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アナタが作る物語コミュの【掌編小説・感傷系】レイニーデイズ・ロンリネス【前編】(「レイニーデイズ・ナンセンス」スピンオフ)

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 きょうも雨が降っている。
 今年の梅雨は、七月も末といういまになっても、まだ終わっていないようだった。
 ここ何年か、異常気象かなにかの関係で、梅雨明け宣言がないままでいつの間にか八月を迎えていることがよくあるけれども、たぶん今年もそうなるのだろうな、と、六畳一間の狭いアパートの部屋から窓の外を眺めつつ、ボクは考えていた。
 雨が降ると、昔のことを思いだしてしまって、ボクの薄い胸は鈍く重たい痛みを発する。
 ――あのころに、戻れたらいいのに。
 そのできごとがとうの昔に終わりを告げていて、どうあがいた所でもうやり直すことはできなくなってしまったのだとわかっていても、ボクはしばしばそんなことを思う。
 いまの暮らしが気に入っていないわけではないし、好きなことをしながら日々をすごしていることにも不満はないけれど……あえていわせてもらうならば、少しだけ寂しいような、そんな気がするのだ。
 それが本当は、ボクの精一杯の強がりなのだと、自分自身でわかっているというのに。
 失くしたものが大きかったために、壊れて麻痺してしまった感情は、ボクから多くのこころを奪い取っていった。
 もう、ボクが昔みたいに泣いたり怒ったり笑ったりすることは、ないのかもしれない。
 雨に濡れてすべてを失った癖に、胸の中はぱさぱさに渇き切り、ただ茫洋としている。
 繰り返す問いかけは、いつもひとつだけだ。
 ――ボクは、なにを失くしてしまったのだろう。
 ボクを取り巻くなにもかもがいっぺんに壊れてしまった、五年前のあの日から、雨が降るそのたびにそのことを思いだして、消えない痛みに苛まれている。
 大切な思いがなくなってしまったことを、ボクはいまでも傷に思っているのだろう。
 降りしきる雨の中で途切れてしまった、ボクとあのころとの絆の糸が、もういちど繋がることは、ない。
 時間がなにかを変えてくれる力を持っているのならば、どうかそっとしておいてほしい。
 あの日、壊れてしまったものを目の当たりにしたその瞬間から、平凡だったボクは、いまの異質すぎるボクになったのだから。
 少なくとも、あのころにボクが持っていた気持ちに、嘘や偽りなんかは一切ない。
 だけど、結果としてボクは、失ってしまったのだから……もう、戻れないのだ。
 窓の外から部屋の中へ視線を戻し、ループする思考を断ち切ると、ボクは外出の準備を整え外へでて、残り少なくなっていた食材の買いだしへ向かうため、空色の雨傘を開いた。

〜〜〜

 ものごころのついたころから、ボクは本を読むことが大好きだった。
 空いた時間やら暇な時間やら、隙あらばとにかく本を読むことに明け暮れながら、それ以外にはこれといって楽しみも持たないままで、孤独な子供時代をすごしてきた。
 その趣味が高じて、中学校に上がったころから、地元の本好きなひとたちが集まる読書会へとたびたび足を運ぶようにもなった。
 ボクが自分自身に見いだした、唯一無二の趣味にして、好きとはっきりいえたことは、読書に他ならない。
 それならそれだけでも十分すぎるくらいだと、当時のボクは思っていた。
 なにもないよりは、マシだから。
 本を読んでいるその間だけが、結果としてボクを研ぎ澄ます要素になっていったことも、まぎれもない事実だといえるのだろう。
 それ以外は、空っぽだったとしても。
 ボクには本さえあればいいと、信じて疑うことがなかったくらいなのだから、どれだけ当時のボクはおめでたい性格をしていたのだろうと、いまは思う。
 本さえあれば生きていける気がしていたボクだけれど、それは裏を返せば、本の存在を失った時には、なにひとつとして自分に残るものがないということにもなるというのに。
 だけど、本の中の世界に埋没していたボクは、そんな些細で重大なことにすら気づけていなかったのだ。
 本の世界に浸り、空想し、ボクではないボクの時間を生きることだけが、楽しかったから。
 そのせいで、本来しっかりと見つめるべきだった所を、見つめることができなくて。
 その代償として、ボクはいちど、すべてを失くした。
 失くしたものの名前は、こころ。
 降りしきる雨に濡れ、流されて消えた、あのころのボクを取り巻いていたもの。
 本当は、離したくなんかなかった。
 絶対に、それだけは失いたくなかった。
 それなのに、ボクは選択を誤り、結果としてなにもかもを失くす。
 そんな未来を空想したことなんて、なかった。
 それでも、理不尽すぎたあの日の雨は、記憶だけを残してボクからすべてを奪ったのだ。
 買いだしに向かう道の上、広げられた雨傘を叩く雨の音が、痛い。
 雨音がだんだんと激しくなってゆくのがわかった。
 それと同時に、激しく記憶と視界が揺れ、身体が傾き、地面に倒れ伏す感覚も。

〜〜〜

「……ボクが……ライトノベルの下読みのバイトを?」
 本を読むことだけが好きだったボクを、ほぼ唯一理解し認めてくれていた優しい叔父が、ボクに用があるといって連れて行ってくれた喫茶店で切りだされた言葉は、きのうのことのようによく覚えている。
「なに、お前にちょうどいいと思ってな、晶」
 とある大手の出版社で、ライトノベルのレーベルの編集を担当していた叔父は、ラッキーストライクの紫煙をくゆらせながら、そういった。
「お前以上に本好きな奴を、俺は他には知らないからな」
 吸いかけのタバコを灰皿に押しつけて火を消しつつ、叔父は続けていう。
「ライトノベルの下読みを担当するには、第一に、とにかく『読む』ことが好きだということが最低条件だ……それがたとえどんな作品であっても、受け入れられるだけの度量って奴が必要になってくる……どれだけ下手な作品であっても、粗削りな作品であっても、まずはその作品を楽しんで読むことのできる存在が、必ず必要になってくるんだ」
 確かにボクはそれまで、いちど手をつけた作品を最後まで読み切らなかったことは、いちどもなかった。
 それは、ただただ単純に楽しかったから。
 本を読むこと以外になにも持っていなかったボクではあったけれど、それゆえに、本のことであれば、誰よりも楽しく読めるという自信が、この時のボクにはすでに存在していた。
「晶、お前の手で、新しい時代を作るかもしれないライトノベルを発掘してくれないか?」
 叔父はそういって、二十歳も年下のボクなんかに、丁寧に頭を下げる。
 ボクはウインナココアをひと口だけ口に含んで、甘さを感じながら、少しだけ考えた。
 正直な所、切りだされた言葉をあっさりと受け入れることは、できていない。
 それでもその一方で「やってみたい」と思っている自分自身がいることにも、気づいている。
 逡巡。
 そのころにちょうど覚えた言葉を使うならば、そうなるのかもしれない。
 ボクは確かに、本を読むことは好きだし、楽しいと思っている。
 だけど、ライトノベルの下読みというものがどんなものかをすでに知っていたボクには、それがボクのような一介の高校生なんかに務まるかどうかが、疑問でしかなかった。
 叔父の言葉を信じるならば、ボクにはライトノベルの下読みを担当できるだけの能力が存在しているということになるのだろうけれど、ボク自身は少し不安に思っていた部分があった。
 それは、下読みの担当者が投稿者へと書かなければならない、評価シートのことだ。
 現在のライトノベルの賞なんかでは、すべての投稿者に、作品の評価についてを細かく記述した評価シートを送ることが、ごく当たり前になっていると聞いている。
 その評価シートを書いている様子を、いちど叔父に見せてもらったことがあったけれど、それはかなり大変な作業であるように見えた。
 いくつかの項目に分けて、それぞれに長所と短所を細かく書き記し、投稿者の今後の参考になるように評価シートを作り上げるというのは、想像以上に精神力を使う作業らしい。
 特に困るのが、短所についてどう言及してゆくべきなのかだと、叔父はいっていた。
「ばっさり切り捨てることも不可能ではないし、実際にそうする下読みの奴も一定数は存在するのだがな……ただ、この方法は俺にいわせればナンセンスだ」
 評価シートのひとつをボクに見せてくれながら、叔父は続けた。
「切り捨てるだけなら、ただ単純に『アンタには才能がない、正直おもしろくない』とだけ書いておけば十分こと足りるが、それだと、精神力をフルに使って、必死に原稿を書いて送ってくれた投稿者のこころを、ただ一方的に否定するだけになりかねないだろう? だが、短所を見る時でも、いい回しを少し変えるだけで、投稿者にとっては大きなヒントになることもありうるんだ」
 手にしていた評価シートの一点を指さしながら、叔父は丁寧に教えてくれた。
「たとえばここのように『心理描写が的確ではない』という弱点があったとするならば『キャラのこころの動きを、そのキャラの視線に立ったつもりで考え直してみましょう』と、こう書き換えてみるだけで、投稿者にとっては大きなヒントになることもあるかもしれない」
 なるほど、と思ったが、そこまで的確に、しかも懇切丁寧かつ厳しすぎず優しすぎない程度に指摘ができるのか、ボクにはわからなかった。
 そのことを思いだしつつ、それでも目の前でボクに向かって頭を下げている叔父を一瞬だけ見つめてから、ボクはまたウインナココアをひと口啜る。
 本や物語を読むことは好きだけれど、ボクはそこまで的確に作品の評価というものを下せるのかが、よくわからない。
 でも、もしそれが上手にできるようになったとしたならば……ずっと本だけに触れて生きてきたボクにだからこそできるような、天職ともいえる仕事になりうるのかもしれない。
 おそらく最初のうちは、慣れないことばかりで絶対に戸惑うだろう。
 だけど、それを乗り越えたら、もしかすると新しい世界が見えてくるかもしれない。
 そう思ったその時、喫茶店の窓を雨の滴がひとつ、強く叩いていった。
 滴はあっという間に激しい横殴りの嵐に変わり、ガラス窓を連打してゆく。
 その雨音につられるかのように、ボクのこころは高鳴っていった。
(……やれるだけは、やってみようかな)
 ボクの考えは、ここにきてようやくまとまる。
 ボクは頭を下げ続けている叔父に向かって、
「……とりあえず頭を上げてください、叔父さん」
 そういってボクの方に向き直らせてから、静かに答えを返した。
「……そのお仕事、ボクに引き受けさせてください」
 叔父はそのボクの言葉に、
「本当かっ?」
 嬉しそうに目を輝かせながら訊ねてくる。
 ボクはいつものように淡々と、しかし内心ではわくわくしながら、
「……なにごとも、経験ですから」
 そう答えた。
 叔父は非常にありがたそうに手をあわせ、それからボクの手を握ってくる。
「ありがとうな、晶! それじゃあ、来週からさっそくお願いさせてくれ! 次の賞の一次選考がもうすぐ始まるから、その原稿から入ってもらう! 頼んだぞ、晶!」
 ボクは静かに頷いて、叔父の手を離すと、話し込んでいる間にすっかり冷めてしまったウインナココアを飲み干してから、喫茶店の窓の外を見つめ直す。
 嵐はまだ、始まったばかりのようだったけれど、もうしばらくすれば少しはマシになるだろうと、この時はなんとなく思った。

〜〜〜

 それからのボクは、毎日のように真新しいライトノベルの卵の原稿を読み漁り、評価シートの書き方に四苦八苦しつつも、徐々に下読みの作業に慣れていった。
 いまのライトノベルには、さまざまな趣向を凝らした原稿が多数存在していて、それらを見ているだけでもかなりおもしろく感じていた。
 強調表現のために、キャラの台詞のフォントを一部分だけ変えて拡大したもの。
 いままで見たこともなかったような、独特すぎるインパクトのある性格のキャラの存在。
 ライトノベルとは思えないような、重厚な作りの世界観と物語性を持つ話。
 どれもこれも、一次選考であることが惜しまれるくらいに、おもしろかった。
 ボクが担当している一次選考の下読みでは、だいたい全体の二割程度だけが、次の選考へと駒を進められるようになっているようで、ボクにも叔父から「本当に上手だと思ったもの、だいたい二割くらいを選んで、次の選考に送るようにしてくれ」と通達があったため、どれを二次選考へと進ませるのかは、大いに迷う所だった。
 二次選考の始まる直前になって、ボクは担当になったすべての原稿をようやく読み終え、評価シートも全部書き終えたけれど、二次選考に駒を進めさせる作品については、まだ確定していなかった。
 どの作品からも、投稿者の思いをひしひしと感じたから。
 だから、これを切り落とすといったような、非情な決断を下すことについて、ボクはまだ迷いを抱えたままの状態だったのだ。

next.【後編】
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