ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

アナタが作る物語コミュの【ファンタジー】 神話夜行 3 荒川河口・首都高速

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
 なんとか3作目です。
 そろそろ別バージョンに逃げたくなってきました。あせあせ

 6300文字。短めです。初出 09/03/20
 1話と2話はこちらから↓

【神話夜行】 1 −コウ(ゴルゴンの息子)−
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73750993&comm_id=3656165

【神話夜行】 2 新宿サザンテラス
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73851458&comm_id=3656165

 イラストは阿波木氏さん。
 2ヶ月近く前に送られたのに作業が遅くなりました。ごめんなさい。

                   レストランコーヒー

 コウは自宅のベットの中で一人眠っていた。しかし、かすかな意識が気配を感じ取っていた。
 空気に甘い柑橘系の香りが漂い、さわさわと何かがコウの髪に触れていった。

 コウ。みかけは十七・八歳の日本人。黒い瞳、肩までの黒い髪。
 身長はやっと百七十センチ。筋肉などお世辞にも無いと思うほどの細身。
 そして、男なのに美少女と言いたくなる顔立ち。

 ゴルゴンの三姉妹、つまり、長姉ステンノー、次姉エウリュアレー、そして末妹のメドゥーサ。
 コウはそのみかけとは違い、ゴルゴンの姉妹の三人が力を合わせて産み出した、最強の戦士に育つはずの若者だった。

 夢うつつに起き上がり、コウはいぶかしく思う。
 新宿高層ビル群の中でも、ひときわ高い百二十階建てのビル。
 その屋上に人知れずあるコウ達の自宅の中に、誰かが侵入できるとは思えなかった。
 でも、確かに誰かの気配が残っていた。空気が甘く優しい。まだ、胸の中が切ない。
 それとも、この感覚は見ていた夢の名残りなのだろうか。
 三人の母様と、まだ一緒だった頃の夢。地中海に面した丘の斜面。オレンジの木の白い花が一面に咲いていた。


「はあちゃん。お母様がたは、僕に会えなくても平気なのかなぁ…」

 翌朝の食卓で、コウは思わず羽鳥に聞いていた。

「そんな事はございませんよ。ぼっちゃま。
 お母様がたも、きっと寂しいと思っておいでです」

 顔と胸は女、体は鳥の羽鳥が答える。
 その顔はマリリンモンローの妖艶さと隠微さを保ちつつ、そのままアジア人にした。そんな形容がピッタリの美人だ。
 薄い眉。厚い唇。濡れたような瞳。朝の光の中で、栗色の艶やかな髪が、ゆるやかなカーブを描き肩のあたりで揺れている。
 本来なら翼の形の両の腕が今は美しい女性のそれに変わり、食卓にカップや皿を並べていた。

 二人には人間と同じような食事をする必要は無い。けれど、人の中にまぎれて暮らしていくならば、人間と同じ行動をしているほうがめだたない。羽鳥はそう考えていた。
 誰も見る事のできないこの家の中でも、できる限り人間と同じような生活をしていた。

「ですが、皆様お忙しい方々ですし、世界のあちこちに散ってお仕事をなさっていますからね。
 それで私にぼっちゃまを託したのでございますよ」

「うん…。知ってる。でも…」

 羽鳥の話は何度も聞いた話だ。でも…。

「それに、ぼっちゃま。
 お母様がたは何度もぼっちゃまに会いにおいでですよ。
 羽鳥にはかすかにしかわかりませんが、ぼっちゃまにはもっとはっきりとおわかりになるかと思います。
 お母様がた以外には、たとえ意識だけだとしても、この家は侵入を許したりはいたしません」

 キッチンの照明が、誇らしげにチカチカとまたたいた。

 お母様がたと別れたのは五百年も前だ。それにコウは小さかった。
 お母様がたの気配などとっくに忘れてしまった。
 でも、確かにこの家が、他の者の浸入を許すとは思えない。

『じゃあ、やっぱり夕べのあれはお母様だったのかな。お母様の誰だったのだろう…』

 それに『気配だけじゃなくて、その手で抱いて欲しい』とも思う。

 羽鳥は、元気の無いぼっちゃまのために、朝のホットミルクの中に入れる砂糖を、スプーン一杯分多くしてしまう。
 朝食の準備が全て終わると羽鳥は男バージョンに姿を変えた。

 男の羽鳥は三十歳代に入ったばかりの、やはりみかけは日本人。
 黒く短い髪。白い半袖のTシャツからは、鍛え上げた筋肉がはちきれそうにこぼれている。片方の耳にだけシルバーのピアス。
 体全体で『漢』を誇示していた。

「食え。全部だ。
 男なら食え」

 右手のナイフでコウを指しながら、そう言い、がつがつと食べ始めた。テーブルいっぱいに並べられた皿の八割以上が羽鳥のための皿だ。

『もう少し鳥バージョンの羽鳥でいて欲しかったなぁ…』

 コウは自分の事など眼中に無いかのように食べ続ける羽鳥を恨めしそうにながめながら、そう思う。
 そしてため息をつき、目玉焼きの皿にフォークを伸ばした。


 東京は不思議な街だ。最新の建築物のそのすぐ脇に、ごみごみとした路地が残る。
 三百年ほど前の地図と照らし合わせると、その路地はその頃からあった。
 そして三百年前と同じ場所に同じ店、馬具屋であったり、和菓子屋であったりするが、同じ名前の店を発見する。
 はるか昔の記憶と、めまぐるしく変わる現在が同居している。
 それから、全てを無視してそそり立つ建築物の脇に、原始のままと思える自然がある。

 たとえば荒川の河川敷、そしてその土手。河口近くには首都高速湾岸線の長い陸橋が空間を切り裂いてかかり、そのすぐ向こうは東京湾、海だ。風にはあきらかに潮のかおりが含まれる。地球上に海が現れた時から、吹いていた風だ。
 東側の土手と平行して空中を走る首都高速中央環状線が、首都高速湾岸線に直角にぶつかる。そして、たこの足のように分かれた葛西ジャンクションで繋がる。空中で絡み合う高速道路。そこを行きかう車の群れ。
 
 しかし荒川の西側、江東区側の土手は、水辺公園としていささかの手は入っているが、冬枯れした雑草が茂り、何百年か前の荒川の面影を残している。
 春にはつくしやヨモギ、せりが生え、採って食べる人間がいる。
 河に入れば今でもしじみが獲れる。都会の汚れた河に育つしじみを、獲って食べようという人間は少ない。けれども、たまに見かける河の中の人影は、江戸の昔のしじみ売りをほうふつとさせた。早朝、凍える手でしじみを採り、江戸の町なかに持って行き、売っていた。

 現代と過去が隣り合わせに存在する、その荒川の土手を歩くのが、コウは好きだ。
 重く湿った東京湾の海風は、地中海の乾いた海風とは違っていたが、しかし、コウに幼い頃を思い出させる。三人の母様と一緒にいた地中海の春。

 最先端技術の高速道路が造られるところも、江戸のしじみ売りもコウは羽鳥と一緒に見てきた。

 人影の無い、冬の午前の荒川土手を、潮風とたわむれるように歩き、コウのささくれ立っていた心は少しずつ静まっていく。

 ほほえみを浮かべ始めていたコウが、ふと歩みを止める。ゆっくりと広い川面に視線を移す。その瞳が真っ赤に燃え上がる。
 その色はピジョン・ブラッド。鳩の血の色と言われる、最高級品のルビーの、重くきらめく赤。
 意識を広げ、人間の視線の無い事を確認し、その髪も真っ赤に変わる。

 コウは念のために空間を閉じた。それは切り取るというのとも違う。
 意思のある者にはその場所を認識できなくなる。その場所は誰の関心も引かなくなる。そこに居るコウも認識できなくなる。
 そこは『ある』けれど、『無い』場所になる。たとえば、広い河口の向かい側、高速道路を車で通る人達も、土手に立つコウは目に入らない。見る気にならない。
 人間だけではない。木も草も風も、コウが支配した空間の中を、そこに居るコウを認識する気にはならない。
 半径何百メートルだろう。望遠のカメラでも彼の表情を映す事ができないほどに遠くまで、コウの支配はおよんだ。

 こげ茶色のジャケットが姿を消し、ベルトと財布をつなぐ二重のチェーンも消えた。コウの全身は戦闘体制に切り替わる。

 川面の水がざわめき、十歳ぐらいの少女がせり出すように現れる。すべるように土手に近づき、とん、と土手に飛び移る。
 サーモンピンクのミニスカートにサンドベージュのスパッツ。
 髪をひとつに束ね、細いピンクのリボンで結んでいる。
 彼女なりに動きやすい服装なのだろう。

「私の名はコレ。冥界の女王であるベルセポネの眷属(けんぞく)よ」

 コレは処女神で創造者。デーメーテールが母神で維持者。そしてペルセポネは老婆にして破壊神。ひとりの女神の三相を表しているとも言われている。
 今目の前にいる、コレと名乗る少女がその女神その人ではないにしても、眷属ながらコレを名乗っているのだ。その能力は今感じているようなひ弱なものではないだろう。
 コウは、これから始まる戦いへの期待で思わず微笑んだ。
 その微笑みは、赤く光る瞳と髪とあいまって、壮絶なまでに残酷だった。
 美少女のようなコウが、さらに日本刀のような美しさをまとった。

 コレもまた、空間を閉鎖した。彼女の方法で。薄い冬の日差しが、少し日がかげったかのように、さらに薄くなった。光に干渉し、二人の姿がどこにも届かないようにした。
 二重に閉ざされたこの場所は、この世のどこにも無い場所になった。

「あなたを殺さないと、私の母様が…!」

 コレが叫ぶと、彼女の後ろで川の水がせりあがる。先端がいくつもに分かれ、とがり、槍となって、コウをめがけてふりそそいだ。
 コウが、その髪を伸ばし、いくつかを切り裂いた。まるで手ごたえも無く切り裂いた。…はずだった。
 水でできた槍は、コウの髪が切り裂いた後も姿を変えず、コウめがけて突き進んでいた。
 体から一メートル手前で破壊できないと悟ったコウは、秒速百メートルで近づく槍を避けた。はずむような身のこなしで、何十と降り注いだ槍を全て避けてみせた。
 槍は大地に触れると水に戻り、土手の枯れ草を濡らし、冬の浅い光にキラキラと光った。

「二人もの仲間があなたに殺されたわ。
 私があなたを殺さなければ、母様が処罰されるの。
 誇り高い、優しい母様が…」

 また、河の水がせり上がる。

「いつまで、避けていられるかしらね。死になさいっ!」

 コレの叫びと共に、また槍がコウめがけて降り注ぐ。精一杯の力なのかもしれない。しかし、いかにも単調だ。戦う事に慣れている者の戦い方では無い。
 コウは、今度はほとんど動かない。紙一重で見切り、同時に何本かの髪を伸ばす。
 髪は水の槍を避けもせず突き抜け、真っすぐにコレに向かいその体にまといつき、からめとった。
 コレがコウの髪にその体の自由を奪われ、土手の枯れ草の上に押さえ込まれるのと同時に、全ての槍は水に戻り、土手に降り注いだ。

「はなしてえっ!
 あなたを殺さないといけないのよ! 母様っ!」
 
「ごめんね。きみには悪いけれど、僕もまだ死ぬわけにはいかないんだ。
 僕にも会いたい人がいる。
 それに、きみの力では僕を殺す事はできないよ」

 コウは髪を通じて、彼女の能力を封じ込めていた。先の二人よりも強かったが、それでもまだコウには物足りない。
 期待が大きかっただけに、コウの気持ちは沈んだ。
 大きく目を見開き、コウをにらみつけるひ弱な彼女の体の奥に、あのクリスタルを感じた。

「そのクリスタルを使えば、きみの世界に戻れるんでしょう?」

 土手に押さえこまれたまま、コレはうなづいた。まだ、その瞳はコウを見つめ続ける。

「帰りな。そして母様のそばに居るといい。
 どんな処罰か知らないけれど、そばに居られる間は居た方がいいよ」

 こわばった表情でコウの髪に逆らっていたコレの体から力が抜けていき、泣き顔に変わる。
 力の差を悟り、あきらめたのだろう。コウはゆっくりと髪をほどきコレに背を向けた。

「さようなら。きみの母様によろしく」

「母様…母様…」

 つぶやきながら、まだ泣き続けるコレの体から湯気のようなものが立ち上がり、人の姿になる。たくましい男の姿。後ろを向いたコウと、現れた男の間で、コレはまだ泣き続けている。

 コウにはコレの気配しか感じられなかった。現れた男は、完璧に自分の気配を消している。男の後ろで河の水がせりあがる。コレが作った数の何倍もの槍が現れる。それでも男の気配はコウには届かなかった。

 何百もの槍が、コウに降り注ごうとするその瞬間。パン! 乾いた音を立てて男がはじけた。
 振り返ったコウが見たものは泣き続けるコレ。そして、その後ろの真っ赤な大きな風船。直径二メートルほどの赤く光る風船のようなものが空間に浮かんでいる。
 風船の中の真っ赤な血のようなものがキラキラ光りながら消えていくのと同時に、その後ろ、河の上に浮かんでいた何百もの槍が水に戻り、音を立てて河に落ちる。
 コレの姿もしだいに薄くなり、揺らめき、消えていく。

 コトン。

 赤い風船のあった場所に、水色の林檎サイズのクリスタルが落ちた。

「羽鳥!」

 閉じられていた空間がほどけ、男バージョンの羽鳥が現れた。
 閉じられた空間の外から、羽鳥は風の力だけを結界の中に飛ばし、敵を真空の球で捕まえたのだ。気体だけではない。光も、時間も、エネルギーも、何も無い。羽鳥の作った真空以上の真空の中で、敵ははじけた。
 羽鳥はつかつかとコウに近づき、そしてコウのほほを打つ。

「叩き潰すまで、敵に背中を向けるなっ!」

 打たれたほほをコウは手で押さえ下を向いた。

「…だってコレは、…だって」

 身をかがめ、手を伸ばして、羽鳥がクリスタルを拾いあげる。その指がかすかに震える。

「ヤツはコレじゃない。冥府の女王でもコレは創造者、春を運ぶ者だ。眷族ならこんな戦い方はしない」

 コウにも、もうわかってはいる。コレの本体を、羽鳥が閉じて真空にした空間の中ではじけさせた時に、あふれ出した敵の力は、コレから感じた力とは異質で、しかも何倍もの大きさがあった。
 コレは敵の作り出した幻の存在だった。けれど、瞳に涙を溜めて、コウを見つめていた少女の顔は、まだコウの中に残っている。
『母様…』と何度も口にし、泣きじゃくっていた少女のひ弱な力は、コウ自身のようにも感じる。

「でも…、でも…。だって。…だって。

 …羽鳥なんか。
 羽鳥なんか、大嫌いだっ!」

 髪を伸ばして大地を叩き、急上昇したコウは上空で水平飛行に移る。
 羽鳥も追う。風を司り『すばやき者』とも呼ばれる羽鳥には、男の姿のままでもコウに追いつく事はたやすい。
 敵の気配が無いか探り、コウが人間の目から自分を隠しているか確認し、さらに敵からも認知されないようにカバーしているかチェックし、そして追う事を止めた。

 羽鳥の手はまだ震えている。

 朝食の時にコウの様子が変だったので、気になって来て見た。
 コウのお気に入りの場所。荒川の土手にコウの張った結界があった。さらに何者かが空間を閉鎖していた。慎重に探り、その閉じた空間の中でコウをみつけた。
 戦いの最中だったが、コウ一人にまかせてみようと見守る事にした。
 しかし、コウの後ろから何百もの槍がコウを襲おうとした時、思わず助けに入ってしまった。
 コウの髪は、コウに意識が無くても守ろうと働く。羽鳥が助けに入らなくても大丈夫だった。いや、もしそれでコウが大ケガをしたとしても、ギリギリまで羽鳥は助けに入るべきではない。

 忙しいコウの母様がたから、コウを託されたのは、ただ育てるためだけではない。
 羽鳥は戦士を育てているのだ。

 …終わり

神話夜行4はこちらから↓
 http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=73984508&comm_id=3656165

コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

アナタが作る物語 更新情報

アナタが作る物語のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。