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はまかず文庫コミュの蒼黒対話/心象の円卓 【黒き騎士王】

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 アルトリアはまどろむ意識を振り払うように眼を開く。
 そこは謁見の間。玉座から真っ直ぐに伸びる絨毯はこの国で最高の品であり、居並ぶ彫像は職人達の渾身の作品だった。天井は高く、見上げれば光取りの窓には素晴らしい装飾の施されたステンドグラスがはまっている。その向こうの空は黒。いまは夜なのだろうか。

 ――――・・・・否。

 その部屋に城と空に色はない。真っ白い壁と玉座、真っ黒い絨毯と空。全てがモノトーンの、存在が希薄な世界。
「なるほど。またこの世界に迷い込んだというわけか。」
 この世界こそアルトリアの心象風景。眠りに落ちた時、稀にだが彼女はこの色の無い城に導かれる。
「さて、ここに来たということは・・・」
 彼女は呟きながら、玉座の傍らに置かれた小さなテーブルに目をやった。そこにあるのは、この世界で唯一の、色の有るモノたち。
 赤い柄を持ち、銀色の刃に魔術を施された黒鍵と、
 若草色の台座を持つ、壊れて砂が落ちなくなった貝砂の砂時計だった。
「・・・・なるほど。これはシエルとさつきか。やはりシエルも私にとって大きい存在となったのだな。」
 彼女はそのふたつのアイテムを手に取り、玉座から立ち上がった。すると即座に、謁見の間の中央に真っ白い円卓が出現し、まるで初めからそこに在ったかのように存在を主張する。
 その椅子の数は十二。驚いた事に、卓に設けられた椅子の幾つかにはアルトリアの掌にあるアイテムと同様に、色のないこの世界にあるにも関わらず鮮やかな色を湛えている。
「ふむ・・・」
 アルトリアはそれに全く驚かず、玉座に立てかけられていた黒いエクスカリバーを取り上げると、十二に等分された真っ白い卓の一画に置いた。
 すると、その場所に設けられた椅子が艶のある漆黒に変わり、エクスカリバーに刻まれたものと同じ、赤い刻印が浮かび上がった。さらに卓に置かれた燭台にも、黒い炎が灯る。
 そう、この円卓は彼女のキャンバスなのだ。等分された席に、彼女にとって多大な影響を与えた人物を象徴するアイテムを置くことで、椅子がその人物が座るに相応しい色に変化し、燭台にその人物を象徴する色の炎が灯る。
 それは彼女がその人物を認めた証であり、同時に彼女がその人物をどのように思っているかを示すものでもある。
  ・・・・余談ではあるが、この十二という数も常に変化する。受肉した当初はこの卓自体が存在しなかった。だが徐々に、現代を生きて色々なモノに感化されるうち、彼女の中には十二席の『他人を受け入れる余裕』が出来ていったともいえる。
「よし、ここにするか。」
 アルトリアはしばしの思案の末に、彼女の席を12時として11時の位置に砂時計を、9時の位置に黒鍵を置いた。これで、円卓の席は十二のうち九つが埋まった。
「ん、九つ?」
 アルトリアはふと、自分が置いたシンボルの数が記憶と合わないことに首を傾げ、改めて円卓を見る。
 12時の位置にアルトリア本人を現すエクスカリバーと黒い炎。そこから反時計回りに11時の位置にさつきを現す砂時計と小麦色の炎、9時の位置にシエルを現す黒鍵と青い炎。
 以下、二人の間である10時の位置に、シャトヤンシーの入ったアレキサンドライト・キャッツアイと赤い炎。8時の位置に、その人物をそのまま十分の一にしたかのような人形と橙の炎。6時の位置に―――
「やれやれ、またか。」
 うんざり、とした表情で悪趣味な黄金の席に置かれた妙な剣をを取り上げると、部屋の石壁に向かって全力で投げた。
 妙な・・・まるで円筒を連ねたような剣がガァン、と音を立てるのとほぼ同時に、燭台に灯っていたこれまた黄金の炎も掻き消え、席も色を失う。
「まったく、勝手に座るな。」
 アルトリアは現在壁の下に転がされている剣が示す人物を脳裏に描き、はぁ、と盛大にため息をつく。その陰鬱な気分を振り払うように、観察を再開した。
 3時の位置に『エボニー』と『アイボリー』・・・ピアノの黒鍵と白鍵の名を冠した五十口径の大型拳銃と真紅の炎。そして彼女の席の左、つまり相手から見てアルトリアの席が右に見える1時の位置に、銀狐のファーをあしらった雪色のカジュアルコート・・・彼女の亡き主アイリスフィールの象徴と、白銀の炎が灯っていた。


「・・・・妙、だな。」
 アルトリアは、自分の席と同様に変じたさつきの椅子を見て呟く。
 もうひとつの、シエルの方には納得がいった。鮮やかな青い背もたれを斜めに奔る、血色の疵跡。それを封じるように圧し掛かる銀色の十字架の装飾。紅い疵が何かは気になるものの、実に彼女らしいデザインである。
 この世界に出現する椅子のデザインは、実際に彼女の知る知識だけでなく、彼女が魂で感じた相手の本質をカタチにする。その魂で感じたままの『弓塚さつき』を示すデザインは、今にも崩れそうなほど乾いた、学生が使うごく普通の椅子。それは綺麗な小麦色の炎や、少女らしい貝砂の砂時計に比べて明らかに異質だった。

「さつきの中には、何かが有るようだな。ふふ、愉しみだ。」

 こうして見てみれば、止まった砂時計というのも、可愛らしさの中に歪さが混じっている。アルトリアはそこにさつきの秘め持つモノ、あるいは本人すら知らないモノが有る事を嗅ぎ取った。
 それが自分にとって有益なら才能として伸ばすし、意味が無いならさっさと棄てさせよう。そう、己の従者となった若き死徒の育て方を考えながら、彼女は円卓の向こうにある大鏡に向かった。





 その鏡は、姿見と言うにしても大きく、縦2メートル強・横3メートル弱という大きさである。なによりその位置は、玉座から伸びる絨毯の真正面。謁見の間にあるべき大扉の位置にあり、その鏡面は部屋全体を写していた。





「さて、本題だな。・・・・・いったい何の用だ、セイバー?」




 彼女が鏡に右手をつくと、鏡がまるで水面のようにうねり、その向こう側に夕陽に染められた丘と蒼いドレスを纏った少女が姿を現す。
 少女の纏うドレスはアルトリアと全く同じ形状であるが、アルトリアが黒い布を使っているのに対して、少女のは蒼い布。白い布の部分は共通だが、アルトリアのドレスで銀糸をもちいている箇所には金糸をもちいた刺繍が施されていた。
 色と心象風景以外の全て。服装、容姿、身体つきが全く同じ、正しくアルトリアの鏡あわせの存在である少女がそこに立っていた
「なっ、貴女がここに呼んだのでしょう!? 私を何も出来ない意識のみの存在に貶めたのは、貴女ではないか! 私の要求は常にひとつ。その身体を、すみやかに私に返還しなさい!!」
「ああ、そうだったな。堅物の貴様に私を呼べるような気の利いた用件を用意できるとも思えぬ。」
 少女の吼える声を他所に、アルトリアは口元に指を当てて思考の海に沈んだ。対照的に、少女の顔はどんどん怒りに染まっていく。
「ふむ。やはりさつきか・・・?」
 何度かこの世界に来ていれば嫌でも傾向が解ってくる。
 私の生き筋に対して、多大な影響のある出来事が起こった時、私はここに導かれ易くなるらしい。
「何をぶつぶつ言っているのですか、こっちを向きなさい! それに、貴女に『セイバー』と呼ばれる筋合いはないっ!!」
 自分の世界に入ってしまったアルトリアを気に入らないのか、少女が一層声を荒げる。
「気にするな。私がこの世界に来てしまった理由に思い至っただけだ。聞いてくれ、私に新たな従者ができたぞ、セイバー。」
「そんなこと、どうでもいいではないですか! 『セイバー』と呼ぶのも止めなさいッ!」
 さつきの事を話そうとしたアルトリアの声を、少女の怒声が遮る。
「無粋だな。セイバー、少しは柔軟性を持たないとボキリと折れるぞ。」
 だが、彼女はそれに対し憤るのではなく、再びうんざりとした表情でため息をついた。そして、何故か今日はこればかりだな、と思う。
 と、同時にこの憂鬱な気分を晴らす面白いアイディアを思いついた。
「しかしセイバー、貴様そんなに言うなら『セイバー』ではなく『アーサー』と呼んでやろう。その方が、らしくていいではないか?」
「貴様――――!!」
 皮肉げに唇を歪ませるアルトリアを見て、鏡の向こうから歯軋りの音が聞こえてきそうなほどの表情で、アーサーと呼ばれた少女はアルトリアを睨みつける。
「なんだ、『アルトリア』と呼んで欲しかったか? 生憎だが、これは私の名だ。それに、この名を棄てたのは貴様だろう。あの剣を抜いたとき、貴様は『アーサー』という『王』と成った、そう自分で言ったではないか。」
「―――っっ!!」
 その言葉に少女は愕然として言葉に詰まる。
「―――私・・はっ・・・・・・」
「私はアルトリアだ、か? そうだな。確かに貴様という人間を指す名はアルトリアだろう。それは私も同じことだ。しかし、貴様という存在は孤独な『王』であり、『アーサー』だ。『アルトリア』では決してない。」
「く・・・・、ならば貴女は何だというのだ。貴女という人間は、貴女という存在は、なんという名なのだ!!」
 加虐の恍惚でくつくつと嗤っていたアルトリアの表情が、その一言でがらりと、真剣なものに変わる。




「『アルトリア』だ。私は『人間』でありながら王である。故に、どちらも同じ名だ。」



 一秒と間をおかず、アルトリアは少女に向けて言い放った。そのことに、終に少女は絶句する。
「アーサー、貴様も私の眼を通して見たはずだ。かつて統べた、ブリテンの姿を。」
「違う、あれは・・・違う。もう、私の国は、滅んでいる。だから、私は、聖杯を・・・・・」
「馬鹿が!」
 改めて突きつけられた事実によって気落ちした少女へ、噛み付かんばかりの勢いでアルトリアが迫る。
「ならば問うぞ、国とは、国家とは何を指してそう呼ぶ。何をもって国を定義する!?」
「―――ッ! 国とは国土と法と民、秩序と安定だ! それが揃って初めて、国は国足りえるのだ!」
 心を絞られ、呼吸が上手く出来ない苦しさに喉元を掴みながら、少女は叫ぶ。
「否! そんなことだから、貴様は国に見限られたのだ!!」
 その叫びすらも、アルトリアは切って捨てた。
「き、聞き捨てなり――――」
「貴様は、まだ解っていないのか! 国とは人だ。人間が集まって、初めて国が出来るのだ。法? 国土? 確かに必要だ。だがそれらは二次的な要素に過ぎない。国の名が滅びようと、国土が海に沈もうと、そこに生きた人々がいれば国は生き続けるのだ。」
 少女の意見を叩き潰すように、今度はアルトリアが叫んだ。
「二年前、私はイギリスを訪れた。私の眼を通してそこで生きる人々を見て、貴様は何も感じなかったのか。我らが治めたブリテンの民の子孫は今のイングランドで確かに生きている。ならば、我らの国はまだ滅んではいない。にも関わらず、貴様は未だにあの選定を無かった事にしようとしている。何故それが無意味と気付かない!!」
「ふざけるな。無意味だと、ならばこれにも意味があるというのか。見ろ、私の後ろに広がる、この丘を!」
 少女の後ろに広がる、無数の剣の突き立った夕焼けの丘。そこにある全ての剣群は主を喪い、主達は剣の下で骸となっていた。
 そこは少女の心に深く焼きついた戦場。己の統べた国を、己の力で攻め落とし、己の統べた国土を、己の軍で蹂躙した、彼女の罪の証。



 ―――――カムランの、丘。



「私は、私は常に最善の選択肢を選んだ。その結果がこれだ。私は私の出来る全てを行った。それでも私の国は滅んだのだ。ならば、間違いは私が選ばれたこと――――」
「貴様の選択に、貴様という人間の意思は含まれているのか? いないのだろう。貴様は『王』であって『人間』ではないのだから。」
 鋭い、刺し殺すような視線と言葉が少女を貫いた。少女のその肩が、鏡越しだというのに震えるほどの殺気をアルトリアは放つ。終にアルトリアの怒りが臨界点を突破した。
「貴様の、最大の誤りは人々を『王』として統べようとした事だ。貴様は、臣下の騎士達の笑顔ですら見たことがないだろう。当然だ、生物は己が同種族の者以外に統べられるのを本能的に嫌う。まして理性をもつ人間なら尚更。『人間』ではない『王』が自分達を統べて、臣民が心から笑えるものか。」
 どこまでも冷たく、抑揚のない声。
「『王』という駒? 戯けが。王とは臣民すべての声を聞いて、それを統合し精査し、国の行く末を加味した上で、自分の願望に基づいた判断を下し、その全責任を負える人物の 役職 を指す言葉だ。だから王は、誰よりも人間を知らなければならない。誰よりも己の望みに真っ直ぐで、誰よりも臣民のことを想える『人間』、それが王だ。貴様には、それが決定的に欠けていた。」
 アルトリアのもつ王の定義は、まさに独裁者の定義だった。己の意思以外を認めず、才覚のない者が王となったら即座に国を瓦解させかねない危険な思想。
 しかしそれを彼女が、暴虐の中でなお、真に国の事を想える者が運用するなら、あるいはあの戦乱を完全終結させたかも知れない。この最後の戦は起こらなかったかもしれない。


 ifが、少女を打ちのめす。


 目の前に居るのは、間違いなく自分なのだ。答えは自分の中にこそあったかもしれない。自分は最善を選んだつもりで、その判断基準こそが間違っていたのではないか。少女は唇に紅が浮かぶほど、奥歯を軋ませた。しかし、いや、だからこそ・・・・・

「それでもなお、貴様はあの選定を無かった事にするか? 貴様は確かに失敗しただろう。だが、人はそれすらも糧として、『今』を築き上げた。かく言う私とて、この結論に達したのは貴様の失敗を目にしたからだ。その失敗を無かった事にするなど、貴様を反面教師にした後の世の者達を、貴様と共に戦った騎士を、剣を交えた敵を、すべて否定することに他ならない!!」


 ――――ポタリ、と丘に紅が落ちた。


「やめろ、やめてくれ・・・それ以上、言うな・・・・」

 目を伏せた少女は消え入りそうな声で、そう呟く。

「眼を伏せるな、前を向け! 過去は変えてはならぬ。何をしても貴様の心に渦巻く後悔、懺悔、自責の念は消えはしない。ならば、それを呑み込んでしまえ。全てを受け入れろ。受け入れて、前に進めばいいのだ。」

 アルトリアの声に促されて、少女が顔を上げる。鏡の向こうにはそれまでのドレス姿ではなく、黒い鎧で武装をしたアルトリアが、いつの間にか黒いエクスカリバーを握っていた。

「・・・なぜだ。なぜ貴女は私であるはずなのに、そんなにも強い。答えてくれ、なぜ・・・・」

「別に強い訳ではない、ただあの泥と呪いを取り込んだだけだ。あの泥は、この世全ての悪。だが、そもそも悪の定義自体が人それぞれだろう? 貴様が悪として否定するものは、『人間』の自分や、己の願望。肯定するものはやり直し・・・あの泥と呪いのせいでそれらが反転した。だがアルトリアを定義づけるものだけは反転の仕様がなく、結果として今の私が在る。それだけだ。」

 これこそがこの黒い騎士王の起源。
 前述した故に子細は省くが、要するに、絶望の渦中にあった鏡の向こうの少女が呪いに染まって擬似的に黒化し、追い討ちをかけるように泥によって胸に渦巻く否定の感情をも反転させ、黒化した彼女をさらに現世に固着するまでに強化した。それが、英雄の在り方を持つ反英雄が誕生した理由だった。

「所詮、私は貴様の分身――虚構の存在だ。この世界を去れば、私という存在は跡形もなく消え去るだろう。だがそれまでの間、貴様はその丘で考えるがいい。答えが見つかったなら剣で語れ。全てを受け入れて私を納得させるその日まで、この身体は私が預かっておくぞ。」
 彼女は聖剣を高く掲げ、ふたつの世界を繋いでいた鏡を砕く。
 鏡は乖離した心象風景に出来た、向こうを覗けるディスプレイでしかない。故に例え砕こうともそれぞれの心象風景に影響はなく、次に彼女がここに招かれた時には、必ずまたそこに在るだろう。
「―――ふ。らしくない・・・。」
 鏡の欠片が消え去るのを眺め、彼女は卓の黒い椅子に腰掛ける。
「己の心の傷を自ら抉り、さらには己の消滅すらも助長する・・・か。」
 口元が自嘲のカタチに歪む。視線は、6時の方向に用意された席に絞られる。
「だが悪くない気分だ。分身の私がいくら答えを得ても、本体であるアイツが立ち止まっている限り、前には進めないのだからな。」
 顔には、確かに愉悦の色が浮かんでいた。
 6時の方向。彼女から見て真正面に位置するその席は、彼女と真っ向から対峙する席。
 その位置に、彼女は強者と認めたシエルのシンボルも、アメリカで出会った紅いデビルハンターもシンボルも置かなかった。





 ―――――――そこは彼女の、もうひとりの自分の席であるが故に。





「期待しているぞ、アーサー。いつか、必ず私を踏み越えてみせよ。」


 彼女の声は誰もいないモノクロの城に響き、同時にその世界は消失した。
 夢での邂逅を終え、アルトリアは現実で眼を覚ました。

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NEXT・・・・・・
・ 第十話『Legendary Dark Knight』
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=811461035&owner_id=7647459



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あとがき
 はい。黒き騎士王、ついにはまかず文庫に上陸です。
 この話は独立してますが、もし他のも読みたいという奇特な方は、賽子のSSリストのトピックも作ってあるのでそちらから飛んじゃって下さいウッシッシ

 何かコメントがあれば、気軽に書き込んでください。その時のルールも特にありません。

 最後に一言。皆様のコメントは作家の活力ですexclamation ×2うまい!

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