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アナタが作る物語コミュの【ファンタジー】神話夜行 8(3−2) 白い夜

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 こちらはシリーズ作品です。これだけでもわかるように書いたつもりですが、できましたら1話を読んでいただけると設定がわかりやすいかもしれません。

 神話夜行1はこちらから、このコミュ内です↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73750993&comm_id=3656165

 また、全3回の話です。よろしければ、1回目からお読みください。
 1回目からこちらから、このコミュ内です↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74371206&comm_id=3656165

 約6500文字。 初出 09/05/08 。

                       三日月

 翌朝、俊彦は洗濯機の中に放り込んだはずの、圭の衣類が無くなっている事に気がついた。
 美香も有香も知らないと言う。
 不審に思うより先に、血のついたTシャツが消えた事に安心した。

 圭の血で無いのなら、相手だろうか…。なにか犯罪に関わっているのではないだろうか。そう思い不安を感じていた。

 圭の心が落ち着いて、記憶を取り戻し、きちんと事情を話せるようになってから警察に行っても遅くはない。同情ではない。弱い者は守るだけだ。そんな言い訳を俊彦はしていた。

 胸の奥に『香都子に似た圭を手離したくない…』そんな思いがある事に気がつかないふりをした。

 娘達を学校に送り出した後、俊彦は香都子の部屋を探した。
 香都子が若い頃に着ていた服をみつけ、圭に渡した。
 美香が着られるようになったらあげるのだと、香都子が言っていた白いワンピースだ。

 ゴムの入った丸い首まわり。ふくらんだ半そで。前ボタン。
 古臭いデザインのシンプルなワンピースは圭に良く似合っていた。
 サイフにつけていた細い鎖をネックレスにした。

「どうですか? 俊彦さん」

「似合うよ。とても」

 鏡の前でうれしそうに笑う圭に、俊彦は喜びと苦痛を同時に味わった。
 目の前に、出会った頃の香都子が居る。そして、香都子はもう居ない。

「野イチゴをつみに行こう。
 昨日、きみをみつけたあの山には野イチゴがあるんだ。
 ジャムを作ろう」

 香都子の思い出のワンピースに着替えた圭を裏山に誘った。
 より大きな喜びを感じるために。そしてより大きな苦痛を感じるために。

 森の中に入ると空気がにわかに冷えた。
 こずえが陽の光をさえぎるから。そして増える酸素と、木々が吐き出す湿り気のせいだろう。
 上着を持って出なかった事を後悔したが、わびる俊彦に圭は「私ならだいじょうぶよ」と微笑んだ。

 圭の額にはうっすらと汗が浮かんでいた。
 ひ弱な香都子もすぐに汗をかき、息があがっていた。


 森の中を白いワンピースを着て静かに歩く圭は、さらに香都子に似た。
 時々、振り返る俊彦を見て、柔らかく微笑みを返す。
 言葉少ない圭。
 予想したとおり、俊彦は喜びと苦痛を感じた。
 でも、目を離せない。香都子の思い出が俊彦を縛る。

 ふたりで野イチゴをつみ、家に帰り、昨日つんだイチゴと合わせてジャムを作った。
 圭はイチゴを一粒ずつ丁寧に洗い、いつくしむようにして拭き、鍋に移す。
 さらさらと砂糖を振り入れる様子は、砂糖の落ちる音を聞くようだった。
 ひとつひとつの作業を確かめるようにして、そして楽しんでいた。

 香都子もそうだった、と俊彦は思う。

 短い命と覚悟していたからだろう。
 香都子はその時々の出来事を、心に刻み込むようにして生きていた。

 圭を見ていると次々と香都子の事を思い出す。
 なぜ今まで思い出さなかったのだろう、と俊彦は思う。

 日々の家事の合間に、香都子の不在を感じる事はあった。
 だが、なにかが押し止めるように、香都子の記憶はあいまいだった。

 圭が俊彦の心に風穴を開けたのだ。
 ポロポロとこぼれ落ちてくる香都子の思い出が俊彦を揺さぶる。

 翌朝の食事はパンにした。俊彦は作ったばかりのジャムをだした。
 有香が喜んで食べた。

「ふうん、お父さんと圭さんが作ったんだぁ。
 おいしいよぉ。圭さん。
 ねえねえ、お姉ちゃんも食べたらぁ?」

 美香は手をつけなかった。朝食をほとんど食べずに、家を出た。
 俊彦はその事に気がつかなかった。俊彦は圭だけを見ていた。


 昼をすぎて、俊彦は圭をつれてまた山に行った。今日は理由が無かった。
『そうだ、なにかを思い出すかもしれない。だから行くんだ』
 俊彦は無理にそう思い込もうとした。
 広場につき、圭をみつけた場所で腰を下ろした。俊彦の隣に圭が座った。
 圭はゆっくりと周りを見た。その横顔を俊彦は見ている。

「なにか、思い出さないかい?」

「……」

 黙ったまま圭は首を振った。

「いいんだ。無理をしなくても。いつまでだってぼくの家に…」

「コウ!」

 突然、男の声がした。大きな声ではないがするどかった。
 圭が顔を上げた。少し離れたところに声の主が立っていた。

 30才を少し過ぎたぐらいだろうか。短い黒髪。サングラス。大きなエリの、丈の短い、黒の革ジャン。同じ黒の皮のパンツ。大きく首元の開いたグレーのシャツから鍛え上げた筋肉がはちきれそうだ。
 男を見て、俊彦の心が冷えた。きっと圭の…。

「こんなところに居たのか、コウ」

 大またで、まっすぐに圭に近寄って来た。
 目を見開いて見ていた圭のほほに血の気がさした。ふらりと立ち上がった。

「羽鳥…。はあちゃん…!」

 圭が母を見つけた子供のように、目を輝かせ、顔中で笑った。

 俊彦の心が凍りついた。
『香都子はそんな笑い方はしなかった。
 圭…。違う。本当の名前は、コウ…』

 コウが手を広げ羽鳥と呼ばれた男に走り寄ってその首にしがみついた。

「どうしたんだ、コウ。そのかっこうは…」

 ワンピース姿のコウに、不機嫌な顔で羽鳥がそう言い、俊彦を見た。俊彦は動けなかった。
 心の中で叫んでいた。『行くな! もういやだ! ぼくを置いて行くな!』

 無表情な羽鳥が右手を伸ばし俊彦に向けた。
 コウが左手で羽鳥のその手を押さえた。羽鳥を見て、首を振った。右手でまだ羽鳥の首にしがみついている。
 羽鳥がコウを見て両手でその腰を抱き、ふたりで黙ったまま俊彦を見て、そのまま消えた。
 垂直に上に飛んだだけだったが、俊彦には消えたように見えた。

 気がつかないうちに叫んでいた。

「行くなっ! 香都子っ! 行くなっ!」

 草にしがみつき、転げ回って泣いた。何かが俊彦の中で壊れていく。

 いや、とっくに壊れていたのだ。ただ気がつかないふりをしていた。
 少しでも意識してしまったら、自分は耐えられない。そう本能が感じ、俊彦は知る事を拒否していた。
 自分が苦しんでいる事に、悲しんでいる事に、目をつぶって生きてきた。
 全てが今、俊彦を押しつぶそうとしている。


 美香が家に帰ると誰も居なかった。
 ランドセルが廊下に放り出してある。由香は、いつものようにどこかへ遊びに行ったのだろう、と思う。
 ランドセルを有香の部屋に戻し、制服を脱いで着替えたが、俊彦も圭も戻って来なかった。
 美香はふたりは山に居るのではないかと思った。
 昨日、イチゴをつみにふたりで行ったと言っていた。
「いい所ね」と圭さんが笑って言った。

 今日もきっと…。

 カギを閉め、上着を着て裏山に向かった。美香は腹を立てている。

『昨日父が圭さんを連れて行った場所は、きっと父と母の思い出の場所だ。
 ぽっかりと広場になっている。
 若い頃の父と母は、よくそこで会っていたと聞いた。
 その場所に圭さんを…。許せない』

 歩くにつれて、なにかがささやくような声が美香の耳に届いた。
 森の奥に入り、それが泣き声だと気がついた。
 広場に近づいて父だとわかった。

 美香は木の陰から父の姿をみつけた。
 地面にしがみつくようにして泣いていた。叫んでいた。

 「香都子っ。香都子っ。香都子っ」

 父の泣く姿を見て、なぜだか美香の怒りは静まった。
 父が母の死を悲しんでいる事に安心した。

『やっぱりお父さんはお母さんを愛していたんだ。
 お母さんの死を悲しんでいたんだ』

 美香の手に涙のしずくが落ちた。泣いている自分に気がつき、うれしかった。
 しばらく父の泣く姿を見ていたが、声をかけずに家に戻った。

 家についてから圭の姿が無かった事を思い出した。
 圭さんはどこに行ったのだろう。そう思ったが、探す気持ちは起きなかった。

 薄暗くなり、由香が帰り。
 待ちくたびれた美香が夕食のしたくを始めたころ。
 やっと俊彦は帰って来た。
 のそりと台所に入ってきた父の姿に美香は声を失った。
 髪にも服にも、土や草がついていた。
 顔色が悪く、目が充血し落ち窪んでいる。

 何も言わず、美香を押しのけるようにして台所の床に座り込み、流しの下の物入れから一升瓶を出した。

「お父さん…?」

 おそるおそる美香は声をかけた。

「うるさいっ! 俺にかまうなっ!」

 俊彦は、払うように腕を大きく振った。

「出て行けっ!」

 一升瓶に口をつけ、流し込むようにその場で飲んだ。
 袖で口元をふき、また流しの下にもぐり込み、さらに何本かの酒瓶を出した。

「お父さんっ!」

 悲鳴に近かった。こんなふうに荒れた父を、美香は今まで見た事が無い。

「出て行けっ! 俺に近寄るなっ!」

 物入れの中にあったミルクパンを美香に向かって投げつけた。
 しかし、本気でぶつける気は無かったのだろう。大きくそれて台所の戸にぶつかりガラスを割った。
 狭い台所の床にガラスのかけらが散らばった。

「…!」小さく叫んで、美香が足をひいた。

 けが…。とっさに俊彦は美香の足を見た。それは父親の本能のようなものだろう。
 美香の素足にけがは無かった。
 俊彦は安心し、安心する自分に嫌気がさした。

 ぶつぶつと何かをつぶやきながら、酒瓶を抱えて立ち上がった。
 そばを通り過ぎて行く時に、美香はそのつぶやきを聞いた。

「やめだ。もう、なにもかもやめだ…」

『なにを? お父さん? なにを? なにをやめるの?』

 震えながら美香は悟った。

『なぜわからなかったのだろう。
 お母さんを失ったお父さんの苦しみは、子供の自分には理解できないほどに深かったのだ。
 お父さんはは、私達と暮らしていくために、毎日血を流していたのだ』

 割れたガラスの上を俊彦は素足で歩いて行った。
 廊下に残る血の跡を見つめて、美香は父の絶望の深さを知った。


「だいじょうぶだよぉ」

 地下の医務室、ラボへ行こうと言う羽鳥に、めんどくさそうにコウは言った。
 
「しかし、おまえは胸を貫かれて落ちていったんだぞ。
 記憶を失っていたんだぞ?」

「う…ん。そうだけどさ…」

 そう言うと、コウはいきなりワンピースのすそをまくり上げた。

「ほらぁ! もう治ってるよぉ」

 そう言ってキズひとつ無い胸をさらけ出した。
 コウのそばに居たあの男が用意したのだろうか。女物の下着が丸見えになった。
 白いワンピースを着たコウは女性にしか見えなかった。17・8才の美少女と言ってよい。

「やめろ。コウ。わかった。
 わかったから、着替えて来い」

 顔をそむけて羽鳥は言った。
 普段のコウの服も、羽鳥の服も幻だ。
 しかし、今着ているワンピースは幻では無い。

「? 変?
 変かなぁ? ぼくはけっこう気に入ってるんだけどなぁ…」

 コウがワンピースのすそをつまんで、くるくると回った。
 スカートのすそが丸くふくらんだ。

 羽鳥は思った。『似合いすぎてるさ…。だからまずいんだ』
 口には出さなかった。
『まるで女の子だ。しかし…こんなに女らしかっただろうか』

 確かに筋肉など無いと思えるほど細かった。
 だが今は、体の線に女らしい丸みが見える。

「いいからっ。早く着替えて来いっ!
 だからっ!
 ワンピースで逆立ちをするんじゃないっ!」


 美香が飛び散ったガラスを片づけていると、有香が「お腹がすいた」と言って二階から降りてきた。

「有香。
 あの…、お姉ちゃん、ガラスを割っちゃってね。
 お夕食作れないから。今日は外で食べようか?」

「やったぁ!」

 駅前のハンバーガーショップにした。
 ニコニコしながらハンバーガーにかぶりついている有香を見ていると、この笑顔を守らなくてはと思う。
 でも、中学生の自分になにができるのだろう。

『お父さんは、以前のお父さんには戻らないのではないだろうか。
 きっと圭さんはもう帰ってこない』

 美香は母の居場所に圭が座る事を恐れていた。
 俊彦と圭に、腹を立てていた。

 …でも、今は圭に帰ってきて欲しかった。

『自分は甘かった。
 お母さんが死んだ後のお父さんは変だった』

 毎日がうその積み重ねのようで、いつかは壊れてしまいそうな気がしていた。
 不安で、いっそ壊れてくれればいい、と思っていた。

 そして、本当に壊れてしまった今、美香にできる事は無かった。
 目の当たりにした父の苦しみをただ見ているしかなかった。

『助けて。だれか。お父さんを…。
 だれか…助けて…。
 圭さん…』


 翌朝。
 コウの食欲に羽鳥は安心した。コウは目を輝かせて食べた。

「これも食え。ほら」

 自分用にずらりと並べた皿から、コウの皿に、肉の塊を移した。

「あはは。変な羽鳥ィ…。
 朝からそんなに食べられないよう。
 あははははは」

 食事が終わり、鳥バージョンに変わり片づけを始めてから、羽鳥はその手を止めて考えた。

 男の羽鳥には無い母親の直感めいたもので、鳥の羽鳥は感じた。

『今日のぼっちゃまは明るすぎる。なにか違和感がある。
 そうだ。はあちゃんと、呼ばなかった』

 男の羽鳥に戻り、高尾の山の中で、ふたりで組み手をした。
 木々の間を飛び回り、気を飛ばしあった。
 変わったところは無かった。
 ためしに羽鳥が全力で生み出した大量の風の刃をぶつけた。コウは髪でことごとく防いで見せた。

「急にこんな事をするなんて。はあちゃん、卑怯だよぉ」

 そう言って木の枝にぶら下がり、羽鳥を見下ろしてすねた。
 男の羽鳥は安心したが、鳥バージョンになると『普段のぼっちゃまならむきになって反撃してきたのではないだろうか』と思い不安になった。

 夕食後、ラボでチェックをしようと言ってみたが、コウは断わった。

 羽鳥はひそかに意識だけでコウの体をチェックした。
 異常は感じられ無かった。だがかすかな違和感がある。

『なにか見落としがあるのではないだろうか』

 そう感じながら、チェックをやめた。
 気がつくとコウは冷たい目をして羽鳥を見ていた。
 そして何も言わずに自分の部屋に戻って行った。

 コウは羽鳥がチェックしている事を感じ取っていた。
 それなのに怒りを隠し、黙って羽鳥にチェックをさせていた。
 男の羽鳥もコウの異変を認めないわけにはいかなかった。


 羽鳥はいらだっていた。

『戦う事には慣れている。だが今回はなにと戦ったらいい?
 俺はコウになにをしたらいい?』

 ベッドの枕元に、コウが着せられていたワンピースがきれいにたたまれて置かれていた。クリーニングも済んでいるようだ。
 コウの指示で家がした仕事だろう。
 きちんとたたまれたワンピースを見て、さらに不安が増した。

『明日、コウと一緒に居たあの男が何者なのか、コウが何をしていたのか調べに行こう』

 そう決めて、やっと落ち着いて、羽鳥は眠りについた。


 異質ななにかが家を出て行った。その気配に羽鳥は目を覚ました。
 いくつもの疑問が浮かぶ。

『出て行った? 入ってきたのではなく? 家はなにをしていたのだろう。

 侵入者は排除する。できなければ羽鳥に知らせる。出て行くまで、なぜ家はそれをしなかったのだろう…。

 なぜ、自分は出て行くまで気がつかなかったのだろう』

 ベッドから起き上がり、コウの気配を探った。家の中には無かった。

『それでは、先ほど出て行った気配はコウだったのだろうか?
 それならば家の行動も理解できる』

 だが、出て行った気配はコウとはまるで違っていた。

 コウの部屋にあのワンピースは無かった。わざわざ着替えて出て行ったのだ。
 家の上空に飛び、記憶に残るあの異質な気配を探した。
 コウをみつけた場所に高速で向かっていた。

『やはり、あの気配はコウなのだろう。
 あの人間はコウになにをしたのだろう。コウはなにをするつもりだろう』

 追跡しながら羽鳥は決意した。『必要なら…あの人間を殺す』

 …つづく
                 えんぴつ

 ラボ、ラボラトリーは研究室・実験室といった意味合いの強い言葉のようです。
 手術室ならオペ室、集中治療室ならICUと色々考えたのですが、ラボにしました。

【神話夜行】 8(3−3)白い夜はこちら
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=74371386&comm_id=3656165

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