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アナタが作る物語コミュの【青春活劇】中二病疾患 第六話『それいけ! アホ娘!! アホ男!!』

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 二年四組の教室。給食を終え、各自騒ぎ出している。元気が一番、食べると元気になるよね。そんな風にクラスメイト達を見渡して僕は幸せな気分になる。風邪をひいている生徒が二名いるのは少し残念だが、これは仕方ない事かも知れない。
「旬ちゃん、どっか行くんすか?」
 クラスメイトの工藤仁平が聞いてきた。
「うん、委員長に呼び出されててさ。明日の学活の事で話しがあるらしいよ」
 僕は答えた。仁平は黒縁眼鏡の奥の細い目につまらなさそうな色を浮かべた。
「まぁユタカと遊んでてよ。ほら、佑太、行こう」
 副委員の戸塚佑太に声をかけるが、上の空だ。この所、ぼんやりしている事が多い。
「よし、俺に任せろ」
 石松哲也がいつから居たのか、僕の後ろからヌッと現れた。嫌な予感しかしない。
「佑太よう、元気ないじゃん。このくらい元気出してみろよ」
 そう言いながらズボンとパンツを脱いで下半身を露出すると、局部をしごいて上向きにして見せた。最悪だ、女子もいるのに。その戦闘態勢万全のアレを佑太が突っ伏している机に乗せる。当然のように佑太も驚く。それを見てニヤリと笑った哲也が言う。
「ちょっとは元気出たか?」
「で…出るか変態!」
 いや、さっきよりは反応が良い。
 しかし、相田さんの方が更に反応が良かった。横から哲也にグーパンを食らわして、二メートル程吹っ飛ばしてしまった。
「己は何しょうもないもん晒しとんじゃい!」
「く…やるな、百合!」
「どうせやるんなら戸塚くんのを晒しな!」
「その手があったか!」
「そうすればそれをカメラに収めて新たなBLのネタに…」
 相田さんも相田さんだった。そこに木下さんのハリセンが小気味良い音を立てる。どうでも良いから哲也は早く大事な部分をしまって欲しい。女子が何人か赤くなって俯いているし。
「ほら、委員長が待ってる。行こう」
 佑太と一緒に教室を出る。相田さんと哲也は木下さんを前に正座させられている。哲也がちゃんとズボンを穿いているのを見て安心した。

 屋上に集まったのは、委員長の水沢さん、沢菜結唯、村上さん、田村明仁、みんな早めに来ていたようだ。
「ごめん、待たせちゃった」
「良いよ、早く始めよう」
 委員長が言う。結唯ちゃんと村上さんも別に怒っているようではない。
「戸塚くんはともかく旬くんは給食委員だから昼休みは片付けとかあるでしょ」
 結唯ちゃんがフォローしてくれた。佑太はちょっと気まずそうにヘラヘラと笑ったが、村上さんからは冷ややかな目線を送られていた。なぜか佑太は反感を持たれているようだ。
「では、明日の学活で話し合うテーマ『不登校児、和田加代さんについて』のための話し合いです。これは由々しき事態なのですよ、戸塚くん」
 委員長は厳しい口調で言った。屋上に生ぬるい風が吹く。
「何で俺?」
「副委員でシャンとしないといけないのに最近ボサッとしてるから」
「うん、事情は分からないでもないけど、あんたがしっかりしてないから委員長の負担が増えてるんでしょうが。部活の事を教室に持ち込まないで」
「とにかく、時間も限られるからおふざけなしでしなさいね」
 女子達からはキツめの言葉が佑太に投げかけられる。こんなに人気なかったっけ? 確か少し前までは爽やか系のイケメンで女子からはむしろ好かれていたような。
「ほら、早く始めようよ。まずは、ユタカの事案から」
 僕はこの女子達からの視線に(自分に向けられてないにも関わらず)耐えられなくて、話しを進める事にした。明仁が頷いてくれた。
「本田ユタカくん。彼は四月中頃から保健室登校をしていました。五月頃は殆ど教室には入れてなかったですが、六月からは徐々に復帰して来ています。今は殆ど教室で過ごせるようにもなりましたが、たまにお腹と頭が痛くなって保健室に行く事は行く、かな」
 保健委員の結唯ちゃんは予め用意されていたセリフを読み上げるように言った。とてつもなく美人なので丸でドラマに出て来る女優のようだ。
「高山くんは? 仲良いでしょ、本田くんと。何か原因とか分かる?」
 委員長が言う。
「家の事が関係してるみたい。ほら、ユタカ…本田くんって、二年に上がる時に東京から越して来たじゃん。それまでは名門の私立の学校に通ってたんだって。藻茶市に移る時に清進学園の編入試験を受けたみたいだけど落ちたんだ。弟さんは一つ下で、普通に受験して受かってさ。お姉さんも麗香高の編入試験に受かって、兄弟でひとりだけ受からなかったんだって。でもユタカは俺達とも仲良くなって、始めはクラスの皆とも打ち解けてたよ。それでもお母さんに公立は育ちの悪い子が行く所だとか言われてて、それで学校に着くとそのお母さんの声が頭の中で響いて頭とかお腹とか痛くなるって」
 僕の思い当たるフシはこんな所だ。本人からちゃんと因果関係があるのか聞いた訳じゃない。
「でも、高山くんや工藤くんは本田くんの側に出来るだけ一緒にいてあげたでしょ? だから本田くんもそれに応えたのかな」
「そんな大それた事はないけど、気が合う友達と言うか」
「それで良いんだよ」
 委員長の声が穏やかに響く。いつものトーンだ。
「沢菜さんは? 保健委員としてどう?」
「保健委員の仕事の域を超えちゃったんだけど、私、最近は本田くんのグループと遊ぶ事が増えたんだよね。杏子やちーちゃんも一緒だよ。本田くん、映画とか好きで知識が豊富なんだよ。
 あ、保健委員として、だね。どうだろ? 始めは何を話せば良いか分からなくて、テニスの事とか家の弟が手が焼ける事とかしか話さなかったよ。で、ゴールデンウィークにお姉ちゃんと一緒に見た映画の話しをしたらヒットして、本田くん映画詳しいんだーって。で、たまに郊外で他の子達も含めて遊んだりするようになって、今に至る感じ」
 僕も頷く。
「本田くんは学級復帰してるし、まぁ、話す事もそこそこでしょ。次は本題、和田さんについて。村上さん、確か一年の時は仲が良かったよね」
「同じクラスだったから」
 委員長の言葉に続く村上さんの声は小さくて消えてしまいそうだ。小学生の時からそうだった。同じクラスだったのは三年生から六年生の四年間、でもあまり話した事はない。その頃の僕は相撲に夢中で、女子に興味はなかったからだ。村上さんにも、大人しい女の子と言う印象しかない。
「ねぇ、その和田さんってどんな人? そもそもうちのクラスにいるの?」
 佑太が訪ねた。そう言えば一度も会った事がないかも知れない。
「あんたさ、いくら不登校だからってクラスにいるの? はないよ」
 結唯ちゃんが不機嫌な声を出す。村上さんも頷く。
「まぁ、知らないのは仕方ないかもね、私も会った事がないし。二年生になってから一度も学校に来てないから。副委員として存在自体を知らないってのは問題だけど」
 委員長は問題だけどを少し強めに言った。村上さんがポケットから写真を一枚取り出した。
「私以外は顔を知らないかもと思って持って来たの」
 写真は村上さんと女の子のツーショットだった。村上さんはクラリネットを持って控えめに笑い、隣の女の子はニコニコ顔でピースサインをしていた。女の子は二つくくりの髪型にぽっちゃりめな丸い顔だが、中々可愛い。二人とも制服姿だ。
「吹奏楽の大会に出た時に応援に来てくれて、親が撮ってくれたの。1年生の時」
 四人は写真を見つめていた。この子が和田さん。
「ちょっと太ってるけど痩せれば可愛いかもね」
 佑太が不謹慎な事を言う。これには女子達だけでなく、体型を気にしている僕もムッとしたので頭を軽く叩く。
「ナイス高山くん」
 委員長が嬉しそうな声を出す。
「一年の時は普通に登校してたんだよ。でも二年になってからなぜか来なくなって。理由は聞いても教えてくれないの。何度か家に行ってみたんだけど、そこは触れられたくないみたい」
「と、言う事です。原因不明で一学期は丸々来ない人がいる、それって由々しき事態でしょう、戸塚くん」
 委員長は言った。
「で、高山くん。実はあなたの住んでるマンションの二階に住んでいるだけど、和田さん」
「そうなの?」
「そう。だから今日、村上さんと一緒に家庭訪問してくれないかな? で、様子を見に行って欲しい。私も一緒に…」
「いや、俺が行く」
 佑太が委員長の会話を遮ったので、ムッとした顔を向けられる。
「村上さんはたまに会いに行ったりプリントとか届けたりしてくれてたんだ、一年の時に仲が良かったから。あと戸塚くんは不適切だから要らない」
「私も最近はずっと会えなくて。家には上げて貰えてもリビングでお母さんとお話しするくらい。先生に至ってはずっとその状態みたい。多分何人も行ったら拒否されると思うけど、客観的に見てくれる人がいて欲しいの」
 委員長に切って捨てられた佑太はうな垂れ、村上さんは佑太を無視して話しを進めた。
「僕は良いけど」
 そう答えると委員長は頷き、村上さんは嬉しそうな顔をした。
「あとは三宅くんだけど…」
「俺はたまに話すけど、他の奴らは怖がってやがる。何て言っても阿久軍団の中で一番ケンカが強かったとか言われてるからな。でも最近は純とか哲也とか台小出身の奴らはたまに話してるぞ」
 明仁が言う。ここに来て初めてまともに話している気がする。
「五年生に上がる時に大町小に転校して来たけど、それまでは台小だったよね。結果的には台小で過ごした年数の方が長いんだっけ」
「だな、だから純達の方が話しが分かるかも知れん」
 因みに委員長、明仁、結唯ちゃんは大町小出身、僕、村上さん、佑太は北小出身、高の台小出身の人はここには来ていない。
「まぁ、三宅くんは特に問題は起こしてないし、学校には来てるし、もう少し様子を見ましょう。そろそろ…」
 委員長が言い終わらない内に予鈴が響く。
「じゃ、解散。皆さん、貴重な休憩時間にお付き合い頂きありがとうございます」
 委員長が頭を下げた。屋上にむわっとした七月の風が吹き、汗をかいている事に気付いた。

 ___

 私は祖母に出かける事を告げると、制服から私服に着替えましたの。淡いピンクのカットソーに裾にレースをあしらったスカートを穿きます。その上に七分丈の白いカーディガンを羽織って、少し迷ってから色付きのリップクリームを塗ります。学校では色付きのリップだと先生に言われますので。
 私は加代ちゃんと高山くんの住んでいるマンションに向かいましたわ。家は学区の外れに位置してますので自転車を使いますの。少し遠く感じますが、致し方ありませんわ。

 マンションは五階建てで、高山くんは三階に住んでいるようです。あと一人、同じクラスだと立野さんと言う方が四階に住んでいますが、彼女は今日は呼ばれていませんの。私と高山くんと委員長の三人で加代ちゃんの様子を見に行く、そう言う事になってますのよ。
 高山くんはマンションの下で迎えてくれましたわ。委員長も先に来ていてご一緒です。高山くんは白いティーシャツにベージュのハーフパンツ、委員長は水色のティーシャツに七分丈のデニムを合わせてました。私服のお二人と会うのは新鮮ですわ、普段は制服ですもの。
「二階だよね、行こうか」
 高山くんが言うと、私は頷きました。何も言わないか、言えても声が小さい自分が嫌になりますわ、特にこんな時は。
「じゃ、和田さん家にレッツゴー!」
 後ろから明るい男の子の声が聞こえたので、ギョッとして振り返ると、戸塚くんがヘラヘラ笑いを浮かべて…って、あなた部活は? 我が校の野球部って厳しくてサボリは許されないのではありません事? まぁ、戸塚くんのせいで負け続けているから居辛いから逃げて来たのかも知れませんが。
「おい、おま…あんた何で来た?」
 辛うじてお前呼ばわりを回避した委員長が戸塚くんに歩み寄りました。ちょっと怖いですわ。さすがに背が高くて、声が大きくて、無神経な男子代表の戸塚くんも少し怖がってますが、自業自得ですので庇い立てなんて致しませんわ。
「予め純に佑太を止めるように言っとけば良かった…」
 高山くんが呟きました。確かに戸塚くんと仲の良い川村くんなら、きっと全力で止めてくれますわ、真面目で律儀な方ですもの。
「あんまり人数が多過ぎても迷惑だから三人にしてるんだ。戸塚くん、結構ガサツなタイプだし、来て欲しくなかったんだ」
 委員長がキツめの言葉を浴びせます。
「えっと…ほら、そこに公園あるしさ、そこでゲームでもしててよ」
 そう言うと高山くんはポケットから厚さ一センチ、縦二十センチ、横十センチくらいの板と紙パックのジュース、大玉の飴を差し出しました。とてもズボンのポケットが膨らんでいたようには見えませんし、いつから持っていたのかしら? まさか四次元ポケット?
「おおっ、さすが二年四組の青いタヌキ!」
「せめて猫型ロボットと言ってくれ」
 単純な男子代表の戸塚くんはゴキゲンで、じゃ、公園で待ってるわ、と言ってしまいました。あまりに単純と言うかアホ過ぎて呆れますわ。
「良かったの、新作のゲームでしょ?」
「試作品だから。改良版じゃないし」
 委員長と高山くんの会話から察するに、あのゲーム機らしき板(タッチパネルっぽい)は高山くんが作ったのかしら。そう言えば二人とも科学技術部でしたわ。
「まぁ、行きますか」
 気を取り直して、私達はマンションの中に入りました。

 加代ちゃんのお母様が迎えてくれましたわ。加代ちゃんは四十歳過ぎてるとは言ってましたが、それよりも若く見える加代ちゃんに似た可愛らしい女性ですの。栗色のショートミディアムヘアと水色のワンピースがよく似合う素敵な女性で、私も将来はこんなお母さんになれたら、なんて思います。
「こちら、クラスメイトの水沢さん、高山くん。高山くんはここの三階に住んでるんですって」
 私はお二人を紹介しましたわ。いつの間にか戸塚くんが着いて来てやいないかとヒヤヒヤしながらですが。
「水沢です」
「三〇二号室の高山です。これ、妹が焼いたクッキーですが良かったら食べて下さい」
 高山くんはそう言うと、アルファベットをあしらった(ロゴ入りって言うのかしら?)紙袋をお母様に差し出しました。お二人の自己紹介を終えて、お母様がお茶とお菓子を出して、フワフワなソファに私と委員長が、高山くんはカーペットにクッションを敷いて腰を下ろしました。オフオワイトの壁に白系の家具が多いのでリビング全体が明るく見えますわ。お母様と加代ちゃんの話し声が何やら聞こえます。今日は私だけでなく、委員長や高山くんもご一緒だとか聞こえます。
「会ってみたい。マリちゃんにも久し振りに顔を見せたいし」
 確かにそう聞こえました。私達三人が心の中でガッツポーズを決めた瞬間でしたわ。
 程なくして、加代ちゃんが登場しました。正直、驚きましたわ。加代ちゃんは痩せ細っていましたの。まだぽっちゃりめな時の写真しかお見せしていない委員長や高山くんも驚いていましたわ。丸くてイチゴ味のマシュマロのようなピンク色の頬は細面と言って良い程になり、女の子らしいと思っていたふっくらした腕や脚は鹿のそれのようになっていましたの。そして、トレードマークでもあった二つくくりを下ろして、ゴシックロリータと言うのでしょうか、黒いレースやフリルが沢山付いているミニのワンピースを着て、赤いニーハイソックスを穿いていましたの。なぜか地元情報誌を手にしてました。そんな加代ちゃんは初めて見ましたわ。
「ずいぶん、変わった…と言うか痩せたね」
 二ヶ月前にお目にかかった時はまだ写真と同じくらいの体型で、服装もそんなに過激ではありませんでしたもの。
「うん、こう言う服が着たくてダイエットしたから。今、三六キロ」
 肉の削げた頬や口元に笑みを浮かべながら加代ちゃんは言います。
「身長が一五一だから今から三四の間くらいがベストかな」
 確かに有り得ない数字とは言いませんが(いえ痩せ過ぎ感も否めませんが)、十五から二十キロは痩せていませんの? たった二カ月でそれは健康に宜しくないんではなくて?
「初めまして、和田です」
 加代ちゃんは明るく言いましたわ。
「委員長の水沢です」
「三階に住んでる高山です」
「そう、高山くんはマンションで見た事ある」
 そう言って加代ちゃんはマイペースに紅茶を口にしました。ストレートのアイスティー、ダージリンはお母様の好みでしょうか。
「学校なら行かないよ?」
 単刀直入に加代ちゃんは言いました。せめてもう少しオブラートに包んで頂きたいですわ。
「何で学校に行きたくないの?」
 私は聞きました。加代ちゃんは待ってましたとばかりに笑みを浮かべて、地元情報誌のページを捲りました。その情報誌は今年の二月に出版された月刊誌ですの。藻茶市を中心に飲食店やイベント、お出かけに関する情報が載っていますわ。
「この人みたいになりたいんだ」
 加代ちゃんが開いたのは地元にゆかりのある人物、話題の人を取り上げるページでしたわ。藻茶市に住む女子高生社長がインタビューを受けているページでしたわ。女子高生社長は長いストレートの黒髪と色白に凜とした雰囲気が印象的な人で、絶世の美女とまでは言いませんが整った顔立ちで、綺麗な方でした。でも、どことなく誰かに似ているような気もしましたわ、誰かは思い出せませんが、おそらく関係のない他人のそら似でしょう。
「この人って…この辺りじゃ有名だよね」
 高山くんが口を開きました。
「知ってる? 中学は不登校だったけど、卒業後に起業してフリマサイト経営して、一年でサイトは話題に。今や藻茶市を代表する美人社長だよ。私もこの人みたいに中二からは学校行かないで、卒業後は起業して、高校は通信で良い。私はフリマサイトじゃなくてファッション系の情報を発信して行きたいんだ」
 目を輝かせてそう言う加代ちゃん、それは妄想では? むしろ、目だけは輝き、短期間で痩せ細り、青白い顔をして有り得ない事をほざ…おっしゃる加代ちゃんはヤバいクスリにでも手を出している人のようにも見えましたわ。いえ、ヤバいクスリに手を出した人を実際に見た事がないので、これこそステレオタイプとか言う妄想の世界ですが。
 私はお母様の出して下さったロールケーキを一口で食べてダージリンで流し込むと、委員長と高山くんを見て言いましたわ。
「私達、これから実は行くとこあるんだ。元気そうで良かったね」
 さすがに聡明なお二人です。私と同じようにケーキと紅茶を秒速で間食すると立ち上がりましたわ。
「じゃ、和田さん、気が向いたらたらで良いから明日学校でね」
「今日はありがとう。会えて嬉しかったよ」
 リビングを出て加代ちゃんに手を振り、お母様が隣の部屋にいるのを確認しますわ。
「じゃあね、加代ちゃん。おば様、今日はありがとうございました。私達、これでおいたまします」
 お母様のもう帰るの? 大したおもてなしできなくてごめんね、と言う声が胸にチクリと刺さった気がしましたが、私はあの状態の加代ちゃんを見たくはありませんでしたのでさっさと部屋を後にしました。委員長と高山くんも不安そうに付いてきますわ。
「ありゃ、真理子? シュンに委員長も一緒なんだ」
 階段を降りていると立野さんが前にいましたわ。部活が終わってから帰ったのでしょう。ゆっくり話したい気分ではなかったのですが、一応足を止めました。
「うん、これから帰るの。おばあちゃん待ってるから」
「ごめんね、立野さん。明日学校で話すよ」
 委員長はすまなさそうな顔をして言いました。
「あ、二人とも送るよ」
 高山くんが気を遣って言ってくれましたが、
「大丈夫」
 と、返してしまいました。
「和田さん、だっけ? 家庭訪問したの?」
 高山くんと立野さんが話し始めましたわ。それを背に私と委員長は歩き出しました。
「戸塚くんにゲーム、明日返すように言ってから帰るね。今日は付き合わせてごめんね」
 マンションの外に出ると、自転車に乗りながら委員長が言いました。
「ううん、私こそ加代ちゃんの変わり振りにドンビ…いや、驚いちゃって、ごめんね」
 そう言って私達は別れましたわ。

 ___

 和田さんが来てくれたら六時間目の学活は『祝! 全員集合記念レクレーション』になる筈だったが、来なかったので『不登校の和田さんがどうやったら来てくれるか』と、言う議題になった。因みに藻茶北二中では、月に一度の最終金曜日の六時間目のロングホームルームを生徒達が自由に討論し、学校生活を向上させるための話し合いの場にしている。欠席者は四名、毎度お馴染みと言うか今回の議題でもある和田さんが休み、一昨日の夕方から風邪をひいていると言う健とはじめが保健室に、そして具合悪いからと同じく保健室にいる三宅くんだ。
 だから、三宅くんがいないお陰で、元一年一組が荒れていた時の話しがしっかり聞けそうだ。
「と、言う訳で、和田さんは来ません」
 委員長が機能の経緯を説明した。皆、当然のようにドンビキしている(村上さんは痩せ方とランランと光る目を見て薬物使用を危惧さえしていた)。
「何であんな風になったのか…加代ちゃんは中学に上がる時にお父さんの仕事の都合で藻茶市に来たので、小学生時代の情報を持ってる人はいません。でも、私も含めて一年生の時に一組だった人なら何か分かるかもと思って、何か分かる事や意見のある人はお願いします」
 村上さんの声は小さいけど、確かに教室内の皆に届いた。
 ひょろりと痩せているがクラスで一番背が高い野中務、小柄だが気が強い山口大輔、最近は哲也とアホなギャグ(?)を連発している相田百合が立ち上がる。後は村上真理子、欠席の三宅洸太と和田加代。これが今の二年四組の元一年一組。
「じゃ、私から話すね。多分、一年一組が荒れてた事と関係あると思う。知ってる人も多いと思うけど…」
 相田さんが口を開いた。
「委員長や鈴木くん達は阿久くんとは昔馴染みなんだよね、商店街の酒屋さんのお孫さんでたまに遊んだりしてたよね。確かに阿久くんは勉強は苦手だけど明るい子だった。野中くんや山口くんも一学期は仲が良かったでしょ?」
「まあな。いつもふざけ合ってたな、あの頃は」
 務が腕を組んで目を閉じる。口元には笑みすら浮かべている。
「でも、二学期が始まってから阿久くんを取り巻く三人が変わってしまい、阿久くんはリーダーとして不良グループを束ねていた。実はそれは夏休みから始まっていたの。彼らは不良の高校生十人と喧嘩して勝って、自信を付けていた」
「ねぇ、阿久くんって喧嘩強いの?」
 山根さんが口を挟んだ。
「俺以上、委員長未満」
 商店街メンバーの和也が答える。
「あんた強くないし、委員長は田村より強いじゃん」
 和也と同じ福祉委員の木下さんが呆れ声を出す。彼らは委員長や明仁と同じ大町小の出身だ。体格が良くて、小学生の頃の学校対抗の相撲大会で全く歯が立たなかった明仁より委員長の方が強いとは初めて知った。
「強いとは思うけど一番ではないと思う。阿久軍団の中では三宅くんが一番強くて、次が小林くんだと思う」
 三宅くんは中二相応の体格だ。一方小林拓也は学年一ガタイが良い。
「まぁ、順当なとこだな。相撲に関しては洸太は人並みの体格なのに俺でも手こずる。多分、旬でも負ける」
 明仁が言う。僕との対戦の事を覚えていてくれたのが嬉しかった反面、三宅くんはそんなに強いのかと思った。因みに僕は北小の相撲チームでは学年では一番強かった。
「小林に関しては旬の方が詳しいだろ?」
「あ、うん。確かに力は強いけど、小林くんは力の使い方が下手だから格闘技としては技量はないよ。ただ、コントロール出来ない分、力任せに暴れたら僕には止められないかも」
 小林は同じ北小の出身だ。その体格から相撲クラブにも入っていたが、僕が言ったように力任せな相撲を取る少し危ない奴だった。と、言っても無闇に人を傷付ける印象も小学生の頃にはない。
「で、何でそんな強い奴らが阿久の言う事聞いてたの?」
 健太が不思議そうに聞く。

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「私もそれは分からない。コウちゃん…あ、三宅くんね。三宅くんはわざわざ人を傷付けるような人でもない。確かにケンカは強かったよ。四年生までは私と同じ台小だったんだけど、小四の時に純くんが中学生三人くらいに泣かされた時とかも、向かって行くくらいには」
「その時は結局、周りの大人が割って入って決着は着かなかったけど、互角って感じだったと思う」
 と、純。
「とにかく阿久くんを中心に彼らは暴力集団になってしまった。彼らは当時この辺りで戦力を奮っていた定金隊を制圧してしまった」
 定金隊は藻茶北第一中、藻茶北第二中、藻茶の坂中の学区内を中心に暴れ回っていた高校生集団だ。元々は北二中の出身で当時、校内暴力やいじめで学校を荒らしまくっていた定金と言う男を中心に不良達が取り巻きになって、彼らが高校生になってから加速して行った。
「彼らはたったの四人でね。夏休みの間に高校生の不良グループばかり狙って奇襲をかけまくった。夏休みの終わりには再び定金さんと残っていた取り巻き達をボコボコにして、定金さんは裸にされて足に鎖を付けられて高の台高校の校庭を引きずり回され、今も療養中。これが当時中一の阿久くんやコウちゃんがやった事」
 相田さんは一呼吸置いた。教室が底なし沼になったように皆は沈んでいた。
「それは教室にも持ち込まれた。まず当時、クラスのトップに君臨していた深見さんのグループをぶっ潰したの。男女四人のグループだったんだけど、男子の松屋くんと田頭くんをクラスの皆の前でボコボコにして、深見さんも髪をハサミでザンバラにして泣かせた。スクールカーストの崩壊さ。彼らはこうして一年一組のトップに立った。
 それから担任だった菊江先生をクラスぐるみで無視したり授業妨害したりして辞めさせた。私も暴力が怖くて協力したよ。そして代理の先生も一週間で辞めさせて、次の代理の先生はすぐにはいじめなかったけど、次は松屋くんと田頭くんが再びターゲットになった。靴隠し、教科書をゴミ箱に捨てる…」
 
 相田さんが詰まる。泣いてはいないが表情はかなり辛そうだ。顔色も悪い。今井さんが立ち上がる。
「百合、もう良いよ。あんたは小五の時のがあるでしょ。純も聞きたくないでしょ」
 そう言えば六月の始め頃、聞いた事がある。台小出身の皆は五年生の時に担任と純がいじめにあって学級崩壊したのだった。相田さんは二回も学級崩壊を経験したのに、それを皆に話した。凄く強い人なんだ。
「大丈夫。ここにいるよ。でも話すのはもうキツい」
「俺もちゃんと聞いてる。大丈夫」
 相田さんと純が答える。
「なら和田さんについて話してくれ、村上さん」
 大輔が話を振る。
「分かりました。加代ちゃんは、中学に上がると同時に転入して来た子でした。
 昨日二カ月振りに会った時は激痩せしていて驚いたけど、中一の時は今よりふっくらした女の子らしい女の子でした。性格も女の子らしくて、どちらかと言うとお姫様体質って感じかな。ファンシーな物とか好きで、私とは違って明るくて人懐っこい感じで、笑った顔にえくぼができるのが可愛いの。
 確かに先生や松屋くんと田頭くんのいじめに関しては加代ちゃんも手を出さされていました。私もです。加代ちゃんは彼らをいじめた後、例えば持ち物を捨ててしまった後、必ず私に泣きそうになりながらまた悪い事をしてしまった、でもやらなきゃ私がやられるからって言ってました。多分、皆、そう思って、私もそうでした」
 確かに僕も誰かがいじめられて、一緒にいじめないと僕もいじめられるのなら同じ事をするだろう。このくらいなら分かってくれるだろう、なんて自分に言い聞かせながら。
「その後、二学期の終わりくらいからは再び担任いじめも行われた。これにもクラス全員で加担させられた。授業妨害とかゴミを投げたりとか。門田先生って若い女の先生だったけど、三学期までなんとか持ちこたえていたけど、春休み中に自殺未遂した。今は病院」
 大輔が出来るだけ淡々と続けた。
「皆さ、自分達のせいなんじゃないかって、春休み中に阿久軍団以外全員で集まって話し合った事があるんだ。でもそれには先生達も動いていたし、クラス替えもあるし、それらに望みを託してみる事にした。大人はそこまで考えない程甘くも抜けてもないだろうって。事実聖子姫のお陰で阿久も今は明るくてクラスに馴染んでる人懐っこい奴だ。過去を考えると今更って気もするけど、何もないんなら俺はそれでも良い。元一組の奴らには怒る権利なんかないんだ、共犯者だからな」
「松屋と田頭は今は学校に来たり来なかったり。でもすっかり暗くなって落ち込んでるらしい」
 務の太い声が、更にクラスを底なし沼に沈み込ませる。
「そう。皆もう座って。カズちゃんは立って。次は私達」
 委員長が言う。元一年一組の面々は席に着き、和也が立ち上がる。
「リュウの事、だね」
「ホントははじめちゃんとタケちゃんにもいて欲しいけど」
 二人は今は保健室にいる。一昨日、ずぶ濡れで走り回ったから風邪をひいたらしい。ちなみにその時、廊下と階段を泥だらけにした挙げ句クラス全員で掃除させられ、今日はこの状態だ。それぞれ保健委員と清掃委員の相棒の結唯ちゃんと杏子ちゃんからは、自覚が足りない、と呆れ笑いをうかべられる始末だ。
「リュウちゃん…阿久くんは小学生の時はあんまり学校には言ってなかったらしい」
 委員長が言う。
「私は小一の時から知ってるから、一番リュウちゃんとは長いかな」
「俺達は小四から商店街暮らしだから」
 和也の言う俺達には健とはじめが含まれているのだろう。
「リュウちゃんは酒屋さんの孫でした。酒屋のおじいさんはおばあさんを私が物心付く頃には亡くしていて、ずっと独り暮らし。リュウちゃんはたまに、土日だけとか夏休み中とかじゃなく、学校のある日でもおじいさんの家に預けられていました。何日も学校には行かず、ずっとおじいさんの酒屋にいて、何日か家に帰ってはまた商店街に戻って来る、そんな暮らしでした。あ、リュウちゃんは他の地域の小学校に通っていたんです。
 私や妹達(私は双子で二歳下にも妹がいるのです)くらいしか昔は子供が居なかったから、ずっと私達は一緒に遊んでいました。リュウちゃんは少し照れ屋だけど優しくて、口下手だけど思いやりのある子でした。
 そのリュウちゃんは中学に上がると同時にこの学区に越して来ました。あとはさっき相田さんが話してくれた通り」
 委員長はふぅと息を吐き、和也を見た。
「俺は四年の時に商店街に越して来たけど、リュウは良い奴だったよ。家のお父さん、リストラされたんだよね。それで両親は不仲になって、お姉ちゃんは私立の学校受験できなくなって、家族が荒れてたんだ。おじいちゃんのとこに身を寄せるのだってお母さんは始めは反対してたけど、最終的には折れたって感じ。で、すっかりふさぎ込んでた俺の側に一緒にいてくれたんだ。何も言わずに側に座ってさ、段々外に連れ出してくれるようになって。夏休みが始まる前に越して来てから、夏休みが終わる頃にはすっかり俺も明るさを取り戻していたよ」
 そう言う和也の顔には少しばかりの照れと懐かしむような笑みが浮かんでいた。とにかく、委員長と和也が阿久を信頼している事だけは分かった。
「何か話しが一年一組が荒れてた事に変わっちゃったね。和田さんがどうやったら来るか、だよね」
 委員長が仕切り直す。
「本人がとにかく来る気がないみたいだけど、私はまだたまに加代ちゃんの家に行ってみる。そして、その女子高生社長と加代ちゃんは違うんだって説得してみる」
 村上さんの小さな声が響いた。

 ___
 今度は一人で加代ちゃんの家に来ましたわ。土曜日ですので、朝からだって行動できますの。と、言っても日差しの下で自転車を漕ぐと汗が流れますけど。
「あれ? 水沢さんと高山くんは?」
 今日の加代ちゃんは黒地に真っ赤な薔薇の模様のノースリーブのブラウスに、幾重にもフリルの付いた白いスカート、足元は網タイツでしたわ。
「今日は私だけ」
 加代ちゃんの拍子抜けした表情に、冷静に言いましたわ。カバンからハンドタオルを出して汗を拭きます。帰りにはもう一度、日焼け止めを塗っておく事を忘れてはなりませんわ。
「ねぇ、加代ちゃん。もうすぐ一学期が終わるんだけど、一回も学校に行かないつもり?」
「行かずに卒業するつもり」
「あんた、ロクな大人にならないよ?」
「二代目女子高生社長になって、その後はトップを走り続ける。世間がロクなもんとして見るかはどうでも良い」
 素晴らしいセリフですわ! この現状さえなければ。なので、しっかり突き付けさせて頂きますわ。私はプリントを差し出しました。
「何これ?」
「期末の国語、英語、数学。あとネットで見た一般常識のテストの具体例」
 私は何でもないように、と、言うか何でもないので淡々と答えましたわ。
「社長になるんなら世渡りしなきゃならないでしょ。この位、朝飯前だよね」
 加代ちゃんはテストになど興味なさそうな目を向けた後、私を見ましたわ。
「一般常識なんかに捕らわれないから成功するんだよ、こんなの要らない」
 そう言ってプリントを手に取ると、向かい合う形でソファにかけていた私の方にプリントを放りましたの。ざら半紙がツルツルのテーブルの上をふっと滑りました。このくらいは予想の範疇ですわ。
「そう、じゃあ片付けようか?」
 事前にお母様からは伺っておりましたの。加代ちゃんは学校に行っていない間、テレビを見たり漫画を読んだりスマホをいじったり、つまり勉強なんてしていないのです。おそらく一度も教科書を開いたりなんかはしていないと思われますわ。少しは焦らせるような話題を振って欲しい、お母様はそう言っていらっしゃいました。おそらくこの手の話題はお母様も振られてはいたと言いましたが、同級生から現実を突き付けられた方が良いとの事でしたわ。
「国語は平均六八点、英語は七二点もあるんだよ。数学は皆あまり良くなくて六十点だけど」
 これは藻茶北二中の二年生の現実ですわ。わざわざ脚色する必要もないでしょう? できっこないんですもの(多分)。
 加代ちゃんの顔色は少し悪くなったようです。元々色が白い子です。外出しないから更に日焼けする要素もありません。それに青白さが混じります。痩せた頬には少しばかり痛々しさすら感じますわ。
「ふーん。私は関係ないけど」
 私は委員長から仕入れた情報を口にします。
「その女子高生社長、中学の受験に失敗したものの塾ではトップクラスの成績で何で落ちたのか分からないんだって。普通の公立中学に入ってもそのくらいの人だからずっと学年で五本の指に入ってたらしいし、大学は国立に行くらしいよ。大学名までは忘れたけど、ネットのインタビューで答えてたから検索すれば出て来ると思う。やっぱり頭が違うんだね」
 加代ちゃんの表情が歪みます。目に涙すら浮かべます。少しばかり、私の胸の奥が嫌な意味でチクチクとしつつも同時に爽快感が滲みます。私は何をしているのかしら?
「じゃ、帰るね。そのプリント、気が向いたらやっといて。私は大体七五点くらい取れたから」
 本当は国語、英語、数学のみの平均点は七二点ですが、大体なので嘘にはなりませんわよね? 私は麦わら帽子を被ると、日焼け止めクリームを顔と腕に塗りってから立ち上がりました。
 これでだめなら、もう加代ちゃんの事は知らない子として扱いますわ。

 自転車のハンドルを握りながら思います。私は何をしていたのでしょうか? 思い切り加代ちゃんを見下して優越感に浸っていた、これですわ。
 一瞬、松屋くんと田頭くんの顔が浮かびましたわ。ゴミ箱に捨てられた教科書を拾っている無表情の松屋くん。グラウンドに倒された机を引き摺って教室に運ぶ泣きそうな田頭くん。私はそれを見ながら、荷担しながら、ああ、自分でなくて良かったと思いましたの。それと、彼ら情けない姿を見ながら、私は教室で普通に過ごしているから情けなくはないんだ、と。今ならその発想が情けないと冷静に分かりますけど。
 そう、学校に来ていない加代ちゃんを見下している私は情けないのです。
「村上さん?」
 男の子の声がしたので振り向くと、高山くんと立野さんが立っていましたの。何でお二人で? いえ、私には関係ないかも知れませんが。
「また和田さん?」
 高山くんの質問に頷きましたわ。
「ねぇ、真理子も一緒に来ない? 結唯が新しい友達を紹介してくれるって」
 高山くんがちょっと、と言いかけてやめます。
 そう言えば一昨日の昼休みに沢菜さんが言ってましたわ。沢菜さんのグループと本田くんのグループは最近仲良く一緒に遊んでいる、と。ちなみに沢菜さんのグループには立野さんと新川さん、本田くんのグループには高山くんと工藤くんが所属していますわ。それに高山くんと立野さんは同じマンションでしたわ。よく一緒に遊ぶようになればこの二人は必然的に…私は考えかけてやめましたわ。
「行ってみようかな」
 一瞬、高山くんが困ったような顔をしたように見えましたが、それも考えかけてやめました。

 行き着いた先は河川敷の広場でしたわ。私達が小三か小四までは公園でしたが、今は遊具もアスレチックも撤去され、ただの広場ですの。木が植えてあって、ボロボロの東屋があるだけで、広場には私達の他には誰もいませんでした。
「あれ? 村上さんも来たんすか?」
 工藤くんの声が抜けたように響きましたわ。
「うん、家を出る時に会ってさ。見てみたいって」
 いえ、道中、本田くんが映画好きで何か撮るとは聞いていましたが、見たいとは…まぁ、良いですわ。嫌々付いて来た訳ではございません事よ。
 集まっているのは学校でもお馴染みの沢菜さん、新川さん、お二人は東屋の席に座ってます。本田くんと工藤くんは何やらカメラをゴソゴソといじっていましたわ。あと、知らない男の子が二人。一人は真面目そうな印象の坊主頭の子で、もう一人は少し目付きが悪い近寄り難い感じの子でしたわ。二人とも私達と同じくらいの歳でしょうか。
「じゃ、村上さんにも紹介するね。青いシャツ着てるのが私の幼馴染みの篠原友樹くん。赤いシャツ着てるのがその友達の松山徹郎くん」
 沢菜さんが言いました。アカラサマに二人とも人見知りを隠しませんわ。私もですけど。
「二人とも清進学園なんすよ。友樹は自分や結唯さんと同小なんす。こちら、村上さんっす」
 そう言えば工藤くんと沢菜さんは大町小でしたわ。後のメンバーは私と同じ北小で、松山くんだけ違う小学校の出身ですわ。
「ユーちゃん、映像コンクールに出す作品を撮ってるんす。主演は結唯さんと友樹っす。そんなとこに立ってないで座って下さい」
 工藤くんが新川さんの隣を手で示して、その前に何やら用紙を置きました。コンクールの案内か何かのようですわ。
「あ、村上さん、知らない人とか苦手だった?」
 新川さんが優しい顔を向けてくれました。
「うん…ってか、男の子が苦手」
 男子メンバーは東屋の下にはいませんでしたが、耳打ちするように言いましたわ。
「私も。知らない人、特に男の子は慣れるまで時間かかるし」
 大柄な新川さんも耳打ちするように言うと、くすりと笑いましたわ。照れたように頭を掻きます。
「何か乱暴な事されたら嫌だな、とか考えちゃう」
「私も。沢菜さんや立野さんみたいに男子と対等に話せる人が凄いと思う」
「杏子も男子は苦手だよ? 森くんとかにさえ近い近いとか言うもん」
 沢菜さんが横から口を出します。森くんは私と同じ吹奏楽部で、立野さんと同じ清掃委員ですわ。先日のドロンコ坊主騒動を除くとガサツな要素のない、多分私しか知らないけど男性が恋愛対象の大人しい男子です。そのたまに女子より女子っぽい事もある森くんでさえ近付き過ぎると苦手とか、私でも有り得ませんわ。そう言えば立野さん、さっきから男子達のグループの方にいますが、人二人分くらい離れています。口ではいくらか話せてもやはり近くに寄られるには抵抗があるのでしょう。
「まぁ、今日はさ、二人の顔合わせだけだし、仁平くんと監督は昼から用事があるらしいんだよね。本格的に撮るのは夏休みに入ってからだし。だからさ、お昼食べたら女の子だけで集まらない?」
 沢菜さんが微笑みました。

 ___
 結局、友樹くんと徹郎くんの顔合わせだけで今日は終わった。二人の服の色が赤と青だったのは何でだろう…と言う事が少し気になったけど、少し考えてやめた。
 昼からは図書館に来た。女子達は女子だけで集まって何か話しでもするようだ。友樹くんと徹郎くんは家に帰るらしい。仁平はお兄さんとどこかに行くとか言っていたし、ユタカはおじいさんのお見舞いに行くらしい。僕は暇だと言う小五の妹のメグミと一緒に図書館に来ている。僕は機械工作に関する本を、メグミはライトノベル二冊を借りた。
 三時半からは佑太から相談があると呼び出されていたが、まだ時間に余裕はある。僕らは図書館の前の公園を少し歩く事にした。公園は芝生が青々と生い茂り、噴水では幼児や小学校低学年くらいの子達の水遊びに解放されている。土曜日なので小学生が多い。
「あ、杏子ちゃん達だよ」
 メグミが指す方に目を向けると、木陰のベンチで杏子ちゃん、結唯ちゃん、ちーちゃん、村上さんの四人がかけている。こちらに気付いた。メグミが手を振るので僕も軽く頭を下げる。杏子ちゃんに手招きされたので、行ってみる。
「こんにちは」
 メグミが嬉しそうに言う。
「旬の妹のメグミだよ」
 杏子ちゃんが村上さんに紹介する。
「村上です。こんにちは」
 村上さんは相変わらず小さな声で話す。ふわふわとした長い髪が揺れている。
「お兄ちゃん、ハーレムじゃん」
「おい、失礼だろ、ふざけるなよ」
 口では妹をたしなめても、口調は甘い。僕自身分かっている。どうしてこう甘いんだろう…。
「モテモテだからね」
 杏子ちゃんがからかうように言う。
「仲が良いよね」
 ちーちゃんがのんびりとした口調で言う。
「そうでもないよ」
「そう? 家のお姉ちゃんと旬くん、取り替えて欲しいくらいだけど」
 会った事はないけど、ちーちゃんの姉の美紀さんはサバサバした性格で、たまに口うるさいがしっかりしているらしい。そんなお姉さんがいる方が羨ましいけどとも思う。
「良かったら…」
 メグミが僕のポケットをまさぐる。
「わ…やめろ、くすぐったいって」
「これどうぞ。焼いて来たの」
 そう言ってカップケーキとオレンジジュースのペットボトル、紙コップを出す。
「いつもありがとうね」
 女子達は嬉しそうに声をあげる。メグミは料理、中でもお菓子作りが好きだった。作る内容は小学生の範疇だと思うが、中々出来栄えは良い、と言ってしまうと身内のひいき目かも知れないが、カップケーキに刻んだ玉葱とミックスベジタブルを入れるのは野菜不足解消や野菜嫌い改善に良いとも思う。
「どうやってポケットにしまってたの…」
 村上さんが不思議そうに呟いたが、まぁ、それは秘密なのだ。聞かなかった事とする。それはそうと、佑太が元気がなさそうだったから多めに持って来ていたおやつがなくなってしまった。どうしよう。
「何の話ししてたの?」
 妹よ、不躾に聞くものではない。
「恋バナ♡ お兄ちゃんがモテてモテて仕方ないからさぁ」
「あはは。そりゃないや」
 杏子ちゃん、悲しくなるギャグはやめてくれないか。そしてメグミも笑いながら否定しないでくれ。
「で、実際どうなの?」
「お兄ちゃんは女子のウケはまあまあ良いと思うよ、うちのクラスの男子ってあんまりまともじゃないからその中では良い線いってる」
 結唯ちゃん、それは褒めてるの?
「小学生の時から比べたら大分痩せたしね」
「痩せてないよ、体重はそのまま背だけ伸びた」
 一応ダイエットはしている。野菜や米、肉類の量に気を遣ったり、お菓子関係も市販の物は中学生になってからはあまり手は出さない。妹が作る分も食べてやらないと可哀想だし。密かに筋トレや早朝ジョギングもしているが、メグミがついポロっと言ってしまわないかヒヤヒヤする。そんなこんなで中一の身体測定で一六一センチ、七十キロだった僕は体重はそのままに身長だけ一七〇センチになった。まだ筋肉の上に脂肪が乗っている感じで、お腹や尻や頬は丸味が目立つから、理想としては後五キロくらいは痩せて欲しいけど中々思い通りには行かない。とは言え、和田さんみたいに無茶な痩せ方(推定一五キロを二カ月で落としたっぽい)をしたいとは思わない。
「でもさ、何で相撲辞めちゃったの? 痩せるため?」
 杏子ちゃんが聞いてくる。それもあるけど、裸に廻し一枚は男とは言え思春期には結構きついんだ。それに太った身体を人に見られるのは嫌だし。それに…。
『やっぱ付き合うなら一組の原田くんかな。スマートなイケメンでカッコイイし』
 小六の秋にそう言っていた杏子ちゃんの声が頭に蘇る。
 でもタカが恋愛のためだけじゃなく、今の時代はメタボとか色々あるからね。
「う? まあ、そんなとこ。あ、僕もう帰らなきゃ。用事あるし、その前に妹も家に帰らせなきゃだし」
「ええ? 来たばっかりじゃん」
 メグミが口を尖らせる。佑太との約束の時間にはまだ余裕はあるが、何となく居辛くなった。
「良いよ、メグミは私が送る。同じマンションに帰るんだし。まだ話していようよ」
 杏子ちゃんが言う。きっとメグミが六時(門限)までに帰れるようにはしてくれるだろう。
 喜ぶメグミを見て呆れていると、誰かの携帯が鳴った。
「私だ。ちょっとごめん」
 村上さんだった。
「あ、おばあちゃん? え? え!? 私、そんなつもりじゃ…うん。わかった。ごめんなさい」
 話している内に村上さんの顔からはどんどん元気が消えて行き、代わりに悲しみが浮かんで来る。
「ごめんなさい、帰らなきゃ」
 村上さんは立ち上がって頭を下げた。律儀な人だと思う。

 きっかり三時半、僕以外にも呼び出されていた人はいたようだ。
「何で声かけた本人が一番遅れて来るんだよ?」
 明仁が不満げな声を出す。
「妹を塾に迎えに行くから、五時には帰せよな?」
 念を押す明仁の言葉にメグミを思い出す。今頃はまだ、杏子ちゃん達と公園でおしゃべりでもしているだろうか。余計な個人情報をもらさなければ良いが。
「で、話しって何? 俺達も忙しいんだけど」
 健太も不機嫌だ。それなのに佑太本人はヘラヘラ笑っているから僕もイラついてしまう。
「まぁとにかくさ、一風呂浸かりながら話そうや」
 待ち合わせ場所の空き地の目の前の銭湯に顔を向ける。いつから建っているのか分からないくらいに古い。
「ほら、俺が奢るから」
 僕達三人は佑太の『奢り』と言う言葉に反応し、付いて行った。中学生は大人料金なので一人が三八〇円だから四人で一五二〇円、更に貸しタオル四人分で二百円と貸し石鹸五十円追加だと言う現実は出来るだけ見ないようにしながら(佑太は財布からお金を出す手が震えていたがそれも見ないようにした)。
「で、何で銭湯?」
 ティーシャツを脱ぎながら健太が訊く。均整の取れた体が露わになる。
「男湯なら女子が来ないから…」
 自信なさげに佑太が答える。
「タケか和也かはじめが来て、コケてタイルで頭打って血でも流れてたら委員長が飛び込んで来る可能性があるぞ。三人同時に呼ぶ?」
 明仁が嫌なもしもの話しをする。
「やめて! 絶対やめて!」
 佑太がズボンを脱ぎ捨てながら答える。ちゃんと畳めよ、ガサツだなと思う。きっとお母さんは大変だな。
「冗談だよ。ムキになるな」
 明仁が呆れた声を出しながらタオルを手にする。
 三人とも運動部なので筋肉はしっかり付いている。僕はこの人達よりは弛んでいるんだろうか。
 運動部に入らなかったのは、元より科学とか機械とか、そう言った物が好きだったからだ。だから科学技術部に入ったのだ。多分、相撲部があっても入らなかった。三年生に相撲同好会の会長をしている先輩がいて、一年の頃から今に至るまで勧誘を受けてはいるが、僕も明仁も入ってはいない。
 僕らは浴室に向かった。
「何で女子がいるとだめなんだよ?」
 洗い場で僕は隣に座った佑太に訊いた。因みに佑太の隣には明仁、更に隣に健太だ。
「それなんだ。一つ訊きたい。俺ってここ一昨日辺りから女子に嫌われてない?」
 うん、嫌われてる。でもはっきりとは言わない方が良いかも知れないと思…
「嫌われてるよ。正確にはもっと前から嫌われてる」
 健太がはっきりと口にする。ぐわーんと音を立ててタライが佑太の頭に落ちてぶつかる。
「何で?」
 頭をさすりながら佑太が訊く。
「自分の胸に手を当ててよく考えろ」
 健太が吐き捨てる。
「俺も知りたい、何で?」
 明仁が訊く。僕も知りたい。
「二日くらい前から急に風当たり強くなってるじゃん。その前からってどうしてだよ?」
「まぁね。健とはじめが異様なオーラ発してたと言うか、心臓に悪い空元気だったと言うか、そのせいで佑太にキツく当たるより二人を心配してた方が強かったろ?」
 ああ、確か家庭の事情だっけ? ドロンコ坊主騒動を起こしてからいつもの表情に戻って解決したみたいな、何かアヤフヤなまま自己解決された感が残ると言うか、その後風邪をひいただけだったと言うか…。
「あれはヤバかった。教室中にピリピリした空気が流れてて、下手に刺激が出来ないと言うか…」
「だろ? 佑太をハブるどころじゃなかったろ?」
「で、俺は何でハブられるようになったんだよ?」
「思い出せない?」
「全く思い当たるフシがない」
 そこまで言い切れる自信が凄い。あれだけ冷たく、邪険に扱われたのに。
「あ、結唯ちゃ…沢菜さんには教室に部活の事を持ち込まないでって言われてなかった?」
 僕は一昨日の屋上での事を思い出した。
「いや、それはさ…」
「違う違う。他にはない?」
「ない」
「だから、何で言い切るんだよ。掃いて捨てるほどあるだろ、お前」
 健太がキレかけて立ち上がる。不機嫌そうに湯船に向かい、ザブンと浸かる。
「俺ってさ、爽やかで優しくて、まあまあカッコ良くて、勉強もまあ出来て、スポーツ万能で、女子にはモテてただろ? 事実、純の件で別れるまで彼女もいたし」
 そうだった。自分をそこまで良く評価出来る(悪い意味での)プラス思考はともかく、佑太は先月まで尾瀬由紀さんと言う女子生徒と付き合っていた。尾瀬さんは少し小柄で胸が大きくて、笑った時の顔は可愛い人だった。ただ、川村純をいじめていた事で大幅なイメージダウンになった。
「で、尾瀬と別れて、お前は何をやった?」
「部活と委員会活動を頑張った」
「野球部はお前がエラー出して負け続けて、学級委員は委員長に任せきりだったろ?」
「いや、試合の相手が強かったと言うか、俺も調子が悪かったと言うか…。それに委員長が何でも先にやっちゃうから…」
 佑太は急にふて腐れたような口振りになった。
「それはどうでも良い。野球部に関しては二年で一人だけレギュラーでプレッシャーが凄かったとか特に男子からは擁護的だ。委員長が何でも雑用やってしまう世話好きも小学生の時からだ」
 健太は言い切った。佑太は何をしたんだ?
「明仁、分かる?」
 自分の事を他人に訊くなよ。
「知らん。俺は力仕事頼まれるのとタケやマサが起こした問題の処理以外で女子と話す機会がほとんどない」
 そこまで言い切る明仁も凄い。
「旬は?」
「分からないよ。何にも聞いてないし」
「聞いてよ」
 何で聞かなきゃならないんだよ? 佑太を何で冷たくあしらってるの? とか訊く訳? 段々腹が立って来た。お前、このままじゃ男子からもハブられるぞ?
「人に訊くなよ」
「分からねーよ」
「じゃ、教えてやる」
 佑太は不満げに湯船に向かい、健太の横に浸かる。僕と明仁も続く。
「お前、尾瀬さんと別れた後、色恋沙汰はどうなってる?」
「何もないよ」
「あるだろ、沢山。フラれまくったろ?」
「うん、まあ、認めたくないけど。女子に付き合ってくれとは言った」
「何人?」
「え? あ…覚えてない」
 健太は不機嫌そうに息を吐く。くはあっと言う音がタイルにこだまして、湯気に溶けていく。明仁は口を半開きにして佑太に冷たい目線を送った。僕もそうだ。
「最初に声かけたのは?」
「覚えてない…あはは…」
 笑ってごまかせてないぞ。
「沢菜さんだ。学年一可愛いあの人だ」
 なんて身の程知らずな…。
「俺は木下経由だから信用してる。あいつはわざわざ嘘を広めて誰かを困らせたりしないからな。むしろ男子には広がらないように、木下からはこの手の噂が広がらないように気を付けてくれとさえ言われてる。多分、委員長も和也辺りにそうさせてる。だからまだ男子連中は知らない奴の方が多い。ちょうど健とはじめが不安定になって皆の心配がそっちに行ってたからな」
 確かに同じ水泳部で同小だから健太と木下さんは割と仲が良い。木下さんからその手の話しを聞かされていてもおかしくない。
「ちょうど夏休みに入るからタイミング的には良いんだよ。夏の間、佑太はずっと大人しくしていてくれ。多分、そうしてれば女子達の怒りも少しは収まる」
「沢菜にコクっただけでそこまでやられるか?」
 確かに。結唯ちゃんはフッたとしてもそんな風に誰かを傷付けたりしない。
「沢菜さんに告白した後が問題だったんだ」
 健太がハァと息を吐く。
「次に声をかけたのは二組の横井さん。三組の河部さん。一組の茨木さん。三年生の岡田先輩。山岸先輩。一年生の渋川さん」
 七人も…? しかも可愛いと評判の女子ばかりだ。
「しかも渋川は性的暴行まで受けてる。水泳部の子でな、木下が相談されたらしい」
 湯は少し熱いくらいなのに、鳩尾からお腹の底にかけて冷たいものが広がる。明仁は佑太を見ない。
「暴行って。ちょっと抱き締めてキスしただけじゃん。しかもほっぺ」
「襲われたと言っていたらしいぞ。むしろ抱き締めたんなら襲ったも同然だろ。相手は一年の女子、体が大きな上級生の男子にそんな事されたら怖くて仕方ないだろうな。
 ともかく、佑太が渋川を襲った翌日に期末テストの範囲が発表され、佑太も勉強のために大人しくなった。でも渋川はしばらく学校を休み、木下に相談した。結局、渋川は別室で受け、今は学校に来たくないそうだ。親にも言えないらしい。
 期末が終わってから木下は沢菜さんに相談した、最初に佑太が声をかけたからな。沢菜さんは言ってたそうだ。
『ちょうど友樹の事件の時で、戸塚くんの告白を冷たくフッてしまった。私がもう少し配慮していればこんなに色んな人に手を出したり、渋川さんを傷付けるような事をしなかったかも知れない』
 と。ほら、俺らの小学校の同級が校長先生に引ったくりした事件があったろ? 沢菜さんの幼馴染みなんだよ、その友樹は。色々あって校長先生とも和解したみたいだけどな」
 結唯ちゃんに紹介された坊主頭の少年が頭を過ぎる。結唯ちゃんが友樹くんを見る目は、僕がメグミを見る時のような、委員長が健や和也やはじめを見るような、手が焼ける弟のような見方だった気がする。
「とにかく、木下はそれは沢菜さんのせいじゃないと伝え、自分を責めないように説得した。でも廊下で話してたし誰かに聞かれてたんだよ、二人の会話が。それに色んな女子に手を出していたのは学校中に広まっていたし、女子達は反感を持っていたからな。それがレイプ未遂と繋がって、一気に爆発した」
 それでか。
「ちょっと待てよ。俺はまだ何にもやってないぞ」
「そう言う問題じゃない。お前、女子を性欲処理の道具みたいに扱っただろ? そこが反感買ってるんだ」
「でも男はそう言うの仕方ないじゃん」
「仕方なくない。オナニーしてろバカ」
 佑太に反論したのは明仁だった。高揚感のない声で、吐き捨てるようにだ。
「お前、自分の家に変態男が押し入ってお母さんをレイプして男だから仕方ないって言っても許せるか? そいつがホモで弟をレイプしても同じ事を言えるか?」
 佑太は俯いて黙った。
「お前はそれをやろうとしたんだ。渋川って子は親が傷付く事を恐れて、やっと木下に話したんだ。もう良い。出よう」
 明仁が立ち上がる。僕と健太も続く。佑太は湯船に残したままだ。
 僕達と入れ替わりに背中に昇り鯉の刺青が入ったおじいさんが浴室に入って行った。
「男子に広がるのも時間の問題だ。夏休みで仲の良い奴としか会わないから広がるのが遅くなるとしても、二学期には確実に佑太はいじめられる」
 明仁がタオルで乱暴に頭を拭きながら言う。
「もう広がってる。健とはじめのお陰でそんなに男子達は気に留めてなかったから、一気に広がる」
 あの不安定からのドロンコ坊主騒動にそんな抑止力があったとは。僕達は服を着て、銭湯を出る前に浴室のガラス戸を見る。佑太はまだ上がる気配がない。

 ___
 女たらしの戸塚くんが私に告白して来たのは期末テストが終わった直後でしたの。屋上に続く階段、多分誰も来ない場所ですわ。
「ごめんなさい。戸塚くん、色んな子に声かけてるし、そう言う人は嫌い」
 私はいつも通り小さな声で言いましたわ。伝わったかしら? それに言いませんでしたが、私には密かに想いを寄せる殿方もいましたの。
「まぁ、気が向いたらまた声かけてよ。村上さんって結構可愛いと思うんだ。ね」
 ね、と言いながら戸塚くんは私の髪を撫でました。一瞬、頭の中で男子の中でも体が大きくて力が強い戸塚くんが本気で襲って来たら、と思いましたわ。体が恐怖に震え、目線を下に落とすと、ズボンの前が膨らんでいるのが確認できましたわ。途端に怒りが沸いて来て、私は気付くと戸塚くんの手を平手で叩くと、後ろ回し蹴りを脇腹に決めていましたわ。そして私は走り出しました。それで怒りが収まった訳ではないのですがね。
 教室に鞄を取りに行った時に、廊下で話している木下さんと沢菜さんと擦れ違いました。何やら深刻な話しをしていましたわ。私は鞄に教科書やら筆記具やらを詰める振りをして聞き耳を立てましたわ。擦れ違った時、戸塚くんと言う言葉を聞きましたもの。どうやら戸塚くんが沢菜さんを筆頭に様々な女子に声をかけまくった挙げ句、一年生の女子にレイプ未遂を行ったらしいのです。
 その時、戸塚くんの膨らんだズボンの前を思い出し、それでも女子に簡単にやられてしまう事を思い出し、松屋くんと田頭くんの顔が頭に浮かびましたわ。私はすうっと冷静になると、そそくさと教室を後にして、吹奏楽部の友人に木下さんと沢菜さんの話しを伝え、ひかるちゃんに電話して伝えましたわ。
 戸塚くんは女子から何をされるのかしら?
 私は何をしたいのかしら? 女の敵の始末? いいえ、私を単に安易な性の対象としようとした男の子への報復? それはあるかも知れませんが、私が欲したのは、多数で少数を踏みにじる快感でしたわ。
 それに気付いたのは学活で松屋くんと田頭くんの話しをした時でしたわ。確信したのは、加代ちゃんに現実のテストの点数を思い知らせて優越感に浸っていた時でしたわ。私は、いじめに手を加えている時に、快感を得ていましたの。
 森くんと葉山くんの精神不安がクラスの中で問題化して、異様な空気を作っていたお陰ですぐには誰も戸塚くんを表立って非難している場合ではありませんでしたが。

 祖母からの電話は、加代ちゃんがお母様に暴行を働いたと連絡があったとの事でしたわ。
「母を殴って家をめちゃくちゃに壊しました。真理子ちゃんがテストを持って来たからムカついてやりました」
 私の家にそう云って電話をかけたのは加代ちゃんご本人でしたわ。
 祖母はすぐに車を飛ばして加代ちゃんのマンションに向かい、状況を確認したそうです。加代ちゃんのお母様に勉強が遅れている事をご本人に突き付けて欲しいと言われ、私はそれに乗って期末テストの国数英を持って行った事。祖母にも両親にも先生にも相談せずに私の独断で行った事。それらを祖母を目の当たりにしました。
 加代ちゃんはハサミで自分の髪とスカートのフリルや黒地に薔薇模様のブラウスをザンバラに切りつけた状態で泣き続け、縦に置いてある物が横倒しになってガラスや陶器が割れ、瓦礫のようになったリビングにいたそうです。お母様は放心状態で玄関で静かに涙を流していて、話しを聞けるようになるまで一時間くらいかかったそうです。
 私が祖母にすぐに来るように言われてマンションに着いた時、和田家が借りている部屋は誰もいらっしゃらず、鍵までかかっていましたわ。祖母に連絡すると加代ちゃんは服や髪を切る時に腕や脚に傷を付け、お母様は顔な腫れていたそうで、病院に連れて行っていたそうですの。更に指示を出され、家に帰れ、との事でしたわ。

 祖母からこってり絞られた後、私は浴衣に着替えさせられ、髪を結い上げられましたわ。そして祖母の車に乗ってどこかに向かっているようですが…。
「高山くん!?」
 私は助手席に座って、つい口に出してしまいました。
「あれは、相撲の子達」
 この辺りではワンパク相撲が盛んで、相撲好きな祖母に付き合ってよく見に行っていたものですわ。私は選手として頑張る高山くんを同級生だと祖母に話した事を思い出しました。それで知っているのですわ。
 祖母は銭湯から出て来たばかりの高山くん、田村くん、江野くんの側に車を停め、助手席側の窓を開けました。一瞬、田村くんの肩に白いオウムのような鳥が停まっていたような気がしましたが、見えなくなりました。多分私は疲れているのでしょう。
「あ、えっと、こんにちは。いや、こんばんは?」
 まだ明るかったのですが、時間は四時半くらいです。
「村上さん。村上さんのおばあさん、こんばんは」
 高山くんは和やかに挨拶を返してくれましたわ。さっきまで三人とも元気がないように見えましたが、こちらを向いた時は笑っていましたわ。
「浴衣? 商店街の祭りに行くの?」
 高山くんが言いましたわ。

「どうしたの、あの頭? 自分でやって失敗したって感じじゃないけど」
 バーバーハヤマに着くなり、加代ちゃんを見て、葉山くんは私に聞いて来ました。当然の感想ですわ。長袖とロングスカートで腕や脚の包帯を隠してなかったら、更に驚いたでしょうね。
「それより、葉山くんまでどうしたの? その格好」
 葉山くんは短い髪をツンツンに立たせて、灰色に黒の縞模様の浴衣姿でしたわ。
「家も水風船の出店するからさ、俺達商店街の子は浴衣で客寄せマスコットやるんだよ」
 ニカッと笑って胸を張ります。
「普通は小学生までだろ、そう言うの効果あるの」
 高山くんが呆れたように言います。
「おばちゃん達から見たら中学生もまだ大丈夫の範疇みたいだよ。タダでコスプレ出来るし」
 楽しんでますわね。
「あれ、村上さんに旬くん? 祭りは六時からだよ」
 振り返ると、茶地に黒の笹模様の浴衣を着た森くんが立っていましたわ。この二人が先日、ドロンコ坊主になったせいで私達がどれだけ大変だったか…その後風邪をひいて心配させておきながら、あっけらかんと笑っていると、力が抜けますわ。
「そう言えばまだ五時か」
 高山くんが言います。
「誰? もしかしてあの子が和田さん?」
「そう」
 私は森くんの質問に簡単に答えましたわ。
「でも何で皆で一緒にいたの?」
 葉山くんが聞いて来ます。
「ああ、ホントは明仁や健太もいたんだけど、二人は用があって帰った。僕は実は和田さんと同じマンションに住んでるんだけど、そこに向かってるって言うから乗せてくれたんだけど、和田さんを迎えに来て、村上さんのおばあさんにどうせ祭りなんだから一緒に行こうって誘われたんだ。親に速攻で息子さんを借りますって言われてさ」
「流石はセンセイ、うちのばあちゃん達を束ねるだけある」
 葉山くんが感心した声を出します。
「センセイ? 束ねる?」
「うちのおばあちゃん、委員長の家の和菓子屋のおばあちゃん、タケの散髪屋のおばあちゃん、カズの本屋のおばあちゃん、村上さんのおばあちゃんって実は友達なんだよ。村上さんのおばあちゃんは元学校の先生だから渾名がセンセイ。うちのおばあちゃんの渾名は実家が大工だからトンカチ」
 高山くんが首をかしげたので、森くんが説明します。
「うちのばあちゃんは元美容師だからパーマネントからネント、委員長のおばあちゃんは和菓子屋の娘だったからドラヤキ、カズのおばあちゃんは編み物が得意だからカギボウ」
 葉山くんが続けます。
 たまに商店街に連れて来られて、パーラーフォレストで五人でおしゃべりしながら、渾名で呼び合い、笑っているおばあちゃん達を見ながら私はパフェを食べるのが好きでしたわ。まさか、その孫達が同学年で同じ学校、しかも二年生で同じクラスになるだなんて、世間の狭さ云々より宝くじで一等を当てるより奇跡的な確率だと驚きましたわ。
 商店街では今日と八月の第一と第三土曜日にこうしてお祭りが催されるらしいのです。五時くらいに閉店して、六時には出店を出せるように、おじいさんやおじさん達が急がしそうに立ち回っています。店の前を片付け、軽食やゲームの準備が着々と進められています。私はそれを眺めながら邪魔にならないように、森くんに促されて和菓子の水沢へと入りました。更に奥のお座敷に通されます。ちゃぶ台やテレビが置いてある食卓のようですわ。
 浴衣姿の委員長は普段と全く雰囲気が異なりましたわ。普段の柔らかい気配が消え、気が強そうな飲食になり、髪はエクステンションを付けているのかハーフアップで後ろ髪がサラサラと藤色に小さな花柄をあしらった浴衣の上で揺れていて、眼鏡まで外しています。女はいくつもの顔を持つと言いますが…
「そいつ、私の妹の咲。双子なんだ。この子は小六の妹の実」
 振り返ると普段着にハッピを羽織ると言うおじさん達と同じスタイルに、普段のショートヘアに眼鏡の委員長が立ってましたわ。横には白地に金魚柄の浴衣を着た委員長とそっくりなショートヘアですが眼鏡はかけていない女の子がいましたわ。
「花だと思ってた? どうりで不思議そうに見てた訳だ。始めまして。咲です」
 咲さんが軽く頭を下げましたわ。同じ声ですが、語気が強めでやはり別人ですわ。高山くんも同じ顔の三人を見比べて口を半開きにしていましたわ。
 委員長に促されて私は座りました。森くんや咲さん達は部屋から出たので、残ったのは私、委員長、高山くん、祖母の四人だけになりましたわ。
「おばあちゃんから聞いたよ。大変だったね」
 委員長が言いました。いえ、私のせいですから黙ってしまいましたが。
 因みに高山くんはマンションに向かう車の中で祖母から説明がありましたので、加代ちゃんの件で事情を知っているのはこの四人だけと言う事になりますの。
「独断であんな事をしてはいけないと言う事だよ」
 と、少ししゃがれた声で祖母が言います。もっともですわ。沈黙が部屋を包みます。
 加代ちゃんは何を思って暴れてしまったのでしょうか? 内心は勉強が遅れている事を焦っていて、現実を突き付けられて爆発したのでしょうか? いつも優しく接していた(少なくとも私はそう心がけていましたわ)私があんなに冷たくテストの点数を思い知らせてしまったから? 私が感じていた優越感は加代ちゃんにはバレていたから? だめですわ、考えがまとまりません。加代ちゃんの焦りや不安からだと思いますが、顔色が悪くなった痩せた頬を頭に浮かべると、何故か松屋くんと田頭くんがいじめられていた時の事を思い出しました。立ち聞きした戸塚くんの強姦未遂を言い触らした事も思い出しました。ああ、これだ。私はいじめを楽しんでいる。誰かが傷付くのを見て、期待している。そう思いましたわ。
「村上さん、今日は僕が連れ回しちゃったし、和田さんの事もあったしで疲れたんじゃない? しんどそうだよ?」
 高山くんが聞いてくれます。太い声が頭の中に染み渡りますわ。いつもお優しい方ですのね。連れ回したのは立野さんや沢菜さんですわ。高山くんは同席しただけ。
「大丈夫」
 本当は疲れていましたが、そう返しましたわ。

 私は、高山くんに恋い焦がれていました。小学五年生の時からですから三年も片思いです。我ながら気持ち悪がられても仕方のない行為ですわ。
 高山くんは相撲クラブに入っていて、我が校の同学年の中では一番強くて、土俵の上での迫力と来たら、まるで虎のような力強さと気高さを讃えていましたわ。しかし、普段は僕は力があるから、男はこう言うものだからと、女子だけではなく男子に対しても優しくて、重い物を運ぶ時は手伝ってくれたり、ケガをした子には必ず肩を貸してあげたり、いつも誰かのためにその力を使ってくれていましたの。
 ええ、それだけですわ。十歳かそこそこの女の子の恋心なんて、単に優しいとか強いとか、そんなもんですわ。私にだけでないのですが、その懐の深さが私に取っては良かったのです。
 でも、こんなに人が傷付く事を楽しんでいる私では、高山くんの側にいる資格はないのかも知れませんが。

 ___

 村上さんは寝てしまった。コクン…カタッと僕の肩に頭を預けて、そのまま膝の上に頭が滑り落ちた。
 いくらその状況であっても抱き上げたりなんかしたらセクハラになるだろうと思ったが、委員長に運んでくれと押し切られ、更に村上さんのおばあさんに元力士は違うとおだてられ、僕は村上さんを抱き上げて(言っておくがいわゆるお姫様抱っこだ。抱き合うような形ではない)、委員長が敷いてくれた布団に運んだ。
 村上さんの寝顔を見ながら、佑太が女子から総スカン食らっている理由を聞いた事を委員長に話そうと思ったが、おばあさんのいる前では躊躇ってしまった。委員長が村上さんの藤色の浴衣の上にタオルケットをかける。
「お店、見て回ろうか」
 それだけ言って委員長を誘い出し、僕達は部屋を出た。村上さんはおばあさんが付いていてくれるそうだ。
 表に出ると、アーケードの中は普段の灯りが消され、白や橙色の電球の灯りが出店を照らしていた。様々な出店が煌めき、焼き鳥や焼きそばを売っている場所からは白くて芳ばしい煙が上がっている。和菓子の水沢はリンゴ飴と杏飴を売っていた。向かいのバーバーハヤマは水風船釣り、その両隣のパーラーフォレストではジュースやビールを売り、鈴木書店では焼きそばを売っている。近所の人達だろうか、家族連れやカップルが何組もアーケード内を歩いては出店の前で立ち止まる。僕と同じ中学生らしきグループもいる。ザワザワと騒がしくなる。
 浴衣に袖を通した健がカラフルな水風船の向こうから手を振って、店内に手招きをする。髪が短くなった和田さんがはにかみながらおばあさんと一緒に出て来て、僕と委員長を見て軽く頭を下げる。僕達は近付いた。
「マダムネント、夏のお薦めスタイルだよ」
 マダムネントと紹介された健のおばあさんは背が高く、黒い七分丈のシャツにデニムを合わせた女性で、茶色い髪に赤いメッシュを入れた(同い年らしい)村上さんのおばあさんより若く見えた。その横では白い長袖のティーシャツにふくらはぎまであるベージュのスカートを着た和田さんがいる。耳たぶが覗く程に短くなった髪はふんわりと整えられていた。
「似合うよ」
 委員長が言うと目を逸らしながら、でも嬉しそうにありがとう、と返って来た。
 隣の出店では格子柄の青い浴衣を着た和也が手を振っている。委員長は和也の方に向かうと何やら二、三言交わして僕に手招きをした。僕が歩み寄ると、四角い顔をした厳ついおじいさんに、カズちゃん借ります、と言って歩き出した。
「高山くんには話しても大丈夫かな、戸塚くんの事」

 人通りが少ない裏通りに入ってから銭湯で健太から聞いた事を委員長に話した。
「あ、知ってたんだ」
 あっけらかんと委員長は応えた。
「俺も大変だったんだよ、男子に広がらないようにするの。な、俺も口は硬いだろ?」
 和也が言う。クラスの男子の中でも騒がしくて、おしゃべりなのでどちらかと言うと正直口が軽い印象だった。
「普通ははじめちゃん辺りに頼むけど、不安定な時期だったから」
「ねぇ、佑太の事、いじめるつもり?」
 僕は委員長に聞いた。小さな公園に着いている。
「そこまでするつもりはないけど、女子の態度から見て、いじめっぽいと思う。それが男子にも拡大したら多分…」
「やっぱ認められないってのは分かるけど、僕はそんなの嫌だよ」
「だからカズちゃんや江野くんに男子に広がらないように念を押して、その手の話題にならないようにしたんでしょうが。ただ、もう他のクラスの子から聞いてて知ってる子がいてもおかしくはないよ。もう学校中の女子から嫌われてるから」
 女子ネットワークの恐ろしさを思い知る。隠し事なんて出来ない。
「まぁ、あんたの話しの様子だと反省してるみたいだしね。二年四組の名誉のためにも広がって欲しくないけど、学校中の可愛いと言われる女子に手を出そうとしたから」
 委員長が溜め息を吐く。軽蔑はしていても放っておく気はないらしい。
「高山くんはどうする? やっぱいじめになるのは嫌?」
「嫌に決まってるじゃん。村上さん達に元一年一組の話し聞いたろ?」
「だよね。うちのクラスでそんな事が起こるのは私も嫌。せいぜい女子から冷たくされてる今くらいで良いと思う。男子も男子で、高山くんみたいに女子側に着いてくれる子と、戸塚くん側に着く子とに分かれてしまうかも知れないし、拡大はしないで欲しい」
 沈黙。
「あんた達、こっちにおいで」
 声の方を見ると、ショッキングピンクだか赤だかよく分からないテカテカ光る着物姿のおばあさんがこっちに向かって来る。そんな着物、どうやって入手したのだろうか。和菓子の水沢で見た、委員長のおばあさんだ。白い作務衣のような作業着の職人のおじいさんと並ぶと、紅白饅頭と言う言葉が頭に浮かぶ。
「皆のとこに戻ろうか」
 僕達は表通りに足を向けた。

 結局、祭りはぶらぶらと見て回り、休憩時間に入った委員長、健、和也、はじめが交代で僕と行動していた。和田さんは村上さんの所にいたらしい。
 帰り道、マンションの部屋の前まで和田さんを送った後、振り向き様に言われた。
「気が向いたら学校行くから」
 と、だけ言われて扉は一方的に閉められた。

 月曜日と火曜日は三者面談だった。火曜日の午後からが終業式だ。後は夏休みにずれ込むけど、保護者の日程の合わない人でも七月中には面談を終わらせる、らしい。明日から三日間は二年生は職業体験で、市内の会社や店舗に行って仕事を体験する事になる。
「戸田さんはどこ行くの?」
「私は駅前のレンタルビデオ屋。高山は?」
「僕は健康センターの清掃」
 終業式も終わって、同じ給食委員の戸田さんと話しながら歩く。体育館から教室までの道中だ。
「夏休みは給食ないからね、乱れる子は乱れるだろうね、食事」
「そうだな、給食が命綱って人はどうするんだろ?」
「犯罪に走る。万引きとか食い逃げとか」
「サラッと怖い事言わないでくれ」
「でもそうでもしないと生きていけないでしょ、そう言う子達は。三宅くんとかさ」
「三宅くんって、そうなの?」
「あんた知らないの? あいつ、田村くんの店で売れ残ったパンと給食で食いつないでるんだよ」
 初めて知った。そう言う子供が世の中にはいる事は知っていたけど、身近な話しとなるといまいちピンと来ず、アタフタしてしまう。
「明仁がパンあげてた事すら知らない。それで三宅くんは明仁とは話してるんだ」
「そうかもね。所で高山くん、好きな人はいるんでしょ? 告白しないの?」
 顔が一気に火照る。
「はぁ? 何で急にその話し?」
「良いから教えなよ。私は同じ給食委員の三年生の先輩。誰かは内緒。ここまでヒント出せば分かるか」
 いや、分からないけど。
「僕は同じ小学校だった子。でも僕の事は好きじゃないから他の子を好きになりたいよ」
 名前は言わない。
 僕が好きなのは同じ小学校どころか同じマンションに住んでいる立野杏子だ。
「ふーん。割と近くにあんたを好きな子はいるかもよ? 戸塚みたいに漁りまくれとは言わないけど、よそに目を向けてみな。あ、戸塚の件は知らなかったらスルーして」
 いや、佑太の件は土曜日に知った。
 杏子ちゃんは明るくて、おしゃれが好きで、可愛い子だった。小学生の時は男子にも人気があった。でも、当時の彼女が好きなのは相撲デブの僕ではなく、すらりとしたサッカー部の男の子だった。
 因みに今、杏子ちゃんが好きなのは松山徹郎くんだ。徹郎くんは目つきが少し悪いし、ぶっきらぼうな印象もあるけど、単にシャイなだけらしい。女の子に対してもウブなのか、杏子ちゃんが近付くだけで赤くなって離れていた。徹郎くんはそこが可愛いし、杏子ちゃん自身も実は男子が近過ぎると恥ずかしくなるから気が合うかも知れない、少しずつ距離を縮めて行けば良いと、昨日の図書館前の広場で言っていた。リア充おつ。と、言うかそれを男の僕の前で言うなよ、とも思った。
「あれ? 何あの人集り。みんな教室入らないのかな?」
 戸田さんが言う。
「ホントだ」
 二年四組の教室の前ではクラスメイト達がザワザワしながら開けられた引き戸や窓から室内を覗き込んでいる。
「ほら、何やってるの? 早く教室に入りなさい」
 担任の灰田先生の凜とした声が蒸し暑い廊下に響く。生徒達はヤバいとか急げとか言いながら教室に入る。僕も皆に続いて教室に入って、目を疑った。窓際の後ろから三番目の席に和田さんがいた。傷を隠すためなのか長袖でスカートも膝下だったけど、ちゃんと髪を整えて、硬い表情をした和田さんがそこにいた。
「じゃ、全員集合したね。さっさとホームルーム始めるよ」
 クラス『全員』が席に着いているのを確認すると灰田先生が満足げに言った。やっぱり嬉しそう。
 委員長が号令をかけ、夏休み中の注意事項や何やかんやを聞かされる。小学生の時からずっと聞かされているアレだ。二学期からは副担任の桜井先生が辞めてしまうそうだ。普段は教室の後ろで立っている桜井先生は、教壇に立つと挨拶を済ませた。割と簡単だった。ホームルームも終わり、委員長が号令をかける。
「じゃあ皆、登校日に会いましょう。職業体験、頑張ってね」
 灰田先生と桜井先生が教室から出る。生徒は誰も出ない。
「じゃ、始めますか。全員集合記念レクリエーション」
 委員長が立ち上がって言う。逃げようとする三宅くんを明仁が捕まえる。他の皆は机を後ろに寄せて教室を広くする。ガキっぽ過ぎない? と思ったけど楽しそうだから気にしない。やがてざわめきと笑い声が教室を包んで行く。

 この教室内には色んな生徒がいる。和田さんは村上さんを始めとする元一年一組の面々に囲まれて笑っている。佑太はまだ男子からは構ってもらえてはいるようで、純や哲也と一緒にふざけている。杏子ちゃんは結唯ちゃんやちーちゃんといつも通りに何やらおしゃべりしてるし、仁平は同じ卓球部の宅間さんとこれから行われる卓球バトルに備えて張り切っている。いつの間にか本田ユタカが僕の横にいる。
「楽しそうだな」
 ボサボサ頭を掻きながら言う。櫛くらい入れろよ、最近はあの健でさえも寝癖を直しているのに、とも思うけど、フケとかは出てなさそうなので言わない。
「実際楽しいしね」
「俺、保健室にずっといた時は自分がこんな風にクラスのイベントに参加してるなんて思わなかったよ」
 正直僕もそう思う。だから無言で頷く。それを横から見上げ、ユタカが笑う。
「ほら、本田くんも、こっちにおいでよ」
 結唯ちゃんがユタカの手を引っ張る。学校では『本田くん』で、外では『監督』と呼んでいる。皆、学校で見せる顔と、外での顔を持っているんだと思った。委員長、健、和也、はじめは家業の手伝いのために浴衣やハッピを着たりもする。三宅くんが明仁からパンをもらっているのを隠している事があまり知られていない。村上さんはちょっと厳しい印象があるけど、おばあさんが大好きだ。僕はうちに帰ると両親に機械いじりを呆れられ、おしゃべりでうるさい妹には何だかんだで頭が上がらない。
 愛されてる、かな。たまに無性に甘いものとか食べたくなるけど、母や妹はスナック菓子の類は買わずに、ダイエットを気にしている僕のためにお菓子を手作りしてくれたりしてるし。
 僕は騒がしさを増していく教室を見る。真ん中にはどこから運んで来たのか、卓球台。いつの間に着替えたのか仁平と宅間さんが戦闘モードになっている。
 夏休み前に、いっちょ騒ぎますか!

 了
【誰得一】

 高山旬 たかやま しゅん
 四月生まれ牡牛座。給食委員。科学技術部。
 体が大きくて力持ち、そして面倒見の良さから苦労人だが、更に上(明仁)がいるせいかあまりその事に触れられない。
 ズボンや上着のポケットからはどうやって収納しているのかは謎だが、様々な発明品や自作の玩具、更にお菓子(皆に配る用らしい)、ちょっとした工具など、便利が物が出て来る出て来る。

 和田加代 わだ かよ
 二月生まれ魚座。家庭科部。
 ずっと不登校だったけど、忘れていた訳ではありません。ホントは優しくてはにかみ屋な女の子。ただ、変な影響を受けやすいのがたまに傷。

 本田ユタカ ほんだ ゆたか
 一月生まれ水瓶座。写真部。
 映画好きで沢菜におだてられ、参加者のほとんどが高校生の映像コンクールに出品する作品を撮る事に。割と気さくでボサボサな見た目からは想像できないけど、実はエリート私立校に在籍していた事もある。

 工藤仁平 くどう じんへい
 十一月生まれ射手座。卓球部。
 やや小柄で眼鏡、一見ひ弱そうだけど、天然を装って言いたい事をはっきり言うし、やりたい事をするちゃっかり者。『自分〜っす』と体育会系のしゃべり方は素。卓球部ではいつも宅間ひかると張り合う。
【誰得二】
宅間「おらおらおらぁああーっ!!」
工藤「でぇーりゃあぁああーっ!!」
高山「卓球バトル、白熱して参りました。どうも、高山旬です」
村上「どうも村上真理子です。上からではなく村上です。声が小さい事は気にしないで下さい(ぼそぼそ)」
高山「今回は割と重いと言うか、きつめの話題があったよね。しかも和田さんの不登校と元一組で起こった学級崩壊の因果関係ははっきりとはせず」
村上「意外と関係ないかも」
高山「うわ、はっきり言う…」
村上「だってそんなもんでしょ。あの女社長の記事に影響されただけだと思う」
高山「それにしても裏で佑太があんなに派手に軟派してたなんて驚いたな」
村上「女子の間では戸塚くんに気を付けろって囁かれてたんだよ、ローションのミニパックとか持ち歩いてるし」
高山「ファッ…!?」
村上「持ち歩いていると言えば高山くんのポケットの中はどうなってるの?」
高山「それは秘密です。極秘の収納法と発明品があります」
村上「発明って、キテレツくんみたい…」
高山「そう、僕ってポケットから色々便利グッズ出すからのび太のとこの子守りロボットだと思われがちだけど、実は自作だから眼鏡にサンバイザーの少年の方なんだよね」
村上「ちゃんとドラえもんとキテレツって言いなさいよ」
高山「でもさ、何で商店街メンバーと村上さんのおばあさん達が友達同士だったのに、黙ってたの?」
村上「私も同じクラスになって初めて知ったし別に言わなきゃならない事でもないし」
高山「確かにわざわざ言う必要もないかも」
村上「ってか、本田くんと映画作ってるってホント? それこそ聞いてない」
高山「それは結唯ちゃんが映画好きなら撮ってみたらーって言ったら、ユタカがヒロインは君しかいないって結唯ちゃんを推薦したんだよ。そうしたら結唯ちゃんが恥ずかしがってたから何となく言い辛くてさ」
村上「今回の事でバレたけどね。まぁコソコソやるより良いじゃん」
高山「そうだね」
村上「…」
高山(怒ってる? まさか抱き上げて移動させた時、実は起きててセクハラだと思われた?)
村上(委員長もお姫様だっこまでさせたとか言っておきながら、何で寝てる時に限ってなのよー)
高山「に、してもさ、おばあさんって相撲好きなんだ」
村上「私も好きだけどね。廻し締めてみる?」
高山「え?」
村上「何でもない。あの人は相撲とか柔道とか空手とか格闘技が好きなんだよ。それで私も習ってるし」
高山「噂では男三人くらいなら余裕で倒せるくらい強いって聞いたけど…」
村上「高山くんのポケットと同様にそれは秘密です」
高山「おばあさんとは仲良いよね?」
村上「そう? まぁ近くにいる孫は私だけだけど、結構厳しいよ? スカートで飛び蹴りなんてはしたないっ! とか言うもん」
高山「やっぱりケンカとかするんだ、しかも強い…」
村上「それは置いといて、高山くんも妹さんと仲良いでしょ?」
高山「全然。あいつうるさいだけだもん」
村上「うそ、シスコン一歩手前だったよ。放っておけない感じ」
高山「危なっかしいんだよ、どんな個人情報バラすか」
村上「でも、小学生であの野菜入りのカップケーキは素晴らしいよ。家は農家だから、おばあちゃんに言ったら感心されると思う」
高山「まぁ、料理はサイエンスだからな。栄養面とか考えてるんだろうよ」
村上「香織ちゃんも言ってたよね、ランチタイムはアートだって。お陰で我がクラスのランチタイムはアートとサイエンスが混在した状況なのです」
高山「アートでサイエンスなランチタイムだよ、給食委員が給食委員だから。そろそろ予告いっちゃう?」
村上「そうだね。次回は夏休みに突入。…えーと…ストーリーは…」
高山「とにかくアホらしく騒ぐ。タイトルも決まってない!?」
村上「だめな予感しかしない」
高山、村上「とにかく、次回もお楽しみに!」

第一話『空色デイズ』
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第二話『イタい子達のレクイエム』
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第三話『イタい子達のレクイエムパート2』
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第四話『アジサイの季節に』
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第五話『雨上がりの屋上』
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