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いるかコミュコミュのいるか座のロックスター 開演の辞 

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いるか座のロックスター 開演の辞 



<いるか座のチアリーダーについて>




 ぼくの頭のなかには、十六人の女の子が住んでいる。

 彼女たちに名前は、ない。みな背は低いが顔が小さく、全身のバランスが取れているために実際の身長ほど小柄さを感じない。言葉づかいや笑い声も良く似ている。注意深く彼女たちを覗き込めば髪の長さやアクセサリー、笑顔や仕草に個性があることを発見できる。
 しかし、ぼくは彼女たちの個性を相対的にしか把握できない。オリオン座の右肩の星、北斗七星の最端の星を、その位置によってしか記憶し得ないのと同じように。彼女たちは十六人でひとつの意味を成すぼくの頭のなかの星座だった。きっと街で彼女たちの一人にすれ違ってもぼくは気がつかないだろう。
 もちろん一人一人を判別できるようにその個性を覚えようとしたことはある。ぼくは髪の短い女の子が好きだし、唇の豊かな女の子が好きだ。自分の嗜好を手がかりにせめて一人だけでも容姿を覚え、挨拶を交わし、電話番号を交換して、真夏のロックフェスに誘ってみたいと思ってる。しかし彼女たち全員が生み出す圧倒的な単一感、乃至全体感は、判別の釘が打ち込まれることを許さない。判別の本質が選別にあるからなのかもしれない。ぼくの前にいるかわいらしい女の子たちを眺めながら、せめて、と思うことがある。

 せめて、おそろいのチアリーディング・ユニフォームを着ていなかったら。

 ぼくの頭のなかには赤と白のユニフォームをまとった十六人のチアリーダーが住んでいるのだ。
 正確には、彼女たちは常にぼくの頭のなかの、扉の内側で待機している。普段は表舞台には現れない。控え室のなかで彼氏からのメール見せ合っていたり、靴下の長さを調節していたり、クレアラシルの効果について真剣に話し合っていたりする。ときおり扉の隙間から彼女たちの笑い声が漏れる、炭酸のように弾ける心地よい笑い声だ。しーっ、くすくすくす、扉の外で誰かが耳を澄ましているのに気づいて、笑う。ぼくは焦って扉から離れる。
 彼女たちはぼくがちょっと困ったときや、ちょっと元気がないときに現れる。この「ちょっと」というところがポイントだ。本気で困っているときには現れてくれない。決して出てこない。
 たとえば自分が酒に酔っていて、トイレに行きたい、と思う。
 でも、立ちあがるのが面倒だし、トイレまでは遠そうだし。というか、この店初めてでトイレの場所わかんないし、つか、いつの間にかさっき居た店と違う、どこだよここ? あれ、気がつけば友達は? 財布は? 携帯電話は? オレの肩をつかんでむせび泣いているこのオッサンは誰!?
 このような場合「トイレまでは遠そうだし」という場面で彼女たちは現れるのだ。その状態を一歩踏み越え「あれ? いつの間にかさっき居た店と違う」になると途端に頭の扉のシャッターはガラガラとおり、ぼくが泣けど叫べど彼女たちは出てこないのである。
 さて、「トイレに行きたいな、でも、トイレまでは遠そうだし、面倒くさいな」
 とぼくが頭のなかで考えていると、突然、両耳の内側からBPM130近いアッパーのクラブミュージックが大音量で鳴り響く。紙吹雪が舞いあがり景気よく扉が開かれると「イェーイ!」だの「ホーウ!」だのと楽しげな歓声と共に彼女たちは一斉に頭のなかに飛び出してくるのだ。横一線に並んだ彼女たちの膝がリズムを取り、踵が床にビートを刻む。まっすぐ自分めがけて伸ばされる十六本の右手にはきらきら光るボンボンが握られ、それよりも眩しい笑顔がぼく一人のために輝いている。「ヘイッ!」と彼女たちから掛け声が聞こえると横一線だった陣形がみるみる幾何学的な軌跡を残して変化する。気がつくとぼくを中心にして彼女たちは円陣を成し、ミニスカートを蹴り上げるように足が交互に持ちあがる。
「R・Y・O・I・C・H・I! リョウイチ! ゴーウィン!」
 頭のなかが花束で一杯になるような声援だ。ぼくは唖然として彼女たちを見回す。視線があった女の子は一人残らずウィンクをして頷いてくれる。
「V・I・C・T・O・R・Y! ヘーイ!」
 もう、全力で鼓舞してくる。ロケットのような笑顔。彗星のような歓声。無気力で不安に怯えていた自分の気分は次第に高揚し、オレはできる、と自信を取りもどすやいなや、すくっと勢いよく立ちあがりついには店員を呼び止めて「トイレはどちらですか」と聞くことができるのだ。

 揺るぎない自信を胸に用をたし終えた頃に、彼女たちは飛びはね、手を振り、キスを投げながら控え室に戻っていってしまう。名残惜しさを微塵も隠さずにぼくは十六人のチアリーダーを見送る。最後の一人は必ずドア背にして振り返り、ぼくを指さしウィンクする。
「Stay Rock!」
 ねぇ、待って、すこしここで話していかないか。いつも応援されてばかりで、たまにはきみたちの悩みも聴いてみたいし、もしかしたらぼくが力になってあげられることもあるかもしれないだろう? それに実はきみたちに訊きたいこともあるんだ。きみたちが戻っていく扉の奥、ぼくからはいつもきみたちが出入りする一瞬だけその奥の世界が覗けるんだ。でも不思議なことに控え室の景色はいつもいつも違うんだよ、この前は倒立した空中庭園が見えたし、その前は吉野家のU字カウンターに跨るカウボーイが見えたんだ。それだけじゃない、その景色を見るのはいつも一瞬なのに、まるで時間の粒子が砂時計の内側を逆巻いているみたいな異様な感覚に捕らわれるんだよ。ねぇ、扉の奥は一体ど う な っ  て   い     る      ん       だ       い?

 ぼくの思弁は声にならない。黙ったままのぼくに彼女はウィンクを残して扉の向こう側に戻る。彼女がドアを通り抜ける瞬間、扉の先の世界をぼくは垣間見る。
 それは、ほんとうに、一瞬。
 ドアが閉じられるとウィンクだけが残り香のように辺りに漂っている。


 これからぼくが記していく文章群は、このドアの先に見えたものだ。
 毎回違うその景色は、じつは景色とは呼べない。それは確かに一瞬ではあるけれど、両端の切りとられた時間ではないからだ。ぼくが垣間見る世界は、景色と呼ぶには一瞬が内包する時間の連続性が誇張されすぎている。
 一瞬の景色のなかの登場人物たちは長台詞さえ話する。飯を食い、屁を放ち、屈伸する。それは、もはや世界となる。
 今回、短い文章のスケッチを重ねることでドアの向こう側の世界の全体像を把握する、とまではいかずとも、その輪郭の一部には触れることはできるのではないかと思い、ぼくは筆を執ることにした。極めて個人的であり同時にまったく汎用性のない文章になるに違いなく、さらに飽きっぽいことこの上ない自分が果たして何編のスケッチを描くことができるのかは甚だ疑問ではあるが、投げ出したくなるたびに登場するであろう十六人のチアリーダーに鼓舞されつつ、しばらく書き続けてみたいと思っている。

コメント(2)

「いるか座のロックスター」というタイトルで連作を書こうと思っています。(どんな文章を書くかは全然決めてないけど)毎回枚数は10枚弱で、二週間に一本くらい書ければいいかな、と。

 後はチアリーダーの応援次第で。

 
チアリーダーの応援に期待☆

たのしみにしてまーっす!

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