小説インドノケムリコミュの周、インドへ＜小説インドノケムリ番外＞

ある、年の明けた寒い晩、
尺連寺定通は、寒さに震えながら、
インドノケムリの店の明かりを灯した。
「今日は、寒いから、
お客さん、たくさん来るか、全然来ないかだろうな。」
尺連寺の脳裏には、また、開店早々に、
あの冴えないサラリーマンの雑煮が入ってきそうな気がしてた。
最近、この気持ちがストレスになっている尺連寺だった。
しかし、今晩に限って、雑煮はまだ現れていない。
逆に尺連寺の心配に変わると言う
もてない男の、女性心理の逆を突いたような感覚を
思い、にじみ出る悔しさをまで、
ストレスに感じる今日この頃だった。
もう店の窓から、ちらちらと、
この季節初めての白いものが
都心の裏通りの街灯に照らされて、
どこかのヒルズの名の付いたイルミネーションをも
凌駕するなどと、尺連寺は、
客の来ない店の時間と絡み合うように、
自ら認める文豪としての才能に、
まち針をちくちく刺すように、楽しみ始めていた。

そんなとき、
インドのケムリのドアが、物悲しそうに開き、
誰か、静かに入ってきた。
「あれ？周さん。どうしたの？
なんか浮かない顔ですね。
まだ飲んでないでしょう?」
そう、周は、いつも元気よく、けたたましく入ってくるのが、
特徴だ。今晩はどうも様子がおかしい。
「尺ちゃん、
今日は、『勝つ』をたっぷり頂くからね。」
「どうしたの？」
尺連寺の心配に、答えた周の内容は、
中華街出身の周に、驚くべき事態が起こっていたのだ。

音楽業界の自称次のドンの周は、
顔を広げるべく、
どうも、イギリスのすでにとうに解散している
The Fundoshiesに関連した仕事をするために、
取材を始めて、関連の人脈を当たっていたら、
勿論、そのThe Fundoshiesの1960年代の基礎となった
インド音楽と、インド宗教への関わりは、どうしても
外せず、結局、周の関わっている音楽関連会社を
代表して、インドに1ヶ月の出張に行かざるを得なくなったと
言うのである。
周は、中華街出身であるが、
その元々の祖先は、
有名な十国史の戦略家、周孔明だというのだ。
周孔明は、史実では、インドまで侵攻している。
そうなのだ、周一族は、
インドには、ストレートに入れないのだ。
インドの歴史的極悪人となっているという。
まるで、朝鮮出兵の豊臣秀吉であるという。

「へぇ、周さん、凄い家系だったんだ！
まぁ、最初の『勝つ』をぐいっといってください。」

音楽業界では、すでに名を知られつつある周、
ここで、引き下がるわけにも行かない実情もある。
その歴史的事情から、
周は、下手をすると、入国したあと、
インドで拘束される可能性もあるという。
よって、陸路で、インドに入るとか。
周の表情は、まるで戦地に赴く兵隊である。

尺連寺は、そんな深い複雑な危険など、
じつは、どうでも良い。
「周さん、
じゃぁ、しばらく会えなくなりそうだし、
下手したら、もう、お別れだから、
常連のみんなに連絡して、
今晩は、周さんの壮行会、兼、お別れ会にしよう!」
「よぉっしぃ！張り切らなきゃぁ！」
尺連寺の頭の中には、
すでに、文豪も友達も無い。
なにか、今晩はたくさん来て、飲んでくれるし、
まぁ、人の不幸は、皆楽しいし、と、
周の苦しさなど、もはや、感じるはずも無い。
勿論、それから、たくさん来た。皆常連だ。
インドのケムリの止まり木に止まる
この大都会のゴキブリたちなのだ。

と、盛り上がる夜の中、
尺連寺定通は、思った。
「あれ？今晩は、雑煮さん、来ないのかな?」
「周さん、雑煮さん、来ないですね。
何か知ってます?」
「あ、そうだね。居ないね。
まぁ、また都都逸あたりをあのギターでやられてもねぇ。
良いんじゃないの。今晩くらい、雑煮さん居なくても。」
「それもそうですね。はははははは。」
尺連寺にとってもどうでも良かった。
インドへ旅発つ周の壮行会と称した
インドのケムリの常連と尺連寺による
単なる馬鹿騒ぎは、明け方まで続いた。

次の週末の朝、
周は、成田空港に着いていた。
彼は、中国から陸路でインドに向かうのだ。
ふと、向こう側の違う航空会社のチェックインカウンターを
周は、偶然見やった。
インドの航空会社だ。「ガナーシャAir」
成田からは、インドのデリーか、ムンバイにしか飛ばない。
突然、周は、ある一点から、目が離せなくなった。
「ガナーシャAir」のファーストクラスの
赤い絨毯のチェックインカウンターに、
たくさんの大きな荷物をもつ、雑煮が居るのだ。