ログインしてさらにmixiを楽しもう

コメントを投稿して情報交換!
更新通知を受け取って、最新情報をゲット!

言語学コミュの名前をつけて

  • mixiチェック
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
このコミュでは、よく知らないことをご質問したり、他の方がされているのを見ると
初耳のキーワードが出てきて
「何にでも名前が付いてるものだなぁ」と感動します。

本日の成田空港貨物機事故でも原因として「ウィンドシア(Wind Shear)」と
初めて聞く名前が出てきて、ニュースで何度も使われています。

名前を付けると、また名前が分かると何が変わるのでしょう?
また、その行為や効果についての学問分野も、やはりあるのでしょうか(「唯名論」は違う)?
もし、この話をするのにより適切な場所がありましたらお教えください。

コメント(25)

>1: レイコさん
最初の書き込みありがとうございます。

サピアさんとウォーフさんの仮説は思い浮かべましたが、
おっしゃるようにちょっとこの疑問を説明するのとは別かなと思いました。

何と言うか、名前をつけたら(名前をきいたら)それで落ち着いちゃう、とか
まるで何かが解決したかのように振る舞う、ことの違和感が疑問の発端です
(ニュース記事の場合は、取り敢えず分かったことを早く伝える状況だから一層強く感じられるのかと思い始めてます)。

そして「この現象にもやはり名前がついてるんじゃないか」と予測?期待?してるのが、
同じ感覚に毒されてて自分でも変だな、可笑しいなとも思っています。
「侍JAPAN」と名付けたことで本物の侍になったかはわかりませんが、「原〜」「星野〜」よりはモチベーションが上がったようですし、「侍が負けちゃいかんだろ」とイチローが漏らしたように、名付けたことで暗示は(選手にも観客にも)かかると思われます。名前負けは、その負の側面を指したものですよね。
古いものですが、山口仲美さんが売薬の名称を整理分類した本があります(書名は失念)。ジャンルとしては語構成/造語法/命名論でしょう。

「粉-雪」「ぼたん-雪」いずれも後項を同じくする複合語ですよね。この先には「白いもの-が落ちて来た」のような婉曲語法や、「桜/花」になぞらえた比喩表現もありますから、英語にも何かありそうな気がするのですが……あ。powder-snow は和製英語なんですか?
>3: ミナトさん
「自称してそのような自覚を持つ」というのは心理学的なラベリングの話になりそうですね。

「命名論」、なるほどズバリな名前ですね。
山口仲美さんはこの前NHKの爆笑問題の番組でお見かけしました。

powder snowだといかにも知ってる単語をつなげただけっぽいので和製英語っぽく感じますが、
powder snowも英語として通じるようです。
外来語としてでなく使う人はpowdered-とかpowdery-とかに傾くのかもしれません。
おもにスキー場の商業的修飾に使われるvirgin snowとかも通じるようです。
なんか、(わたしはどっちみち専門じゃないんですが)心理学のアプローチなども面白そうな気が。

今まで名前のなかったものについてそれに名前をつけると、それをある程度固定的なものとして何度も認識することができます。

自分のあり方に名前がつけられないと、例えば「化け物」とか「この世に一人きりの異常な存在」とか、ネガティヴな説明になってしまうことが多いし、毎回説明する言葉も変化して、曖昧な上に手間暇がかかってしまい、そこから先へはなかなか進むことができません。
が、それが他者によって名前のつけられたもの、たとえば「トランスジェンダー」とか「セクシャル・マイノリティ」とか呼ばれるものである、とわかると、仮にネガティヴな響きを帯びた言葉だったとしても、少なくともその言葉にまつわる固定的な(いえ流動的だったりもしますが)を前提にして、そこから先へ考えを進めることができます。

特に「性同一性障害」という言葉は、「病気じゃ仕方がない」という感情で世間の多くの人々に受容される機会を作ったという意味ではとても大きな力を発揮したと思うし、個人的にも「化け物」や「ファンタジーと現実の区別がつかない」のではなく、真面目に向き合うものだ、という認識をさせられた面は強く、その限りではこの言葉に出会ったことは有意義だったと思います。

まあそうは言っても言葉の定義は上にも( )の中に書いたように、新しいほど流動的であることが多いので、実は定義そのものを疑って再検証しなけるばならなくなったりもするのですが。

だから、上記の「性同一性障害」についても「病気だから仕方ない」というのが甘えになってはいないのか、とか、「病気」ではなく「生き方」なのになんで病名で括ってしまうんだ、とかいう批判が噴出してくるし、それはわたし個人にとっても「自分のこと」として跳ね返ってきます。

最近ではわたしは自分のことを「性同一性障害」とは思っていません。
(外見上は概ね女性に見えるようだけど)「特定できないトランスジェンダー」と思っています。

それでも、一人きりで頭の中だけで(時には言語化すらせずに)考えていた時と比べれば遙かに、社会化された思考に役立つようにはなりました。

うーん、当たり前のことを言っているだけで、他の誰かが努力して積み上げたものをふまえているわけでもないので何のお役にも立ってはいないような気もしますが。
訳の分からないモノや状態に取り敢えず名前を付け(て安心し)たい、のですかね。
必ず安心できるかどうかは疑問が残りますが。

旅館の古い隠語「ピカソさん(素性がわからない客)」とかも、取り敢えず命名の雰囲気が感じられます。

出版での「サブカル」という括りは、「カルチャーとして未分化・未確立」の意味で使う編集者と、
「別のジャンルは全く詳しくないし、丼もの一式みたいに呼ばれても」というサブカル・ライターに分類されるライター側の認識にギャップがあって
落ち着く効果はあまりなさそうです。
7のノリコ様>
サブカルというカテゴリーが出来たことで、自分が関わっているのはサブカルじゃない、ということがはっきりとしてプライドが保てて落ち着く人が居ると思いますよ(笑)
ちょっと話題がずれるかもしれませんが(笑)
「サブカルチャー」という語に最初に出会ったのは、たしか、
「サル」(「道具を使う」だったか、「イモに塩味つける」だったか?)の話題だったので、
「サブカルチャー」という語をきくと、
「サル」の顔がつい思い浮かんで、可笑しくなる。
のは、私だけでしょうか?
>9: ねまき猫さん
これからは私の顔が思い出されるのですね?
ちょっと訂正というか補足というか……。
3で書いた 「白いもの」 は婉曲語法ではありますが、むしろ提喩(synecdoche)と書くべきだったかもしれません。失礼しました。(でもそうすると結局のところすべて比喩の話に落とし込んで終わらせてしまう気もするんですよね)
初めて書き込みます…外れたことを書かないか少し不安ですが。。

名付けの理由として、差異化や安心感を得るため、という理由の他に、「支配」のため、というのもあるんじゃないかなと。

身近な例だとペットなんかに自分で特別に名前をつけて呼ぶこと。
犬を、そのまま「いぬ」とか「こいぬ」とか呼ぶ人は、そう多くないと思います。
極端な例だと、例えば宗教、キリスト教の聖書の一番最初で、神は、自分の想像したあらゆる物に対して人に名前を付けさせる。
これによって、万物の支配を人間の手に委ねた、と言うのがあります。

それでなくても、身の回りのもの全てに名前がついているというのは、支配するため、もしくは、支配という言葉が強すぎるならば、管理するため、というのも充分あるんじゃないかなと。

皆様の書き込みを見ていて、つい出しゃばってみたくなって書き込みました…。。

雪の話ですが、英語でもそれなりのバリエーションはあるようで、corn snowもしくはspring snow(ザラメ雪)とか、champagne powder(滑らかでドライな、粉雪の一種)とかあります。
あとは、wikipediaですが
http://en.wikipedia.org/wiki/Snow#Types_of_snow
にもいろいろ種類が載ってます。よろしかったらどうぞ。。
そういえば「雪の種類を並べた演歌があったよな〜」と気になってる方と自分へのメモとして。

[新沼謙治 | 津軽恋女]
http://music.mixi.jp/view_track.pl?id=963218&mode=lyric

間違えやすいですが、吉幾三の曲ではないのです。
最初に自分で「名前」って言葉を使ったのが原因ですが、
>12: ゆうさんが話題にされているペットにつける「名前」(人間につける「名前」に準じている?)と
事象・事柄に付ける「言葉」(「名称?」「名詞?」)をうまく区別して説明できません。

適切な用語の使い分けがありましたら、教えてくださいませ。
>ノリコさん

http://gogen-allguide.com/na/namae.html
に、名前の語源についての説明があるのですが、ここを見る限り、人名にもものの名前にも等しく名前という言葉がつかえるんじゃないかなと。

ただ、「前」という表現が、「手前」「お前」のように人を指すことが多いので、現代日本語で「名前」と言うと人を指すことの方が多いような気がするのかと…参考文献とかもない考えですが。。


また少しずれますが、人やキャラクターの名前と言う点だけに着目すると、ある呼称を呼び続けることでその人やキャラクターの人格の形成に影響が出るんじゃないかという考えがあります。
皆様ご存知かもとも思いますが、音声学の方で「怪獣の名はなぜガギグゲゴなのか」という本がありまして、そこで、音の与える印象とそれにより人やキャラクターに付与されるイメージとの繋がりが研究されています。

名付けに関して、ですが、興味のある方はどうぞ。


>レイコさん

確かに、不安なとき、ストレスに苛まれているとき、その感覚や原因そのものを言葉化すると問題や解決策が出て来たり、そうでなくとも少しは心の緊張がほぐれるようなきがします。

そういうことでしょうか?専門ではないのでずれていそうで心配ですが^^;
>3: ミナトさん
>古いものですが、山口仲美さんが売薬の名称を整理分類した本があります(書名は失念)

山口仲美さんの著書を検索して
「命名の言語学―ネーミングの諸相」森岡 健二, 山口 仲美 東海大学出版会 1985年9月
http://mixi.jp/view_item.pl?id=1211653
を図書館から取り寄せて読んでみました。ご紹介ありがとうございました。

名づける効果については森岡さんの書かれた第一部の一番最初に書かれていました、
名づけただけで何も分かったことにならない、ということもしっかりと。
その後は名づけの体系、構造、心理や効果的な名づけ方まで書かれていました。
でも、最近の何でも縮めてしまう(リストラとか)、または頭文字で略してしまう(KYとか)
の影響を予測したネーミングまでは網羅されてませんでした。

山口さんの書かれた第二部では、おっしゃるとおり
学術用語、あだ名、売薬の命名パターンがたくさん集められてました。

ネットの時代になって「わからないモヤモヤした」段階から
「何らか説明がある、正しいかは別として」まで
の時間はものすごく縮まったと思います。
それにしても、一つの切り口で調べたものを一冊の本にしてしまう学者(言語学者?)の
「まとめる力」は今も昔もすごいなぁと素直に感動してしまいました。
アウターレインバンド outer rainband

天候に関する報道で耳慣れない専門用語がそのまま使われることが多いような気がします。
「報道機関の科学部が特に咀嚼力が弱いから」という仮説を立てて検証してみましょうか。

2件の「竜巻」 同一積乱雲か
http://www.nhk.or.jp/shutoken/lnews/01.html (URLの表示内容は変わる可能性が高いです)

台風18号の影響で関東で発生した竜巻とみられる突風の3件のうち2件は、同一の「アウターレインバンド」と呼ばれる積乱雲の列によって引き起こされた可能性が高いことが専門家による解析でわかりました。

台風18号が愛知県に上陸した8日明け方、およそ300キロ離れた茨城県と千葉県では竜巻とみられる突風があわせて3件発生し、5人がけがをし、住宅など250棟あまりに被害が出ました。
茨城県つくば市の防災科学技術研究所が当時の気象状況について特殊なレーダーなどを使って解析した結果、これら3件の突風は台風から離れたところにできる「アウターレインバンド」と呼ばれる発達した積乱雲の列によって起きていたことがわかりました。
このうち、茨城県龍ヶ崎市と土浦市の2件は同じ巨大な積乱雲の列によって引き起こされた可能性が高いということです。
また、もうひとつの千葉県九十九里町などで起きた突風は別の積乱雲の列によって起きたとみられるということです。
データの解析を行った清水慎吾研究員は「突風の被害が出た時間に同じアウターレインバンドが非常に速い速度で龍ケ崎市と土浦市の付近を通過していたことが確認できた。
台風の北東側では数百キロ離れたところでもアウターレインバンドによって突風が発生しやすいので注意が必要だ」と話しています。
 元来、気象用語には土地や風土に根ざした俗称や気象図を見た感じがそのまま使われる傾向が有ったように思います。例:春一番、木枯らし1号、風の息、台湾坊主、湿舌など。

 また、typhoonを颱風(台風)、Föhnを風炎(ふうえん)と外来語を日本語らしく当てて身近にする事も行われました。(明治時代、第4代中央気象台長・岡田武松による)台風と違って風炎は定着しなかったけど、日本海側に住む人間としては、乾燥した熱風が吹き荒れて熱いフェーン現象には風のほのお、と言う字に正にその通り!と感心します。

 直ぐに実感出来る気象現象に概ね名前が付けられた後、データの分析によって漸く分かるような、いわば難しい現象に名前を付ける時、最早、日本語に置き換えて分かりやすくするという努力を放棄するような時代になっていて原語がそのまま、出て来るのだと思います。

アウターレインバンドを訳してみると、外雨帯(がいうたい)なんだか分かりません。台風本体から離れた所に出来る積乱雲(入道雲)と言う事で「はぐれ入道」なんてのはどうでしょうか。そのうち「はぐれ入道また大暴れ、竜巻3つ出来る」なんて新聞の見出しになるかもしれません。
明治初期の英語学習で、"Bank"という単語に、まだ日本にそれと同じ機能のものがなく、
「銀行」という訳語があてられるまでは「日本にないもの」と注釈がはいっていた、と読んだことがあります。
外山滋比古氏の本だったでしょうか。

それとちがい、天候はじめ自然現象はコトバがあてられる以前から存在してたのに
(逆があったらおかしいですよね)、外来語?にさえなる以前の直輸入語を以て説明に替えさせていただく
(もちろん伝える側が一方的に)のが、違和感の元かと思います。

逆に直輸入語という手を使わない場合、専門家が名付けるにせよ、マスコミを経由した淘汰に任せるにせよ、
「はぐれ入道」などに落ち着くまで、複数の候補がせめぎあう、という別の課題も予期しないといけないのでしょうね。

そう書いていて、自然現象でも特定の地震などの場合、名付けにいろいろ悶着があるのを思い出しました。
また、上で「逆があったらおかしい」と書きましたが、「第六感」や 「四次元」というコトバは
存在を仮定した命名もなくはない例といってよいでしょうか?
正確には「第六感」はレトリック? 「四次元」は自然現象じゃなくて概念?
それぞれ6番目や4番目になにが来るかは特定できないようにも思いますが。

(専門的で正確な用語があるかを知らず書いております。イライラさせてしまいましたら恐縮です。)
個々の経験は様々なれど、名前がつくことでモノや概念が認識されやすくなることはありますね。

それよりも、コトバが人によく使われるためには「語呂」って大事だな、と感じました。
ときにものごとを正確に表しているかどうかより、語呂の良さが勝ることさえ頻繁にありそうです。
このトピックに関しては特にこれといった専門的知識も持ち合わせていないし、個人的経験も別に思い浮かばないけど、二週間ほど前、ラジオを聴いていたら、これと酷似した課題が私の大好きな番組で取り上げられていた。英語なんだが(そもそも日本からはアクセスできるでしょうか)、興味のある人は下のリンクにてどうぞ。

http://www.philosophytalk.org/pastShows/WordsWorth.html
同じ発想や経験はいろんなところで語られているのでしょう。これまでもこれからも。
そういう期待が無かったら個人固有の発想や経験ということになって、
このトピを立てるとき伝えるのに大変苦労したと思います。

このトピでコメントのやりとりできたのは同じ場と時を共有してるからなんだろうな、と思っています。
「〜な現象に名前をつけたい」というツイートがツイッターでよくみられるようになりました。

みんなおんなじ様なこと考えてるのね。わーい(嬉しい顔)

ログインすると、残り4件のコメントが見れるよ

mixiユーザー
ログインしてコメントしよう!

言語学 更新情報

言語学のメンバーはこんなコミュニティにも参加しています

星印の数は、共通して参加しているメンバーが多いほど増えます。