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アナタが作る物語コミュの【神話夜行シリーズスピンアウト】神話夜行(千葉編)第2話〔前編〕

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 お久しぶりの登場です。どうもリバーストーンです。
 この作品は【神話夜行シリーズスピンアウト】GODHUNTERの続編です。
 原作、前回の予備知識がなくても楽しめるように出来ておりますが、今までの設定や話が気になった方は原作と第1話をお読み頂けると更に楽しめます!^^

原作、神話夜行はこちらから↓
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=40698768&comm_id=3656165

本編の第1話はこちらから↓
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=44278760&comm_id=3656165

今作は少し長めなので、前編、後編と分けさせて頂きました。
ちなみに上のイラストは主人公のファイと雪人のイメージイラストです。
想像力の支えになって頂けると幸いです。

《注意》
 この作品はレイラ・アズナブルさんの『神話夜行シリーズ』の設定をお借りして書いた、二次創作物となっております。

 この作品の投稿に際して、原作者のレイラ・アズナブルさんの許可を頂いておりますが、二次創作物が駄目な方や、原作のイメージを損ないたくない方が閲覧すると気分を害する恐れがあります。

*************************************************************************

 ―――何かおかしい。
 夕方の高校の校舎の中にある二階の渡り廊下に足を踏み入れた途端、ここの生徒である藍沢琴乃は妙な感覚に襲われた。

 なぜだろう、やけに静か過ぎる。
 手元の腕時計をちらりと見た。現在六時四十分。大抵ほとんどの生徒は部活動に行ったか、あるいは下校している時間帯だ。教師を含めて校内にはまだ何人か残っていてもおかしくはないはずなのだが、その気配すらまるっきり感じ取れない。

(この感じ、違和感? いや、これは違和感というより、むしろ)
 ――――異質。
 そう、まさに異質だった。何かがこの場所にいる自分を疎外しようとしているような異空間。

 古い建物が増築されて新しい建物とくっついたその境目みたいに、そこだけの地点を切り取られて別物にすげ替えられた不可思議に感じる拒絶反応。
 見慣れた校舎なのに、まるで樹海に迷いこんだ気分だ。
 あまりの不気味さに手がじっとりと汗をかく。

(でも、渡さなきゃ。年に一度の公に告白できるチャンスなんだもの)
 手さげのバックを抱え、琴乃は渡り廊下を突き進む。
 本日は二月十四日。公に告白できる絶好の機会なのだ。この中に入っているチョコを渡すまでは絶対に帰れない。

 琴乃の憧れの先輩、三年の風花(かざはな)先輩は女子にとても人気が高い。もちろんチョコ渡しも戦争で机の中にチョコの先置きは当たり前、廊下で待ち伏せている子もたくさんいる。スタンダードに下駄箱の中に入れておく子もいたけど、次にチョコを入れようとした子が前に入っていたチョコを捨ててしまう可能性が非常に高い。
 散々悩み、次の手を思案しているうちに、気がついたらいつの間にか夕方の時間になってしまっていた。

『下校時に校門で待っていれば、きっと顔を合わせられる』
 最終手段で待ち伏せの覚悟を決めた琴乃は、下校時間から一時間程粘ったが、目当ての張本人がなかなか姿を現さない。不安にかられ、ついに待ちきれなくなった琴乃は再び校舎に入り、今こうして先輩を探しているというわけだ。
 探し始めてもう十分。未だに先輩は見つからない。

(おかしいなぁ)
 もしかして、すでに帰ってしまったのだろうか? 最悪のすれ違いを想像して琴乃は首を左右に振って、妄想を払いのけた。ふと視線が天井や壁に移る。

(ううっ)
 それにしても、夕方の校舎はどうしてこんなにも薄気味悪いのだろう。廊下の染みのある壁やひび割れたタイルが仄暗いせいか、いつもより古びて朽ち果てて見え、建物全体を廃墟に変貌させている気がした。
 早くここから抜け出したい。
 そう琴乃が思っていた時、

「藍沢さん? こんな時間に何をしているの?」
 落ち着いた女性の声が自分の背後から聞こえてきた。後ろを振り向くと、そこには清楚な空気が漂う髪の長い女子生徒が立っていた。

「こ、紅月(こうづき)先輩」
 三年生で生徒会長をしている紅月沙夜先輩だった。
 思わぬ登場人物に、琴乃はどぎまぎする。
 腰まで伸びている黒髪の艶やかなロングヘアに、長いまつ毛を持つ二重目蓋の瞳、それに人形のようにきれいな白い柔肌。加えて高校生とは思えない成熟したプロポーションと大人びた雰囲気が、彼女を少女というより淑女と言った方がピッタリな感じに仕立て上げている。
 時々女性の自分でさえ、うっとりしてしまうほど、その美貌はとてもなまめかしい。

 容姿、性格、成績、運動神経、どれを取っても引け目のない完璧な人柄は、同じ生徒会で仕事をしている琴乃はもちろんのこと、学校の生徒全員の憧れの存在で、色んな意味で彼女は有名だった。ある噂に関しても。

「もう下校時間は過ぎているから、早く帰りなさい。それとも何か忘れ物?」
 ゆっくりと話しながら歩み寄る沙夜に、琴乃は戸惑う。正直なことを言うべきなのか、少々迷ったあげく、しどろもどろで琴乃は答えた。
「あの、・・その風花先輩を探していて」
「風花君を?」
「はい、紅月先輩は確か同じクラスですよね? ご存知ありませんか?」
「そうね、多分もう帰る準備をして玄関に向かったと思うけど、一緒に行く? 私も見回りの最中だったから」
「はい」
 少し彼女の台詞に引っかかるものを覚えたが、琴乃は素直に頷いた。やや緊張気味に沙夜の横に並んで歩く。

(優しい先輩だなぁ)
 琴乃は彼女の横顔を眺めて尊敬をしつつも、同時に沙夜が手に届かない遙か遠い目標に感じた。こんな人と釣り合う人間になんてとてもなれない、と思ってしまう程に。

(やっぱりあの噂は本当なのかな?)
かすかに覚えた疑問の芽に、琴乃は息が詰まりそうになる。
もし、事実だとしたら自分にはまるっきり勝ち目がない。むしろ、完璧である彼女こそが相応しいと思ってしまう。だから本人にこんな事を直接聞くのは無礼を承知だったが、どうしても確認しておきたかった。

「先輩」
 足を止めて、琴乃は沙夜に向き直る。
「ん? 何?」
「えと、ちょっと訊きたいことがあるんですけど、気分悪くしないで下さいね」
「なに、改まってどうしたの?」
 琴乃の大げさな必要以上の真剣な面持ちに、沙夜は少し可笑しそうに笑う。なるべく彼女に悟られないように、琴乃は大きく息を吸って呼吸を整えた。意を決して口を開く。

「あの、・・・紅月先輩と風花先輩が付き合っているって話、本当なんですか?」
 学校では二人でよく話しているのを見かけるし、結構一緒に行動しているのも知っている。両方とも文句のつけ様のないほど、綺麗な顔立ちをしているし、何より互いに並んでいる姿はとても絵になっていた。自分じゃ紅月先輩には適わないのは、わかっている。だからこそ、はっきりと今ここで二人の関係を知っておかなければならない。自分の気持ちがすべて無意味に散ってしまうその前に。

 琴乃は返ってくる答えを待ちつつ、震える手で袋を握る。
 沙夜は突然尋ねられた質問に、少々あっけにとられていたが、彼女の両手にぶら下がっている袋の中から、ラッピングされたハート型の形の品物を見て、納得したように頷くと、口元に右手を当てて上品に微笑んだ。

「安心して。私と彼はそんな関係じゃないから、恋敵にはならないわよ。そのチョコ受け取ってもらえると良いわね」
 沙夜の優しい笑顔に琴乃は、噂の誤解が解けた安堵と、自分の心情を察してくれた先輩の心遣いに感動し、泣き笑いの表情を浮かべた。琴乃の頭にそっと沙夜の手が添えられ、彼女の頭を優しく撫でる。まるで妹のように自分の頭を撫でてくれた沙夜に、琴乃は指で涙を拭いつつ「ハイ」と小さく答えた。勇気付けられた嬉しい気持ちが心一杯に広がる。

(これで風花先輩に伝えられる。ちゃんとした私の想いを)
 琴乃はようやく涙を止めて、エールを送ってくれた沙夜に笑顔を返した。落ち着きを取り戻した琴乃にほっとしたのか、沙夜は彼女の頭から自分の手を離すと、思い出したように琴乃に語りかける。

「そういえば、藍沢さんは知ってるかしら?」
「え、何をですか?」
「恋ってね。男女問わず人間が持つ生命エネルギーで最大限の力を発揮する感情なのよ」
 いきなり沙夜の口から出てきた哲学的な言葉には、胸を動かされるような不思議な神秘さが秘められていた。確認するように琴乃は聞いた単語を復唱する。

「生命エネルギー・・・ですか?」
「ええ、想いが強ければ強いほど、とんでもない力を持つ呪いにもなるの。時には神の力をも破る呪いにね」
 彼女が言い終えた時、突然、強烈な高音と共に琴乃の視界が波打って歪んだ。

(え? 何これ?)
 今まで体験した事のない不快感に琴乃は平衡感覚を失い、崩れるように倒れこむ。全身の力が抜けていき、倦怠感と睡魔が琴乃の体を覆った。誰かに口を塞がれているみたいに声を出す事も出来ない。
いきなり倒れた琴乃を目の前にして、沙夜は動揺するどころか平静に彼女に近づき、様子を眺めるような目付きでじっとこちらを見下ろしていた。

「ごめんなさい、藍沢さん。本当はこんな事したくないの」
 どこか悲しげな声が琴乃の耳に届く。
(・・・紅・・・月先輩?)
 重い目蓋をこらえて、琴乃は沙夜の姿を見続ける。しかし、瞳孔に映る映像はもう彼女の表情をまともに捉えきれない。命令を聞かない体はあっさりと沙夜に上半身を起こすように抱き上げられ、肩に手を回された。
そして、ゆっくりとしっとり濡れた唇が自分の顔元に吸い寄せられていく。

(いやだ、・・・・怖い)
 なぜそう思ったのか、自分でもわからない。ただ、思考からではなく、本能からくる恐怖が全身に駆け巡りって琴乃に警笛を鳴らし続ける。

(・・・・助けて、風花先輩! 風花先輩っ!)
 最後に力を振り絞って見た琴乃の景色。
 それは、沙夜が大きく口を開けて牙のような大きな犬歯を自分に覗かせている光景だった。
 そして瞳を閉じる刹那、沙夜の鋭い歯が琴乃の首筋に目掛けて突き立てられた。

コメント(11)

「ファイ!」
 沙夜の背後から一人の男子生徒が、大きな声を出して駆けて来た。
 ファイと呼ばれた沙夜は琴乃から吸い出した血を吐き出して口元を拭うと、声のする方に振り返る。

「遅いわよ、雪人」
 沙夜はそう言い放つと表情の仮面を剥ぎ取り、普段穏和でおしとやかな女子生徒から、熟練を積んだ風格のある狩人の顔つきへとすり替わった。片手で自分の体の曲線をなぞるような仕草をすると、体全体を光が覆い、制服から黒を基調とした美しいドレスへと変身していく。

 今はもう人間を装う必要はない。
『紅月沙夜』とは仮初の名。彼女の本名はファイ。真名ファンダリア・ヴラド・ドラキュラ。かの有名な吸血鬼ドラキュラ伯爵の子孫である。
そして、

「あなたのことをずっと探していた子がいたみたいよ。風花雪人先輩?」
「僕を?」
 氷のような短く白い髪と水晶のような透明な瞳、そして息をも止めてしまいそうな容姿端麗の美しさと雰囲気を長身痩躯の身に纏ったその男子生徒は、驚いたようにファイに抱えられた琴乃の顔を眺めた。
 ファイが先刻申した通り、彼の名前は風花雪人。ファイと一緒にペアを組み、ずっと生死をかけて様々な怪物と戦ってきた氷雪を操るイエティ(雪男)の生き残りである。

「その子は?」
「生徒会メンバーの私の後輩。どうやらこの空間の『中』に入り込んでしまったみたいなの」
「入り込んだって一人で?」
 雪人は面識もない人間の少女が自分を探していただけではなく、結界を侵入してきたことに、二重の意味でびっくりしていた。雪人は少女の寝顔に視線を向けながらファイに彼女の容態を尋ねる。

「それで体への影響は?」
「大丈夫、もう眠らせたし、体の毒はすべて吸い取ったわ。気を失う数分前の記憶と一緒にね。でも、うかつだったわ。校舎内に漂う瘴気の濃い場所を中心に空間を閉じて結界を張ったのに、まさか突破してくるとはね」
 不測の事態を考慮していなかった自分の落ち度に対して、ファイは悔しそうに唇を噛む。
 
 この外界から断絶された異空間はファイと雪人を含む『人間以外の生物』への認識を薄れさせ、遠ざけるためのものだ。よほどの魔術師か徳の高い僧でもない限り、ほとんどの人間なら探知はおろか、まともに侵入すら出来ない。

「結界が不十分だったのかな?」
 腑に落ちない雪人の質問に、
「いいえ、これはおそらく・・・」
と、そこまで言いかけてファイは言葉を切った。
 不穏な殺気を感知し、二人は同時に振り返る。
「ブラボー!」
 隔絶された静寂な世界に手を叩く音が廊下に鳴り響き、暗闇から一人の男がこちらに向かって歩いて来ていた。相手が影にまぎれていたせいで目を細めていた二人は、一歩ずつ歩を進めるにつれて徐々にあらわになる声の主の奇怪さに目を見開く。

 体のフォルムこそ人間に似ていたが、その骨格のつくりはまるで違っていた。軽く二メートル半はありそうな長身に、通常の人間の倍はある長い手。上半身は人間の裸同様だったが、下半身はほとんど蛇皮の模様で覆われ、腰から生えた太い尾が地面を這うようにぶら下がっていた。
 つややかな体皮がわずかに残った西日で照らし出され、痩身の体と相成ってより不気味な妖面を引き立たせる。
 男はファイと雪人を称えるように拍手を送ると、嬉しそうに口元を歪めた。

「まさかこんな極東で無血統の神にお会いできるとは思わなかったよ。初めまして、ヴァンパイアと雪男の諸君。私は蛇の神オピオン。オリュンポスの神で、原初の支配者だ」
 男はまるで紳士をきどるように、上品に頭と手を下げ、二人に挨拶をする。

「私の気配と瘴気を感じ取ってからの君たちの行動は実に見事な手際だった。さすがは戦闘訓練を受けた神々。熟練のハンターに仕えているだけのことはある。もっとも、人間に加担して自分達と同族である神を殺すのには、あまり感心はしないがね」
 オピオンの上機嫌な反応とはうって変わり、ファイと雪人は相手の名前を聞いた途端、緊張な面持ちで鋭い視線を向けつつ構えの体制に入る。

「殺すのはあなたみたいに人間に危害を加える神だけよ」
「これはこれは、勇ましいお嬢さんだ」
 気迫じみたファイの台詞にオピオンはくすくす、と笑いを浮かべる。
 予想以上の厄介な敵の登場に、ファイは内心で舌打ちをした。

(よりにもよってこんな奴に出会うなんて)
 威圧感からくるプレッシャーで汗が頬を伝う。雪人も呼吸を殺して相手をじっと見据えた。

「そんな邪険な目で見なくても、私はすぐに立ち去るよ。この嘆きの舞台を見届けたらね」
「嘆き?」
 オピオンの言葉に雪人の顔色が変わる。

「一体、何をした!」
 めずらしく剣幕の顔を見せる雪人に、オピオンは邪悪で不適な微笑の声をもらす。
「なに、私からここの生徒達へのプレゼントさ。生徒達のすべてのチョコに私の呪詛をかけ、指定した時間が来ると食べた人間が私の命令通りに動くようにね。」

「命令・・・ってまさか!」
ファイはぴくりと眉を動かした。なんだか、とてつもなく不吉な予感がする。血があたりに撒き散らされるような酷い惨事の前兆が。そして、その予感は見事に的中した。
「そう『自分にチョコを贈った相手を殺す』命令だ」

 ―――――っ!

 信じがたい唐突な宣告に、ファイと雪人は言葉を失った。
 二人の反応をよそに、オピオンは余韻にひたるように歓声を上げる。

「フハハハハハ、なんて美しい悲劇だろう。男は最愛の人から貰ったプレゼントによって毒に犯され、女は自分のあげたプレゼントが原因で最愛の男に殺されるのだ。そして女たちの艶のある断末魔と鮮血が悲しみを彩り、目を覚ました男達の絶叫と嘆きが街を満たす。私の作る舞台にふさわしい最高のショーだ!」

 ファイは耳障りなオピオンの笑い声に奥歯を噛み締めながら、ハンター内での彼の二つ名を思い出していた。その名は『惨劇の演出家』。決して表に姿を見せず、人間の風習、習慣、日常につけ入り人間を巧妙に操って自分の手ではなく、人間自身の手によって大量死を引き起こさせることからそう名付けられた。

 ある者は恐怖と絶望を見せられ、他人を巻き込んだ集団自殺を行い、
 またある者は発狂を誘発させられ、家族親戚全員を皆殺しにし、
 またある村では村人全員が疑心暗鬼に追いやられ、仲間同士で殺し合いをさせられたのだ。

(よくも人の純粋な気持ちを踏みにじって―――)
 腕に抱えた琴乃の横顔を見つめ、ファイは彼女の肩をぎゅっと握る。
 正直、ファイは琴乃とあまり会話をしたことがない。
 だが、生徒会一年生のメンバーの中でも熱心に活動し、同年代の仲間を引っ張っていくムードメーカーであることはファイもよく知っていた。

 そんな彼女だからこそ、遊びで恋愛をするなんて考えられない。
 真面目に雪人に対して好意を抱いていたはずだ。その事は放課後を過ぎた時間に校舎に残っていたことからも伺える。几帳面な彼女の事だ。このバレンタインのチョコだって、手作りで真剣に取り組んだものに違いなかった。
 それなのに、・・・・。
(―――――許さない!)
 本来、人の恋愛に首を突っ込むような野暮な真似はしないが、今回ばかりは別だった。
 怒りがふつふつと湧き起こり、血液が逆流するように煮えたぎる。

(絶対に、女の心に毒牙をかけた罪を償わせてやる)
 ファイが目の前の男に憤りを募らせる最中、オピオンはややがっかりした様子で溜め息をつき、雪人を眺めた。

「しかし、少々残念だ。こんなに早く君たちに気付かれてしまった上に、ほとんどのチョコが君のところに行ってしまうとは計算外だったよ、風花雪人君。でも台本に差し支えはない。私の呪詛が発動する七時には予定通りこの地に嘆きが生み出されるだろう」

(七時!)
 時間にしてあとわずか十五分。
 なんとしても、呪詛の発動を防がないと生徒達の命が危ない。
 ファイは琴乃を廊下の壁際まで運び、壁にもたれかかるように彼女を座らせると、獲物を捉える眼孔でオピオンに狙いを定める。

 命令が奴の呪詛によって発信されるのならば、話は簡単だ。
 呪詛は術師が自らの生命エネルギーが送り続ける限り、発動し続ける仕組みになっている。逆を言えば術師が死ねば、同時に呪詛への効果もそこで切れるということ。ならば、

「発動するより先に、あんたの息の根を断ち切る!」
 ファイは大きな蝙蝠の翼を背中から広げると、標的に向かって飛び出した。先 手を取るために、一気に敵との距離をつめる。だが、
「悪いが部外者は不要だ。上演までの間、しばらくご退室願おう」
 オピオンが両目を掌で覆う仕草を目にして、雪人は即座に危険を察知した。

「駄目だ! 後ろに飛べ、ファイ!」
 気付いた直後に雪人は叫んだが、もう遅かった。
 オピオンが目元から手を離すと、見開かれた黄色い瞳からまばゆいばかりの強烈な光が放たれる。

「「うわっ」」
 二人の叫びが重なり、双方の視界を完全に遮った。
 眼光は更に強まり、照らし出す範囲を広げていく。
 しかし、光は渡り廊下全体までを包みこむと、程なくして完全に消えてしまった。

(何だ? 今の光は?)
 腕で目元を覆っていた雪人はすぐに自身の全身を調べるが、特に体に目立った外傷は見当たらない。
 目くらましのつもりだったのだろうか?

(もしそうなら、気の緩んだ今が好機!)
 機転を切り替えた雪人は反撃に転じるため、掌に『力』を集中させる。大気中の水分を集めて氷の剣を作りだそうと手を前に突き出したその時、雪人の全身から血の気が引いた。
(―――――っ! 氷が作り出せないっ! どうして?)
 雪人の焦りの表情に、オピオンは愉快そうに長い舌を出して笑う。

「ふふふ、驚いたかい? 一般的に知られていないようだが、実は私も魔眼を持っていてね。効果は弱いが、数分間相手の『力』を体内に封じることが出来るんだ。これにかかれば力を抑えた神は本来の姿に変身することも出来ない」
 雄弁に語るオピオンに雪人は奥歯を噛み締める。

(まさかここまで厄介な敵だったとは)
 雪人の最大の能力は氷の武器化だ。彼は腕に『力』を纏って大気中の水分と結合させることで、氷を作り出すことが出来る。しかし、『力』を体外に放出できないのでは、『力』を腕に纏うことはおろか、氷を精製することすら不可能だ。
 事実上、丸腰で戦わなくてはならない。
 険しい表情で身構える雪人に対し、オピオンはうすら笑いを作って二人の顔を交互に見やる。

「しかし、私も使うタイミングを間違えたな。こちらのお嬢さんの方はすでに変身済みだったから、『力』を封じるだけしか出来なかったよ。ま、変わりに五感の一つを潰させてもらったから、それだけでも良しとするかな」
「何?」
 雪人が視線を横に移した先には、閃光弾並みの魔眼の光を真近で見たファイが、両目を手で押さえてその場でうずくまっていた。
 雪人の顔が一気に青ざめる。

(しまった!)
 間近で光を直視したせいで目が見えなくなっていたのだ。夜行性型の目を持つ彼女にとって、薄暗いフィールドで視力を奪われる事ほど、これ以上最悪な展開はない。
 視力がないファイに、オピオンが尾を揺らしながら悠然と近づく。

「やれやれ、盛り上がりに欠ける終わりは随分とあっけないものだ。まあ、この程度の神ならば駄作もやむえまい。一突きで盛大に散りたまえ」
 オピオンはつまらなそうに尾をくねらせると、その先端をファイの腹部に目掛けて放った。

「ファイ!」
 雪人はファイを助けようと駆け出すが、距離が離れすぎていて間に合わない。
もはや串刺しにされるかと思われた瞬間、なんとファイはわずかに体をそらしてその攻撃をよけた。
「何!」
 まるで不意打ちをくらったかのように、オピオンはその俊敏な動きに目を見開いた。

「くそっ!」
 次こそ外すまいと再度、オピオンは狙いを定めるが、続けて放たれる尾の攻撃も彼女は次々とかわしきる。そして、ついに眼前に近づいた尾を鷲づかみにすると、ファイはそれを両腕で抱えこんだ。

「フン、目を潰した程度で私を倒せると思ったのなら、その思い上がった認識を改めなさ―――――いっ!」
 彼女は叫ぶと同時に尻尾ごと相手の体を持ち上げると、窓に向かって敵を思いっきり投げ飛ばした。投げられたオピオンは窓ガラスを突き破り、校舎に隣接していたテニスコートの中央に向かって落下する。

「チィッ」
 オピオンは舌打ちをすると、中空で体勢を立て直し、コードの真ん中に着地する。彼の後を追うように、ファイも窓から飛び降りてコートの中へと降り立った。再び対峙する敵に、オピオンはやや眉をひそめて、彼女の不可解な行動を分析する。

(どういうことだ?)
 魔眼は確実に当てられた。絶対に目が見えているはずがない。それは彼女が今も目を瞑られていることからも間違いはないはずだ。
だがそれにも関わらず、なぜこれほどまで機敏に動けるのだろうか?
まるで攻撃を予測しているような的確さで。

 ――――予測? 
(まさか!)
 オピオンは、はっと何かに気付き、そして高らかに笑い出した。

「くくく、そうか超音波だな! 反響する音波の波で攻撃を探知し、ソナーのように目の変わりをしていたと言うわけだ。こいつは面白い! 久方ぶりの良い余興が見られそうだ!」
 オピオンは狩りを前にして爪を研ぐ獣のように、指の骨を鳴らす。

「ファイ!」
 本気を出し始めた相手を前に、雪人も加勢しようと窓枠に手をかける。だが、戦場のフィールドにいたファイの掌が彼に向けて突き出して、雪人に制止を訴えった。

「駄目よ、雪人! 今のあなたじゃとても太刀打ちできない! ここは私が抑えておくから、あなたは藍沢さんを守ってて」
 どんなに雪人の戦闘能力が高くても、それは万全の調子があってのこと。『力』封じてしまわれている今の状況では足でまといにしかならない。

 雪人は無言で窓枠を握ってグッとこらえた後、
「ああ、解かったよ」
と、静かに頷いた。
 二人の会話やり取りを聞いていたオピオンは目を細めて、頬を釣り上げる。

「フッ、心配せずとも私は人間を直接殺すなどという無粋な行為はしないよ。私の流儀に反するからね。それよりも、仲間同士で信頼関係があるのは良いが、この私に一対一に持ち込む自信があるというのなら、それは少々慢心ではないのかな?」
「そう? 私一人でも充分すぎると思うけど?」
 強がりのないファイは瞳を閉じつつも余裕の表情を見せた。その反応に、オピオンの声に怒気がこもる。

「ククク、ならばお前の先ほどの言葉を私が訂正しよう。
――――貴様がその認識を改めろ!」
 オピオンの咆哮と共にファイに飛び掛かった。尾が再びしなって動く。

(来る!)
 向かってくる敵の姿をファイは超音波で感じ取る。
 さっきよりも速度は増しているが、問題はない。予測される攻撃を読み取り、大振りになったところを反撃のカウンターを狙う。
 ファイは正面から来た敵の尾の一突きを横に回避し、鋭い爪の手刀で敵の心臓を穿つ・・・はずだった。

 メキャ!
 鈍い音と共にオピオンの尾が彼女の横腹の肉をかすめ取った。
(え?)
 痛みと共にファイに動揺と戦慄が走る。だが、敵の攻撃は緩まない。落ち着く暇すら与えずに次の凶器が襲ってくる。

「くっ」
ファイは再び超音波で尾の軌道を読み、顔面に向かってくる尾をしゃがんで避ける。しかし、頭の上を通りすぎた筈の尾がまたもやファイの脇腹にめり込んだ。

(嘘! なんで!?)
ファイは起こった事態がのみ込めず、困惑する。だが、目の見えていた雪人はその攻撃の正体を即座に叫んだ。

「風圧だ! ファイッ!」
 彼のその一声で、ファイもようやく今の攻撃を理解した。
そう彼女の超音波は跳ね返ってくる時間差で物の遠近を読み取れる。だが、それは風圧に対しても同意だ。オピオンは尾を振った勢いで風圧をファイにぶつけて尾が来ると見せかけ、隙が出来たところを本物の尾で攻撃したのだ。
超音波だけでは物体の存在は確認出来ても、本物か偽物かまでは区別できない。

「どうした、さっきまでの元気はどこへ行った?」
からめ手にまわってどんどん攻撃スピードを速めるオピオンに、ファイはじわじわとダメージを与えられていく。

(もう見ていられない!)
 ファイが追い詰められていく状況に堪えきれず、雪人は単身で飛び込んだ。すかさず敵の背後に回って死角から蹴りを繰り出す。狙うは頭部。まともにくらわせられれば脳を揺さぶられ、しばらくは動けないはずだ。雪人の足がオピオンの頭にあと数センチにまで迫る。だがその時、確実に入った思われた雪人のキックは突如、オピオンの軟らかく曲がった首によってむなしくも宙を切った。
 オピオンの曲がった首がこちらにもたれてニヤリと笑う。
(まずい!)
 空中で無法備になってしまった体勢を立て直そうとするが、遅かった。
 伸縮自在な強靭な敵の腕が、雪人の背中に叩き込まれる。凄まじい衝撃に雪人は地面を転がりながら、校舎の壁際まで吹っ飛ばされた。喉の奥からせり上がった血が口全体に広がる。
 どうやら、内臓に痛手を負ったらしい。

「ほら、少年。よそ見していて良いのかな」
 オピオンの言葉に雪人が再び前を向くと、ファイの首を素手で締め上げていたオピオンが、彼女を雪人から三十メートルほど離れた校舎の壁に向かって投げつけていた。
 頚動脈を締められたのか意識を失って、ファイは受身の反応も示さない。
 このままでは頭蓋骨を砕かれる!

「ファイィィ―――――ッ!」
 雪人は我が身を省みずに全力でその姿を追いかけると、彼女の投げ出された体を空中で抱きかかえ、そのまま物凄い衝撃音と共に壁に叩きつけられた。
 コンクリートの外壁にヒビが入り、あたりに砂埃がたちこめる。

「―――ッ! 雪人!」
 意識を取り戻したファイは、わずかに回復してきた視力で雪人を眺め、息を呑んだ。ファイを助けるために壁の間に入った雪人は、全身傷だらけでぐったりとうなだれていた。頭からは血が流れ、骨も何本か損傷し、かろうじて呼吸だけはなんとか保っている。

「しっかりして、雪人!」
 目を閉じて動かない雪人にファイは必死に呼びかける。
それに応えるように雪人はゆっくり瞳を開くと、彼女の顔をみて雪人は優しく微笑んだ。

「・・・良かった、君が無事で」
「何、言っているのよ! こんな時に!」
 声を枯らしながら安堵の表情をする雪人にファイは涙をこらえつつ、彼を叱りつける。
 だが、それにも関わらず、雪人は片手で彼女を引き寄せると、ファイの耳元で小さく囁いた。

「僕に考えがある。君の牙で僕の全身に軽く麻酔をかけてくれ」
 そう告げた後に、雪人は高速会話でファイに作戦の全容を伝えた。
 だが話を聞き終えたファイは、目を見開いてそれを反論する。

「正気じゃないわ! 一歩間違いでもしたらあなたが死ぬわよ!」
「わかっているよ。でも、敵の隙をつくにはこれしかない。それにこのままじゃ僕達だけじゃなく、生徒達まで死んでしまう。次の攻撃で一気にカタをつけるんだ」
 彼の固い決心にファイは、しょうがないわねと溜め息をつくと、不謹慎にもかぐわしい彼の血の匂いをこらえつつ、舌を這わせて彼の首筋に牙を突き立てた。
キターーーーーーー!!!
熟読しすぎて明日の国試の勉強が手につかなーい!
超絶におもしろいですよ。しかし。
[後編]へ続く↓

http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=47259543&comm_id=3656165
>Try Againさん
コメントありがとうですよ。しかし!(横山やすし調)
きつい勉強の息抜きとして、気分をリフレッシュして頂けたら嬉しいです。
国試頑張ってください!!^^

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