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アナタが作る物語コミュの【サスペンス】 ファックス

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【序章】

男は目覚ましを止めると、まだ疲れの残る体をゆっくりとベッドから起こした。
洗面台に向かうと、適当に歯を磨き、顔を洗って髭を剃った。
台所へ行き、袋の中から食パンを二枚取り出すとトースターに入れレバーを下ろす。
冷蔵庫を開け、ピーナッツバターを用意した。

ここは、希望ヶ丘ニュータウンにある警備会社の営業所の宿直室だ。

男は以前勤めていた会社を、人間関係の人事に耐えきれず退社し、貯金と車を売った金を持ち、一年以上をネパールの綺麗な尾根と湖の見える安宿で、金がなくなるまで過ごした。
ただ山を見上、星空を見上、時々パイプを吹かして眠りについた。
自分の性格や生きる意味について考えたりもしたが、答えは何もなかった。

金が尽き、友人に金を送金してもらい日本に帰国。
その友人宅から、住み込みで働かせてくれる仕事を探した。

仕事場は、営業所から歩いて五分足らずの中型スーパーマーケット。
男が見つけた仕事は、そこの常駐警備員だった。

48歳、若すぎもなく老人でもない。
警備会社が一番欲しいと思っている年齢層であるらしく、話しは直ぐにつき、働く事になった。

食パンを噛り終わると、スーパーへ歩く。
ロッカーで制服に着替える。
男はこの一昔前の警察官のコスプレのような制服が嫌いだった。
水色のカッターシャツにえんじ色のネクタイ、紺色のブレザー。

しばらくして、男は会社から警備員の国家資格を取得するよう言われ、取得。
会社の期の変わり目から、そのスーパーの隊長になるよう通達された。
男は断ったのだが駄目だった。

まともな人生を送っていれば、その年齢だと家族を持ち、家のローンを払いながら、子供の学費などに追われる年齢で、低賃金の警備員では、とても家族を支えていくことはできない。

だが、会社が欲しがるのはまさにその年齢層で、男は住まいを用意してもらった見返りとして、いいように扱われている。

親もなく、家族もない…帰る場所のない男のなれの果てだ。

安い給料で、責任ある業務をこなしていた。

男は、男を雇った会社、派遣先のスーパーの管理職、そして年上の隊員たちに挟まれ、見知らぬ土地で近くに親しい友人もいない生活を送っていた。

制服に制帽をかぶり、姿見の前で不備がないかチェックした。
警備員としての勤務がはじまる。

なんとか毎日を過ごす日々に、ニュータウンを脅かすとんでもない事件に巻き込まれていくとは、この時点では知るよしもなかった。

【日常業務】

ここは希望ヶ丘ニュータウンにある、ショッピングセンターの防災センターである。
この部屋にはこの店のセキュリティの全てがあり、人感センサー、火災報知器、防火シャッターなどをコンピュータで管理している。
壁に掛かったモニターは三台。
90の防犯カメラの映像がかわるがわる映し出されていた。
それらに囲まれるように四つのスチールデスクがあり、その一つに男は座り、書類に目を通しながら印鑑を押している。
この男はこのショッピングセンターの警備隊の隊長で、名は石橋といった。

警備員の仕事は、何も起きなければ単純なものである。
バックヤード出入口での出入管理。
これは、出入りする納品業者等に混じって不審者が入ろうとしないか見張ったり、従業員が不正に商品を持ち出さないよう退店のさい通行証と手荷物のチェックをする。

店内の巡回は主に防火用具を点検しながら回るのである。
制服組は万引きの捕捉はしない。
万引きは保安、簡単に言えば万引き専門の私服警備員の仕事だ。
ただ、保安だけで取り押さえることが難しいケースに手伝いを頼まれることはある。
そして、警察が来るまで逃走しないよう威嚇のため付き添う。

閉店業務は、店内にお客が残っていないか、トイレやフィッティングルーム、かなり細かく見て回る。
そして出入口の施錠作業。
次に各店の厨房やバックルームに入り、火器のコンセントは抜いてあるか、ブレーカーは落ちているか、ガスの閉鎖はされているかなどを点検する。

石橋は書類をデスクに投げ、欠伸をした。
その時、右耳に着けている無線のイヤホンが音をたてる。

「防災センター、防災センター、こちら鈴木、隊長、フードコートで急病人です」
「急病人の件、了解、救急車は必要か、どうぞ」
「防災センター、こちら鈴木、病人の付き添いの方が既に要請、時々ある持病の発作だそうです、どうぞ」
「了解、そこで病人の様子を伺え、俺は救急車の誘導とともにフードコートへ救急隊を案内する、どうぞ」
「現場で様子を見る件了解」

石橋は帽子を被り、誘導灯を掴んで防災センターを出た。

一時的に空になった防災センターのファックスが音をたて、用紙を送り出す。

そのファックスが全ての始まりを告げる合図だった。

【ファックス】

石橋は救急車を見送ると、腕時計に目をやり、時間をメモした。
あまり長く防災センターを空にしておくのはまずいので、小走りで戻る。
書類棚から用紙を取りだし、急病人の記録を記入していく。
ふと、ファックスが届いている事に気づいた。

手に取ると、緊急連絡で、ここから二キロほど離れた大型のショッピングモールからだった。

警備会社は違うが、緊急の為に連絡網だけはしかれている。

- 緊急連絡 -

○月○日 10:45 発見
被害商品 フルーツサンド
【内容】
買い物中のお客様より食品レジに、買おうとしたフルーツサンドに針が刺さっていると連絡あり。
只今、他の商品も検針器にて調査中。

それを読んだ石橋は、たちの悪い悪戯だなと思った。

「一応店長に連絡を入れておくか」

石橋はデスクの電話の受話器をあげると、店長のPHSの番号を押した。

連絡をした店長の動きは早かった。
直ぐにうちの店でもパンコーナーの検針器での調査が始まった。

その店長の対応に、経験の浅い石橋も、これから警備員にとって過酷な毎日が始まることが予感できた。

もうその日から、全ての巡回時間をパンコーナーの立哨に当てて欲しいと店長からの依頼があった。

隊員のスケジュールを、なるべく隊員に負担がかからないよう組み直す。
売場での立哨はとても辛く、そう何時間も立ていられるものではない。

会社に連絡を取り、事情を説明すると、取り敢えず店長の意向に従えとの指示だった。

石橋はトイレに向かいながら呟いた。
「これは続いたら大変な事になるな」
と、ファスナーを開けようとしたとき、プシューっと微かな嫌な音がした。
ジッパーは上にあるのにファスナーが全開だった。
「壊れたぁぁぁー!…むっちゃ嫌な予感がする……」

だが、その石橋の独り言は的中してしまう事になる。

その二日後、また別の店からファックスが流れてきた。

次に入った緊急連絡は、四キロほど離れたマーケットで、うちの警備会社が入っている。

今度は店での発見ではなく、お客から店への電話で発覚した。
しかも二件。

一件はスティックパンで、食べようとしてちぎったら、中から針が出てきたというもの。
もう一件は大福で、食べたら口に針が刺さったとの苦情だった。

店は直ちに回収し、警察へ被害届を出した。

そのマーケットの隊長は三宅といいベテランで顔見知りだった。

石橋はパンコーナーで立哨をしている。
時計をチラリと見た。
立哨して一時間半、あと三十分で交代だ。
姿勢を整え、白手をした両手をしっかり組み直した。
不審者がいないか警戒しながら、今頃三宅さんの店は大変な事になってるだろうなと考えた。

三十分立つと、お客の中から鈴木が現れる。
警備員の制服というのは本当によく目立つ。
「お疲れ様です、立哨を交代します」敬礼をしながら鈴木が言った。
「立哨交代の件、了解」石橋も敬礼をして答えた。
「しんどいっすね」小さな声で鈴木が言う。
「そうだな」と石橋も小声で言った。

まだ爆破予告のほうがましだ。
こういう地味な犯罪ほど警備員にかかる負担が大きい。

防災センターへ戻ると、店長と冬なのに扇子を持った背広姿の男が待っていた。
警察だなと思った。
店長が手招きをするので、二人の前に立った。

警察だった。

話をし終えて石橋は帽子をとって、頭を掻いた。
緊急連絡のない近隣店舗でも、パン以外に、野菜、肉、魚などから針が出ている。

明日、新聞で公表するとのことだった。
テレビのニュースでも流れることになるかもしれないと。
それならその方が警備がしやすいと石橋は思った。
複数の警備員が食品売場を警戒していても、お客が不信に思わないからだ。

翌日、新聞とテレビでニュースは流れた。

これで犯人が満足してくれればいいのだが……

犯行は止まらなかった。
二回目、三回目とやられる店舗が出てきた。

警察がやっと重い腰を上げたのは、針入りの商品を買った客が、購入した店舗ではなく、直接110番連絡をしてからだった。

店内を警備員に混じって本物の制服を着た警察官が巡回するようになった。
とはいっても、もちろんずっと居てくれる訳ではない。
一日に十五分を二回、そんな程度だった。

防犯カメラの解析を進めているということぐらいで、捜査状況は店にも警備にも伝わることはなかったが、やられている店舗をみれば、行動半径が小さいので車で移動していない事ぐらいはわかった。

どの店でも食品売場の警備が強化されていく中、制服の警察官が巡回中の店で、それを嘲笑うかのように針の混入事件が起こった。

警察は馬鹿にされることを一番嫌うのだ。

「これでやっと警察も本気で捕まえる気になったな、でも何故うちの店はやられない?」店長が石橋に言った。
「うちの警備員が優秀だからですよ、と言いたいところですが、私が思うに丘の上に在るからだと想像しています」
「何故、丘の上だとやられない?」
「犯人がもし自転車で行動しているのだとしたら…丘の上まで登って来るのは大変じゃないですか」
店長は笑った。
「そんな理由かね」
「老人かもしれませんね」石橋は答えた。

最初の針混入事件から一ヶ月が過ぎ、警備員の疲れは肉体的にも精神的にもピークに達していた。

そんなある日、警察から店に電話が入った。
A店で、オレンジに針を刺そうとしていた少年の身柄を私服警官が押さえたとの連絡だった。
「捕まった少年は初めてやった、ニュースを見て面白そうだからやったと話しているらしい」店長が石橋の顔を覗きこんだ。
「わかりません、でもこれで犯行が終わるならそれはそれで何よりも…です」

少年が捕まったことは、一切ニュースにはならなかった。

「もう、警備を通常に戻すか」店長が言った。
「もうしばらく続けましょう」石橋が答えた。



石橋は鏡の前で髭を剃りながら考えていた。
少年の事件が公表されなかった事を考えると、警察はあるていどもう犯人を絞り混んでいるのかもしれないなと。
そして、なんで俺はここで暮らし、こんな疲れる仕事をしているんだろうとも考えたが、あまり意味がないような気がしたので、考えるのをやめた。

勤めるマーケットへ向かって歩く。
バックヤードにパトカーが二台停まっているのが見えた。
「うちもついに出たか」
呟いて出入口を入ると、鈴木が駆け寄ってきた。
「どうした」
「保安がアルコールの連続窃盗団の一人の身柄を押さえました、おてがらです」
「そっか、で、犯人は?」
「もう警察へ連行されました、保安の方も一緒です」

石橋は思った。
今日は一日防犯カメラと格闘だな。
犯人が入店したところからルートを追って、補足されるまでの行動をDVDに落として警察に渡さなければならない。
単独の犯行でなかったらなお大変だ。

「じゃぁ、食品の巡回頼むね、適当に休憩をとっていい、店長には俺から話しておくから」
「それがもうそっちもいいんですよ」鈴木が興奮した口調で続ける。
「捕まったんです、一連の針混入についても自白しているそうです、62歳の女性だそうです」

話していると、店長が寄ってきて言った。
「お前の推理、まんざらでもなかったな」
「取り敢えず制服に着替えて着ます」


終わった、長かった。


水色のカッターに袖を通し、えんじ色のネクタイを結んで、紺いろのブレザーを羽織る。

防災センターに入ると、モニターに、窃盗団の静止画が写されていた。
カートにアサヒのスーパードライが三ケース積まれていて、出入口を出ようとしている。

「こいつが逃がしてしまった奴です、補足した奴も同じように三ケース積んでいました」制服の警察官が言った。

「二人組ですか?」
「そのようです」
「2、3時間はかかると思います」
「承知しました、取りに伺いますので、終わりましたら連絡をお願いします」



カメラの操作を終えてDVDを取り出した。
時計を見るともう18時を回っていた。

デスクで早番の鈴木が業務を終わり、警備報告書の記入をしている。

ファックスが用紙を送り出すための準備の音をたてて、用紙が出てくる。
鈴木が立ち上がり、用紙を取った。

「今度はなんだ?」石橋が言う。

しばらく返事が帰って来ない。

「どうした」

「は、針混入の緊急連絡です……」



END

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作品一覧【2010/04/08 現在連載中】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165

コメント(4)

>>[1]

 タイトルがいいですね。ファックス。
 ホラーっぽくて意味深です。わーい(嬉しい顔)


 作品一覧【単発/完結】にUPしました。
 この作品で5作になりましたので、作者別にまとめました〜。
 緻密で細かく描かれた仕事内容の数々の描写が凄かったです!かなりの調査量、もしくは実体験でなくては出来ないことだと思います。針が混入される恐怖というのはじわじわくるものがあって、とても不気味ですね。(汗)
 願わくば最後にもう一人犯人が捕まって欲しかったです。次回作も期待してます!

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