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アナタが作る物語コミュのニャーについて

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 おそらくこの作品が私の最初に書いたものです。
 なので、最初にUPします。
 友人が同人誌を作り、その埋め草にと頼まれました。

 イラストはコウ0000さん。コウさんに描いていただいた最初のイラストです。


               猫 ニャー

 ニャーが我が家に住み着いて、まだしばらくの頃だった。

 事の始まりは、田舎のおじが死んだ事だ。
 詳しい続柄は知らないが、ともあれ父と母は正装を用意し、商売物の車を転がし、出かけて行った。

 関東近縁から親類がわさわさと集まり、次の日母は新しい情報をしこたま仕入れて、目を輝かせて帰って来た。
 父もトランクいっぱいの野菜を集めて来て、「これはみんな、ただだぞ」と小声で吐いた。

 いつもなら大声でわめくところだ。なにか魂胆があるに違いない。

 案の定、興奮し、どこの誰かが結婚したとか、あのみっちゃんが子供を産み、と話し続ける母をおだて上げ、きんぴらごぼう、なまらっきょうの酢味噌和え、さつま芋の甘露煮などを作らせた。
 どれも父の好物だが、「手がかかる」と母はあまり作りたがらない。

 うまいうまいと食べる、父とその息子の顔を見て、母はしまったという顔をした。
 ごぼう、らっきょうと来て、さつま芋となると結果は判っている。

 1時間ほど後だった。
 父はコタツに横になり、テレビを観ていた。その息子もまたコタツに横になり、こちらは殊勝気に宿題などをやっていた。

 私は放屁なるものが伝染する事を知った。

 続けて2発の轟音が轟き、コタツの中で何かが悲鳴を上げ私の足に爪を立てた。
 ニャーが私の足を枕に、コタツの中で寝ていたのだ。
 急いでコタツ布団をめくったが、ニャーはよろめく足取りで這い出し、その場に倒れた。

 次の日の昼までニャーは、そのまま昏々と眠り続けた。
 私は鼻を突く臭いに思わず布団を取り落とし、事なきを得た。

 今ではニャーもそれ程ひどい被害は受けなくなっている。
 父とその息子がコタツに入った時には、自分は入らない様にしている為かと思ったが、それよりも、ふんと鼻をしかめ、二・三度前足で顔を撫でると、いつもと変わらぬ足取りで表に空気を吸いに行く。

 やつは完全に我が家の住人になったのだ。



              芽 祖母と庭

 ユリ根の皮を剥ぐ様に、祖母の記憶が薄れて行く。

 酢味噌和えにするとおいしいよ。
 そう言って祖母は、取って置きのユリ根を茹でて食べさせてくれた。

 いつも白い割烹着に、手ぬぐいを姉さん被りにして、庭に降る白いこぶしの花びらを掃き寄せていた。
 掃いても掃いても降りしきるこぶしを、竹ぼうきで祖母は丹念に掃き寄せ、庭はいつも塵ひとつ無い、むき出しの肌を見せていた。

 塵取りに取る場所はいつも決まっていて、そこは長年の習慣に、こんもりと土が盛り上がっていた。私にとってはさまざまな物がそこにはあった。

 セミの抜け殻、白い石、取り忘れたこぶしの花びら、びわの種。
 思いがけない時にそれらはぽつんと置かれ、みな私の宝物となった。

 つつじの陰の雪ノ下としその葉はテンプラや佃煮となって食卓を飾り、むかごは私に私の記憶に無い昔を思い出させた。

 小手毬と雪柳は兄弟で、菖蒲と杜若もそう。
 祖母は一言一言私に話した。知識ではなく子供の直感で、私はそれらを見分けた。

 祖母の手はまた、たくさんの事を語った。
 鬼百合の花弁はゆっくりと揉みしだき、中に空気を吹き込むと風船になる事を、茄子もまたそうすると、小さな水入れになる事を。
 私は感嘆を漏らしてその手をみつめた。

 片手で三つのお手玉を。
 ピッタリ3寸手前で停まるおはじきを。
 何度やっても私にはできなかった。

 ぐみの甘酸っぱい味、雪ノ下の無味とも言える味、しその香りきつい味、むかごの青臭いとろりとした味。祖母は自然の中に含まれる微妙な差を適切に見極め私に伝えた。

 庭の東の角に甘柿が在り、西の角には渋柿が在った。実が実ると祖母はその両方の実を一つ一つ記憶に刻み込み、「今日、誰かが渋柿を盗って行ったよ。」とうれしそうに笑った。甘柿を盗られても、やはり祖母は同じ様に笑った。そして、近頃の子供は柿の取り方を知らない、と呟く。祖母に言わせると、Y字になった木の枝で、枝ごと実を取るのがまっとうな取り方なのだそうだ。そうすると来年新しい枝が出て、また実がなるのだから……。

 庭木戸の側には壊れた小さな土管が転がっていて、近所の子供たちは、と言っても私と同年代だが、その土管の中に2Bを投げ込んだ。2B花火は土管の中で爆発し、思いもよらない大きな音になる。その度に祖母は驚き、血圧が上がると怒りながら一向にその土管を片付け様とはしなかった。彼らとの小さなやり取りを、祖母は祖母なりに楽しんでいたのだと今では分かる様になった。

 祖母はまた、丹精した花を近所の人達と分け合った。だから、小さな庭には雑多な植物が生い茂り、常に何かが花をつけていた。
 そして、観賞用の大きな花よりも、むしろ小さな花の方が、それぞれに自分らしく美しい事を私は知った。

 ぼけや白いタンポポ。こぶし、雪柳、小手毬、お茶の木、金木犀。
 そうした慎ましい花は皆、祖父が子供達を失い、祖母と二人きりで、ここに移り住んで来た時に植えた物だ。
 二階の屋根ほどに大きくなり、毎年白い花びらを降らすこぶしも、祖父が、植木市でやっと見つけたと買い求めて来た時には、まだ祖父の背丈位だったと祖母は小さく笑った。

 暇を見つけては庭に下りていた祖母は、あるいはそうして祖父の植えた花々を辿り、先立った夫を捜していたのかもしれない。

 庭は今、砂利が敷かれガレージになっている。


               もみじ 祖母・母・私

 「何もかも持って行った。」

 母はくやしげに言った。私は食べかけの茶碗から顔を上げ、母を見た。

 祖母と母は互いに気を使いながら、どこかでつながり合っていた。死別、離別の差はあるが、一度結婚に破れた男に嫁いだという同じ気詰まりが二人を近づけたのかもしれない。
 だが、それだけではない輪が二人にはあった。そして、いつか私もその輪に含まれる事を知っていた。

 祖母のたてる脳溢血特有のいびきを隣の部屋で聞きながら、母の想いは一体何を求めたのだろう。多分母は自分を見つめていたのだ。
 葬儀の朝、母は言った。
 「これでもう、気にかけねばならない人は居なくなった。」
 その残酷な響きに、私は母の恐ろしさを思った。
 けれど今、「何もかも持って行った。」という言葉の中にあるくやしさは、あの残酷さとすれ違い、そして、微妙に重なり合う。

 母は私を二階へと駆り立て、からっぽになった箪笥を見せた。

「いくら形見分けだからってなにも……。」

 母の手は残りの包装紙と二・三枚の足袋の間をいらいらと動いた。
 私は言葉を失っていた。いっそさっぱりする。
 だが、不在を改めて知らされた。胸の中に澱が溜まり、奥へと沈んでいった。

 ひとつの形を失ったまま、月日は過ぎて行く。

 季節は冬。
 新しい歯車が回り始めようとしていたが、生々し過ぎる思い出は家族の足を引っ張り合う。
 ちぐはぐにすれ違う会話。おもいやりまでもが、気詰まりに変わる。

 母は徐々に太っていった。

 ある夜、絵を描く資料を探す為に、私はしばらくぶりに祖母の部屋に入った。
 においにならない祖母のにおいが取り巻き、祖母の写真が私を見下ろしていた。
 私はかたくなに自分を守った。

 そこにまだ祖母が寝ているかのように、静かに部屋の中を移動した。
 いくつ目かに、祖母の枕元にあった納戸を開けた。

 中には、とっくりとおちょこ一組。それにグレーのマフラーがあった。

 心が動きを停止し、全てを受け止める準備を始めた。
 どこかが冷え、代わりにどこかが熱くなり、ひとつの情景が目に浮かぶ。

 頭が痛いと祖母は、その夜も酒を飲んだ。
 私はふすまの陰に立ち、うつむきがちに言った。

「脳溢血にお酒はよくないよ。」

「かまわないよ。それに飲むと少し楽になるんだよ。」

 私を見たのか、見なかったのか。それが最後の会話になった。
 次の日祖母はまた発作を起こし、ついに逝くまで話す事はできなかった。

 グレーのマフラー。
 あまりの小ささにすぐには気づかなかったが、これは小学生の弟と中学生の私が買ったものだ。
 冬の町を、祖母と父母の三人に、私達はクリスマスプレゼントを買い歩いたのだ。

 このマフラーを首に巻き、片手をマフラーでくるみ、片手に買い物かごをさげて、祖母はうつむきがちに歩いた。
 道で、そんな祖母に出会うと、私もうつむき、目の端で祖母を捕らえた。
 いつの間に、そんな習慣を私達は身につけたのだろう。

 このマフラーでは小さ過ぎたろう。寒かったろう。
 だが振り返れば祖母は、いつもこのマフラーをしていた。
 これを通せば、冬の寒さも孫の温かさになったのか。
 けれど孫の温かさはまた、孫の寒さでもあったろうに。

 とっくりとおちょこ。
 多分最後の酒か、とっくりの底にとろりと溜まっている。
 この酒の甘さは祖母の命の甘さだろうか。これが祖母を奪ったのか。

 マフラーととっくりとおちょこを丁寧にしまい、自分の部屋に戻り、枕をかみ声を殺して私は泣いた。外は春の夜だった。

 いつも、最後の雪を待つ間に木の芽はふくらみ、やはりあれが最後の雪であったかと思う頃には、春はもう確実な物になっている。
 風は確かに去年よりも、より多くのものに彩られ、その深さを増し、私を旅へと誘う。
 人は皆、失った場所を何かで埋め、新しい絵を構成するのか。
 私はあれからあの品々を見ていない。

 15号でなければ入らなくなった母を、父はまだ薄気味悪い物のように見ている。

        猫 ニャーについて

 祖母の庭が無くなってから、ニャーは我が家にやって来た。
 そして、そのニャーもすでに逝った。

 それでも、時々夢見てしまうのだ。
 祖母の庭の片隅で、安住の地をみつけた野良の子猫が、丸くなって眠る姿を。
 童男つつじの陰で、野スミレの側で、まどろむニャーの姿を。

 そしてニャーの近くで、白い割烹着の祖母が、竹箒で丁寧に庭を掃く姿を。

 ひとりと一匹が、今頃どこかできっとそんな絵を描いている。
 そして、いつかその絵の中に、私も居る事になるのだろう。

 …終り

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