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アナタが作る物語コミュの【掌編小説・仄かな恋】炭酸水と、恋する僕。

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 もしも僕が、あなたという存在に出逢うことなく生きていたら、どうなっただろうか。
 おそらくではあるけれど、僕はそれでも、それなりに生きていられたとは思う。
 だけど、きっとその場合には、無味乾燥なぱさぱさとした日々を生きていただろう。
 あなたという存在はそれほどまでに、僕にとって大きく、優しい存在だった。
 ゆえ、あなたと離れてしまったいまでも、かなり強くあなたのことを思っているのだろうとは、しばしば考えている。
 思えば思うほどに、こころは沈んでゆき、鮮やかさを失ってゆく。
 もういちどよりを戻せるというなら、僕は間違いなく、その道を選んでいただろう。
 それでも、あなたはもう、僕のもとへは還らないと知っているから。
 なにも考えたくない。
 こころの傷痕に触れるその思いは、あなたがいなくなったことを思い知らせて、僕があなたを求める意味を掻き消そうとしてくるばかりだ。
 本当はあなたの前で、もっと笑ったり泣いたりしていたらよかったのかもわからない。
 僕は、感情を表にだすことがどうも苦手らしいと、あなたと離れてから気づいた。
 本音をいうならば、逢いたいという気持ちは、いまさらになって、募り続けていった。
 後先を考えることもなく、ただ純粋に恋ができていたら、どんなによかったのだろう。
 思いが、止まることを知らずに膨らみゆくことも、きっと赦せていただろう。
 行き場を失った思いがこころを沈めてしまうのに対し、もっと耐えられたはずだから。
 いま、この手で逃げ場を断ち切ったとしたならば、どんな未来が見えただろうか。
 あなたは僕に向けて、爽やかな笑顔を贈ってくれたりしただろうか。
 それはきっと、言葉なんかよりも遥かに強い形で、僕のこころを揺るがせたはずだ。
 でも、それはもう、過去の話になる。
 いまの僕は、あなたのいない、ぱさついた世界の中で、無為に生きているのだから。
 あなたがいまの僕を見たなら、どんな思いをいだいてくれただろうか。
 少しだけでも、縺れあったような思いを、こころに描きだしてくれただろうか。
 それなのに僕はいま、ひとりでここにいるのだ。
 あなたという存在を傷にしたままで、静かに時間をすごしているのだ。
 煮え切らない思いが残っていることくらいは、簡単に気づくことができたし、そのことでつらいと感じることだって、やろうと思えばすぐにできる話だ。
 現実に負けた僕だったから。
 あなたがいない現実に、なにひとつとして立ち向かわなかった、弱い僕だったから。
 だから。
 もう二度と、恋はできないのだろうと、ずっとそう思って疑わなかった。

 そんな日々を繋いだのは、ひとつの新たな飲みものとの出逢いだった。

 僕は、いわゆる「毒物飲料」と呼ばれる飲みものが好きである。
 巷では不味いといわれたりする飲みものを好きこのんで飲む趣味が、僕には存在した。
 家の近所に輸入食品店があるということも幸いして、ほとんど日にいちどは、なにか変わった飲みものを口にしている。
 その日その日で違う味が楽しめるため、これはなかなかおもしろい趣味だと思う。
 しかしながら、やはりというか、この趣味を理解してくれるひとには、いまだにいちどたりとて出逢ったことがなかった。
 それでも、僕はその趣味をやめる気にはならなかった。
 たまに美味しいと思えるものにも廻りあえるし、単純にそれが楽しいからだ。
 ふとした気まぐれで選ぶ飲みものたちは、不思議さに満ちていて、おもしろいと思う。
 このおもしろさをわかってくれるひとに逢えたら、それはきっと嬉しいと思うのだろうと、僕は朧げに考え続けていた。

 いつものように、気まぐれに選んだ飲みものを手に、レジへ向かう。
 いま、僕が選んだのは、炭酸入りのミネラルウォーターだ。
 それまでに聞いたことのない銘柄だったために、とても気になったので、選んでみた。
 代金を支払い、お店をでて、すぐ近くの公園へと足を運び、ベンチへと腰かける。
 ひとりぼっちの公園は、寂しいとも思わなくなった。
 あなたがいてくれたならば、もう少し風景に華があったように思うが、気にしない。
 僕は深く溜め息をついたのちに、先ほど購入した炭酸水のボトルの蓋をひねる。
 ぷしゅ、と、わずかに気が抜けるような音を立てて、蓋は開いた。
 どんな味なのかを楽しみにしつつ、ボトルを傾けて中身を口へと注ぐ。
 ミネラルウォーター独特の、わずかに鉱物の混ざったような風味に重なる形で、炭酸のほろ苦さが口いっぱいに広がる。
 癖はある気はしたが、これはこれで美味しいと思った。
 いい買いものをしたような気分に少しだけ浸って、ひと息つく。
 が、それがいけなかった。
 ひと息入れた瞬間に、あなたのことを考えてしまったから。
 とっくに別れてしまったというのに、一日に二、三回くらいは、過去を思ってしまう。
 あなたのいたころの記憶は、まだ薄れてはくれない。
 二度とできないと思う、恋をするということが、まだやり直せるかのように錯覚してしまうような、そんな感じがしてならない。
 炭酸水をもういちど、口へと注ぐ。
 爽やかに爆ぜてゆくような感覚に包まれ、あなたとの思い出も、少しだけ爆ぜてゆく。
 でも、それも一瞬だけのことだ。
 思い出してしまうと、僕はしばらくの間、そのことばかりを引きずることになる。
 別れ際に交わした会話の内容が。
 最後にいちどだけしてくれたキスの味が。
 脳裏に焼きついたままの傷痕は、まだ消えることなく存在していると、思い知る。
 後悔が、募る。
 もっと笑いもっと泣いていたならば、あなたは僕の前にい続けてくれたのかと、思う。
 思えば思うほどに、余計に後悔は深まるばかりで。
 それを掻き消してくれる炭酸水の風味も、だんだん感じられなくなってゆく。
 振り切るための痛みを、勇気と呼ぶのであったとしたなら、僕はそれを受け入れたい。
 いろいろと思う所はあるけれど、いちばん強く思うことといえば、それだけだ。
 行き先のわからなかった、あなたと僕の歩いてきた道のり。
 それさえも、いまでは現実だと気がついているから。
 愛していたということは間違いがないけれど、こころからそうだったか、自信はない。
 あなたは僕にとって、かけがえのない存在だったのだろう。
 失ってから気づいた事実は、ただ痛々しいばかりで、吐息となってこぼれては、唇の先二センチの所で消えてしまう。
 これが、世間でいう所の傷心という奴なのだろうか。
 あなたがいま、どこでなにをしているのかを、僕は知らないでいる。
 それでも、どうしても思ってしまうのだ。
 優しかったあなたのことを。
 積み重ねてきた、わずかな過去のことを。
 そんなことを考えてしまううちに、炭酸水のボトルは簡単に空になっていた。
 弾けるような感覚も、記憶を消してくれる感覚も、いますぐには戻りはしなくなった。
 僕はひとつ息を吐いてから、座っていたベンチへと仰向けに寝転がる。
 空がやけにきれいだ。
 あなたが僕の前から去った、あの日と重なるようなその空が、なんだか寂しく見えた。
 行き場をなくした、僕だけの恋路。
 傷を埋めてくれる炭酸水は、飲み干してしまった。
 ほろ苦さを孕んでいるとはいえど、爽やかだったその風味は、僕の恋路みたいだった。
 炭酸水と、恋する僕。
 どこまでもそっくりでありながら、わずかに違ったもの。
 だから、僕は求めていたのかもしれない。
 きれいに透き通った、美しいものでありながらも、ほろ苦いという、その感覚を。
 こころが震える。
 いま、この瞬間においても、まだあなたのことが好きでいると、告げてくる。
 優しいあなたのこころへと触れて、僕は間違いなく恋をしたと気づいた。
 あの時、その一瞬が、すべてになった。
 二度とできないと思った恋は、できないのではなく、忘れられないのだと気がついた。
 どうしても、あなたの存在が僕のこころに残り続けるから。
 それを僕は傷だと思っていたけれど、おそらくそれは間違いなのだろう。
 炭酸水は、そんな些細な答えを教えてくれたように思う。
 傷なのではなくて、本当の意味での最愛であるということを、報せてくれた。
 離れてしまったあなたが、いま、この瞬間にここへ現れたならば、僕は今度こそは、抱えた思いをしっかりと口にするだろう。
 それでもまだ、僕の行き場はわからないのかもしれないけれども。
 この思いが赦されるならば、またふたりで同じ道を歩いてゆきたかった。
 どこへ向かうともしれないままの、頼りない道のりではあるかもしれないけれども。
 それでいいのだと、こころが告げてくる。
 あなたはいま、どこにいるのだろう。
 いまの僕と同じように、少しでも思ってくれているのだろうか。
 恋路を繋ぐのは、ただ一本の炭酸水のみ。
 爽やかに爆ぜながら、記憶の中の痛みへと触れて、思いを引き戻すもの。
 縺れたこころのあり方が、あなたへの思いが確かだと伝えてくる気がするから。
 もっと優しくなれたならよかった。
 不器用なりにも、もっと感情を表にだしていたらよかった。
 そんな時に、あなたがそうしてくれていたように、きみはバカだな、なんて言葉で窘められたならば、僕はもっとあなたを好きになれていたのかもしれないのだから。
 引き返せないことは、わかっている。
 あなたが僕を見ていてくれたことについても、わかっている。
 それが、あなたから僕への最愛の形としたならば。
 僕はそれに対し、応える準備をしておくべきだったのではないだろうか。
 あなたのいたあのころと、いまを繋いでいる、炭酸水の存在。
 それは、間違いなくいまの僕を揺らしているということが、はっきりとわかるから。
 澄み渡った空を見つめながら、炭酸水に思いを馳せ、あなたへと思いを馳せて、僕はベンチから立ち上がり、静かに目を閉じて、すぐにまた目を開いた。

 不意に、忘れかけていたのどの渇きを再び覚えた。
 出逢って間もない、炭酸水の存在を脳裏に刻みながら、僕は再び歩きだす。
 その足は、先ほどの輸入食品店へと向けていた。
 今度はもっとたくさん、炭酸水を買ってこようと思う。
 僕の仄かな恋路を確かめるそのために。
 まだ、煮え切らない日々は続くのかもわからないけれども。
 僕はきっと、あなたの存在をずっと思い続けながら、これからも生きてゆく。
 炭酸水で気がついた、恋の形。
 いくつもの答えがあるのかもしれない、これからの僕の恋路。
 もう還らないと思っていた、そんなあなたにもういちど逢えると、信じること。
 僕の恋は、まだ途切れてはいないのだ。
 あなたが僕の傍で、昔みたいに微笑んでくれるのかは、いまは知らないけれども。
 僕は、あなたの傍で笑っていたいから。
 炭酸水の教えてくれた答えは、もっと強く優しく、ふたりを包むだろう。
 僕の思いが届くのならば、僕はまた、炭酸水とともに時を刻む、それだけだ。



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【作品一覧【単発/完結】】
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667160&comm_id=3656165

コメント(5)

月も替わりました所で、1本前の作品upといたしました。
最近の自分の作品テーマ「仄かな恋」シリーズのひとつになります。
内容は……まあ、読んだ通りの内容でしょう。
よろしかったら読んでやってくださいませ。

今月もなにか新作を書けるよう、がんばりたいと思います。
 なぜか【ストーカーは愛しているからストーカーになったのではなく、ストーキングをしているから愛していると錯覚している】という言葉を思い出しました。
 こうして自分の想いと向き合う勇気がある彼はストーカーにはならないだろう、と胸をなでおろしました。わーい(嬉しい顔)
>>[2]
コメントありがとうございます♪
ちなみにこの作品の「僕」は男性イメージですが、自分の作品の「僕」は割と女性比率が高いですので、見方を変えてみるとちょっと違う読みになるかもしれませんよ(笑)
>>[3] あははは。
 まあ、完全に男、完全に女って人、あんまりいないような気がします。
 私は男比率が高いです。(主人公も自分も)でも小説中は女性のほうがいろいろなパターンがあるように思っています。(男の人はワンパターンあせあせ

 女の人で読んでみると、あら世界感が変るわ〜。指でOK

 主人公を男で書くか女で書くか、迷いますね。
>>[4]
自分としては、女の子の方が書きやすいですかね。
女の子の方がなにかと内面を描きだしやすい感じがします☆
その割に一人称が「僕」になりやすいのは、単なる好みの問題かと(笑)
いわゆる「ボクっ娘」がキャラクターづけとしてすごく好きなのですよ♪

なぜ一人称が「僕」の女性キャラになったのか、その裏側を考えるのも一興ですよ。
このあたりは桜庭一樹さんの初期作品群(ライトノベル時代のもの)からヒントを得ております☆
ただなんとなく「僕」になっているわけではないという、なんらかの裏があるのです。
これは自分が書くと野暮になりますので、あえて作品では書かないでおりますけれどね(苦笑)
そこは読者さんに察していただきたいポイントです☆

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