ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

アナタが作る物語コミュの【青春活劇】中二病疾患 第七話『夏時間』

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
「ねえ、カケルの事なんだけど」
 妻の理絵が口を尖らせる。私は飲みかけの麦茶をテーブルに置いて理絵の目を見る。元々鋭い目付きがより一層鋭く見える。何か不満があるらしい。
「何?」
 私は子供の頃から隠し事が異様に下手だ。きっとアカラサマに面倒臭い、と顔に出ていただろう。
「最近言葉遣いが悪くなっててさ、お父さんからも言ってくれる?」
「そう? それにカケルもう中二だよ? 具体的にどう悪いの?」
 すまない妻よ、私が言葉遣いが悪いと言う抽象的な言い方だと分からない事くらい知っているだろう。具体的にどう言う時に、どう言う事を言うのかを教えて欲しい(更にその結果周囲の人がどう感じるかを教えてくれなくては分からない事もある)。
「自分の事を俺はって言うようになったの、気付かない?」
「それなら俺も昔直したな、確か小三くらいで僕から俺って言うように直した。むしろカケルの歳だと遅いくらいじゃん」
「お父さんの影響かもね…」
 理絵が溜め息を吐く。鉛を溶かしたような重い息だ。
「それに何て言うか、頑張りが足りてない」
「具体的に何を頑張らないの?」
 理絵は通知表をテーブルに置いた。私は開いて見る。終業式の日に見た時には別に何もなかったと思うが、目を通す。五段階評価で『3』が多い。国語と家庭科が『4』で美術が『5』以外は全て『3』だ。『2』がないので、普通の範囲内で良い方だと思う。因みに私が中学生の時は十段階評価で美術の『10』、家庭科が『7』、それ以外は大体『6』だった(範囲によっては国語や英語や理科がたまに『7』になる)。二で割って小数点を四捨五入すると五段階評価の数字が出るのでカケルとあまり変わらない。
「普通じゃん。オール3よりかは頑張ってる」
「それじゃだめじゃない。菜々はもっと頑張ってる」
 高二の娘の成績表をテーブルに置く。これも終業式の日に見た。娘の学校ではアルファベットで成績を出す。家庭科の『B』以外は全て『A』。いつ見ても素晴らしい。顔は私に似ているのに、勉強ができて気が強い所は理絵にそっくりだ。
「菜々はBが一つでもあるともっと頑張らなきゃって焦るのに、カケルは焦らないと言うか、1や2がない所に甘えてると言うか。それに気も弱いから、男の子なんだしもっと積極性を持って…」
 その先は妻の愚痴の方が圧倒的に多くなったので、私自身の脳が理解できなかった。頭の中を歴史の年表や数学の方程式のように複雑な数字と言葉の並びがグルグル駆けめぐるみたいだ。
 そもそも理絵は菜々ばかり肩を持つ。自分が妹二人の三人姉妹で育ったせいか、子供も娘だけと決めていたらしく、カケルが男の子だと分かった時点で「産むのが嫌」「乱暴だから育てたくない」と、決めてかかっていた。実際には菜々の方が活発な性格でよく動くし、カケルは素直で大人しい性格と言える。
 私自身、気が強くて勉強も出来る姉がいて、周囲の状況を察するのは苦手だが勉強も運動も人並みには出来る子供だったが、両親や祖父母は姉と比べてどうこう言われた記憶はあまりない。むしろ小学生の頃などは人並みである事を褒められていたくらいだ。
「とりあえず、明日からカケルと故郷に行くから、理絵は理絵で菜々とゆっくりしててよ」
 私はそれだけ言って、後一時間は続くよく分からない愚痴を断ち切った。理絵はまた溜め息を吐いて、麦茶を口にした。

 ___

「なあ、大丈夫?」
 全く知らない奴が目の前にいた。空は水色で入道雲がもくもく。湿った熱い空気が肌にまとわりついて汗をかいている。俺は倒れている…? それをしゃがんで覗き込んでいる奴が三人、皆、俺と変わらない年頃の少年達だ。多分中学生だろう。
「うん、大丈夫」
 上半身を起こして辺りを見渡す。河川敷の公園らしい。セミの合唱が聞こえるし、日差しは腕や顔を容赦なく焼き付けた。夏だ。
「二中の人…じゃないよね?」
 大丈夫かと声をかけて来た野球帽の少年が、隣にいる少年を見て言う。見られた方も頷く。もう一人が立って腕組みする。
「えっと…うん。藻茶市は父親の故郷だから父親と一緒に来たんだ」
「そう。ならお父さんも心配してるんじゃない? 送ろうか?」
 野球帽が言う。
「いや、大丈夫。好きにぶらついて来いって言われてるし、昼飯用に小遣いもらってるし」
 俺はポケットに手を突っ込む。あ、携帯は車に忘れたっけ。財布はちゃんとある。
「俺らが公園に来たらいきなり人が倒れてるんだもんよ、驚いたよ」
 腕組みが言う。
「でも良かったじゃん。立てる?」
 もう一人が立ち上がって手を差し出してくれる。礼を言って、手を借りる。
「お前さ、何年? 名前は?」
 腕組みが聞いてくる。
「中二、名前は…」
 あれ? 何だっけ、俺の名前。まさかの記憶喪失? そう言えば父と来ていた事は覚えているのに、父の顔は思い出せない。モヤがかかっているみたいだ。他の家族や友達の顔も同様だ。どんな人かは分かるのに、顔と名前が分からない。
「何とか…ショウ?」
 野球帽が俺の足元に落ちていたハンドタオルを拾い上げて言う。俺の持ち物だ…と思う、多分。見せてもらうと名字らしき二文字は滲んで見えないが『…翔』と書いてある。
「翔。うん、ショウ。そっちは?」
「健。タケとかタケルとか言われてる」
 野球帽は答えた。ニカッと笑った顔には頼りなさが滲み出ている。
「俺はタダシ」
 腕組みが答える。
「俺、晴希」
 もう一人が言う。
 こうして俺はショウになった。
「お父さんは何時までに帰って来いって?」
 タダシが訊く。
「えーと…暗くなるまで…うん。この公園に暗くなる前に戻れって」
 俺は適当に答えた。多分父はそう言った。断片的な記憶を整理すると、俺は父が生まれ育ったここ、藻茶市に二人で来ていた。父は俺が小五の頃から夏休みになるとこうして男同士で遠出したがる。自分も祖父とそうして来たかららしいし、父は男同士と言うフレーズに何故か弱い。上に姉が居るせいだろうか、俺も弱い。だから夏は大体一泊か二泊、温泉旅行とかキャンプとかしてる。今年はどこに行きたいのか訊かれたから、小学生の時に何度か来た事のある藻茶市と答えた。それで、どうして俺は倒れてたんだっけ? 少し頭が痛い。
「じゃ、今は自由時間なんだ」
 晴希が聞いて来たので頷く。
「ならさ、これから俺達と遊ぶ?」
 タダシがニヤリと口元を歪めて笑う。すっげー悪そうな笑顔だ。

「三人は同じクラスなの?」
「小学生の時はな。今はタダシに至っては学校すら違う」
 タケがサラッと答える。
「公立の中高一貫校を受験したからな」
「俺達は元々小学校の図工クラブだったんだ。当時は三大ラクガキ小僧なんて呼ばれてたな」
「その内一人は中二の夏にドロンコ坊主にもなりました」
 タケの発言に晴希が茶々を入れる。
「ちょ…それは言うなって! 俺もガキだったんだって!」
「まだ今月の事じゃん」
「俺の学校にも届いてるぞ。やめて恥ずかしい」
 どうやらタケは雨の日にグラウンドでこけたのをきっかけに、何故か屋上まで幼馴染みと駆け上がったらしい。何でそんな事をしたのかは言わなかったけど。
「じゃあさ、三人は中学では美術部なの? 俺もなんだ」
「ショウも? そう、タケと俺は二中で、タダシは市立中で美術部に入ってる」
「絵ばっか描いてるからな」
 タケが笑いながら言う。
「で、三人はこれから何するの?」
「……」
 しばし沈黙。
「実はまだ決まってない。とりあえず、そうだな…」
 タダシが腕を組んでウーンと唸る。
「秘密基地、まだあるかな…」
 晴希が呟く。

 ___

 藻茶駅まで新幹線は通っている。駅から近いレンタカーの店で車を一台借りる。テントウムシみたいな形をしたスカイブルーが鮮やかな国産車が私達の移動手段となる。新幹線の中で眠ってしまったカケルを起こして、レンタカー店に向かう。旅行の前に終わらせないといけない宿題を理絵からうるさく言われ、更に他の課題までやらされる事になったカケルは寝不足だ。
 一方、私は藻茶市に着いてから珍しく頭が冴えている。懐かしい景色、変わってしまった物、様々な物が視覚を通して脳に送られ、正確に区分されて行く。
 カケルは過去に藻茶市に連れて来た事があるが、いずれも理絵や菜々が一緒だった。二人だけでと言うのは初めてである。確か、最後に来たのは小六の冬だった。
「カケルは何度か来た事あるからわざわざ案内する必要ないよな?」
 助手席のシートに深く沈み込んだカケルは半分目を閉じかけた顔をこちらに向ける(多分向けた。私も運転中だから前を見ているんだ)。
「今日は一人で町中ぶらついてみるか?」
「うん…」
「じゃ、暗くなる前にここにいな。お父さん、友達と会って来るから。何かあったら電話しな」
 眠そうなので聴いているのかいないのか分からない。取り敢えず、昼食用と不測の事態に備えて小遣いは少し多めに持たせておこう。河川敷の公園にカケルを下ろす。商店街も近いし。以前来た時はここで一緒にサッカーをしたっけ。単にボールを取り合っただけだったが。
 下ろした五分後だった、カケルの奴、携帯を車に忘れやがった…。おかしくてつい笑ってしまう。たまに生意気な事を言うがまだ子供なのだ。取り敢えず放っておこう。中学生の行動範囲なんてタカが知れている。私にはカケルなら大丈夫だと言う確信があった。
 それに、もう懐かしい顔が待っている。
 小学生の時に仲の良かった上田と五十嵐だ。

 ___

 生い茂る木々は太陽を遮り、土の上だからだろうか、林の中は涼しいくらいだ。木々の間から注ぐ陽射しは陰と陰の間を埋めるようにキラキラと光る。アスファルトの上とは違う植物や土の匂いが鼻をくすぐる。俺達はその上を踏み締めて進む。
「懐かしいな、小学生の時はよくセミとか捕ったっけ」
 タケが言う。
「つい二、三年前じゃん」
 晴希が言う。
「充分昔だよ。今は中学生だし」
「小学生の時に秘密基地なんて作ったの?」
「そう、ほら、少年達が死体を探して線路沿いに歩く映画があるんだけどさ。あれみたいな感じでさ」
 それ、古くないか? 何とかシャンクの空だっけ? 母は児童の喫煙シーンや下ネタなセリフがかなりの頻度で混じるから眉をひそめていたけど、父は好きだったはずだ。
「古ーいツリーハウス的な。どっかの大人が作って、飽きたか土地の所有者に怒られたかして手放したんじゃないかな。そこを掃除して綺麗にして使ったんだ」
 タダシが言う。
「それを勝手に秘密基地とかにして怒られなかった?」
「人があんまり来ないとこだったからな。バレてないと思う。それにバレて怒られても無知な子供のイタズラだし」
 知っててやるのは無知ではなく質が悪いのではないか、とは思ったが、誰かに迷惑をかける訳でもなさそうだ。この林だって何年も手入れされてなさそうだし、誰かが何かやっててもバレる事はないだろう。
「ほら、アレ」
 晴希が指差す。見た感じ、六畳もないだろう。思ったより小さい。縦の高さも平均的な身長の大人の男なら天井に頭をぶつけるんじゃないかと思う。周りにはコケとか落ち葉とか積もってはいるし、外壁の板も痛んでそうだ。ペンキとかは塗られていない。二本の大きな桜の木を土台にしていて、二階建ての家より少し低いくらいの位置だ。ほぼ垂直にかけられた梯子が扉へと続いている。ただ、今にも崩れ落ちそうな程古いと言う訳ではない。
「久し振りに入ってみる?」
 タダシがワクワクした面持ちで言う。
「当ったり前」
 タケが答えて晴希が頷く。
 梯子を上って開かれた扉の奥へと進む。俺は新参者なので、四番目だ。晴希が木の窓を開ける。
「うわ、埃っぽい」
 タケが言う。確かに誰かが動くたびに埃が舞って、扉や窓から差し込む陽射しを反射して煌めく。
「ここが俺達の秘密基地、隠れ家、城だ」
 タダシが思い付くであろうそれっぽい言葉を並べる。
「夏場は風通しが良くて過ごしやすいけど、冬場は寒いから厚着で来ないと命に関わる」
 晴希は笑いながら言ったので、大袈裟だな、と思ったが、確かに暖房器具の類はない。
 部屋の内部は四畳半程。床も柱も壁も割としっかりしていて中学生四人が入っても壊れそうにはない。真ん中に古いアイロン台が置かれている。部屋の隅にはブリキの箱とクマのぬいぐるみ、布を上に張って縄で縛られたバケツ、古びた雑誌が五冊とスケッチブックが積み上げられている。
「この箱の中は?」
 俺が聞くと、晴希は箱を開けながら答える。
「メンコとかベーゴマとか。父さんが子供の時に遊んでたらしいよ? ゲーム機とか持ち込んでもバッテリー切れたら使えないし、昔の遊びごっことかしてたんだ」
 遊びの時点で既にごっこだから日本語としておかしいだろう、とは突っ込めない雰囲気。小学校の社会科の資料でしか見た事のない金属のコマや絵が書かれた厚紙が箱の中から出て来る。
「このぬいぐるみは?」
 タケがクマの埃を払いながら答える。
「俺ん家の隣が本屋さんなんだけど、そこのおばあちゃんが手芸が得意でさ、あんまり出来が良くないからバザーでも売れないからってくれたんだ。ここの守り神的な感じで置いた」
 そんなに出来が悪いようには見えないけど。埃をかぶって色褪せる前はきっと焦げ茶色のきれいなぬいぐるみだったに違いない。今は黒いビーズの目だけがキラキラしている。
「この本、え…?」
 俺は顔が熱くなった。タダシがいやらしい笑いを浮かべて答える。
「エロ本だよ。拾ったんだ、小六の秋頃。ってか、お前って意外とむっつりなのな」
 いや、俺だって男の端くれだ、このくらい読んだ事はあるし、もっと凄い動画だって見た事がある。ページをめくると、三十歳くらいの女の人がセーラー服の前をはだけてスカートがまくり上げられた状態で、おっぱいと下の毛がしっかりと写っていた。
「俺が初めて精液出したのもここだしな。この中では一番だったんだぜ」
「やめろよ、恥ずかしい」
 タダシが自慢気に言うとタケが呆れたように突っ込んだ。
「このスケッチブックも懐かしいなぁ、三人で共有して、よく落書きとかしてたなぁ」
 晴希が懐かしそうに手に開く。
「さすがに上手いなぁ、ラクガキの域を超えてるじゃん」
 俺も一応は美術部、三人の絵は上手いと評価できる。タケの作風は柔らかさと力強さのバランスが良く、動物画、特に犬や狼が多い。晴希の作風は柔らかくて風景画が多く、幻想的な印象を受けた。タダシの作風は力強さに重点を置かれていて、人物画が多い。
「あれ? このトロフィーは誰か入賞した時の? 把手が取れてるみたいだけど」
 俺はエロ本とスケッチブックが積まれていた後ろにあったトロフィーを見付けた。
「それは、俺達が校長室の掃除をしてた時に雑巾サッカーして壊した奴。何のトロフィーかは知らん。体育館の裏に埋めようとも思ったけどすぐ見つかりそうだから、ここに隠したんだ」
 タダシが頭を掻きながら答えた。そんな事を…。
「でもトロフィーがなくなったのがバレたのは一週間後で、当番が他の奴らに変わったからさ、そいつらが知らないって言ったからそのまま闇に葬られた感じ」
 晴希が呆れながら言う。良いのか、それ…?
「まぁ、他の物は置いて、スケッチブックだけ持って帰ろうか。それで自分が描いた絵以外を俺らがそれぞれ持って保管。ショウも欲しい絵があったらあげるけど」
 タケがニカッと笑う。
「それが良いな。後は掃除の当番表だな」
 タダシが言う。晴希が耳打ちして来る。
「月水金で基地の掃除当番を決めてたんだよ。月毎に作って、やったら丸付けてさ」
 意外と真面目なルールはあるらしい。
「捨てちゃったんじゃない?」
 タケが素っ気なく言う。
「他の物はどうするの?」
 俺は聞いてみた。
「残しとくよ、どうせ使わない物ばっかだし。それにまたどっかの子供がここを見付けて、秘密基地にした時の暇つぶしの玩具とか必要だろ?」
 タケがあっさりと答える。タダシと晴希も頷く。
「次、どこ行こっか」

 ___

「久し振り、どうよ最近は?」
 商店街の喫茶店、パーラーフォレストにて上田が尋ねて来る。短めに刈り上げた髪は少し額が後退しているが、この悪そうな笑顔(おしめを散らかした所を見つかった赤ん坊が誇らしげに笑っている時のように見える)は変わらない。
「女房に養ってもらってる」
 私は正直に答えた。現に収入は理絵の方が遙かに良いし、私自身は仕事を全くしていない時期も年に何度かある。
「相変わらずじゃん」
 五十嵐が呆れ笑いを浮かべた。
「お前らはどうよ?」
「俺は相変わらず地元誌を作ってるよ。ずっと平社員で」
 上田は地元雑誌のデザイン部で働いている。
「俺は今年は小学校の先生」
 小学校と中学校の教員免許を修得した五十嵐は教師として働いている。数年ごとに移動があって、その時々で小学校の先生だったり中学の先生だったりする。髪を染めていないので白髪がチラホラと混じっている。
「お前はちょっとした有名人みたいなもんだろ?」
「バンドは今はあんまり活動してないんだ。だから夏休みの今の時期でも割と自由に動ける。イラストの仕事はこっちに戻る前にさっさと片した」
 高校に入ってから始めたバンドでちょっと有名になり、調子に乗っている間にレコード会社と芸能事務所と契約していた。ほとんど売れていないのに、未だにどちらからも切られない謎のバンドだ。私はバンドのジャケットのイラストを手がけ、同じレーベルのバンドや歌手のジャケットのイラストを頼まれるようになり、出版社からも書籍の表紙や挿絵を依頼されるようになった。今は月に数える程度の地方での演奏と細々としたイラストの仕事で、看護師の理絵に養ってもらっている。
「息子は? 一緒に来たんだろ?」
 上田が煙草を吹かしながら椅子の背もたれに体を預けて足を組む。白い煙が線を描いてからふわっと広がって、臭いだけを残して見えなくなった。
「自由行動」
「危なくないか? 子供を知らない町に一人でなんて」
 五十嵐はガチャンと音を立てて、ミルクティーを置く。
「大丈夫。確信ならある」
「お前の確信ほど頼りにならんものはない」
 五十嵐の台詞に上田は腕を組んでウンウンと頷いた。
「大丈夫だって。中学生の男の子は無茶するもんだ。俺達もそうだったろ?」
 もう三十年くらい前の事だ、なんて思い始めている。
「で、これからどうするんだ?」
「隣のバーバーハヤマで髪切って、鈴木書店で適当な雑誌でも買って、和菓子の水沢でどら焼きでも買ってやるつもり。それでも暗くなるまで時間が余るから…」
「付き合ってやるよ」
 上田が言うと五十嵐も頷く。
「じゃ、思い出ツアーでも行きますか」

 ___

 秘密基地を後にした俺達は林の中を散策していた。そろそろお昼だった。父が持たせてくれた小遣いは、四人で食事をしても有り余るくらいある。母がいい加減な性格だからとたまに呆れるのも無理はない額だ。多分計算するのが面倒だったし、俺がそんなに浪費癖がある訳ではないと知っての事だろう。
「へぇ、じゃ、今日は豪華な昼飯食えるじゃん」
 誰がそんな事を言い出したっけ? 他の二人も普通に頷いてるし。
 まぁ、普段の月々の少ない小遣いをやり繰りしている俺が同じ立場になったら、きっと同じようにたかるだろう。
 しばらく歩いていると、向こう側から三人が歩いて来る。俺達と同じくらいの年恰好の少年達だ。背の高い奴を先頭に二人が付き従っているように見える。俺達に気付くと、軽く手を上げた。
「よう、お前ら」
 知り合い?
「よう、お前らも遊んでるの?」
 タダシが背が高いのに返す。
「まあな。この先に怪談スポットがあるから肝試しだよ。お前らはカブトムシでも捕まえに来てるの?」
「いや、単に暇だから歩き回ってるだけ。ってかカゴも網もないのにカブトムシなんて捕らんし」
 そもそも昼間から肝試し? そう言えばタケと晴希は少し後ろに下がっているような気がするし、背が高いのの後ろの奴らは何故かニヤニヤしている。
「お前らじゃ行けないだろうな、ビビりだから。この先にツリーハウスあるんだよ、殺人事件があったって噂の」
「は? 何だそれ?」
「タダシ、学校違うから知らないのか? 教えてやるよ。
 今から十年前、あのツリーハウスはとあるフリーターの男が趣味の日曜大工と一人になれる場所欲しさを兼ねて建てた。男はハウスを気に入っていた。当然だよな? 小さいながらも自分の城だ。
 ある日、虐待を受けている少年が親からの暴力から逃げるために林に入って、ツリーハウスを見付けた。そして男と出会い、事情を話した。男はいつでも逃げ込めば良いと言って、少年を迎え入れた。しかし、男はゲイのショタコンで、真の目的は少年の体だった。
 何度か逃げ込んで、食べ物も恵んでもらって、少年は男を信頼した。でも男は少年を裏切り、レイプした。男は少年が警察に逃げ込むのを恐れて殺害して、死体をハウスのある桜の木の根元に埋めた。
 男は罪償いのつもりで、少年と共に遊んだベーゴマやメンコを残し、少年に見立てたクマのぬいぐるみ、そして少年が唯一取った賞のトロフィーを供えた。そして男に犯された少年が迷わぬように女の裸が乗ってるエロ本も置いた。
 少年の死体は今は木の成長に合わせ、押し上げられて幹の中に骨となって…
 と、言う訳だ。何? 怖いの? お前ら肩が震えてるぞ」
 そいつの言う通り俺も含めた四人全員、俯いて肩が震えている。タケに至っては口に手を当てて「う
…う…」と呻きとも嗚咽とも付かない声を堪えている。間違いない、みんな笑いそうになるのを必死で堪えている。俺もそうだから分かる。
「まぁ、お前らも間違っても少年の霊を刺激すんなよ。行こうぜ」
 背が高いのが言うと子分二人がそれに続いて歩き出す。色白で眼鏡をかけた痩せた奴と、きっちり七三分けで半ズボンに蝶ネクタイと言う漫画とかに出て来るお坊ちゃまみたいな奴だ。俺達は奴らと逆方向に小走りに進む。林の出口が見えて明るくなる。
「きゃはははっ!!」
 まず一声を上げたのはタケだった。裏返ったような高い笑い声で、タケは変声期なのかと思わせる。
「タケ、笑い過ぎ」
 晴希も笑いながら言う。
「文太達もアホだな。あの玩具とかエロ本とか俺達のだって」
 タダシも笑いながらだ。文太とはあの背が高い奴の事だろう。
「にしても、あんな子供の玩具にあんな尾ひれ背びれが付くとか有り得んし。ってかさ、誰かしら見付けてたんだ、俺達の秘密基地」
 タケが呼吸を整えてから言う。まだ苦しそうだ。
「だな。でも俺らだってバレそうなスケッチブックは回収してて良かったよ。あいつら俺達が遊び場にしてだけのハウスだとか知ったら、勝手に勘違いした癖にキレまくるから」
 確かにあんな古い玩具と拾ったエロ本だけなら誰の持ち物か分からないだろう。
「そんなに面倒な奴らなの?」
「そう。プチガキ大将」
 タケが笑いながら答える。
「プチ?」
「上にはもっと立派なリーダーがいるのさ。ここにはいないけど、委員長の水沢って奴で俺ん家のお向かいさんなんだけどさ。こいつがケンカは強いし勉強は出来るし、ブンなんか一瞬でケチョンケチョンにのして、口でも絶対に敵わないんだ」
 タケが言う。
「ブンって、あのでかい奴?」
「そう。文太。俺らと同小で同中。クラスは違うけどな」
「俺は同中じゃないけどな」
 と、タダシが付け加えた。
「ワガママで乱暴で子分の二人以外はあんまり関わらなかったけどね。俺やタケはたまにいじめられたけど」
 晴希が苦笑いしていた。
「嫌な奴らだ。ガキ臭くて好きになれない」
「だからプチガキ大将なんだって。自分より強い奴とか口で勝てない女子には絶対に近寄らないもん。アキに睨まれたらヘラヘラ言い訳するような奴だし」
「アキってのはタケと同じクラスの奴で体がデカくて相撲も柔道もめちゃ強い奴ね」

コメント(19)

 晴希が解説してくれる。タケは自分の中では常識になっている事を説明もなく話すようだ。どうやら水沢委員長はタケの幼なじみで、アキはタケとクラスでつるんでいる奴らしく、二人はボディーガード兼世話係のように見られているらしい(晴希談。タケは世話係に関しては否定)。

 繁華街は夏休みなので、俺達と同じ中学生や高校生のグループも遊びに来ていて、他には普段から利用しているであろう子連れ主婦のグループもいるから、ミスタードーナツもロッテリアもいっぱいだった。アスファルトは土と違って照り返すし、直射日光のせいもあって、肌は熱くなるばかり、汗が噴き出すばかりだった。
「市役所の食堂って…」
「ここ、安くてボリュームもあって良いらしいよ。お客さんが言ってた」
 タケが言う。タケは理髪店の孫で、たまに床掃きや雑誌を出したりの手伝いをしているらしい。そう言えば俺の伯母も理髪店を経営している。あくまで経営者と言うだけで、人を雇って任せているらしいが。
「お客さんの口コミなら間違いないな」
 タダシがカツ丼セットの食券を買いながら言う。俺とタケはハンバーグ定食、晴希は鯖の味噌煮定食の食券を買った。
「ささ、ショウさん、上座へどうぞ」
 晴希がコントのような口調で俺を奥に座らせる。一応、財布を持っているのが俺だからだろうが、ギャグの意味の方が強いだろう。
「お前ら並んで同じメニュー食ってると兄弟みたいな」
 タダシが笑いながら言う。
「自分より先に声変わり終わった弟なんて要らんし」
「何で俺が弟なんだよ、タケみたいな頼りない奴より俺のが兄貴っぽいだろ」
「ハンバーグのソースをほっぺに付けるような奴はお兄ちゃんにはなれません」
 俺は備え付けの使い捨ての手拭きで口元を拭く。手拭きに茶色いソースが付いている。
「自分も最近だろ? 口元に物付けないように意識し始めたの」
 晴希が笑いながら言って、サラダを口に運ぶ。横を見ると、タケがニカッと笑っている。
「てへ♡ まあ、でも他人には思えんな」
 タケのこの台詞は何だか嬉しかった。俺も何となくそれは分かる。頼りないのに近くにいて欲しいむず痒さ、分かってくれるかな?
「次はどこに行く?」
 タダシが言う。
「さっきはハルが秘密基地って言ったから、タダシが決めなよ」
 タケが言う。タダシは卵のたっぷりかかったカツを咀嚼しながら、眉を上げる。飲み込んでから答える。
「じゃあさ、学校。小学校に行きたい」

 ___
 信号待ちをしていると、右側に小学校がある事に気付いた。私達が卒業した藻茶大町小学校だ。グラウンドにはサッカーをしている子ども達がいる。暑いのに元気だ。昼の一時過ぎ、まだまだ暑い時間は続くのに。
 見ていると、中学生くらいの男の子が四人、海パンと言う出で立ちで自転車を必死の形相漕いでグラウンドの門から走り出て来る。助手席に座った五十嵐がクスリと笑う。
「いつの時代もいるもんだな。小学校のプールに忍び込んで泳ぐ中学生」
「そう言えば俺達の頃もいたよな。見付かったからパンイチとかマッパでチャリ漕いで逃げたとか武勇伝を語ってた奴」
 私達はそれをやった事はないが、級友には何人かそれをやった奴が居た。そして漏れなく学校と親にバレて小学校に呼び出しを食らっていた。
 再び小学校の門をチラ見すると私達と同年代くらいの警備員の男がやる気のない素振りで歩いて来て、少年達が走り去った後を見ている。
「結局すぐ誰がやったか分かるから追いかけないんだよな、なぜか」
 信号が青に変わったので、私は車を発信させる。近くの図書館の駐車場に停める。
「遠くから眺めますか、今の俺達じゃ単なる不審なおっさんだから」
 上田が笑いながら言う。
「俺は職務上何かしらの理由をでっち上げられるけどな」
 五十嵐は少し誇らしげに言う。グラウンドには相変わらず、誰かが走り回っている。
「これから暑くなるばっかなのに元気なこった」
 中には体の大きな高学年だろうか、中学生くらいに見える子もいる。
「中学の内は夏休みにさ、ちょっと入って遊ぶくらいなら許してもらえてたよな。小学生が来たら譲らなきゃならなかったけど」
「今でもそうだよ。少しはOBに配慮してる」
 上田の発言に五十嵐が答える。
 グランドでは子ども達がボールを追いかけて走り回り、熱い風が吹いている。

 ___

「あ、ちょっとどいて! どいて!!」
 タケ達が卒業した藻茶大町小学校に向かっていると、自転車に牽かれそうになった。中学生らしい四人組で、何故か三人は海パン着用、一人に至っては全裸だった。四人は俺達の目の前で何とか停まり、バランスを崩しかけていた。
「そんな格好で何やってんの? 非常識が服を着て出歩いてるみたいなもんだろ、それ」
 タケはそう言ったが、服を着ないで表に出ているので、非常識だが表現が違うだろう、とも思った。
 やたらとヒョロヒョロとした背の高い男が、悪い悪いと言いながら、海パンの上から服(前のカゴに入れてあった)を着出す。それに続いて小柄な奴も服を着出し、全裸にヨレヨレのストレートパーマに、お前もさっさと着ろ、ときつめに言う。さっきまで泳いでいたのか、汗なのか分からないがずぶ濡れで、その上から服を着て気持ち悪くないのかと思う。
「タケと同じクラスだろ。ちゃんとタダシとショウに紹介しろよ」
 晴希が言う。
「えーと…二年四組の恥さらし達です。以上」
「健ー!!」
 四人同時だった。それもそうだろう。説明が雑過ぎる。
「この子達は誰だよ、晴希はともかくとして」
 そう言えばタダシは学校が違ったっけ。少し背が高い坊主頭が言う。彼はまだ海パン一丁だ。
「同小で、市立に通ってるタダシ。お父さんの地元が藻茶市で夕方まで自由行動だから一緒に行動してるショウ」
 まずは俺達の紹介だ。タダシは、よろしくな、と言ったので、俺も、よろしく、と言った。
「一番背が高いのが野中務。小さいのが山口大輔」
 小さい、と言う言葉にムッとしたのか山口大輔は眉間にシワを寄せる。
「あと二人はガチでクラスの恥だから紹介しない」
 ストパーと坊主の上にタライが落ちて来て、ぐわーんと鈍い音を立てた。何故いきなりタライが? 空を見上げてもただ青空と入道雲があるばかりだ。
「だから、何でだよ! 俺は学校一面白い男、石松哲也!」
「常に滑ってチンコ晒してるのに…」
「俺、学級副委員の戸塚佑太」
 まだ海パン一丁の坊主頭が言うが、多分誰も聞いていないので、スルーしておく。
「何であんな格好でチャリに?」
「小学校のプールに忍び込んで泳いだんだ」
 野中務がぼんやりとしたしゃべり方で答えた。
「何で?」
「市営プールは金がかかるし、地元だとバレるから大町小のプールに忍び込んじゃった♡ 今日はプール指導日じゃないと情報が入ったんでな。てへ♡」
「でも騒ぎ過ぎて警備員に見つかって、何とか服だけ持って逃げて来たんだ。佑太がバカ笑いするから哲也が調子こいてくっだらないギャグを連発したせいで」
 山口大輔が二人を小突きながら半ギレ気味に言う。
「と、言う事で警備のおっさんが探しに来ても知らない振りをしてくれ。じゃあな」
「おう、またな」
 タケは軽く手を上げ、ようやく服を着た戸塚を含む四人を見送った。
「普段からああなのか?」

 四人の走り去る後ろ姿を見ながらタダシが訪ねる。
「まあ、こんな感じ。いつも二年四組は悪乗りしてる」
 晴希が代わりに答えた。
「普段は大人しいけど、弾ける時はやり過ぎになるだけ。俺はずっと素直で真面目な…」
「どの口が言うか、このドロンコ坊主」
 晴希がタケの頬を軽く引っ張る。
「とにかく、小学校に行くんだろ?」
 晴希の手を振り払ってタケが言った。

 大町小学校のグラウンドの門の前には警備員が立っている。
「こんにちはー」
 タケ達は普通の事であるように挨拶しながら門を潜った。
「あ、君達、ちょっと待って」
 やはり止められるのか。俺達は立ち止まる。
「中学生くらいの四人組を見なかった? 自転車に乗ってて海パン一丁で、その内一人はすっぽんぽんなんだけど」
 さっきの奴らだ。
「すれ違いました。街中の方向に走り去って行きました」
 晴希が答える。まぁ、間違ってない。
「知ってる子達? プールに忍び込んでたんだけど」
「知りません」
 タダシが答えて俺が頷く。これも、俺達は初対面なのでまぁ、間違ってないだろう。
「そうか。じゃ、遊んでも良いけど、在校生が遊びたがったら譲ってあげてな」
 警備員が言うと、はーい、と返事だけは良い子ぶって返した。
「あのおじさんは俺達が在校生の時からいて、人の顔を覚えるのが得意なんだ。だから卒業生の俺達は顔パス。一緒にいたショウも特に怪しまれない訳」
 ならさっきの奴らは顔を覚えられたからヤバいんじゃないかとも思ったが、口にはしなかった。中学に乗り込まれたら一発でバレる。
 グラウンドでは何組かの小学生が遊んでいる。ほとんどが低学年に見える。ジャングルジムで遊んでいる男の子達、ブランコで遊んでいる女の子達。グラウンドの中心には人はいない。
 タダシがグラウンドの隅に転がっているサッカーボールを足でいじり出す。空気が少ないのかあまり弾まない。タダシと晴希、タケと俺のチームに別れてボールを取り合って遊んだ。特にゴールは決めていないのでシュートは打たず、延々とボールを奪い合ったり、パスしたりしていた。
「ちょっとタンマ」
 晴希が声を上げて手を指した。指された先には中学年くらいの男の子が六人立っていた。
「交代のお時間です」
 タケが汗だくな顔で言う。
「ごめんな」
 タダシが小学生達に軽く手を上げる。ボールは元有った場所に戻し、グラウンドを後にする。しばらく進んで小学生達を振り返ると、彼らは俺達が使っていたのとは別のボールを使っているらしく、よく弾むボールを奪い合ったりドリブルしたりしている。
 校舎に付けられた大きな時計を見ると、三時前だ。俺達はたっぷり一時間半もグラウンドで遊んでいたらしい。
 学校を出て警備員のおじさんに挨拶をする。
「次はタケの行きたいとこだな」
 タダシが言う。
「いざ言われると思い付かないな…」
 タケは少しだけ難しそうに眉を潜めてから呟いた。
「秘密基地と来て学校と来たら、次はやっぱり神社でしょ」
 神社? タダシと晴希もきょとんとしている。

 ___

「中二の時だったよな、あいつが現れたの」
 私は古い神社の石段を登り切って言った。境内は整然としていて、陽射しの熱さとは裏腹に涼やかな風が肌を冷ましてくれる。
「ああ、まだ覚えてる。確かお父さんと…」
「そのお父さんが俺だとしたら?」
 私は五十嵐の言葉を遮る。
「は? あの時はあいつもお前も中学二年生だろ? どうやって子作りしたんだよ」
 上田が苦笑いする。
「タイムスリップとかタイムトラベルとか信じるか?」
「ドラえもんを連れて来たら信じるよ」
 上田はまだ冗談だと思っているのか笑いながら返す。
「俺、中二の夏休みのあの日の後、いくつか不思議な体験をしてさ、そう言う事もありなんじゃないかって思うんだ。今日藻茶市に息子を連れて来てさ、あの時のあいつは俺の息子なんじゃないかって思うんだ」
「無理がある無理がある。ってかお前、あいつの顔まだ覚えてる? 俺はぼんやりとしか覚えてないけど、少なくともお前には似てないと記憶してる」
 と、五十嵐。
「息子は女房似だ」
「仮にタイムスリップとして、奥さん似の息子として、だとしたらどうなんだ?」
 五十嵐が汗を拭きながら問う。
「どうこうはない。ただ、あの日の俺達、何してた?」
「どうって、小学生の時の思い出の場所を巡って遊んでたよな」
 上田が答える。
「ここに来た時、何した? 何を話した?」
 二人の顔から明るさが薄れていく。
「そんなの、小学生の時から知ってただろ、お互いに。だから俺達は寄り添い合うみたいにずっと一緒に過ごしてた」
 五十嵐が言うと、俺達は頷いた。
 三十年前にここを汗だくになって登って来た四人の少年達がかつての自分達だった事を思い出す。あの日に吹いていた風が、今私達の胸から背中を吹き抜けた物と同じである事まで鮮明に…。

 ___

「何で神社?」
 タケは答えない。唇をきつく結んで、てっぺんを目指す。あるのは境内。
「何も聞こえてないっぽい」
 晴希が苦笑いしながら言う。
 周りがアスファルトじゃないから照り返しはないし、階段の脇には木も植えてあるから涼しい風を運んでくれるが、いかんせん陽射しがキツい。汗が噴き出る。蝉のシャワシャワと言う大合唱がそれに拍車をかけている。見上げると相変わらず青空に入道雲。
 それでも着実に石段を登り、境内に着いた。
「何でここに来たかったのさ? 俺達、三人でここに来た事なかったと思うけど」
 晴希が言う。タダシも頷く。
「俺が個人的に来たかっただけ」
 タケがやっと口を開いた。
「あの日の前日だったかな」
「どの日?」
 俺にはあの日が何なのか分からない。俺は仲良くなってよく見知ったような気になっていたが、今日彼らに会ったばかりなのだと改めて認識した。彼らの過去については詳細に知らない。
「姉ちゃんに殺されかけた日。その前日に来たんだ、ここに。なけなしの小遣い叩いて賽銭に放り込んで、姉を殺して下さいって願ったなぁ。その翌日にガチで自分の方が殺されかけるとは思わんかったけど」
 小学生の時に遊びに行った時みたいな薄い笑いを浮かべて軽く言っているが、タケの告白は重い。その薄笑いの向こう側には悲しみがヒシヒシと見て取れる。
「ちゃんと泣かずに話せそう。今日を逃したら、次に泣かずに話せるのは大人になってからの気がする」
 タケは俺達の方を向かずに視線はまっすぐに青い空に向かっていた。その横顔と瞳には何か強い意志のような物を感じる。
「俺達は事情、ちゃんと知ってるだろ? 何度も確認する必要ある?」
 タダシの声は淡々と落ち着いている。
「ちゃんと向き合えるまで何度も確認しなきゃいけないんだ。今日、ここで話したからって向き合える気はしないけど、いつまでもやらなきゃずっと向き合えないと思う」
「そうだな。俺も向き合わなきゃいけない事があるし、付き合わせろよな」
 晴希が同意したように言う。
「お互いに向き合わなきゃいけない事と向き合えるかどうかは別として、それを確認する。それを見届ける。それで良いな?」
 タダシも同意したようだ。
「ショウは? 多分すっげー暗くて、俺達、泣くかも知れないし、知らない人がいきなり聞くと精神的に絶対にキツいよ? 一緒に聴く?」
 晴希が聞いて来る。
「聴くよ。一緒にいたい」
 俺はしっかりと頷いた。
「じゃ、話すよ」
 タケが石段に腰を下ろして、空を見上げる。黒い瞳に空の青と入道雲の白が映る。

 ____
「結局、その時は向き合えた気になってもずっと胸の奥に残って、今でも残り続けてるんだ。きっとこの先も残り続ける。それでも俺達は何度でも向き合う」
 上田が石段を見上げて言う。
「誰にだってそう言う事はあるんだろうな。ただ皆は自然にそれが出来てるだけだろ?」
「違いねぇ。でも俺はそう言うの苦手だし、お前らも似たようなな者だから繋がり合った訳だしな」
 五十嵐のぼやきに私は私の言葉を紡ぎ足す。
 私達は神社を後に、あの日に吹いていたのと同じ風がまだ胸の奥に吹いている事を確かめる。

 ___

「結局泣いたじゃん」
 タダシが腕で目をゴシゴシ擦って言う。
「お前が言うな!」
 タケと晴希がツッコミを入れた。
「中学生にもなって泣くとは不覚だった、この俺様とした事が…」
「タダシも普通のガキだったんだろ?」
 晴希がシレッと言う。
「うるさいな。俺はお前らより精神的にも強いんだよ、普段は! 入れちゃいけないスイッチがあるだけ!」
「どうだか。タダシのクラスの人に言っちゃおうかなぁ。あなた達の委員長は普段偉ぶってるのに、過去を告白して泣くような奴ですぅって」
「それはやめて!」
 タケの発言からタダシが学級委員長である事が判明した。それも結構破天荒な学級経営をしているらしい。
 タダシがふて腐れたままだったが、俺達は一緒に石段を降りた。晴希が携帯の時計で確認すると、五時だ。
 特に何かする訳ではなく、俺も三人も何をしたいとも言わない。
「あ、ブンちゃん、いたよ!」
 石段を降り切った所で甲高い声が響いた。振り返ると、色白で眼鏡の少年が俺達を指差している。その後ろには七三に蝶ネクタイの少年と背が高い偉そうな少年がいて、俺達を見付けるなり睨み付けて来た。あいつらは…林で会ったプチガキ大将とその子分二人。背の高い、確か文太とか言う奴が手招きをする。嫌だったが、顔を見合わせてから奴らの方に歩み寄る。
「タダシ、晴希、健。お前ら俺達をからかってくれたみたいだな」
 文太が言うと子分二人が頷く。
「からかってないよ。何があったかちゃんと言え」
 タダシがウンザリとイライラが混ざった態度で返す。
「これを見てもしらばっくれる気か?」
「あ、俺達の掃除表」
 文太が俺達の前に突き出した紙には縦横に線が引いてあって、上の方には子供の字で10月、と書いてある。線が引いてある部分は表になっていて、横に、月、水、金、縦にタダシ、晴希、健、と書いてあって、線と線が交わって四角形が出来ている部分には丸が付いている。タケはそれを何もなかったように文太の手から引ったくると、俺達に見せて来た。晴希は不安そうだったし、タダシは文太達を睨んでいたが気にはしていないようだ。
「懐かしい。どこにあったの?」
「ツリーハウスのエロ本に挟まってた」
 文太が吐き捨てた。
「全部捨てちゃったと思ってた」
「これはどう言う事だよ? あの少年が殺された云々とかはどうなってんだよ?」
「え? そんなの今日になってから初めてブンに聞かされたもん。知らないよ」
 タケが答える。
「お前らがあそこを遊び場にしてた事は認めるんだよな?」
「ああ、認めるよ。小学生の時だけどな」
 タダシが凄んだブンに喧嘩腰に返す。
「じゃあ、あんな噂を流して俺達をからかってた事も認めるんだよな?」
「だから噂は知らないよ。俺らがそんな事して何か意味がある訳?」
「あのさ、俺達が秘密基地を使わなくなった後に見付けた人が勝手に言い出したんじゃないかな?」
 口調がキツくなるタダシに比べると晴希は諭すように話す。争いは避けたいんだ。
「はぁ? 何だよそれ? どうでも良いから、俺達をからかった罰として気が済むまで殴らせろ」
「だから何でだよ? 筋が違うだろ」
 文太がタダシの胸倉を掴み、子分達がニヤニヤ笑いを浮かべ、晴希とタケは三人を睨みながら一歩前に踏み出した、その時だった。
「お前ら、乗れ!」
 声と共に猛スピードで自転車に乗った四人組が突進して来る。あれは昼間のプールに不法侵入したと言う四人だ。今は当然だが、着衣だ。
 文太が驚いてタダシを掴んでいた手を緩めたらしく、タダシが振りほどいて副委員(名前は覚えてない)の自転車の荷台に飛び乗る。晴希は山口大輔、タケは野中務、俺は石松哲也の荷台に乗った。自転車が走り出す。
「黙っててくれた事、これで貸し借りなしな」
 野中が言う。自転車は住宅街を駆け出す。
「お前ら、卑怯だぞ−!」
 と、言いつつも三人は走って追いかけて来る。
「ところで何したんだよ、あいつらカンカンになってお前らを探してたぞ」
 野中がタケに聞く。
「俺らが小学生の時に秘密基地にしてたツリーハウスがあるんだけど、そこが何故か怪談スポットになっててさ。俺らが使っていたらしい証拠品をあいつらが見付けて、俺らにからかわれたとか勘違いしてるんだよ」
「あの噂のな。で、お前らこれからどこに逃げるんだよ? やっぱ委員長に助けてもらう?」
 山口が聞く。
「委員長は妹のキャンプに付き添いに行った。アキも同じ理由でいない」
 その人達って、タケの世話係り兼ボディガードじゃ…。
「どうする? 俺らチャリだし、あいつら走り回らせて、疲れさせたとこをこの人数でボコる?」
 山口が怖い事を当たり前のように口にする。
「乗った!」
「それだ!」
 タケとタダシは同意したようだ。おいおい…
「ヤバいってそれ!」
 晴希がまともで良かった。
「じゃ、委員長の代わりに副委員に責任取ってもらおう。佑太、一人でぶん殴られろ」
「何でだよ!?」
「エロいから」
 石松の提案に副委員本人は拒否しているが、皆は同意しているようだ。
「あ、助っ人呼んで来る」
 タケが突然自転車を飛び降りた。キュッと音を立てて自転車が止まり、追いかけて来ていた三人も止まった。野中に至ってはいきなりタケが降りたのでバランスを崩して転びかけた。タケはいきなり走り出して文太達三人の脇を抜けると、家と家の間の狭い路地に駆け込んだ。全員呆然としている。三人も追わなかった程だ。程なくして、タケは俺達と同じくらいの年の少年の手を引っ張って路地から出て来た。タダシと俺以外の全員が緊張して固まる。
「誰だよ、あいつ?」
「阿久…」
 タダシの問いに副委員が震えた声で答えた瞬間、タダシも固まった。アク…?
「何やってんだよ、タケの奴。俺の学校まで伝わってるよ。高校生や大人のゴロツキ相手に暴れ回ったって言う不良チームのリーダーだよ」
 いつの間にか荷台から降りたタダシが俺に耳打ちする。晴希も降りたので俺も降りる。タケは何やらその阿久に話している。
「じゃ、リュウ。文太をボコボコにしてくれ」
 タケが言う。阿久は戸惑っているようだが、文太の方を睨んでいる。子分の二人は文太の後ろに隠れてしまった。
「アホか。ちょっと遊んでただけだよ。悪かったな。もう帰るわ」
 どんな捨て台詞だよ? とにかく、行くぞ、と子分二人を引き連れて行ってしまった。
「俺だって聖子姫の手前、喧嘩は出来ないんだ。さっきはヘボい奴で良かったけど、これからは花か田村に頼めよ?」
 そう言うと阿久は背を向けて路地に入って行った。
「うん、またな」
 皆の緊張をよそにタケだけはご機嫌だ。
「おい、健。お前、阿久に対してよくあんな扱い出来るな」
「俺は小さい頃からああだったけど。委員長もカズもはじめもあんな感じ。リュウって頼りになるだろ?」
 副委員の問いにサラッと答えた。皆が同時にブルッと震える。
「まぁ、とにかく。阿久がお前らに付いてるって事になったからあいつらもこれ以上は何もしないだろ。じゃ、俺達も帰るわ」
 石松が言うと、他の三人もじゃあな、と手を振って自転車を漕ぎ出す。
「うん、助けてくれてありがとうな」
 タケも手を振る。
 急に静かになった。
「日没まではまだ時間あるけどさ、今の季節そんなの待ってたら七時過ぎちゃうだろ? そろそろ河川敷に戻ってみる?」
 タダシが言う。確かにその通りだ。俺はうん、と頷くと、三人は歩き出した。

 ___

 私、葉山健、四十三歳、男は上田タダシと五十嵐晴希の二人と別れると、河川敷の公園に向かった。もうすぐ息子のカケルが帰って来るはずだ。暗くなるまでとは言ったが、七月の終わりのこの時期に暗くなるまで待っていたら七時も過ぎてしまう、少年の上田がそう言っていただろう? 普段は冴えないはずの頭に鮮明に浮かんで来る、思い出せる。
 私は駐車場に車を停める。誰もいない公園、暑くてきっとこんな日陰が出来ない場所では遊ばないのだろう。
 私は汗だくになって歩き回って、走り回って、グダグダ下らない事で盛り上がっていた十三歳の夏を思い出した。
 あの日、ショウと言う名の少年が言っていた事を思い出す。自分の母親は、本当は出来の悪い自分を要らないのではないか、と言う事を。
 今なら言ってやれる。そんな事はない。あくまでも希望は希望、思い通りになるかどうかなんて分からない。理絵だってそのくらいの事は分かっている。と、言うか、理絵の奴、いつもそんな事を漏らしているのか?
 妊娠中、男の子なら要らないと言ったあの後、菜々が何て言ったか、私はきっぱり覚えている。
「私は弟でも妹でもお姉ちゃんになれて嬉しいのに、お母さんは嬉しくないの?」
 思えば菜々はかなり利発で口が達者な子どもだった。三歳児がこれをハッキリと口にした。いや、三歳児の感性だからこそ抱いた率直な疑問かも知れない。
 この幼くも優しく聡明な娘の発言により、理絵は性別で子どもを愛せなくなる自分を恥じ、泣いた。だから大丈夫だ。結局、どんな形になっても、何か間違いを起こしても、理絵は自分でそれに気付き、直すだけの頭を持っている。
 脳内で処理し切れなかった理絵の愚痴が頭に甦る。
「私なんて歴史は赤点ギリギリの2だったからいつも3を取るのが凄い事だって分かるよ? でもどうしても菜々と同じ事を求めてしまうんだよね。菜々だって結構ガサツだから家庭科の成績はレポートと筆記テストの点数で稼いでて、実技は母親の私から見てもアレなのにね。
 私はさ、おてんばな妹達の手前、優等生ぶってたから成績良くするのに必死だった。息子にそれを求めても仕方ない事くらい分かる。
 結果的に私が焦れば焦る程、子ども達との温度差が開いて行くんだけどね」
 確か、昨日の夜だ。藻茶市を出る前日に理絵が愚痴ってた。
 ついでに昼の事も思い出す。上田や五十嵐と思い出ツアーに出る直前だった。携帯が鳴ったので出ると、普段は絶対に出さない不機嫌な理絵の声が鼓膜と背筋を震わせた。頭の中で危険を知らせる警報音が鳴り響くような感覚だ。
「カケルは? 健くんも中々電話に出ないし」
 私は(私も)携帯を車に置き忘れていたのだ。二人して携帯を車に置き去りにしていた事、カケルは自由行動させていてその場にいない事を告げた。
「何で知らない土地で携帯も持たせずに一人行動をさせるの!? 何で根拠もなく大丈夫なんて言うの!? 私も藻茶市に行く!」
 私はひたすら謝った。上田と五十嵐はさぞかし、情けないと思っただろう。しかし、これが私の現実だ。
「でも仕事は?」
「早退きして有給申請します。異論は認めません」
 ブツッと言う音に続き、プー…プー…プー…。ヤバい、理絵に怒られる。こうなったら理絵が着くまで楽しむしかない。私は半ばやけくそで小学校と神社へと車を走らせた。
「早く帰って来ーい。菜々も一緒に来るからお前だけは庇ってもらえるぞー」
 私の独り言は車の中で虚しく響いて消えていった。次に藻茶駅に着く新幹線で、二人が到着する。
 しかし、何て話そう? 実はカケルは三十年前にタイムスリップして同い年の父親とその友達と遊んでました。その事を藻茶市に着いてから鮮明に思い出したので、無事だと分かるのです。信じてもらえる訳ない。
 因みに余談だが、秘密基地があった林は、私が藻茶市を出るのとほぼ同時に整理され、半年後にはショッピングセンターになった。時の流れとはソンナモンだ。

 ___

「お帰り」
 父の声がしたので振り返った。そこには葉山健、四十三歳が立っていた。また軽い頭痛がした。今までモヤがかかっていたように思い出せなかった顔が、はっきりとした輪郭を取り戻してそこにいる。
 公園まで送ってくれたはずのタケもタダシも晴希もいなかった。
「ただいま」
「お母さんとお姉ちゃんが来るから駅まで迎えに行くぞ」
 え…? また唐突な事を。タケみたいだ。父と俺は車に乗り込んだ。

 父から事情を聞いた。携帯に出なかった事や父が知らない土地で俺に一人行動させた事で母が怒っているらしい。
「お母さん、カケルの事が心配なんだよ」
 一瞬、カケルって誰だと思ったが、自分の事だと認識した。さっきまではショウと呼ばれてたっけ? 『翔』と書いて『カケル』と読む。
「俺…僕もう十四歳だよ?」
「俺で良いよ」
 父は前を向いたままニカッと笑う(運転中にこちらにわざわざ向いたら事故るから、これは正解)。
「だよな。でもまだまだガキだ。だろ?」
「まぁね」
「お、今度は思ったより大人の反応」
「どっちだよ?」

 宿は取っていない。父が小四から中学生時代に暮らしたバーバーハヤマと言う理髪店に泊まる。ここは伯母が社長として経営して、伯母と父の共通の知人だと言う田村さんと言う人を理容師として雇っている。居住スペースとして使っていた部分は今は、一階のダイニングを事務所として使っているものの、他の部分は使っていない。
 食事はショッピングセンター内のでっかいスーパー(タケヤマーケットとか言う名前)で買った弁当と惣菜だ。そのショッピングセンターは父が子どもの頃は林で、父は友達と秘密基地を作ったりしていたらしい。
 母は俺と姉に二階の一室(父が寝起きしていたらしい部屋)で食事をするように言うと、父を連れて隣の部屋に行ってしまった。何やらガミガミ言われているらしい。
「お父さんも無茶するよね」
 姉が笑いながら言う。
「うん、心底そう思う」
「あんた、今日は何してたの?」
「地元の子達と友達になって遊んでた」
「どんな子?」
「内緒」
 タケを意識してニカッと笑って見せる。
「何してたの?」
「そいつらが小学生の時に使ってた秘密基地とか通ってた小学校に案内してもらったり、神社で遊んだり」
「何て子達?」
「タダシに晴希に健」
「一人はお父さんと同じ名前なんだ」
「うん」
 いや、お父さん本人だと思うんだけど、とは言わなかった。父の中学生時代にタイムスリップしたと思うなんて言っても信じてもらえない。秘密基地のあった林だったショッピングセンターに案内された時に、ふと思った。タケが父と同じ名前だったし、何となく同じ顔のような気がした。
 俺は今日、タイムスリップした。そして、同い年の父に会った。父もヒリヒリした俺と同じガキで、背伸びしたくても苦手で、汗だくになって走り回っていて…。何故かそう確信した。

 小学生以来で父と風呂に入ると、父が寝起きしていた部屋で父と二人になった。母と姉は隣の部屋で寝るらしい。
「タダシに晴希に健って奴と友達になってさ。皆良い奴なんだけど、なんて言うか危なっかしい奴らでさ。これ、お母さんと姉ちゃんには絶対に内緒だよ? ガキ大将に追いかけられちゃうような奴らなんだよ」
 ガキ大将に追いかけられた、なんて言ったら俺に対しては何故か甘いと言うか、過保護な姉の事だ。ここに連れて来いだとか乗り込んでやるとか言い出すに違いない。父は笑って聞いていたが。
「翔、よく聴きな。お母さんな、お前の事、すっげー大切にしてるんだぞ」
「うん?」
「電話にも出ない、お父さんに知らない地で一人行動させてるって聞いて、お父さんマジで怒られた。笑ってごまかせないくらい」
「そうみたいだね」
「嫌いな奴のためにそんなにお父さんを怒ると思うか?」
「…思わない」
「だろ? 怒るってのはすごくエネルギー使うし、疲れるんだ。翔はちゃんと大切にされてるんだぞ。ただ、お父さんと姉ちゃんが甘いからお母さんがガミガミうるさいだけ。まぁ、あの人のガミガミ癖は若い頃からだから、どう転んでもガミガミうるさいけどな」
 父は襖の隙間から母が覗いている事に気付いていないらしい。また余計な一言を…。だから俺以上にガミガミ言われるんだ。たぶん帰ってから。

 ___

 疲れて寝ている翔の寝顔が豆電球の橙色に照らされている。理絵曰く私似だと言う寝相の悪さで、昼間以上に大暴れしている。
 まだ頭が冴えている内に思い出そうと思う。三十年前に神社できちんと向き合った事と、私達の今を。

 ………

【葉山健】
 私は町工場勤務の父親と会社事務員の母親の間に生まれた。学年で言うと四つ違いの姉がいる。祖父母は父方のみ健在であった。
 物心が付く前なので全く覚えがないが、私は体の弱い子どもだったらしい。なので、両親も祖父母も姉も私を甘やかし、可愛がった。小学校に上がる前年に私に発達障害がある事が判った。ADHD、子どもの私は空気読めない病として認識していた。
 父と母は姉には厳しかった。と、言うより期待していた。姉は勉強もスポーツもよく出来る人で、どの科目も常に上位だった。
 一方で私は、絵が得意な以外は何をやっても十人人並みの能力しか持たなかった。人の手助けを借りて、での話しだ。
 しかしながら、周囲の大人は子どもの努力を対等な物としては評価はしない。『何でもそつなくこなせる子』が満点を取るより『何をやっても助けを必要とする子』が平均点を取る方により価値を与える。それに更に幼い頃は体が弱かった、(軽いとは言え)明確に障害と認められた、と加えられればより『人並みの事が出来るだけ』に価値を持たせる。
 こうして私は周囲に甘えるのが当たり前の子どもになり、姉はどんなに努力しても周囲の大人からは当たり前の事として扱われていた。それがいけなかった。
 姉は国立大附属や私立の中学受験を目指していた。塾の先生に勧められたからと言うのもあるし(塾側とすれば少しでも料金の高い特別なコースへの移行を勧めたかったのかも知れない)、明確に私には出来ない事を成功させれば両親の目も自分に向く、そう考えていた。
 だが、姉は失敗した。私立の受験日にどう言う訳か風邪をひき実力を出せず、国立大附属の受験日はインフルエンザのためテストすら受けられなかった。こうして姉は私が通う事になる藻茶北第二中学に入る事となった。
 中学に入ると姉に言い寄る男子生徒がいた、仮にAとしよう。しかし、姉はそれを断った。しかし、その男子を好きな女子生徒がいた、仮にB子としよう。
 姉は国立合格確実と言われていたし、一般の公立中学の生徒達との間には小学生の時から壁のようなものがあったらしい。B子は、姉がお高く止まっているからAを振った、自分に見せ付けて嫌がらせするために、そう言って周り、姉はクラスの女子からいじめを受けるようになった。姉は一年生の間はいじめに耐え抜いたものの、二年生から学校へ行かなくなった。そして、両親はようやく姉が大変な事になっていると知る。
 姉はカウンセリングを受けながらフリースクールに通うようになった。フリースクールはいつでも自由に通えて、いつ帰っても良い、週に何回行かなくてはならないと言う縛りもないし、勉強も好きにして良い、遊んでいても良いと言う所だった。
 姉は私が小学四年生の梅雨入りした時期から夏休みの前日まで私に暴力を奮い続けた。初めは平手で頭や頬を叩いていたものが、拳で殴るようになり、引き倒した私を蹴る、フライパンや椅子などの道具を用いて殴る事もあった。
「お前のせいだ。みんなお前しか好きにならない。私がこんなに苦しむのはお前のせいだ」
 姉はいつも私に暴行を加えながらそう言い続けた。そして、私をサンドバッグにするのをやめるとすすり泣いた。私もしゃくり上げて泣いた。それでも両親が帰って来る前には二人とも泣き止んで無邪気な姉弟を演じた。
 服の下は痣だらけになり、私はプールの授業を仮病を使って休むようになった。たまに父という入浴していたのをやめた。
 でも半月程で両親にバレた。顔から頭にかけて花瓶で殴られて紫色に腫れたからだ。花瓶の破片と水がフローリングに巻き散らかされ、血を流しながら倒れている私と自室で泣いている姉を発見したのは母だったか、父だったか、覚えていない。
 母は仕事を一時休職して姉に付きっきるようになった。今度は母がサンドバッグになったが、母には道具を使用しなかった。その代わり、私が学校から帰ると手元にある何か、例えば掃除機でも醤油の瓶でも電気スタンドでも、掴んで振り回して私に暴行を加えた。父は毎日のように姉を怒鳴ったが、姉は父が怒鳴ると家を出て深夜になってからこっそり帰って来るようになった。
 小四の一学期の終業式の日、この日は母が買い物に行った先のスーパーで心労から倒れ、救急車で病院に運ばれていた。私はそれを知らずに帰宅した。
 当然、姉しかいなかった。姉は手に父のネクタイを持っていた。それで私の首を絞めた。

 姉は私が動かなくなると、自分で警察に電話したらしい、弟を殺しました、と。駆けつけた警察官が呼んだ救急車で処置を受けた。私は気を失っただけで死にはしなかったのだ。
 気が付いたのは病院のベッドでだった。父と祖父母が着いていてくれた。翌日には母も見舞いに来てくれた。姉は? 姉は来なかった。その後、鑑別所と言う所に入ったらしいが、夏休みの間に家に戻っている。しかし私が姉に再会したのは小五の夏休みだった。
 私は二日ほど口が聞けなかったが、退院すると同時に祖父母と暮らす事になった。姉が戻って来た時、鉢合わせないために、である。その後もあらゆる場面で姉と私の二人だけにならないように家族は全力を尽くす。
 小四の夏休みはそんな最悪な出だしだった。病院や警察官や検察官と何度も話しをする事になる。
 姉との関係は中学生になっても改善しなかった。私が拒否し続けたからだ。一応、小五の夏以降、両親は私と姉と家族四人で月に一度は食事を取り、改善を図ってはいたが。
 その後、中学生の内に姉との関係はある程度は改善されるようになる。とは言え、一筋縄では行かなかったが。
 姉の進路について少し述べる。中学を卒業と同時にネットビジネスを始め、通信の高校に進学した姉は、地元では女子高生社長としてちょっとした有名人になる。高校卒業後、関東の大学に入り、藻茶市に戻ってから数年後、祖父母の経営していた理髪店を私と姉の共通の知人を雇って再建した(一度、理髪店は閉店している)。
 私は中学を卒業と同時に家族で横浜に移り住む事になった。そこの高校でバンド仲間と出会い、ちょっとした有名人になり…以下略。
 理絵とは高校の先輩後輩の関係で、一つ上だった。部活も学科も違い、全く共通点はなかったように思えた。
 二十三歳の秋、骨折(酔っ払って飛び蹴りしながら堤防から海に飛び込もうとして、岩場に落下したのだ)をした私は入院した。そこで働いていた看護師が理絵だった。
「葉山くん…だよね? 同じ図書委員だった」
 私は失念していた。理絵は私が高一の時に図書委員になった時、色々と世話を焼かれた。
「結構無茶するんだ」
 なんて笑われ、頬が赤くなっていくのを感じた。そしてストーキング…ではなく、紆余曲折を経て今に至る。

【五十嵐晴希】
 彼は工場勤務の父親と雑誌編集の母親の間に生まれた。そんな両親は彼が二歳の時に離婚した。親権は母が持った。
 小学三年生の夏までは母が仕事で忙しく、一緒に夕食を取る事も週に二回あるかないかだったが、平穏に日々は過ぎた。小三の秋、母親に恋人ができるまでは。
 恋人の男性、仮にC氏としておく。C氏は子どもには厳しくするべし、と言う考え方の人間であった。
 彼は何をやっても平凡な少年であった。運動能力は人並み、学力はまぁまぁ、絵や工作は得意だが、私やタダシの方が賞を取ったり、良く評価される事が多く、埋もれがちであった。
 元より彼は人が良く、穏やかな性質であったが、母からは『何事にも消極的な性格で向上心がない』と評され、それは別れた父と同じだと言っていた。
 C氏に取って彼は邪魔だった。だから、C氏は母に『悪い子は鎖で縛ってから会いに来るように』と言っていた。彼は、母がC氏と会う時は鎖で手足を拘束され、部屋に転がされるようになった。金曜日の夜に母が出て行き、日曜日の夕方に帰って来るまで一人で放置される事もあった。その時は身動きが取れないからこそ体力が消耗せずに彼は助かった。
 四年生に上がる直前のある日曜日、事件は起きた。
 彼も暮らしているマンションの部屋にはC氏が訪れる事はなかった。しかし、C氏はやって来た。初めて見るC氏は痩せていて血走った目をした中年の男だったと彼は語った。手には包丁が握られていた。
 いつも通り鎖で縛ろうとする母に取り抑えられ、彼は怖さのあまり声も出せなかった。押さえ付けられ、首元を包丁がかすめた。血が噴き出す程の傷ではないが、滲む程度の傷は負わせた。九歳になって間もない少年であった彼に死を思わせるには充分な傷だった。
 彼は暴れた。足がC氏の包丁を持つ手に当たり、包丁が床に転がり、血が吹き出した。C氏と母はわめき散らし、一瞬だけ母の力が弛んだ。彼はその隙に母の手をすり抜け、ベランダへと走った。
 三階だった。飛び降りたら大ケガを負うかも知れない。母とC氏が何かわめきながら追いかけて来る。彼は隣の部屋のベランダに飛び移った。引き戸を開けて隣の部屋に逃げ込み、鍵をかけた。
 隣の住人は夫婦だった。驚いただろう、いきなり首から滲んだ血でシャツを赤く染めた少年が、血の足跡を付けながら転がり込んで来たのだから。C氏が隣のベランダに移り、引き戸のガラスを割った。夫婦の男はフライパンを手に取ると引き戸を開けてC氏と揉み合った。C氏は逃げ出そうとして、ベランダから落ちて足を骨折した。
 夫婦の女が呼んだ警察にC氏と母は逮捕され、彼は保護された。
 大人同士が話し合い、彼は一時的に病院に保護された。母とC氏は裁判で無罪、しつけ、彼が暴れたので仕方なく、と主張したが結局は刑務所に入る事になった。警察や児童相談所の職員と話しをしたり、その時になって初めて(正確には二歳以来だが記憶にない)彼は父に会って話しをした。
 彼は父と暮らす事になった。初めは父の機嫌を損ねないように気を遣っていたが、父はそれ以上に気を遣っていた。七年間も別れた妻から干渉を拒まれ続けた『親に殺されかけたトラウマを持つ子ども』を引き取るのだ、相当な覚悟も不安もあったはずだ。しかし、父は彼を受け止めた。彼も次第に心を開き出した。
 その後、彼が中学に上がる頃には母が、その半年後にはC氏が刑期を終えて出て来た。知りたくもないのに、留置場にいる間に結婚したとわざわざ電話までして来た。しかし、母とC氏は彼に近付いたり干渉したりはしてはいけないことになっていたので、それ以外では何も言って来なかった。
 彼は藻茶市の高校、大学へと進み、教師になった。三十歳の時に同じ職場の女性と結婚し、今は小学二年生の娘がいる。父が娘を猫可愛がりしているらしい。
【上田タダシ】
 彼の父はいわゆる青年実業家、母は派手な身なりが好きな女だった。父が経営するIT関連の会社が傾き、首が回らなくなったのは彼が小学二年生の頃からだった。
 彼はいつも両親と一緒に暮らしていた訳ではない。彼は母方の祖母の元にいる事が多かった。だから、両親が借金を重ねていた事は知らなかった。彼は祖母の元で一般家庭相応の生活を送り、両親が借金をしてでも派手な生活をしている事には冷めた目線を送っていた。
 小学四年生に上がる直前の春休み、両親に旅行に連れ出された。東京のどこかだと言うが、まだ子どもだった彼は覚えてはいない。夜景を見ながらドライブとか、芸能人ご用達の店で食事とか、ブランド品をカードで買い漁るとか、おおよそ九歳の子どもには興味のない事に付き合わされた。元より活発な性質であった彼は早く藻茶市に帰りたかった。友達と公園を駆け回り、祖母の手料理を食べたかった。
 ホテルの一室で彼と両親は発見された。チェックアウトの時間になっても一家が出て来ないので、ホテルの従業員が確認に来たのだ。彼は睡眠薬を飲まされ、首には締められた痕があったが生きていた。床に転がされていた。
 両親はベッドで全裸で横たわっていた。父と母は首にナイフを刺して息絶えており、室内には血の匂いで一杯だった。母の膣内からは父の精液が検出され、二人が性交を行ってから二人で自殺した事が明らかになった。
 両親は消費者金融から負われていた。自宅には何枚もの『金返せ』『泥棒』『踏み倒すな』などの紙が壁一面に貼られていた。
 借金は祖母と父方の祖父母が出て来て、違法な金利を整理し、額がだいぶ減った。お陰で両親の保険金と家財道具や会社を売った金で何とか借金は返済できた。ちなみに祖父母達は相続放棄も視野に入れて考えていたらしい。
 彼は何も分からなかった。両親が自分を道連れに死のうとした事も、死を選ぶ程に追い詰められていた事も、様々な法律があって助かる道も選べた事も、なぜそうまでして贅沢を続けたのかも。
 結局、彼は何も分からないまま、事実だけを突き付けられ、塞ぎ込んだ。それでも彼は祖母の元で生活し、表面的には両親の死亡前と同じような暮らしに戻って行った。
 小さな町なので噂はすぐに広まり、新学期が始まっても学校では彼は浮いていた。ずっと彼の世話になっていた幼馴染み達も距離を置いた。悪口を面と向かって言われたり、暴力を奮われる訳ではない。ただ腫れ物に触るように、一歩引いた世界として見られるだけ。
 晴希や私も相次いで家族に殺されかけたので、彼と同じ道を辿る事となる。加えて絵を書くのが好きと言う共通点を持ち、私達が仲良くなるには時間がかからなかった。
 彼は元々勉強も出来たので公立の中高一貫校を受験し、合格した。その後は大阪の美術の専門学校なの入学し、卒業後は藻茶市に戻り、地元雑誌のデザイン部に就職した。二十代で一度結婚したものの二年で離婚している。子供はいなかった。三五歳で職場の女性と再婚し、今は五歳と二歳の女の子の父親だと言う。

 ………

 ショウ(本当はカケル)の話しを聞いた時は、何て母親だと思い私は怒っていた。しかし、今の理絵を見てもそうは思わない。理絵は理絵なりに思い通りに行かない子育てに奮闘している。じゃなきゃ心配して仕事を放り出してまで藻茶市まで来た挙げ句、私にガミガミ説教なんてしないだろ?
 寝相は殺人的に悪いのに、寝顔はやはり可愛いく見える。例えイビキがうるさくとも。私はこの小生意気な寝顔を見ると、説教されるだけの価値はあったかな、とも思える。

 ショウはあの日、公園に着いた途端、いなくなった。
 私達はショウを捜し回ったが結局見付からなかった。私達は、ショウはお父さんを見付けたので、一緒に帰った。おそらく急ぎ用でも出来たのだろう。だから挨拶もしないで帰った。と、結論付けた。

 ___

 父が俺と夏休みに二人で出掛ける理由、それは父も祖父にそうしてもらっていたからだ。
 タケから教えてもらった。
「ショウも毎年お父さんと? 俺ん家も。何でもじいちゃんとお父さんも小学校高学年から中学までしてたらしいよ。一緒に山とか海とか行ってさ。だから俺にも中学卒業するまではしてくれるんだって。今年は海で釣りとキャンプらしいよ?
 何でも男同士で何かするのは大切な事なんだってさ。それが何かはお父さんも分からないらしいけど」
 お父さんもおじいちゃんもしてもらっていたらしい。だから俺にも?
 確かに楽しい。ワクワクする。
 川で釣りをして、山を歩き回って、知らない町を探索して、たまに口喧嘩する。めちゃくちゃ楽しい。
 俺も息子が生まれたら同じ事をやるのかな。なんて思う時がある。その前に嫁さんを探さなきゃならないし、大人にもならないといけないのだけど。

 タケに言いたい事がある。
 タケはちゃんと大人になって、俺を幸せにしてくれているよ。頼りないし、あんまり格好良くないけど。
 お姉さんとは仲直り出来たみたいだよ。
 しっかりした奥さんと優等生の娘とタケによーく似た(いや、認めたくないけど)息子もいるよ。
 だから、しっかりヒリヒリした中学生時代を過ごせよな。

 了
【蛇足一】

 山口大輔 やまぐち だいすけ
 四月生まれ牡羊座。体操部。園芸委員。
 小柄な外見とは裏腹に気が強い(誰がチワワか!)。口も達者。特技はバク転と身軽。ウニorイガグリのようなツンツン頭。

 野中務 のなか つとむ
 十二月生まれ山羊座。陸上部。体育委員。
 クラス一の長身(一七八センチ)を誇る。しゃべりはややゆっくりでのんびりしたイメージがある。一見ヒョロいようだけど、実はマラソンは学年一位と言う実力者。
【蛇足二】
野中「今日は林の中の霊が出ると言う噂がありながらも、実は健や五十嵐くんが小学生の時に秘密基地にしていただけと言うツリーハウスにやって来ましたー♪ わーい♪ ドンドンドンパフパフー♪」
山口「テンション無理に上げるなよ」
野中「いや、上げようよ! 散々道に迷って機嫌悪いのは分かるけどさ、ほら! 見えて来たよ!」
山口「疲れたから帰りたい。おい、おんぶしろ」
野中「ああ、もう…。ほら、ハシゴ上がるよ」
山口「おい、誰か先客がいるみたいだぞ?」
野中「まさか…少年の霊が出るってのは本当だったのか!」
山口「いや、男の子と女の子の声だ。きっとヤるんだな、間違いない」
野中「いや! それってまずいから!」
 ガチャ…
宅間「何? あれ? あんた達来てたの?」
野中「宅間さん? 仁平?」
山口「卓球部コンビがこんなとこで一発ヤってるのかよ?」
工藤「自分、男同士の世界には興味ないっすよ」
宅間「工藤、黙ってたけど私、女だったんだ」
野中「いや、やめて! ズボンに手を突っ込んだり胸を揉んで有無を確認しながら言わないで! 女の子! 宅間さんは女の子!」
宅間「女は品があると誰が決めた?」
山口「それよりお前ら何でここにいるんだよ?」
工藤「宅間が霊が出るって噂の場所に行きたがったんで、小学校の学区内だったんで自分が案内したんす。ちょっと迷ったんすけどね、ナハハ」
宅間「霊現象に触れれば霊能力が身に付くと思ってさ」
山口「で、霊は出たのか?」
宅間「出ないよ? で、何か小学生が秘密基地にしてそうな感じだね、って話してたの」
野中「その通りなんだよね、実は…かくかくしかじか…でさ」
宅間「葉山くんや五十嵐くんがねぇ」
工藤「自分、上田タダシも知ってますよ。同小っすから」
山口「そう言やそう言う設定だったな。仁平はあいつらが秘密基地にしてた事は知ってたの?」
工藤「全然。知ってたら来る前に宅間にネタバラししてますよ」
野中「取り敢えず、何が置いてあるか見てみようよ」
宅間、工藤、山口「賛成ー♪」
宅間「ささ、まずはこの宝箱チックな物から! 何があるのかなぁ。グフフ…金目の物、金目の物…」
野中「いや、小学生がそんな物入れないから!」
山口「メンコにベーゴマ、お手玉にビー玉…レトロな玩具だな。きっと誰かのお父さんかおじいちゃんからもらったんだな」
工藤「どうせゲーム機とか持って来てもバッテリー切れたら遊べないっすからね」
野中「嫌に現実的だな! ほら、並べてみるとビー玉とか綺麗だよ?」
宅間「遊ぶ機会もないからここに追いやられた感じだね。置き場に困って放置ってとこか」
野中「宅間さん!?」
山口「あ、トロフィーあるじゃん。この安っぽい金色が剥がれてる感じ…えーと…藻茶市小学生作文コンクール佳作…名前は…知らない奴だな」
工藤「あ、それは確か…校長室から消えたと言うトロフィーっす。把手が取れてるし、多分誰かが壊して捨て場に困ってここに隠したんすね」
宅間「過ちから目を背けた結果がこれか…」
山口「ロクな事しねーな」
野中「このクマちゃんなんてどう? 心霊っぽくない?」
宅間「ぽくない。でも可愛いよね。あれ? よく見ると縫い目がちょっと粗いな、手作り?」
山口「でも色褪せる前はさぞ綺麗なクマだったに違いない。こう言うの作るの、和也のばあちゃんじゃん? もらったからマスコット的な感じで置いたんじゃね? 男ばっかでむさくならないように、とかさ」
工藤「そうっすね。後はこのエロ本! 小学生でこんなもの集めるとかマセガキっすね! エロガキっすね!」
山口「だな。俺なんて精子が出るようになったの中一の終わり頃だってのにあいつら…」
工藤「ダイちゃん早くないっすか? 自分は二年に上がってからっすよ」
宅間「私は小六の夏に初潮があったな」
野中「ちょ…宅間さん! 女子! あなたは女子!」
宅間「この流れだと野中くんが精通した時期をカミングアウトすると思ったけど」
野中「しません! 何でダイも仁平もそんな普通に男同士みたいに下ネタやってんの?」
工藤「こいつが女に思えないから」
山口「あんまりにも普通にしてたから気付かんかった」
宅間「抵抗がないし」
野中「…!!」
山口「それよりこのくっついてるページ、絶対に誰かが精液ぶっかけたんだぜ?」
宅間「まさかそんなの見られてるだなんて、彼らも恥ずかしいだろうね」
工藤「三人とも恥ずかしがりっすからね。知ったら赤面して壁に頭ゴンゴン叩きつけますよ、きっと」
宅間「でもさ、今時これより凄いの、ネットにいくらでも出回ってるよ?」
工藤「携帯持たせてもらったの中学に入ってからとかっしょ? 多分。今はもっとヤバいので抜いてますよ」
野中「あのさ、明け透け過ぎるから! 俺が恥ずかしくなるから!」
宅間「じゃ、もっと恥ずかしい話しする? あんた達、昨日小学校のプールに忍び込んだんだって?」
山口、野中「何故それを!?」
工藤「クラス全員がもう知ってるっすよ、健太や木下さんから」
宅間「ラインでババって広がったよね」
山口、野中「…!!?」
山口「ああ、そうだよ。忍び込んで泳いだよ。そんで防犯カメラに写ったろう映像を学校に持ち込まれて、昨日の夕方には親と一緒に呼び出し食らったよ」
野中「健や五十嵐くん達は黙っててくれたんだけどね」
工藤「大町小は割とセキュリティはしっかりしてるんすよ」
山口「そんで、今日は健太と木下の水泳部コンビに呼び出し食らって神聖なプールで何て事を…って怒られたし」
野中「計画を立てた佑太と裸で泳いだ哲也は今もまだ説教されてるんだ。だから今日はここにはいません」
工藤「にしても、最近の木下さんと健太はたまに怖いっすよね。哲也がチンコ出した時とか、相田さんが男子の服を脱がせて写真に撮ろうとした時とか、ハリセンでバシバシ叩いて正座させてますよ」
宅間「それはあの二人の暴走を止めるための任務だよ。二人は過度の下ネタを止めるための防止部隊だから。委員長に任されてるの」
野中「それなら宅間さんも今回のこのおしゃべりコーナーでの行動がヤバいんじゃ…」
宅間「?」
野中「自覚なしかよ!」
工藤「そろそろ次回の予告行きます?」
山口「そうだな。次回の主役はあのおっさん、田村明仁!」
宅間「失礼だよ」(笑いながら)
工藤「そして割りと皆目撃してるあの白いオウムにも触れられる…予定っす!」
山口「ああ、あのオウムな。やっぱ霊的な者なの?」
宅間「さあ? 私は霊能力があるんじゃなくて霊能力が欲しい人だから分からない」
野中「あと、三宅くんと明仁くんの友情にも少し触れるみたい。タイトルは『オトコゴコロと夏の空、その2』だって」
工藤「使い回しっすね」
四人「では、次回もお楽しみに!」
宅間「で、私と工藤は今回、本編に登場してないのにここに出て良かった訳?」
工藤「良いんじゃないすか? そこは適当で」
第一話 四月終わりから五月始め頃(作中での時間軸)
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=79801665&comment_count=11
第二話 五月後半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=79881780&comment_count=20
第三話 六月前半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comment_count=24&comm_id=3656165&_from=subscribed_bbs_feed&id=79984800&from=home_comm_feed
第四話 六月後半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=80063539&comment_count=28
第五話 七月前半頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comment_count=18&comm_id=3656165&_from=subscribed_bbs_feed&id=80171943&from=home_comm_feed
第六話 七月中頃
http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=80216531&comment_count=22
 今回は七月の終わり頃の話しとなっております。七月中に書けなくて掲載は八月になったけど。
その他の現在連載中の作品はこちらから↓
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

アナタが作る物語 更新情報

アナタが作る物語のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。