岡倉天心について調べる機会があったので、調べたんですが、天心はなんで「アジア」にこだわったんでしょうか。『東洋の理想』の冒頭では、世界主義者であるかのような視点で地球を見、さらにはヨーロッパへ行ったときの日記では、地球をリンゴに例えているのに、なぜ、「Asia is one」になったんでしょうか。不思議です。
話の端緒を断ち切ってしまうようで、申し訳ないんですが、以前読んだ論文で、天心研究で「Asia is one」になにか天心思想の中心があるような前提がおかしいのではないか、つまり多くの人がこの問題に取り組んでいるが、実は大した言説ではないのではないか、というのがあったように記憶しています。
私の意見をあっさりいうと、「Asia is one」をその後の日本型のファシズム、つまり美術でいうと横山大観型からみることで、天心を「読む」ことを欲望している研究者と、逆になんとか「日本美術」のはじまりを太平洋戦争への言説と切り離したい研究者、この心情的な対立の鏡になっているのが、「Asia is one」だと思うのです。それからだめ人間さんへの素朴な疑問ですが、地球をリンゴに例えることと、「Asia is one」は矛盾しないと思いますよ。