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アナタが作る物語コミュの【掌編小説・仄かな恋】seasons call

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 季節が長かった冬から、新しいいのちの芽吹く春に移ろうころのことでした。
 遠ざかりそうな夢を追いかけながら、ひたむきに走ってゆく、ひとりの少年の姿がありました。
 やせっぽちの少年の細い手首には、組み紐で作り上げた、虹の七色のミサンガがしっかりと結びつけられています。ミサンガとは、何本もの紐を編み込んで作り上げた、お守りとして使われるアクセサリーのひとつです。
 少年のミサンガは、幼いころ、ひとりの少女からもらった、とても大切な宝物でした。
 というのも、少年はそのミサンガを、少女との別れぎわに受け取っていたからです。
 少年は、少女との別れ以来、いちども連絡を取ったことはありませんでした。その気になれば、手紙をだすことも、電話で話すこともできたはずなのに、少年は少女へと連絡することを行っていませんでした。
 なぜ、少年はいちども連絡を行わなかったのでしょう。

 少年は、高校では陸上部に所属しており、長距離走をメインフィールドとして、日々走り続けておりました。走っている間だけは、いつも感じている寂しさや虚しさを、忘れることができたからです。
 その背景には、少年を取り巻いている周りの都合がありました。
 少年の家族たちは、まだ少年がいまよりずっと幼いころ、学校の用事で席を外していた少年を除き、交通事故で全員がこの世を去っていました。偶然にも難を逃れる形となった少年ではありましたが、その胸にはぽっかりと穴が開いたようになり、少年の感情はほとんどすべて失われてゆきました。
 笑うこと。
 泣くこと。
 怒ること。
 それらのどれひとつとして、少年の胸の中には残ることがありませんでした。辛うじて残ったものは、寂しさを思い、虚しさを思うという、そんなこころばかりでありました。
 虚ろになってしまった少年の胸に、世界を走るという行為だけが、確かな存在の意味を持たせては、少年の感情をかすかに繋ぎ止めていてくれたのです。

 そんな空っぽの少年は、その日も、いつものように新聞配達のバイトをこなしながら、走るという行為にだけこころをゆだね、ひとりの寂しさを押し殺しながら、細々と生きていました。
 新聞配達は、いつも走り続けていた少年にとって、新しい世界を与えておりました。それはさながら、この世のすべてを配りながら生きるという、そんな行為に似ていました。
 それが世界と繋がるための、少年にできた唯一の方法でありました。
 少年は、立ち並ぶ家々のポストへと新聞を放り込んでは、次の家へ向けて走ります。
 冬が終わり、春へ移ろいかけているこの季節は、走るという行為には、まだあまり向いてはいない季節でありました。道路にはまだ雪が残っており、空気もそんなに暖かくはなく、少年の時折漏らす息は、そんな空気の中に白いもやを一瞬だけ映し、すぐに消えてゆくばかりでした。
 それでも、少年はひたむきに走り続けてゆきます。
 世界を配るために。
 理不尽すぎる形で家族を奪った、そんな世界を配るために、少年は走っておりました。
 そんな少年の細い手首には、その日も、組み紐のミサンガがありました。
 それは、幼いころにとある少女と交わしていた、小さな約束の形であったのです。

 少年の家族が亡くなる、その少しだけ前のことでした。
 そのころの少年は、まだたくさんの感情をこころの中に持ちあわせておりました。笑うことも、泣くことも、怒ることも、そのいずれの感情も、しっかりと持っていました。
 そんな少年のそばには、いつもひとりの少女がいました。
 生まれつき病弱だった少女は、少年よりもやせっぽちで細い体を必死に動かしながら、いつも少年のあとを追いかけるようにして生きていたのです。
 少年にとっての少女は、守るべき存在という認識でありました。少年だって、幼くて細い体つきだとはいえど、れっきとした男の子なのです。自分より弱く小さな存在を守ってやりたいと願うことは、当然といえば当然の感情でした。
 少女がいじめられていた時は、少年は自ら傷を負いながらも、確かに少女のことを守り抜いてみせました。少女が体調を崩した時には、誰よりも早くその変化に気づき、大人たちへと伝えてきました。
 少年の思う所は、ただひとつだけ。
 他の誰より、少女の笑顔を、いつでも見ていたいと思っていたからです。
 そんな少年のひたむきさに、少女はいつの日からか、少年のことを思うこころを宿していました。
 病弱な自分にでも、少年に対してしてあげられることはないか、と、そんなことを思い始めるくらいには、少女は少年のことが好きでありました。
 対する少年の方も、少女のかわいらしさと儚げでいつも揺らめいているような、しかしながらまっすぐであったその性格とに、徐々にまっすぐな思いをいだいていったのです。
 ふたりの距離は、とてもとても近かったはずでした。

 しかし、そんな満ち足りた日々に終わりが訪れるのは、突然でした。
 少女の家族が、病弱な少女の体調を考えた末に、大きな街へ引っ越すことを決めたのです。

 突然の別れに、少年も少女も、寂しさを隠すことができませんでした。
 報せを受けてから、刻一刻と、別れの時は迫ってきました。
 少年は、悲しみに打ちひしがれておりました。自分の手で守り抜きたかった少女を、こんな形で手離してしまうことを、深く深く悲しみました。
 一方の少女もまた、思いを打ち明けることがないままで別れを迎えてしまうことを、とても深く悲しんでいました。それでも時間というものは、残酷に別れの時を告げてくるのです。
 そして、ついに別れの時が訪れてしまいました。

 小学校でのお別れ会を経て、しばらくが経った、少女の引っ越す日、その早朝。少年はこっそりと家を抜けだして、少女のもとへと逢いに出かけました。やはり最後くらいは、ひとりでその思いを伝えたいと、少年は思っていたのです。
 どうしても伝えたかった思いが、そこには確かにありました。
 最後まで守り抜くことができなかったというくやしさと、新しい街で幸せに生きてほしいと願う感情とが混ざりあって、少年の中に複雑な感情を組み上げておりました。
 少年は、早朝の街を走りました。そこに疲れなど感じさせないかのように、走りに走って、少女の家へ辿り着きました。

 少年がたどり着いた時、少女の家はすでに空っぽで、少女もその家族も、いまにも出発しようとしている、その最中でありました。

 少女は、少年が自分のもとへ来てくれたことに、嬉しさを覚えておりました。
 対する少年は、これが別れなのかと感じ、すでに涙を流していました。
 泣きじゃくりながら、少年はその思いを叫びました。
 行かないで。
 そのひと言だけが、少年を満たしている、たったひとつだけの本当のこころでありました。
 しかし、少女はもう旅立たないといけませんでした。
 少年の叫びに、少女は涙をこぼしました。こんなにも自分のことを思ってくれる男の子が、確かにいたことを、こころへと確かに刻みました。
 そして、少女は応えました。
 ごめんなさい、と、ただひと言だけを、涙をこぼしながら、少年へと告げました。少年が涙を拭う姿を見つめながら、少女は自らも涙を拭ってから、にっこりと笑顔を浮かべてみせました。
 少年はただ、驚くばかりでありました。
 そんな少年を前に、少女は温めてきた思いを、確かに打ち明けたのです。

 大好きだよ。

 ただひと言、いままで言えなかったその一言を、確かに告げることができたのです。
 笑顔をきらきらとこぼしてくる少女の細い体を、少年は力強く抱き締めました。
 そして、その胸の鼓動をはっきりと、自分の胸へと刻みつけていったのです。
 長い間、少年は少女を抱き締めました。それが別れなのだということを忘れそうになるくらい、とても長い時間でした。
 
 抱きあった状態から離れて、少女はもうひとつだけ、少年へプレゼントを贈りました。
 それは、虹の七色に彩られた、組み紐のミサンガでした。これを自分だと思って、いつもそばに置いてほしいと、少女は少年へ告げました。
 少年は少女の言葉に向かって、大きく首を縦に振ると、そのミサンガを手首へと巻きました。
 そして、去りゆく少女の背へと向けて、最後の言葉を贈ります。

 いつか、きっと逢いに行くから。

 それは、嘘偽りの一切ない、少年の本当の気持ちでした。
 少女はいちどだけ少年の方を振り向き、確かにうなずき、家族の待っている車へと乗り込んで、少年の前から去ってゆきました。
 それが、少年と少女が最後に出逢った瞬間でした。

 その別れから、わずかに時が過ぎたころ。
 少年は、新たな別れを経験しました。
 しかしながら、次の別れは少年にとってとても厳しく、つらいものになりました。
 少年の家族たちが、少年をひとり残して、交通事故で亡くなったのです。
 その報せを受けた時には、少年はがっくりとその場に崩れ落ちて、なんにも言えませんでした。たった八才にして、すべての家族をいちどに亡くしてしまったのですから、当然のことでありました。
 そんな現実を前にして、少年はこころを閉ざしました。孤児院へと引き取られてからの日々の中でも、その閉ざしたこころを開こうとすることは、いちどたりとしてありませんでした。
 ただひとつだけ、少女にもらったミサンガだけが、少年の手首できらめいていました。
 それは、最初で最後の約束の証です。
 そうであったために、少年はどんな時も、そのミサンガを、自分の手から離そうとはしませんでした。

 季節がいくつも廻り、高校生になった少年は、孤児院の家計を助けるために、新聞配達のバイトを始めることにしました。
 細い体つきの割に、少年は走ることが好きでした。その足を生かしたバイトができないか、と考えた末に思いついたのが、新聞配達という仕事でありました。
 しかし、バイトを始めてなおも、少年は誰にもこころを開こうとしませんでした。ただひとりだけ、少女のことを思う時以外は、こころは常に空白の中にあったのです。
 少女の新しい住所のことは、亡くなる前の両親が話していた会話から知りえておりました。しかしながら、少年はほんのいちどたりとして、少女に逢いにゆこうとは考えませんでした。
 そこには、ひとつの大きな理由が存在していました。

 あの子にいま出逢ってしまったら、きっと弱くなってしまうから。

 少年は、ひとりぼっちでいることに耐えたかった、ただそれだけだったのです。そんな時に、少女の存在に頼ってしまっては、強く生きることはできなくなってしまうのではないかと考えてしまい、結果として、いちども少女と連絡を取ることすらもしないでいたのです。
 もうすぐ少年は、高校二年生になろうとしていました。孤児院にいられる時間も、もうほとんど残ってはおりません。
 高校を卒業したら、少年はすぐに仕事を始めようと考えておりました。高卒でもすぐに雇ってくれるあてをいくつか探しだして、少年は静かにこころを固めてゆきました。
 その中でも、やはり性にあっていると思ったものはといえば、いま行っているのと同じで、新聞配達の仕事でありました。世界を配り、世界を駆けてゆくその仕事こそが、少年の生き様そのものといえました。
 遠い街でがんばっているであろう、少女のもとへと届けられるように、新しい世界を配りながら、走ってゆくこと。
 それがいま、少年が自らの気持ちを知ろうとしている、現実そのものだったのです。
 走るという行為は、なにも陸上部だけでできることではありません。世界を配りながら走ることだって、やろうとすればできることであったのです。家族を持たず、こころを閉ざして生きていた少年にでも、確かにできることだったのです。

 がんばっているかな。

 ミサンガを見つめるたびに、少年は少女のことを思います。あの約束から、八年あまりが過ぎたいまでも、少女のことだけは忘れないで、走っているのです。
 いまは逢いには行けない状況ですが、いつかは逢いに行きたいと、少年は思います。それまで少年は、新聞という名の世界を配り続けます。
 新聞のもたらしてゆく、新たな世界や季節の香りに触れながら、走ってゆきます。
 こころを閉ざしたままでも。
 感情がほとんど死んだままでも。
 少女に二度と逢うことが叶わなくても。
 少年は間違いなく、まっすぐに走り続けてゆくのです。

 この日の分の新聞を配り終えたころには、朝陽がようやく顔を覗かせ始めていたのでした。微笑みを絶やすことのない太陽に照らされている少年は、自らが笑えない分、その温かさというものを、余計にはっきりと感じ取っておりました。
 それは、とても懐かしい感覚によく似ていました。

 あの別れの日、少女を抱き締めた時に感じた、あの温もりに、よく似ていたのです。

 春という季節の訪れを告げる、太陽の温もり。そして、かつての別れの中で感じた、少女の胸の温もり。
 その両方が、いまの少年に対して、季節というものを告げてゆくメッセージでした。
 終わらない冬は、きっと存在しません。
 少年のこころにおいても、閉ざしたままの状態――冬のブリザードのような、厳しくつらい感覚――から、一歩を踏みだす日が、いつか訪れることでしょう。
 この日のすべての世界と季節を配り終えた少年は、約束のミサンガを手に、再び新聞屋に向かって走りだしてゆきました。

 あすもきっと、少年は世界と季節を配りゆくことでしょう。そこにある温もりというものを、確かに胸に刻み、走ってゆくことでしょう。
 いつかまた、少女に逢えるその日まで。
 遠い街のどこかで、振り返ることなく歩き続けているであろう、少女に誇れるように。
 少年は、きょうも新聞を、世界を、季節を配り、走ります。
 その背中とミサンガを照らした朝陽が、はちみつの色に染まって見えることは、知らないままで。

 春は、もうすぐそこに迫っているのです。


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作品一覧【単発/完結】
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667160&comm_id=3656165

コメント(7)

この作品は、第67回岩手芸術祭「県民文芸作品集第45集」児童文学部門・奨励賞受賞作です♪
ごく短い作品ではありますが、さまざまな思いを込めて書かせていただきました。
この作品がわずかにでもなにかを感じさせるものであれば、それに勝る幸せはございません(礼)

そういうわけで、よろしくお願いいたします☆
>>[1]
 おめでとうございます。(^ο^)〜♪
>>[2]
ご祝辞ありがとうございます♪
こちらにお世話になるようになって、わずか2作目にして賞を獲れたことを嬉しく思います☆

12月に授賞式があるとのこと(しかも藍沢の誕生日の日)ですので、期待しておりますよ♪
>>[3]
ご祝辞ありがとうございます♪
「オリンポスの果実」は寡聞にして存じ上げませんが、気になりますね☆
いつか探して読んでみたいです♪

まだ数本の応募した作品が残っておりますので、静かに結果を待ちたいと思います。
まずはひとつ認められてよかったです☆
>>[5]

オリンポスの果実 田中英光
http://www.aozora.gr.jp/cards/000126/files/669_43608.html

青空文庫。
私も浅学で。しかも途中で睡魔に負けた。わーい(嬉しい顔)指でOK
>>[6]
情報ありがとうございます(礼)
まだまだ自分も修行が足りないですね(汗)

国文学専攻の身、もっと詳しくなりたいです☆

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