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ファントム・ピークス映画化運動コミュの黒沢清監督の解説〜ファントム・ピークス―幻の山を越えて見えたもの

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(前略)

北林さんは元々アメリカ映画が好きでしたが、好きな分、80年代末から90年代以降のアメリカ映画は面白くないと言い、疑問を抱いていました。
70年代のアメリカ映画の主人公はどこか陰を持っていながら、最後には痛快なことをやるあたりが好きだったのかもしれません。
それに較べて90年代のアメリカ映画の主人公はもっとずっと単純で、もちろん痛快なことはやるんだけど、キャラクターとしては今ひとつかふたつぐらい物足りないと感じていて、僕も同感ですと言ったことを覚えています。
僕と同じでスピルバーグ作品が好きで、一見ハッピーで単純と言われていますが、決してそうじゃないと。
スピルバーグの屈折した部分、それでいてエンタテイメントにまとめる傑出した才能を認めていました。
僕は最近のスピルバーグはますます凄くなってきていると思うのですが、北林さんがどう感じていらっしゃるか、ついに聞けなかったのが残念でなりません。

(中略)

『ファントム・ピークス』を読み終わって、北林さんらしい作品だなとすぐに思いました。
僕は北林さんの一面しか知りませんが、彼の大好きな70年代あたりのアメリカ映画の良さを抽出したような作品です。
文章の表現は書き手の自由でどんな展開も書けるはずですが、おそらく北林さんは決してそうじゃないんだ、と感じていたはずです。
そう簡単に都合よく物語が展開しないところが面白い。
映画に予算も限られ大体の上映時間も決められた中、集中的に山場を作って、後はなるべくふせてふせて、という手法です。
アメリカには映画を意識したような作りの小説があるようですが、これは日本にあまりないタイプの小説だと直感しましたね。
ほんとに映画の脚本に近い小説なんです。

それに、まだ何も現れていないのに何かの気配を感じさせてみたり、まだ何も起こっていないのにある種の緊張感をはしらせるのは、小説としてはとても難しい技術じゃないかと思います。
映画の場合、効果音とか微妙なカメラワークとかで意外に巧く表現できますが、小説では書いていないことは分からないわけですから・・・だからよくぞここまで表現したと感心しました。

怪物が出てきて大暴れするのは映像なら見映えもしますが、小説の場合、怪物が出てこないところをどう描くかが重要です。
だからやろうと思えば、武器を持った人間と怪物が血みどろ死闘を繰り広げる場面をとことんやれるわけですが、そこをグッとおさえているところが実に映画っぽい。
特に怪物と対峙するクライマックス、いいですねえ。
不必要なドラマ部分とか、本来劇的に見せなくちゃいけないところをおさえにおさえ、起こりそうな出来事を畳みかけるように、かつ的確に書いた、まるで質のいいハリウッド映画を想起させてくれます。
やっぱり北林さん、映画が好きだったんだよねって、つくづく感じました。

それとテーマのひとつでもある<人間と自然の共生>についてもはたと膝を打った部分があります。
(中略)

北林さんは実際に山の中を歩き回ったというし、自然に囲まれた中から肌で感じたことを『ファントム・ピークス』で表現していると思います。
自然は基本的には恐ろしいものです。
その恐ろしさを人間が引き受けないと共生なんてできない。
共生するということは仲良く暮らすとうい意味もありますが、どっちかがどっちかを食べるという意味合いにも取れます。
喰うか、喰われるか・・・それが共生、共存なんだと思います。
だから過酷なことなんです。
北林さんは、『ファントム・ピークス』でそのあたりまで踏み込んで執筆したと感じました。

『ファントム・ピークス』はエンタテイメント小説のファンだけでなく、映画ファンにも受け入れられる要素が多分にあります。
僕は映画に情熱を持っていた北林さんしか知りませんが、もしこの小説が映画化されたら、一番喜ぶのは彼なのかもしれません。

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