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トーマス・マンコミュの以前の日記より(抜粋)

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初の投稿です。十数年前のスイス旅行の日記で、マンとマーラーを思い浮かべつつ書いたものです。長文で真に申し訳ありません。やっと見つけたトピックスに興奮気味です。
問題あらば、どうか削除して下さい(以下、本文)

音楽と喧騒に満ちた一夜を過ごし、翌朝私達は、モントルーを起点とする鉄道(パノラマ特急で有名)に乗り、ほぼ1時間掛けてローザンヌ経由マルテイーニ駅から登山鉄道に乗りかえる。ここからがアルプスらしい景色の始まりである。

一人の「単純な青年」ハンス・カストルプが病気療養中の従兄を見舞う為、ダヴォスにある療養ホテル「ベルクホーフ」を訪れ、そこで様々な人物に出会い、感化され、7年間のあいだ変化していく(死に対する親愛感により、深く捕らえられていく)物語は、マンが療養中の妻カーチャを見舞い、滞在した時の経験から生まれた物語である。
このドイツ文学における教養小説のカリカチュア〜陰画〜とも言い得る小説は、ある白紙に近いブルジョワ青年の、高山にある療養所(魔の山)で様々な人間のサンプル(愚かな病人達、人文学者、ニヒリスト、感情と生命力を尊ぶ「人物」等々)と触れ合い、そしてついにはベルクホーフのヴェーヌスであるロシア婦人の虜となって「愛と冒険(肉体と精神、生と死に措ける)」に満ちた生活を送り、第一次大戦の砲火で眠りから覚め、砲煙に消えるまでの七年余りを、マンの人間観、世界観、時間について、などの考察を下りこみ、巧みな筆致で書き上げられていく大長編である・・(中略)

背の高い針葉樹の間の鈍色の空の所々に、濃い青空が見える。
既に登坂となった列車は、そう多くない乗客を乗せて、ガタガタとゆれながら、アルプスの斜面を上がっていく。父は黙って迫ってくる針葉樹の暗い緑色を見つめていた・・(中略)

「魔の山」を膝に載せ、見透かすことの出来ない深い森をぼんやりと眺めているとグスタフ・マーラーの交響曲第九番の一楽章が脳裏を掠める。
ヨーロッパに住むようになって、この複雑な曲が別の局面を見せはじめるようになった。それは風土が与える、色合いということである。日本にいる頃には想像しえなかった、変わりやすく、厳しい気候。広い平野には晴天と雨天とが混在する。突出する山地、覆い被さってくるような森。刻み込まれたかのような、蛇体のごとき川など、日本とは違う、厳しい表情の自然は過酷な人生観や、姿勢を要求するかのようだ。

お膝元のシャモニー(フランス領)に到着、トレッキング姿のハイカーに混じり、殆ど平服(私は薄手のジャケット、父は夏外套である)の我々は異彩を放っているが、お構いなしにケーブルカーに乗りこむ。
頂上を目指し、黙々と上っていく観光客を満載した車両は、途中、晴天、曇天、小雪、猛吹雪を何度も繰り返し通過して、着々と高度を上げていくのだが、真夏に到着し、数日の夏らしい気候を楽しんだ直後、豪雪に見まわれた平地の人物、「ハンス・カストルプ」の驚きはこのようなものだったろうか。

健康なはずの私の心臓が怪しいそぶりを見せ始めた。胃弱のわりには乗り物に強いので、「酔い」とは考えられず、取り合えず終点まで我慢することにした。
頂上までの道程は延々と長い。引き摺り上げられているのか、下ろされているのか一瞬の倒錯感に襲われ、吐き気がした。家族は無邪気に刻々と変り行く風景に、他の観客と共に歓声を上げている。日頃は無口で冷静な父も、奇観に目を見張って、二言三言話しかけてくる。

既にエゾ松、這い松などの低木はなくなって、殆どが雪の白と岩の灰青色の世界、カウベルが鳴り響き人間が存在し得る「緑の荒野」(マーラー歌曲集「少年の不思議な角笛」より)を過ぎて、氷に閉ざされ、生あるものは誰一人として存在しないあの世、ダンテがヴェルギリウスに導かれ訪れる地獄の、凍り漬けとなった悪魔を足下に踏む「神曲」のリンボの世界だ。マンが「魔の山」を描いた時代と、今のこの姿とそうは変らないだろう。
あの特異な魔世界はこの風土あってのものだと確信したが、愈愈、気分は悪くなる一方で、仕方無しにドアに寄りかかり、父に助けを求める。

父に支えられながら幾分朦朧としてきた意識の中で、あの悪魔的な第九番の3楽章「ロンド・ブルレスケ」が鳴り響く。諧謔味に溢れ、冷笑的でさえある、諦観と反逆が半ば分裂的に絡み合い、跳ね飛ぶあの凄絶な楽章である。
手足は冷たく、しかし芯に熱があるようで、心臓は早鐘のように打ち、「肉体の眼ざましい運転」という作中の一節が浮かび、思わず噴出しそうになってしまった。心は有頂天でも、体は死(?)の恐怖に晒されているというのに。
この魔の地で二人の芸術家が何を観、何を感じたのか朧げに判ったような気がした。

終点のカフェ。気分は最悪である。冷や汗で背中が冷たい。
窓の外を見やれば猛吹雪だ。ほんの十分前は晴天だったのだが。
通常なら勧められるまでもなく頂くビールを断り、ハーブテイーを口にするが、呼吸は楽にならず、胸を絞られる様だった。
同行者と家人は、もっと上に行くといってエレベーターに向かった。
相変わらずの胸苦しさに胸を片手で押さえ、肩で呼吸をしていると、様子を察した父が黙ってニトロを差し出す。暗黙のうちに了解した私は、舌の下で溶かしじっとすること数分、劇的な変化が表れる。九死に一生を得た思いで父の顔を見ると、安心したかのように頷いていた。
何時の間にか吹雪も止み、再び青空が広がっていた。この世のものとは思われぬ、希薄な空気を示す濃い青を背景に、真っ白に凍りついた魔の山々が見えた。

コメント(1)

ああ〜そういう所だったのですね。
『魔の山』の雰囲気が、実はぼくは作品をかじっただけではどうもよくわからなかったのですが、とてもよく伝わってきました。
どうもありがとうございます。

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