言語学コミュの言語学のコペルニクス的転換とその展開

　時枝誠記による言語過程説の提起は、西欧の言語学が「表現としての言語」という本質を捉えることができずにいる現状を批判し、言語の本質を表現の process に求め、過程的構造を明らかにしたもので言語学のコペルニクス転換と呼ぶにふさわしい画期的業績である。時枝の「最良の弟子の一人だと自負している」(注①)三浦つとむは次のように指摘している。

　　私は以前から、時枝理論を言語学のコペルニクス的転換と呼んでいるのだが、これは単なる比喩ではない。まず第一に、地動説はコペルニクスがはじめて提唱したものではなく、天動説がどうにもならない混乱におちいった時代にあって、それに代わる学説を求めて宇宙構造の伝統を辿り、学者たちに無視されていた古代ギリシャの地動説を再発見し展開したものである。科学史の論理において、コペルニクスの業績と時枝の業績とは共通しているのである。第二に、コペルニクスの地動説は決して完全なものではなく、彼の理論を支持する学者によっていろいろ訂正が行われ具体化がなされたのである。同じことが時枝理論にも言えるのであって、訂正や具体化を必要とするということで理論的転換の持つ意義を抹殺してはならない。／／（注①）

　三浦は続けて、時枝の言語本質観の弱点を訂正しているが言語過程説が言語学界に現在も受け入れられずにいる大きな障害となっているのがソシュールのラング説の扱いである。それは現在の言語論、日本語論がソシュール言語学を克服できない遠因ともなっている。時枝は言語過程説の「その基本的な考え方は、凡そ次のように要約し、かつ、敷衍することができる、」とし、次のように述べている。

　（一）　言語は、人間の行為そのものであり、また、理解行為そのものである。この考え方は、表現理解の行為とは別に、或いはそれ以前に、表現理解において使用される資材としての言語（ソシュールのいわゆる「ラング」）が存在するという考え方を否定するものである。あるものは、ただ、素材を、音声或いは文字を媒材として、可感覚的に外部に表現し、或いは音声、文字によって、ある思想を理解する作用だけであるとするのである。人は、屡々辞書に登録された語のようなものを、資材的言語と考える。しかし、辞書が、語を記載していると考えるのは、ただ比喩的にだけ云えることであって、器が物を収容すると同じ意味で、辞書が語を内蔵しているのではないのである。／／（注②）

　この発想は、「私はイェスペルセン氏と共に『言語の本質は何か』の問いを発することから始めようとしたのである。」(注③）と述べているように、伝統的英文法学者であるイェスペルセンの、

　言語の本質は、人間の活動である。――ある個人の側では、自分の考えを相手に理解させるための活動であり、べつの個人の側では、相手が考えていることを理解するための活動である。これら二人の個人、つまり、言語の産出者と受けて、あるいは、もっと便利なことばで言えば、話し手と書き手、および両者の相互関係は、言語の本質と、言語のうち文法で取り扱われる側面の本質を理解したいと思うならば、決して見失ってはならないものである。／／（注④）

という言語本質を人間の活動と見なす言語観と一体になっており、精神的な交通過程それ自体を言語とよび言語活動（行為）と言語とを同一視する結果となっている。言語活動と言語を同一視するため理解過程それ自体も言語だということにならざるを得ない。このため、表現、理解を媒介する言語規範であるラングを上記の通り、

表現理解において使用される資材としての言語（ソシュールのいわゆる「ラング」）が存在するという考え方を否定するものである。／／

と否定、廃棄し言語表現、理解の過程的構造を媒介する言語規範の存在を正しく位置付けることができない結果となってしまった。

　当然、ラングを言語本質とするソシュール言語学とそのパラダイム下にある国語学、日本語学は時枝の発想を受け入れることができず、規範としての語の意義と文での意味を混同したまま言語論、文法論を展開する他なく、助詞「は」「が」など単語の意義を正しく捉えることができずに、表現結果としての文の意味に依拠し構文論を展開する他なくなる。

これが、大野晋が「助詞ハとガの機能について―現代日本語の基本構文の意味」(注⑤)を提示し、青木玲子が『現代語助詞「は」の構文論的研究』(注⑥)を著すしかない本質的な要因である。

　我々は、三浦つとむが提起した規範の認識論的な基礎づけを基に、言語表現の過程的構造に規範による媒介の構造を正しく位置づけることにより言語過程説の修正、展開を図らねばならないことになる。

注① ：三浦つとむ『言語学と記号学』「時枝誠記の言語過程説」（勁草書房，１９７７年７月）
注② ：時枝誠記『国語学原論　続篇 (岩波文庫)』p22,（岩波書店，2008/3/14）
注③ ：時枝誠記『国語学への道』p23,（三省堂，1957.10）
注④ : イェスペルセン（安藤貞雄訳）『文法の原理〈上〉 (岩波文庫)』p27，（岩波書店，2006/5/16）
注⑤ ：大野晋「助詞ハとガの機能について―現代日本語の基本構文の意味」( 『文学』岩波書店，1975年9月号）
注⑥ :　青木玲子『現代語助詞「は」の構文論的研究』(笠間書院，平成4年2月)
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コメント(13)

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[1] mixiユーザー 10月16日 20:26

なお、上記の「三浦つとむが提起した規範の認識論的な基礎づけ」については、

三浦つとむ『認識と言語の理論第一部認識の発展』（勁草書房・1967年刊）
　　第三章規範の諸形態　

http://okrchicagob.blog4.fc2.com/?tag=%E8%AA%8D%E8%AD%98%E3%81%A8%E8%A8%80%E8%AA%9E%E3%81%AE%E7%90%86%E8%AB%96I-3

時枝批判については、

時枝・服部論争の再考察(I) : 言語研究の原点的問題として

時枝・服部論争の再考察（ll）

時枝・服部論争の再考察（Ⅲ）

https://keiai.repo.nii.ac.jp/index.php?action=repository_view_main_item_snippet&pn=1&count=20&order=16&lang=japanese&creator=%E6%9D%BE%E4%B8%AD+%E5%AE%8C%E4%BA%8C&page_id=13&block_id=21

参照。■

[2] mixiユーザー 12月14日 21:43

先の、

松中完二
時枝・服部論争の再考察(3)言語研究の原点的問題として
https://keiai.repo.nii.ac.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=2805&item_no=1&page_id=13&block_id=21

は、認知言語学の立場から、

科学としての言語学が最終的に目指すものは、言語の説明理論である。
近代言語学の最初の百年は、歴史的存在としての言語がその中心的問題とされ、次の五十年では生物学的必然としての言語習得及び言語運用に焦点が当てられた。そこでは、人間の有する言語の知識がどのようなものであり、それがどのように獲得され、使用されるかを文法という名を借りて、客観的に模式化する必要があった。従って、言語知識や言語獲得の問題と、言語の使用やそれを基にしたコミュニケーションの問題とその解明は、言語学における最初にして最後の究極的課題である。ソシュールの学説も時枝の学説も、その解明に腐心していた点では共通点を持つ。／／

と、言語学の最終目的を「言語の説明理論」に求めているが、こんな機能主義的発想では言語の本質という科学的な解明は望むべくもない。

言語知識や言語獲得の問題と、言語の使用やそれを基にしたコミュニケーションの問題とその解明が「言語学における最初にして最後の究極的課題」ではなく言語の表現としての過程的構造を明らかにし、表現としての特殊性、その普遍性を明らかにすることが「言語学における最初にして最後の究極的課題」である。

「そして認知言語学における考え方の基礎を成すものに、ゲシュタルト要因の成果として挙げられる、我々の知覚における「FigureとGround の分化Figure-Ground Segregation ）」という現象がある。」

などと云う、形式論理に過ぎない。ゲシュタルト心理学の術語を用いたところで言語の本質を解明することなど全く望むべくもなく、形式論理ではなく調和する矛盾の論理である弁証法の論理、唯物弁証法の論理による反映論の立場に立たねばならない。

具体的には、

言語はどんな矛盾を含んでいるか　【１】　言語の二重性
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99395270

言語はどんな矛盾を含んでいるか：　　【2】　認識の矛盾と表現の矛盾との相互規定
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99407551

言語はどんな矛盾を含んでいるか：　【３】　対象の捉え方における矛盾
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99412669

言語はどんな矛盾を含んでいるか：　【4】　概念の持つ矛盾
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99415474

言語はどんな矛盾を含んでいるか：　【5】　概念は感性的な手がかりを「恋して」いる
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99418601

言語はどんな矛盾を含んでいるか　：　【６】言語表現の持つ矛盾
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99419328

言語はどんな矛盾を含んでいるか　【7】言語表現の発展とレーニンの記号論の限界
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99421965

言語はどんな矛盾を含んでいるか：【8】言語は社会的な規範を必要とする
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99423267

言語はどんな矛盾を含んでいるか : 【9】言語の改革をめぐって
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99433193

言語はどんな矛盾を含んでいるか　【10】　文字言語と音声言語
https://mixi.jp/view_bbs.pl?comm_id=2748&id=99435699

を参照下さい。■

[7] mixiユーザー 12月21日 12:51

>>[2]

以前、あなたは、

・走る。

は単文ではないと言いました。属性には必ずその実体があり、この文の場合必須成分の主語は省略されています。省略である以上、単文ではないでしょうか？単文ではない根拠を教えてもらえませんか？

・公園で走る。

「公園で」と「誰かが」は成分が違います。「公園で」は省略とは言えません。

あなたの意見だと、

・美しい。

に肯定判断がないと言っているようなものです。しかし、

・美しい■。

となり肯定判断は省略されてあります。単文も同様の理屈ではないでしょうか？通説は単文ですが、正しいと思いますが。

[8] mixiユーザー 12月21日 18:26

>>[7]

面白そうなＴｏｐｉ　ですね。

別途纏めて問題提起下さい。
■

[10] mixiユーザー 12月22日 11:05

>>[8]

また逃げる笑。あなたの意見に質問しているのですよ。あなた以外に誰が答えるのですか？自分の発言に責任を持ちましょう。

以前あなたは、

・走る。

は単文ではないと言いました。属性には必ずその実体があり、この文の場合必須成分の主語は省略されています。省略である以上、単文ではないでしょうか？単文ではない根拠を教えてもらえませんか？

・公園で走る。

「公園で」と「誰かが」は成分が違います。「公園で」がないことは省略とは言えません。

あなたの意見だと、

・美しい。

に肯定判断がないと言っているようなものです。しかし、

・美しい■。

となり肯定判断は省略されてあります。単文も同様の理屈ではないでしょうか？通説の単文は正しいと思いますが。

[12] mixiユーザー 01月14日 01:02

>>[8]

なぜ逃げるのですか？すごい悪く言えば、あなたは詐欺師です。良心の呵責に苛まれませんか？返信してください。

まず、三浦文法では依存と従属は言い回しが違うだけです。根拠は

＞(日本語はどういう言語か) ＜動詞＞＜形容詞＞あるいは＜静詞＞に、＜副詞＞は【従属する】性格の語だが、

＞(日本語の文法) ＜副詞＞を【非依存的に】使ったり、

です。次に三浦は、

＞(日本語の文法) ＜形容詞＞＜動詞＞を依存的に使ったり、

と言っています。これはつまり、

・走り去る

「走り去る」で言えば、「走り」は「去る」に依存していると三浦は言っているということです。時枝も、

＞(国語学原論・上・336ページ)「走り」は結局に於いて「去る」という概念の中に統合せられてしまうのである。

三浦と同様のことを言っています。師匠の時枝の説を三浦はそのまま継承しています。【文の成分を主従で分けてしまうのは形式主義で誤りですが、文の成分に主従関係があるのは誤りではありません。かっこの中を2回読んでもらってもいいですか？】

ちなみにまとめると、

入れ子＝語と語の全般の主従関係 (異次元以外)
風呂敷＝異次元の統一 (対象と話し手との現実での統一の反映)

です。ここをあなたは混同しているのですよ。国語学原論の336ページの入れ子「図」も見てください。【風呂敷の包むは誤りですが、入れ子の包むは誤りではありません。】そのうえで、入れ子は主従ではない、主従は本質的ではないとあなたが言う科学的根拠は一体何ですか？

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