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広瀬淡窓コミュの京都の無隣菴と長三州

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先日、京都の南禅寺の前にある無隣菴に行った。そこで、小川治兵衛作庭の庭を拝見した。この庭には山縣公も色々指示したらしく、治兵衛にとっても挑戦であったようだ。

建物の中には、長三州の扁額が掲げられている。以前に来た時は、書き取れなかったので、今回は写真を何枚も撮って、それを理解しようとした。以下がその内容である(その後、これを「三州長莢著作集選集」に見つけたが、少し補強した)。


無隣菴之記

文久慶応間山縣伯相総管
奇兵隊是時内外患難相踵公
奔走砲石間不遑寧居丁卯歳四彊
之事稍息公於吉田山営之南築
小屋命曰無隣庵其地清沙白繞
以松竹幽邃深窅四無隣並有詩曰清
水山前市囂疎松寂々竹蕭々有人
若問吾茅屋一径斜通独木橋然京
師関東之事殷憂未已明年国勢大変
天日再明其後公位在内閣孜々求治未甞
得後楽之境也今茲辛卯卜別業於京
師鴨川西涯高瀬分流處老樹重陰
水行其際蒼翠之色潺湲之聲怡目洗
耳殆忘在都門塵中矣公復取旧号以
名其居蓋追憶往時不能忍懐古以明不
忘旧之意也却余書其扁因再記其由尓                  
三州長莢

少し自信がないが、これに読み下し文をつけた。無隣菴とは元々、下関吉田に山縣が作った小屋であることが分かった。

無隣菴之記
     
文久慶応の間、山縣伯奇兵隊を総管す
是の時、内外患難あい踵し 公砲石の間に奔走し、寧居に遑あらず
丁卯の歳(注1)、四彊の事稍息す、 公吉田山に営す
この南に小屋の築を命じ、無隣菴(注3)という
その地、清沙白く取り巻き。松竹を以って幽邃、深くうがち、四方に隣並なし。
詩に曰く、清水山前の市かまびすしく、疎松寂々とし竹蕭々たり
人有り、もし吾が茅屋を問わば、一径斜独木橋に通ずと
然るに、京師関東の事、殷憂未だ已まず
明年の国勢は大に変じ 天日再び明らかに
その後、公位、内閣に在りて、孜々(しし)として治を求む
未だ甞て後楽の境を得ざるなり
今ここに、辛卯の歳(注2)京師鴨川西涯高瀬分流處に別業を卜す
老樹重なりて水の行くに陰さし、その際は蒼翠の色をなす
潺湲の聲 目を怡ばしめ、耳を洗いて殆ど都門の塵中にあるを忘れる
公また旧号をもって、その居を名づく(注3)。
蓋し、往時を追憶し、懐古を忍ぶあたわざるならん。
以って明らかに、旧を忘れざるの意なり
余却って、それを扁に書し、再びその由来を記するなり               
三州長莢
     
注1: 1867年、慶応3年、明治維新成就の歳。
注2: 1891年(明治24年)。この年の5月6日に山縣は首相の座を退任
注3: 山縣は下関吉田の出身で、かって彼はこの地に草庵を持っており、無隣庵と名付けていた。

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