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アナタが作る物語コミュの【恋愛・青春】 銀杏(ぎんなん)−異形の実−

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前書きに替えて

 さわやかな読後感をめざしてみましたが、どうなんでしょう。

 イチョウは漢字で銀杏。もしくは公孫樹。
 銀杏はギンナンとも読んで、ギンナンは実のほう。
 というわけで、銀色の杏子(きょうこ)さんと公樹(ひろき)くんが主人公です〜。

 11月15日が七五三だったそうです。

 イラストはひろもるさん。写真は私。

 初出 08/12/24 約5900文字。


                 えんぴつ

「ずいぶん大事にしてるんだね。そのイチョウ」

 私が銀杏(ぎんなん)を埋めていると、公樹(ひろき)兄さんが言った。
 ちょうど1年前、兄さんが高校2年で私が中学3年の秋の事。
『見てたんだなぁ』って思った。

 庭のイチョウの樹はちょうど私の背丈しかない。
 私が3歳の時に銀杏を埋めて、芽を出し、育った。
 その実は異形の実だった。ふたつがくっついてひとつになっていた。

 2・3年前から実をつけるようになった。
 やっぱりどれも異形の実。
 その実を私は昔のように埋めている。
 でもまだひとつも芽を出さない。

 私が庭の小さなイチョウの樹を大事にしている事を、兄さんが見ていた。
 それを知って、切なくなった。

「昔もらった銀杏から育てたのよ。
 私の好きな人からもらったの。私の大好きな大事な人」

「だれ?」

「言えない。秘密」

 なんで言ってしまったんだろう。
 兄さんの口元が、なにか言いたそうに震えた。
 けれど、何も言わず家の中に入ってしまった。

                  もみじ

 妹、杏子(きょうこ)は少しアルビノがある。色素が薄い。
 髪は真っ黒だけれど光のかげんでガラスのようにすけてしまう。
 肌もぬけるように白い。白人の白さともまた違う。すけるような白さだ。
 でも、なにより不思議なのはその瞳だ。
 普段は真っ黒で。
 むしろ他の人よりも黒いのに、やっぱり光のかげんなのか、時々銀色に輝く。
 ほっそりとした体つき。真っ黒でまっすぐな長い髪。
 杏子は庭にある異形の実をつけるイチョウの樹の精のようだった。
 なにかのかげんで、光のかげんで、消えてしまいそうだった。

『昔もらった銀杏から育てたの。
 私の好きな人からもらったの。私の大好きな大事な人』

 覚えている。僕があげた。
 母とふたりで行った七五三。
 初めて着た羽織袴に興奮して5歳の僕は走り回り、母とはぐれた。

 そして神社の林のイチョウの樹の下で泣いている女の子をみつけた。
 3歳のお祝いの赤い着物。イチョウの葉の形のかんざし。銀色に光る瞳。

『イチョウの樹の精に出会ってしまった』5歳の僕はそう思った。

 僕は僕の手でその子の顔をなでまわし涙を拭いた。
 拭ききれなくて、口ですった。
 僕の手についていた銀杏の匂いがついてその子の涙は腐ったような匂いがした。
 その匂いで思い出し、さっき拾ったばかりの銀杏の実をその子にあげた。
 ふたつがひとつになった異形の実。僕がみつけた不思議な形の宝物。
 それからもう一度、口で涙を拭いた。拭くふりをしてその子の口にキスをした。
 それから僕はどうしたんだろう。多分母にみつけられて家に戻った。

 3歳だった杏子はどのくらい覚えているのだろう。
 あの時異形の実をあげたのが、5歳の僕だと覚えているのだろうか。

                    もみじ

 兄さんが何も言わず家に入った後、記憶をたどった。
 覚えている限りの昔。私の最初の記憶は3歳の時の七五三だ。
 その前に母の長い入院があり、お葬式があるはずなのに、何も無い。

 ぽっかりと私はイチョウの樹の下で泣いていた。
 父とふたりで来た七五三で父は幼馴染の女の人に再会した。
 幼い私に詳しい会話はわからない。
 でも父の心がその時その人に向かい始めた事に気がついてしまった。
 世界の全てが壊れていくようで悲しかった。
 多分黙ってその場を離れた。
 そして、イチョウの樹の下で泣いていた。

 いきなり男の子があらわれてその手で私の涙を拭いた。黒い羽織袴。
 ふたりともなにも言わなかった。男の子が私の涙を口でぬぐった。
 袖から銀杏の実を取り出して、私の手に握らせた。ふたつがひとつになった異形の実。
 それからもう一度口で涙をぬぐい、ぬぐうふりをして私にキスをした。
『きっとイチョウの樹の精。私はイチョウの樹の精と約束をした。そして、宝物をもらった』
 そう思った。
 それからどうしたんだろう。多分父の元に戻り叱られたんだろう。

『どこに行ってたんだ。心配したぞ』

 銀杏の腐ったような匂いが着物にそして私にしみついていたはずだ。
 その匂いは、そのまま私の心にしみつき、根を張って行ったのだろう。

 私が小学校に入る年に、あの男の子と再会した。

 よそいきのワンピースを着せられ、髪にリボンをつけられ、レストランの個室に入った。
 あの時の女の人が居た。
 父の笑顔が、すっかり父の心がその人のものだと語っていた。
 でも、それより。その人の横にあの男の子が居た。
 大きくなっていたけれど、面差しはあの時のままだった。

『また会えた。イチョウの精じゃなかった。本当に居たんだ』

 うれしくて、信じられなくて、涙が出た。止まらなかった。
 私の涙に女の人の顔色が変わった。
 ざわついた大人達の話し声。会食はとりやめになり、そのまま帰った。
 私は男の子をずっと見ていた。
 男の子は、にいさんは私を見なかった。

                   もみじ

 僕がイチョウの精だと思っていたあの女の子の写真を母に見せられたのはいつだったろう。

『あの子に会える』
 僕は喜んで母について行った。

 けれど彼女は部屋に入るなり泣き出した。
 その父の足にしがみつき僕のほうを見て泣いた。
 母とその子の父親の会話を僕は聞いた。

『杏子はまだ母親を忘れられないのかもしれない。僕を盗られると思っているのかもしれない』

 慌てたような彼女の父親の声。

『あの子、杏子っていうんだ。
 でも今度はその涙を拭いてあげられない…』

 僕は杏子の顔を見られなかった。

                    もみじ

 それから時々その女の人が家に来るようになった。
 彼女の名前が奈々子、男の子の名前が公樹(ひろき)だと知った。
 たまに公樹さんもついて来る。

 父に言われ、ふたりだけで庭に出た。
 庭には異形の実から萌えたイチョウの樹が伸びだしていた。
 公樹さんが気がつき立ち止まり、ふたりで黙ってイチョウの樹を見ていた。

『公樹さんはあの時の事を覚えているだろうか。
 あの時イチョウの樹の下で泣いていたのが私だと気がついているだろうか』
 そう思っていた。

                    もみじ

 小学生の杏子と僕。ふたりで黙ってイチョウの樹を見ていた。
 昼下がりの光の中で杏子の目が銀色に光り、幼い七五三の時の記憶と重なった。

『杏子はあの時の事を覚えているだろうか。
 あの時僕が異形の実をあげた事を覚えているだろうか』
 そう思っていた。

 僕が中学2年、杏子が小学6年生の時、僕らは兄妹になった。
 ふたり同じ家に暮らすようになり、僕は僕の想いを思い知る。
 日に日に杏子は育ち、女らしくなり、イチョウの精のように美しくなっていく。
 大事に守りたい。
 なのに心の中で何度も彼女を汚してしまう。
 腐った銀杏の匂いが僕の心を染めていく。

 庭のイチョウはその実をつけた。ふたつがひとつになった異形の実。
 きっとあのイチョウはあの時の僕があげた銀杏。

『昔もらった銀杏から育てたの。
 私の好きな人からもらったの。私の大好きな大事な人』

 杏子は覚えていた。そして、きっと知っていた。
 それが僕だと。

 片想いだと思っていたら、まだあきらめられた。
 家を出て遠くの大学に進学しよう。でも、できない事を知っていた。僕は離れられない。
 学校帰り、駅前で時間をつぶし杏子を待ち、偶然を装ってふたりで家に帰る。
 高校3年生になってもそんなたわいの無い事を僕はただ繰り返す。

 ネットで自殺サイトをめぐる。杏子を守るために自分を消す。
 そう考えている間だけ僕は幸せだった。
 自分の部屋で自殺サイトを見ていたら、いつのまにか杏子が僕の後ろに立っていた。
 白く細い腕を伸ばし、椅子に座った僕の体を後ろから抱きしめた。

「…一緒に逝きましょう。公樹さん。
 …片想いならあきらめられたわ」

 なにもかも気づかれていた。そう思っても僕はむしろうれしかった。

「ごめんなさい。
 なんで言ってしまったのかしら。
 …公樹さんが覚えているなんて思わなかった」

「忘れるわけない。僕の大切な思い出だった。
 言ってくれてうれしかったよ。
 再会した日に杏子が泣くのを見てから、僕はずっと片想いだと思っていた」

「1年前、私が言ってしまってからずっと苦しんでいたでしょう?
 それで、気がついたの。
 覚えてくれていたんだって。そして公樹さんも私の事を…って。
 ありがとう。
 でも…もう見ていられない」

「苦しくても幸せだったよ。
 僕のほうこそごめん。強くなくて。こんな事しかできなくて」

 あの日から1年たって庭のイチョウはまた異形の実をつけていた。
 その実を杏子はまた丁寧に庭に埋めた。

「今度こそ芽を出すといいわね」

「うん」

『僕らの代わりに…』
 口には出さなかった。

 両親に知られないように普通どおりの生活をし、必要な事はメールでやりとりをする。
 念のために暗証番号でロックをかけた。

 僕が受験勉強で寝られないと言って医者からもらった睡眠導入剤と、杏子が買ってきた七輪と練炭をレンタカーに積んだ。

「どこがいい?」

「あの神社。私達が出会ったあの…」

「うん。僕もそう思っていた」

 七五三の時期は終わっていた。人影は無かった。
 裏手から林に入り車を停めた。
 子供の頃感じたうっそうとした林ではなかった。
 金色の落ち葉が降り積もり、降りしきり。
 葉の少なくなったこずえ越しに初冬の光があふれていた。
 明るい金色の光に包まれて、杏子の瞳が、髪が、銀色に光っていた。

『ごめん。守れなくて』

 練炭に火を点け、睡眠導入剤をペットボトルのお茶で飲んだ。
 手を握り合って、額を寄せ合い目を閉じた。
 杏子の体はきれいなままだ。

『それだけで許して下さい』
 杏子の親父さんに心の中でわびた。

 母さんにもわびた。
 ゆるゆると意識が途切れていって、杏子の手の冷たさを感じなくなっていった。

 どこかで音が聞こえうっすらと目を開けようとした。
 母さんが大きな石でフロントガラスを割っていた。

『なんであんな大きな石が持てるんだろう』ぼんやりと考えた。

 杏子の父親が血だらけの手で杏子の体を車から引きずり出していた。

『やめてくれ』動かない体で追おうとして、意識が切れた。

                   もみじ

 目を開けた。公樹さんはどこ。焦点が合わない目で公樹さんを捜した。
 それから気がついた。車の中じゃない。私はベッドの中だ。
 かすかに聞こえていたのは公樹さんのお母様の泣き声だ。

 私が目を開けた事に気がついて、お母様は涙をふき背筋をしゃんと伸ばして病室の椅子に座り直した。
 それだけで私はほほを打たれたように感じた。

 父が私の顔をのぞきこみ

「そのまま、もう少し待っていなさい」と言った。

『なにを? 私はなにを待つの?』声が出なかった。
 ほほが温かくなり、涙を流している事に気がついた。
 この先に永遠の孤独が待っている。
 公樹さんが生きていても死んでいても、私は私が生きている限りひとりだ。

                   もみじ

 だれかの泣く声で目を開けた。
 身を起こそうとしたが、だれかにとめられた。
 母だった。

『杏子は。杏子はどこだ』

 隣のベッドで僕を見ている杏子と目が合った。
 声も出さずに泣いていた。僕の耳に聞こえた泣き声は杏子の心の泣く声だ。
 これから僕達はひとりで生きていく。生きているとは言えない生を生きていく。
 きっともう死ぬ事もできない。

「ふたりともよく聞きなさい」

 杏子の父親が静かに話し始めた。

『なにを聞けば良いというのか。全ては意味が無いというのに』

「きみ達は死ぬ必要は無い。
 きみ達は兄妹じゃない。愛し合って、結婚だってできる」

「きみ達を引き合わせたあの日。
 杏子が泣くのを見て、僕は公樹くんのお母さんとの再婚をあきらめようとした。
 奈々子さんに結婚ができない事を、けれども愛していると告げた。
 しかし彼女が言うんだ。

『杏子さんが泣いたのは私達の再婚のせいじゃない。杏子さんは公樹を見ていた』

『そんな馬鹿な。杏子はまだ小学校に入ったばかりだ』僕はそう思った。

 僕達は話し合って、ふたりを会わせた。
 何回も。ゆっくりと。
 ふたりで庭のイチョウの樹を見つめていた、その後ろ姿を見て、僕も認めないわけにはいかなかった。
 幼いふたりの間に恋が始まっている。

 僕達が結婚してしまったら、きみ達の恋は否定されてしまう。
 だから、僕達は婚姻届を出さない事にした。きみ達は兄妹じゃない。

 きみ達の恋が幼いまま思い出に変わるなら、そのまま家族でいよう。
 その時には婚姻届を出そう。
 だから、きみ達には伝えなかった。
 その事がきみ達を追い詰めてしまったね。
 その事を許して欲しい」

「公樹君。きみ達の様子がおかしいと初めに気がついたのはきみのお母さんだよ。
 いつのまにか静かな片想いでは無くなっていた」

 杏子がベッドを降りるのが先だったろうか。僕のほうが先だったろうか。
 ふたりで引き寄せられるように手を伸ばし合い、杏子の細いからだが僕のうでの中にあった。

 メールさえ打てなかった僕の母が、杏子の父親に習って、仕事で忙しい彼の代わりに僕のPCの履歴を調べ自殺サイトを巡っている事を確認した。
 ふたりの携帯の暗証番号を割り出し、メールを読み、GPSでふたりの位置を追っていた。

 僕達さえ知らない事も母達は知っていた。
 僕達はふたりして駅前で時間をつぶし、偶然を装って会い、家に帰るまでの短いふたりの時間を作っていた。

『一度死に近づかなければ、とりつかれた死からは離れられない。きっと』

「そうカウンセリングの医師に忠告されていた。
 時期をみて話し合おうと思っていた。
 でも、こんな思い切った事をするとは思わなかった」

 杏子の父親の話す声が遠くさざ波のように聞こえていた。
 僕のうでの中で杏子の瞳が銀色に輝いていた。

 目のすみで僕の母が杏子の父を引きずるようにして病室を出て行くのを見た。
 それから目を閉じた。杏子も。

「やっと、きみにキスができた」

 目を閉じて、僕の胸の中で浅い息をしている杏子に言った。

「…うそつき。
 …2度目だわ」

 小さな声で杏子が言った。
 僕が5歳。涙を拭くふりをして交わした幼いキス。僕は微笑んだ。
 何ヶ月ぶりかの笑みだった。

「もっと強くなるね。きみを守れるように」

『杏子の父のように強く。
 僕達の恋を守るために、愛する人との結婚をしなかった杏子の父のように強く。
 僕達も、僕の母の事も、彼は手を離さなかった』

                    もみじ

「私ももっと強くなるわ。公樹さんを助けられるように」

『公樹さんのお母様のように。
 私達を助けるために静かに長く見守り続けたお母様のように。
 今度は一緒に死ぬのではなく、一緒に生きる事を考えられるように』

                   もみじもみじ
 
 僕達の恋は、銀杏の実のように、腐った匂いの果肉に包まれて育った。
 けれども、硬いからに守られて、美しく育つつややかな銀杏の実のように育った。
 そして僕達は異形の実。ふたつの実がひとつになって産まれてきた。

 …終わり

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