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「J」の工房コミュの【地下室】(上)

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 様々な木やきのこが生えていたり、色とりどりの昆虫や獰猛な動物がヒエラルキーをつくっていたりする深い、そして湿っぽい森のなかには入らず、遠くから森を眺めては「深い森がそこにあります。」といったように、身の安全を確保しつつ、「みんなしらないだろう?」という確信を持って記事を書くのがマスコミだ。新聞記者をやっていると、本当に自分では「深い森」には入り込まないことがはっきりとわかる。誰も知らないような「森」を探してきてはそれを自慢げに紹介する。 それがマスコミである、と僕は思っている。 もちろん僕が今までやってきた新聞記者の仕事がそうであっただけかもしれない。僕がやってきたのは、殺人事件の真相(もちろん警察に事細かく事情を聞く)とか、政治の裏側(もちろん政治評論家に意見を求める)というようなどの新聞でも載っているような記事である。新聞記者は他人から話を聞いて、それを川の水がダムから落ちないうちに新聞記事にするだけである。重要な点はどれだけ早く記事が書けるかということであり、チーターから逃げている獲物を想像してもらえるといい。チーターは世間、僕たち新聞記者は獲物。 とりあえず、僕は5年間行なってきた新聞記者の仕事が嫌になった。五年前僕は大学を出て、それから大手の新聞社に就職した。入社する前は深い森を探検できるものだと心を躍らせていたものだが、一年後には心は糸が付いた操り人形であった。何もかもが憂鬱になり、仕事とは金を稼ぐための義務にすぎないと割り切っていたときもあった。それももう限界であった。 僕には、僕が支えるべき家族と言うものがいなかったので決断は早かった。 持ち物が少ないと行動は早い。 何かあったときのためにと今まで稼いだお金は、家賃、光熱費と少しの交際費を除いてはすべて貯金していた。 これだけのお金があれば一年間ぐらいなら楽に暮らせるぐらいの金額であった。

 退社するのは簡単だった。 まずは適当な紙と封筒、必要に応じてペンを文房具屋で買ってくる。 もちろん最近は時計のねじが外れて狂ったように夜中まで煌々と明かりをつけては虫をその高熱で殺している電灯の持ち主であるコンビニに行けばその程度のものはすぐに揃う。 簡単なことだ。コンビニに行くまでの体力と商品を持つための手、そしてそれを買うためのお金。それさえあれば良い。とりあえず僕は、コンビニの個性を活かして真夜中の3時に買いに行くことにした。やはりその時間になると店員はどろまみれの顔を洗面所で洗ったばっかりのような顔をした男性であった。 スッキリしない買い物だが、まぁ悪くはない。なんせ、今から辞表を書くのだ。僕は、家に帰り質素な辞表を書いた。書き終わったのは夜中の4時。 まだ太陽は昇らない。 僕が書いた新聞記事が載っている新聞が新聞社の支店に送られ、若いバイトのバイクのカゴにつめられている頃だろう。
それから書き終わった辞表を封筒につめ、表には「辞表」と少し小さめに書いて封をした。あとは、明日会社に出向いて社長の机の上にポンと置いて、「いままでありがとうございました」というだけである。もちろん、社長は引き止めるだろう。 「君は、この会社にならなくてはならない人材だ」とか云々。 しかし、何度か僕が「それでもやめさせてください」というと、「では、好きなようにしなさい。しかし、いつでも戻ってきていいのだぞ」と社長は言うだろう。 これは今まで蓄積されていた習慣であり、それはオゾン層が地球からなくなることがない限り、変わらないものだろう。そういうことは世の中にたくさんあり、それを僕たちは無意識のうちに当然のこととして行っている。マリオネットが行なう劇場と同じだ。僕は、これから新しい生活が始まると思うとなかなか眠れなかった。今いる現状が夢とさえ思えた。少し不安があったのかもしれない。それよりも、遠足を前にした子供のような気分のような気もする。ふと思ったが、感情というのは一度言葉にしてしまうと、真実味がなくなる。 しかし仕方がない。僕はそれを少し伝えたかっただけだ。とりあえず僕は眠れなかったので、台所に行き、買ってあったウイスキーを飲んだ。
「マリオネットの劇場に同情と嫌悪を込めて・・乾杯」

 ウイスキーのおかげでそれから眠りにつくまでは、ぜんまいを一巻き、巻き忘れたおもちゃのように早かった。 そして5時過ぎに寝たにも関わらず、目覚めはよかった。鳥が鳴き、透明感溢れる太陽の光が差し込む朝。 そんな理想化された朝の中で僕は目を覚ました。 そしていつもどおりのルーチンを行い、会社に向かった。 僕は心で「会社をやめてからルーチンを抜け出そう。それまでは予兆を見せないで置こう。虫が感づいたら大変だ。」と思った。 それから社長のやり取りは恐ろしいぐらい、昨日の晩、僕が想定したマリオネットの劇場の中で行なわれた。そして、無事、僕は退社できたわけである。

さて、と僕は思った。これからどうしよう。僕にはとりわけあてがなかった。何かをするために会社を辞めたわけでもなく、ただ単純に仕事に嫌気がさしてやめただけだった。 僕はとりあえず東京にある実家に帰ろうと思った。父と母がいる実家。仕事をやめて帰ってきたといったらなんていわれるだろう。しかし、僕の親がそんなことでやかましく言う事はないことぐらいはわかっていた。 父親は大学の地層学の教授をやっていて少し、いや宇宙人ぐらい頭がおかしいし、そんな父親を好きになった母親も普通の頭はしていない。僕はとりあえずそんな実家に帰ることで、新しい刺激を貰い、何かアイディアが浮かぶのではないかと期待していた。もちろん、五年間、世間にのまれたブランクによって衰退させられた僕は実家から放たれる異質なオーラに絶えられないかもしれない。しかし、それ以外には乾ききった砂漠のようになにも行動は思いつかなかった。

 実家に帰るのも、コンビニで退社するための辞表を書く文房具を買うぐらい簡単だった。使い慣れた券売機で切符を買い、使い慣れた電車にのり、見慣れた道を辿る。しかし、今僕は会社を辞めたのだ、と僕は思った。アレほどまでに抜け出したかった薄っぺらなルーチンを抜け出した後でも同じようなことをくりかえすのか、と僕は自問した。そこで僕はバスに乗りいつもとは違う駅から実家に向けて出発することにした。見慣れない券売機や改札、ホームが使い古してあるのにキラキラと僕の目にはうつった。 簡単なことだった。バスに乗るだけだ。 そして、昼ごはんにとサンドウィッチとミルクティーを買った。 電車に乗るときのお弁当にお茶は卒業しよう、と思っただけだ。とりあえず、僕は一つ一つ自分の習慣に気付いては新しいものにチャレンジしていくことをこれからの習慣にした。 それから、電車に乗り、サンドウィッチを食べ、ウォークマンでモーツアルトを聞きながらゲーテの「ファウスト」を読み、新しいと思った。電車から見る風景も、乗ってくる人々の表情も、僕の頭の中に広がる、耳からの世界と文字からの世界も全てが新しかった。

 実家に着くまでに電車で一時間ほどかかった。ちょうどモーツアルトを演奏していた楽団の指揮者が指揮棒をおろしたところだった。 実家までの歩く道もいつもとは違うみちを歩いた。もちろん降りた駅が違ったのでスタート地点は違ったわけだが、最短距離を通るとどうしても同じ道を通ってしまうので、道順に気を使いながら一番遠回りの、しかしながら家にはちゃんと向かっている道をマリオネットの糸を絡めるように歩いた。実家に付くころには、絡み合った糸がうっとうしそうに僕の背中についていた。 呼び鈴を鳴らすといつもどおりの音がした。 これは懐かしくてよい、そう僕は思った。そうすると父親が早速出てきて、僕が玄関に立っていることに少し驚いた表情を見せたが、すぐに僕の背中の絡み合った糸を切って家の中へと導いてくれた。やはり、父親は父親のままだ、と僕は思った。僕は父親に今までの経緯をすべて話した。 大学を卒業してから、新聞社に就職して、五年間そこで新聞記事を書いていたこと。 そして、それがただのマリオネット劇場で行なわれている演劇でちっともつまらないこと。

そうすると父は「ならお前が面白い記事を書けばいいではないか。フリーライターみたいな感じで書いてみたらいいではないか。そしてそれをいろんなところに応募するんや。面白ければ採用してくれるし、面白くなければまた面白いものを書けば良い。お金のことは心配するな。大学の教授は良いもんでな、いらないというのにお金が入ってくる。ほら知ってのとおりわしは、地層学でも変わった手法で研究しとる。人工衛星や。あれから地上を見下ろして地層がどうなっとるんか調べとるんや。研究に莫大な金がかかる。しかし、金が必要なところに金が流れてくるんはお前も社会人を5年やってわかっとるやろ。そういうことや。とりあえず、しばらくここにおればいい。」と一気に言った。

どこか変な訛りがある父親の喋り方が変わってないことにほっとした。そして、僕は隣で相槌を打っているだけであったが、すこし勇気をもらった。
「ウイスキーがあと少しでなくなりそうや」と突然、父は言った。
僕は、ポカンとした。なんせ僕のこれからのことについて話し合っていて、次は僕の意見を言おうとしていたのに、何故か話がウイスキーの残量の話になってしまった。
「なんや、今の?」と僕は言った。
「ほら、CMや。テレビでようあるやろ。いいところになったら、はさむんや。CMをな。それがTV番組にとってもCMにとってもいいってもんや。」と父は言った。
僕は少しおかしくなって、自然と笑顔になった。父は突然おかしなことを言う。僕が子供の頃はその面白さに気付かなかったが、今となってはそのアイディアがどこから出てくるのか知りたいぐらいファンになっている。
会話の途中でCMを挟むような人はめったにいない。話を戻して、「じゃぁそうする。今住んでいる家は今月中に出て、こっちにきて暮らすことにするわ。」と僕は言った。
「そやそや、なんか記事にするような面白いネタはあるんか?」と父は僕にきいた。
「今のところ、自転車に乗ったテノール歌手がハッピバステーを歌っている真相をつかむぐらいかな。ほら、この近所でようハッピバースデーをうたっとる自転車に乗ったおじさんおるやん。あれの真相を書くってどうや?」と僕は半分冗談交じりで言った。内容としてはどっちからというと小説になりそうな題材であった。
すると父は真剣な表情で「わしが最近見つけた東京にあるデッカイ地下室をしらべるってのはどうや?人工衛星からの情報を丹念に調べてみるとどうやら、デッカイ地下室が東京にあるらしいんや。それでやな、わしはいろいろなところにききまわったんや。教授の地位を使ってしかいけへんようなところにも行った。それでもな、そんな地下室はないっていうんや。おかしなはなしやろ?どうや、調べてみいひんか?」と東京にある地下室の話を僕に持ちかけてきた。
「なるほど。一石二鳥ってわけか。まぁおもしろそうだし、しかも時間もかかりそうや。もしかしたら政治がらみかもしれへん。その辺の嗅覚はやっぱり新聞記者を5年やってきた感がはたらきそうや。よし、調べてみよう。」と僕は言った。
少し楽しそうだし、なによりこんな記事はなかなか書けない。 もしかしたら大発見に繋がるかもしれないのだ。
「じゃぁ任せたで。地下室についての情報は、それがここ、東京にあることだけや。」と地層学者としての笑みなのか、それともただおもしろがっているだけなのかわからない笑みをこぼした。そして僕は謎の東京の地下室を調査することになった。

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