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イデアの森の秘密コミュの(8)祇園の社<続き>

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――祇園の社<続き>――


「ちょっと、ええですかな?」

「・・・。」

亜美彦はその老紳士が危険な人物でないと直感した。
瑠璃子はそんな様子を確かめるように亜美彦の顔をジッと見ていた。
少しの沈黙を経て、亜美彦は老紳士に言葉を返した。

「ええ、どうぞ。」

「うむ。この祇園祭はな、八坂神社のお祭りでおすが、昔は祇園社とも言いましてな、
創建当初から牛頭天王(こずてんのう)と言う疫神(えきじん)さんをお祭りしておるんです。
祇園社と言うても神仏習合の神社と言う訳でもあらしませんでな。
さっきふと耳に入って来たあなたさんのご意見通り、
この神様は遥か西の彼方からやって来られましたんや。」

「でも牛頭天王ってスサノオ(須佐之男)と言う神様じゃなかったかしら?」

「確かにそうおす。スサノオは出雲の国の神祖とされてますわな。
しかし牛頭天王にまつわる面白い話があって、それは蘇民将来伝説と言いますんやが、
これがまた古代ユダヤの過ぎ越しの祭りと言うのとよう似てますんやなあ。
その過ぎ越しの祭りは疫神対処方の話、蘇民将来伝説も疫神除けの話でほんに似ておす。
その形は、夏に全国の神社で行なわれる疫病除けの夏越し(なごし)の儀式に残っており、
<茅ノ輪(ちのわ)くぐり>と呼んでおりますが、茅ノ輪のチは血を指してもおりますな。
ユダヤの過ぎ越しの祭りも、家の戸口に血塗りをして子供への死の災いを除けたとあります。
しかしそれが日本の神社の総本宮である伊勢神宮のお膝元たる伊勢地域において、
<蘇民将来子孫也>と書かれた神符を正月の注連飾りに掲げる形で今も継承されており、
これは誠に感慨深いものやと思うております。」

「ああ、だからさっき亜美彦さんは、西の遠いところからやって来たような気がするなんて・・」

「そう。それも同じく注連飾りに掲げる<久那斗乃神>の神符と共に守り続けられている。
クナトノカミとスサノオの神名を、日本で一番メデタクも大切な日の玄関先に掲げてるんだ。
これって意味深だとは思わないですか?何やら深い事情がありそうですよね。」

「ほう、あなたさんはクナトノカミのことも知ってなさりますのか?」

「牛頭天王・・スサノオ・・クナトノカミ・・・。クナトノカミって?」

瑠璃子はその名を初めて聞いた様子だった。

「その神さまのことを話す前に、も少し蘇民将来について話をさせてもらえんかな?」

「え?あ、どうぞ続けてください。」

亜美彦は片方の掌をやや挙げて話を促す仕草をした。

「では。その蘇民将来の将来やが、その字には<蘇る民、将(まさ)に来る>と言った、
そんな意味が込められてあるような気もします。
<将に>は<今に>の意味にもとれるし、<将>は<軍の長>の暗示でもあるようやし、
それに<将来>は<未来>の意味にもとれる。まあ言わば<蘇る民、未来に>のような、
あるいは<蘇ろうとする民の前に、今に軍を率いた長が来る>と言う意味にもなりますな。
このように一つの言葉に様々な意味を持たせることで、どんな風にも解釈できるようにし、
霊的秘儀を知る賢者のみがそこに隠された本質を読み解くと言う手の込んだ仕組み・・、
こんな暗示的伝達手段を使うのは古代においてはヘブル民族しか考えられんのです。
まさにへブライ独特の手法でおすな。」

「へえー。そうですの?復活の民・・。でも民が蘇るのは昔の話ではありませんでしたの?
軍を率いた長が来ると言うのも昔の・・。」

「いや、将来とあるからね、未来のことだよ。人類の未来を暗示してるんじゃないのかな。
ちょっとミステリアスだけど、<将来、○○の民は蘇る>と言うふうにもとれるし、
<蘇る民は、人類の滅亡寸前のときに・・・>と言うようにもとれる。
それに軍を率いた長とはひょっとして宇宙船団の艦長を暗示しているのかも知れないよ。
まあ、冗談だけど。」

「はは・・。面白おすな。意外にそうかも知れませんな。」

「ミステリアスと言うより、まるでSFね。あっ、そうだわ!聖書に出てくる空中携挙の
お話でもあるみたい。」

「そう、似てる似てる。ひょっとしてスサノオは未来の救世主の暗示なのかも知れない。」

「と言うことは救世主はやはり宇宙からやって来ることになりますの?磐船に乗って・・。」

「さあ、実際はどうかなあ?ボクはそんな単純な話ではないように思う。もっと霊的な何か・・。
ところで牛頭天王と言う神様は、祇園精舎の守護神で別名をヤマーンタカと言うらしい。
スサノオの別名はタカオウだし、ヤマーンなんて何かヤマトの発音にも似ている。」

「ヤマトのタカオウ?ヤマタカボウ・・みたいですね。」

「それに・・牛頭天王は道教の呪術も有しておったと伝えられておりますな。」

「道教の呪術?まあ、色々出てきますのね。」

「そうそう。あなたさんの言うように、その霊的な何かが重要なところでありますな。
その霊的な何かを解く鍵は、世界中の至るところに散りばめられてある。聖跡などもそう。
呪術もそう。牛頭天王を代表する呪術は、立幹(りっかん)、蘇命(そめい)、禁呪(ごんじゅ)、遮満(しゃまん)の四法と言われておって、立幹とは<神柱を立て、天を昇降する術>、
蘇命と<生命力を活性し、再生させる術>、禁呪と<呪符や念力を用い、霊縛する術>、
遮満は<天気地気を満たし、あるいは鬼毒を用いたりして、災いや邪気を避ける術>で、
この四法をもって世界を治めたとある。」

「立幹ってヤコブの梯子に似てますね。それに蘇命はイエスキリストの復活そのものだわ。
禁呪は西洋魔術のタリズマンみたいだし、遮満はキリストの御業のようでもありますわね。
まるで聖書に出てくる内容みたいですけど・・。」

「それだけじゃないよ、スサノオにどうも関係のありそうな面白い古記録があってね、
昔、友人に貸してもらった本に<契丹(キッタン)古伝>と言う古文書の解説本があって、
この本は中国の奉天郊外にあった<黄寺>に所蔵されていた古代中国の古文書の写本で、
明治当時、陸軍将校だった人物がその奉天に滞在していたときに入手したものらしい。
その<黄寺>と言うのは、おそらく黄帽派のラマ寺ではないかとも言っている。
その人物は帰国後二十年余りの歳月をかけて何とか翻訳し、日本語版として漕ぎ着けた。
古文書全文が万葉仮名のように漢字で記された契丹語を解読するには、
儒家の家に生まれ、漢学に精通していたその人物でさえ難解な作業だったと語っている。」

「その話も私の主宰する<西秦王研究会>ではよく討論されるところでおす。」

−−−<西秦王研究会?そんなの京都にあったかなあ?>−−−

「契丹と言うのは古代中国の一名でありましてな、日本では支那、英語ではチャイナ、
フランス語ではシノアと言うんやが、現在でもロシア語では中国のことをキタイと呼び、
モンゴルやトルコ、イランでも中国のことはキタイと言うておす。
それにイギリス系資本のキャセイパシフィック航空の名前にもその形跡が見えますな。
キャセイはキタイが変化したもんです。まあ、それは別にええとして、
その中に出てくる神祖の名がスサノオさんそっくりやとあなたさんは言いますのやろ?」

「そうなんです。契丹の神祖にアメウシフウカルメと言う名の女神がいて、
その女神は海辺で御子を産むことになり、その御子はカカミの子であるからカモと定め、
アメミスサナミコ!と言って誕生を称えた。神祖の御位(みくらい)はトコヨミカト。
後にシウスサカと名乗ったと記されています。
つまりウカルメは宇賀乃売、ルは古語の接続語だからノと同じでウカノメともとれるし、
また古語でウは大を表す言葉でもあるし、大日霊女と書けばオオヒルメのことですしね。
カカミはウカルメの姿を映したものとされるから、日神と鏡は同じ発音となります。
さらにカモは日孫と訳され、日の神の子孫であることを暗示してますよね。
そしてアメは天、ミは御のことで神や皇でもあり、スサは清砂のことで須佐ともとれる。
ナは波の意味としているけど、わが国の古語では接続語のノともなり、ミコは御子で、
即ちアメミスサナミコとは<天の皇(ミカド)なる須佐の御子>と言う意味になります。
トコヨミカトも<常世帝>または<常世尊>とされるからアメミと同じ意味で、
シウスサカは<東の大いなる須佐の日(太陽)>の意味になると思うんです。
それにその子孫をシウカラ、<東の大いなる日族>と呼んだらしいですよ。」

「それが本当なら凄いことですわ。中国の古代にスサノオがいたなんて。」

「そうなんだ。とても面白いよね!まだまだあるよ。炎帝神農と言う中国の始祖王は、
額に角があってこれまたスサノオとそっくり。京都の下鴨神社の祭神の名は何だっけ?」

「確か・・タケツノミ(建角身)だったかしら?あっ、カモ!賀茂と日孫!凄い!」

「ね、そんなことを考えたりしてると楽しいでしょ?たまらなく好きなんだなあ、
こうやってこの公園で時を過ごすのが・・。」

「亜美彦さんって小さい頃、変わった子って言われたことないですか?」

「え!何で分かるんです?」

「ただ何となく・・。」

「実はそうなんだー。でも何となく古代の謎を解くインディ・ジョーンズみたいでしょ?」

「あはは・・インディ・ジョーンズねえ。えらい格好のええ譬えを出すもんですなあ。
しかし男は大なり小なり皆、そんな冒険ロマンを持っておるもんやしなあ。」

「えっ?・・ええまあ。それでその続きはどうなんですの?」

「ほう、それそれ。八坂神社は昔、祇園社とも呼ばれておったと言いましたな。
その謂れは色々ありますんやが、仏教における祇園精舎に由来しているとも、
イスラエルのシオンからの音韻変化とも言われておるんです。
仏教かヘブライ教かの論点もあり、どうも道教の流れの陰陽道に由来しているらしいとも。
昔、大政治家であり大陰陽師でもあった吉備真備(きびの まきび)と言うえらい御方が、
疫神を避ける神として、つまり平安京の都の夏に度々発生する疫病を祓う神として、
牛頭天王の社を東山の麓に建立し祭ったものとされております。」

「でも牛頭天王ってスサノオ(須佐之男)のことだから、やっぱり出雲の神様なんだよね。
ここがどうもしっくりこない。」

「でも古事記にも日本書紀にも、スサノオは出雲の祖神と書かれてありますものね。」

「そうですな。ところで祇園が面白いのは、ここが熊野詣の出発点ともなっておること。
紀州熊野は古来よりスサノオを信奉する海洋族のもう一方の土地柄でもありますんやな。
つまり北西の海を司る出雲、北から北東の海を司る丹波、南西から南東の海を司る熊野、
その中継地としてあるのがこの祇園の八坂神社となりますんでおす。」

「そう言えば、熊野って龍神の棲むところって聞いたような気がしますけど、
スサノオと龍神とは関係ありますの?」

「もちろん。スサノオの一名は八大龍王とも言われているくらいだから。
実はボクの実家に代々祭られている神様も八大龍王。スサノオとは関係が深いんだ。
でも昔から、その龍王の社からは南の海の匂いが漂ってくるんだなあ。」

「八大龍と八大蛇・・。八大龍王って八俣大蛇(ヤマタノオロチ)と似ていますわね。
スサノオは八俣大蛇を退治した英雄だから八大龍王って言うのかしら?」

「あなたさんはなかなか面白いお人やなあ。八大蛇つまり八大龍を制した王な訳ですな。
そう考えるのもええおすが、全世界の龍を束ねている神様やからかも知れませんしなあ。
深い森や山の中にいて、龍神を呼ぶ森や山の聖霊のような存在であるかも知れませんな。」

「ケルト神話の樹木の精霊<ケルヌーノス>に似てますわね。」

「そうおす。通説ではグリーンマンと呼んでますな。確かに似ておす。
スサノオさんはイザナギさんの鼻から生まれたので風雨神とされておすんやが、
一説ではに大山祇神(オオヤマツミ)と言う山の神さんともされておす。
一方、ヤマタノオロチやが、その体には苔や檜、杉が生え、
長さはウネウネと八つの谷、八つの峰にのたくるほどと言われておすから、
両者は深山幽谷の神、樹林や岩土の神でおすな。
ところでオロチ退治と言うのは、実は後世で捏造された話でおしてな、
あくまで古事記や日本書紀に記されたうわべだけの物語と言えますんです。
そこに秘められた内容は深く、実は八俣大蛇退治などスサノオはしておらんのですから。
戦いどころか、海神である龍王の婿養子に入ったと言うのが事実の話でしてな。」

「えっ!龍王の婿養子?龍王って八俣大蛇の・・婿養子にですか?」

「そうおす。と言うても八俣大蛇はあくまで象徴で、古代の海洋民族を指しております。
ワダツミの宮を海龍宮とも記すように、いわゆるワダツミ(綿津見)族のことですな。
かつてはアラハバキ族と呼ばれた太陽信仰の龍蛇族のことでもあります。
昔、鳥取は伯耆の国と呼ばれたんですが、ホウキの語源はハハキで、蛇を表しましてな、
鳥取地域では正月に龍の姿を藁で造って床の間に飾ったり、庭の木に巻きつけたりして、
アラガミとか龍蛇さまと呼んで、今でも信仰の対象になっております。
出雲古族でもあるアラハバキのこの祭祀形式は、現在の出雲大社にも引き継がれていて、
正月にはセグロ海蛇を三方に飾って神殿に供えて祭っておす。
この海蛇が捕れんと出雲大社の正月儀礼は始まらんと言うほどの重要な儀式でしてな。
そう、この古代の一族の勢力範囲は日本全土に及んでおったと言うから凄おすな。」

「縄文人のことではありませんの?」

「そうとも言えるが、縄文と言う言葉は現代の学者が便宜上つけた名でありますからな。
出雲古族の大王はクナトノカミ(久那斗乃神・岐神)と呼ばれており、龍蛇王でおすわ。
柱を地に突き立てて神を祭っておったので、国底立とも、衝き立つ神とも言うたらしい。」

「それって・・どこかで聞いたような気がします。岐神とか衝立神・・国底立・・・。
あっ、そうそう、その名前ってサルタヒコの別名ではなかったですか?」

「確かにそうおす。」

「じゃあ、サルタヒコがヤマタノオロチってことになりません?」

「そう言えばそうだな。稲荷ではサルタヒコは塩土老翁(シオツチノオジ)と同体とされ、
丹後一ノ宮の籠神社では塩土老翁住吉神同体としているしね。
住吉神はもともと航海の神様で、船霊(フナダマ)神とか船戸(フナト)神とも言われる。
塩土老翁も住吉神も海神だからサルタヒコに龍王の影が見え隠れするのは、
当然と言えば当然かも知れない。」

「確か亜美彦さんは前に、サルタヒコは出雲にも祭られていると言いませんでした?」

「そんなこと言った?古代ね、神有月に全国の神々が会議をするために出雲に集まって、
そのとき、佐太の港に住吉の大船団が来航したとの言い伝えが出雲には残っているんだ。
実際、出雲の佐太の地にはサルタヒコを祭る佐太神社が存在している。
なぜか南の海の臭いのする懐かしい感じの神社でね、古式ゆかしい立派な神社だよ。
神紋が扇の形なんだけど、きっとあれは棕櫚(シュロ)をデザイン化したものだな・・。
この言い伝えから考えると、住吉とサルタヒコはしっかり繋がってくるよね。」

「でもなぜクナトノ神と言うかサルタヒコは衝き立つ神とか岐神と呼ばれますの?」

「衝き立つと言うのは大地に突き立てた柱とか杖のことを表してるんだ。
つまりリンガム(男根)な訳さ。それがサルタヒコの長い鼻に象徴されている。
その理由はサルタヒコが古来より陽神とされてきたからだよ。
これに対しウズメはヨニ(女陰)で、陰神の役割をするんだ。
その姿は柱に龍蛇が巻きついた姿で表される。だから渦の女、ウズメと言うんだね。」

「へえ〜!古代の日本の神様って恐るべしね。」

「そうそう。その姿を神秘学から言えば地のエネルギーであり、水のエネルギーを象徴してて、
また、本来その働きを担うのは二つの螺旋エネルギーであるのが定説でね。
言わば、二体の龍が一つの柱を天に向けて昇って行き、天玉(耀神)と合体する原理さ。
その合体によって雷雨神や気神がもたらされ、森も大地も豊かになるとされている。
それがアラハバキの原理であり、クナトノカミの原理なんだ。
これがサルタヒコが岐(クナト)の神と呼ばれる由縁でもあって、
常にサルタヒコの手には矛(ホコ)が握られているのもそれを表している。
一方、ウズメは旋回の舞踊としての神楽の祖神とされてるね。渦は回転だから。
そしてその二つの螺旋のエネルギーの働きを象徴しているのが、
ウズメ即ちオオミヤメ(大宮売)であり、そのもう一方が、
トヨウケメ即ちトヨミヤメことワカミヤメ(豊宮売・若宮売)になる訳さ。
古代の人々は生命自然科学のようなものを熟知してたような感じだね。」

「縄文人は自然と共に生きていたのですね。じゃなかった、出雲古族?アラハバキ?」

「まあ、どう呼んでもいいんだけど、人間が自然と共にあったから自然も豊かであってくれた。
そのバランスを崩したのは、実はスサノオの登場にあったんだ。」

「なるほどぉー、その自然の姿がヤマタノオロチだとおっしゃりたいのね。」

「ま、そう言うこと。ヤマタノオロチのもう一つの姿は山渓海湖の大自然のことなんだ。
スサノオは製鉄技術を日本に持って来たことによって、山々の原始の自然林を切り倒し、
鉄生産の燃料にしていった。その後、燃料用の杉の木などを植林して行ったんだけど、
かつてのような豊かな自然は戻らなかった。山々に雑木が無くなったためだね。」

「じゃ、スサノオって今の時代の象徴のようね。悪いやつ。」

「でもありませんな。スサノオはクナトノ大王家に婿入りしてから大変身を遂げますな。
大王を継承して後はサオトミと呼ばれ、その後再び大陸へ渡ることになるんです。」

「大陸に渡ってスサノオはどうなるんですの?」

「そのことを話す前にスサノオと牛頭天王との関係を話しておく必要があります。」

「でもその前に、スサノオと言うか牛頭天王はなぜ京都に来ることになったのでしょうね。
神様の遷座には人間の移動とか、何か必然性みたいなものがあると思うんですけど・・・。」

「言い質問だなあ。実はこれには額に角を持つ一族が関係しているんだ。」

「そうそう、そうおす。」

「鬼?・・・ですか。」

「後世でそのように言われるようになったが、実際は牛冠を被った一族を指したもので、
これは明らかに西方から海を渡ってやって来た民族のことを表したものですな。
古代、中東から西洋の地域で牛冠を被った王の姿はダゴン神を指すもので、
その神の性質は暴風神であり太陽神でもある。その子がミトラと呼ばれる太陽神であり、
このミトラ神がインドの仏教に集合してマイトレーヤ、つまり弥勒(ミロク)となる。
一方、ダゴン神は韓国にもたらされて韓民族の神祖である檀君(ダンクン)と化す。
牛冠の王は製鉄民族ヒッタイト人の王であり、海洋民族フェニキア人の王でもあるんやな。
日本においてもスサノオが山の民によってフイゴの神と称えられたことと一致する。
なぜならフイゴは、製鉄を生業とする民族にとって火に風を送り、鉄を溶かすものとして、
必需の道具でありましたからなあ。」

「それでその一族が龍蛇族の娘との婚姻によって和合し、八俣の国を作ることになった。
と言うことでいいのかしら?」

「そうだね。八俣(ヤマタ)は八岐(ヤマタ)でもあるし、ヤマタの国でもあるからね。
また岐は枝分かれのことで、沢山に分岐した道をヤチマタと言ったりするので、
ヤマタの国はヤチマタの国でもあり、八千俣、八千岐でもあるんだ。
それにヤチマタの神と言うのはサルタヒコの別名でもあるんだな。
八俣大蛇ってスサノオの姿でもあったり、サルタヒコの姿でもあったり、ややこしいけど、
このニ神は色々なところでダブルね。でもこれが八俣大蛇の実像なんだ。」

「とにかく、龍蛇族の国の大王なる存在が八坂神社には関係していると言うのですね。
でも八坂神社には龍神伝説のようなものはなかったように思いますけど?」

「そうおすな。龍神と言えばそうそう。この八坂神社には特に龍神を祭る神社はないが、
大昔から毎年七月には全国の龍神が密かに詣でる特別な社ではありますな。
と言うても、境内の中はそんな密やかな感じのしないカラッとしたものなんやが、
その霊験は健在で、今でも祇園祭が活発なのはその霊験のせいと言えるかも知れんですな。
ところでこの京の地、中でも神泉苑と貴船は龍の気の集まる特別な場所となっておす。
今では神泉苑の龍脈は切られてしまい、かつての龍気はもう訪れんようになりました・・。」

「それは残念なこと・・。あの、龍の気って何ですの?」

「龍の気でおすか?難しいですなあ、一言でそれを説明しますのは・・。
宇宙の生命エネルギーを龍とするなら、龍気は川の水や海水、樹森、雷雨や月の満ち欠け、
渦や潮の流れとも深く連動しております。」

「ダイナミックなんですね。そんな凄い龍の気が昔は神泉苑にやって来ましたの?」

「と言うかまあ、真言密教を打ち立てた弘法大師空海や大陰陽師の安倍晴明が、
天皇の勅によって、国家安泰・平安京安泰のために招いたとも言われておるんやが、
それを招く極意は水火(すいか)の交わりとでも言えばいいおすのかなあ。
その水火の交わりによって生じる天地の気を、昔の人は龍の気と呼んだんですな。」

「スイカ?あっ、西瓜(スイカ)が食べたくなりました!あ、ごめんなさい。」

「そうですな。喉が渇きましたな。ちょっと待っててください。」

「あっ、あの・・・。」

その老紳士はそう言ったかと思うと、目の前からスゥーッと姿を消した。

「瑠璃子さん、あの老紳士ね、名前何と言ったっけ?」

「そう言えば、お名前を聞きませんでしたわ。名乗りもしませんでしたし。」

「そうだよね。それに、この夏の暑い日に黒い山高帽を被ったままだったよね。」

「今は21世紀なのにね・・??」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・  


「あの、もしもし・・・。」


―――続く―――

コメント(1)

イデアの森を 読んでみて・・・

牛頭天王と言う神様は、祇園精舎の守護神で別名をヤマーンタカ

という箇所にビックリしました。

ミクシーをされていた飯綱権現さんという方に誘われて  2ヶ月ほど前に 大阪で チベットのお坊さんの ヤマーンタカ灌頂会に参加しました。 

牛頭天王と関係していたんですか・・・ 

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