し風呂状態で窓だけは開けたのですが、中々熱気は逃げやせん。そのまま誰もいない部屋で汗だくで眠りに落ちやした。
 壁の方を向いて寝ていたのか、白がくすんだ壁紙が目に入りやした。耳にはおっかさんとは別の誰かが上げる例の鳴き声が届いて来やす。きっと越前の兄さんの恋人でしょう。以前、一度だけここで見た事がありやす。ぱっちりとした目の可愛らしい女性でした。
 オイラは未だに股間に伸びている手を放し、出来るだけ寝ている振りをしようと思いやしたが、妙な違和感がありやす。女性の鳴き声の合間に男、それもオイラと同年代と思しき声変わり中の少年のような声が混じりやす。別に大人の男の低い呻き声も聞こえやす。兄さんは恋人には手を出さぬようにとオイラ達にしっかりと脅して来やした。まさか誰かと恋人を交えて性行為をしているとは考えにくく、オイラは体を起こして、その方向を見やした。単なる興味本位です。
 一糸まとわぬ越前の兄さんの上に乗っていたのは秀明でした。二人はオイラが見ている事に気付いていないのでしょう、激しく振られる兄さんの腰の上で秀明は女のような鳴き声に本来の少年の声を交えながら上下に揺れていやした。女の子のような顔は赤く染まり、汗が迸り、苦痛とも快感とも取れる表情を浮かべていやした。
 ああ、まあ悪い夢を見ていやす。兄さんと秀明がそんな関係だっただなんて。オイラは目を瞑ると今見たものを忘れようと心懸けやした。気を失うように眠りに落ちやす。

 再び秀明のあの鳴き声で目を覚ましやした。もうやめて下せぇ。経験のない中二男子にはハード過ぎやす。男同士の趣味はなかったのですが、オイラの性器が異様な程に硬く主張しているのも嫌になりやす。
 目を開けると地獄絵図でやした。
 全裸の秀明が四つん這いにされ、それぞれ下半身を露出させた虎次に後ろから尻に、拓也に前から口に性器を突き付けられていやした。
 オイラは身を起こしやした。スーパーの弁当のプラスチック容器やお菓子の袋、漫画雑誌や脱ぎ散らかされた服が散乱している狭い部屋で、可愛らしい男の子が大柄な男達に辱めを受けているのです。
「起きたか?」
 声の方を見ると龍太郎がオイラの横に胡座をかいて座っていやした。龍太郎は性行為に没頭している三人に冷ややかな目線を送っていやす。
「何があったんだい?」
「見ての通りだ。ヒデが恥ずかしい事されてる」
「何ででい? 説明してくれよぅ」
「ヒデは元々親父に女の代わりにああされてたんだ。
 始めは越前さんが誰か俺らの相手してくれる女を探してくれるって言ってたけど、ヒデの秘密を知って、ヒデとヤるようになって、ヒデはああしてたまにタクやトラの相手もさせられてる」
 言葉が出やせん。吐き捨てるように言っていた龍太郎の性器も勃起しているし、訳が分かりやせん。
 話し声が聞こえたのか、秀明がこちらを目だけで見やす。
 もう何もかもが嫌でやんす。

 また眠ってしまったようです。部屋には豆球の淡い橙色が照らしていやす。オイラと一緒に壁際で寝ていたのは龍太郎でした。拓也と虎次は部屋の真ん中で大の字になって、下半身は裸のまま眠っていやす。オイラと対極の部屋の隅では秀明が全裸のままで胎児のように丸くなって寝ていやした。
 オイラは今が何時か知りたくて、悪いとは思いながらも龍太郎のポケットから携帯電話を取り出し、タップしやす(携帯はおとうが持たせてくれやせん)。ロックは解除出来やせんが、時間を見る事だけなら出来やす。夜中の二時。あの公園でのやり取りがたったの十二時間前。もっと前のような気さえしやす。今日は色々とあり過ぎやした。
 性器は硬く尖ったまま収まらないので、ズボンとパンツを下ろすと自慰をして収めやした。何も考えずに目を瞑って数回擦るだけでティッシュにドロリとした塊が出て、後はサラサラとした精液が溢れ出やした。
 部屋を見渡しやす。フラッと立ち上がってから中腰になり、弁当の容器を手にしやす。
 流しの下にあったゴミ袋を二枚取り出し、それぞれに可燃ゴミと不燃ゴミに分けながら詰め込みやす。四人が寝ている所は出来やせんがコロコロをかけやす。次いで、トイレと流しをピカピカにして、風呂場を掃除しやす。
 汗の臭いが気になったので、洗ったばかりの風呂場でシャワーを浴びて、髪も体も丁寧に洗いやす。安物のシャンプーとボディソープの香料は好きではないのですが、不潔ににしているよりかはマシでやす。
 服は汚れていたのですが、これ以外に着る物がありやせん。家に取りに帰ろうにも、こんな時間ではおとうにどれだけ殴られるか分かったもんじゃありやせん。哲也ではあるまいし、裸で外に出るのは流石に無理なのでずっと着回している服を着ました。
 部屋を出る前に、秀明の体にバスタオルをかけやした。無意味に思いやしたが、やや細身でしなやかな線や滑らかな肌をそのまま晒した状態にはしたくはありやせんでした。
 もうここには戻りたくないけど、行く宛もないのでげす。
 三時半のまだ暗い住宅街をオイラはフラフラと歩き出しやした。

 ___

 私は三宅洸太の頭に止まり、朝日を感じていました。また一日が始まります。私はいつものように日光を浴びます。いつもと違うのは屋根の上ではなく、私を見る事のできない少年の上にいる事でしょうか。
 洸太は七分丈の擦り切れたデニムのポケットに手を突っ込んで、踵を踏んだままのスニーカーを引き摺りながら朝焼けを眺めて目を細めます。まだ涼しい朝の風が洗い晒しの髪を揺らします。
 彼の家庭の事情は明仁から聞いていて知っています。母親が亡くなったために可愛がってくれた祖父から引き離され、父親から虐待を受けている事も。
 いつかは彼も安らげる場所に辿り着けるのでしょうか。その日までずっとこの孤独なままなのでしょうか。それでも実体のある、生きている彼は迷いながらでも歩き続けるのでしょう。
 再び涼しい風が吹いたので、私は翼を広げて空へと舞い上がりました。
 雲を突き抜け、煌めく朝日に向かって、水色に変化している空を駆け巡ります。まだ澄んでいる空気を思い切り吸い込み、もっと高くと飛び続けます。
 脳裏に甦るのは愛しき人と一緒に見た朝焼けと潮の香りです。

 人が沢山歩き出します。眠っていた町が無情に動き出します。
 洸太は泣きそうな声で言葉にならない声を発しています。それを見た道行く人々はそんな不審な少年を一瞥しますが、声をかけません。彼の声は飽和しては私の中に虚しい無音状態を感じさせます。
 もう見ていても仕方ない。明仁の元に帰りましょう。
(よう、どこに行ってたんだ?)
 明仁は朝ごはんの用意をしていました。鮭を焼いて茄子の味噌汁を作って、スティック状に切られたニンジンがレタスの上に並んでいるのは目にも鮮やかです。
《ちょっと散歩だよ》
 洸太の様子を見て来た事は話しませんでした。
 昨日、公園から立ち去った洸太を探した明仁でしたが、あのアパートの前を素通りしてしまいました。私も心当たりがあるとしたらそこでしたが、言いませんでした。明仁にあの空気の淀んだ場所に行って欲しくありませんでした。
 私は一年半、明仁に寄り添って、彼の肩から様々な喜びも哀しみも見て来たつもりでした。
 明仁は父親が亡くなった時も、強志に暴力を奮われた時も、決して泣きませんでした。無理に笑っている時もありました。私は時々思います。この笑いは本当の笑顔を失わせてしまうかも知れない、と。だから明仁が何か嬉しい事があって心から喜んで笑っている時には、安心します。明仁もただの少年なのだと。
(兄貴、今日新しいバイトの面接だって)
《こりゃまた随分と早いね。ケガはもう良いの?》
(絆創膏と階段から落ちたって設定で乗り切るって言ってたけど)
《それだと完全にギャグだね。聞いた時、明仁の頭にタライが落ちて来たし》
 私は笑い声を上げました。
(ああ、ぐわぁーん、ってな)
《そうそう、ぐわぁーん、って》
 私達は笑い合いました。大丈夫、明仁はまだ本当の意味で笑える。
 私の小さな夢、それは明仁に本当の笑顔をずっと覚えていてもらう事です。いつまで? 実体のある人間で、明仁の運命の人として寄り添ってくれる誰かさんが現れるまでです。そうしたら私は多分、要らなくなるから消えてしまうと思いますが。
《私、もう一っ飛びして来たい。今朝はとっても空が綺麗なんだ》
(おう、気を付けろよ)
 朝日と言うには高過ぎるお日様を浴びに再び外に出ます。

 こうも目の前をうろつかれるとむしろイライラします。洸太は未だにウジウジしながら町を彷徨い歩いていました。明仁の家を見上げていたかと思うと、フラフラと商店街に向かいました。
 まだ開店前のアーケード街は静かなものです。薄暗く、外の世界とは別の世界が広がっています。普段は開かれている世界なのに、今は閉ざされているような不思議な感覚です。
 学級委員長の水沢花が和菓子屋の前をほうきで掃除をしています。眼鏡をかけた地味ながらもしっかりした性格の娘です。
「三宅くん? おはよう。どうしたの、こんなに、朝早く」
 和やかに笑いかけます。洸太もしかめ面を崩してぎこちなく笑います。
「何でも…ただの散歩だい」
「そう。あ、タケちゃん、お早う」
 健も出て来ました。手に布巾が持たれているので、同じように掃除のようです。
「あ、三宅くん、おはよう」
 洸太同様に少しぎこちなく笑いながら挨拶します。
「おはようさんでい」
「あのさ…昨日、帰った後、アキに会った?」
「いや、会ってないぜぃ。何があったんだい?」
「うん…えっと…今日の花火、一緒に来ないかって」
「アキさんがオイラを誘おうとしたのかい?」
「うん」
 しばし、沈黙が流れます。私は花の肩に止まって様子を伺う事にしました。
「行けば? せっかく誘ってくれてるんなら」
 花が明るく言いましたが、少年二人は黙ったままです。洸太は相変わらずシャツの裾をモジモジと引っ張ったり、更に頭を掻いたりして落ち着きません。
「あの…一年前なんだけど、助けてくれてありがとう」
 沈黙をぶち破ったのは健でした。
「え? はあ? ああ、あの日のケンカの…」
「そう、定金隊に絡まれた時の。リュウと小林くんと仙道くんと助けてくれた」
「そんなの…どうって事ねぇから、気にしないでくれい」
「ずっとお礼が言えてないんだ。リュウは酒屋さんに遊びに来た時に言えたけど、三宅くん…」
「洸太で良いよぅ」
「洸太は同じクラスになったのに中々言えなくて、ごめん」
「謝る事じゃねぇよぅ」
「何かあったの? あら、お友達?」
 理髪店から背が高い女性が出て来ました。
「ばあちゃん。この人は…」
 健の祖母のようです。健が経緯を説明します。
「そうなの。三宅くん、うちの孫がお世話になって何てお礼を言ったら良いか…ん? 髪、気になる?」
 洸太は頭を掻いたり、髪を摘まんだりしていた手を止めました。
「こっちへおいで」
 祖母が言うと、健が洸太の手を掴んで店の中に引き入れます。
「委員長。はじめとカズにも伝えて欲しいんだ。洸太が来てる。一年前の礼を言うチャンスだって」
 花は頷きました。

 花に連れられて森はじめと鈴木和也もやって来ました。
 洸太はセット面に座って、祖母に髪を切ってもらっていました。
「あんた達、一年以上お礼を言ってなかったの? 信じられない」
 花が健に耳打ちします。はじめと和也と健は顔を見合わせて曖昧に笑いました。
 祖母は髪を切って、シャンプーをして、ドライヤーをかけて、と黙々と仕事を続けます。
「はい、出来た」
 耳や首にかかっていた髪がすっきりとなくなり、目を隠しがちだった前髪は額を半分ほど出すまでに短くなり、上の方は軽やかな動きが出ています。顔がよく見えるようになってどことなく明るい印象を与えます。
「その方が似合ってるよ」
 健が床を掃きながら言います。
「ありがとうございやす。オイラ、持ち合わせなくて…」
 洸太が遠慮がちに言うと祖母は遮るように手を振りました。
「孫のクラスメイトで私から切るって申し出て、しかも健達が助けてもらったんならお代は受け取れないよ」
 笑いながら言いました。
 洸太は未だにモジモジしながらシャツの裾を掴んだままです。
「汚れが気になるみたい」
 花が和也に耳打ちします。

「うちのおばあちゃん、今は本屋の女将さんだけど元は同じ商店街の呉服屋の娘なんだ。だから裁縫も得意でさ。古い浴衣とかほつれを直して、夏祭りの時とか着せてくれるんだ」
 洸太は和也の説明を受けながら書店の奥の居間に通されました。おそらく家族で食事をしたりテレビを観たりする部屋でしょう。
「下の襦袢は俺でも出来るから安心して」
 洸太は下着まで全部脱がされ、衣服は花がクリーニング店に併設されているコインランドリーに持って行かれました。衣服は洗濯から乾燥まで全てしてくれる洗濯機に、スニーカーは靴用の洗濯機に放り込まれました。
 書店の奥に戻ると洸太は水色に白い縞模様の浴衣に黒い帯を締められていました。着付けをしていたのは栗色のパーマ髪に色付き眼鏡の女性です。おそらく和也の祖母でしょう。
「今日は花火だしちょうど良いじゃん」
 和也が笑いながら言います。
「本当に譲ってもらって良いんでやしょうか?」
「どうせレンタル落ちを修理した奴だから」
 祖母も笑いながら言います。特に笑った顔は和也にそっくりです。
 グーと微かな音が鳴ります。
「朝ごはんはまだみたいだね」
 花が口にします。
「昨日の昼から…」
 この洸太の小さな声は私にしか聞き取れていないでしょう。

 洸太の目の前のテーブルには色鮮やかな食べ物が並びました。トマトとカイワレのサラダは赤と緑がキラキラと光っていましたし、タマネギのコンソメスープの落ち着いたベージュに白い湯気はとてもよく似合っていました。スクランブルエッグのふんわりとした黄色、トーストの焦げ目の茶色、淡いオレンジはミックスジュースです。
「うちは喫茶店だから」
 はじめが得意気に言いました。洸太はいただきますもそこそこに物凄い勢いと早さで食事を平らげます。はじめはパスタ、カレーライス、ミルクティーと料理を運びましたが、瞬く間に食べ尽くされました。
「これだけ良い食べっぷりを見ると作り甲斐があるなぁ」
 はじめの祖母と思われるベリーショートにオレンジ色のエプロン姿の女性が笑いながら言いました。
「ちなみに代金は、この三人が今後、お手伝いをした分のお小遣いから引かれるから」
 花はあっさりと言いました。
「良いのかい?」(口の周りにパンくずを付けながら)
「良いの良いの。一年以上礼を言ってない分の利息も含めるとまだ足りないくらいだけど。ねぇ?」
 花に目線を送られ、健達三人は曖昧な作り笑いを浮かべました。
「にしても、洸太も俺達と変わらんただの中坊だな」
「何を今更」
 健と花のやり取りに、洸太は笑いそうになって、俯くと、何故か涙を流していました。

 私は、明仁の元に戻るとしましょう。

 ___

 家に帰る途中で爺とキイチ、タマオに会いやした。爺はパンパンに膨らんだスポーツバッグを手にしていやした。
「どうしたんだい?」
 第一声が久し振り、でも、元気かい? でもなくこれでやす。
「お前の父親に会って来た。もう会わなくて良い」
 爺は静かに言いやした。

 再び、オイラはパーラーフォレストに戻りやした。さっきまで何も言えずに泣いているだけだったオイラをそのまま見守ってくれ、理由も告げずに帰る旨だけ伝えたオイラを送り出してくれた場所にわずか二十分で戻りやした。
 聞いていて欲しい、そう言って水沢委員長、健、はじめ、和也に隣のテーブルに座ってもらいやした。
 爺はオイラがおとうから暴力を受けたり、ネグレクト(世話の必要な子供や老人、障がい者を放置してしまう虐待行為らしいです。始めて聞く言葉でやした)をされたりしていた事を知っていやした。しかし、オイラに対して何の権利も持たない爺はおとうに何を言っても無駄でした。大きなお世話だと突き返されたそうです。
 爺は他にもオイラが一年の頃に荒れていた事もちゃんと知っていやした。
 爺は無理を承知でキイチとタマオの父親に頼んだそうです。オイラをおとうから取り返すために。おとうの虐待の証拠を集め、弁護士を雇い、様々な書類を用意し…そして今朝、おとうを訪ねやした。
 おとうの反応はあっさりとしたものでした。爺もオイラを引き取っておとうから離す事が出来ればそれで良かったようなので、じゃあ洸太はお宅にあげます、で終わったようでやす。爺はオイラの荷物をまとめ、家を出やした。
 キイチとタマオは何も知らされていやせんでした。ただ、爺と面会は許されていて、何度か三人で会っていたそうです(オイラは中学に上がった時にキイチとタマオに会っただけで、更に爺に会う事はおとうに禁止されていやした)。今回も、爺とオイラが一緒に暮らす事になるから会って話しをしよう、と言う事しか知らされていやせんでした。爺としては三人で迎えに来たはずが、洸太は不良なので外泊しています、と、おとうに冷たく言われ、途方に暮れていた時に再開したんでやんす。
 オイラは不良としてケンカやいじめに明け暮れていた日々を知られ、情けなくて恥ずかしくて泣きそうでしたが、さっき散々泣いたのだからと涙を堪えていやした。
 それにしても、ちぐはぐな家族です。爺は一張羅の茶色い背広に同じ生地の帽子を被った白い口髭を結わえた精一杯のおしゃれをしているのに、長男は運動部の子が練習用に使うようなTシャツにナイロンのハーフパンツを合わせ、二男はもらい物の浴衣、三男はお坊ちゃん風なチェックのシャツに七分丈のチノと言う出で立ちです。キイチは高校ではバスケットをしていてオイラより頭が一つ分は高くなっていやしたし、タマオは中学受験の勉強で忙しいそうです。オイラは…。
 カチッと何かが動く音がしやした。胸の奥? 頭の中? その時は、今夜の花火大会に家族で行こうと言う話しになっていやした。
「ごめんなしって。オイラは今日は花火、行けないんだい。やりたい事があるから。
 和也、ゴミ拾いボランティアって今からでも間に合うかい?」
 急に話しを振られて和也は面食らって目を見開いてオイラを見やした。
「いや、期限は昨日の内だし。うちのクラスは純がリーダーだから純が良いって言えばそれで…」
 あの石頭(失礼)が期限を守らない事でOKを出さないかも知れない、そう言いたいのでやしょう。
「ごめんなしって。オイラ、行く所が出来た」

 川村石材店の前に立ちやす。
「コウちゃん」
 振り返ると、汗だくの純が息を切らせて立っていやした。
「和也くんから聞いたよ。OKだけど、ちゃんと期限は守ってよ」
 セリフとは裏腹に顔は笑っていやす。
「電話あって商店街に向かってたら、多分俺ん家に行ってるかもって電話あってさ。走って帰ったよ」
 どうやら行き違いになったようです。
「ごめんな、大変だったろう?」
「全然、足はどちらかと言うと早い方なんだ」
 そう言うと歯を見せて笑いやした。
「集合は六時に学校の職員室前だから。あ、でもゴミ拾いの時は浴衣は着替えて。体操服か汚れても良い服で来て」
 そりゃそうでやんす。

 越前の兄さんが借りているアパートに来やした。部屋にいたのは兄さんだけでした。
「で、お前はチーム抜けるんだな」
 頷きやす。兄さんは鋭い目でこちらを見ながら、腕を組みやした。
 昨日聞いた話しだと、オイラ達の世話をするために雇ったバイトの人が辞めたいと言ったのを虎次と兄さんの二人でボコボコに殴ったそうです。オイラは歯を食いしばりやした。おとうよりも兄さんは力も強そうです。
「そんな顔すんな。制裁なんてしねぇよ」
 兄さんは呆れたように言いやした。
「お前みたいにケンカの強い奴を失うのは辛いけどな。でも、この部屋の事を誰かに言ったら、ぶちのめす。ついでにヒデみたいに女の代わりもやらせて、動画に撮ってネットで流す。良いな」
「へい」
 兄さんはオイラの頭を痩せて骨っぽい大きな手で掴みやす。
「まぁ、戻りたくなったらいつでも戻って来な」
「も…戻りやせん」
 髪を乱暴に掴んでいた手を緩めて、今度は頭を撫で回しやす。
「そうかい。そりゃあそれで良い。じゃ、お前はもう関係ないんだから帰りな」

 アキさんは越前の兄さんや龍太郎達の事は知らないようでしたが、健や委員長から聞いて今朝から何があったかは知っていやした。今日はパンは用意していないようです。
「色々してもらったい」
 頰や耳が熱くなるのを感じやす。
「そうか」
 アキさんはふっと笑いやした。その肩に白いオウムが現れて、同じように笑って、一瞬で消え…たような気がしやした。
「ごめんな。俺、洸太が皆と仲良く出来るようにって色々しようと思ったけど全部空回りしたみたいでさ。騙し討ちみたいにタケやマサ達に会わせるような真似しちゃって」
「別に気にしてねぇよ。アキさん、ありがとうなぁ」
「礼を言われると照れる」

 オイラは夕方まで家族ー爺、キイチ、タマオーと一緒に過ごしやした。取り留めのない話しをして笑い合う、そんな時間を二カ月に一度はこれからは持つようにすると爺は言いやした。
 爺の家に久し振りに帰りやした。四人で暮らしていたのが一人になったので、物がない、広い、と感じてしまいやした。
 懐かしい匂いがしやす。
 浴衣を脱いで、委員長に洗ってもらった服に着替えやす。約束の集合時間まではあと一時間。少し早いですが、学校に行く事にしやした。

「早いね」
「純が言っちゃだめじゃん」
 清美がツッコミを入れやす。自称お祭り男の純は四時前から来ていたそうです。
 福祉委員の和也と木下恵美子は五時五十分になってやって来やした。
 やはり、どのクラスも祭事委員と福祉委員しか来ていやせん。
 ゴミ袋と軍手を受け取ると、生活指導の若菜先生に従って会場に向かいやす。
「純も鈴木もタオルが要るって言い忘れてたんだね、やっぱり」
 そう言うと、清美はオイラの肩にタオルをかけやした。フワフワした肌触りです。昔からこう言うフォローとか得意な人でやした。
 会場の河川敷には沢山の屋台が並んでいやす。それ以上に人が沢山集まっていやす。
 なるだけ通行人の邪魔にならないようにゴミを拾う事、可燃ゴミと不燃ゴミは分ける事、花火は七時から八時半で、ゴミ拾いは八時四十五分まで。翌朝にも七時から八時半まで行うが、祭事委員と福祉委員以外は自由参加、との事でした。
 沢山の人が通り過ぎやす。皆華やいだ表情を浮かべていやす。オイラはかき氷の紙コップやお好み焼きのプラスチックパックを拾いながら思いやした。夜中にもこうしていたっけ、あのアパートの部屋で。皆、あんな状態で大丈夫でしょうか…。
 顔を上げると見知った顔が三人いやした。小柄な男の子と女の子が二人、同じクラスの工藤仁平と宅間ひかる、村上真理子でやす。村上は浴衣を着ていやした。オイラは我ながら硬いとは思いやしたが、笑って頭を下げて見せました。頰の筋肉が引きつっているのが分かるのでやんす。
「三宅くん、こんばんは」
 村上が笑いかけながら返して来やす。この人は中一の時に同じクラスでした。相変わらず小さな声の人です。
「三宅くん、ゴミ拾いっすか?」
 仁平が話し掛けて来たので頷きやす。こいつは大町小出身で(と言ってもクラスは違いやしたが)、人懐っこい感じの人です。
 普段は村上と仁平はあまり一緒にはいないのですが、両方と仲の良い宅間が一緒だからでしょうか、今日は三人で行動していやす。いや、他にも誰かと一緒なのかも知れやせん。
「へぇ、頑張ってるんだね。結構集まってるよ」
 宅間が言ったのでオイラは曖昧に首を横に振りやした。
「もしかして、何か怒ってる? さっきから口聞いてくれないけど」
「別に…」
 村上が不安そうに尋ねたのに無愛想に返してしまいやした。
「あの…オイラ、しゃべり方変だから…」
 何でこんな事を言ってしまったんでしょうか。いや、これがオイラの本音かも知れやせん。三人は笑い出しやした。やっぱり…。
「三宅くん、そんなの気にしてたら自分なんてどうなるんすか?」
「そうそう、工藤なんて『自分、何々っす』だよ? 真理子もたまに『ですのよ』とかお嬢様口調が出てるし」
 仁平と宅間は笑いながら言いやした。え?
「ちょ…ひかる。出てませんわ…いや、出てないし」
「今出たっす。自分達三人が証人っす!」
「白状しますわ。わたくしが小さい頃、祖母がふざけてお嬢様口調を教えましたの。すっかりマスターした頃、幼稚園で『マリちゃんのしゃべり方は変』とか言われて、直しましたの。でも一度付いた癖は抜けなくて、本当はこう言うしゃべり方ですのよ。工藤くんや三宅くんみたいにちょっと周囲と変わっていても貫き通してるお方は少しだけ偉いって思いますわ」
 村上の声は相変わらず小さかったのですが、普通のしゃべり方の時よりも少しだけ聴きやすく響きやした。
「じゃ、真理子はそのしゃべり方で学校でも過ごしなよ」
「そうですわね。普通の話し方に直すのって、自分の言葉なのに他人の言葉を話してるみたいでしっくり来ない時がありますの」
 そう言って笑いやした。ちょっとだけ、可愛いかも知れやせん。
「じゃ、オイラはゴミ拾いあるんでこれで。ごめんなしって」
 手を振って別れやした。三人は再び人混みに紛れて分からなくなりやした。
 いつからでしょうか。パンパンと弾けるような音が響きやす。見上げると花火が上がっていやす。一際大きな花火が打ち上げられ、キラキラと火の粉を散らしながら消えて行きやした。

 ___

 今日は明仁が着いて来たいと言ったので、一緒に朝日を眺めます。愛しい人の事や人間の姿だった頃の事は思い出しません。今は明仁の隣で寄り添っているから、そんな必要ありませんもの。
《朝日が好きなんだ。日光なら時間なんてあまり関係ないし、一時間も浴びてれば一週間はもつから毎日浴びる必要もないんだけどね》
(俺も朝日は好きだよ。一日の始まりって感じで、空が白んで行くのを見るのが好きだ)
《昨日は遅かったのに大丈夫なの? まぁ明仁は丈夫だから平気か》
(大丈夫だよ、俺は…)
《壊れないから。でしょ?》
 明仁は苦笑いしました。
《明仁、あれ》
 私はクチバシを彼の方に向けます。薄暗い中、東の空を見つめる少年です。
「洸太?」
 明仁に名を呼ばれた少年が振り返ります。
「アキさん」
「ゴミ拾い、七時からじゃなかったか?」
「早く来過ぎちまったい」
 洸太は照れ臭そうに言いました。まだ四時代なのですが。
「爺ちゃんや兄弟と過ごさなくて良いのか?」
「ゴミ拾いが終わったら今日は一日ずっと一緒に過ごすぜぃ」
 洸太は嬉しそうです。
「アキさん、オイラ、二年四組でやって行けるかなあ? オイラ、中一の時に色々やっちまっただろ? 皆に受け入れて貰おうなんてムシが良過ぎだろ?」
「何か言う奴がいたら俺が文句言ってやるよ」
 洸太は泣きそうな顔をして俯きます。
「ほら、だからそんは顔すんなって」
 明仁は大きな両手で洸太の顔を優しく掴むと、しゃんと前を向かせました。
「アキさん…」
 洸太の目から涙が溢れ、朝日を集めて煌めきました。そして、明仁の胸に顔を押しつけて泣き出しました。明仁はその肩を優しく撫でます。
 私は朝日を浴びながら、ただただ明仁の肩に止まり、寄り添いました。

 了
【オマケ一】

 三宅洸太 みやけ こうた
 一応は剣道部だけどサボり気味。
 凄絶な過去を乗り越えて何とか生きてる丁稚口調(本人談)の少年。実は泣き虫でさみしがり屋な本性が今回露わに。
 十二月生まれ山羊座。

【オマケ二】

森「上手く行ったね、あの二人…って、え?」
葉山「俺達は見たくなかった!」
佐藤「アキは俺達のもんだ!」
津山「ムキーッ!」
森「ちょ…何ハンカチ噛んでるの!? ゴールデンボンバーのMVみたいになってるよ!?」
葉山「あの白いオウムも噛んでるぞ。さっき一瞬見えた」
森「でもさ、あのオウムって結構皆見てるよね?」
葉山「委員長の調査によるとクラス全員が目撃してるらしいよ?」
津山「正体は? やっぱ幽霊?」
佐藤「さあ? でも皆が一瞬だけ現れる白いオウムを見てるってのもおかしな話しだよね」
葉山「ここに委員長が暇潰しで作って飽きて途中やめした調査書があります」
森「あるの!? 勝手に持ち出して怒られない?」
葉山「オマケコーナーで使うって言ったら貸してくれたよ」
佐藤「そう言うの作る辺り、あの人の凄い所と言うか、怖い所と言うか…」
森「何でも調べて理にかなったものを求めるからね」
葉山「まず仮説その一、幽霊説。動物霊か人間の霊が化けているか、などあるけど、守護霊的な者と推測されてるよ」
津山「そう言えば四話で幽霊の俊也くんにクッキー食べさせてもらってたな」
葉山「何気に薄ら寒い話しな。ヒロが幽霊見えてた辺りとか含めて」
佐藤「小学校卒業のちょっと前から目撃証言があるみたいだし、悪霊だったらアキにも周囲にも悪影響もたらしてるだろうって。確かにアキは病気とかしてないしな」
津山「でもお兄さんの暴力はあるんじゃなかった?」
佐藤「あんな弱そうな兄貴、負けるのこの中じゃヒロくらいじゃん?」
津山「…!?むかっ(怒り)
佐藤「ある意味アキも依存してるんだよ。俺が殴られてでも受け止めなきゃ兄貴が壊れちゃうー、とか」
森「マゾっぽい…」
葉山「仮説その二、イマジナリーフレンド説」
津山「いきなり飛ばんで!」
葉山「だってサクサク進めたい。俺らもアキと洸太を見守るために無理に早起きして着てるんだから。早く帰って寝たい」
佐藤「確かに…」
森「小さい子が空想の友達を作る…的な? でも明仁くん、十四歳だよ。更に身も心もおっさんだよ」
佐藤「いや、心に関しては過保護なおかんだ」
葉山「空想の友達が何らかの形で具現化して、たまに姿を見せていると言う説だ。強く信じるって事はそう言うもんらしい」
佐藤「またエラい強引だな。この辺りから委員長、飽きて来ていい加減な事を書き始めてるっぽいぞ。そう言うもんとか」
葉山「そうとも取れるが、タライがしょっちゅう降ってくる世界にいると信じられない話しではない」
津山「むしろ鳥よりタライの方が気になると言うジレンマが…」
葉山「仮説その三。手品説。あのオウムは手品の相棒で芸達者なペットと言う説。
 仮説その四。催眠術説。何者かの陰謀でアキの周囲の人間にたまにオウムが見えるように催眠をかけられていると言う説」
佐藤「どんな陰謀だよ! 何か投げやりになってるな!」
森「仮説四で終わってるし。本格的に飽きて投げ出したな」
津山「それにしても、三宅くん。クラスに馴染めそうなフラグが立ってるよ」
佐藤「そりゃ、あんな泣き顔の動画クラス全員に送られたらな。あ、あんな怖い奴でも俺らと同じただのガキだったんだって」
森「むしろ、盗撮して流しちゃう委員長の腹黒さがより一層怖いよ! あの人、何考えてるの!?」
葉山「円滑なクラス運営…に、見せかけて面白がってる部分はかなりあるよ。面白半分、悪意半分」
森「まぁ、洸太くんも家庭の事情とか自分から話してるしね。しょうがないって思わせる算段もあると思うよ」
葉山「でも泣き顔盗撮は学校行きたくなくなるレベルだぞ」
森「でも、タケもお姉ちゃんと仲悪い云々を垂れ流してるじゃん」
葉山「俺はそうやって同情引かないと生きていけない生き物だからな」
佐藤「計算してやってたんかい!」
津山「委員長とアキはまんまとはめられてボディガード兼世話係りに…」
葉山「あの二人は誰かの心配してなきゃ呼吸が止まっちゃう生き物だから」
津山「じゃ、そろそろ次回予告行く?」
佐藤「今回和也が足を引きずったり、公園前で別れたりしたあの場面が伏線になってるみたいだ」
葉山「そう言えば委員長が足を引きずるの心配してたな」
森「公園前で僕らと別れたのってお見舞いじゃなかった? ほら、同小だったあの子」
葉山「セイな」
佐藤「はい、これ以上のネタバレはお止め下さい。そもそもヨシ(作者)もまだ書き始めてすらないから」
津山「語りは和也くんと木下さん。福祉委員コンビだね」
森「二人は小五の時から同じクラスなんだよ」
葉山「はい、ネタバレはそこまで」
四人「では、次回もお楽しみに!」
第一話
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第二話
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第三話
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第四話
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第五話
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第六話
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第七話
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