ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

東部野戦軍司令部コミュのドイツ軍の基礎知識3 野戦軍の編成単位

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
え〜、今回はドイツ軍の編成に関して触れたいと思います。但し、何年型の歩兵師団の編成とかそういう感じではなく、野戦軍の編成単位に関して触れます。

1.戦略単位
○方面総軍…野戦軍の最大単位になります。ある特定の戦域の指揮を執る司令部で、2個以上の軍集団から成ります。有名なところでは西方総軍(フランス,ベルギー,オランダ等が担当戦域)や南西総軍(イタリア,バルカンが担当戦域)等があります。また、当コミュのタイトルとなっている東部野戦軍(Ostheer)は、戦場付近に司令部をおいていない為、方面総軍にはなりません。たから、当コミュのタイトルはジョークです。方面総軍は通常、元帥が指揮を執ります。
方面総軍は司令部のみで、独自兵站を持ちません。

2.作戦単位
○軍集団(Heeresgruppe)…通常、2個以上の軍で編成されます。独自の兵站を有し、通常、元帥か上級大将が指揮官となります。
○軍(Armee)…2個以上の軍団で編成されます。独自の兵站を有し、通常、上級大将,大将,中将が指揮官となります。また、主力軍団の兵科により、装甲軍(Panzerarmee),空挺軍(Fallschirmarmee)等が存在します。
○集団(Gruppe)…編成自体は軍と同じですが、独自兵站を持ちません。大抵の場合、装甲集団(Panzergruppe)を指します。最終的には軍昇格を約束されています。
○軍支隊(Armeeabteilung)…作戦集団等とも言われます。ある特定の作戦等の為に編成された軍規模兵力です。やはりこれも独自兵站を持ちません。ツィタデレ作戦の際のケンプフ軍支隊が有名です。
○集団軍(Armeegruppe)…直訳するとHeeresgruppeと同じく軍集団になってしまうので、軍集団と区別する為に集団軍と呼ばれます。作戦上の都合で1個以上の軍団を抽出してしまった為に軍団規模になってしまった軍。ブラウ作戦時の第4装甲軍(ホート集団軍。1個装甲軍団を第6軍に抽出)や、ベルリン防衛線の時の第11軍(シュタイナー集団軍)等がこれに当たります。軍の成れの果てなので、独自兵站は有します。
○軍団(Korps又はArmeekorps)…通常、2個以上の師団で編成されます。独自の兵站を持たず、通常、大将,中将が指揮官となります。また、主力師団の兵科により、装甲軍団(Panzerkorps),山岳軍団(Gebirgskorps)等が存在します。
○軍団集団(Korpsgruppe)…軍団規模の兵力ですが、師団2個以上ではなく、雑多な連隊規模兵力の集合体。独自兵站は持ちません。ワルシャワ国内軍と戦ったフォン・デム・バッハ軍団集団(カミンスキー旅団やディルレヴァンガー旅団を有する)が有名。
○師団(Division)…作戦単位、つまり独自に作戦を立案・行動する最小単位。独自の兵站を有し、通常、中将ないし少将が指揮官となります。

3.戦闘単位(以下の単位は独自兵站を有さない)
○連隊(Regiment)…師団の骨幹となる兵力で、2個以上の大隊で編成されます。通常、大佐ないし中佐が指揮官となります。
○旅団(Brigade)…元来、2個連隊以上で編成される兵力ですが、ドイツ軍の場合、1941年以降、その編成定義が消滅し、連隊ないし大隊規模の戦闘集団的編成となります。突撃砲旅団や装甲旅団等があります。
○大隊(Bataillon,Abteilung)…2個以上の中隊で編成されます。通常、少佐ないし大尉が指揮官となります。通常、砲兵系兵科,装甲兵科,騎兵系兵科(偵察も含む)はAbteilung、その他はBataillonと呼称します。
○中隊(Kompanie,Batterie,Schwadoron)…2個以上の小隊で編成されます。通常、大尉ないし中尉が指揮官となります。通常、砲兵系兵科はBatterie、騎兵科(偵察も含む場合もある)はSchwadoron、その他はKompanieと呼称します。
○小隊(Zug)…2個以上の分隊で編成され、通常、少尉が指揮官となります。
○分隊…ドイツ軍の場合、分隊長と補佐役、4人編成の2個班の10人で編成されます。
○班…ドイツ軍の最小単位で、4人で構成されます。また、戦車,突撃砲,装甲偵察車等の車輛は、1輛が分隊の扱いとなります。

かなり長くなりました。正直、編集している本人は憔悴しきっています。意外に知らない編成単位もあったかと思います。また、この中には戦闘集団(Kampfgruppe)は編成規準がない(中隊規模から連隊規模まで存在します)為、含みませんでした。

コメント(6)

なるほど〜勉強になります。ということはロンメルの、アフリカ軍団は師団が2つぐらいで英軍を苦しめたわけですね!改めてロンメル元帥に感服します。
そうですね。ロンメルは装甲編合兵力の機動力を十二分に発揮した片翼包囲戦術を駆使して、戦術的に融通の利かない英軍を強かに苦しめました。まさに見事なり、です。
 東方総軍(Oberbefehlshaber)も1939年10月〜40年7月の間は存在していましたね。以後は東方総軍総司令官職は形式上陸軍総司令官の兼務となっていたようですが、1943年頃、Fritz Erich von Lewinski Genant von Manstein元帥が東方総軍総司令官の地位を狙っていたとの話もあったようですね。

 また、1945年3月に編成されたFelix Steiner SS大将麾下のArmeegruppe Steinerは、「軍集団」と同格なのか「軍」と同格なのかよく判らないですね。

 なお、国内軍(Ersatzheer)は総軍と同格としている史料や、「軍」と同格としている史料がありますが、どうなんでしょうねえ?
>大審問官さん
フォロー、有難う御座います。これな関してはあくまで戦時の戦闘序列に絞りました(苦しい言い訳あせあせ)。
>大審問官さん
フェリクス・シュタイナーの部隊は軍規模となります。もともと、シュタイナーの職務はオーデルに展開していた第3SS義勇装甲軍団長で、急遽周囲の雑多な兵力を編合(書類上は)して軍規模にはなっています。但し、傘下兵力の大半を多方面に分遣してしまっている為、使用可能な兵力は第4SS警察装甲擲弾兵師団の1個戦闘集団のみ。それだけでベルリンを救え〓と命じられても無理な話です。(フジ出版“最終戦”より)
 ふむふむ。要するにショボイぶたいなので、Armeegruppeなんて名前を付けてハッタリをかましていたわけですね。

ログインすると、みんなのコメントがもっと見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

東部野戦軍司令部 更新情報

東部野戦軍司令部のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。

人気コミュニティランキング