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アナタが作る物語コミュの【刑事】 5 パンプキンマカロン

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 参加している同人誌「夢見堂。」のコピー本用に書いたものです。
 お題は「ハロウィン」でした。でも、提出はしませんでした。

 例によって刑事としては優秀でも、人間としては問題ありの梶山先輩と、若い岸田刑事の話です。

 約7500文字です。初出 09/09/06

 第1話 花ざかりの庭はこちらから↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=3656165&id=74507189


                  プレゼント


「は〜い。真奈(まな)。真奈の好きなマカロンを買ってきてあげたわよ。
 期間限定のハロウィンバージョン。パンプキンクリーム入りよ。
 今年はカカオ入りでビターなんだって」

 陽気な声で手にしたマカロンの箱を見せびらかしながら、椎名(しいな)あかりは大学の友人、林真奈の部屋に、返事も待たずに入って来た。

 あかりと真奈は同じ年齢だ。
 だが、真奈が2年遅れの入学だったので、あかりは3回生、真奈は1回生、先輩後輩になる。
 同じコーラスのサークルで知り合った。知り合ってみたら高校1年の時に半年たらずだが同じクラスだったという事がわかった。真奈が2学期の途中で転校をしたのでお互いに深くは知らずにいたのだ。
 そんな事もあり、ふたりは急速に親しくなった。陽気でしっかり者のあかりと静かで暗い印象のある真奈。なにかと真奈の面倒を見るあかりとあかりを頼る真奈。同じ年ながらふたりは姉妹のように見えた。

「あかりぃ。これ、書いたから…」

「あら、そう」

 勝手にキッチンに入り込み、やかんに水を入れ、お湯を沸かし始めたあかりに、真奈はおずおずと一枚の便箋を手渡した。あかりは真剣な目をして読んだ。

「う〜ん。真奈。
 だいたいはこれでいいけどさ…。
 やっぱりさ、これ優花(ゆうか)あてじゃなくてあたしあてに書き直したほうがいいんじゃない?
 哲郎(てつろう)と結婚できないのならおなかの子と一緒に死ぬほうが幸せだわ、っていうふうにね。
 優花あてにさ、『哲郎と別れてくれなきゃ死んでやる』って書くんじゃ、ただのおどしだもの」

「そ、そうねぇ。そうするわ。
 私も優花にひどい事を書きたくないし…」

 真奈は目を伏せて小さな声でつぶやいた。

『どっちにしろ、優花に見せるつもりの手紙なのにね』

 心の中であかりは答えた。

「でさ。真奈の手紙を、あたしが勝手に優花に見せに行ってさ、哲郎と別れてって頼むの。
 真奈とおなかの子を助けてって。
 ね。そのほうがきっと優花も考えてくれるわ」

「うん。わかった。あかりの言うとおりにする」

『あかりの言うとおり…か。そうなるように仕向けたくせに』

 あかりが豆をひいて、ドリップでコーヒーをいれている間に、真奈は手紙を書き直した。

「ええ。いいできよ。真奈。
 これならきっと優花も哲郎と別れてくれるわ。

 だって、哲郎は、真奈が好きなんでしょ? 本当は?
 割り込んだ優花が身を引くべきよ。

 はい。ご褒美。
 いれたてのコーヒーとパンプキンクリームのマカロン。
 さ、食べて」

 真奈が書き直した手紙を読み終えて、あかりは持ってきたマカロンといれたてのコーヒーを差し出した。

「ありがとう、あかり。あかりがいなかったら私…」

 真奈は弱々しく答えながら、マカロンを乗せた小皿を受け取った。

「いいの、いいの。真奈はもっと幸せにならなくちゃね。
 真奈はなんでもガマンをしすぎなのよ。

 じゃ、あたしは大家さんにマカロンのおすそ分けをしてくるから。
 それ食べて待っててね」

 あかりは立ち上がると、部屋を出て行った。

 
 それから、約40分後の午後4時23分。
 救急にかかった電話は早口の若い女の声だった。

『部屋に戻ったら、友人が倒れていた。もう息をしてない』というものだった。

 10分後、救急隊が到着した時、通報者の椎名あかりは大家だという60代の女性とふたりで、手を取り合って、部屋のすみに座り込んでいた。
 そして、握り締めていたくしゃくしゃになった便箋を救急隊に手渡した。

 部屋の持ち主、林真奈はすでに死んでいた。救急は蘇生は無理と判断したが、病院に搬送した。そして警察を呼んだ。
 あかりが救急隊に手渡した便箋、手紙を読んで、救急隊は服毒自殺と判断し、あとを警察の捜査にまかせたのだ。

 便箋はあかりあてで『おなかの子と一緒に死んだほうが幸せだわ…』そう書かれていた。

「もっと早く部屋に戻っていたら…」

 あかりがぽつりとつぶやくのを救急隊の隊員は聞いた。


 林真奈の死は不審死として解剖に回された。死亡原因はやはり薬物だった。
 半分残ったマカロンに混ぜられていた。真奈とあかりの大学の研究室で簡単に手に入るものだった。
 少しだが苦味がある。だからマカロンのクリームに混ぜ、コーヒーで飲んだのではないかというのが鑑識の見解だった。

 椎名あかりの事情聴取は3回あった。最後に一緒に居たのが彼女なのだから当然だろう。

 3回で済んだのは、真奈自身による狂言自殺という線が濃くなったからだ。毒はそれほど強いものではなかったのだ。
 あかりが大家の部屋で話しこまなかったら、すぐに部屋に戻っていたら、真奈は助かったはずだった。

 薬品を入れていた小瓶も、真奈のポケットに入っていた。
 
 手紙に書かれていた哲郎(山本哲郎)と優花(篠田優花)も刑事にこう証言した。

 哲郎と優花のつきあいは2年も前からで、今年入学してきた真奈がふたりの間に割って入ってきた。哲郎も優花も迷惑に思っていた。

 おなかの子についても哲郎によれば、大学のサークルのコンパで飲みすぎ、気がついたら真奈の部屋に居た。それが3ヶ月前。その後真奈が妊娠したと報告に来た。
 しかし、酔っていた哲郎には記憶が無かった。否定する事も肯定する事もできなかった。

 真奈は優花にも妊娠の話をして、哲郎と別れる事をせまっていた。
 優花がそんな哲郎と別れなかった理由を彼女はこう説明した。

 優花は、真奈の行動が哲郎への愛ではなく、自分へのいやがらせだと感じていたのだ。
 高校3年生の時、真奈は優花へのいじめグループのひとりだったのだ。
 真奈はそれほどひどい事をしたわけではない。ただグループの後ろのほうで恐る恐る見ていただけだった。
 だが、私立のお嬢様学校だった彼女たちの学校は、いじめグループの全員を退学にした。
 真奈の大学進学が2年遅れたのは多分そのせいだろう。
 同じサークルの同じ歳の2年後輩として、哲郎が優花に真奈を合わせて、ふたりは再会した。
 その時の真奈の目を優花は忘れられない。
 弱々しく、時にははかなげにすら見える真奈だが、その時憎しみのこもった目で優花を見た。

『自分が退学になったのは優花のせい。真奈はきっとそう思っていた。
 真奈はいつでも自分を被害者だと思いたいのだ』

 優花は刑事たちにそう語った。

『自分は悪くない…真奈はそう言う。
 もっと若ければ、私も信じたかもしれない。真奈は被害者だって…』

 あかりは最後まで、真奈の味方だった。3回目の事情聴取で、刑事から狂言自殺の可能性を聞かれた時も、あかりはその刑事に抗議をした。

『哲郎と真奈の恋は真剣だった。哲郎は真奈に結婚の約束もしていた。
 間に入ったのは優花のほうよ。
 真奈は、優花から馬鹿にされ、ないがしろにされ、それでも強く言えない性格だから。
 だから、私が支えないといけなかったのよ』

 そうあかりは刑事たちに話した。

 しかし、あかりの語る哲郎と真奈の恋愛には裏づけがなかった。哲郎が二股をかけていたという証言すらなかった。哲郎の相手は優花だけだった。

 大学の友人たちの感じていた真奈の人物像もあかりの語るものとは違っていた。
 真奈の同情を引くような言動を、あかり以外の友人たちは信じなかった。

 最後に、刑事は、真奈が妊娠をしていなかったと言った。
 それを聞いてあかりは長い間、黙り込んだ。

「なにもかもあなたの同情をひくためのうそだった」

 そう刑事はあかりに話した。

「…でも、でも、それくらい深く、真奈は哲郎を愛していたのよ。
 真奈を殺したのはあのふたりよ…」

 しぼり出すように、あかりはそう答えた。


 本気で自殺しようとしたのかもしれない。
 それとも、あかりがすぐに戻ってくると思ってした狂言だったのかもしれない。
 どちらにしろ事件性は無い。それが、刑事たちの結論だった。

 深くお辞儀をして、最後の事情聴取の部屋からあかりは静かに出て行った。
 玄関まであかりの後ろをついて来た刑事にも気がつかないようだった。

 ぼんやりとした足取りで、署の玄関の階段を下りて来たあかりをみつけて、道の向こうに立っていたふたりの男が近寄った。

 若いほう、20代の中ほどの男が先に口を開いた。

「初めまして。ぼくは岸田と言います。椎名あかりさんですね。
 こっちは梶山。ぼくたちは少年課の刑事です」

 若く、明るく、はきはきとした話しかただった。
 梶山と紹介された40代の男が無言のまま軽く頭を下げ、ふたりして身分証を見せた。


 さびれた喫茶店のトイレ近くに席を取った。うるさい音楽と客の少なさが逆に会話を盗み聞きされる事を防いでいる。

「少年課の刑事さんがいったいなんの用なんです?
 真奈の自殺にまだなにか言いたいんですか?」

「へえ。自殺でかたづけたんだ。ここの所轄はよぉ」

 年配のほうの刑事、梶山が意味あり気に言った。
 あかりが黙ったまま、梶山をにらみつけた。

「先輩。僕が話しますからっ!」

「いいって。岸田。俺が話す。
 お嬢さん。初めまして、じゃ、俺は無いぜ」

「先輩?」

「お嬢さんが高校1年の時だから、岸田がまだ少年課に配属される前の話だな。
 対応していたのは同僚だが、俺は覚えている。
 ひとつ年下の妹の…ひかりさんと言ったな。中3の妹が卒業した先輩たちに脅されている。
 金も取られている。そう訴えていた」

「ええ。確かにそんな事があったわね。
 …でも、警察はなにもしなかった!」

「したさ。金を脅し取ったとなりゃ恐喝だ。りっぱな犯罪だ。
 妹さんの父親からもあんたの母親からも訴えがあったしな」

「父と…それに母も?」

「ああ。あんたは知らなかったかもしれないが、離婚したご両親は連絡を取り合っていた。
 だが、捜査を開始したとたん、どの高校も対応した。警察が出てきて慌てたんだろうさ。
 妹さんは中学3年だったが、相手は高校1年だ。義務教育じゃない。

 リーダーは退学になり、とりまきのふたりは停学になった。
 その後、自主退学をして引越しをした者もいた。
 つまりグループは解体された。そう判断して警察も手を引いたのさ。
 妹さんを引き取っていたあんたの父親も納得した」

「知らなかったわ…」

「林真奈はそのグループの一員だったな」

「……!」 驚いたように岸田が梶山を見た。

 梶山が読んだ関係書類を岸田も読んだ。
 しかし、気がつかなかった。そんな記載があっただろうか。

 椎名あかりに会いに行く。そう梶山が言った時も、また気まぐれが始まった。そうとしか思っていなかった。

「あの女、真奈はかすみそうなほど弱々しい。なのにな。たいした経歴だ。
 行く先々でいじめのグループに入っている。
 特になにかしたってわけじゃねえが…。
 グループのやつらからも真奈はなにもしなかったと言われるぐらいだ。
 だからほとんど処罰はされなかった。退学が1回あったきりだ。
 だが、いじめはいつも彼女の周りで始まっていた」

「真奈はいつも被害者なのよ。いつも押しのけられて、がまんして。
 だから、子供っぽい正義感を持った人間は彼女を守ろうとするのよ」

 あかりの話し方に岸田は違和感を持った。
 かすかにだが真奈に対する嫌悪感が混ざっている。
 あかりと真奈は友人ではなかったのか。

「ふん。ゆがんだ正義感だな。
『弱い真奈を傷つける人間には罰を』ってやつだ。
 その正義感に自分のストレスの発散を隠すんだ」

「ええ、そうよ。あの女はそういう人間をみつけるのがうまかったのよ」

 あからさまな真奈に対する嫌悪だった。

「いじめをやるやつはみんなそうさ。
 親に愛されていると信じている人間はいじめなんかしねえ。
 あんたの妹さんは父親に愛されていた。
 だから愛情に飢えたガキどもの標的にされたんだ」

「いじめの原因は真奈が作ったのよ。
 自分たちが真奈に利用されているなんて、いじめている本人すら気がつかなかった…。

 だから私を逮捕しにきたの? 刑事さん。
 5年も前の妹へのいじめの原因が真奈だったから?
 だから私が真奈を殺したとでも言いたいの?」

 あざけるようにあかりが言った。
 岸田が驚いたように梶山を見た。
 しかし、梶山は揺らぎもしなかった。

「いいや。お嬢さん。俺はあやまりに来たんだ。
 俺の管轄なら見逃さなかったんだがな」

「?」

 岸田とあかり。ふたりしてけげんな顔になった。

「妹のひかりさんの死は殺人だな。だが管轄はただの事故死にした。
 あんたが真奈を殺した動機はそれだ」

 あかりが息を呑んだ。岸田もだ。

「なぜ!? 父も母も、警察も事故死だって言ってたわ」

「なんでお嬢さんはそう思ったのかな? 真奈が妹のひかりさんを殺したってな。
 教えちゃくれないか。俺はそこんとこを知りたい」

 うっすらと寂しげに笑って、でも、目に強い光を宿して、あかりは話し始めた。

「両親が離婚した後も、私たちは会ってたの。
 ひかりは何でも私に話してくれていたわ。

 いじめグループがばらばらになったあとでも、真奈はひかりに会いに来てた。
 ひかりが高校生になっても。

 ひかりのほうが年下なのに食事をおごらされたり、お小遣いをせがまれたり。
 高校生の自由になるお金なんてたかがしれてるけど…。

 ひかりは真奈に直接ひどい事をされたわけじゃないから、断らなかった。
 同情すらしてた。ひどい人達に引きずられてって。

 でも、わたしは真奈と同じクラスだった事があるからわかるのよ。
 ひかりへのいじめは真奈が原因だったんだって。
 真奈はいつでも、被害者になるのよ。そして、小さな声で言うの。

『あの子のようになんでも言いたい事を言えたらきっと楽しいでしょうね』

『こんな事を言われて辛かったわ。ううん、あの子に悪気はないの』」

「そんな事が積み重なって、ひかりさんへのいじめが始まったんですね…」

 岸田が暗い声でつぶやいた。
 集団でのしつようないじめは、いつもゆがんだ正義感に裏打ちされている。
 そして、それを利用するさらにゆがんだ魂がある。
 それが真奈のような人間だ。

「ええ。そう。それが本当の真奈よ。
 標的を選ぶのは真奈。理由を作るのも真奈。

 私はひかりにその話をしたわ。もう真奈とは会わないほうがいいって。いじめられる原因を作ったのは真奈だって。
 そうしたら、その少し後でひかりは死んだの。
 真奈よ! 真奈がやったんだわっ」

「死体検案書は溺死だったぜ。
 確かに頭に傷があった。
 だが川に落ちたひょうしになにかにぶつけたのかもしれねえ。
 気を失ったまま流されて、溺死した。事故じゃねえか?」

「浅い川だったわ!
 すぐに引き上げてくれていたら、死なずにすんだのよっ。

 ひかりが見つかった場所の、ずうっと上流に真奈の家があるの…。
 事故じゃないわ。真奈よ。真奈が殴って突き落として、見殺しにしたのよ」

「それをなぜ警察に言わなかったんですか? 椎名さんっ!
 そうしたら警察だって、簡単に事故死になんかしなかったっ」

 岸田が泣きそうな声で言った。
 あかりを責めたというよりも、無能だった自分たち警察を責めていた。
 自分たちが無能だったために、彼女は言わなかった…。そして彼女は…。

「岸田。警察がなにもしなかったからだよ。最初のいじめの時にな。
 お嬢さんは…そう思っていたからだ」

「しかし。しかしそのせいで椎名さんは…椎名さんは…」

 岸田も気がついた。真奈の死はあかりが仕組んだのだ。薬を仕込んだマカロンを食べさせ、わざと大家と話し込んで部屋に戻るのを遅らせた。

「ああ、そうだ。お嬢さんは殺人をしちまった。
 …でだ。お嬢さん。
 妹さんを殺したのは真奈じゃねえかもしれねえ。
 いや。直接手を出したのは真奈じゃねえ」

「!」

「妹さんをいじめていたグループは完全に解体されたわけじゃなかったんだ。

 妹さんの死んだ時にだって警察はなにもしなかったわけじゃなかったんだよ。
 妹さんと真奈との間につながりがある事もつかんでいた。
 元いじめグループとの関係もな。
 ただその先がな。動機がみつからなかった。
 
 恐らく妹さんに責められて、真奈がグループに泣きついたんだ。
 で、そいつらはエスカレートした。暴行した。
 川に落ちたか、落としたかはわからん。
 だが、そのまま見殺しにしたんだ。
 真奈は自分で荒っぽい事をするタイプじゃなかったんだろ?
 やったのは真奈じゃない。」

「いいえ。やっぱり真奈よ。真奈が…。
 そして、私が原因だったんですよね…。
 私がよけいな事をひかりに言ったから」

 今にも泣き出しそうな顔で、あかりが言った。

『きっと、それが椎名あかりが林真奈を殺した理由なのだ。
 妹の死の原因を作った自分が許せなかった…。だから』

 そう、岸田は思った。

 そして、大学で真奈に再会した。
 その時、運命があかりにささやいたのだ。『真奈に罰を』
 心に傷を負っていたあかりはそれを受け入れた。

「いじめグループのリーダーな。結局、更生できなかったよ。
 麻薬不法所持でつかまった。
 まだハタチそこそこなくせに、薬中な上に売人もやっていたようだ。
 所轄はできるだけ長く留置したい。で、密売ルートをつかみたい。
 過去をあらいざらいさらって、留置理由を見つけて来い。それが俺たち少年課が駆り出された理由ってわけだ」

「私を逮捕してっ。何でも話すわ。そして、そいつらをひとり残らず捕まえて。
 妹を、ひかりを殺したやつらを!」

「あんたの犯罪なんかどうだっていい。
 俺は少年課だ。成人した犯罪者には興味はねえ。

 じゃあ、ひかりさんの死は殺人かもしれないと所轄に報告していいな?
 その報告だけで充分だ。それで俺の仕事は終りだ。

 その気になれば警察はその場に居た人間を全員逮捕するだろう。
 好きなだけ留置しりゃいい。

 だがな、真奈の死が自殺でかたづけられた最大の理由はあんたに動機をみつけられなかったからだ。
 妹のひかりさんが殺されたのなら、そして真奈がからんでいたなら、お嬢さん、あんたにも動機が産まれる」

「…ええ、いいわ。言って」

「了解だ」

 そう言って立ち上がろうとする梶山に、驚いたように岸田が言った。

「先輩? それだけですか?
 それじゃ、椎名さんはどうするんです? 殺人ですよ?」

 うつむいたまま、あかりは身動きをしなかった。

「さあ。俺は知らん。そんな事は俺の仕事じゃねえ。

 所轄が有能なら、お嬢さんにまでたどりつくさ。
 どうするかはその時お嬢さんが決めりゃいい。
 したきゃ刑事に真奈を殺したと話せばいい。
 しらを切りとおしたければそうすればいい。

 まあ、俺との今の会話は話さないでおいて欲しいがな。
 所轄にあれこれ言われるのは面倒だ」

 あっさりテーブルから立ちあがり、出口に向かう梶山に、伝票をつかんだ岸田が追った。

「でも、たどりつきますよ、先輩。あかりさんとひかりさんは姉妹でしょう?」

 あかりに気づかれないように小声で梶山に言った。

「ふん。両親が離婚をして妹は父方の、姉は母方の姓を名乗っている。
 お互い親に遠慮をして、会うのも内緒にしていたようだ。
 姉妹だからといって、表立った関係は薄かった。
 真奈があかりはひかりの姉だと気がつかなかったぐらいだ。
 あっちの殺人とこっちの自殺を結びつけるやつなんかいねえよ。

 いや、結びつけたって、たいした証拠はねえ。
 裁判でうそでしたって言われちゃひっくり返される。

 それでも捜査して、起訴する度胸がある検事さんはいるかなぁ」

 梶山はいやな笑顔を浮かべて続けた。

「妹のひかりが殺されたかもしれねえって事だけで満足するさ。
 むしろ、殺人なんてとんでもないものを引っ張り出した、といやな顔をされるだろうぜ。
 殺人のほうもうやむやにするかもしれん。
 やつら、留置して、取調べして、時間稼ぎができりゃいいんだ」

 いやみったらしいほど梶山は饒舌だった。
 この事態を楽しんでいるのだ。

 レジ脇に置かれたカボチャの人形に軽くパンチを入れて、梶山は喫茶店を出て行った。
 慌てて会計を済ませながら振り返った岸田の目に、ぼんやりとコーヒーカップを見つめている椎名あかりの横顔が写った。

『彼女はどうするのだろう。刑事が自分の前に現れた時に。そしてこれからどう生きていくのだろう。人を殺した。その記憶とどう折り合っていくのだろう』

 罪を犯した人間の心は、罰を受けたほうがゆがまない。
 若ければ若いほどそうだ。
 たとえ、前科の経歴は重くのしかかるとしても。

 彼女のこれからの人生を岸田は思った。 
 そして、その思いを振り切るように、梶山の後を追って、午後の雑踏の中に出て行った。


 秋の盛りは過ぎようとしている。だが冬はまだだ。
 華やかなクリスマスはさらに遠い。
 ぽっかりと中途半端な季節が、うつろう人の心にささやく。
 魔が目を覚ます。危ういハロウィンの世界。
 あしたから11月が始まる。

 …終わり

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【作品一覧【2009/02/25現在連載中】
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165

【作品一覧【シリーズ/完結】】
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667339&comm_id=3656165

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