アーネスト・J・スターングラス博士 (Dr. Ernest J. Sternglass) 1923年、ベルリン産まれ。 14才の時に家族とアメリカへ移住。若き頃に、既に世界的権威だったアインシュタインと議論を交わし、科学の志を新たにする。1960年から1967年は、ウェスティングハウス社の研究室でアポロ月面科学ステーションプログラムの局長を努める傍ら、アメリカの大気圏核実験に反対するようになる。彼が国会で発表した研究の成果は、ケネディ大統領が'63年にまとめた部分的核実験条約(PTBT)の締結に大きく貢献した。(ケネディはその僅か三ヶ月後に暗殺されてしまう)70年代に入って、今度はそれまで安全だと信じていた原子力発電所の危険も公に問うようになる。'81年に出版した「Secret Fallout: Low-level Radiation from Hiroshima to Three Mile Island」 (邦題:赤ん坊を襲う放射能)は、低レベル放射線研究の代表的な本となった。1983年よりピッツバーグ医大、放射線医学名誉教授を努める。過去にスタンフォード大学、インディアナ大学、フランスのアンリ・ポアンカレ大学、ジョージ・ワシントン大学、コーネル大学で放射線医学と物理学の教壇に立つ。1995年より、Radiation and Public Health Project (放射能と公共健康プロジェクト)局長。 (photo by Leuren Moret, Februray 2006, Japan)