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アナタが作る物語コミュの【刑事】 1 花ざかりの庭

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 落ち込んでいた時に、こんな話を書きました。
 ドSの刑事梶山と若い岸田刑事は、出てきません。
 ですがこの話が始まりなので、このシリーズに入れました。
 第一話というよりシーズンゼロでしょうか。

 イラストはひろもるさんです。

 4900文字です。短いです。初出 09/05/22

                           チャペル

 都会ではビルの一室という教会もあるそうだが、僕が住み込みでお世話になっている教会はきちんと建物があり庭があった。
 低い生垣が敷地の周りを囲み、中庭には花々が植えられていた。
 クロッカス、水仙、すずらん、ダリア、ゆり。雪柳、躑躅(ツツジ)、紫陽花(アジサイ)。
 他にも椿、山茶花(サザンカ)といった、花の咲く木があった。
 僕が働き始めた頃よりもずっときれいな庭になったと思うのだが、それは僕が庭係をしているから、そう思いたいだけかもしれない。

 裏庭にはゆったりとした車庫もあり、牧師様の車の他に、作業用にワゴン車もあった。そのワゴン車はもっぱら僕が使っていた。

 結婚式のあとには、前庭にテーブルを出して、パーティーもした。
 そんな時には手伝いの人が来て、教会のキッチンで料理を作った。僕も手伝った。1年以上この教会に居て、料理の腕も上がった。

 毎週日曜日のミサには100人近い参加者がいた。

 住んでいるのは40代の牧師様と19歳の僕だけだけれど、田舎とは言え、充分にぜいたくで大きな教会と言えただろう。


「みみ@うさぎさん。
 そろそろしたくはできました?」

 僕が声をかけると、少女はけだるそうに返事をした。

「だからぁ、みみだけでいいってぇ。
 みみ@うさぎは携帯サイトでの名前なんだからさぁ」

「すみません。それではみみさん。
 いかがです? 出られますか?」

「したくは、だいたい済んだわぁ。
 ってぇ、それほど荷物は無いしぃ。キャリーバック1個だからさぁ」

 そう言って、目をそらしてふふっと声だけで笑った。

「じゃあ、牧師様にお伝えしてから、車を玄関に回します。
 玄関で待っていてください。
 あ、よければトイレに行く時間ぐらいはありますよ。
 トイレの鏡が一番大きいでしょ?」

「じゃあ、見てくるぅ」

 左右でまとめた髪と髪につけた造花をフリフリと振りながら、みみさんはトイレに向かった。
 それを確認してから僕は牧師様の執務室に向かった。
 夕食のあとのこの時間には、牧師様はだいたいお部屋で書き物をしていらっしゃる。

「お仕事中すみません。そろそろ、みみさんを駅までお送りしてきます」

「ああ、もう8時すぎですか。暗くなるのが遅くなりましたねえ」

「はい。ですが…」

「ええ、まだ16・7の少女が街に戻るにはもう充分暗いですね」

「あの…もう一晩お泊めするわけには行かないでしょうか」

「それは、できません。たしかに教会は誰にでも扉を開いています。
 でも私は一晩だけと決めているんですよ。
 自らを助ける意思があるのなら、その一晩で人は道を見出せるはずです。
 そうでないと、この教会が、ただ怠惰に頼るだけの人々の溜まり場になってしまいますからね」

「はい。申し訳ありません。
 牧師様のお心はよくわかっているのですが、つい…」

「いいんですよ。
 あのようないたいけのない少女が、守ってくれる者も無く街を徘徊するのかと思うと、私も胸が痛みます」

「ええ…。
 では行ってまいります。
 帰りに買い物をしてきますので、少し遅くなるかもしれません」

「また、肥料とかですか?
 今度はなにを?」

 牧師様は目を細めて楽しげに僕に聞いた。

「ええ、肥料を少しと…。あと、まだ決めてないんですが…。
 もし良ければなにか花の咲く木を買わせていただいて、教会の建物の西横に植えようかと」

「ああ、きっときれいでしょうね。
 西日よけにもなるでしょうし。あなたにまかせますよ」

「ありがとうございます」

 ていねいにお辞儀をして、牧師様のお部屋を出た。
 牧師様は僕のあこがれの人だ。牧師様のような生き方を僕もしたいと思う。
 泊まる当ての無い少女達に、牧師様は一夜の宿と食事を無料で提供している。
 初めは僕が牧師様に、携帯に宿泊を希望するメッセージを書いている少女達の話をした。
 牧師様が許可を下さって、それから僕が彼女達と何回かメッセージのやりとりをして教会に泊める少女を選ぶようになった。

 1ヶ月にひとりかふたり、少女達は教会にひと晩泊まり、牧師様のお話を聞き、僕に苦しみを吐き出し、また街に戻る。
 家に戻りなさいと話したりもするが、ほとんど聞いていないだろうと感じる。
 牧師様がおっしゃるように、自分で自分を救う気が無いのなら、何を言っても無駄なのだろう。

 僕は19歳。僕の選ぶ少女達は16・7歳。2・3歳しか変わらないのに、その間には永遠の深い谷があるようだ。
 僕は16・7歳の頃から部屋にこもり、学校には行かなくなった。僕の好きだった少女は15歳で命を断った。
 太陽の下で光り輝く16・7歳の少女達というのはいったいどんなものなのだろう。
 僕は身近に見た事が無い。

 夜の街で生きて、不健康な青白い肌を化粧で隠し、見知らぬ誰かの部屋に泊まる。
 僕の教会に泊まりにくるキズだらけの少女達はどんな生き物なのだろう。
 
 玄関にワゴン車を回し、みみさんをひろう。みみさんのキャリーバックは後ろの荷台に乗せた。
 運転をしながら、後部座席のみみさんに話しかける。

「最寄り駅でいいかな?
 今日の泊まるところは決まったの?」

「ううん。まだ決めてないけどぉ。3人から返事をもらってるぅ。どこでもいいしぃ。
 夕食はさっき食べちゃったからぁ、お腹がすくまでどっかで遊んでぇ、その間に誰にするか決めるかなぁ」

 自分の髪をもてあそびながら、みみさんが答える。
 それは多分機械的な返事で、本気で僕と会話をしようとしての返事ではないだろう。

「寄り道をしてもいいかな?
 ホームセンターで苗木を買いたいんだ」

「何を買うのぉ?」

「まだ決めてない。花の咲く木にしようかと思っているんだけれど…」

「桜はどう? ほらぁ、桜ってさぁ、樹の下には死体が埋まっているっていうじゃん?
 教会って死体が埋まってるんでしょ?」

 思わず苦笑してしまう。

「お墓とは違うよ。
 外国だと、墓地を持つ教会も多いけれど、日本じゃそんな事ないよ。
 でも、桜にしようかな。
 今植えて、1年世話をして、来年の春にどんな花を咲かせるか楽しみだ」

 梶井基次郎の「桜の樹の下には」だったっけ?
 『桜の樹の下には屍体が埋まっている! これは信じていいことなんだよ』
 …で始まる短い話。
 部屋にこもっている間にいろいろ読んだっけ。
 みみさんもけっこう読んでる人なのかもしれない。

 ホームセンターの駐車場に車を入れる。この時間になると車の出入りも、人影も無い。
 外灯の無いあたりに車を留めて「ちょっと待っててくれる?」と声をかけ、車を降りる。
 すぐ、後部ドアを開けて、みみさんの隣の席に体を入れる。彼女が不審気に僕を見るから、いつものように「ほら」と窓の外を指差した。
 無防備に僕に背を向けて外を見るみみさん。ばかだね。
 僕はその彼女の首に麻ひもを巻きつけ、しめた。暴れてこっちを向こうとしたが、そのまま自分のほうに倒して外から見えないようにした。すぐに静かになったが、僕の体で彼女を押さえ込んだ。
 誰かが横を通っても、恋人同士が、後部座席で濃厚なキスをしているとしか思わないだろう。
 きっと目をそらして、見ないふりをしてくれる。

 死んだ事を確認してから麻ひもをはずした。ほら、死んだほうが彼女はきれいだし、幸せそうだ。
 思わずキスをしてしまう。唇にはまだ暖かさが残っていた。冬だとすぐに冷たくなる。
 椅子から床に彼女を落とし、荷台からキャリーバックを持って来て一緒にブルーシートでくるんだ。
 みみさんはちゃんとトイレを済ませていたようだ。一度、失禁をされて掃除が大変だった。
 出かける前にトイレに行って、鏡を見るだけって普通無いよね。

 駅前まで行って、彼女の携帯をチェックした。何人かの男とのメールのやりとりに適当に返事を打った。
 『これから街に出る』 『またメッセする』 『気が変わるかもしれない』 『泊まるところがみつかった』
 ハートマークと絵文字をたっぷりと散りばめた。
 それから電源を切った。
 あとで彼女の携帯の履歴を調べたら、ここまでは彼女は生きていた事になるのだろう。

 今度街に出た時にふたつに折って、河に捨てる。もう見つかりっこない。

 ホームセンターに戻り、桜を買った。2メートルぐらいの苗を、やっとの思いでワゴンに乗せたら、僕の携帯が鳴った。

「あ、ママ? なに?」

「うん? うん、元気にしてるよ。もう1年以上だね。
 ああ、教会に僕が住み込みで働くようになってからさ。早いね」

「うん。感謝してるよ。本当だよ。
 最初はどうなるか心配だったけれどね。
 牧師様は素敵な人だよ。僕は牧師様みたいになりたいと思ってるんだ。
 牧師様の生活っていいんだ。僕に合ってるような気がする」

「ああ、そうだ。もっと先にしようかと思っていたけれど、いい機会だから言っておくね。
 僕、将来、牧師になってもいいかな?
 勉強して資格を取ってさ。許されたら牧師様のように教会をまかせてもらえるんだ」

「うん。うん。
 考えておいて。僕ももう少し考えて、調べてみるから」

「じゃあね。今、買い物に出たところで、もう帰らないと。
 うん。じゃあね。ママもね。気をつけて」

 もしかして、この電話は僕のアリバイになるかなあ…? 携帯をポケットに戻しながら考えた。
 そんな事はないね。みみさんが行方不明になった事がわかるのはもっとずっと先だ。
 足取りなんか追えるはずがない。

 警察が来たって、僕は覚えてないって言えばいい。写真を見せられたって、その子かもしれないし、違う子かもしれない。あんまり気にしてないから覚えて無いって言う。教会に泊まった子は何人もいるし。
 もちろん、どの子も本名なんて知らないし、よくわからない、そう言えばいい。

 教会に戻り、桜の苗を建物の横まで運んだ。
 牧師様に、明日には桜を植えると報告した。肥料も一緒に混ぜるので大きな穴になるだろうと言った。
 明日は牧師様が月に1回、本部にいらっしゃる日だ。僕はゆっくりできる。

「まかせますよ。
 あなたが来てから、庭の花がきれいになったと、みなさん喜んでいますよ。
 今年は紫陽花(アジサイ)が見事でしたね」

「ありがとうございます。
 僕がこちらに来て、初めて肥料をあげて、せわを始めたのが紫陽花(アジサイ)でした。
 去年は始めたばかりだからまだそんなにきれいじゃなかったですね。
 植物って答えてくれるからうれしいです」

 そうか。みなさん、きれいになったと思っていてくれたんだな。うれしいな。

 紫陽花(アジサイ)の下が初めだった。それから、躑躅(ツツジ)の下。椿の下。
 冬の前にはチューリップの球根を買って来た。その下にも。チューリップは今年の春にきれいな花を咲かせた。
 教会のまわりの生垣の下。1箇所だけどんどん伸びたから、めだたないようにもう2箇所埋めた。
 今度は桜の苗の下だ。
 でも、しばらくお休みだな。気温が上がるとすぐに臭くなる。

 来年の春には今年よりもきれいな花が咲くだろう。何年かしたら、教会はきっと花ざかりの庭になる。

                                 ……終わり

 他の作品は下記トピから。このコミュ内の目次用トピです。

【作品一覧【シリーズ/完結】】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667339&comm_id=3656165

【作品一覧【2009/02/25現在連載中】
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=39667607&comm_id=3656165

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