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belzinaspirit in mixiコミュの#35 暴走女の感情を解き放て

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 三周目の南ストレート。西播大学自転車部の一年生コンビ、伊藤と掛谷、美土里CCの韮山。三人は先頭交代を繰り返し、メイン集団を牽引してゆく。
 先頭に立つのは掛谷。歯を食い縛り、ペダルを踏み込んでいる。約40人の選手が形成する一列棒状の集団の体型は、まるで長編成の列車。三重連の機関車が、水田を貫く道を抜け、登りに差し掛かる。
「失速するならどけ、前を牽きすぎだ!」
 二番手に付ける韮山が、苦しそうに頭を振る掛谷に怒鳴り付けた。
「でも、ペースを上げないと」
「お前だけで走っているんじゃないだろうが、自惚れるな、俺が牽いてやる!」
 集団のペースを司るアシストの一人が無理をすれば、空気抵抗と負荷に消耗させられて、潰れてしまう。それは先行する選手の追撃失敗を意味する。経験の浅い伊藤と掛谷はペースを上げる事に必死になっているが、韮山はその事にナーバスになっている。先頭集団との差を詰めるには、三人という人数では苦しいだろう。だが自らのチームのエースに山岳賞を取らせる為には、自分を含む三人に全力を出させるしかない。
「お前、下りは得意か?」
 二番手に繰り上がった伊藤に、韮山が尋ねる。
「頑張ります!」
「頑張るのは当たり前だ、得意かどうか聞いているんだろうが!」
「……下手ではないです!」
「なら頂上を過ぎたら変われ。メイン集団の命運はお前の走りに懸かってる、頼むぞ!」
「はいっ!」
 伊藤と掛谷を叱咤激励し、戦意を鼓舞する韮山。腹の底から沸き上がる焦りを推進力に変えて、ダンシングを続けた。

 岡之上と真殿は息の合った先頭交代を繰り返し、バックストレートを進む。アタック合戦は一時休戦、稲田は三番手で仕掛けたそうな顔をして前の様子を伺っている。
 直志は定位置の最後尾。その真横を滑空するベルヅィナ。前の二人の危険な協調に苛立ちながら、打開策を考えていた。
「付き位置(先頭交代拒否)は逃げ潰しのセオリーだよな。けど、ここまで早いと意味がない。KOMルートに入るまでに、どうにかしなきゃ」
「まずいわね。もうメイン集団は追撃態勢に入っている頃だろうけどさ、どれだけの人数が追撃の為に協調してるか、怪しい所ね」
「あいつさえ、ちゃんとチームオーダーを守ってくれたら……」
 稲田の背中を、直志は恨めしそうに睨む。
「ベルヅィナ、何かいい方法ないの?」
 指で顎を擦り、無言で考え込むベルヅィナ。蝉の声と、散発的な声援が聞こえる。
「……可能性があるとしたら、直志が揺さぶりを掛けるしかないわね」
「揺さぶりって、それ要するにアタック仕掛けろって事だろ? そんな事をしたら、ただでさえ速いペースが、もっと上がるじゃないかよ」
「でも、前の二人の協調態勢は崩せる可能性はあるわ。確かに危険な賭けだけど、それしか方法がないわ」
 岡之上は、直志か勝負に乗って来るのを待っている。付き位置を続ける直志を勝負の場に引きずり出す為に、敢えて真殿との協調を選んでいるのだ。
「直志がアタックを仕掛ければ、必ず岡之上さんは追って来る筈よ。あいつのスイッチを入れてあげる、それだけでいいのよ」
 迷っている時間は、それほど無いだろう。やるしかない、そう腹をくくった直志は、右シフターを弾き、ギアを掛ける。
「一か八か、やれって言うんだろ!」
 ラインを変え、ダンシング、数回ペダルを蹴り込む。一蹴一引ごとに、速度は増す。
(来てくれよ)
 二番手に位置していた岡之上と目が合う。付いて来い、祈るような気持ちで、クランクをぶん回す。真殿を追い越し、先頭集団を離脱、差を広げる。
「今頃になって、どうして?」
 直志のアタックは、岡之上が待ち望んでいたもの。だが彼は、チームの為に戦う、逃げを潰すと宣言した筈。直志との一騎討ちを果たす為に、真殿との協調を決めた。それなのに、何故この期に及んで仕掛けて来たのか、理解に苦しみ、頭は混乱する。
「あれは揺さぶりだな。構う事は無い」
 岡之上の心の奥底に、直志と勝負したいという意思が疼いている。それを看破した真殿は、彼女を抑えるべく釘を刺す。
 直志は後ろを振り返る。岡之上は動かない。
「来ないじゃないか。どうしたらいいんだよ」
「あいつのスイッチを完全にオンにするには、直志に挑発してもらうしかないわね」
 ニヤリとするベルヅィナに、直志は理解出来ないと言いたげな顔をしてみせる。
「挑発? なんでそうなるんだよ」
「岡之上さんの本心では、直志を追いたい筈よ。だけど理性が邪魔してる。だから、あいつの理性を解放してあげればいいのよ。ちょっと怒らせるだけでいいわ」
「そんな事、出来るわけないだろ。ただでさえ岡之上さんの事を傷付けたってのに。……それに、俺はベルヅィナみたいに毒舌吐く舌なんて持ってないよ」
 そう口走った瞬間、ベルヅィナは直志の正面に素早く回り込み、見事なアイアンクローを決めた。こめかみに爪が食い込み、直志は悲鳴を上げる。
「お前なぁ〜、あたしに楯突いてんじゃないわよ! 誰が毒舌女よぶっ飛ばすわよ! お前が罵詈雑言のレパートリー持ってないなら、あたしが教えてあげるわよ。それで文句ないだろ!」
「痛痛痛い! ……解ったよ、やるよ。やらなきゃいけないって言うんだろ」
 直志の顔を被っていたベルヅィナの掌が解かれた。
「ったく、最初から素直に言うことを聞きなよ。いい? あたしが言う台詞を、そっくりそのまま言いな。簡単な事だろ?」
 直志の耳元で、ベルヅィナが罵詈雑言を呟き始める。
「オ、イ、コ、ノ、ア、マ、カ、カッ、テ、コ、イ、ヨ…………」
 直志は大きく後ろを振り返り、岡之上に向けて叫び始めた。
「おい! このアマ! かかってこいよ! この恋患いめ!」
 岡之上の顔が、みるみる紅潮してゆく。それに同調するように、直志の顔は青ざめてゆく。
「もう勘弁してくれよ、俺こんなひどい事言いたくないよ」
 構わず、ベルヅィナは呟き続ける。
「オ、マ、エ、ニ、デ、ロー、ザ、ハ、ニ、ア、ワ、ネ、エ…………」
「お前にデローザは似合わねぇ! ママチャリで充分だな、ハッハッハッハ!」
 岡之上を指差して笑い声を上げる直志。もちろん自らの意思ではない。ベルヅィナに腕を捕まれ、人差し指を伸ばさせられているのだ。
「落ち着け、挑発に乗るな」
 真殿の制止も、効き目は無い。
「……許さない、許さないっ!」
 怒りが頂点に達した岡之上は、鍛造アルミ製のクランクが引き千切れる位にペダルを蹴った。前を牽く真殿を簡単にぶち抜き、怒涛の加速で直志を追い始める。稲田もそれに追随した。
「来たわ、作戦成功!」
 嬉々としたベルヅィナを見て、直志はうんざりとした表情をしてみせた。
「外川くんのバカ! あたしを侮辱した事、後悔させてあげるっ!」
 岡之上があっという間に直志に追い付き、前に出る。
「直志、本気で反応するんじゃないわよ。キツそうなふりをしてな」
 直志はベルヅィナに言われた通り、歯を食い縛り、呻き声を漏らしながら走る。
「外川さん、なんて酷い事言うんスか! 美優ちゃんに謝ってくれッスよ!」
 岡之上を追走していた稲田が直志に並び、暴言を吐いた事に猛烈に抗議した。彼女と同様、いやそれ以上の怒気を放っている。
「違うんだ稲田君、これは作戦なんだ」
「何が作戦ッスか! あんな言い方ないッスよ!」
 美土里山の山林に、稲田の喚き声が響く。それを耳元で聞かされ、直志の耳は鼓膜が破れそうになる。
 ベルヅィナがぼそぼそと台詞を呟く。味方である稲田さえも欺けと言うのだろう。
「稲田君まで騙せって言うのかよ? チームメイトなんだから、なんとか俺に説得させてくれよ」
「お前じゃ無理よ。そんな事が出来るんなら、この愛憎劇は起こってないだろ」
 図星だった。今の直志には、本能のままに暴走し、怒り狂う稲田を説得出来る程の交渉力も説得力も無い。
「解ったんだったら、素直に言われた通りやりなよ。コ、レ、ハ、オ、マ、エ、ノ、タ、メ、ダ…………」
 仕方なく、直志は口を開く。
「これはお前の為だ。今のままではあいつは倒せない、だから俺が疲れさせてやる。協力してやると言ってるんだ」
「外川さん、俺を勝たせてくれるんスか」
 稲田の怒りの表情が一転、喜びに変わる。
「まずは俺に着いてこい。あいつを疲れさせて、KOMルートに入るまでにこの逃げを終わらせる。その後は、お前を勝たせてやってもいい」
 後半の台詞、ベルヅィナに言わされたとは言え、直志は我が口と耳を疑った。
「稲田君を勝たせるって、正気かよ?」
「嘘も方便よ。そう言っとけば、あいつは簡単にこちらの言うことを聞くわ。それに山岳賞以降のエースは決まってないんだから、誰が勝ったっていいだろ」
 敵も味方も欺き騙し、策略を張り巡らせるベルヅィナの言いなりに操られる直志。本意ではないからだろう、心に不快感を抱き、直角コーナーを曲がる。
 岡之上が直志たちの元に下がって来た。真殿は僅かに離れ、様子を伺いながらの追走を続ける。
「ウォーミングアップは終りだ、暴走女! 貴様なぞ軽く捻ってやるぜ!」
 ベルヅィナの台詞を復唱した直志。自分なら、絶対こんなことは言わないだろうと思いつつ、アタックを仕掛ける。稲田もそれに同調する。
「やってみなさいよ、返り討ちにしてあげるっ!」
 鬼のような加速で追撃し、逆襲を仕掛ける岡之上。易々と二人をぶち抜く。
「その程度なの? あたしを罵った割に、ショボいねっ!」
 先頭集団の協調は今、完全に崩壊した。
(あの若いの、小癪な真似を……。この逃げは、もはや決まらんか)
 協調する相手を失った真殿は、もう先頭集団に留まる意味がない事を悟った。
(白鷺レーシングのアシストに回るしかないようだな)
 真殿は意向的にペースを落とし、メイン集団に合流する為、後退していった。



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