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アナタが作る物語コミュの【ファンタジー】神話夜行 12 浅草界隈

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年末年始、忙しい主婦は旧作でお茶を濁します。あせあせ(飛び散る汗)

シリーズ第1作目はこちらです。↓
当コミュ内です。

【ファンタジー】神話夜行1 −コウ(ゴルゴンの息子)−
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73750993&comm_id=3656165


 今回の12話には、第8話「白い夜」の続きのエピソードが含まれます。
 8話を読まなくてもわかるように書いたつもりですが、もしお時間がありましたらそちらを先にお読みください。「白い夜」は全3話です。↓

【ファンタジー】神話夜行8(3−1) 白い夜
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74371206&comm_id=3656165
【ファンタジー】神話夜行8(3−2) 白い夜
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74353262&comm_id=3656165
【ファンタジー】神話夜行8(3−3) 白い夜
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74371386&comm_id=3656165

 文字数、約10100。
 初出2014/2/16

                             夜


「めんどくさいなぁ」

 長いすの上でうつぶせになって、眠そうな声でコウは言った。
それを横目で見て、羽鳥(はどり)は口のはしで笑う。

「クソジジィへの貢物だ。手間ひまをかけてやるさ。行くぞ、コウ」

 コウ。見かけは十七・八歳の日本人だ。
 黒い髪はボブのような、おかっぱのような、肩あたりの長さ。
 身長は百七十センチそこそこ。筋肉などお世辞にも無いと言えるほどの細身だ。
 
 そして、男なのに美少女と言いたくなるほど美しい顔立ちをしている。
 ダメージジーンズにTシャツという無造作な服装だったけれど、長いすに横になるその姿は絵本の中の王子様をほうふつとさせた。

 しかし、コウはゴルゴンの三姉妹、つまり長姉ステンノー、次姉エウリュアレー、そして末妹のメドゥーサが三人で産み出した。
 つまり、最強の戦士に育つはずの若者だった。

 そして羽鳥。
 見かけは三十歳を少し過ぎたぐらいの日本人男性。短い黒髪。
 身長は180センチを越えている。
 色の濃いサングラスをかけ、丈の短い黒の革ジャン、それとセットの黒の皮のパンツ。
 大きく首もとの開いた白いTシャツから、鍛え上げた胸板を見せびらかしている。
 片耳だけの銀のピアス。
 その姿は一昔前の漢だ。

 だが、彼もまた人間ではない。本体はハーピー。美しい女の顔に胴体は鳥。その声は男を狂わせる。
 二人は一緒に住んでいる。羽鳥がコウを戦士として育てている。羽鳥は言わば、コウの教育係だ。

「めんどくさいよぉ」

 何度目かのことばを、コウは口にした。
 羽鳥はコウをつれて、浅草まで、テュポエウスの好物である徳太樓の金つばを買いに行こうとしていた。
「はあちゃんがさぁ。ひとりでちょっと飛んで、取って来ればいいじゃないか。
 なんなら、僕がここに出すよぉ?」

「羽鳥とよべ。コウ。
 それじゃだめだって事はわかっているだろう?」

 わかっている。彼らはエネルギーを取り入れるために、食べ物を口にする必要は無い。
 物体に込められた想い、あるいは気そのものを彼らは吸収する。
 花からも岩からも、風からも。そして人間の気も想いも彼らは吸収する。
 喰える。

 それ故に人々は、いや生きとし生けるものは、彼らに近づく事を無意識に恐れている。
 風さえも忍び足に変わる。
 彼らの周りには近づきがたい領域ができる。
 その領域に入る時には、身構える。時には儀式を必要とした。
 その領域を人々は聖域と呼んだ。

 だが同時に生物たちは、動物も植物もその聖域の周りに集まってくる。彼らの庇護を感じ取るのだ。
 当然のように彼らの周りには芳醇な自然が生まれ、村ができた。
 そして大きな力を持つ者、たとえばテゥポエウスのような者の住まう場所には巨大な都市ができた。

 だから時間を早回しし、地球を俯瞰(ふかん)で眺めれば、どこに強大な神が住まいを定めたのかがわかる。
 羽鳥がコウをつれて、江戸の地に住み始めてしばらくして、おそらくティポエウスはその住まいを日本に移したのだ。京、大阪、そして江戸。必要に応じてその時々、移動しながら。
 そして、コウと羽鳥を監視し守るために、江戸には長く留まった…。
 羽鳥はそう感じている。それが、江戸の急激な発展の理由だろう、と。
 500年前に羽鳥とコウが住み始めた時、江戸には少々の農地と狐狸の住む原野と、そして広い湿地帯があった。

 時おり、羽鳥はわざわざコウをつれて、自分の足で歩き、電車に乗り、浅草観音裏の徳太樓まで金つばを買いに行く。
 その手間ひまを、そして長い伝統と戦う職人たちの意地を、ティポエウスは喰う。
 しぶしぶついてくるコウの気配さえも、テュポエウスは喜んで喰っているだろう。
 そして羽鳥の感謝と、要らぬお世話だという想いもティポエウスは喰っている。
 ティポエウスが居を移さなかったら、コウはもう少し長く、敵に見つからずに済んだのかもしれない。

「行くぞ。コウ」

 のそのそとコウは起き上がった。

               ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

 今、僕は放送作家をめざしている。
 本当になりたいのは脚本家なんだけどね。
 でも、まずは放送作家だ。

 今、ラジオ局でやっているアルバイトはそのための足がかりだ。
 大学は辞めたのも同然だ。
 やっている事は葉書の整理をしたり、メールの整理をしたり。
 使用の許可を取るために連絡をしたり、不要になった紙媒体を裁断したり。
 ほぼ、じゃなくて完璧な雑用係だ。

 自分を売りこみたいとは思うのだけれど、今は無理だなぁ。
 自分を売っても、自分のなにを売り込むんだ?
 まだ僕に力が無いのはわかっている。身動きが取れないね。

 だから、毎日の通勤時間にネタを探す。
 同じ車内の客に、時おり普通とは違う人種が混ざっている。
 会社員か学生か。簡単に区別がつく人間に混ざって。

 たとえば今、僕の斜め前に立っているお姉さん。
 30歳前後にみえるのにゴスロリに猫耳だ。
 今日、仕事は休みで、趣味のゴスロリなのかなぁ。
 それともゴスロリを着てする仕事で、これから出勤なんだろうか。

 それから、僕の隣に座っている男。
 薄暗い店内なら、イケメンに見えるだろう。

 きっとまだ20歳になったばかり。僕とたいして変わらない歳だ。
 アルコールが混ざる体臭が僕に届く。
 染めた髪。あんまり陽にさらされた事の無い肌。
 なにかをあきらめて、なにかにしがみついている目。ぼんやりと前を見ている。
 多分、ホストだろう。
 でも、なぜ午前中のこんな時間に電車に乗っているんだろう。まだ出勤の時間じゃ無いだろうに。

 そんな彼らにはどんな人間関係があって、どんな会話をするんだろう。
 僕は僕の勝手な妄想を手帳に書く。
 書き溜めたものを見直して、面白いものはまとめる。
 コントや短い短編小説や脚本や。
 書き直してPCでプリントアウトして。
 いつでも見せられるようにしてある。
 でも、まだだ。僕にはまだ力が無い。

 そうやって毎日、僕はぼんやりと車内を見て、アンテナを張っている。
 なにかがひっかかるのを待つ。僕の夢のために。
 
 だから、僕は見てはいなかった。
 駅について、二人連れの男達が乗って来るのを。

 若いほうが年上のほうに、甘えるような目をして、なにかを話しかけている。
 離れているから聞こえない。
 彼、17・8歳に見えるのに、表情が幼い。

 まるで親子のようだ。でも、親子じゃ年が合わないなあ。
 年上のほうはまだ30歳を過ぎたばかりだろう。
 それに二人の雰囲気が全然違う。家族とは思えない。

 同性愛? とも違うようだ。
 多分、そこらあたりから、僕のアンテナが反応した。

 しかたがないというように、年上の男がソフトクリームを出して渡した。
 若い男が受け取って、無邪気な顔で食べだした。

 そこで気がついた。あの男はソフトクリームを、今、どこから出した?

 二人ともどこにもつかまってないのに、電車が揺れても姿勢が崩れない。
 まるで、電車の揺れとは切り離されているような立ちかただ。

 それに、他の客が揺れても、彼らにぶつからない。
 そうだ。そこそこ混んでいるのに、彼らの周りには空間がある。
 まるでさけているかのようだ。

 僕はそこで視線を落とした。もともとまっすぐに見ていたわけじゃないけれど。
 いつものように目のはしで、気がつかれないように観察する。
 でも、見てはいけない物を見ているような気分だ。
 無意識に出した手帳を広げ、目を落として、彼らに関心が無いふりした。

 そして書いた。

「男同士の二人連れ。
 片方は30代。
 この暑さに黒の革ジャンにそろいのパンツ。サングラス。片耳にピアス。
 マッチョ。男臭い。

 片方は17・8歳。美少年。おかっぱみたいな髪。
 ダメージジーンズ。オフホワイトのTシャツ。
 二人の関係は謎。

 なんだか変だ」

 ソフトクリームを食べ終わって、若いほうが指をなめている。
 いや、待ってくれ。コーンを包んでいた紙はどこに消えた?
 丸めた? 捨てた? ポケットに入れた? 見てない。記憶に無い。
 年上のほうが無言で、少し怒ったように、少年の手を白いハンドタオルで拭いた。
 だから待ってくれって。その濡れたハンドタオルは、今どこから出したんだ。

 駅について、ドアが開き。二人が降りていく。
 まるで二人しか居ないような歩きかたで。
 だれにもぶつからず。でも、よけもしないで。

 また、彼らの周りに不思議な空間がある。だれもがなぜか近づかない。

 年上のほうは少し大またで、若いほうは彼にじゃれるような早足で。
 ホームを歩いて行く。

 僕は知らず知らずに、顔を上げて見ていたのだろう。
 若いほうが振り向いて僕を見た。目が合った。
 まるで無邪気な子供のような顔をしていた彼が、僕を見てふっと笑った。

 彼の瞳が一瞬赤く輝いた。それは地獄の炎のようだった。
 一瞬だが、心臓に刃物をつきつけられたような笑いかただった。


 何気なく車内アナウンスの声を聞いて、降りる駅だと気がついた。
 もう? いつもより早い気がした。
 ひざの上に手帳があってボールペンを握っていた。
 いつの間に? 僕はなにかを書こうとしたのだろうか。
 開かれたページはまだ白紙のままだった。

 急いで手帳を閉じてバッグにしまって立ち上がる。

 毎日、少しずつこうやって集めていって。
 いつか。いつか。きっと。僕は僕の夢にたどり着く。


             ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

「あ、ごめんなさい」
 だれかにぶつかって、私は反射的に謝った。

 そこには誰も居ないと思っていた。いきなり人があらわれたように感じた。
 いいえ、浅草の仲見世通り。その人ごみの中で、急いだ私が不注意だったのだ。

 父との約束を10分以上すぎている。
 浅草の雷門の大きな提灯のそばで、父と待ち合わせた。
 一人で浅草に出てくる父に、わかりやすいようにとそこにしたが。
 イスのある場所のほうが良かった。
 父はもう50歳半ばだ。歳の割には若いと言われている。
 私もそう思う。でも。思わず走ってしまった。

 だれかにぶつかって、私の手からバッグが落ちた。目を落とし、腰をかがめて拾おうとした。
 私のバッグのそばにソフトクリームが落ちていた。私の靴にもそのソフトクリームの一部がついている。
 私がぶつかったから、はずみで落としたのだろう。

「ごめんなさい。ソフトクリーム。落としてしまったわね」

 身をかがめたまま、そう言い、顔を上げた。

「いいえ」

 若い男の子だった。17歳? 18歳?
 私より6・7歳若い。
 ボブのようなおかっぱ。オフホワイトのTシャツにダメージジーンズ。
 美しい。まるで美少女のようだ。
 でも、この顔は…。

「こちらこそ。僕もぼんやりしてたから」

 彼はそう言って私のバッグを差し出した。

 いつの間に拾ったのだろう。
 彼のもう片方の手にはソフトクリームがあった。
 どこも崩れていない、今、買ったばかりのような…。

 思わず足元を見た。なにも無い。バッグもソフトクリームも。
 ソフトクリームが落ちていると思ったのは私の勘違いだったろうか。
 靴にはソフトクリームがついた跡も無い。

 立ち上がり、バッグを受け取った。
 もう一度「ごめんなさい」そう言って背を向けて、急ごうとした。
 でも…。
 振り返った。彼が見ている。
 やっぱり。よく似ている。「ケイさん…」でも、そんなはずはない。

 私がケイさんに会ったのはもう10年も前だ。私は中学の3年生だった。
 記憶喪失の、両性具有の、美しい人だった。父が拾ってきた。
 どこか母に似ていた。
 その時のケイさんに、今のこの若者は似ている。
 歳もそう、今の彼と、10年前のケイさんとは同じくらい。
 だから、この人はケイさんじゃない。

 でも、思わず近寄った。

「お願いがあります…」

 声がかすれた。

「あなたが違う事はわかっています。でも今だけ。
 お願いです。今だけ、身代わりになってください」

 不思議そうな顔をしながら、彼はうなずいた。
 私は一度大きく息を吸い、呼吸を整えて、言った。

「ありがとうございました」

 ていねいに頭を下げた。それから相手をしっかりと見た。
 おかっぱのような肩まで髪。細い、筋肉など無いと思えるほどに細い体。
 もっと少女のようだった事をのぞけば、なにもかもケイさんにそっくりだ。
 自分の想いがおかしな事はわかっている。でも、こうせずにはいられない。

「ケイさん。美香です。
 ありがとうございました。
 私達を助けてくれて。
 私を、父を助けてくれて、ありがとう」

 あらためて、そうだったのだと思う。
 彼女は、ケイさんは、私達を救うために、父の前に現れたのだ。

 彼が右手を伸ばして、指で私の目のふちの涙をふいた。
 それから言った。

「いいえ。ありがとうなんて。言う必要は無いわ。
 あなたにはしあわせになって欲しい。私はいつでもあなたのそばに居るわ。

 そして。…お父さんをお願いね」

 軽く頭をかたむけて、静かに笑う。その笑顔が胸に刺さった。
 私はもう一度頭を下げて、背を向けて、急ぐ。

『…お父さんをお願いね』

 私が父を、と言ったから。きっと、私の話に合わせてくれたのだ。
 でも。
 私よりも若い彼に、母を感じてしまった。母ならきっと同じ事を言っただろう、と思う。

『私はいつでもあなたのそばに居るわ』

 彼の笑顔は、母に、ケイさんに似ていた。その笑い方も、首を少し傾けるくせも。

 振り返った。もう一度…。
 ほんの数メートルのはずなのに、彼はもう見えなかった。

 観光客。日本人。外国人。家族連れ。お年寄り。
 歩くスピードも、関心も、まったく違う雑多な人々の群れ。

 大勢の人の中に居て、孤独を感じる時がある。自分だけが異質だと感じる。
 でも、私には母が居る。そしてケイさんが。いつでも、誰かが私を見ている。
 そう思うと胸の中が温かくなる…。
 泣きそうになって、涙を止めて、急ぎ足で歩いた。

 雷門の大きな提灯のそばに私を待つ父が見えてきた。

  人ごみの中でコウは美香の後ろ姿を見ていた。
 小走りで人波を抜けて行きながら、父の元に美香は向かう。

 美香には見えなかったが、人ならぬコウには見えた。
 美香も、その先に居る美香の父である俊彦も見えた。

 俊彦は、10年が過ぎたとは思えないほど若かった。
 コウの血を一滴とはいえ飲んだのだ。
 人に許された年月の何倍も彼は生きられる。
 だが、神から与えられた天寿をまっとうできる人間は少ない。
 事故か大病か…。彼もきっとそれほど長くは生きない。めだつほど長くはきっと無い。
 ただ、ゆっくりと歳をとり、子の、孫の死を見る事になる。

 美香との出会いが、コウの封印された記憶を解いた。
 俊彦の、美香の、切ない願いがあふれ出した。
 家族の絆と、団らんと。わずか何日間かの家族の真似事。

 コウが母達と切り離されて500年たっている。

 ため息をつき、縁石に座り、雑踏を見上げた。仲見世通りの裏にまで、人はあふれている。だれかを想い。だれかと手をつなぎ合い。
 短命なのに、いや短命ゆえに、繁殖し、地上を埋め尽くしていった人間という生物。
 彼らの気を吸い、あるいは彼らと共生する神という存在…。

 おそらく、その弱々しくさえ見えるコウの姿が誘ったのだろう。
 本来ならば、無意識に避ける聖域の中にコウは居る。
 タブーを破り、秩序を破壊したいという心が、その禁を犯させた。

 5人の男たちがコウを囲んだ。
 コウとあまり変わらない年齢。着ている服も似たようなものだ。
 Tシャツにジーンズ。もしくは綿のパンツ。
 ただ様子が違う。
 パンツは腰ばきにして、今にも落ちそうだ。下着が見えている。みせつけている。
 唇や眉にピアス。
 猫背に丸めた背。あごを突き出し、細めた目でなめるようにコウを見る。
 自分は敗者だと骨の髄までしみ込ませた者が、精一杯の虚勢を張っている。

『今は誰にも邪魔されたくないなぁ…』

 そんな思いがコウの顔に出た。小さくため息がこぼれた。
 ただ、結界だけは張った。軽く、誰からも関心を持たれないように。
 彼らの記憶を消して、放り出す事もできたがめんどうだった。

『ちょっとだけ、つきあおうかな…』そんなふうにも思った。

 のろのろと縁石から立ち上がった。
 そんな態度が彼らの怒りをあおった。

コメント(5)

 羽鳥が徳太樓の金つばを手に戻ると、小さな結界の中で、コウは倒れていた。
 何人かの男たちが、倒れたコウを蹴っていた。

「なにをしているんだ、コウ」

 顔を上げたコウが、何事もなかったような顔で言った。

「あぁ。ちょっとヒマだったから…」

 そして、笑った。

 その笑顔が男達の怒りをよんだ。男の一人が、そのコウの顔を蹴った。
 コウの顔色が変わった。蹴られたからではない。羽鳥が女の姿に変わったからだ。

「あ、ごめん。はあちゃん…」

 美しい女の姿だ。
 濡れたような厚い唇、細い眉。かすかに笑うような目。
 マリリン・モンローをアジア人にしたら。そんななまめかしさだ。

 黒いドレス。肩も腕もあらわ。黒いレースの手袋。
 光沢のある生地は形の良い乳房にぴったりとはりついている。
 ふわりとくるぶしまで広がったスカートにピンヒールの赤い靴。

 女の羽鳥は過激だ。時にはコウも辟易(へきえき)する。

 コウの張った結界よりも強い結界が女の羽鳥のよって張られた。
 雑踏の音が消え、風が止まり、周りの景色が色を失った。人々の姿も見えなくなる。
 もう、結界の中には何者も入れない。
 結界の中は別の世界だ。なにがあっても外の世界に影響は無い。

「はあちゃん!
 はあちゃん、やめて」

 立ち上がりながら、コウは言った。

「おだまりくださいませ。ぼっちゃま。
 人ごときに誇りを傷つけられるとは」

「遊んだんだよ。はあちゃん。
 ぼく、傷ついたりしないよ。これくらいじゃ」

「存じております。
 ぼっちゃまの体はこのような者たちには傷つけられはいたしません。

 しかし、この者たちも知る必要がございます。
 人には踏み込んではいけない領域があるという事を」

『違う。違う』

 コウは思ったが口に出せなかった。
 このところ、羽鳥は不機嫌だった。
 コウには、理由はわからなかったが、こんな事ぐらいで、羽鳥が女になったのは、元々いらだっていたからだ。

 男と思っていた羽鳥が女に変わった。その事に一瞬はたじろいだ男達だった。
 だが、自分達を茅の外に置き、会話を続ける二人にじれて、殴りかかろうとした。
 そして気がついた。動けない…。

 羽鳥が男達を見た。
 その視線に絡み取られるように男達が倒れた。彼らの体中から力が抜けた。
 手も足も、目も動かせない。
 呼吸さえも。

「呼吸まで止めてはいけなかったわね…」

 そう羽鳥がつぶやくと、男たちが咳き込むように息をした。

 羽鳥がヒールを一人の男の手のひらに乗せた。
 なんの音もせず、細いヒールは男の手を突きぬいた。男は叫び声も上げられなかった。
 声が出せない…。

「一生、このままにしてあげましょうか?
 手も足も動かないままに。声も出せないままに。
 汚物を垂れ流して、だれかの世話にならなければ生きてはいけないように」

 そして、羽鳥はつややかに笑った。

「記憶と知能は残してあげましょうね。
 自分の身に起きている事がわかるように。

 あなたがたが手を出した者が、どのような存在なのか、わたくしが教えてさしあげましょう」

 ゆっくりと男たちが押しつぶされていった。つま先から始まって、かかと、ひざ、ふともも。
 紙のように平らにのされていく。血は流れなかった。
 叫び声もうめき声も無かった。出せなかったのだ。
 だが、その痛みは男たちの心臓に突き刺さった。

「ごめん。はあちゃん…もう、やめて」

 コウが泣きそうな声で言った。
 羽鳥が振り返って、コウを見た。
 しばらく、そのまま見ていたが、男に姿を変えた。

「ああ、悪かったな。コウ」

 倒れていた男たちが、元の姿に戻り、地面に座り込んだ。
 頭を振り、手で自分の体に触り…。

「行こう。コウ」

「うん。はあちゃん」

「羽鳥とよべ」

 羽鳥の手にはいつの間にかまた金つばの箱があった。
 結界が消え、雑踏が戻ってくる。人々が道に座り込む男たちをよけて歩く。
 男たちはよろよろと、座り込んだまま、道のはじによけた。

「なにをしていたんだっけ?」一人が聞いた。

「さあ…」だれかが答えた。

 なにがあったか思い出せない。
 自分たちはなにをしていたのだろう。
 なぜ、座り込んでいたのだろう。

 体中が震えていた。心の奥底に恐怖が染み付いている。
 人には踏み込んではいけない領域があると感じていた。
 自分たちは喰われる側の存在だ。

 負けたのではない。元々、違う存在なのだ。全ての生きる者は等しく弱い。
 あきらめとも違う。絶望とも違う。
 知った事で、もうあがく事も無駄とわかる。そんな真実に触れた時の恐怖が残っている。

 自分たちの中に何かが生まれている。もう絶望しなくていい。もう孤独ではない。
 どん底にたどり着いてしまったからには、もう、あとは登るしかない…。
 そんな強さ。

 なにがあったかは思い出せないが、彼らはなにも持たない者の強さをつかんだ…。
 ただ、生きているだけで幸運なのだ。

「すいませ〜ん。申し訳ないんですが〜、ちょっとよけていただけませんか〜?」

 縁石に座り込む男たちに一人の男が声をかけた。
 まだ二十歳そこそこ。彼らよりも少し年上だ。
 腕にラジオ局の腕章をつけていた。
 それを見せるようにして、続ける。

「すいませんが、素材の映像を撮りたいんで、ちょっとぉ…」

 男たちは座ったまま、のろのろと脇に移動した。

「ああ、すみません。後ろの店を撮りたいんです。隣まで…」

 立ち上がって、よけながら、男たちは思った。

『こんな事は小さな事だ。腹を立てるような事じゃない』

 以前ならつかみかかっていたかもしれない。

『なにもかもが俺たちを邪魔にしている』

『俺たちを必要とはしていない』

 そう思っただろう。
 今は違う。

『もっと強くなりたい。もっと自分を愛したい。
 俺たちに声をかけた男だって、俺たちと同じように小さい。
 俺たちと同じようにあがいている』

 自分の想いに気がついた者は、自分自身を不思議に思っていた。

 なぜなら『声をかけた男を抱きしめて、生きている事を一緒に喜びあいたい』
 そう感じていたからだ。
             ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

「ご協力ありがとうございます。テレビとのコラボ番組なんです。
 1週間後の昼番組です。良かったらラジオ、聞いてください。テレビより長く流します」

 僕は移動する男たちに声をかけながら、追った。

「はい、そこでだいじょうぶです。ありがとうございました〜」

 自分で作った番組のチラシを男たちに渡しながら、思った。

『さっきまで、誰も居ないと思ったんだけどなぁ』

 おかげで、チーフに怒鳴られた。

『映像が撮れないじゃないか。あんなガキ共が居たら』

 立ち去る二人連れを目で追った。
 彼らも居なかったはずだ。

 黒の革ジャンの30過ぎの男と17・8歳のダメージジーンズの男。
 僕の視線に気がついたのか、若いほうが振り返った。
 僕を見て、小さく笑う。

 なんだか背中がぞくっとした。彼らに異質な何かを感じる。
 その感覚に覚えがある。前にも同じように感じた記憶…。思い出せない。
 手帳を出して書き留める。

『男同士の二人連れ。
 片方は30代。黒の革ジャンにそろいのパンツ。サングラス。片耳にピアス。
 マッチョ。男臭い。

 片方は17・8歳。美少年。おかっぱみたいな髪。
 ダメージジーンズ。オフホワイトのTシャツ。
 二人の関係は謎。なんだか変だ』

 毎日、少しずつ、こうやって集めていって。
 僕はいつか、きっと、僕の夢にたどり着く。

               ☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆~*~★~*~☆

「思い出したのか? コウ」

「うん。
 …美香。川村美香に会った。彼女、巫女の資質を持っていた」

「川村俊彦の娘か?」

「うん」

 羽鳥は俊彦には会ったが、彼の娘は知らなかった。

「川村香都子。…美香の母親は、神と交信する力を持っていたんだよ。きっと。
 昔だったら、巫女としての一生を送ったと思う」

「お前が落ちた丘は、古には祭壇だった。
 巫女をしていた一族の末裔かもしれないな」

『コウは元気が無い』羽鳥は感じた。

『思い出した記憶がコウに作用をしているのかもしれない…』

「とってもいい親子だったよ。俊彦と美香。それから美香の妹の由香もね。
 楽しかったなぁ。みんなで一緒にご飯を食べたんだ…」

『ああ…。それかもしれない。家族と一緒の食事』

「ふん。で、ガキどものオイタの相手をしたってわけか…」

「? なに、はあちゃん」

「なんでもない」

 いつものように「羽鳥とよべ」とは言わなかった。
 羽鳥と二人だけの食事では、やはりさみしいのか、と羽鳥は考えた。
 だが『たいした事ではない』男の羽鳥はそう思い、忘れた。

 だが、鳥の羽鳥になると思い出した。聞き流せなかった。
 鳥の羽鳥は母親だ。その愛はうっとうしく、極端だ。

 ぼっちゃまのために楽しい食卓を考えよう。
 しかももしかしたら別れが近づいているのかもしれない。

『コウは強くなったなぁ。
 もう、保護者は必要無いなぁ』

 ティポエウスはそう言って笑った。


 ……終わり
後書きに替えて。
 久々のコウぼっちゃまです。わーい(嬉しい顔)

 喪中ですので、新年のご挨拶は控えます。
 ちょっと早いですが。
 来年もどうぞよろしくお願いします。_(。。)_ペコリ
その他の作品はこちらから↓ 作品一覧【連載中】です。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165

つけるの忘れてました〜。

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