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言語学コミュの「100円しかない」の「しか」と「ない」: 形式主義文法論の混迷

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この文は、100円は「ない」のではなく、「ある」ことを表している。この、「ない」と言っているのは何なのかが不明で、疑問視され次のような質問が繰り返されている。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10254668555?notice_type=ba
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10246905655?__ysp=44GX44GL
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1183847026?__ysp=44GX44GL

しかし、適切な回答がなされていない。辞書類もこの点を明らかにしていない(できない)ことが、現在の形式主義/機能主義的な言語論、日本語論の限界を露呈している。

辞書類は、この「しか」を<係助詞>、または<副助詞>とし(*1)、意味を、

打消しの語を伴って、特定の事柄以外のものを全く否定する意を表す。
【大辞泉】

下に打消の語を伴う。肯定し得るものをそれだけと限定し、それ以外のものを否定する。
【精選版 日本国語大辞典】

と非存在ないし打消しの「ない」で、「特定の事柄以外のもの」「肯定し得るものをそれだけと限定し、それ以外のもの」を否定するとしている。

では、この文の「特定の事柄以外のもの」、「肯定し得るもの」とは一体何なのであろうか?「100円しかない」で、「特定の事柄以外のもの」、「肯定し得るもの」とは一体何なのであろうか?

「特定の事柄以外のもの」、「肯定し得るもの」とは「100円」を云うのであろうが、10円や50円、90円は存在しているのであり、「特定の事柄以外のものを【全く否定】」などしていないのは明らかであり、全く説明にはなっていないのである。

単に結果としての現象を解釈しているに過ぎず、なんら「しか〜ない」の説明になっていないということである。問題は、何故このような、もっともらしい説明しかできないのかであろう。

これは、自立語/付属語などという語の意義ではなく形式による品詞区分をしている形式主義的な言語観では言語表現の過程的な構造を捉えることができない現在の言語論の欠陥といわなければならない。

ここで否定されているのは、「数百円あると思ったが」という話者の思い込み、観念的な前提である。

ある事物のありかたが観念的な前提と相反し、前提を拒否し排除する場合に使われるのが「しか」である。

(数万円あると思ったが)千円【しか】ない。
(誰も知っているという話だが)私【しか】真相を知らない。
(ほかに能力があると当人はいうが)食べて寝る【しか】能がない。
(あちこちへ行くとみんな思っているが)京都へ【しか】行かない。
(昼から来てくれというが)夕方から【しか】出かけられない。

非存在ないし打消しは観念的な前提に対するものであって、現実は「千円ある」「私は真相を知る」「食べて寝る能がある」「京都へ行く」「夕方から出かけられる」のである。

時枝誠記は言語過程説を提起し、表現過程の相違に基づき語を詞と辞に区分した。助詞、助動詞などは主体的表現の語である辞に区分される。辞は、

話し手の持っている主観的な感情や意志そのものを客体として扱うことなく直接に表現した語

である。しかし時枝は、「しか」を「限定を表す」助詞という機能的な分類をし、「しか〜ない」という表現の過程的構造を明らかにすることができていない。これを明らかにしたのは、時枝の機能主義的な限界を訂正、発展させた<三浦つとむ>で次のように述べている。

 百円【しか】ない。
 彼は臆病もので【しか】ない。

「ない」を使う対象が、この話し手の頭の中に存在しているところの【先入見】ないし【予想】であり、あるいは客観的に存在している【誤解】のたぐいである。話手の漠然とした期待であろうと、あるいは「千円ある」とか「勇敢な人間だ」とかいう具体的な予想であろうと、多くの人びとに信じられている評価であろうと、それらの観念的なものが現実によってくつがえされ、現実によって否定されているところから、それを認める話し手の「ない」が生まれたのである。//

このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

現実は先入見や予想や評判とはかならずしも一致するわけではなく、現実をとりあげるときにこの観念的なものとの差異を強調することが必要な場合もある。これは特殊性についての判断を下すことに他ならない。「しか」が観念的なものとのつながりで現実をとらえていることを表現し、「ない」が観念的なものを扱っているのである。

*1
しか
[一][係助]名詞、名詞的な語、動詞の連体形、形容詞・形容動詞の連用形、一部の助詞・助動詞などに付く。打消しの語を伴って、特定の事柄以外のものを全く否定する意を表す。「この道を行く―ない」→きり →だけ◆近世以降用いられ、限定の助詞に付けて「きりしか」「だけしか」「ほかしか」「よりしか」の形で、「しか」を強めていう場合もある。
【大辞泉】

しか (係助)
体言またはそれに準ずるもの,動詞の連体形,形容詞・形容動詞の連用形,格助詞などに付き,下に常に打ち消しの語を伴って用いる。特定の事柄・条件だけを取りあげて,それ以外のものをすべて否定する意を表す。また,「だけしか」の形で一層強い限定の意を表す。「その事を知っているのは彼―いない」「正解者はたった一人だけ―おりませんでした」
〔くだけた言い方では「っきゃ」となることがある。「ぼくがやるっきゃないだろう」〕
【大辞林】

しか
 〘副助〙 《「…しか…ない」の形で》ある物事を取りあげて、それ以外をすべて否定する。
【明鏡国語辞典】

しか
㊀《副助詞》口語。{体言または体言あつかいのもの、動詞の連体形、形容詞・形容動詞の連用形、格助詞などにつき、いつも打ち消しの「ない」を伴い「AしかBしない」の形で用いられる}
【学研国語大辞典】

コメント(53)

モンコンチャイ アッカラチャイ

「だけ」と「しか〜ない」が用いられる文脈の違いについて
―初級日本語教科書の例文改善のために―
https://www.lang.nagoya-u.ac.jp/nichigen/menu7_folder/symposium/pdf/7/06.pdf

では、「だけ」と「しか〜ない」の相違を明確にするために前後の文脈を明示し相違を明らかにするように提案している。確かにそれは有用ではあるが、場面を明らかにするだけで学習者にそこから「だけ」と「しか〜ない」の相違を読み取れというのは無理な要求である。先ず、教える側が本質的な相違を理解しなければ指導など望むべくもない。

ここでは、下記先行研究が引用されている。

2.先行研究
・寺村(1991)→「X だけ P」は肯定的な文脈/「X しか P ない」は否定的な文脈
        文脈の違いを調べるために、「から」という原因・理由を表す接続助詞を
        「百円【だけ】ある/百円【しか】 ない」の後につけて、日本語母語話
        者にその後に続く文を作らせている。
         〔結果〕「しか〜ない」→否定的な陳述(だから〜することができない)
             「だけ」→すぐに文が作れない

・沼田(1992)→「他の要素が排除されるべきでない」といった意味が強い場合は「しか〜
         ない」が使用され、「だけ」が使われると不自然になる。

・庵(2001)→ 「しか〜ない」は否定的な意味として捉えられ、「後悔」などの気持ちが含まれ
ている。それに対し、「だけ」は「限定する」ことにポイントがある。

・澤田(2007)→「だけ」:十分条件に/要求の表現形式に/否定される命題に使用可
        「しか〜ない」:概数や不定の量の後に使用可 //

 残念ながらこれでは「しか〜ない」の「ない」が何を否定しているのかを全く明らかにすることができていない。「〜だけしかない」と言うように単純に限定の「だけ」との比較だけでは意味の相違を明らかにすることはできない。

 ある事物のありかたが観念的な前提と相反し、前提を拒否し排除する場合に使われるのが「しか」であることを文脈と共に明らかにし指導しなければならいということである。■
現 代 日 本 語 文 法 概 説
            庭 三郎
http://niwanoda.web.fc2.com/bunpou/18fukujosi.html

では、「しか」について次のように述べています。


18.2 Nしか(〜ない):限定
「Nしか」は必ず否定を要求するという点で特殊なものですが、初級のかなり早い時期から使われるものです。後でみるように「だけ」との使い分けが問題になり、学習者の誤りの多いものでもあります。
    (机はなくて、)いすしかありません。(いすがある:Nが)
  お母さんしか来ませんでした。

学習者がまずとまどうことは、述語が否定形になっているのに、否定されているのはそこに出ている名詞ではなく、そこにない、何か外の名詞だということです。初めの例で言えば、「いす」はそこにあり、「ない(ありません)」のは「いす」以外の、例えば「机」だということです。「お母さんしか来なかった」というのは、「お母さんは来た」のですが、この文で主に言いたいことは「それ以外の人は来なかった」ということなのです。それ以外の人(例えば、お父さん)が誰なのかは文脈によってわかることで、この文からはわかりませんが。

 以上のことは、日本人にはまったくかんたんなことで、何が難しいのかわからないような文型なのです(当り前です。子供のときから毎日使っているのですから)が、初歩の学習者にとっては非常にわかりにくい、使いにくい文型なのです。//

 [79] で指摘の通り、時枝は限定を表す助詞に「しか」を入れてはいるものの、「甲しか勉強していない」というかたちの文を挙げ説明を加えていない。三浦は、『これは「包む」という辞の機能の解釈に禍(わざわ)いされて、「しか」が「ない」と関係づけられている事実を説明できなかったように思われる。』と述べている。

上記説明も限定の副助詞としているが、何を限定しているのか、「しか」が「ない」とどう関係づけられているのかを説明できずに、「そこにない、何か外の名詞だ」という事実、現象の説明しかできていない。

 話者の認識を捉えられない形式主義、機能主義的な発想では現象の説明が限界であることを良く表しており、山田孝雄の説く<副助詞>、<係助詞>の意義も理解できておらず、これでは学習者に納得のゆく説明は不可能であることを露呈しています。■
こんな、解説も見られます。


Q: 「だけ」も「しか」も、少ないという意味ですが、何が違いますか。

A:

 財布の中に1000円あるとします。「今、いくらありますか」と聞かれて、「1000円だけあります」と答える人と、「1000円しかありません」と答える人がいますね。

どちらも1000円を「少ない」と思っているのですが、ニュアンスがぜんぜん違います。

「だけ」は「少ないけど、1000円あってよかった」という、ちょっとポジティブな印象。

「しか」は、後ろに必ず「〜ない」がくるので、少ないという気持ちが強くなります。だから、「しか」を使うと、話し手の不満、残念な気持ち、不安などが伝わるのです。

 ところで、「だけ」の後は、肯定も否定も使えますね。たとえば、日本語の勉強で「文法だけ好きです」と「文法だけ好きではありません」。前者は「好きなのは文法」、後者は「好きなのは文法以外」という意味です。
 みなさんは、どうですか。
https://www.arc.ac.jp/Tokyo/mimi-bunpou017/


ここでは、単なるニュアンスの相違にされてしまっています。残念がながら、何故なのかを明らかにすることが全くできていません。単なる機能の説明にしかなっていないということです。■

しか」は「〜ない」と一緒に使うことからわかるように、「●●しか〜ない」の「●●」以外のものをすべて否定する時に使います。

ですから、「あなたしかいないの!」は「あなた」以外の人をすべて否定する
心情を表しています。
https://www.rn-ac.jp/blog/000948.html


これもTopiに引用した辞書の説明の引用でしかありません。

「あなた」以外の人をすべて否定するというのは現象からのこじ付けに過ぎず、この「ない」が否定しているのはそうでないことが全く理解できていない誤った解説です。■
「オレしか笑ってないやん」の日本語を教えてください。

オレが笑ってるから、オレだけ笑ってるやんは理解できます。

でもオレしか笑ってないやんは、なんで笑ってないと言うんですか?
笑ってるのに。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14291768519?post=2


こうした質問、疑問にキチンと答えることができないのが現在の日本語論の現状です。■
下記のような疑問が繰り返されますが、ピント外れな回答が繰り返されることになります。

話者の認識を取上げられないために、「ない」が何に結びついているのかを明らかにすることができません。


日本語についての質問なんですけど

ジャルジャルさんの
「俺しか笑ってないやん」の日本語に疑問を持つ外国人の奴。というネタ
https://youtu.be/jdW-yIX0Eqk?si=1PD5snNWM9riaGRg

「俺しか笑ってないやん」の疑問を語学的に説明して欲しいです。

https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14295123564
この「しか〜ない」構文は話者の認識を捉えることができずに形式論理で考えると「ない」が一体何を否定しているのか、何の非存在を表しているのかが理解できず、下記のような疑問が屡々提起されていますが結局、正解の無いままに有耶無耶、曖昧のままになっているのが現状です。


〇〇しか△△ない(否定)
って否定してるのに否定してなくて変じゃないですか?

500円しかもってない→500円もっている
あと5分しかない→5分ある
こういう構文って「しか」でしか成立しませんよね?
例えば「のみ+(否定)」だのそのまま否定文になりますよね。

これってなぜですか?
そういうものだと言われればそれまでなのですが…
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14279485829?__ysp=44GX44GL44CA44Gq44GE
[1] で取り上げた

鄭 恩朱
 とりたて詞「しか」の表現機能について : 否定的陳述と肯定的陳述の観点から

https://tohoku.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=1907&item_no=1&page_id=33&block_id=46
では、

 (1) (全員がくると思っていたら) ?花子【だけ】が来た。
 (2) (全員がくると思っていたら) 花子【しか】来なかった.

と「全員がくると思っていたら」という前提を取上げながら、「しか」がその前提に対する打消しであることを理解できずに、「花子」という客体と結び付けて理解する他ない混乱した機能主義的な誤った解釈、議論を展開している。

これは、「だけ」を「とりたて詞」と「とりたて」という機能で捉えるしかないところにも明らかである。

このような機能主義的な発想では話者の認識を捉えることができず、「しか」が「ない」と関係づけられていることを全く理解できないことを露呈している。■
話者の認識を捉えられない発想では、当然ながらこのような疑問が生じることになります。
しかし、現在の日本語論、日本語文法論ではこれに適切に答えることができないというのが実状です。


簡単な料理しか作ることができない。
という文で、なぜできないになるのでしょうか。
最初見た時は違和感がなかったのですが、見続けているとだんだんわからなくなってきました。ಠ_ಠ
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11295307886?post=2

下記のような疑問に明確に答えることができないのが現状です。


〇〇しか△△ない(否定)
って否定してるのに否定してなくて変じゃないですか?

500円しかもってない→500円もっている
あと5分しかない→5分ある
こういう構文って「しか」でしか成立しませんよね?
例えば「のみ+(否定)」だのそのまま否定文になりますよね。

これってなぜですか?
そういうものだと言われればそれまでなのですが…
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14279485829?__ysp=44GX44GL44CA44Gq44GE
日本語教育では、下記のような意味不明な説明がされていますが、全くの誤りであることは明らかです。「ない」と否定している対象が何であるのかが理解できていません。


「Aしかない/Aという・よりほかない」は「A以外の選択肢・可能性はない。」「Aしなければならない」と言う意味です。

https://chiyo-sampo.net/grammar-jlptn2-shikanai-yorihokanai/
ある日本語学習の説明に以下のような解説があります。


V辞書形・N+しかない

意味
今の状況では、これ以外に方法・選択がない。

「しょうがない」という気持ちがあります。

例文
バスもタクシーもないので、歩いて帰るしかない。
冷蔵庫に何もないので、何も食べないか、買い物に行くしかない。
どこを探しても家の鍵がないので、あきらめるしかない。新しい鍵を作ろう。
このパソコンは修理しても直らなかったら、捨てるしかない。
この仕事をする人がいないので、私がやるしかない。
もし薬で治らなかったら、手術しかない。

〔【N3文法解説】〜しかない|用法・例文〕
https://tanosuke.com/shikanai/

こんな気持ちを説明されても学習者は何のことやらという他ありません。先ず、説明する当人が本質を全く理解できていないのでは如何ともしがたいということになります。■
>>[25]

>「しか〜ない」という呼応の意義を理解できずに<副助詞>としていますが、

誤りです。

呼応は意義ではないですし、これこそ機能主義です。「しか」の意義は限定、「ない」は意義は否定判断です。根拠はここです。

>第二は限定ということが特殊性を【意味する】ことである。

限定が意義だと三浦は言っています。

私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定するとしたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならばおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。
>>[26]

>><副助詞>としていますが、

君な!!!!!

どこに眼をつけておるのじゃ!!!!!

 ☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

と記述しておるじゃあろうが!!!!

妄想と思い込みでぐだぐが言う前に、Topiの内容を先ずしっかり読み、理解しなさい!!!!!

>>限定が意義だと三浦は言っています。

ま、君の読解力ではその程度の誤読しかできないということです。

他人の主張を理解もできずに与太を飛ばす阿呆な真似は止めなさい!!!!■
>>[27]

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定するとしたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならばおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。
>>[29]

>>失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

( ̄∇ ̄;)ハッハッハ

君の誤読に付きあう気はないので無意味なコメントは止めて下さい。

他の人に混乱を招くだけです!!!!! 

(-_-メ)

>>[31]

>他の人に混乱を招くだけです!!!!!

いいえ。

あなたの意見が他の人の混乱を招きます。



改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定するとしたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならばおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定するのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断とかかわるからです。これもあなたは理解できていないのではないでしょうか?
>>[33]

>>あなたの意見が他の人の混乱を招きます。

すいません。

まあ、君の寝言、妄想に付き合う人などいないので杞憂でした。

改めて言いますが、

まずは、Topiと一連の当方のコメントの内容をキチンと理解できるレベルになりましょう。基本的な用語理解から始める必要があります。

君の妄想をキチンとTopiとして纏めてくれれば懇切丁寧に指導しますので、最低限Topiとして纏める能力を養いましょう!!!!



>>[34]

>まずは、Topiと一連の当方のコメントの内容をキチンと理解できるレベルになりましょう。

理解できています。そのうえで、あなたが誤りだと言っています。






改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定するのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断とかかわるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?

>>[35]

>>理解できています。そのうえで、あなたが誤りだと言っています。

だからダメなのです。

まず、君の妄想を振り払い虚心に文に示されている認識構造と、本Topiの内容を理解しましょう。

改めて言いますが、


現在の君のコメントに示された理解力では非常に困難ではありますが、そうしないと寝言を並べるだけで進歩がありません。

ゴキブリのように寝言を並べても何の意味もありません!!!!
>>[36]

>まず、君の妄想を

いやですから、妄想ではありません。




改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定するのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断とかかわるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?




あなたは誤りだったので、君呼ばわりとため口を謝罪してもらえませんか?

>>[37]

>>あなたは誤りだったので、

君の妄想ではそうなる他ありませんが、単なる幻想ですね!!!!
>>[38]

>単なる幻想ですね!!!!

いいえ。

幻想ではありません。






改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定するのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断とかかわるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?



あなたは誤りだったので、君呼ばわりとため口を謝罪してもらえませんか?
>>[39]

>>表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。

君な!!!!!

何をグダグダ言っているの?????

呼応に表現段階も認識段階もなかろうが!!!!

言語は話者の認識の表現であることが全く理解できておらんではないか!!

喝!!!!!
>>[40]

>言語は話者の認識の表現である

誤りです。

言語は概念の表現です。根拠はここです。

>(三浦、レーニンから疑え、1964年、282ページ) 言語は概念を表現する






改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定するのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断とかかわるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?



あなたは誤りだったので、君呼ばわりとため口を謝罪してもらえませんか?
>>[41]

>>言語は概念の表現です。

何を寝言を並べているのですか!!!!!

先ずは荒唐無稽、ピント外れな君の妄想言語論に基づく「しか〜ない」の理解をTopiとして展開しましょう!!!

ひょっとすると誰かが興味を持ってくれるかも?????
(@_@;)

当方説明には多くの質問者から「良く理解できました」と先に提示の通りベストアンサーに選ばれています。

君の場合は意味不明な御託を並べているだけで、何の説明にもなっていませんが?????
(V)o¥o(V)

>>[42]

>何を寝言を並べているのですか!!!!!

いいえ。

寝言ではありません。言語は概念の表現です。根拠はここです。

>(三浦、レーニンから疑え、1964年、282ページ) 言語は概念を表現する






改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

あと、限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定を表すのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断関わるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?



あなたは誤りだったので、君呼ばわりとため口を謝罪してもらえませんか?
>>[49]

>>「しか」は限定を表すのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断関わるからです。

君な!!!!!

先ず、日本語が理解できているのかな??????

その程度の日本語理解力で「しか〜ない」を解明できるという思い込みの方が恐れ多い錯覚、妄想ということじゃ!!!!!

ま、ウザイだけで阿呆なコメントは自主的に削除して下さい。

満天下に恥を晒していますよ〜〜〜〜〜!!!
(@_@;)
>>[50]

>満天下に恥を晒していますよ〜〜〜〜〜!!!
(@_@;)

それはあなたです。






改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

あと、限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定を表すのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断と関わるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?



あなたは誤りだったので、君呼ばわりとため口を謝罪してもらえませんか?


次のような素朴な質問に正しく答えることが重要ですが、当然ながら適切な回答は得られていません。


「○○しかない」というのは「○○だけある」という意味ですが、
なぜ「ない」のに「ある」のでしょうか。。。
「家にはブラウン管テレビ しかない」
「コーヒー しかない」

何か省略されているのですか?
そもそも間違いなんですか?
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1222309037


この回答にある、

>>「ある」「ない」を見る前に、「しか」「だけ」という
助詞をまず見てください。
文章のあるなしをひっくり返ってくれる、とても大切な
助詞です。//

など何ら回答にはなっていません。

単に現象、機能のレベルを低迷する他ないことになります。■



>>[52]

改めて言いますが、

>☆ このように、「しか〜ない」と呼応するところから係助詞とするのが適切な品詞区分である。

誤りです。

表現段階の呼応からではなく、認識段階の呼応から係り辞とするのが適切な語の分類です。例えば、

・太郎「は」医者「だ。」
・犬「は」動物「だ。」

同じ「〜は〜だ」の表現ですが、前者は限定辞、後者は係り辞です。

あと、限定についてですが、私の推測ですが、【山田が】修飾語を限定としたことを三浦がおかしいと「日本語の文法」で言ったから、修飾語の限定と限定辞をあなたは混同したのではないかと思います。あれも別に限定が誤りだとは三浦は言っていないのですよ。主語と修飾語を分けるならば限定はおかしいと言っているだけで、別に主語と修飾語を分けなければ限定はおかしくありません。実際、時枝は主語は修飾語だと言っています。失礼ですが、あなたは誤読だらけです。

もう1点、「しか」は限定を表すのに限定辞ではない理由ですが、それは認識で判断と関わるからです。これもあなたは理解できてはいないのではないでしょうか?



あなたは誤りだったので、君呼ばわりとため口を謝罪してもらえませんか?

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