タルムードコミュの１．現実主義者

チェコの町アウステルリッツでの戦闘が終わり、砲火や煙幕がようやくおさまったところで、ナポレオンはその日特に武勲のあった、いろいろな国籍の兵士たちに褒美をやろうと思った。

　「何なりと望みをいうがよい。かなえてつかわすぞ、勇猛なる英雄たちよ！」
　皇帝は大音声を上げた。

　「ポーランドの主権の回復を！」ポーランド人が叫んだ。
　「かなえてやろうぞ」皇帝は答えた。

　「おらは農民だで。土地をくだせえ！」と質しいスロヴアキア人。
　「土地か。わかったぞ」

　「わしはビール工場が欲しいんだが」ドイツ人がいった。
　「やつにビール工場を与えよ！」ナポレオンが命令した。

　次はユダヤ人兵士の番だった。
　「さあ、おまえの望みは何だ？」皇帝はほほえみながら、はげますように言った。

　「閣下、もしいただけるなら、わたしにはうんと脂ののったニシンをくださいまし」ユダヤ人はもじもじしながら、小声でいった。
　「何だと」皇帝は大仰に肩をすぼめてみせ、声高にいった。「こやつにニシンをくれてやれ！」

　皇帝が行ってしまうと、他の勇者たちがユダヤ人の周りに集まってきた。
　「おまえもずいぶんバカだなあ」と口々にたしなめる。

　「何でも欲しいものを言えというのに、たったニシンをくださいだと！　それが皇帝に対する言葉かよ？」
　「どっちがバカかすぐわかるってことよ！」ユダヤ人が言い返した。

　「おまえさんたちときたら、ポーランドの独立だ、農場だ、ビール工場だと。そんなもの皇帝がかなえてくれるもんか。だがな、おれは現実主義者よ。ニシンくらいをねだれば、たぶんかなえてくれるさ」