To Dear Keen to every Unknown venture Green forever Against evil and collapse.
Time Offers Space Honeycomb Innermost Nature's Offsprings Rose It's life. (S?lavy)
I'm very much pleased to hear from you about the wonderful trip even after the Duchamp in Chicago and Philadelphia. Excuse me for the delay in writing you because of uneasiness in my health. The above acrostic poem is not so successful. I really missed to give you my patented 'Liberty Passport' (a talisman, so to say), and I hope this small play of word will deserve for it. Good luck, and Best wishes to your kind friends there. Love always, Shuzo Takiguchi
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この詩は『続 余白に書く』に掲載されていますが、実は私がモンタナ州に滞在していたときに届いた瀧口修造からの手紙の一部でした。同書物の編集過程で詩に続くこの手紙の部分が何かの理由により取り除かれてしまいましたが、それは私と瀧口修造とを結ぶひとつの証明として重要なのです。つまり、彼自身もこの手紙のなかでそのことに触れていますが、それは私への表紙のない『リバティ・パスポート』でした。 ニューヨーク下調べもあり、また一度アメリカをこの眼で確かめておきたいと思っていた私は、1974年の晩春、瀧口先生の強い勧めもあり、当時The Art Institute of Chicagoでちょうど終盤を迎えようとしていた『マルセル・デュシャン展』に間に合わせようと、急遽、初渡米を決めたのでした。会場には瀧口修造が寄贈した『デュシャンのプロフィール』も展示されており、そのことを確かめるように彼から頼まれていました。 シカゴからニューヨークへ、篠原有司男、河原温両氏のロフトに泊めていただき、彼らの制作活動を観察。さらにデュシャンの『大ガラス』、『エタン ドネ』を見るためにフィラデルフィアへ、美術館はあいにく当日休館でしたが、事情を話すと、幸運にも私だけ特別にデュシャンの部屋へ案内してくれました。 旅行目的を果たし日本へ帰る日が近づいたころ、私は無性にあのロッキー山脈の見えるモンタナへ戻りたくなり、ボーズマンに大きな家を持つ知人、サラとメアリー親子を再訪問しました。雄大なロッキーの山麓を独りで散策し、大きな水晶のように突然蒼空に浮かぶクラウドボー(晴天に生まれる虹)を眺めたり、岩の上に立って自分の足型をマークしたり、トマト畑作りやペンキ塗りを手伝ったり、夜は圧倒的に星で埋まった星空を眺めたり、地球のてっぺんにいるような孤独と自由を楽しみ、味わいました。 そんなある日、サラが瀧口先生から送られてきた一通の手紙を私に手渡したのです。彼女は帰国後ガートルード・スタイン流の手紙を送ってよこすような知的な女性で、瀧口先生も「彼女はなかなかの哲学者だ」と苦笑されていましたが、そんなサラが瀧口先生のこの英文の手紙を何度も読み返し、深く感動していたのが印象的でした。 私がこのトピックでご紹介した『贈物』は、今回が初めての公開でした。皆さんへ瀧口修造の心のこもった贈物が届きますように。