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アナタが作る物語コミュの【短編】両手に花

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 初出 2016/05/28 約5200文字

                          人影パソコン

 ひとり娘の沙織が僕に相談する。いや愚痴か。
 娘の(僕には孫だ)千沙都が最近ネットに夢中らしい。

 勉強に支障が出るほどでは無い。成績も落ちてない。中学2年だからまだ受験勉強も本格化していない。じゃあいいじゃないかと僕は思うのだが。母親ともなるとそうはいかないらしい。
 出会い系とかで犯罪に関わるのも心配の種のようだ。そんなに軽率な娘とも思えないが確かに何があるかわからない。
「まあ、話してみるよ」と言ってリビングから退散した。
「お父さんたら。お願いしますね」
 沙織は「まるっきり信じてません」という目で僕を見送った。

                          乙女座パソコン

 中学校の友達は私の事を変だと言う。私が古い言葉を使うからだ。
 例えば蝶々はてふてふ。素敵だと私は思うのだ。てふてふ。空を舞っているでしょ?
 てふてふって言葉がこの世から消えてしまうのはいや。だから使う。
 好きな男の子ができたら一度くらいは『主さん』て呼んでみたい。『好きでありんす』と言ってみたい。
 可笑しくなんかないって思う。でもクラスメイトは笑う。
 イケメンよりも様子がいいって言葉のほうが好きだ。顔じゃなくて様子。ずっといい。

 勉強のできる子に『時代考証が無茶苦茶だよ』と言われた。よくわからない。
 要するに好きか嫌いか。素敵か素敵じゃないか。自分が操る言葉くらい自分で選びたい。

 植物の名前もね。鈴懸(すずかけ)の木のほうがプラタナスよりいい。おんなじ木なんて思えない。
 躑躅(つつじ)。躑躅って字が髑髏(どくろ)って字と似てるのがとってもいい。
 雪柳(ゆきやなぎ)。小手毬(こでまり)。満天星躑躅(どうだんつつじ)。
 目に浮かぶでしょう? その通りの花よ。

 中二病?
 そんな言葉で私をくくらないで。そんなネットの中のおじさんやおばさんが好きな言葉、私は大っ嫌い。

 で、自分の名前をどうしよう。てふてふを笑う人とは関係を持ちたくない。
 細雪(ささめゆき)。うん、これにしよう。
 年齢は68歳。おばあちゃんと同じ歳にした。
 これなら大丈夫。きっと私と似た人を見つけられる。

                          人影パソコン

「名前はどうするかね?」と僕は千沙都に聞いた。
「おじいちゃんがどうしたいかだよぉ」と千沙都が答える。
「まあ、そうなんだけどな。じゃあ操り人形なんてどうだ?
 おじいちゃんは千沙都の操り人形だからなぁ」
「う〜ん。古臭くさくない? パペットにしよう。ちょっとは若くなる」
「年齢は千沙都と同じ13歳でいいか?」
「なんで〜〜〜?」
「リサーチだからね。千沙都みたいな子がなんでネットをやるかっていう」
「ま、いいけどさ。あたしんとこに絡んでこないでね」

「じゃ、あとは好きにやって」と言い残し、千沙都は自分の部屋に戻って行った。
 一応、娘に頼まれた手前何にもしないわけにはいかない。
 とっかかりだ。自分も始める事にした。
 さて、ブログとやらを書こう。

 以来、千沙都との会話が増えた。案外いいアイデアだったかもしれない。
 僕が彼女のブログを読んでもツイッターを読んでも、千沙都にその知らせが行かないとわかってからは頻繁に行って読んでいる。本人には内緒だ。
 家では大人しい千沙都が結構冒険をしている。
 勉強会だと母親に嘘をつき、友達とブランドの店に行ったり、映画を観たりしている。
 親に嘘をつくようなら安心だ。こそこそとやっている事がそんな事なら大丈夫だ。

 僕から友達登録を頼む事は無いが、それでも何人か友達ができた。
 同年齢が多い。ほぼついていけない。
 だが、聞き役だけなのがかえって気に入られている気配はある。

 うっかり説教をしたりうんちくを垂れて、嫌われたのかいなくなる事がある。
 残念ではあるが、僕はそれ程傷つかない。

 千沙都が切られた時には僕の部屋に来てうっぷんを晴らしていく。
「切ってブロックしやがった〜。悔しいっ! こっちから切れば良かった〜」
 どうでもいい事だ。…とは思えないようだ。
「去る者は追わず、来る者は拒まず」と言ったら「サルがどうしたのよっ?」と聞き返された。
「ああ、サルね。サル。サルだと思えばいいのよね。サルのバカヤロウ!! がはははは」

 まあ、僕の孫だ。この程度だろう。
 それでも元気で幸せならばいいと思う。それ以上は不要だ。
 元気で幸せならば犯罪は起こさない。

 千沙都のハンドルネームは沙都姫だ。
 サトヒメかと思ったらサツキと読むらしい。ゲームのキャラなんだそうだ。さっぱりわからない。
 千沙都の仲間は若さがはじけていると言ったらいいか。
 半分は学校の友達らしい。
 これ以上ないほど大きな目の写真があふれている。ハートマークや書き文字。
 日記もカラフルだ。スタンプというのもあちこちに押されている。
 どれも、別途いくばくかの金銭がかかる。僕はそこまでやりたいとは思わない。
 千沙都の携帯代がどうしていつも高いのか、その理由を僕はうすうす知っている。
 が、母親には内緒だ。

 数か月たって、友達が少しずつ入れ替わり、徐々に平均年齢が上がった。
 僕が本当は68歳なのだから止むを得ない。
 もしかしたら、相手だってうそなのかもしれない、と思う。
 どうせネットだ。泡沫(うたかた)だ。

 最近、気になる友達ができた。
 細雪さん。68歳。
 僕と同じ歳だ。まあ、ネットじゃ僕は13歳だ。

 話が合う。時々素っ頓狂な事を書いたりするが、僕の話は気に入っているようだ。
 僕もただの聞き役では無くなっている。
 僕がUPする花の写真、その名前。いちいち反応する。
 躑躅(つつじ)の花をアップしたら、髑髏(どくろ)の片目から伸びて咲いたのが躑躅(つつじ)と書いてきた。
 驚いたがやっぱり爺さんには婆さんなのかもしれない。なんとなくわかる。
 
                            乙女座パソコン

 パペットさんの写真はご近所だという植物園の花が多い。
 それから季節ごとに少しずつ変わっていく空や雲や。
 パペットさんの視線は私に似ている。

 私と同じ13歳なのに写真を撮ってブログにUPする。私にはできない。すごい。
 とても丁寧で簡潔な文章。
 知らなかった言葉たち。花がら。現(うつつ)。言霊(ことだま)。綺麗だ。
 知らなかった花の名前。匂蕃茉莉(においばんまつり)。下野(しもつけ)
 その度に検索して調べる。

 パペットさんは僕って書いてるけど、男性って登録してるけど。
 私は女の人じゃないかと思っている。きっととても素敵な女性なんだと思う。
 私と同じ13歳だけど、きっともう素敵な女性なんだ。

 パペットさん。パペットさん。パペットさん。
 いつかあなたに会えますか?
 もう少し生きてみてもいいですか?

                            人影パソコン

 居間に行ったら沙織がとげとげしい。
「どうした」と聞いたら「千沙都がね」と話し始める。

 千沙都は友人の真樹ちゃんとだれだかのお誕生日のプレゼントを買いに行くと言って少し前に出かけた。
 その真樹ちゃんとやらから電話が入ってしまったのだ。携帯が留守電で返信も入らないから自宅に架けたと言う。で、嘘がばれた。
 バカな子だ。詰めが甘い。

 怒った沙織が何度かけても留守電のままなんだそうだ。
 日曜日。羽目を外したかったのかもしれない。

 しかし、だ。今まで友人達と別行動をとった事があっただろうか。
 親に内緒でネットのオフ会に行った事はある。だが、そんな書き込みはブログには無かった。
 単独行動だろうか。ちょっと気になった。

 自室に戻り、千沙都のブログに入った。
 最近、アリス@鏡の国という高校生と気が合ってよくコメントで話をしていた。

 昨日の事だ。
 その子が知っているという原宿のお店の話になり、唐突に終わっていた。

 アリス。女子高生というが、僕はちょっと怪しいと思っていた。
 向こうのブログも何度か読んだ。
 話題が豊富で千沙都が興味を引きそうな事が書いてある。

 だが、年不相応な行動がチラチラと透けて見える。行動半径が広すぎる。
 都市部の繁華街の夜の写真。高そうなお店の高そうな料理。買ったと言う服。バッグ。
 なんとなくどれも統一感が無い。
 高校生にそんな時間とお金があるだろうかとも感じていた。
 そしてほとんどない自分の写真。友達との私生活の話。友達登録の少なさ。

 まあ、僕もだ。13歳のパペットは泡沫だ。
 だから、だ。だからアリスも泡沫かもしれない。

 しかたがない、千沙都のIDとパスワードで千沙都のSNSに入った。
 のんびりした千沙都だ。ましておじいちゃんに警戒心なんか持たない。
 とっくに知っていた。

 ノートパソコンを持って、居間に戻った。沙織に伝えた。
「警察に連絡したほうがいいかもしれない」

 画面を見せた。
 会話はアリスと二人だけのメールのやりとりに切り替わっていた。
 アリスからの呼びかけで始まっている。

 今日、社会人だというアリスの兄が、話に出たいくつかの店を案内してくれるという。
 原宿駅の改札前で待ち合わせる。約束は今からだいたい30分後だ。
 アリスの兄はアリスと二人で車で迎えに来る。駅前でピックアップする。

 だが本当に二人で来るのだろうか。アリスは実在するのだろうか。
 誰にも邪魔はされたくないから会うまで携帯は留守電にしておいてね、とご丁寧な追加があった。

 もうすぐ駅に着くという千沙都のメールが入ったところだった。

 パトロールの警官が気の利く男だった。
 念のためにと駅前に回り、送られた画像の少女が男ひとりの車に半ば強引に乗せられるところを目撃した。すぐにナンバーを本部に連絡し、追跡した。

 今回は未遂だ。罪にはならない。だが余罪があった。
 登録されていたDNAが一致して男は逮捕された。

「しばらくSNSはやめよう。登録を削除しよう。おじいちゃんもやめるから」
 そう言ったら千沙都は無言でうなづいた。

 僕が惜しいと思うのは細雪さんだけだ。
 だが、元々13歳のパペットはこの世には居ない。消える事にした。

 千沙都の中学校の送り迎えが僕の仕事になった。
 会社は8年前に退職している。
 5年前に婆さんが死んでからは千沙都の相手は僕の仕事のようなものだった。
 苦にはならない。

 元気で幸せならば何も言う事は無い。元気で幸せなら…。
 それが難しい。
 千沙都は僕とでなければどこにも行けない娘になった。

                       乙女座人影乙女座

 国分寺万葉植物園。

 桜の季節以外はあまり人が居ない。
 派手な花は無い。万葉集に歌われている花が160種、全て集められている。
 時々一人で写真を撮りに行った。

 最近は千沙都と来る。手をつないで歩く。
 ベンチに座って時が過ぎるのを見る。
 カタクリの花が終わり、今は紫草が咲き始めた。

「ここ、いいですか?」

 千沙都と同じくらいの娘に声をかけられた。
 僕らが座っていたベンチのはじに彼女は腰を下ろした。

 僕を挟んで千沙都とその子。
 両手に花だなぁ。小さな花だけど。まだまだ守らなきゃならない花だけど。
 と、ジジイは愚にもつかない事を考える。

 千沙都が僕の手をしっかりと握り、身を寄せる。
 自分と同年齢の娘にさえ警戒する。

 僕とその子の間の空間を持て余し、話しかけた。

「珍しいですね。あなたみたいな若い人がこんな地味な植物園に」

 しばらく黙っていたが、小さな声で答えた。

「お友達に教えてもらったんです。何度もここのお花の写真を見せてもらいました」

「そのお友達は一緒じゃないの?」

「ネットの友達で。やめちゃったんです。その子。もう会えません」

 またしばらく黙って、溜息のようにつぶやいた。

「なんでかなぁ。なんでやめちゃたのかなぁ。
 私、なんかしたかなぁ。
 やっとみつけた人だったのに」

 誰かに言いたかったのだろう。
 言葉が勝手に出てくるようだった。

「私、ネットでは細雪って名前なんです。『細雪ってあの小説の細雪?』ってその人が聞いてくれて。
 わかってくれたの、その人が初めてだったんです」

 心臓が縮んだ。68歳じゃなかった。

 千沙都が顔を上げた。
 身を乗り出すようにして細雪さんの顔を見た。

 千沙都は僕のブログを見に来ていた。あけっぴろげにその話をした。
 13歳のパペットと友達になった68歳の細雪さんは千沙都も知っている。
 何度も千沙都と彼女の話をした。

 目を輝かせて千沙都が言った。

「おじいちゃんも。
 おじいちゃんもSNSをやってたんです。こないだやめちゃったけど。
 おじいちゃんの名前、私がつけたんです。
 パペットっていうの」

 今度は細雪さんが顔を上げた。僕の顔を驚いたように見ている。

 千沙都が僕の手を放した。

「ちょっとあっちに行ってくる。
 あっちの花を見てくる」

 立ち上がって歩き出した。10メートルほど行って立ち止まった。
 まだそこまでか。そこまででいい。ゆっくりとだ。

 ネットの中では68歳の細雪さん。泡沫(うたかた)だ。
 だが、僕の隣に居る早熟で孤独な少女は泡沫なんかではない。

 千沙都の後ろ姿に声をかけた。

「千沙都。来週の日曜はおじいちゃんと都立薬用植物園に行かないか。
 きれいな金雀枝(エニシダ)のアーチがあるらしい。黄色い豆の花だ。
 ネットの友達が教えてくれてな。一度写真を撮りに行きたかった」

 振り返って千沙都が笑顔を見せた。「うん!」

 次は細雪さんだ。

「午後の1時でいいかな。入り口のところなら会えるかい?」

 細雪さんが泣きそうな顔で笑っている。何度もうなずいている。

 千沙都が戻ってきて、もう細雪さんと携帯の番号を送信しあっている。
 両手に花だ。小さな小さな花だ。守らなきゃいけない花だ。
 またSNSを始めよう。

 END

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