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アナタが作る物語コミュの【サスペンス】物語を書くのが好きな男の話

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僕は海での仕事が好きだった。
作業潜水士をしていた時の同じ仕事をしている信頼感で結ばれた男達との連帯感が好きだった。
ダイビングのインストラクターをしていた時は、海に興味を持つ人達を海の神秘に導く窓口になるのが嬉しかった。
自分が今までしてきた体験や知識が人の役に立つのが嬉しかった。
フリーの水中ガイドになってからは、夏の国へ夏の国へと移動した。
お客さんに海の中からしか見えない景色や海中生物を安全に見てもらう仕事は、楽しくやりがいもあった。
何よりたくさんの出会いが素敵だった。

そんな生活に終止符をうったのは、減圧症の積み重ねでできた骨の空洞化だった。
病院の先生に、これ以上ダイビングの仕事を続けると、転んで手を着いただけで骨が砕ける、まともに歩行ができるうちに違う仕事を見つけた方が良いと言われた。

やりたい事が見つからなかった。
貯金はあったが遊んで暮らせる程ではない。
僕は日本へとりあえず帰国して職を探した。
その頃の日本は介護保険の導入で、老人介護の募集がたくさんあった。
老人を介護するのには抵抗があったので、介護用具のレンタルをする小企業の営業マンを選んだ。
仕事はおもいのほか順調で業績もまずまず、新しい社員も入ってきて、柄でもないが人を使う立場になった。
そんななんでもない穏和な日々を乱したのは、社長の奥さんだった。
二人目の奥さんで若く美人で器量もよかった。
ある日食事に誘われた、そしてベッドへも、いい女だなと思っていたので僕はのめり込んでいってしまった。
そこから何もかもが狂い始めた。

奥さんはジャンキーだった。
する前に必ず烏龍茶を飲むようにすすめられた。
それを飲むと、なぜか無性にしたくなる、そしてやたら気持ちがいい。
何かがおかしい、何か入っている。
そのうち奥さんは、ホテルの中で僕の前でも自分の腕に自分で注射をするようになった。
僕は完全に麻痺していた。
これは抜け出さなければと思ったのは、高級ホテルの最上階のスイートルームでの乱交パーティーに何も前置きなしで連れていかれた時だった。
部屋に入って直ぐにこれから何がはじまるのかわかった。
僕は奥さんがトイレに行っている隙に部屋から逃げ出した。

そのあと一週間ほど無断欠勤して会社に辞表を出した。

一人でアパートにいると気が重く、苛々して、奥さんというかたぶん薬が恋しくなってくるのがわかり、頭を抱えて狂いそうだった。

何も手につかず何もかもが嫌になり、死にたいとさえ思うようになっていく。

そしてアパートを引き払い、車も売って、全ての貯金を下ろし、放浪の旅へと出ることになる。
行き先は海辺のリゾートではなく、ぼんやりと頭に浮かんだネパールだった。

どうなってもいい、死んでみてもいいな…そんなことを考えていた……。


僕が目指したのは、大きな湖フェワ湖越しにヒマラヤが望めるポカラという街だ。
何故ネパールを選んだのか考えてみると、子供の頃父に自慢げに見せてもらった山の写真にあるのだと思い当たった。
その写真には僕が生まれる前の父と母が笑顔で並んで立っていて、その後ろには広大な白い山脈ヒマラヤの姿があった。

母は僕を産んで直ぐに難病で亡くなり、男で一人で僕を育ててくれた父も肺癌を煩い、母のもとへ旅立って10年以上経過した。
忘れかけた両親が僕を導いた、そんな気さえした。

ポカラへは、中部国際空港からまず香港へ香港で飛行機を乗り換え、カトマンドゥへ、そこからさらに小型機で向かう、機内から下にたくさんの寺院が見えた。

到着した小さな空港のインフォメーションで、宿を紹介してくれる日本語が通じるショップをたずねる。
インフォメーションには、日本語で書かれた空港周辺の地図が用意されていて、まったく年齢のわからない青年が赤いボールペンで、その地図の『日本人観光案内所』と書かれた場所に丸をつけた。

僕はその地図を持ち空港を出る。
海外にはなれているつもりだったけれど、そこは本当に異国だった。

案内所へ一人で歩くのも何か不安だった。
たった歩いて5分がとても長い…店は恥ずかしいくらい直ぐにわかった。
大きな水色の看板に白地で『日本人カンコウアンナイジョ』とある。
中に入ると、同じぐらいの年齢だろうか?綺麗に頭の禿げ上がった男性が、なぜかアロハシャツを着て、パソコンの前に座っていた。
間違いなく日本人だ。
僕に気づくと、いらっしゃいと声をかけてきた。
条件を告げる。
フェワ湖の畔がいい、宿からヒマラヤが見えたらいい、長期滞在する予定なので、その条件を満たした中で一番安い宿を紹介して欲しい。
男は何軒かの宿の外観と部屋の写真がついたパネルを見せてくれた。
一番安い宿は一泊200ルピー、約200円だった。
木造の平屋の建物で、大きな空間の中に三段ベッドがずらりと並んでいる。
共同のキッチンとリビング。
ここでいい。
男に紹介料金を払い、タクシーの運転手に渡すネパール語で書かれた用紙をもらった。
これがあると料金をぼられることがないという。

不思議な事に、店から出るとタクシーがドアを開けて待機していた。

タクシーの中から街並みを見ながら目的地へ向かう。
徐々に街並みは消え、民家がポツポツとあるだけの単調な景色に変わり山が現れると、その向こうに白い山脈が微かに見える。
あれがヒマラヤかっ!


僕はまったく気づかなかった、タクシーの後ろにぴったりとついてくるもう一台のタクシーの存在に……


ロッジでの生活がはじまった。
猫が部屋の中を我が物顔で歩いていた。
この旅には目的がなにもない。
ヒマラヤをトレッキングしに来たのでもなければ、寺院の観光に来たわけでもない。
ただ死ななければ、という漠然とした思いそれだけがいつも頭のどこかにあった。

朝は他の客がチェックアウトをするのにざわめきかけるので、早く目が覚めた。
三段ベッドの最上段から起き上がり、ベッドに設置された鍵つきのロッカーから財布を取りだすと、リビングを抜けて外に出る。
そこには小学生の高学年くらいの子供が民族衣装を着けて、食べ物の入ったバスケットを持って待っている。
まだバスケットにたくさんの食べもが入っている、サリーを身につけた女の子に声をかけ、木製のテーブルと椅子が設置されたベランダへ向かった。
ナンと玉子焼きとチャイを買ってお金を渡すと、女の子はとても可愛らしい笑顔を見せた。

昼は同じロッジに泊まっている陽気なイタリア人と街へ出て日本食のレストランへ行き、日本のメニューを、彼が持っていた和訳機で説明しなが食事をした。

陽射しは暑いが、ヒマラヤから吹き下ろす風がとても心地よかった。

夜は満天の星を眺めながら過ごした。
空すべてが天の川のように見える。

そんな毎日を過ごしていると、どうしても気の緩みが出てくる。
その夜も星と月が美しい夜で、ついふらふらと湖畔へ歩いてしまった。
と、湖の方から誰かが歩いてくる。
顔が確認できるくらいに近くに来ると、こんばんはと日本語で声をかけられた。
こんばんは返す、やたら近くをすれ違うなと思った瞬間だった。
後ろから左腕を掴まれ「死ね」という言葉が聞こえた。

爆竹が爆ぜるような音が続けて二回鳴った。

脇腹に痛みが走る。
痛い…何が起こった…身を屈めたところで、林から出てきた複数の何者かが自分の体と、後ろから腕を掴んだ男の体を抑え込んだ。

「大丈夫か」と日本語が聞こえる。
僕はなにも事情が分からないまま街の病院へ向かうために車に乗せられた。
ただ脇腹が痛かった。
押さえていた手を見た、黒い、指を擦り合わせるとぬるぬるして、血が出ているのだとわかった。

傷はナイフが掠ってできたものだった。
治療が終わり治療室から待合室へ戻ると「かすり傷でよかったな」と知らない顔の男が言った。

「旅行中に悪いが、日本大使館まで来てもらう、君にはいろいろと聞かなければならない事がたくさんあるのでな、君もなぜこんな目に合っているか知りたいだろう、道中は長い、ゆっくり話してやるよ」

一度ロッジに戻り、血で汚れた服を着替え、荷物を纏めた。
チェックアウトを済ませ外へ出ると黒い大きめのセダンが止まっていて、その後ろに乗り込んむ、中では先程の男が待っていた。

席に落ち着くのを待って、男が喋り出す。
「お前●●会社に勤めてただろ、そこの社長の奥さんとしばらく付き合ってたな、その頃からずっと見張られてたんだ、分からなかったか?会社を辞めてソウル行きのチケットを予約した時に、麻薬の運びやになるのではないかという筋でも捜査しなくちゃいけなくなった。しかし、とんでもない女と関係をもったものだな…俺達があの時威嚇射撃をしなきゃ、お前あの女の雇ったチンピラに刺されて死んでたぜ、俺達が知ってる限り三人目の犠牲者になるところだった…文字道り死人に口無しってやつだ。命狙われるなんて思ってもない風だったが…どうだ」
はぁ、独り言のように言った。
死んでもいいななんて思いながらの旅先でまさか命を狙われるとは…皮肉な話だ……

「全て話してもらうからな」男が言った。
僕はどうなるんでしょう、逮捕ですか……
「それはできんだろう、ただあの女をしょっ引いた時には証言してもらうことになるかもしれん、強度の薬中で、間接的だが二人は確実に殺しているのだからな、まだまだ道中は長い、眠れるようなら寝ておけ、俺は寝る」
男は腕を組んで目を閉じた。

僕は麻酔の効いている脇腹に手を当てた。


綺麗な花には毒があるか……

ネパールの日本大使館を出る。
帰りは送ってくれないらしいので、バスに乗るためにターミナルへ歩く。
しかしなんでネパールのバスはこんなカラフルなデコレーションがしてあるのだろう。
謎だ……

ポカラへのバスは人でいっぱいだった。
運転手が上を指差す。
見るとバスの上にもう何人か人が乗っていた。
バスの上に荷台があり、そこに乗れということらしい。
バスの後部に取り付けられた梯子で上に上がった。
思ったよりも景色がよく快適かななんて思ったのは最初だけだった。
走り出すととにかくお尻が痛い、揺れて傷口が痛い…ポカラに着くまで我慢大会だった。

何かとても疲れていて、ロッジに着いたら寝ようと思っていたが、その前に昨夜から何も食べていないことに気づいた。

ロッジにたどり着いたのはもう夕方で、中に入ると陽気なイタリア男が共同キッチンで鼻唄まじりに玉子焼きを焼いていた。
僕の顔を見ると、翻訳機に文字を打ち込み『一緒に食べよう』と見せて踊っている。
腹が減っていたので、OKと指でつくりサインを返した。

けっこうな量の玉子焼きだったが二人でたいらげた。
しばらく翻訳機で会話をしていると何かおかしい、部屋の中がピカピカと光だした。

『玉子焼きに何が入っていた』と打ち込む。
『楽しい 楽しい』
『玉子焼きに何が入っていたか言えっ!』
『幻を見るキノコ』

マジックマッシュルームってやつか…たのむは…あ〜気分が悪い。
キッチンで吐いた。

目を閉じていても何か見える気がする。
ふらふらになりながら何とかベッドへよじ登って横になった。
そのうちに昨夜から寝ていないので眠気が勝り眠りに落ちた。


それから何日かは何事もなく穏やかに過ぎていった。
ロッジで寛いでいると、はじめて見る真っ黒な猫が、僕の座っているソファーの横にうずくまった。

頭を撫でてみる、逃げない。
僕はブラム…と声にしていた。
ブラムとは昔とても愛した人の飼っていた黒猫の名前だ。
離島で一緒に暮らしていた。
僕の人生のなかで一番長く一緒にいた女性だ。
彼女も物語を書くのが好きで、二人で幾つかの物語を書き、楽しんだ。
物語を書いている途中、それを完成させることなく彼女は島を出ていった。
どんな理由があったのかは分からないままに。
二人の愛した黒猫ブラムまで残して。

彼女のことだけが忘れられない。

もう一度猫の頭を撫でた。
今度はやめてほしいと僕の顔を見て鳴いた。
僕は一人でその物語を書きあげ、エピローグにまたいつか出会ったときに君に恥じない人生をおくろう、と誓いの言葉を書いた。


とても彼女に話せる物語じゃないなぁブラム。
猫は話しかけられているのがわかったのかと思うくらいのタイミングで、また僕の顔を見て鳴いた。

彼女とまた連絡が取れたらどんなに素敵だろうと考えたが、彼女が島を出てから10年近くの月日が流れている…もう幸せな結婚をして何人かの子供のお母さんになっているかもしれないな、と考え、自分が笑えてきた。

死ぬことなどいつでもどこでもできる。
日本に帰って、何度送っても返事の来なかったメールアドレスにメールを送ってみよう、当然もうアドレスを変更している可能性が高いけど、いいじゃん、その時はその時でやっぱりと思えばいい。

そんなきっかけかよ…また自分で自分を笑った。
で、どうする日本に帰っても仕事もなければ住む所もない。
まあ、なんとかなるでしょ。

僕はロッジを引き払い、ガンジスを見るためにヒマラヤの見えるポカラを出てインドに向かうことにした。
ヒマラヤ…いろいろな事があったけど来てよかった。
父さん母さんありがとう。

インドに入り、ガンジス川に感動し満喫していよいよ帰国である。

空港でソウル行きのチケットを買うためにカウンターに並んだ、自分の番がきた。
ガイドブック通りにセリフを告げる…請求された金額にお金が足らない。

えぇぇぇぇぇーっ!

日本どころかソウルにすら足りなかった。
帰れない…考えあぐねて、その日は空港の近くのホテルに泊り、日本の友人に国際電話でお金を送金してくれないか事情を話して頼み込む…ついでに少しの間だけ居候させてもらえないかと伺う。

持つべきものは友である、おもいきり叱られたが最終的にOKしてくれたのだった……。


これでこのお話はおしまいです。
蛇足にはなりますが、社長の奥さんは逮捕されたと噂で聞きました。
そして帰国して半年後、彼女からのメールが届きました。



END

その他の作品はこちらからです。↓
作品一覧【単発/完結】
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