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介護体験から学ぶコミュの【ケース記録】私の介護家族戦争

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■私の介護家族戦争
【レビュー】http://mixi.jp/view_item.pl?id=1088510
【対象者】父(脳梗塞)、母
【介護者】私→家政婦に委託
【著者】 私=宇野 淑子
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E9%87%8E%E6%B7%91%E5%AD%90

【履歴】
1909      父=誕生
父=生まれ(茨城)→少年期(千葉県)→教職(東京)→疎開(岡山)→横浜
          父=教育への熱意と責任感にあふれた平凡な教師として生きてきた
          父=知的好奇心旺盛、デパートの美術展を必ず覘く
          父=しゃれっ気あり(ネクタイから下着まで老舗デパートでそろえる)
          父=評判の店には、十も割りでも足を伸ばす
          父=酒は一滴も飲まず、こぎれいな喫茶店でコーヒーの香りに浸る
          父=言動にユーモアの感覚と真摯な生き様がにじみ出る
            →年代や性別を問わず、誰からも愛された
          父=あればあるだけ使ってしまうのんきな性格。口座の残高=殆ど残っていない
1912      母=誕生
          母=向学心に燃える女学校 → 住み込みの家事手伝いで自活しながら学ぶ
          母=教員免許取得→(結婚、子育て、姑の看護)で自立の道を手放す
          母=貧乏性。贅沢ができない。
             わずかな年金を定期預金にしてこつこつ貯め込んでいた
1942      私=誕生・・・ 5人兄弟の次女=(長女、次女(私)、長男、次男、三女)

          長女=フリーランスの雑誌編集者
          次女=私=TV放送局アナウンサー
          長男=東京のサラリーマン、千葉県M市在住
          長男妻=幼児教育の専門家
          次男=川崎在住のサラリーマン
          次男妻=実家(クリーニング店?)の経理を任される
          三女=夫と千葉県成田市で有機栽培の農業を営む

1987/夏〜秋 母75=顕著な痴呆の兆候(物忘れ、ひどい被害妄想)
          父78=読書に没頭、書道教室〜展覧会出展、カルチャーセンターで自分史
          父78=老後の人生に貪欲だった
          父78=母の病状の進行につれて、カルチャセンターをあきらめる
1988/11月  父79=「妻のボケ症状進み、行動が著しく制約される」
1989/2月   父80=「老妻は平常と異常と交錯する」
1989/4月   父80=「老妻は幻想にとらわれ、今日も家出の支度をする」
1989/5月   父80=「老妻の粗相した便所の掃除が私の役目となった」
1989/9月   父80=「(私=)2階に上がっていると、(老妻=)妄想が沸いていろいろと訴えてくる。
              (私=)気力が衰えて何もできなくなる」
1989/11月  父80=「気がめいる。心細さひとしお。一日陰鬱な気分。」
1989/12月  父80=「鬱々たる心の悶えのやり場がない」
          ▼日本=株バブル崩壊スタート・・・株価のピークから転落開始
1990/1月   父81=「余生に望みがなくなる」
1990/4月   父81=「体に変調を感じる。病妻も感情の起伏烈しい」
1990/4月   父81=「蒸し暑く身体がだるい」
              「3度の食事作りと新聞を読んで一日が終わってしまう」
1990/6月   父81=「3度の食事の支度で疲れる」
              「もう手に負えない。ストレスから気が狂いそうになる」
1990/6月   父81=「妻が家を出ると、この前のことがあるから追いかける。
             ・・・これを繰り返して一日が終わってしまう。わが生涯もこれまでと思う」
          父81=書道研究を断念・・・母をひとり残して外出できなくなった
1990/7月   父81=家族招集→住み慣れた地(横浜)を離れたくない
            ・・・馴染みの共同体ができていた→他人の力を借りることにした
1990/7月   父81=「妻は、呆けていても体は丈夫。フロ、通便、自分で用を足す」
1990/10月  父81=「いつ家を抜け出すかわからないので、昼寝はおろか新聞もよめなくなった」
             「愛と腹立たしさの葛藤、心のそこから疲れる」
1990/12月  父81=「明け方、大便まみれ。朝2時間」
1991/1月   父82=「精神的疲れ、哀れと思う一方で怒鳴りつけたくなる。どうにもならなくていらいらする」
1991/3月   父82=「明け方、畳の上で大便だらけ。神によって試されているのか」
             「気力がうすらいでくることを自覚」
1991/5月   父82=「アルツハイマーの看護の大変さは、患者から受ける精神的なダメージ」
1991/8月   父82=「支配階級は金まみれ、我が家は大便まみれ」
1991/9月   父82=「子供5人、敬老の日、音沙汰なし」
1991/10月  父82=「今朝は大便の始末。二度洗濯。夕方二度、またもや大便の始末」
          ▼日本=土地バブル崩壊スタート・・・地価下落開始
1992/夏    母80=寝たきり→(週18時間のヘルプサービス、入浴サービス、訪問看護)
          母80=「お父さん」以外の言葉を失う
          父83=夕食に2時間かけて食べさせる
          ▼信用金庫(東京協和、安全)=破綻
1994/7月   気候=連日の記録的な暑さ 酷暑、猛暑、炎暑
          父85=いつ尋ねても、腕を枕に横になっていた
1994/11/8  父85=脳梗塞で倒れる ・・・立冬 父=血圧が高い
          父85=右半身麻痺+後遺症による痴呆状態(失語症、失行症)
          父85=手をベッド柵に縛られる【拘束】 → 父の尊厳を守るために個室へ
          基準看護の病院=看護体制は十分整っており、外の助けを必要としない医療機関
          → 患者側が勝手に付き添いを入れることはできない
          → 家族なら付き添える
1994/12/1  父85=個室に移る。・・・家政婦紹介所に付き添いを依頼
          父85={笑顔、コミュニケーションが取れる、情緒安定、声を立てて笑う
             興奮状態になり、栄養剤チューブ引き抜き、心電図モニター絆創膏をはがす
             大声でわめく、自由な側の手足で殴ったりけったり、昼夜逆転}
          父85=リハビリ{機能訓練、言語訓練、嚥下機能訓練}
          母82={日中はヘルパー/家政婦、夜は家族が泊込み}
          家族=交替の泊込みに音を上げる
1995      ▼日本=超低金利時代へ・・・短期金利=1%
1995/1    【介護方針?】介護の場={自宅、施設、老人病院}、介護者={家族、他者}
                  行政の福祉サービスは?介護費用をどう捻出するのか?
         2つの深刻な問題=父の膨大な入院費用負担+母のための交代の泊込みの負担
           → 家族の間に不協和音(病院派と在宅派)
            → 母がためた貯金は、瞬く間に底をついた。
            → 5人の子供で等分に負担するも、すぐに悲鳴。
            → 母を老人病院へ(泊込み負担軽減+家政婦の費用削減)
            → 父を一般病室に戻す(費用軽減+付添も解消)・・・実現しなかった
            → 私43=金策方法を調べる
            → シルバーローン=本人の意思決定が不可欠。
1995/1/8   母83=老人病院へ入院→新たな【老人病院問題】・・・一般病院より人手が少ない
          母83=大部屋でひとりぽつんと黙ったまま時を過ごしていた。
             いつも目には怯えた表情を浮かべ、目やにが溜り、口元には食べかす。
             老人病院へ入院後、人間らしい生き生きした表情が消えていった。
          母83=夕食は15分程度。お粥に全てを混ぜ込み、機械的に口に運ぶやり方。
             まるで鳥か家畜に餌を与えている図に見えてきた。
             言葉と理性で欲求を表現できない患者は、心がどんなに傷ついていても、
             3度の食事を機械的に与えられ、ただ生かされているだけの存在に。
          父86=リハビリ頭打ち(経口食訓練の挫折、座る動作が困難)
1995/1/17   ▼阪神大震災
1995/2     私43=在宅介護が可能のFAXを送る
               (資金=親の不動産・・・6年は在宅介護可能、介護者=プロの介護者)
1995/3/20   ▼地下鉄サリン事件
1995/3末    長男=返事・・・老人病院への転院
           1.狭い土地=介護資金には不足
           2.父=リハビリ中心
           3.家族=介護を分担できない
             →家政婦任せでは期待できない→病院のほうがマシ
            私43=(付添のFさんをプロとして信頼)
            長男=(信頼できないただの家政婦)
1995/4     長女=返事・・・7年目以降の費用が不安
1995/4/11   家族会議・・・全てを私に任せる=邪魔もしないが、積極的な協力もできない
1995/4中旬  父86=病院より退院勧告(入院6ヶ月)・・・診療報酬逓減制度
          私43=介護方針を決める
            1.両親を自宅で介護する
            2.同時に特養への入所申請をする
           父86=浣腸で無理やり便を摘出→1時間にわたって怒りに怒っていた
           → 自分の書いた色紙を見せられて穏やかになる
           家族不在の介護={家政婦、行政派遣ヘルパー}・・・誰が主導権、責任をとる?
           → 家政婦が(家族の代理人として)主導権をとる・・・責任は家族が取る。
           ヘルパー={午前、午後、夜}*各3時間 ・・・週に48時間
1995/5/31   父86=退院→7ヶ月ぶりに自宅へ
           → 主治医のT病院院長=入院を強硬に主張
1995/6      母83=退院→自宅へ・・・母が父を認め、父が喜ぶ
           父86=自分の感性に忠実で、喜怒哀楽に正直
                ・・・痴呆によってその傾向に磨きがかかった
           父86=脳梗塞からいきなり痴呆状態に陥った・・・すべてに直截だった
           母83=老人性うつ病から徐々に痴呆に転化
           ▼銀行(コスモ信組、兵庫銀行、木津信組)=経営破たん
1995/7      父86=老人病院に入院・・・左手はベッドに拘束、頭髪はクシャクシャ
            →低いうなり声、口には白い粘液、眉間には深い皺、険しい目
            →入院後遺症=2ヶ月続く・・・病院よりも人手不足の【老人病院問題】
            (形相が変わる、一晩中うなる、眉をしかめて苛立つ、大声を発する)
          私43=2度と老人病院に入院させないことを誓う
1995/8      私43=ローン契約者・・・シルバーローンの1回目が振り込まれた
           ▼公定歩合=0.5%
1996       ▼住宅金融専門会社7社=破綻
           私44=父87の入院後、即日退院させる
           私44=老人病院から三行半を突きつけられる
1997/2/5     父88=前立腺肥大→排尿困難→Y総合病院受診→手術見送り
1997/2/8     父88=嘔吐
1997/2/9     母85=嘔吐・・・肺炎
1997/2/19    父88=排尿困難→N医師=ギブアップ→Y総合病院受診=膀胱洗浄の指示
            母85=退院
1997/2/20    父88=様子がおかしい → 残っていた右脳=脳梗塞
           H医師=治療にタイミングがあるように、死にもタイミングがある
            (入院=治療)どこまでやるか?どんな最期を迎えさせたいか?
           私45=入院の手続き
1997/2/21    母85=吐血→Y総合病院へ
1997/3/1     父88=脳の腫れ、ピークを超える
1997/3下旬    母85=退院・・・経管栄養
1997/4下旬    私45=父の気管切開を決める
            私45=父の退院を躊躇・・・ホームドクターへの不安
1997/9/6     父88=死去
1997/11     ▼第一次金融危機
           三洋証券=会社更正法申請、山一證券=破綻、北海道拓殖銀行=破綻
1999/12/13  母87=死去
2000/夏     私48=実家を売却

コメント(3)

▼在宅介護を成立させた3つのポイント
1.人手の確保・・・家族抜き、家政婦+ヘルパー
2.医療面の確保・・・訪問診療+訪問看護
           ホームドクターが頼りにならない→退院に躊躇する
3.資金の確保・・・親の貯金+子供5人の資金+親の資産担保のローン
資金問題の解決=老人病院への入院
→ケアの人で不足
→症状悪化・・・という別の問題が発生する
「小子化」、「お一人様の老後」の時代の介護
→ 家族が介護を担えない時代がもうすぐやってくる
  (遠隔地に住んでいる、仕事があるetc.等の理由から)
→ お金で家族の代理人を雇う時代がくるのでは?
  (このケースでは、家政婦だったが)

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