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戦争遺構研究会コミュのtw13・08・03

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tw13・08・03
1」天木)1いまこそマンデラの「和解」精神が求められる。麻発失言にいち早く噛み付いたユダヤ系人権団体サイモン・ウィーゼンタール・センター(本部・米ロサンゼルス)がホロコースト(ユダヤ人大虐殺)に関与してまだ訴追されていない戦争犯罪人の情報提供を呼びかける一大キャンペーンをドイツで開始

2」2「戦後は別の人生を歩み、既に年老いた人を訴追することに意味が、とよく聞かれる。だがおぞましい大量殺人の罪は時の経過で消えるものではない。高齢でも出廷に耐えられるなら、必ず法の裁きを受けさせる」と強調。一度犯した罪は未来永劫、これを許さず、非難し、責め続ける。〜ユダヤは、反省を!

3」3それと対照的なのがマンデラ南アフリカ大統領が示した「和解」精神。南ア白人の人種差別と弾圧から受けた南ア黒人たちの犠牲とホロコーストの犠牲のどちらがより大きかったか、などという比較は無意味。南ア黒人たちが受けた犠牲も、南ア黒人たちにとっては永遠の憎しみに違いない。〜許しの気持ちを

4」4ホロコーストの犠牲になったユダヤ人国家であるイスラエルが、今度はパレスチナ人を差別、人権弾圧し、ホロコーストを繰り返す。犠牲を永遠に忘れないユダヤ人が、パレスチナ人たちもまた同じ恨みを抱いている事に気づかない。シオニズムという他者を許さない政治イデオロギーは〜ユダヤ人は、反省を

5」石狩:生と死見つめた24年の人生。旧石狩町から出征し24歳で戦死した海軍軍人の林喜良さんの日記「事変日誌」の公開が1日、石狩市民図書館で。太平洋戦争初期に巡洋艦内で書き残したもので、目前に迫る死に揺れる思いや、海戦の様子が克明に記載〜貴重な戦争資料、記録として保存・活用・公開を!

6」公開は遺族から寄贈された04年以来。同館は「一兵士の思いが率直につづられた貴重な資料。戦争を知る世代が年々少なくなる中当時をしのんでほしい」と話す「皇軍艦隊の強さに驚いた。此の度は生きて還られないと思ったが?間違いなく生きている」〜埋もれている戦時中の、日記、資料などの保存活用を

7」42年2月、インドネシア・ジャワ島スラバヤ沖。同島攻略を目指す日本軍と連合国軍が衝突したスラバヤ沖海戦で、林さんは軽巡洋艦「那珂」の機関室に。78度の灼熱地獄。同僚が次々と熱中症で倒れた。日本軍が勝利した2日間の戦闘を終えた直後に心境を書き残した。〜少しずつ戦争資料を収集中です

8」原爆資料館「被爆再現人形」撤去方針 制作者が反論。広島市の原爆資料館が打ち出した「被爆再現人形」の撤去方針に見直しを求める声が相次ぐ中、資料館側が撤去理由として「作り物」と主張に対し「等身大で立体的に示された実像は人の心や脳裏にずっしり残るはずだ」と反論。〜人形の再利用の検討を!

9」オスプレイが追加配備される米軍普天間飛行場のゲート前では3日午前、追加配備に反対する市民らが抗議の声を。反対派市民らは午前7時ごろから集結。野嵩ゲート前に座り込み「オスプレイ配備反対」などと書かれたプラカードを掲げた。強制排除しようとする警察官ともみ合い。〜日米同盟の危機を恐れる

10」ゲート反対側では抗議集会が開かれ、約2百人が集まり、シュプレヒコールを繰り返した。昨年10月のオスプレイの先行配備以降、連日、「怒り心頭で言葉もない。沖縄を軍事要塞化させないよう団結して闘おう」と訴えた〜日米政府の、強引な強行配備が、米国不信、日米同盟破棄運動にまで繫がらないか?

11」空気が読めない人が多いと思う都道府県ランキング。協調性を大事にする私たち日本人はその場の空気を読むことを重んじますが、空気を読める・読めないに、地域性はある?圧倒的多数で1位大阪2東京3沖縄。大阪人のイメージといえば、自己主張が強い?〜マイペースだから、今更、変える気もないが?

12」16年度から大改修する広島平和記念資料館本館の展示をめぐり、有識者の検討会議は19日、被爆者の姿を再現したジオラマ模型を撤去する。改修後は作り物の模型にかわり、実際に被爆者が身につけていた衣服や、壊滅した都市の写真を展示する方針。〜各地で続く平和、戦争関連の資料館の改変、問題有だ

13」被爆者団体や来館者にアンケートをしたところ「被爆資料に力を」との意見が多く、具体的な議論を。市や資料館には「原爆の恐ろしさを伝えるために必要」などとして撤去に反対する意見が件以上「ショックを受けさせるから展示をやめるわけではない。より原爆の真相に近づけるためだ」と〜撤去の再検討を

14」ジオラマは73年から展示され、現在は被爆した女学生らが逃げ惑う様子を表現。見学者に被爆直後の悲惨な様子を印象づけてきた。ところが「残酷で子どもに見せられない」という意見が寄せられるようになり、一方で「実際にはもっとひどかった」という被爆者の声も〜広島でさえも、展示変更、許せない事

15」広島原爆資料館。原爆投下直後のキノコ雲、廃虚と化した街並みを1分間で映し出し、都市が一瞬で消滅したさまを伝える。続く展示コーナーでは、遺品の衣服や被爆建物の一部、被爆者の手記などの資料を中心に並べ、さまよう被爆者の人形は展示しない〜各地で続く展示変更、なんとなく、改悪のような気が

16」広島平 和記念資料館からの回答有難う。戦争体験のない世代が多くを占めるように なった現在、被爆の実相をよりわかりやすく正確に伝えることができるよう展示更新に当たっては、原爆の悲惨さを人間(被爆者)の視点から伝えることを基本に、被爆者の遺品や 当時の被害写真〜改ざんの恐れ、心配が?

17」映像も含めた実物資料の展示を重視し、原爆の非人道性、原爆被害の甚大さ・凄惨さ、被爆者や遺族の苦しみ・悲しみなどを これまで以上に伝える。凄惨な被爆の惨状を伝える資料は、基本的にありのままで見ていただくべきという方針の下この度被爆再現人形を撤去。残虐な印象を 危惧してない〜再考を

18」堺市立平和と人権資料館、ピース大阪、広島平和記念資料館などの展示変更。専門家の間で、議論しているので、仕方がないと言う人もいるが、何か、戦争そのものが薄められているような気がして、不安。議論はするが、最終は、主催者の、考えのままに変更。民主的、合意で改変になる現状、恐ろしい限り!

19」1広島平和記念資料館で、原爆投下直後の被爆者の様子を再現した被爆人形をめぐり、議論が起きている。広島市が16、17両年度に行う資料館展示の更新で、人形の撤去が決まったためだ〜当研究会が以前から要望していたように、後世に悔いを残さないよう正しく評価して、存続への再検討を要望します。

20」2被爆人形は平和学習で訪れる多くの小中高生らに原爆の恐ろしさを強く印象づけてきただけに、市民の間で存続を求める声が広がる。3体は1991年設置の2代目。初代は73年に登場しており、以来40年にわたり見る者に強烈なインパクトを与え続けてきた〜専門家より、市民の意見を重視してください

21」3一方で、創作が入った人形を資料館で展示することには、当初から異論が。そこで市は、老朽化が進む資料館本館の補強工事に合わせ、より実物の資料を重視した展示構成とすることを決定。人形の代わりに、焼け焦げた衣服や被爆者の写真などを並べる。〜最近の、各地の平和資料館の展示内容の改変が不安

22」4市民の間では人形をなんとか存続させようと署名運動が。運動は3月の市議会で改めて人形の扱いが話題となったのを機に急拡大。6月末には6042人分の署名が館に提出。発起人の勝部晶博氏は「子供たちに原爆の怖さを伝える手掛かり、強いインパクトを与える人形はこれからも必要」と主張〜再検討を

23」5存続派は、「1万人などの節目で署名を届け、決定を覆したい」と。反対運動の高まりを受け、松井市長は7月4日の定例記者会見で「今やっている作業を検証していただき、それでも本当に(人形が)なければ困るなら、何らかの方策を考える余地は残したい」と。〜創作人形、歴史資料など両方の展示を!

tw13・08・04
1」奈良県が国道165号の拡幅工事に伴って一時、取り壊しも検討した橿原市八木町の登録有形文化財「旧六十八銀行八木支店」が、建物を基礎ごと移動する曳き家工事で保存、建物の移動を。所有する同市曽我町の建築設計会社社長、坂本雅彦さんの熱意が実った。〜素晴らしい所有者の熱意で保存。明治建築研

2」建物は、28年に建てられた鉄筋コンクリート造2階建てで、外部を円柱で飾るルネサンス風の造り。同銀行が合併で南都銀行となり、支店が廃止後、坂本さんの祖父が買い取り、映画館や、和歌山銀行の支店を経て、今回の工事まで結婚披露宴会場として使用。06年、登録有形文化財。〜自治体の責任は?

3」100%なくなった安倍首相の靖国参拝。米国議会調査局が8月2日再び日米関係に関する報告書を公表し、安倍首相が靖国参拝をすれば地域の緊張激化を招くと警告。「東アジアの国際関係を混乱させ、米国の国益を損なう可能性があるとの懸念を生じさせてきた」と断じた〜米国の強硬政策が、日本を混乱に

4」メディアも有識者も財界もこれ以上の日中関係の悪化は避けるべきだと。安倍首相は見送る方針を固めたという報道も。そこに突きつけられたのがこの米議会調査局の報告書だ。安倍首相の靖国参拝派は100%ない。米国の鶴の一声、日本の首相の政策は情けない。〜オスプレイ、沖縄基地増設も同様か??

5」1「ヴォーリズ建築」のひとつで大正時代に建てられた近江八幡市指定文化財「旧伊庭家住宅」(同市安土町小中)の一般公開が。民間団体が管理運営に当たり、地域の文化交流の場として施設を活用したさまざまな催しを繰り広げていく。〜正しく評価して、国の文化財にして保全活用されるよう要望します。

6」2伊庭家住宅は、同市出身の実業家で住友家総理事を務めた伊庭貞剛が居宅として発注し、建築家のウイリアム・メレル・ヴォーリズが設計した。木造2階建て延べ352平方mで、中世英国の伝統的な様式の屋根や和風の玄関など、和洋折衷の構成。〜かけがえのない歴史建築の、素晴らしい保全再生例です。

7」3戦後、伊庭家から人手に渡り、昭和54年に旧安土町(現近江八幡市)が保育園用地として買い取った。建物の老朽化が激しかったため町は取り壊す予定だったが、文化財としての価値が高いと分かり取り壊す方針を撤回し、修復保存。〜歴史建築を、安易に解体している自治体は、近江八幡市を参考にして!

8」4今後も、演奏会や観月会、作品展示などの場として施設の利用を進めていくことにしている。開館時間は午前10時〜午後4時。月曜休館。入館無料だが、同団体では入館者に運営費のカンパ(維持管理協力金)を呼びかけている。問い合わせは旧伊庭家住宅(電0748466324)〜ご支援、ご協力を!

9」仲間との集いで、息子、嫁、孫たちの悪口を聞く事があるが、我家は、安泰。上海にいる息子夫婦は、遊びに来るように、誘ってくれるし、近くにいる息子夫婦は、プレゼント、食事会などへと有難い事。爺ちゃんは仕事で、孫たちとも、ユックリ遊ぶ暇も無いが、たまに、来てくれると、五月蝿いが愉しいもの

10」高市氏は、年を含め、例年、終戦記念日に靖国神社を参拝。4月の春季例大祭に合わせて靖国参拝した際には「国策に殉じて尊い命をささげて国を守ってくださった方々をどう慰霊をするかは私たち日本人が決める」と、中国や韓国の参拝批判をけん制〜賛否両論、正論、正義も重要だが、喧嘩回避も議員の責務

11」自民党の高市政調会長は終戦記念日の15日に東京九段北の靖国神社を参拝する意向を固めた。超党派の議員連盟「みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会」の集団参拝に参加〜正論、大切な慰霊も重要であるが、その為に、アジアからのトラブル拡大が心配。死者の想いを聞きたい、いい知恵を?近現代史研

12」ナチス肯定「断じてない」=麻生氏の責任問わず−安倍首相。憲法改正に絡み、麻生副総理がナチス政権の手法を引き合いに「あの手口に学んだらどうか」と発言。〜野党の力量は?自民党には、自浄機能は無いのか、麻生氏は、責任を取り、堂々と、自ら辞任すべきだ。国内で、誤魔化せても世界は、許さない

13」小野寺防衛相は、安倍政権が検討中の集団的自衛権の行使容認、年末に策定する新たな防衛大綱に反映させたい考え。集団的自衛権に関する政府の有識者懇談会の座長を務める柳井元駐米大使は、年内にも安倍首相に報告書を提出する意向を表明〜イエスマンの有識者懇で、都合のいい議論を許さぬ。近現代史研

14」歴代政権が憲法解釈で集団的自衛権の行使を封印、柳井氏は「今までの政府見解は狭すぎて、憲法が禁止していないことまで自制」と批判。集団的自衛権の行使は「国際法上も認められるし、憲法上も許されている(懇談会でも)コンセンサスが」と指摘し「年内にも報告書を」と。〜恐ろしい政権、阻止せよ

15」ゼロ戦に沖縄、引揚者も=テレビ、映画で見詰め直す戦争と平和。太平洋戦争をテーマや背景とした映画も数多く製作されており「戦争」や「平和」を見詰め直す好機〜何時もは、知らないふりをしているが、夏だけは、メディアも、戦争・平和について、採り上げてくれる。もう少し、日々、考えるべきでは?

16」NHK総合の「NHKスペシャル」では、終戦直後、北朝鮮に30万人いたという日本人民間人の過酷な運命を浮き彫りにする「忘れられた引揚者〜終戦直後・北朝鮮の日本人〜」が12日上映〜「引揚者住宅」(9月14日、AM11時〜、堺市立東文化会館で)についての上映会を前に、是非、参考にしたい


tw13・08・05
1」1チェコ南東部ブルノの中央墓地に、日本の神社の「鳥居」をかたどった百年ほど昔の墓石が。キリスト教の十字架が並ぶ墓地でひときわ異彩を放つこの墓石は、後に「原爆ドーム」となる広島県物産陳列館を設計したチェコ人建築家ヤン・レツルの作品だと近年分かった。〜素晴らしい発見、文化財に登録を!

2」2埋もれた事実を発掘した地元の美術史家は「異文化への理解こそ平和の鍵。この墓石はそれを象徴」と。鳥居形の墓石は、砂岩の石材を組んであり高さ一・三m。墓碑は一九一〇年に二十九歳で亡くなったクララというチェコ女性の墓。裏にはチェコ語で「日本の東京から来た建築家ヤン・レツルが作る」と!

3」3レツルは自身の作品が平和と反核を願うシンボルの「原爆ドーム」となり、世界遺産にまでなろうとは夢にも思わなかった。リシャーネクさんは言う。「戦争の歴史は人間がわかり合う努力を忘れてはいけないと教えてくれる。鳥居形の墓石からは異文化に興味を持ち、偏見なく受け入れたレツルの人柄が」

4」4ヤン・レツル(1880〜1925年) 明治末期から大正時代に日本で活躍したチェコ人の建築家。プラハで建築を学び、07年に来日。15年の帰国までに広島県物産陳列館(後の原爆ドーム)のほか、聖心女子学院や雙葉高等女学校の校舎、宮城県営松島パークホテルなどの設計を。〜優れた建築家です

5」AK集団的自衛権の行使容認“報告書 大綱に反映”小野寺防衛相。NHK討論で。安保法制懇の座長を務める柳井元駐米大使は「年内にも報告書を出したい」と明言。小野寺氏も「さまざまな政府の方針を踏まえ、防衛大綱を作る。スケジュール観は共有している」と。〜自公圧勝で、強行姿勢、断固阻止を!

6」AK柳井氏は「(集団的自衛権に関する)今までの政府見解は狭すぎる。集団的自衛権の行使は国際法上認められるし、憲法上も許されている。(懇談会でも)そこはコンセンサスがある」と強調。日本が何もできなければ、日米同盟は決定的におかしく」と強弁〜国民は、踊らされないで、真剣に、国の将来を

7」AK「外交が敗北したときに軍隊が出て行くとの指摘もある。外交こそしっかり役割をはたすべきだ」(前泊博盛沖縄国際大学教授)、「内閣法制局長官の首をかえて自分たちに都合のいい見解を出させようというのは姑息な手段だ」(植村秀樹流通経済大学教授)などの意見も。〜独裁政治を、絶対に許さない

8」「言論NPO」と中国日報社が実施した日中共同世論調査の主な質問●相手国に対してどのような印象を持っているか。日本良い…9・6%。良くない…90・1%。中国ー良い…5・2%。良くない…92・8% 〜折角の日中共同世論調査結果、悪用しないで、中日友好のために、大いに、参考にし、活用を

9」良くない印象をもっている理由。日本ー尖閣諸島を巡り対立が続く53・2%。歴史問題などで日本を批判48・9%。資源の確保で自己中心的48・1%。中国ー領土紛争を引き起こし強硬な態度77・6%。侵略の歴史についてきちんと謝罪し反省なし63・8%。他国と連携して中国を包囲43・4%。

10」出石尚三「人生において笑うことなく過ごした日々があれば、それは最も無為に過ごした日であることは疑いない」と。これはシャンフォールの言葉で『箴言と随想』18世紀のフランスの思想家、詩人、劇作家、ジャーナリスト、警句家。笑う門には福来たる。いつもニコニコ、大いに笑いましょう。〜実行を

11」「ピンクの研究」笑う色を着る出石尚三。笑うことの効能に、若さを保つことがある。最近の医学では、笑いは健康のもと。身体が元気になるということは、精神の若返りにも効果があると考えて良い。若さを保つためにも、笑顔の美しい男に。〜笑いながら残りの人生を、元気で、明るく、有意義に、PPKで

12」1社会倫理的に都市への原子爆弾投下に反対し、砂漠か無人島でその威力を各国にデモンストレーションすることにより戦争終結の目的が果たせると提案したが、暫定委員会の決定が覆ることはなかった。また同レポートで、核兵器の国際管理の必要性をも訴えていた。〜原爆投下の事実を明らかにすべきでは。

13」2)45年7月、シラードら科学者たちが連名で原子爆弾使用反対の大統領への請願書を提出、原爆投下前に大統領に届けられなかった。アイゼンハワー将軍が対日戦にもはや原子爆弾の使用は不要と45年7月にトルーマン大統領に進言、アメリカ太平洋艦隊司令長官ニミッツ提督も、都市への投下には消極的

14」3原子爆弾を使用するとしても、事前警告を無しに投下することには反対する者も。トルーマンは、ニューメキシコ州での核実験(トリニティ実験)成功により、日本への原子爆弾投下を命令し、ここに全ての原子爆弾投下阻止の試みは潰えた。〜原爆投下反対の動きも、後世に、正しく伝えたいものです。

15」スチムソン陸軍長官の強い反対や、戦後「アメリカと親しい日本」をつくる上で、京都には千数百年の長い歴史があり、数多くの価値ある日本の文化財が点在、これらを破壊する可能性のある原子爆弾を京都に投下、戦後、日本国民より大きな反感をかう懸念がの観点から、京都への原子爆弾投下は問題。〜??

16」四つの原爆目標都市(1京都2広島3横浜4小倉)のうち京都が次の理由から第一候補地。人口百万を超す大都市。日本の古都。多数の避難民と罹災工業が流れ込みつつあった。小さな軍需工場が多数存在していること。原子爆弾の破壊力を正確に測定し得る十分な広さの市街地。〜幸運か?近現代史研究会

17」被爆者が長崎原爆投下機と対面負の歴史伝えてと涙、国立空軍博物館、説明板に「トルーマン大統領は戦争を早く終わらせるため原爆投下という重大な決断、米国人は一般的に原爆投下に道徳上の問題を感じなかった」と、被害について投下後の長崎の街の写真1枚だけ。歴史の事実を伝える事の難しさ,再考を

18」学校でも、米国人教師と、余り、原爆のことは、話さなかったが、最近は比較的気楽に、話せる。昔は、米国でも、正義の原爆投下と教えてきたらしいが、修正されているように聞いている。むしろ、日本人教師のほうが、戦争だから仕方がなかたったと考える人が多いのが、ショック。事実を、学びたいもの!

19」「京都は文化財が多いため、米国は空襲を控えた」と子供のころ聞いた記憶が。今では「京都は原爆投下の候補地として、投下の影響を見るため、空襲せずに温存した」など諸説。単純に「文化財が京都を守った」とは言えない〜授業で、米軍は、戦時でも文化遺産を守ったと教えた者として、悔やみ、反省す

20」原爆投下問題だけでなく、戦前、戦後を通じて間違いと思われることが、信じられていることは多い。先日、奈良の近現代建築の見学会の時、米軍が、古都・京都を爆撃しなかったのは、歴史遺産の保護でなく、原爆投下の威力を調べる為に、爆撃を避けたとの説があることを紹介したが、余り知られてない

21」学生だけでなく、市民にも、本土決戦を避けるために原爆投下は仕方が無かったと考える人は多い。戦争体験者の聞き取りでは、原爆のおかげで、自分は、助かったのだと、信じている人も多い。戦略上、原爆投下は、必要なかったとの説もあるといっても、戦争を知らないやつが、綺麗ごとを言うなと怒るが?

22」映画監督のオリバー・ストーン氏は、米国は建国や憲法の精神として民主主義や公平さを掲げているにも関わらず、沖縄では戦後約70年にわたり米軍基地の過重負担を放置し、日米地位協定で米軍を国内法の枠外に置いていることなどを「二重基準だ」と強調。〜国内外から、米国の酷さを世界に、発信すべき

23」「こうした矛盾の放置は耐え難い」と米国の対外政策を批判「沖縄の人たちは『私らは本当は日本の一部でも、米国の一部でもない。島の住民なんだ』という明確なメッセージを発するべきだ」と述べ、覇権主義や大国の論理に左右されない自己決定権獲得への運動が重要だと主張。〜聞かない国の対処方教示を

24」「プラトーン、JFK」などで知られる米国の映画監督オリバー・ストーン氏が来日し「原爆投下は戦争を終わらせるために必要だったというのは幻想だ(米国人として)被爆者に謝罪」と。原爆投下はソ連(当時)へのけん制が目的で軍事的に不要だったと主張。〜以前から言われていたが、認めない米国人が

25」ストーン監督は、原爆を投下した米国は英雄であると教わってきたと説明「80年代までそうした幻想に疑問を差しはさむことはなかったが、歴史をもっと深く見るようになった。私は歴史に対して建設的でありたい。日本の人々も米国の神話を受け入れず、何故原爆が落とされたのかを学んで」と〜戦争悲劇?

26」幾度見ても泣いてしまう『二十四の瞳』今更、見なくてもいいと思いながらも、ついつい見てしまう。大変な現代の社会の中で、古きよき時代の、教育、人間、社会の有様を、思い出したいのかもしれない。原作は、読んでいないが、テレビドラマをしみじみと、見ながら、自分の教師生活と重ねて、昔を思う!




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