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アナタが作る物語コミュの【掌編小説・感傷系】レイニーデイズ・ナンセンス

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 机上の空論という奴を組み上げるのが、どれだけ退屈で愚かでどうしようもないことなのかを、曇り空を見つめるたびに思いだす。
 頭ごなしに相手の意見を論破しても、ただただ虚しさが募るばかり。
 その癖、僕自身の意見を粉々に砕かれるということには、どこかパラノイアのようなプライドが邪魔をして、絶対に許そうなどという気を起こしてくれないのだから、僕という奴の捻じ曲がり具合ときたら、非常に厄介なものだった。
 職業柄ではあるものの、僕は他人の意見を常に否定的に見る癖がある。
 粗探し、といい換えても間違いではないだろう。
 誰かの考えだした意見の穴を探し、つつき回して、綻びを広げさせて、相手のすべてを否定し尽くした気になっては、一瞬だけ悦に浸ったような感情を抱き、すぐに虚しくなるという、どうしようもないほどにクズな生き方を肯定しないと、この業界ではやっていけないのだ。
 まだ学生だったころ、ゼミの担当だった教授によくいわれた。
「キミはひとを疑うということを覚えないといけないよ」
 と。
 その言葉の通りで、昔の僕はとにかくひとを信じやすい、つまる所は騙されやすいともいい換えられるような、よくいって純粋、悪くいってバカな奴だった。
 いままで生きてきた中で、何度ひとに騙され、裏切られてきたことだろう。
 そのたびに傷ついていたはずのこころは、大学をでていまの仕事に就き、およそ二十年の時がすぎたいまでは、すっかり擦り切れてくすんでいた。
 嫌になるけれど、それを許容しないと、僕は僕でいられないのだ。

〜〜〜

 きょうもまた、僕は退屈な仕事を続けている。
 七月も末というのに、まだ梅雨の明けていない今年は、夏の陽射しとは縁遠い、どんよりとした曇り空ばかりが続いている。
 そんな空を研究室の窓ガラス越しに一瞬だけ見上げ、ため息をひとつ吐いてから、もはや中毒レベルで毎日のように飲んでいる、がっつりと濃く淹れたコーヒーをひと口啜った。
 気を取り直して、傍らの仕事机の上にある「それ」に目を向ける。
 いまの僕を憂鬱に陥らせているものは、曇り空と「それ」だ。
 一応は僕の好きなはずの色である、空色の表紙をした、A5サイズの冊子の山。
 これらすべてに、僕はこれからひとつひとつ目を通しては、細かいチェックと突っ込みと添削を行わなければならないのだ。
 中身は……端的にいってしまえば、僕の受け持つ講義を受けている学生どものレポート。
 ただ、厄介なのは「ただの」レポートではないということだ。
 話すのが遅くなったが、僕はいま、とある地方の大学で、国文学を研究する傍ら、専門としている近現代文学関係の講義を受け持ちながら暮らす、一介の准教授だ。
 大学をでて二十年、最初は高校の国語教師として生計を立てていたが、生前に世話になった教授が亡くなってしまったことをきっかけに、十年前から後任の近現代文学の担当の講師として、出身の大学に戻り、以降はずっと学生どもと向きあいながら暮らしている。
 今年の春に、割と大きな学会で論文がひとつ好評を得て、長かった講師待遇の生活を脱出して、いまはようやく准教授に昇進することができた。
 だが、給料と研究費の支給額が多少上がった以外は、むしろ厄介ごとの方が増えてしまったため、本音を漏らせば面倒で仕方がないのも事実だ。
 年々レベルが落ちてきている気がする、学生どもの書くレポートの添削も、その厄介ごとのひとつになる。
 文学部、それも国文学の学科なわけなので、日本語文章作法の講義は一年生の必修科目として全員が履修しているはずなのだが「本当にお前らはこの文章力で単位が取れたのか?」と疑いたくなるような、目も当てられないようなレポートが散見されるのが、僕がレポート添削を行う時に毎回のごとく感じていることだ。
 字が多少下手な程度なら、まだかわいいものである。
 中には、僕の指示した書式すらも守らない奴がいるからだ。
 僕オリジナルの専用の空色の表紙に、レポートのタイトルと名前と所属学科とクラスを書くように指示しているのだが、それすら守れないバカもたまにいる。
 特に多いのは、クラス名の書き忘れだ。
 まあ、ここまでは一応ながら、まだ許せる。
 最悪なのは、内容の方がひどい輩が年々増えてきているという、そちらの方だ。
 まず、レポートは一応ながら、括りとしては「論文」であるのに、感想文かなにかと勘違いしているのか、いわゆる「ですます調」の文体で書いてくるバカが一定数いる。
 しつこいようだが、レポートは「論文」だ。
 つまり、一定の論理を持たせつつ、説明文の体裁で書かなければならないわけなのだが、何度説明しても「ですます調」の感想文文体で書いてくる奴があとを絶たない。
 これらに関しては、一応読んではやるが、大減点という制裁は与えている。
 他に困るパターンとして、よくいえばひどく達筆、オブラートに包まないでいうならば字が汚すぎて読めない奴がいる。
 これも長年の経験からある程度読めはするので、一応は読むが、やはりペナルティは欠かさずに食らわせているつもりだ。
 そしてなにより困るのは、内容が破綻どころでは済まないレベルの奴である。
 講義で僕が喋ったことを一切聞いていないと思われる、中身のない文章の羅列。
 ひとりよがりの誇大妄想に囚われて論理性を著しく欠いている、論文ではない「なにか」。
 根拠もなにもかもを無視した、イメージだけで書かれたような論外の作文モドキ。
 こういったものたちを目の当たりにするたびに「僕はなんて損な役回りの仕事をしているのだろうか」と思わされる。
 添削作業は、いま飲んでいたコーヒーの豆を挽く時のような、がりがりという音を立てて僕の精神力を削っているような気がしてならないほどだ。
 それをこれからやらなければならないというだけで、気が滅入ってゆくのは致し方ないことだろう。
 諦めて、レポートの山に手をかけ、最初の学生のレポートを手に取った、その時だった。
 控えめにだが、研究室の扉がノックされる音が聞こえた。
 僕は不機嫌さを隠さないままで、
「どうぞ」
 それだけ扉の向こうの誰かに告げる。
「……失礼します」
 扉の向こうの誰かは、ややハスキーで中性的な声でそれだけいうと、扉を開けてきた。
 入ってきたのは、見た目には男にも女にも見えなくもない、声の印象とまったく違和感のない、小柄な学生だった。
 低い背に比例して、顔つきもどこか幼く、大学生といっても信じてもらえなさそうなその顔つきは、まあ、印象には残る方かもしれない。
 その時、おや、と思った。
 ひとの顔を覚えるのが苦手な僕だが、この学生には、見覚えがあるような気がする。
 僕の研究室を訪れているわけなのだから、僕の講義をなにか履修している学生なのだろうけれども、存在感が希薄なことも相まって、どの講義で見かけたのかまでは思いだせない。
 その学生は僕の近くまで歩いてくると、
「……すみません、遅くなりましたけれど、レポートの提出にきました」
 それだけをぼそっという。
 僕はわずかに眉を顰めた。
 僕の講義のレポートは、学生部の方に依頼して、レポートボックスを設置して回収するようにしているので、本来ならばこの学生は「レポートをだしそびれているため、単位はあげられない」側に該当することになる。
 僕は先ほどと同じ不機嫌を繕った声色で、
「遅れた理由は?」
 と問いかける。
 すると、その学生は不意に僕から視線を逸らし、仕事机の上のレポートの山と、どんよりと曇っている窓の外を交互に見つめてから、もういちど僕の側に視線を戻して、いった。
「……本当は締切当日にだすはずでしたが、大雨で原稿が濡れて、読めなくなったので」
 僕は疑うようにその言葉を反芻する。
「大雨で原稿が濡れて、か」
 そしてその学生を睨みつけると、
「もっと早くだすとかは考えなかったのか?」
 やはりというか、不機嫌な様子を作ったままで、僕は訊ねる。
 その学生は僕の視線にも臆した様子はなく、淡々といった。
「……いろいろ考えていたら、締切ギリギリになりました」
 これもなんだか疑わしい、と僕は思った。
 斬り捨てるように、いう。
「遅れてレポートをだす奴に用はないから、帰れ」
 それだけ告げて、手に取っていたレポートを開こうとした時だった。
 その学生は、思いもよらないことを、ぼそぼそとした口調で、しかし確かにいったのだ。

「……読むの、手伝っていいですか?」

 僕は思わず、その学生の方を振り向いていた。
 表情は先ほどまでとまったく変化がなく、その学生がなにを考えているのかはわからない。
 だが、淡々とした中に、確かな決意があるかのような、そんな雰囲気を漂わせている。
 僕は改めてその学生のことを見つめた。
 小柄で、大学生に見えないのは、先ほどまでの印象と特に変わらない。
 しかしながら、もしかしたら中身は意外と大人な部分があるのかもしれない、と、少しだけだったが、考えが改まったような気がした。
 僕はわずかに不機嫌さを崩したような仕草を見せつつ、手にしていたレポートを差しだす。
「なら、これ……見た目からして下手くそそうだから、覚悟はしておくように」
 思わず、アドバイスまでしていた。
 その学生は僕の手からレポートを受け取ると、その表紙をぼんやり眺めたのち、静かに最初のページを開いて、レポートを読みだした。
 その間に、僕は二番目のレポートを先に読んでおく。
 予想してはいたけれども、やはり「ですます調」の、感想文にしか見えないレポートだったので、赤ペンでびっちり添削を書き加えたのちに、単位はやらないと決めた。
 そのまま三番目のレポートに手をかけ、表紙のあまりにも達筆すぎる字を見てげんなりしそうになっていた、その時だった。

「……このひと、上手いです」

 レポートを読んでいた学生が、先ほどまでより幾分かテンションの高い声で、いった。
「……え?」
 僕は間抜けな声を漏らしつつ、その学生の方に近づき、学生の示した箇所を読んでみた。
 確かに、先ほど読んだレポートとは違い、軸のしっかりした見事な論調で書かれている。
 少しだけ論理的には破綻が見られたが、学生が書いたレポートとしては十分なできの部類に属するような、そんなレポートだった。
 僕はレポートを読み終えた学生をみたび見つめる。
 もしかしたら、久々に出逢うタイプの、こんな地方の大学にいるような器ではないレベルの学生かもしれない、と、そう思った。
 僕はその学生に、先ほどよりさらにやわらかめの口調でいった。
「よく見抜けたものだ」
 すると、ここで初めて、その学生は表情を緩ませ、いう。
「……ボク、ライトノベルの下読みのバイトをしているんです」
 それでなのか。
 読むことに慣れている以上、上手な文章を見抜く「目」はあったようだ。
「これは僕が読むまでもないかもしれないな」
 僕はそういい、その学生からレポートを受け取ると、赤ペンで軽く添削を入れたのちに、単位を与える側にレポートを置いた。
「きみ、名前は?」
 僕は珍しく、自分からその学生に名を訊ねた。
 将来、僕のゼミにきてくれたらおもしろいかもしれないと、そう思ったからだ。
 すると、その学生は先ほどの緩ませた表情を消して、また淡々といった。

「……ボクは、雨澤晶といいます」

 その学生――雨澤はそれだけいうと、自分の持ってきたレポートを胸に抱え、
「……レポート、受け取っていただけますか」
 そういって、先ほどそうしたのと同じように、レポートの山と窓の外を交互に見つめてから僕に視線を戻した。
 この行為にどんな意味があるのかは、僕には推し量ることはできない。
 しかし、雨澤にはなにか意味があるのだろうと、そんなことを考えた。
(……意外とおもしろい奴かもしれないな)
 僕は呆れたような表情を作りつつも、
「今回だけは特例として認めるが、次はないからな?」
 そういって、雨澤の前に手を差しだした。
 雨澤はおずおずとしたぎこちない手つきで、レポートを自分の胸から離すと、僕の手にそれを握らせてくる。
「……次回はちゃんとだします」
 そういって、レポートは僕の手に渡った。
 僕は雨澤にもう少し声をかけてやりたかったが、
「……すみません、バイトが残っているので、本日はこれで失礼いたします」
 雨澤はまた淡々とそういうと、踵を返し、研究室の扉の方へ向かう。
 僕は一瞬だけ躊躇ったのち、仕方ない、と結論をだして、ひと言だけ告げた。

「……暇があったら、またこい」

 その言葉に、雨澤はこちらを少しだけ振り向いて、

「……ええ」

 それだけいって、研究室を立ち去っていった。
 扉が閉まる音が聞こえ、雨澤がいなくなったことを確認したのち、すっかり冷めてしまったコーヒーをもうひと口だけ啜った。
 苦い。
 いつも濃く淹れているので、慣れているつもりだったが、この日はやけに苦かった。
 なぜなのかはわからない。
 ふと、雨澤がそうしていたように、窓の外を見つめてみた。
 どんよりとした空から、糸のような細い雨が少しずつ降りだしている。
 僕が帰るころには本降りになっているかもしれない。
 雨澤は先ほど、自分がレポートをだそうとした日は大雨だったといっていたのを、不意に思いだした。
 そういえば、レポートの締切日だった一週間前に、警報がでるレベルの大雨が降った日があったような気がする。
 思い返してみれば、僕が締切日に設定したその日に、帰宅寸前の駐車場への道すがらで、ひとつの光景を僕は見ていた。

 ――小柄な学生がひとり、傘も差さないままで、レポートを片手に僕の脇を走り抜けた。

 一瞬のすれ違いだったので、顔までは覚えていなかったが、おそらくあれは、雨澤だったのだろう。
 奴は結局間にあわなかったみたいだが、そのおかげで、おもしろい学生かもしれない雨澤との間に、奇妙な接点ができたのも事実だし、これが運命とかいう奴なのなら、悪くもない。
 雨澤が置いていったレポートの表紙をめくり、中身を読んでみた。
 雨澤の字はさほどうまくも下手でもなかったし、内容の論旨も的確とはいいがたく、提出が遅れていることもあって、本来ならばそのままボツにするようなものだったが、僕はレポートに添削を加えたのち、そのまま単位を与える側のレポートに混ぜておいた。
 また、雨澤に逢えたなら。
 もう少しだけ、普段の僕から離れた、ひとを疑わない態度で、接してあげたいと思った。

〜〜〜

 レポートを添削し続けること、およそ五時間。
 ようやくすべてを読み終わって、僕は新しく淹れ直したコーヒーを口に含み、苦みを舌で反芻していた。
 次にコーヒーを飲む時は、もう少し薄めに淹れたいような気がする。
 ただがっつり苦いというよりは、ほろ苦いといった程度の、マイルドな苦みを感じたいような、そんな気にさせられたから。
 窓の外を改めて眺めてみると、レポートを読みだしたころは細かった雨が、いつの間にか大粒の爆弾のような雨に変わっていた。
 どこか遠くの方で、雷の落ちる音も聞こえる。
 この中を家路につかないといけないのかと思うと気が滅入るが、それはそれだ。
 雨が織りなした数奇な出逢い――雨澤との出逢いが、この日にはあったから。
 この小さな出逢いが、いつか僕にとって大切なものになればいいと、なんとなく思った。
 それもまた、僕の大嫌いな机上の空論なのかもしれないけれども。
 バカげた感傷なのかもわからないけれども。
 ナンセンスすぎる思いを抱えて生きるということも、実は案外悪くはないことなのかもしれないと思って、僕は少しだけ笑みをこぼしながら、コーヒーを飲み干した。
 あすもきっと雨だ。

END

その他の作品はこちらからです。↓
作品一覧【単発/完結】
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コメント(4)

目次作業終了しました。
お願いですが、最後に入れている、↓

END

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を入れておいていただけるとちょっとだけ私の作業が省略できます。
藍沢さんはPCだったと思うのでコピペでお願いします。

勝手にENDを入れちゃってますが、終わりとか完とかご希望があったら修正しますのでお知らせください。
だれかがコメントを入れると修正できるのは管理人と副管理人だけになりますが、それまではトピ立てした本人でしたらいつでも修正できます。
>>[1]
お疲れさまです(礼)

作業の件、了解です。
基本的にこちらに公開しているものは単発の掌編だけですので、
すべて完結作品になりますので、もし自分が記述を忘れていた場合は、
すべて完結作品扱いで処理していただいて構わないですので、よろしくお願いいたします(礼)
なお、仮に続編を書くことがありましても、
前の作品とはほとんどリンクのない、単体で楽しめる仕様にいたしますので。
>>[2] はい、その辺(続編の扱い)は作者さんにおまかせします〜。

 私は続編だけど単体の時は頭に○○の続編だけど別ものです〜的な前書きをそえて、まあ、良かったら前のも見てって書いてアドレスも貼ってます。

 その辺は作者さんにおまかせします。
 続編です、って堂々と書かれるとやっぱり最初の案内、アドレスは入れないとって思っちゃうのは職業病です。
 だから藍沢さんが続編ですってコメントを入れてたら、私の一存で前作のアドレスを入れますね〜。
 ごめんね。
>>[3]
いえ、お気遣いいただきありがとうございます(礼)

この作品も、書こうと思えばスピンオフみたいなものはできなくはないのですが、
この作品を読んでいなくても話がわかるような形で書きたいと思います。
おそらく「続編」とは明記せず「スピンオフ」という表記で語ると思いますが、
その場合は前作のアドレスは貼っていただかなくて構いませんので。
単発作品として楽しんでいただけましたら幸いです☆
前にでていたこのキャラたちが、別視点ではこんなことをしていた、と書きたいだけですしね。

注文が多くて申し訳ありませんが、そんな形でよろしくお願いいたします(礼)
次の作品もがんばって書きますね☆

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