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アンチ・ダライラマ14コミュのチベットは中国の一部である

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日本総務省・外務省では日本はチベットを独立国と認めていない為、国境線入りの地図にはチベット表記はありませんね。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/china/index.html





"Tibet WAS,IS,and ALWAYS WILL BE a part of China"
「チベットは、昔も、今も、そしてこれからも中国の一部である」

To all you bandwagon jumpers who know nothing about Chinese history and to all you bashers:
中国の歴史の何もしらずに勢いに便乗する奴、バッシングする奴へ。
Let me give you some solid FACTS why Tibet was, is, and always will be, a part of China.
君らに、なぜチベットが昔も、今も、そしてこれからも中国の一部であるかの確固たる理由を教えよう。
So you can f*** right off trying to separate our country.
君らが我々の国を裂こうとするのを即行止めやがるようにな。
Are YOU ready????
お前ら、準備はいいか????

Fact #1 China is NOT a single Ethnic nation, in fact 56 ethnic groups make up China, including Han, Mongols, Koreans, Muslim, Tibetans etc., and we are all united as CHINESE, in other word, China is just as Multicultural as Canada, so DEAL WITH THAT!
真実1.中国は単一民族の国家ではない。事実、漢族・モンゴル人・朝鮮人・イスラム民族、チベット人などを含む56の民族が中国を構成している。我々は中国人として団結している、言い換えれば、中国はカナダのような多文化の国だ。それをふまえておけ!

Fact #2 Tibet has been a part of China for thousands of years.
事実2.チベットは何千年も中国の一部であった。
Yuan Dynasty (1271AD-1368AD) Yuan王朝
Ming Dynasty (1368AD-1644AD) Ming王朝
Qing Dynasty (1644AD-1911AD) Qing王朝
Republic Of China (1911AD) 中華民国
People’s Republic of China (1949AD) 中華人民共和国

Are we now clear on “Legitimacy”????
もう「正当性」については明確かな????
FUNNY part is that Tibet has been a part of China way the f*** BEFORE US/Canada/AUS/NewZealand were even founded by the Europeans.
面白いのは、アメリカ/カナダ/オーストラリア/ニュージーランドがヨーロッパ人によって建国される死ぬほど前にチベットは中国の一部だったってことだ。
Talking about “Legitimacy”???
「正当性」について言ってるのかい???
ONCE you guys out of North America/Oceania, and Free the natives, we shall out of Tibet in no time!
君らが北アメリカ、オセアニアから出てネイティブ達を解放するなら、我々も即刻チベットを手放すさ!

Fact #3 1903AD, due to the weak of Qing Dynasty, British gained control over Tibet as an colonial region and treated them as slaves.
事実3.西暦1903年、Qing王朝の弱体化により、イギリスが植民地としてチベットを占領し、彼らを奴隷として扱った。

Fact #4 Prior to 1950 when Chinese regained Tibet, Tibet was still in a slavery society under Dalai Lama’s puppet regime. Now do you really think DaLai Lama would be happy now he lost all his privileges during the slavery period?
事実4.中国人がチベットを取り戻した1950年より前、チベットはダライ・ラマの傀儡政権下の奴隷社会にあった。奴隷制時代の特権を失った今、ダライ・ラマが幸せだと君は本当に思うのか?
“Free” Tibet????? How f***ing ironic!
チベットを“自由に”しろって?????なんてくそったれな皮肉だ!

Fact #5 Dalai Lama was, and still is, funded by the CIA to separate Tibet from China. In 1950s, CIA and the British forced the Indian government to accept Dalai Lama in India and been funding his campaign ever since.
事実5.ダライ・ラマは以前、そして今も、チベットを中国から切り離すためCIAから資金を受け取っている。CIAとイギリスはインド政府にダライ・ラマをインドに迎え入れるよう強制し、それ以来彼の政策に資金援助している。

Fact #6 The Chinese government spends 200 millions a year develop Tibet, Building schools, hospitals, infrastructures….
事実6。中国政府はチベット発展を発展させ、学校・病院を建設し、社会基盤を作るため2億を投じた。

Tell you what, China is no Yugoslavia if that is what all you are trying to do.
言っておくが、もしそれが君らがやろうとしていることすべてなら、中国はユーゴスラビアではない。
And to the rest of you:
残りの人々へ:
Britain: Scotland, Northern Ireland independence!
イギリス:スコットランド、北アイルランド独立!
United States: Free Texas Republic or just all pack up and go back to Europe.
アメリカ:テキサス共和国を自由にするか、もしくは荷物をまとめてヨーロッパへ帰れ。
Canada: Quebec Referendum or just all pack up leave and give the land back to the native people.
カナダ:ケベック国民投票、もしくはただ荷物をまとめて去り、ネイティブの人々に土地を返せ。
Japan: Hokkaido Independence! Okinawa Independence!
日本:北海道独立!沖縄独立!
Australia: Stop treating the natives like crap or just pack up leave for Europe as well!
オーストラリア:クソみたいにネイティブを扱うのを止めるか、他と同じように荷物をまとめてヨーロッパへ去れ!

……say what?? You can’t do those things? Well then don’t f***ing expect us to do the same!
…なんだって??できないって?なら我々に同じことをさせようとするんじゃねぇ。
Even when Chinese Tibet has longer histories than some of you countries combined….
君らのいくつかの国を合わせても中国チベットの歴史のほうが長いのに
“Free” Tibet…?!?!?!
チベットを”自由に“だと?!?!?!
Like this?!?!
こんなふうに?!?!

100 dead?
100人が死んだって?
But who’s attaching whom???
でも誰が誰を攻撃してるんだ???

Dalai Lama and his masters from the West must be proud.
ダライ・ラマと彼の西からの主人達は誇りに思っていることだろう。
Thank you, the West, your fair news media had never stop attacking other countries’ sovereignty.
ありがとう、西洋諸国、君たちの公平なメディアニュースは、絶対に他国の統治者を責めることを止めませんね。
And your governments never stop trying to split other countries apart.
そして君達の政府は他国を裂こうとするのを絶対に止めませんね。
But not for one second has you guys questioned about your own existences and rule over the native people.
だが、自分達の存在や、ネイティブの人々を統治することについて、君達は一秒でも自分に問うたことがあるのか。
…so, Bravo….
さぁ、ブラボー…
And dream on…for China to become the next Yugoslavia, Bosnia
中国が次のユーゴスラビア、ボスニアになることを夢見てろよ
Because we know….that this is our country called home and no one could ever, ever break it apart. So…DEAL WITH THAT!
なぜなら我々は知っているからだ…これは祖国とよばれる我々の国で、誰も、絶対に、絶対に分裂させることはできないと。
それをふまえておけ!

コメント(130)

チベット人もダライラマのことが嫌いです、「チベットはどこですか」が分からない日本人は 早く黙ってください!
>決めつけは良くない。私が会ったチベット人はチベット人ではないの? あと意
>味がわからない

君は何人のチベット人と会ったの? チベット人の人数が分かるの?
今 日本に住んでるチベット人はただ60人ぐらい、彼たちはチベット人を代表できないぞ。
チベット - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88#.E3.83.81.E3.83.99.E3.83.83.E3.83.88.E4.BA.A1.E5.91.BD.E6.94.BF.E5.BA.9C
―チベットを建国した吐蕃王朝(7世紀〜842年)は、上述のチベット民族の分布領域を全て支配下におき、さらにはその東西南北の隣接地域に進出を果たしていた。チベット亡命政府は、難民を受け入れているインド・ネパール等の諸国への配慮もあってか、自身が主張するチベット国家の領域としては、吐蕃王朝時代の領域ではなく、グシ・ハン王朝時代(1642年〜1724年)の統合領域を主張している。

ガンデンポタン - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%B3%E3%83%87%E3%83%B3%E3%83%9D%E3%82%BF%E3%83%B3#.E3.82.AC.E3.83.B3.E3.83.87.E3.83.B3.E3.83.9D.E3.82.BF.E3.83.B3.E3.81.AE.E6.88.90.E7.AB.8B
―辛亥革命によって1912年に清国が滅亡し、その遺領の再配分が問題になった際、ガンデンポタンは、チベットの西南部(西蔵の部分)を実効支配し、チベット国家が中国とは別個の国家であることの確認や、清国の雍正帝に奪取されて以来、清国の隣接諸省に分属せしめられていたアムド、カム東部の回復を目指して中華民国と対決した。
チベットとはなにか - テングリノール
http://www.interq.or.jp/neptune/amba-omo/tib.html

チベットの建国と再統一(1999.07.14修正)

 チベット民族は、「天竺 (=インド)」と「 支那」の中間、南はヒマラヤ山麓から北は祁連山脈にいたる広大な地域に居住しています。
 チベットの実質的な建国は、七世紀前半、ソンツェンガンポ王の時代です。中国からは吐蕃とよばれたこの王朝の二世紀あまりにわたる統治を経て、チベット高原の住民たちは一つの国民としての一体感を持つようになりました。
 吐蕃王朝の崩壊以後チベットではながい分裂状態が続きましたが、十七世紀半ば、ダライラマを信仰するモンゴル人グシ=ハンにより、再びチベットの大部分が統合されます。グシ=ハンは配下のホショト部族を率いて各地を平定し、征服地のうち、チベットの政治・経済・文化の中核地帯であるヤルンツァンポ河流域をダライラマ領として寄進し、残る各地の領主たちを貢納民として自分の子孫に分配して従属させました。ダライラマの位置づけが、ゲルク派という一宗派の有力聖職者からチベット仏教圏随一の宗教的権威へと飛躍するのもこの王朝の時代です。
 このサイトでは、吐蕃王朝やグシ=ハン王朝によって統合された領域に該当する地域をチベットと呼び、この地域の歴史に関する情報を収集、提示して行きます。

「西蔵地方」の成立(1999.07.14修正・2008.04.01再修正)

 「西蔵」は、上記チベットの領域のうち、西南の三分の一程を占める地域に対する中国語の呼称です。
 1723-24年、清国はグシ=ハン一族の内紛に乗じ、青海湖畔を主たる根拠地としていたホショト部族を征服し、グシ=ハン王朝のチベット統治は終焉を迎えます。戦後処理の一環として、グシ=ハン一族の属領は1725年に解体され、ホショト部とその南方の遊牧民が居住する青海湖の西方・南方の草原地帯に「青海」地方が設けられたほか、残る各地は隣接する清国の各省とダライラマ領との間で分配されました。青海地方ではグシ=ハン一族とホショト部族が「 盟旗制」によって三十の「旗」に再編され、甘粛・四川・雲南等の諸省に分属した地域では、土着の領主たちが、各省の長官(=総督・巡撫)を通じて皇帝より武官の称号(= 土司 )を授けられ、引き続き先祖伝来の領地を統治し続けました。
 「西蔵」という地名は、すでに十七世紀後半からチベットの一角を指す呼称として用いられはじめていましたが、この分割以後は、1959年まで、チベットのうちダライラマ領に属する地域を指す名称として用いられました。ダライラマ領と、清国や中華民国の直接支配地域との境界はしばしば移動しましたが、中華人民共和国の現行の行政区画の境界は1725年の分割の境界をほぼ踏襲したものになっています。
 このサイトでは、情報収集の対象とする時代と地域を「西蔵」だけには限定しておりません。こんにち「西蔵」のみを指して「チベット」と呼ぶ人々もありますが、本サイトでは両者の混同を避けるため、チベット全土に対する漢字表記としては「土伯特」を採用し、サイトの中国語名を「土伯特史情報室」とします。
 「土伯特」は、満洲語(清朝の第一公用語)によるチベットの呼称「tubet」を漢字で音写した表記で、清代の漢籍中によく見られる表記です。
>ジェネラル

>いや?いまの青海省の一部・いまの四川省の一部、その他含みますよ。

それは史実と違うし、そんなことは亡命政府も中国側も誰も言っていない。

>チベット王国は祭祀トップの歴代ダライ・ラマがいて、ガンデンポタン(政府)に首相や閣僚らがいる立憲君主制でした。最終的な補弼はダライ・ラマですが、これは明治から今まで続く日本の立憲君主制と変わりありません。

チベット王国という国は存在しない。
「チベットは独立国だった」と主張する人でさえ『チベット』または『ガンデンポタン』と表現する。
『王』は世俗の権力者であり俗人しかなることができないからだ。
ダライ・ラマを勝手に還俗させるな。

亡命政府の主張と違うことを偉そうに代弁者面して言うな。
おまえはチベットの迷惑だから、もう消えろ。
とりあえず#74まで戻ると、

>1950年、中国政府は人民解放軍をチベットへ派遣しましたが、チャムドからラサまで戦うことなく辿り着き、翌年には「十七か条協定」が締結されました。

>こういうのは侵略とはいわないですよね。

この内容には誰も異存ないようですね。

チャムドからラサまで、と言ってるのに西康地区だの青海地区だの言ってくる馬鹿は二度と戻ってくるな。
 私は個人の見解は自由であり、それを尊重するのが民主主義だと思う。
 しかしそれは、相互に事実を提示し合い間違いを訂正した上での議論が前提である。
 
>中傷はやめてください。人間としての品位を疑いますよ。
 いっぱしのことを言う前に、エビデンスを提示したらどうだ?
 事実を無視して自分の空想を他人に押し付けるような議論はしなさんな。
 前にも言ったがジェネラルの主張にはエビデンスが無いのよ。だから俺から「二枚舌」と言われるのよ。エビデンスの提示が出来ないのであれば、自分の主張を引き込めることだ。
 正しい見解と言うのは事実の上に存在する。
 まずはエビデンスを提示して反論することだ。私が認識できていない情報をお前が知っているかも……期待しているぞ。

 まずはチベットが独立国家であるというエビデンスでも提示してはどうだ?
 国際法上、チベットという独立国家は存在しない。日本でいえば北海道のような存在じゃないかね?
 単なる中国国内の地域紛争でしかないと思うがどうだい?
>今 日本に住んでるチベット人はただ60人ぐらい、彼たちはチベット人を代表できないぞ。
 人数は関係ない!たとえ1人だろうと、正しいことを言っているのであれば尊重するべきだ。

 昔、日本の軍国主義に反対して中国を侵略させまいと戦った日本人がいる。
 彼らは非国民とか国賊と呼ばれ、その人数は少なかったし日本の代表ではなかった。

 しかし彼らの侵略戦争反対という考えは正しかった。

 
『中央人民政府和西藏地方政府關於和平解放西藏辦法的協議』

これが「十七か条協定」の中国語の正式な名前。
「中央人民政府と西蔵地方政府との西蔵の和平開放の方法に関しての合意」という意味。
1951年4月チベット代表団が北京に派遣され共和国政府との会談が持たれた。
5月23日の時点で17項目で合意が得られた、という内容。

政府と地方自治体との協議、という位置づけのため、現在のダライ・ラマ14世ら当時のチベットが独立国だったとする面々が無効と主張するのは当然。

#78
>この条約自体に国際法的に見て実効性が無かったんですから。見当違いの最たるものでしょうね。

『条約』『国際法的実効性』というタームで語る人間はチベット側にも中国側にもいない。
見当違いはお前だ。
1950年のチベット開放について。

1950年人民解放軍はチャムドを制圧するとそのままチベットの首都ラサを目指し、戦わずにラサへ進んだ。
これが侵略なら、ラサへの進軍をなぜ誰も止めなかったのか???

半世紀前の1903年イギリス軍が英領インドから侵攻、進軍を食い止めようとするチベット軍をギャンツェ(江孜)の攻防をはじめ次々に打ち破り、1904年ラサを制圧、ダライ・ラマ13世はモンゴルへ亡命した。

これは侵略じゃないのか???




『機関銃の社会史』ジョン・エリス著
http://www.amazon.co.jp/dp/4582766358

―だが、アジアにおいておそらく機関銃が最も血なまぐさい能力を発揮したのは、一九〇四年、イギリス軍のチベット討伐だろう。討伐に当たった軍隊には、ノーファク連隊第一大隊特別班も参加していた。この班はマクシム銃二丁を装備していた。討伐最後の戦いで、六〇〇から七〇〇人のチベット人が殺された。一方、イギリス軍はほんの一握りの戦死者を出したのみだった。戦いの山場はこう描かれている。

―戦場では、マクシム銃が憎々しげにカタカタと音をたてていた。こんなに恐ろしい打撃を受ければ、どんな軍隊でも持ち場を死守することはできない。これは戦争ではない、虐殺だ。ノーファク連隊のマキシム銃をうけもったハドウは、その夜、母親にこんな手紙を書いた。「僕は一方的な虐殺に気分が悪くなって、撃つのをやめました。でも、将軍の命令はできるだけ大量にしとめろというのです」
>私は異存ありますって。
 中央人民政府とチベット地方政府のチベット平和解放に関する協約(十七か条協定)は知っているんだろ?
 チベット地方政府の首席代表がこの条約の締結を承認しているぞ、「チベット民族は中国領土内において悠久の歴史をもつ民族の一つであり、その他多くの民族と同じく、偉大な祖国の創造と発展の過程において、自己の光栄ある責任を果たしてきた。」とあるな。
 【中国領土内において】と記述されているのが読めんのかね?侵略にはならないのだよ。自国の領土を侵略することは不可能なのだよ。
 勿論、君がチベットが独立国家であるという証拠を提示すれば尊重するぞ。中国国民党政府がチベットを独立国家として承認した文章を君が提示すれば、無駄な議論は無くなると思うよ。
 
>85
>>『清の皇帝がダライ・ラマに封じた地』ですらありません。ダライ・ラマ領は現在のチベット自治区ですから。
>いや?いまの青海省の一部・いまの四川省の一部、その他含みますよ。

>96
>チベット亡命政府は、難民を受け入れているインド・ネパール等の諸国への配慮もあってか、自身が主張するチベット国家の領域としては、吐蕃王朝時代の領域ではなく、グシ・ハン王朝時代(1642年〜1724年)の統合領域を主張している。

>98

>十七世紀半ば、ダライラマを信仰するモンゴル人グシ=ハンにより、再びチベットの大部分が統合されます。グシ=ハンは配下のホショト部族を率いて各地を平定し、征服地のうち、チベットの政治・経済・文化の中核地帯であるヤルンツァンポ河流域をダライラマ領として寄進し、残る各地の領主たちを貢納民として自分の子孫に分配して従属させました。

>グシ=ハン王朝のチベット統治は終焉を迎えます。戦後処理の一環として、グシ=ハン一族の属領は1725年に解体され、ホショト部とその南方の遊牧民が居住する青海湖の西方・南方の草原地帯に「青海」地方が設けられたほか、残る各地は隣接する清国の各省とダライラマ領との間で分配されました。青海地方ではグシ=ハン一族とホショト部族が「盟旗制」によって三十の「旗」に再編され、甘粛・四川・雲南等の諸省に分属した地域では、土着の領主たちが、各省の長官(=総督・巡撫)を通じて皇帝より武官の称号(= 土司 )を授けられ、引き続き先祖伝来の領地を統治し続けました。

>「西蔵」という地名は、すでに十七世紀後半からチベットの一角を指す呼称として用いられはじめていましたが、この分割以後は、1959年まで、チベットのうちダライラマ領に属する地域を指す名称として用いられました。ダライラマ領と、清国や中華民国の直接支配地域との境界はしばしば移動しましたが、中華人民共和国の現行の行政区画の境界は1725年の分割の境界をほぼ踏襲したものになっています。

>106
>>それは史実と違うし、そんなことは亡命政府も中国側も誰も言っていない。
>言っていますよ。私は直接日本事務所の代表と話をして聞きましたから。


#96と#98を読まなかったのか?!
#98は東洋史学の学会で国際的に認められた見解であり、それを踏まえて亡命政府は#96の『グシ・ハン王朝時代(1642年〜1724年)の統合領域』を主張している。

>言っていますよ。私は直接日本事務所の代表と話をして聞きましたから。

言っていない。
お前の頭で理解できないだけだ。

『チベット』
『西蔵』
『ダライラマ領』

この言葉が区別できないだろう?
『チベット王国』とか言ってるくらいだからな。


>これは表現上の問題でしょう。

違う。
言葉の定義の問題だ。

お前が『チベット王国』という妄想の国の話を続けるなら、今後こっちはお前を無視して実在のチベットの話をさせてもらう。
>108
お前は十七か条協定のタイトルと内容をちゃんと読んだのか???

十七か条協定の文にはなんの意味もない。
罰則規定がないからな。

タイトルも『中央人民政府と西蔵地方政府との話し合いでの合意』とある。
首脳会談後の共同声明みたいなもんだ。

十七か条協定の意味は、1951年の時点では中国政府にとってチベットが正式に支配下に入ったことを示すパフォーマンス、現在では亡命政府が『不平等条約を結ばされたかわいそうなチベット』を演じるパフォーマンスだ。
頼まなくても、釣られて#108のような書き込みをしてくれる馬鹿がいるからな。
>>チャムドからラサまで、と言ってるのに西康地区だの青海地区だの言ってくる馬鹿は二度と戻ってくるな。
>当然いましたと言いませんでしたっけ。そもそも好戦的な部族が少ない地域で何を期待してらっしゃるのか、私のような凡人にはとんと見当がつきませんが。

チャムド、ラサ、西康地区、青海地区

お前、場所がどこか全然わかってないくせに話に入って来るな。
同じことを何度も言わせるな。二度と戻ってくるなと言っただろうがむかっ(怒り)
>当然各部族での抵抗運動はあったけれども、人民解放軍の戦力の前にはなすすべもないでしょう。

イギリス軍には正規軍が徹底抗戦したのに、中国の侵略軍を首都までスルーさせるのはあり得んだろうが。

>イギリスの件についてはもちろん侵略でしょう。ただ、1903年当時はそれが侵略とみなされるかといえば、必ずしもそうでは無かった時代だと思いますよ。まだ超国家近代としての時代が到来していたわけではなく、帝国主義と帝国主義がぶつかり合う時代でしたから。

外国の軍隊が来て数百人殺害されて国家元首が亡命して、侵略じゃないのか?
侵略じゃなければ併合か?
併合されたなら独立国じゃないじゃないか。


結局お前は自分では調べずに他人に聞いた情報だけで口出しするから言ってることが無茶苦茶なんだよexclamation ×2
#101も無視か?!

こっちは検証してからコメントしてるんだから同じつもりで書き込んでくるな。




町がどこにあるかぐらい地図で見てから書き込め。
それができないならもう来るな。
>何を期待してらっしゃるのか、私のような凡人にはとんと見当がつきませんが。

お前にはなにも期待していない。
自意識過剰か?

話に入って来るな。
knkさん

>十七か条協定の文にはなんの意味もない。
 【地方】政府となっていることに、大きな意味がある。

>罰則規定がないからな。
 罰則は必要が無い。「中華人民共和国」ではなく「中央政府」と地方政府の「辨法的協議」です。協定には明確な上下関係(支配関係)があり罰則規定を要するものではなくなっている。
 肝心なポイント(チベットはあくまでも地方政府)は抑えてあり「なんの意味もない。」という認識には無理があります。

 抵抗があろうが無かろうが、【他国】の領土や主権を犯せば侵略である。たとえ武力によるものであっても、【自国】であれば侵略にはならない。
 問題はチベットが独立国家としてみなされるかでしかない。ゼネラル氏はエビデンスを提示しないが、宣言的効果説を根拠にしているのではないかと思われる。宣言的効果説では現在の国際法の解釈をもってしても、独立国家にはならないからエビデンスを提示しないのではないかと思われる。
李世民先生

フリーチベットの正体!!!

 写真の男は西村修平であることは間違いない。

右翼団体「維新政党・新風」が威力業務妨害で逮捕
県警公安2課と神奈川署は2001年11月14日、女性団体の講演会を妨害したとして右翼団体の新風の役員ら4名を威力業務妨害などの疑いで逮捕した。
「威力業務妨害」で逮捕されたのは、千葉県柏市の維新新党・新風の千葉県代表で会社員の西村修平(51)、群馬県新田町、会社員・栗原一行(52)、同容疑を傷害で逮捕されたのは、同副代表で神奈川県茅ヶ崎市小和田在住で学習塾を開いている川久保勲容疑者(50)。
調べにでは、4容疑者は7月7日午後2時半頃女性団体が主催した「7・7廬溝橋事件記念の集い」が開かれた横浜市神奈川区内の会場で、記録ビデオの上映中、主催者団体代表の女性(70)らに対し「うそをいうな」「インチキ裁判」などと怒号をあげ、進行を妨害した疑い。
また、川久保容疑者はその際、参加した藤沢市内の女性(63)の顔面に空き缶を投げつけ、4日間の怪我を負わせた疑い。 調べに対し、西村容疑者は「大声を出したが妨害するつもりはなかった」と供述、川久保容疑者ら3人は、大筋で犯行を認めている。

 こいつらは63歳の老女に怪我をさせた、糞右翼である。
西村修平  懲役1年6カ月 執行猶予5年!


 中国の朋友に、日本のフリーチベットの正体を暴露して下さい。


おお!なるほど。
やっと解らなかった因果関係が繋がってきた。
維新政党・新風幹部で、抗日デモ後のネット・リアルでの対中抗議活動の音頭を取っていた人物が@フリーチベットな連中を扇動してたわけだな。

維新政党・新風は右翼団体というより、「カネも知力もない連中だけが構成している一議席も取れないダメ政党」って捉えたほうがいいと思いますけどね。
確かに!西村修平の団体の最近の主張はチベット絡みがおおいですね。
http://homepage2.nifty.com/shukenkaifuku/index.html

にしても、コノ人達、政治活動する前に政治学や社会学勉強するほうが先でしょうね。
こういうアホには、日本国民の代弁者ぶって欲しくないものです。
この間、西村修平のvideoを見ました、馬鹿みたい奴だと思いますね。その奴はあまり教育を受け取ってないみたい、声が大きいだけが気になる。
>>李世民さん
西村修平がマトモに勉強してこなかったのは事実ですよ。
私立大学を中退しています(昔は親にカネがあれば二流私立大ならバカでも入れた)。
さらに問題なのは、最近、日本の教育レベルが落ちているので、文字が書けて親にオカネがあれば誰でも大学にいけるので、大学教育を受けている比較的知的に恵まれているはずの人間が、こういうアホの意見を鵜呑みにしていることです。
>にしむら さん

なるほどね、ご紹介ありがとうございます。
チベットはいかにして中国を侵略したか:

1912年辛亥革命で清朝が倒れると英国は1913年亡命中のダライ・ラマ13世をチベット・ラサへ戻して親イギリス帝国の傀儡政権の樹立。
チベットは18世紀に雍正帝がグシハン王家から接収した領土の領有権を主張して四川省と青海省へ軍事侵攻を開始。
1914年のシムラ会談では英国とともに独立国としての主権とカム地方(四川省の半分)とアムド(青海省)の領有権を認めるよう迫った。


チベットに10年間潜行した木村肥佐生の著書より:
(カム地方の町チャムドでの)チベットの中央政府から派遣されてきた兵士や官吏の横暴さである。旅の途中私たちは暴政から逃れてきた避難民に幾度も出会った。
この町ではチベット人兵士が大っぴらに威張りふんぞりかえっている。
(中略)
(木村肥佐生とあるカムパの農民とのやり取り)
「わしや女房がどう考えようと、誰も気にしやせんよ。」彼は諦めきった口調だった。
「兵隊には逆らえませんや。文句を言えば必ず畑を取り上げられる。わしには、この畑しかないんで。」
「彼らはそんなにひどいことをするのかい。」それまで見聞きした事からすると返答は明らかだった。
「兵隊なら何でもやりたい放題、欲しいものは取り放題って寸法でさあ。兵隊たちがやってくると泣く子は黙り、
女は隠れる。
兵隊たちがカム地方に赴任することを何と言ってるかご存じで?」私は頭をふった。
「正月をおくりにいくと言って喜ぶんでさあ。役人は一生食えるだけのものをカム地方滞在中に住民から絞り上げようとし、
兵隊たちはわしらの女を取る」
(中略)
「中国人が攻めてきたらどうするつもりかい?」
「中国人の味方をしますよ。」彼はためらうことなく答えた。「二十年以上前、わしの父親がこの地から中国人を追い出すためにチベット軍の味方をしたようにね。
中国人はいつでも入ってこられますよ。国境の向こう側のチベット人はずっといい思いをしてまさあ。」

「チベット偽装の十年」 木村肥佐生 中央公論社より
ちなみにこの農民の奥さんは毎晩の様にチベット兵に強姦されていたとのこと。(木村肥佐生も実際に目撃している。)
>114
>肝心なポイント(チベットはあくまでも地方政府)は抑えてあり「なんの意味もない。」という認識には無理があります。

僕が十七か条協定を出したのは1950年のチベット解放が侵略かどうかを説明したかったのであって、論旨はそこにはありません。

チベット軍はチャムドを固めたが人民解放軍と対峙したのはわずか2日、その後はなんの抵抗もせずに人民解放軍を首都ラサへ行かせた。カム地方の民衆は人民解放軍をむしろ歓迎した。
1951年わざわざ北京へ使節団を派遣して十七か条協定に調印した。

さらに罰則規定がなく無視して平気な『十七か条協定』なる約定を1959年のダライ・ラマ亡命まで忠実に履行した。

つまり、
・チベット軍は人民解放軍を侵略軍とはみなさなかった
・英国の傀儡国家チベットは中国復帰のために使節団を派遣した
・チベットは自ら中国の地方自治体になった

これはどう見ても侵略ではありませんね。
てか>「なんの意味もない。」という認識には無理があります、ってとこに食いつかれても困ります。
>てか>「なんの意味もない。」という認識には無理があります、ってとこに食いつかれても困ります。
 これは失礼、knkさんの元の文章を否定しました。
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十七か条協定の文にはなんの意味もない。
罰則規定がないからな。
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 単純にこの文章を読んで間違いと判断したのであり、不愉快な思いをさせたようですな。

 何を基準に侵略と解釈しているのかは存じませんが、国連憲章の「侵略」を基準に意見を述べます。

>これはどう見ても侵略ではありませんね。
 私の認識を申しますが【侵略ではない】という立場です。
 しかし、knkさんの解釈だけでは侵略になります。「チベット軍は人民解放軍を侵略軍とはみなさなかった」にはエビデンスがありません。「チベットは自ら中国の地方自治体になった 」というのは共通認識ですが、『十七か条協定』は人民解放軍がチベットに侵入した後です。

 「チベット軍は人民解放軍を侵略軍とはみなさなかった」は、たとえ侵略軍とみなしていても侵略にはなりません。つまり如何にみなしたかは関係の無いことであり、仮に「侵略軍とはみなさなかった」としても侵略になります。
 武器、兵器の使用が無かったとしても、携行しているだけで威嚇となり弁明できない侵略行為です。軍隊が他国へ入るのは、相手国からの要請や許可があるか相互の軍事協定でもないかぎり、侵略とみなすのは自然な解釈だと思います。
 つまりチベットが独立国家であった場合は「チベットは自ら中国の地方自治体になった」の前に入った人民解放軍は侵略なのです。

 中国にとってチベットは外国ではなく自国の一部であり、侵略行為には該当しないと判断するのは中国の権利です。中国の一部だった地域が独立宣言をしても、本国(中国)の承認を得た条約が無い限りは独立国家にはなりません。それに類するものは『十七か条協定』しかありませんので、チベットの『独立宣言』そのものは無効なものとみなされます。

 現在の国際法を用いても、独立宣言だけでは独立国家になりえません。バチカンのように「ラテラノ条約」のようなものでもあれば独立国家として尊重できるが、現在もなお創設的効果説が国際法の解釈として残っており、当時のチベットを独立国家を主張する論拠はありません。

 

ジェネラル君!
>17ヵ条協定については、半監禁状態の中、偽の印でチベットの下っぱ(少なくとも最高幹部達の意思とは関係なく)の役人達が署名なりをした以上、私は無効だと思っています。

 嘘をつかないことが議論の最低条件だ。「偽の印」など存在しない。無い物を使用するのは物理的に不可能だ。署名者が使った印が本物とみなされる。100円ショップ(当時は無かったが……)で買った印鑑でも効力を発するのに、わざわざ「偽の印」を作る必要などない。消しゴムをカッターナイフで削った物であろうと本物だよ。
 「十七か条協定」に印に関する条件でも記載されているかね?署名者が捺印を否定しない限りは、「偽の印」などこの世に存在しない。
 「偽の印」などと与太話は誰から教えてもらったかね?その人の言うことは信用しなさんな。

 「チベットの下っぱ」という基準は何かね?そして幹部の基準は?署名者が地方政府の代表になりえない証拠を出したまえ。地方政府が彼らの署名した協約を否定したことはあるかね?
>126
>熊猫さん

なるほど。
ところで、熊猫さんは1911年の辛亥革命から1949年の共和国建国宣言までの中国をどう捉えていますか?
当時は軍閥が割拠する時代で、たとえばガンデンポタンの隣には四川軍閥などが存在していました。
軍閥といえばアフガニスタンのタリバンが有名ですが。

1950年、ガンデンポタンと人民解放軍の対峙は「国家対国家」といえるのか???
knkさん
 私はその最大要因は下関条約にあると思います。

 革命とかクーデターであるに関係なく、その政権は尊重され前政権(封建制を含む)の既得権利(国家領土、対外条約、国有財産など)を譲り受けることができます。
 如何なる手段で政権を奪取しようとも、あくまでも内政問題でありその正当制はその国の人民によって判断されるべき事項です。

 辛亥革命から蒋介石の北伐までは軍閥が割拠します。実際にはその後も割拠していました。
 日中戦争時には幾つかの軍閥系は【路軍】として発展し、【政府軍】と一緒に日本軍とたたかいました。
http://t-t-japan.com/bbs2/c-board.cgi?cmd=one;no=2822;id=sikousakugo#2822

 まず、「チベット・モンゴル相互承認条約」には以下の記述が前文に記載されています。
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チベット人と、モンゴル人の二国は文殊皇帝の支配のもとから離脱して中国とは別々になった。
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 つまりチベットは明確に中国の支配下にあったということを認めています。独立国家であったならば「中国とは別々になった。」という記述はありえません。このチベットはガンデンポタンの条約ですから、自ら中国であったことを認めたことになります。
 国際社会がこの条約を承認することを意図しましたがそれに失敗し、本国である中国からも承認を得ることはできませんでした。

 戦争などで領土を奪われない限り、軍閥が割拠したり国内が不安定(崩壊状態)であることを理由に、その国の国土がどうこうなるという問題ではありません。あくまでも内政問題でありその国(中国)の法律により、独立国家となる以外は方法はないと思います。

>1950年、ガンデンポタンと人民解放軍の対峙は「国家対国家」といえるのか???
 あくまでも内乱レベルの問題です。アメリカの南北戦争、日本の戊辰戦争、どこの国の歴史にも内乱はあるものです。

 もし、チベットが独立国家とみなされるのであれば、国連などの国際世論の中国批判はこんなもんじゃないでしょう。
チベットもモンゴルも中国の領土です、これは漢人のルールです、ご協力お願いします。

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