ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

belzinaspirit in mixiコミュの【改稿版】 #4  直志の弱点

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
直志の弱点

 果樹園脇の坂を下り、角を曲がり、田畑の中の田舎道を、4台のロードレーサーが疾走している。
 美土里山という、丘と言ったほうが似合いそうな山の周囲を巡る、約5キロの田舎道。そこを地元の自転車乗りは、「美土里山周回コース」と呼んでいる。
 直志の所属する美土里CCは、毎週末ここで練習がてら模擬レースをしている。チームメンバーの四人は今、三周一本の模擬レースの最中だ。
 一列の集団、前の韮山さんと帷子さんは、いつでも仕掛けて来いとばかりに、二人で雑談しながら前を引いている。
 後方、直志と稲田君が、虎視眈々とアタックのチャンスを伺っている。
 稲田君が動いた。最後方から力任せに加速して、集団を離脱する。直志もそれに反応して追撃する。韮山さんと帷子さんはペースを全く上げず、二人を泳がせるようだ。
 「少し早すぎじゃないか?」
 直志は稲田君に問いかけたが、彼は走るのに必死なので、聞く余裕はなさそうだ。
 直志は二人で協力して、帷子さん達から逃げようと思い、稲田君の前に出て先頭を引こうする。だが、稲田君はアタックと勘違いしたのか、なおさらペースを上げる。
(ったく、もういいよ)
 直志は呟き、稲田君の後ろに付く。
 少し行くと、桜並木が見えて来た。約1キロの上り区間に差し掛かる。斜度13%の急坂が2箇所ある、美土里山で一番苦しい区間だ。
 稲田君のペースが鈍り始めた。さっきの無鉄砲なアタックのせいで、肝心な所で力を使い果たしたのだろう。
 5秒遅れて、韮山さんと帷子さんが上り区間に突入する。二人は平地とほぼ同じようなスピードで、坂を上って行く。
 直志は追い上げてきた二人のスピードに合わせる為に、稲田君の後ろを抜け出し加速する。
 すぐさま帷子さんと韮山さんが彼をパスして直志に追いついた。
 三人は、一発目の13%勾配に差し掛かる。帷子さんが直志の真横に並び、フッと笑みを浮かべた。何かを企んでいるのか。
 直後、帷子さんの重力を無視したかのようなアタック。春を彩る役目を終え、路面一帯に散り落ちた桜の花びらが、走行風で舞い上がる。
 韮山さんがアタックにすぐ反応して、帷子さんに喰らい付いていく。
 直志は徐々に差を広げてゆく二人を追い、必死でペダルを踏む。だがそれをあざ笑うかのように、足に乳酸が湧き、筋肉の動きは鉛のように鈍くなってゆく。正直、直志は上りが得意ではなかった。
 「どうした外川、ついて来い」
 韮山さんが檄を飛ばす。
 「はい!」
 返事はとても元気よかったが、それとは裏腹に、差はあがいてもじりじりと広がる。
 「直志遅いよ、もっと頑張りなよー」
 直志の周囲をふわふわと飛び回りながらベルヅィナが呑気に応援している。
 「じゃあ魔法の力とかで早くしてくれよ、3分間マルコ・パンターニに変身できるやつとか、坂が坂じゃなくなるやつとか」
 「バカ言ってんじゃないよ。それに、あたしは上りが嫌いなの!」
 (……もういいよ……)
 直志はぼそりと呟いて、さらにペダルを踏んだ。
 直志はやっとのことで、上り区間を走り終える。
 少し下り、その先は田畑を貫くバックストレート。直志はドロップバーの下を握り締め、死に物狂いで突っ走る。流れる汗が四月の空気に晒され、背中が冷たく感じる。
 ようやく先行する二人に追いついた。
帷子さんが直志の追い上げを労う。
「「外川君は平地はなかなかのものだね」
「必死でしたよ」
 直志は荒い息を抑えながら言った。

 道端の景色は、田畑から果樹園の葡萄畑に変わる。残り1キロ、再び厳しいアップダウンが待ち構えている区間だ。
 短い上りを登り切り、その先にある角を曲がる時、韮山さんが動く。アウトコースからの捲り攻撃。直志と帷子さんが反応し、一気に三人のペースが上がる。
 しかし直志は、上りに入るとスピードが落ち、あっという間に置き去りにされてしまった。
 最後のきつい上りで、帷子さんと韮山さんが、年代ものの果樹園用の原付を軽々と追い抜かしながら、スプリント勝負に入る。
 帷子さんが坂の頂上でバンザイをした。どうやら帷子さんが、僅差で勝ったようだ。

 直志は、はあはあと息を切らして頂上に辿り着くと、自転車を降りるなりその場に倒れ込んだ。
 「この位でばてているようじゃ修行が足りないぞ」
 韮山さんがそう言いながら、直志に冷えたジュースを渡した。それを飲み干した頃、早い段階でちぎれた稲田君が、ようやく帰って来た。
 帷子さんが稲田君にアドバイスを始める。
 「稲田君は戦術を覚えないといけないな。陸上競技と違うんだから、無鉄砲に仕掛けても駄目だよ」
 稲田君は、最近陸上競技からロードレースに転向したばかりなので、まだまだ経験が浅い。帷子さんや韮山さんから教わることは多かった。
 「一人逃げを決めるようなアタックなら、もっと序盤で飛び出さないと。さっきのシチュエーションなら、外川君と結託して逃げたなら、もっと違った結果だったと思うんだよね」
 「はい、気をつけるッス」
 稲田君とのやり取りが終わると、韮山さんと帷子さんが直志の方を向く。
 「次は外川のお説教をしないとな」
 「そうだね、今日はついでに君もお説教だね」
 直志は引きつった笑いを浮かべる。
 「今日何かまずいことしましたっけ?」
 「まあ説教というのは大げさかもしれないけどね……、外川君はペダリングがまずいんだよね」
 帷子さんが飲み干したジュースの空き缶を弄びながら、直志に説教を始める。

 「じゃあ外川君、君はペダルを漕ぐ時は足をどうするんだい?」
 直志にとって、これはあまりにも簡単な質問に思えた。
 「決まっているじゃないですか、踏むんですよ!」
 帷子さんは、空き缶の胴を親指でへこませながら首を振る。
 「違う違う、じゃあ何で僕達は、ビンディングシューズでペダルと足を固定しているんだい?」
 直志は答えに詰まる。今まで理由なんて考えた事はなかった。
 「…………何故なんですか?」
 直志は逆に帷子さんに聞き返した。 そのやり取りに韮山さんが声を上げて笑う。
 「バカ、意味ないなら、こんなペダルと足を固定するような、危なっかしいことしないだろ。これはな、ペダルを回す為に固定されてるんだよ」

 「外川、クランクを手で回してみろ」
 直志は韮山さんに言われるままに、そばにあった稲田君のOCR-2に付いている、105SCのクランクを回す。ちきちきと、ラチェット音がリアハブから聞こえてくる。
 「これは回転の動きだ。じゃあ次は、このジュースの缶を踏み潰してみろ」
 直志はよろりと立ち上がり、歩くにはあまりにも不向きなビンディングシューズで、缶を踏み潰した。
 「それは踏んでいる動作だよな。例えば、クランクを手で回しているとき、力を完全に抜く事はあったか?」
 「特に力を抜くとかは意識しないで、ぐるぐる回しましたけど」
 直志はさっきクランクを回したように、拳を握り、くるくる円を描くように振り回してみる。
 「つまり、外川は均一に円運動を掛ける所で、缶を踏み潰すような、一方通行の上下運動みたいな力の使い方をしてるってわけだ」
 確かに、これでは効率が悪そうだと直志は何となく思った。


コメント(0)

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

belzinaspirit in mixi 更新情報

belzinaspirit in mixiのメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング