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大西宏の夢を求めて今を生きようコミュの薩摩若者紀行

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8時間かけて鹿児島・串木野にやって来た。

○19:30~22:00研修会、22:00~24:00夕食パーティ…東京では見られない熱いスケジュールだ。
この時間帯なのに、遅刻や2.5中、居眠りや私語がなかったこと(これは講演の内容によるものでない)

○青年経営者(商工会議所の青年部の面々)が串木野の歴史を語ってくれる。東京では見られない若者の「郷土愛」だ。
「この近くの港から、国禁を犯して薩摩藩の19人の青年たちが、ロンドン留学にでかけたとのこと。藩命だったが死刑の覚悟が要った。
五代友厚・森有礼…。実業家に政治家、学者、教育者。東大学長2人、文部大臣2人。開明日本は串木野から始まった。
帰った彼らの中から西南の役の西郷軍の参加したものはいない。
今、留学者たちは日本をどのように変えようとしているのだろうか?

「マグロ漁の船籍元は串木野港が最多を争っており、マグロを全国民にどう売り込むかが課題であること。例えば<まぐろラーメン><まぐろDPA>・・・」

「さつまあげの発祥の地であること」

「西郷隆盛が、串木野の干拓の仕事のリーダーをして島津斉彬に認められたこと。

「地元の高校の神村学園が全国制覇を狙っていること」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

○さらに驚いたことは宴会で、僕が話しかけた一人の若い経営者が、僕が話しかけると、いくら足を崩すように勧めても静坐を崩さず接したこと。
その若者は、今はまだ存在しない「薩摩染め」の創始者たらんと創作と普及に励んでいるのだった。大島がすりをDNAのようにとりこんで。ピカソがアフリカの民芸術をとりこんだように。そして彼の髪形は、モヒカンやチョンマゲ以上に過激だった。彼と同人種で静坐を崩さない若者は東京には一人もいない。

○「良き日本」「薩摩の士魂」「地方の元気」を垣間見た。そして僕にも、次の本の新しいテーマを浮かばせた。

○朝の驚き。空と海の蒼さに空気の清澄。鳥の囀りに人々の笑顔。朝飯の生卵50円

○昼の驚き。元僕の会社の故郷に帰った元若者の子供…消防士・美容師・栄養士

○東京の夜。羽田の馴染みのコンセントのあるカフェで一服。この文と次の本のコンセプトを書く。
モノレールからは、城山三郎が書いた戦争直前の日米学生会議の光景と薩摩藩の若者の話を重ねながらもとの我に戻る。

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