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デヴィッド・フリーゼンコミュのwebより。

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photo:John Stowell


David Friesen Story


Doug Munro John Stowell and Steve Brown play "Softly"
http://www.youtube.com/watch?v=PRVP7JqFZO8

Inside Paul Horn Special Edition
http://www.youtube.com/watch?v=mDJtEZOQg4Y




コメント(6)



〜webより抜粋

 デビッド・フリーゼンは1942年ワシントン州生まれのベーシストだ。18歳でウェスタン・ギターからベースへ転向、20代後半あたりからシアトルやサンフランシスコのセッション・シーンで注目を浴びるようになり、74年にはジョー・ヘンダーソン・グループ、75年にビリー・ハーパー・クィンテットに参加。初リーダー作をリリース(75年『カラー・ブルー』)。76年からはニューヨークへ進出して、盟友のジョン・ストーウェルらと行動をともにするようになる。

 彼が大きくクローズ・アップされたのは77年のモンタレー・ジャズ・フェスのオープニング・アクトだったそうだ。観衆は“度肝を抜かれた”そうだが、その場にいなかったボクは想像すらできない。残念だ。しかし、疑似体験はすることができた。
 ボクとデヴィッド・フリーゼンの出会いは、ボクが高校3年生のころだから、1977〜78年。彼がクローズアップされたのとほぼ同時期だ。

 受験に対する意欲を失い、遊びほうけていたその高校生は、家へ真っ直ぐに帰らずジャズ喫茶で過ごすことも多かった。学校が中野に近かったため、友人と誘い合ってよく中野のジャズ喫茶を訪れた。特に、パラゴンという特異な形状をしたすばらしい音のスピーカーが置いてあったビアズレーというジャズ喫茶はお気に入りだった。

 その日、ビアズレーに入ると、突然クラシカルな笛の音とともに、太いベースが聞こえた。しばらく聴いていると、そのアルバムにはホーンとギターの入ったクァルテットのほかに、ベースのソロらしき演奏が収録されていた。“らしき”というのは、とてもソロだとは思えない技量によって演奏されていたから、信じられなかったのだ。

 客のまばらな昼過ぎのジャズ喫茶で、局面を描いたどでかいスピーカーから、驚異的なベース奏者の演奏が流れていた。すでに放心していたボクは、それでもようやく、そのアルバムのタイトルとアーティスト名だけは覚えておこうと気力を振り絞った。
アーティストの名前は、デヴィッド・フリーゼン。アルバムは『スター・ダンス』だ。1976年11月8日に収録された、当時としては新譜の部類に属するアルバムだったのだろう。

 ボクは早速、そのアルバムを買いに走った。予想通り、大手レコード店にはなかった。日本盤がリリースされているとは思えなかったからだ。当時の多くのジャズ・レコードがそうであったように、ボクは輸入盤を扱うショップを歩き回った。

--つづき--

 探すのに数カ月かかったと記憶している。手にした『スター・ダンス』は、運搬時の保管が悪かったのだろうか、大きくゆがんで針が飛んでしまうようなヒドイ盤だったが、交換しようにも1枚しかない状態で、ガマンして買うことにした。そのままではプレイヤーに載せられないので、半月ほど百科事典を上に重ねて、盤のゆがみを軽減させた。ようやく聴けるようになった『スター・ダンス』は、さすがにパラゴンで聴いたようなエッジの効いたベースにはならなかったが、それでもやっと、デヴィッド・フリーゼンが我が家に来たことを喜んだ。
 アメリカでの評価に比して、彼の日本での評価は芳しくなかったと思う。80年には来日して尺八の山本邦山や佐藤允彦らとアルバムを作ったりしたが、数々のジャズ・ジャイアンツとの共演のニュースは聴くものの、彼自身のアルバムをクローズアップする動きは鈍くて、ボクはいつも彼のアルバムを入手するのに苦労していた。

 ウチにデヴィッド・フリーゼンのアルバムが6枚ほど溜まったころ、世の中はCDの時代へと移り変わり、彼の活動はますます聞かれなくなって、CDでのリリースも聞かないまま時は過ぎていった。

 『スター・ダンス』以来20数年間、レコード・ショップで気が付けばデヴィッド・フリーゼンのアルバムを探していたような気がする。レコード会社のヒトに訪ねたりお願いをしたことも、実はあった。でも、日本での再発や、彼の消息についてはなかなか知ることができない状態が続いた。
 一昨年の秋頃だったと思う。その日も何気なく新宿のヴァージン・メガストアをブラブラしていた。ジャズやフュージョンの棚にめぼしい物件がなかったので、ニュー・エイジの棚を見ていた。なんと、デヴィッド・フリーゼンのコーナーがインデックス付きであるではないか。こんなに興奮したのは、ネッド・ドヒニーの2ndアルバム『ハード・キャンディ』を原宿のフリマで発見したとき以来じゃなかっただろうか(笑)。

 そこに置いてあったのは、残念ながら『アポン・ザ・スゥイング』の1枚だけ。早速買って帰ったのだけれど、資料を読むと1993年にリリースされたアルバムで、このほかに94年リリースのアルバムもあるという。90年代に入ってからの活動がほとんど知られていなかったので、このニュースはうれしかった。彼はヨーロッパに拠点を移して、ワールドミュージックへの進出をはかっていたというのだ。そういう影響がサウンドにも出ていた。

 今年の夏、新宿のタワーレコードを物色していると、今まで見落としていたようにガサッと彼のCDが並んでいるのを発見した。もちろん、残らずに買った。ウチにはデヴィッド・フリーゼンのCDが7枚になった。
久々にYouTubeを見たら、Friesenの動画がUpされてました。件の妙ちくりんなベースと格闘してます。相棒はJohn Stowell では無いようです。

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